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『車椅子の青春――進行性筋ジストロフィー症者の訴え』

国立西多賀病院詩集編集委員会 編 19750330 エール出版社,200p.

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■国立西多賀病院詩集編集委員会 編 19750330 『車椅子の青春――進行性筋ジストロフィー症者の訴え』,エール出版社,200p. ASIN: B000J991DY [amazon] ※ md. n02h.

◆仙台市・西多賀病院西友会編集委員会 編 197101 『車椅子の青春――一生に一度の願い 詩集』,西友会,175p. 380 md. n02h.
 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011154545-00

■引用

 「はしがき(私たちはなぜこの本な出版したか)
 ここに収められた六十四編の詩と文章は、宮城県にある国立療養所西多賀府院の進行性筋ジストロフイー患者の作品です。
 進行性ジストロフィー症という病気は、幼児期の頃から病気におかされ、小学生の頃には自分の足で土をふむ事もできなくなり、青年期になると、まさに”車埼子の青春”を送らねばならなくなるのです。そして最後には全身の筋肉が萎縮し、やせ細り、寝たきりの状態が続き、ただ死期の訪れるのを待つだけという悲惨な病気なのです。
 全国にはこの病気におかされた患者が、国立療養所に収容3れているだけでも二千人に達しています。また、類似疾患を含めると全国で何万人になるともいわれています。
 家で病気と闘っている患者の場合は、寝がえり一つできないという状態の下で、家族はそれこそ寝る暇もなくめんどうをみなくてはなりません。患者の世話に疲れ果て、ついには家族までが悲惨な状態に追い込まれている現状にもかかわらず、今でも、病気を治すことはおろか、▽004 原因すらわかっていないありさまです。
 国では十数年前から患者を国立病院に収容するようにしていますが、しかし患者が一番に願っていることは、自宅で家族と一緒に生活ができ、充分な医療を受けられる体制ができることなのです。
 私も母の背におぶさり、やっとの思いで義務教育を修了することができましたが、病気の進行には勝てず、とうとう入院することになってしまいました。
 病院にはこの悲惨な病にとりつかれた仲間たちが大勢ベットに横たわっていました。彼らは骨と皮だけの肉体となって、身動き一つできず、見える物といえば病棟の白い壁と、小さな窓から見える限られた風景だけという悲惨な生活を強いられているのです。
 そんな中で私は、車埼子を使えば何とか生活していける比較的元気な仲間と助け合いながら、いろいろな形で社会に対し病気の現状を訴え続けてきました。
 私が入院した頃の仲間たちは、短い月日の間に次々と死んでゆき、少しは元気だった連中もとうとう寝たきりの状態になってしまいました。そこで私たちは最後の訴えの手段としてこの詩集な編集した次第なのです。
 みんな必死の願いをこめ、書きつづったものです。もうこの世にはいない私たちの仲間は、この病気の苦しみや生活を生前から詩にたくして書きつづっていました。仲間の一八は何百編▽005 もの詩を訴えの気持をこめ、書きつづっていたのです。
 今日まで誰の目にもとまらず、日の目な見ることもなかったこれらの詩が、この詩集を出版することによって一人でも多くの人の目にふれ、またその事によって一人でも多くの人にこの府気の悲惨な現状を理解してもらい、この病気の訴えが世論としてわきあがってくる事を願っています。
 今年に入って、世間ではまだ新春のよろこびやざわめきが消えないという頃、十八歳の若き仲間が一人旅立ってゆきました。
 ある研究家によれば、この病気は充分な予算と医学の総力をあげれば決して治らない病気ではないとの事なのです。米国では日本の何百倍という研究予算をつぎこみ、必死になって研究しているのです。日本の医療行政機関も、この詩集にこめられくいる願いの何分の一でもよいのですから、聞いてはもらえないでしょうか。

                   詩集編集委員会代表 山田富也」

「自由

    斎藤 徹(47年11月7日死亡・21歳)
おれの自由のないこんな生活
もうたくさんだ
▽091 だれか おれに自由を与えてくれ
 たのむお願いだ
 おれに自由をあたえてくれ
 助けてくれ
 奥が狂いそうだ

おれは 今 自由がほしいのだ」


「虫と人間
                 刈屋政人
われらは虫だ
グロテスクな虫だ
人間どもはわれらを無視している

われらは短い命だ
でも一生働き続ける虫だ
▽077 人間どもはわれらを馬鹿正直だと言う
われらの世界はファシズムだ
でも友情の強い世界だ
人間どもはわれらを無知だと言う
われらは忍耐力が弱い〈ママ〉
致命的なけがの苦痛をもたえて
生きようとする
人間どもは自殺でもすればいいと言う

われらは虫だ
グロテスクな虫だ」


「罪人

       平松 治
あなたたちは何なしたというのた
なんの罪を犯したというのだ
罪もないあなたたちが
なぜ鉄格子の中で…
なんとむごいことを
だれがさせたルだ
こんなことを
あなたたちは格子の外の現実を知らない
▽0151 自然然のきびしさを
風の強さ 雨の冷たさも
一日じゅう凍りつくような冬の寒さ
蛙がひからびる夏の暑さ
世の中の現実を
空の青さを蹂躙する戦争
学生運動
政治運動
あなたたちは格子の外を知らない

あなたたちは何をしたというのだ
何も知らないあなたたちが
なぜ鉄格子の中で…
罪を如らないあなたたちが
だれがしたんだ
こんなむごいことを
なぜ
鉄格子の中でくらすなんて
なぜ…

外に出してやってくれ


「「車椅子の青春」によせて
         元患者自治会会長 菅原末蔵
         47年3月19日・・死亡)
 私たち患者自治会がこの「車椅子の青春」を発行するに至った動機を西友会の結成理由と折りまぜてのべたいと思う。私たちが患者自治会を結成してからすでに一年半を経過している訳だが、そもそもの結成理由として、あげられるものに「病院生活を意義あるものにしよう」と云うことがある。病院と云う一つの形づくられた場で長年生活していると、物ごとに対して無関心になりがちである。
 このように与えられた場で与えられた生活だけに満足していたのでは、真に生きているということを実感として、味わうことは出来ない。自らの手で自分の本当の生活を探求していかなければならない、などのような事柄か私たちを立ち上がらせた唯一のものであろう。
 このように「意義ある病院生活の徹底」を合い言葉にサークルを通じて活動して来て一年余リ、私たちは単なる内輪だけの活動に満足していてはいけない、ということに気付き、外部との連絡ということを新らたに目的としてつけ加えたのである。この外部との連絡というのは全▽197 国十五ケ所に散在している「進行性筋ジストロフイー症者(児)収容施設」の仲間たちと連帯して、自らの生活の確保と、今まで親たちにまかせっきりだった社会に対する訴えをやって行こうということである。
 社会に対する訴え……今まで行なわれて来たものは第三者からのものが多く、私たち当事者からのものは、全くないに等しい現状において、私たちの問題は私たちの手で、と云うことで、立ち上がったのは当然のことである。むしろおそすぎたくらいだろう。私たちが社会に対する訴えなどを行なう時、自分たちの本当の姿というものをそこに現わして行かなければならない。時に、私たちは障害者であることをかくそうとすることがある。しかし、章害者であるという差別に対して私たちは、激怒する。矛盾していると思うかもしれないが、事実である。けれど、私たちが障害を持っている、というのは現実なのだから、この現実を避けて通ってはいけない。そして、又差別に対しては大いに激怒すべきだ。しかし、ここ数年私たちを見る一般のの人々の眼が以前に比べて変わって来ているように思う。健常者と同等とまではまだまだ距離があるにしろ、意識の面で大部近づいて考えられるようになって来たと思われる。しかし、これにともなって私たちは障害者であると云うことで他人に(自分に)甘えがちである。この甘えは私たちに対する周囲の理解が増せば増す程に強いものになって来やすい。他人に(自分に)甘えるというよりは、自分の持っている障害そのものに甘えてしまっていると云った方が良い▽198 のかもしれない。私たちはこの甘えを取り除いていかなければならない。このようなことから患者自治会が結成され、今回の詩集出版ということにこぎっけたのである。この詩集に収録されている数々の詩はすべて個々の闘病の中から生まれて来たものである。健康な者にはわからない。私たちの病いに対する気がまえがあらわれていると私は思う。しかし、闘病と云うと一般的にはすごく悲壮な感じを与えがちであるが、私たちのそれはかならずしもそうではなく、いわゆる悪い障害意識を捨て去り、その上で自分の可能性に取り組んでいると云うことなのである。私たちは肉体的な欠陥はあるが、この肉体的な欠陥を精神的なものにまでおよばしくはいけないだろう。とは思うものの、中々私たちのこの気持を理解してくれる人はあらわれにくい。よく見学だといい、多くの団体が病院な訪れるが、私たち入院している側からみて単なる施設見学だけに終わってしまっているのをすごく残念に思う。短時間だから施設見学だけで精一杯と云われれば、それまでだが、私たちの真の姿をみてやろうという意志なりが見学の過程で欲しいと思う。そう簡単に私たちの真の姿なり御理解いただけるとは思っていないが、そのような気持で私たちと接したなら見学などにしても、見方が変わって来るものと思われる。私たちは、誤った私たちの姿が一般社会に伝わるのをすすごくおそれる。
 この詩集「車椅子の青春」の中から、私たちのすべてを御理解いただくことは困難な事である。しかし、私たちの切なる願望だけは読み取っていただけるものと確信する。副題が示して▽199 いるようにこれらは「一生に一度の願い」なのである。
〇人として生を受けながら
 普通の人のように歩けない
 ただ「歩く1!」という
 ごく普通のその動作に
 どうしてこんなに苦しみ悩まなけれぱならないのだろうか?
 幼き頃に抱いた疑問は今でも時々、私自身の内で頭をもたげる。
 私は、この詩集出版が、私たちにもたらしてくれる何かを期待する。この何かは同情の類ではない。本当に私たちを理解しようと努められたとき、はじめて、何らかの形となって出て来ると私は思っている。
 私たちも、より以上に真の姿を御理解いただけるように努力を惜しまないっもりである。皆さんにも、私たちの姿を正しく哩解するように努めていただきたいと心から願う。」

「▽200 あとがき
 私達がこの詩集を最初に編集したのは四年前の事になります。この月日の中で「青春とは」の部に加えていた何名かの友人達は遺稿集の中に加わり、「青春」の仲間が随分淋しくなってきました。
 今度私達は全国の筋ジストロフイー患者の詩を集め、「続・車椅子の青春」を自費出版しました。これを機会に、全国の多くの方々にこの「車椅子の青春」を読んでいただき、一人でも多くの方々に私たちの訴えを理解していただきたい、と思っています。
 私達の切実な願いである病因解明もこれを機会に一歩でも前進する事を願ってやみません。」

 人生とは… p.111
 69(18)・70(19)・68(15)・77(22)・69(15)・72(15)・71(20)・72(21)・75(19)・73(16)・74(21)・72(24)・70(12)・69(12)  青春とは…

■言及

◆立岩真也 2014- 「身体の現代のために」,『現代思想』 文献表

◆立岩 真也 2018 『病者障害者の戦後――生政治史点描』,青土社


UP: 20151231 REV:20160719
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