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『頭医者事始』

加賀 乙彦 19760520 毎日新聞社,221p.

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加賀 乙彦 19760520 『頭医者事始』,毎日新聞社,221p. ISBN-10: 462010048X ISBN-13: 978-4620100487 850 [amazon][kinokuniya] ※→197812 講談社文庫,232p. ISBN-10: 4061315250 ISBN-13: 978-4061315259 [amazon][kinokuniya] ※ m.

■引用

 「十二人の新入局員が交替でつとめ、二週間に一回のわりでまわってくる電撃療掛りというのがある。現今の精神医療ではほとんど姿を消したこの療法はおれが入局した一九五四年の春にはまだ盛んにおこなわれていた。フランスで開発された前述のクロールプロマジンをはじめ、今ではひろく用いられている向精神薬はまだごく少量が輸入してされて試用され始めたにすぎず、病原菌がわかっていて、それに対する治療法も開発されていた梅毒系の病気をのぞくと精神病の治療といえば電<0030<撃療法、インシュリン療法、持続睡眠療法うの三つと限られていた。
 電撃療法室というのは外来の端にあり、窓側に土間を残して一面に畳が敷きつめられていた。医師は土間に立ち、畳の上に寝かされた患者の頭に受話器型の電極を当て百ヴォルトの電流を数秒痛言するのだ。患者は瞬時にして意識を失い、典型的なテンカンの大発作をおこす。この大発作が精神分裂病に効くとされていた。ここで治療法の効<<0035<<果を云々する余裕はないが、問題なのは午前中の限られた時間に一人で四、五十人に電気をかけねばならないことである。一人一人呼びいれていたのでは到底まにあわぬ。
 そこで四人の患者を一度に呼びこむ。頭を土間に向けて寝かし、手拭いで目を蓋い、やおら端の患者から電気をかけていき、四人に一せいに大発作をおこさせる。発作中に舌を噛んだりすると大事だから看護婦一人が二人の顎をおさえ、医師自身もほかの二人を受持つ。むつかしいのは患者が好奇心をおこし、隣の患者が何をされているかを横目で見てしまう場合だ。それを防ぐための目の上の手拭なのだが、ずり落ちたりはねのけたりして見てしまう。テンカンの大発作は、テンカン者であるドストエフスキーが正確に書いているように、見る者に強烈な畏怖の念をおこさせる。隣の患者の様子を見た患者は恐慌のあまり逃げだそうとする。実際、時々患者が廊下に逃げ出して、ほかの者の治療を中止して追いかけたり、戻ってみると全部の患者がいないというてテイタラクになる。
 断っておくが、おれはこの電撃療法がいやで仕方がなかった。しかし、ほかによい治療法がない<0031<場合、患者を病気より救うやむをえざる治療法と思い、つまり医師の義務としてやっていた。そしてやっているうちに技術だけは向上し、手早く支障なく四人へかけるコツも覚えた。」(加賀[1976:30-31→1978:35-36])
 cf.◇電気けいれん療法/電気ショック

■書評・紹介



UP:20120101 REV:
加賀 乙彦  ◇身体×世界:関連書籍 2010-  ◇BOOK
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