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『経済の文明史――ポランニー経済学のエッセンス』

Karl Polanyi著,玉野井 芳郎・平野 健一郎編訳 197503 日本経済新聞社出版局,305p.


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■Karl Polanyi著,玉野井 芳郎・平野 健一郎編訳 197503 『経済の文明史――ポランニー経済学のエッセンス』,日本経済新聞社出版局,305p.→200306 Karl Polanyi著,玉野井 芳郎・平野 健一郎編訳・石井 溥・木畑 洋一・長尾 史郎・吉沢 英成訳『経済の文明史』,ちくま学芸文庫,564p. ISBN-10: 4480087591 ISBN-13: 978-4480087591 [amazon][kinokuniya] p0601

■内容(「BOOK」データベースより)
労働、土地、貨幣がすべて市場メカニズムの中に組み込まれて、いわば社会の実体が市場の諸法則に従属させられるにいたった“市場経済”社会は、人類史上きわめて特殊な制度的所産である―ポランニーは古代社会・非市場社会を、現在の市場経済と社会を映す鏡にして、経済人類学に大転換をもたらした。「経済が社会に埋め込まれている」非市場社会の考察を通じて彼が見出した、市場経済社会の特殊性と病理とは。20世紀中盤、高度資本主義社会の入り口において、鬼才が発した現代社会への警告であり、壮大なスケールで展開する経済人類学の古典的名著。

■著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ポランニー,カール
1886‐1964年。ハンガリーに生まれ、第2次大戦後は主にアメリカ合衆国で活躍した経済人類学者。いわゆる未開社会の経済から、近代の資本主義経済までを視野に収めた経済史を論じ、経済や交換に関する人類学的研究に大きな影響を与えた

玉野井 芳郎
1918‐85。元・東京大学教授。経済学史・経済体制論

平野 健一郎
1937‐。早稲田大学教授。国際関係論

石井 溥
1943‐。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授。文化人類学

木畑 洋一
1946‐。東京大学教授。イギリス史・国際関係史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

■紹介・言及
橋口 昌治 200908 「格差・貧困に関する本の紹介」, 立岩 真也編『税を直す――付:税率変更歳入試算+格差貧困文献解説』,青土社

■引用

「自己調整的市場と擬制商品――労働、土地、貨幣」

「経済システムと市場を別々に概観してみると、市場が経済生活の単なる付属物以上のものであった時代は現代以前には存在しなかった、ということがわかる。…経済における支配的な行動原理がいかなるものであったにせよ、市場的パターンの存在が経済における行動原理と両立しないということはなかった。市場的パターンの基礎にある交易(バーター)もしくは交換の原理が、他の領域を犠牲にして拡大する傾向はなかった。」031

「これらの前提(市場経済)のもとでは、財の生産と分配の秩序は価格だけで保障されるのである。」032

「18世紀の最後の10年に入るまで、自由労働市場の設立が議論されたことさえなかった。そして、経済生活の自己調整という考え方は、まだ時代の地平線のはるか彼方にあった。重商主義者は、完全雇用をも含む国の資源開発を、貿易と商業をとおして進めることに関心があったのであり、土地と労働については、その伝統的組織を当然のこととしていたのである。この点、重商主義者は近代的概念から遠く隔っていたといわなければならない。重商主義者は、政治の領域でもそれに劣らず、近代的概念から遠く隔たっており、彼らが啓蒙専制君主の絶対的権力によせた信頼は、民主主義の予兆などによってはけっして弱められなかったのである。そして、民主制と代議政治への移行が時代の流れの完全な反転を含意していたように、18世紀末における統制的市場から自己調整的市場への移行は、社会構造の完全な変換をあらわすものであった。
 自己調整的市場は、まさに、社会が経済的領域と政治的領域とに制度として分離することを要求する。社会全体からみれば、このような二分法は、結局、自己調整的市場の存在をいいかえたものにすぎない。この二つの領域の分離はあらゆる時代のあらゆる型の社会にみられるではないかという反論がでるかもしれない。」36

「労働は全ての社会を構成する人間そのものであり、土地はすべての社会をそのうちに存在させる自然環境そのものである。市場メカニズムが、そのような労働を土地を包含するということや、社会の実体そのものが市場の法則に従属させられることを意味している」37

「労働、土地、貨幣はいずれも販売のために生産されるのではなく、これらを商品視するのはまったくの擬制(フィクション)なのである。」39

「市場メカニズムが人間の運命とその自然環境の唯一の支配者となることを許せば、いわそれどころか、購買力の量と用途の支配者になることを許すだけでも、社会の倒壊を導くであろう。…このシステムは、一人の人間の労働力を使う時、同時に、商札に付着している一個の肉体的、心理的、道徳的実在としての「人間」をも意のままに使うことになるだろう。」40

「18世紀末まで、西ヨーロッパでは工業生産が商業の単なる付属物にすぎなかったのである。……承認と正さんとの関係を完全に変えたのは、機械の出現そのものではなく、精巧で、それゆえに特殊な機械、設備の発明であったのである。…工業生産は、商人が売買事業として組織していた商業の付属物であることをやめ、今や、それ相応のリスクを持つ長期投資を伴うこととなった。生産の継続が合理的に保証されなければ、そのようなリスクは耐えがたいものであったろう。」43

「時代遅れの市場志向」(1947=2003)

「結局、自由主義的資本主義とは産業革命の挑戦に対する人間の最初の反応だったのである。…競争的資本主義の仕組みが衰えていくにつれ、その背後から産業文明の本性が不気味に顔を覗かせている。そこにはすべてを無力化する分業、生活の標準化、生物に対する機械の優位、自発性に対する組織の優位がある。そもそも、科学には狂気がつねにつきまとう。これこそまさに永遠の問題である。
 しかし、単に前世紀の理想を復活させるだけでは、解決方法は示されない。我々は未来に対し敢然と立ち向かわなければならない。その結果、機械を社会の中に吸収するために、社会のなかにおける産業の位置を変える企てが必要になるかもしれないが、それでも、そうしなければならないのである。そもそも機械とは社会にとって外生的な事実であったのである。」49
 
「この時代には、市場という、その中心的制度から名前をとった社会組織があった。この体制は今や下り坂にある。しかし、われわれの日常哲学は、市場システムという壮大ではあるが特殊な経験によって、全面的に形づくられてしまったのである。人間と社会に関する新しい考えが通念になり、公理の位置を獲得してしまった。そうした新しい通念をあげてみよう。たとえば、人間に関しては、その動機を「物質的」および「観念的」と規定することができ、日常生活の組織化をもたらす誘因は「物質的」な動機から生まれる、とする異端説をわれわれは受け入れるにいたった。」51

「自由主義経済は機械に対する人間の最初の対応であったが、それは先行状態からの激しい分岐であった。そこから連鎖反応が始まり、以前は孤立した市場にすぎなかったものが、自己調整的な市場システムに変貌していった。そして、新しい経済とともに、新しい社会が生まれ出たのである。」53

「重商主義体制は市場の創出を意識的に求めていたが、その体制のもとではなお逆の原理が作用しており、労働と土地は市場にまかされない、社会を有機的に構成する要素だった。かりに土地が市場性を持つ場合にも、一般的に価格決定だけが両当事者にまかされていたのにすぎない。」54

「市場経済が新しいタイプの社会を作り出したのである。そこでの経済システム、あるいは生産システムは自動装置にまかされることになった。人間は自然資源についてのみならず、その日常活動においても、制度的メカニズムに支配されるようになった。物質的福祉をもたらすこの道具を制御するのは、飢えと利得の誘因―より正確には、生活必需品欠乏の恐怖と利潤の期待―だけであった。…飢餓に対する労働者の恐怖と、利潤に対する雇用者の渇望が巨大な機械を動かし続けるのである。」54

「このようにして、社会の他の諸制度からはっきり区別される「経済領域」が誕生した。いかなる人間集団も生産装置が機能しないことには生存できないから、その装置が個別の独立した領域に統合され、そのため、社会の「残り」の部分はその領域に依存する結果となった。この自立的な領域もまた、その機能を統制する一つのメカニズムによって規制されることとなった。その結果、市場メカニズムが社会全体の生命にって決定的な要因となった。当然、新しく登場した人間集団は、以前は想像もつかなかったほどの「経済的」な社会になった。「経済的動機」がその世界の最高位に君臨し、個人は、絶対的な力を持った市場に踏みにじられるという苦しみを受けながら、その「経済的動機」にもとづいて行動するように仕向けられた。そして功利主義的世界観へのこのような強制的な回収が、西洋人の自己理解を徹底的にゆがめてしまったのである」55

「飢餓にしても、利得にしても、それは本来、愛や憎しみや誇りや偏見と同じく「経済的なもの」ではない。人間の動機には本来経済的な動機とういうものはない。人が宗教的、美的、あるいは性的な経験をするのと同様の意味での、独自の経済的経験などはないのである。…>56>…政治的動物である人間にとって、全ては自然状況によって与えられるものではなく、社会状況によって与えられるものである。飢えと利得を「経済的なもの」と考える19世紀の見方のもとになったのは、市場経済での生産組織にほかならなかった。」55-56

「人間は経済的存在はなく、社会的存在である、といったアリストテレスは正しかった。…つまり、人間の経済は原則として社会関係の中に埋没しているのである」(57)



*作成:橋口 昌治 
UP:20090806 REV: 20090811, 20151126
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