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『精神病者自らの手で――今までの保健・医療・福祉に代わる試み』

Chamberlin, Judi 1977 On Our Own=19961225 大阪セルフヘルプ支援センター訳

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■Chamberlin, Judi 1977 On Our Own=19961225 大阪セルフヘルプ支援センター訳,『精神病者自らの手で――今までの保健・医療・福祉に代わる試み』,解放出版社,301p.  ISBN-10: 4759261052 ISBN-13: 978-4759261059 2730 [amazon][kinokuniya] ※ m.

◆「薬の使用」に該当する箇所の抜き書き

第一章 患者から見た精神保健制度

p29
◇治療として使用されている向精神薬と副作用
精神病院は以前よりも静かになりましたが、その静かさの代償として、ろれつの回らない患者や硬くなった姿勢の患者ばかりになりました。抗精神病薬という用語は、脳の特異的な機能不全の調整作用を意味しますが、脳の機能不全の証明もされていませんし、使用した薬によって元に戻す薬理作用も証明されていません。

p30
人を拘束することよりも薬剤を注射する方がはるかに人道的なことのように思いますが、実際には同じことを行うための二つの違った方法にすぎません。

第二章 つくられる精神病者
◇私の「発病」
p43
もし、処方された薬が私を幸福にしてくれるものと考えられていたのなら、それは誤りでした。我を忘れた無気力な状態のなかで、薬は病気を治すためのものと感じていただけでしたから。

◇「治療」への期待から裏切りへ
p54
薬を飲む時間になって、あたショックを受けることになりました。私には薬がしょほうされていなかったのです。看護婦に薬を服用していたことを知らせましたが、「カルテには薬を服用する必要なしと書かれてある」という答えが返ってきただけでした。私は戸惑いました。飲んできた精神安定剤が私の気分をよくしたようには思えませんでしたが、半年間というもの、どの主治医からも薬を飲まないと症状が悪化すると言われていたため、そのことばを信じてきたのです。それが今になって薬なしで十分にやっていけるというのです。しかも眠剤も必要ないというではありませんか。精神安定剤とは違って眠剤には確かに効き目がありました。飲んでからまどろむまでの短い時間は、信じられないくらい気分がよくなるのです。毎朝目覚めると同時に、安らかな気分は去り厳しい現実が待っているだけでしたが、夜になると「眠る前の楽しい気分のままで目覚める朝がそのうちきっと訪れる」という思いが強くなるのでした。眠剤なしの夜を迎えることは、私にとって恐怖です。眠れないまま何時間もルームメイトのいびきを聞くことになりました。

p56
ハリーから薬の種類を尋ねられたので、「薬は必要ないと言われた。しかし、それまでは薬を服用していた」と言うと、彼は合点がいった様子で、「禁断症状が出ているんですよ」と言いました。

p57
◇私は生きたかった
再び最初の主治医を訪ねてみましたが、薬が出されただけでした。ヒルサイド病院で薬の禁断症状を克服した後でしたので、二度と薬をほしいとは思わなくなっていました。ただ眠剤だけは別でした。この薬にはつらい一日を数分で気分よく終わらせてくれる力がありました。

p60
◇「保護室」の体験
精神安定剤がもたらすけだるさや眠気が嫌でたまりませんでした。そのころには以前より自分はずっと元気になったと感じるていましたから、薬は飲みこまないで、トイレで吐き出すようにしました。

p61
精神安定剤の服用量が増やされましたが、相変わらずできるだけ薬を吐き出すようにしました。過去に経験した副作用を思い起こしては、薬は気分を悪くするだけだと常に抗議を繰り返していました。

◇名ばかりの「開放病棟」
p79
何カ月にもわたって服用してきた薬が私の身体のあらゆるところを蝕んでいました。視力がずいぶん落ちて、読書をしようと思っても字がぼやけていました。口が渇き舌は腫れ上がり私のことばは不明瞭になってしまいました。時々自分が何を言おうとしていたのか忘れることもありました。体は丸々と太っていました。何カ月も生理がなく、大量の下剤を飲んだ時だけ腸が動きました。気力は全くありませんでした。常にもうろうとした状態で歩くことが落着きとみなされるのでしたら、私は大変落ち着いた人間であるといえました。

p82
◇信頼できる医師との出会い
医者に診てもらう気にはなれませんでした。私の調子がどうであろうと、病気ではないことに気づいていたからでした。退院後、何週間かかけて精神安定剤を断ち切りました。

弟五章 人が狂うとき

◇治療という名の拷問、虐待
p170
今日、病院や外来診察でよく行われている精神科治療の方法は、向精神薬の投薬管理です。精神科医は、自分たちがそれらの薬を使って異常な脳の化学的現象を治していると考えてきましたが、その証明は何もありません。そして、どのようにして向精神薬が効くのかに関しても、実にさまざまな理論が、調査研究を行っている精神科医の数と同じくらいあるのです。
 精神薬学者たちは向精神薬をしばしばインシュリンと比較します。インシュリンは糖尿病を治しはしませんが、それをコントロールします。この比較は広く受け入れられていますが、弱点もあります。

精神疾患に対するすべての薬物治療は、まだ証明されていない理論に基づいています。

p171
◇長期入院がもたらす害
しかしながら、私を本当に支配したのは薬であった。

薬は、人々をクラゲに変えてしまうために作られているのではない。にもかかわらず、薬の影響を受けている間、私は職員の手をわずらわせていたのだ。

◇危機にある人を支えるオルタナティヴ――バンクーバーこころの救急センター
p190
薬物に関しては実際的な問題もありました。入所者の中に薬を過量に飲もうとする人たちが出てきてからは、職員は、薬を鍵のかかる箱の中に保管しましたが、薬を分けて与えるといった看護市のような役割を職員が果たすことに反対しました。その結果、薬物禁止の規則は、たび重なる職員会合の中から生まれたのです。
 薬物禁止という方針のためにVEECとMPAとの関係に緊張が生じました。なぜなら、多くのMPAのメンバーは向精神薬を絶えず使っていたのです。MPA はVEECを(そしてVEECはMPAを)支持続けてきましたが、この方針が確立してからは、VEECの入所者になるMPAのメンバーはほとんどいなくなりました。

p194
 私が情緒的な破綻を克服する能力を持つことができた根本的な理由は、親切で理解のあるワーカーたちによって助けられ、励まされたという事実であった。私はどんな安定剤あるいは抗うつ剤にも邪魔されなかったし、それらの使用を避けるように勧められていた。

p267
第八章 強制ではなく支えあいへ
◇治療を受ける権利・拒否する権利
精神障害者が治療を受けるかどうか、またどういった治療を受け入れるかを選択できるようになれば、患者を薬でぼうっとさせたり、独房に閉じ込めることは、もはや治療としては通用しなくなります。

◆「精神障害者がグループを形成する時の困難な点」に該当する箇所の引用

第四章 オルタナティヴとは何か

p127

◇管理・運営は職員の手に――ファウンテンハウス
かつてWANAのメンバーであったジョーダン・ヘスは、グループが専門職に支配されると事態がどのように変わるかを、次のように思い出しています。

WANAには団結した親しい仲間意識がありましたが、専門家がかかわり始めた時、そういったものは崩壊しました。

新しい人々がやって来た時、メンバーが参加者を決定するのではなく、職員がいわゆる「適合する人」を決定しました。WANAはユニークなものでした。精神病者が運営していましたから。しかし、ファウンテンハウスになってしまった時、そうではなくなったのです。

第六章 内側から見た精神病者団体

◇オルタナティヴの援助の特徴
p204
患者がお互いに不信の念を抱くなどの問題は、援助がいつも専門家側から一方的になされているからなのです。

◇MPAが運営するドロップイン・センター
p213
ボブとエドが大声で論争を始めました。ボブは静かに新聞を読んでいたのですが、そこへエドがしつこく話しかけようとしたのです。

p214
 このことは、暴力事件になりそうな場合にグループはどのように対処するのか、そしてまた、こういった問題にかかわるメンバーのグループにおける責任論へと発展していきました。つまり、エドがことばによるいやがらせをした時、ボブは暴力沙汰になる前に会合を招集すればよかった、という結論になりました。

p214
デビーが「私を一人にしといて。もう私を悩ませないで」と悲鳴をあげました。「デビー、どうしたの?アンドリューが君を困らせるのかい?」とマイク。「私から手を離すように言って。これで
p215
十回目よ」とデビー。マイクはアンドリューに近づいて「君がデビーを悩ましていることは規則に反している」と言いました。そして「会合を開いて話し合おう」と言いました。

 ジムはけんかをしたためにドロップイン・センターの利用を禁止されているのですが、ドロップイン・センターに入って来て、大きな声でマークに議論をふきかけました。マークは、ジムがドロップイン・センターをやめるべきだと主張したメンバーでした。

ジムの方を振り向いて「あなたの利用禁止が変更になっているかどうか尋ねてみたいなら、次のドロップイン・センターの会合かビジネス会合に来てみてください。でも、それまではドロップイン・センターを利用できません」と言いました。

◇オルタナティヴとしてのMPAの特徴
p226
例えば田園地帯に居住施設が一つありましたが、あるメンバーによれば「農村では地域からは、セルフヘルプグループをやっていくための支援がなかった。MPAの中心から離れているので、コーディネーターと住人が必要とする支援が展開できなかったのだ。私たちは、きれいな空気と田舎の生活がなんらかの不思議な治療効

p227
果を上げるという考えをあきらめた」。

p230
MPAにおいて精神医学に対する姿勢が完全でないのは、組織の形成につながる、意識覚醒の過程を避けてしまったためだと私は思います。MPAは早い時期からサービスの提供にかかわっていたので、主要な関心は理論的(あるいは個人的)なことよりも実際的なことに対して向けられていたのです。

精神医学にどのように取り組むかという問題は時間を要し、直截的、実際的な目的は役に立たず、しかも分裂を招くかもしれなかったのです。MPAの内部では、精神医療に対する意見が著しく異なっています。精神科医や病院を信頼しているメンバーもいれば、極度に困難なうつ状態の中でいやいや精神科医や病院に行く

p231
メンバーもおり、さらに、それらとは関係を持ちたくない人たちもいます。

理想をいえば、クライアントの運営するオルタナティヴにおいては、例えば現在行っている意識覚醒の会合を続けるなどして、MPAで行われてきたよりも一層の関心をセルフヘルプの発展に注ぐことが望まれるでしょう。

p232
MPAは当初から、だれでも参加したい人に対して開かれてきました。このやり方は大きな強みであると同時に弱さも持っています。

メンバーの資格を限定しないというやり方は予想しなかった結果を招きました。つまり、患者でない人たちの大方が組織から給料をもらう人、つまりコーディネーターになるという事態になってしまったのです。それは患者でない人たちのMPAでの役割が援助を受けるのではなくて援助を他人に与えるものであるために、その人たちの方が能力があり、よりニーズの少な

p233
い人々であるとみなされる状況を招きました。理想を言えば、メンバーの資格を限定しないということは、精神病者としてラべリングされてきた人たちだけではなく、すべての人がケアとこころのサポートを得られるという認識につながるべきなのですが、この理想に到達するためには、意識覚醒過程が進行していなければならないと思います。これがMPAでは起こらなかったのです。

p234
元患者の利用に限定したオルタナティヴのサービスなら、MPAの場合よりも、はるかにうまくこれを成し遂げることができると思います。患者でない人たちがいることは、その人たちから精神病者だと思われるという恐れを持つために、自分たちの体験している困難について率直に話し合うことが難しくなります。たいていの人たちは「気が狂った」とラべリングされる体験をしたことがあるのですが、元患者に対する偏見は、人々がお互いに、違っているというよりも似ているんだということを理解できにくくするのです。これは精神病者差別の広がりのもう一つの例です。患者でない人たちがいることで、元患者たちは「妄想症」だと思われることなく精神病院での嫌な体験について打ち明けて話すのが難しくなるのです。

p239
◇MPAの問題点
MPAでの一つの問題点は、組織が、これらの精神保健システムとの関係という非常に基本的な問題についてグループの立場を示さなかったことです。

このように視点が欠けていると、危機を体験しているメンバーに対応するのが難しくなります。何をしたらよいのかだれもはっきりとしないのです。

メンバーが危機を体験している時、MPAはしばしば限られた援助しか提供できないということは、一つの不幸な結果です。しかしながら、危機と、目の前の生活問題とが一緒に解決できるかどうか疑問です。危機にある人たちはふつう、個人的に留意しなければならないことが多く、目の前のプログラムに対しては破壊的になります。一方、危機を体験している人をプログラムから排除してしまうと、その人のうつ状態や疎外されているという思いが増大してしまいます。

p240
もちろん、実際的な困難は生じます。初めて会合で話すメンバーは、見解を上手に話すことに馴れておらず、気に留められなかったり、真剣に耳を傾けてもらえなかったりするかもしれません。会合は経験を積んだメンバーによって主導権が握られる傾向があります(もちろん、このことはあらゆる種類のグループについていえることですし、元患者に特有の問題ではありません)。メンバーが管理するグループでは、小さな派閥だけにリーダーシップが集中しないように気をつけなければなりません。MPAでは、会合に参加しているメンバーは多いのですが、日々の組織運営には少数の人たちしか活発にかかわっていない、ということが実際には起こっています。

p247
第七章 運営のひけつ
◇資金調達
一番の問題は金銭です。

二番目の問題は場所の選定です。

手ごろな値段で適当な建物を見つけても、地元の反対に遭うこともあるでしょう。
 さらに、内部機構についても同様に、その原理をよく考えなければなりません。グループが大きくなり、分配するサービスが多くなると、グループで決定するという原則から外れる傾向は強くなるでしょう。集団で決定しようとする場合には、官僚制的傾向が滑り込んでいないか絶えず確かめる必要があります。
 前にも検討したことですが、グループが直面するさらにもう一つの問題は、精神病者は自分自身の事柄を自分

p248
で管理、運営することができないという信じ込みが(部外者も元患者自身も)あることです。

 精神病者の仲間によるオルタナティヴがどういったものにしろ、グループはその運営資金を工面するという問題に直面します。刷新的なプログラムの資金源を工面するのは難しいものです。計画の段階を過ぎてもサービス機関の設置にまで至らなかったとすれば、金銭の工面ができなかったことが最大の要因でしょう。

◇助成金
しかし、どの資金源にせよ、刷新的なオルタナティヴは多くの困難に直面します。助成金提供者にとっては、オルタナティヴなど全く未知のことだからです。セルフヘルプや共同体としての仕組み、参加民主主義などの概念は、急進的で非現実的なものとして見られるかもしれません。元患者が参加するというのは、専門的な方向付けがないという懸念のために、疑いの気持ちが持たれます。これらは、ないがしろにできない実際上の障壁なのです。

p260
◇場所の選定
また、地域の用途制限は、グループの存在そのものをほとんど不可能にすることが多いのです。家主もまた同様にグループに貸すのを恐れることがあります。

p263
◇専門家との関係
 グループが必ず直面するもう一つの実際上の問題は、精神保健の専門家との関係です。これは実際上の問題ばかりではなく原理上の問題でもあります。

p264
 もう一つの問題は、自分たちにとって一番厄介な望ましくない患者を最後の砦としてオルタナティヴな機関に送り込んでくる専門家がいる可能性があるということです。患者が管理、運営するオルタナティヴは、参加したいと思っているすべての人々をそのメンバーに含むべきですが、これは単に精神医療システムからはじき出されたすべての者という意味合いではありません。MPAで見たように、グループは、自分たちのプログラムの一部として対応困難な人々に対処する方法を発展させてゆかなければなりません。

■紹介・言及

◆立岩 真也 2013 『造反有理――身体の現代・1:精神医療改革/批判』(仮),青土社 ※


UP:20070701
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