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『「障害児」観再考――「教育=共育」試論』

篠原 睦治 19760900 明治図書,156p.

last update: 20110331

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篠原 睦治 19760900 『「障害児」観再考――「教育=共育」試論』,明治図書,156p. ASIN: B000J9LZGU  \1600 [amazon] ※ e19

■内容

■目次

T 「障害児」は存在させられている
1 障害児は存在しない?!
2 障害児=手のかかる子ども
3 障害児=危険な子ども
4 療育手帳制度等における障害児
5 障碍児の原因論は輪郭的問題?!
6 社会的順応性中心の症状論
7 教育装置基準における障害児観
8 教育装置基準への重大な疑問

U つくられる「障害児」――知能テストの諸問題
1 精薄児の発見
2 知能指数にふりまわされたNさん親子の体験
3 ふるいかけ機能としての知能指数の実態
4 知能テストから総合判定へ
5 する側とされる側の相対立するテスト批判
6 標準テスト無謬を強調するテスト作成者の意図
7 WISC知能診断検査法の構造
8 WISCにおける一般的理解
9 「一般的理解」における「じゃま者」排除の思想
10 WISCにおける「同一化」指数と「成熟」指数
11 知能指数が生み出す「精薄児」
12 IQ神話への今日的期待
13 総合判定における知能テスト

V 「全員就学」と親の迷い
1 養護学校の義務設置と「障害児」の「全員就学」
2 養護学校の教育実践とそこでの問題提起
3 就学問題に悩まされる親たち・その1
(1) A子ちゃんの場合
(2) Y君の場合
4 就学問題に悩まされる親たち・その2
5 親の迷いの構造の基底にあるもの

W 「できない」子どもの生活とことば――「専門家」に問われていろもの
1 「特別扱い」を拒否する子どもたち
2 「きょうこそいじめられない」敗けて
3 「がまん」でなく「がんばっている」のだが
4 「劣等感」は差別の現実を反映しつつ撃つのだが
5 「障害児」は管理・操作の客体だった

X 権威的抑圧機構そしての「専門家」
1 「障害時」は「専門家」に?!
2 「教育=教育」を非難する「専門家」
3 親を「浅慮なる」者と決めつける「専門家」たち
4 近代科学に保証される「専門家」の階層的構造

Y 「教育=共育」――「障害」の関係性をひき受けつつ
1 個人還元主義的「障害」の改善と克服――特殊教育の目標
2 特殊教育の多様化・多層化の一貫としての普通学級
3 「健全者」の論理を強いてきた「障害」教育への反省
4 「障害」は「障害者」と「健全者」との関係の中に
5 「しろうと」同士の「教育=共育」の試み
6 「共育」で問いなおす「社会的自立」ということ
7 「共育」での配慮」と援助
8 「共育」の中の「はみ出しっ子」――管理と解放のはざまで
9 まとめ
あとがき

■引用

共生・共学概念の曖昧さを問い直し(西村 愛)
 『社会問題研究』53(1)(20031215):125-144

障害児教育運動の中で、初めて共生という言葉を使いだしたのは、篠原睦治である。篠原は臨床心理家として判定をしていく中で、「障害」児の観から「地域の学校に行きたい」「普通学級に行きたい」という願いに賛同し、「どの子も地域の学校へ」と言ってきた。 その出発点には隔離や特別扱い、つまり関係の切断に対する強い反駁があった。 篠原は「特別扱いしない、隔離しない」場は普通学級であると言う。つまり、篠原にとって、「どの子も地域の学校へ」という地域の学校とは普通学級を意味している。 取り出しや入り込みなどの個別の配慮は、特別扱いや分離として捉えられ、同一時・空間、同一教材、同一テーマこそが再分離の危機に歯止めをかける」とする。しかし、普通学級に入ったがゆえに、健常」児によるいじめや排除などの問題も出てくる。そのような状況に対して、篠原は次のように解釈する。「あの子は普通学級じゃなくて養護学級だったら、こんな体験はしなかったと考えてみると、彼女がやっぱりシャバに暮らすと考えるとするなら、遅かれ早かれ体験する話だ」。そして、昨今の教育研究会集会であるべき教育の方向として共生を捉える潮流に対して、「障害児学校・学級から普通学校・学級への交流、学習障害児や情緒障害児などの普通学級から個別指導学級への通級、障害児教育専門家の普通学校・学級での指導・助言, 普通学級への介助員や障害児学級担任の関与、プレー・ルームなど心理治療的接近の市の詩の試し、普通学校・学級を軸に、障害児を個別化しつつ教育する模索が開始されているのです。つまり、日本においても、『教育の個別化、個別化』のなかで『統合下の新た分離』が進行していると言わなくてはなりません』と反対する。篠原にとって、共生は普通学級の中での矛盾や緊張関係を体験しながら生きるという「せめぎあう共生」を意味する。それ故、いじめを共生のプロセスになる。マジョリティ側の考え方が貫徹している普通学級で、対立、緊張関係を経験するという意味においては、前節の井上の共生論と合い通じる(pp。128-129)。

■書評・紹介

■言及

◆立岩 真也 20140825 『自閉症連続体の時代』,みすず書房,352p. ISBN-10: 4622078457 ISBN-13: 978-4622078456 3700+ [amazon][kinokuniya] ※


*作成:クァク・ジョンナン 
UP: 20081101日 REV: 20110331
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