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『ルポ・精神病棟』

大熊 一夫 19730220 朝日新聞社,292p.

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last update: 20180225

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大熊 一夫 19730220 『ルポ・精神病棟』,朝日新聞社,292p. ASIN: B000J9NFOU [amazon] ※ m→198108 朝日文庫,241p. ISBN-10: 4022602449 ISBN-13: 978-4022602442 [amazon][kinokuniya] ※ m

■引用

*頁は文庫本のかもしれない。要確認

 「精神医療の世界には「くすり漬け」という恐ろしい言葉がある。医学の美名にかくれて、患者に向精神薬(主として興奮を鎮めるくすり)を必要以上にじゃんじゃん飲ませることである。
 患者はボケて、動作も鈍る。だから病院は管理に手がかからない。人件費も浮く。投薬量がふえるほどに儲けも伸びる。しかも密室の中で行われるから、外部から疑問をさしはさまれる心配も少ない。
 精神障害者への数々の虐待の中でも、最も陰湿なのが、この「くすり漬け」だと私は思う。そして、この「くすり漬け」の背景をさぐってみると、われわれを取りまく医療環境は、もう、救いがたいほど堕落しているのがわかる。」(大熊[1973:135→120])

 「絶望的な話を、ついでに、もうすこし紹介しよう。これらの話は、四十六年三月末、私と科学部記者 <0137< の二人が取材し、医学会総会にちなんだ連載記事「白衣の裏側」(四十六年四月一日〜四月八日朝日新聞夕刊)に載ったものの一部である。くすり一般の話だが、精神医療とて例外ではない。
               *
 「人一倍くすり好きだったぼくが就職してから、全く、くすりを飲まなくなりました。データ屋と呼ばれる権威の先生の手で。”きれいなデータ”にまとめられていくのを目のあたりにするとねえ」
 こう語る中クラス製薬会社の研究員(四十二年大学卒)。その話によると、急性毒性実験委託の値段は七十〜百三十万円也。しかし経費はマウス(一匹約八十円)とラット(一匹約二百円)五百匹ずつを買い、月二万五千円々ぐらいで若い女性を雇えば準備はオーケー。「期問も三週間ぐらいだから、実費はせいぜい十七、八万円。残りがセンセイの利潤で、それは研究費になるか、教授のポケットにはいるか、だ。教授は、みんな振込み口座を持ってますよ」
 外資系製薬会社の、ある研究員もいう。「もちろん、きちんとやる研究室もあります。とくに国立大学は若いお医者さんがうるさいのでね。でも”良い”データを出してくれるところへいくのが、われわれの人情です」
 動物実験がすむと臨床実験に1つる。
 日本リウマチ協会が各製薬会社に配った値段表によれば、臨床実験ワンセットの内訳は、検定委託費二十ヵ所分六百万円、データ検討の薬効検定委安員会四回開催のみための会合費、交通費、宿泊費百三三十万 <0138< 円・説明会六十五万円、その他、協会の取り分を合わせ、計千二万五千五百六十八円也。
 そして、検定委託を受けた大学の医局では――
 開業業医子弟の多い東京のある私立医大内科無給医(元)は打明ける。
 「その担当は入局一、二年のわれわれです。教授からいわれて、入院患者の中から、くすりに合いそうな病名の患者を選び出し、片っぱしから投薬し、効果は適当にまとめて教授に提出します。教授はサインだけしつます。これで七十数万円。一年に三百万円ぐらいかせぐかな。この資金で研究し、教授の学会での地位はあがり、ぼくらは博士号をもらえることになっているのです」
 こうした医師と製薬会社の腐れ縁の中から生れたくすりを使って、医療機関が儲ける手法の一例として――
 四十五年の暮れ、地元の精神障害者家族会から「患者を死ぬほど虐待した」と告発された京都の医療法人十全会。まともに経営したら大赤字といわれる精神科を中心に、高度成長をとげた”医療コンビナート”である。かつて同会に勤めていた中山宏太郎京大精神科助手の語るそのカラクリ。
 「系列下の三病院に徹底的に経営を競争させる。トンネル会社をつくって製薬会社からくすりを買いたたき、三病院に卸す。くすりをいろいろ抱合わせたメニューができていて、くすりに病人の方を合わせる。あるとき酸素テントを十基ほど買込んだら”重病人”が急にふえた。医師の給与は、募集広告だと「部長年収手取りり五〜七百万円」。このカネで、経営方針に服従させるのです」
 この十全会傘下、双岡病院の院長は、府下の精神科医でただ一人の社会保険支払基金審査委員をやっ <0139< ていたが、家族会などの追及で四十五年暮れにやめている。」(大熊[1973:137-140])
 →十全会闘争

 「電パチぼけ
 […] <<261 […]
 性格的に角がとれた、といえば聞こえはいい。しかし、その代償として人間らしい生気も失せてしまった。六十回を超える電気ショックによって、記憶力は極端に落ちた。彼の頭脳は、彼の意思には関係なく、医師の手で変造されて、「彼は」「以前の彼」ではなくなったのだ。」(大熊[1973:261-262→:209])
 「電気ショック療法はすたれたとはいえ、いまでも保険医療に残っており、自殺しそうな患者には捨てがたい効果がある、という医師も少なくない。しかし、連日、アル中を魚市場のマグロのように並べて、電気をやりまくるのが医学的かどうか。」(大熊[1973:264→:211)
 「もっと変なことがある。「分裂病的なアル中」「躁鬱病的アル中」にE・Sが効くというが、分裂病への電気ショック療法も治療法として確かな地位を獲得していない。というよりも、ひと昔前には全盛を誇った電気ショックも、いまでは一部の医師がごく限られた症例におこなっているだけ。根本的な治療になり得ないことから、いまでは過去のものになりつつあるのだ。」(大熊[1973:265→:212)

 「西瓜割り
 「アル中を電気ショック療法でなおす」などという精神医学の教科書にもないようなことが、精神科医の手でジャンジャン行われる――「ここが問題だ」と多くの人たちは思うに違いない。ところが、精神医療の世界では、脳みそに電流を通して、人間を変造することは、大した問題にはならない。電パチよりはるかに物騒なことが、十五年ほど前には日常の治療法としてまかり通っていたのだ。そして今日でも、少数ではあるがまだ続いている。それは脳にメスを入れる手術である。代表的なものに、ロボトミーがある。電気ショックもロボトミーも、程度の差こそあれ、人間をボケさせ、おとなしくする、という点で似かよっている。どちらも療法としてすたれてきたものの、とくに自殺企図者に効果あり、とされて、いまだに使われている点も共通している。」(大熊[1973:→214-215)
 「ロボトミー手術そのものも安全ではない。絶命もあるし、癇癪の後遺症に悩まされることもある。手術で廃人にされたために、決定的に退院できなくなって、鉄格子の中で余生を送っている人を捜すのにそれほど骨は折れない。
 精神医学は、脳の働きについて、まだほんの一部しか知らない。なのに、その脳を対象とした手術方法のみ実施される。」(大熊[1973:→216)
 「「死んじまえば病苦なし」という諺がある。なぜ、こんな残酷な手術が、今日まで続いているのか。考えてみれば不思議なことだ。[…]
 しかし、ロボトミーという「治療」と切りはなせぬ“心の殺害”は、はじめから、少なくとも日本で行われ始めたころからは、知ろうと思えば知ることができたのだ。ロボトミーの結果は術後にすぐ出る。きのうまで手がつけられなかった者が、すぐに手に負えるようになる、という具合に。しろうと考えにも、ぞっとする話である。それが“西瓜を割る”ごとく行われたのである。」(大熊[1973:→217])

 cf.精神外科:ロボトミー

■紹介・言及

◆大阪大学のホームページ掲載のインタビュー
 www.hus.osaka-u.ac.jp/interview/interview05.html
 「世の中ほんとめちゃくちゃなことがあるもんだな、僕の知らないことがいっぱいあるもんだな、と思ったよね」

◆立岩 真也・市野川 容孝 2000 「障害者運動に賭けられたもの」(『弱くある自由へ』所収)

 「それでね、市野川さんはドイツのことと、日本の優生保護法下の強制断種のこと、両方ご存知なんだけども、七〇年ころ、そう詳しくではないんだけれども、ナチはどうも障害者を殺した、たくさん、何万人も殺したっていう話が、あることはあった。大熊一夫が「ルポ・精神病棟」っていう連載を『朝日新聞』で一九七〇年からやってるんですね。これは七三年に単行本で出ていま文庫版になってますけど(大熊[1973→1981])、その終りのところでナチが精神障害者を抹殺したっていう話が出てくる。僕は見たことがないんだけど、クリスチャン・ベルナダクっていう人の『呪われた医師たち』って本が早川書房から出てたらしくて、大熊さんはそれを引いています。だから問題になったとすれば、まずはその頃なのかなと。それで今またというか九〇年代になって、やっぱりナチは障害者を安楽死ということで抹殺したんだという本が――米本昌平さんがずっとやってきたことがあった上だけど――何冊か出てきた。まずひとつはナチだったらナチが何をやったかっていうことの捉え直しみたいなものが、どういうことでいつごろ出てきたのかっていうのを教えてもらいたいのですが。
 市野川 まずドイツの方から話しますと、…」

 *後に本を入手(2007.12)
◇Bernadac, Christian 1967 Les Medicins: Les experiences medaicals humaines dans les camps de concentrations, Editions France-Empire=1968 野口 雄司 訳,『呪われた医師たち――ナチ強制収容所における生体実験』,早川書房,262p.,ASIN: B000JA5B96 [amazon] ※→19790815 ハヤカワ文庫,265p. ASIN: B000J8F8NW [amazon] ※ eg

◆大熊 一夫 19870401 『精神病院の話――この国に生まれたるの不幸・一』,晩聲社,278p. ISBN-10: 4891881615 ISBN-13: 978-4891881610  1545 [amazon] ※ m.

 「[…]過去一七年間、私は怨念の標的だった。
 「入院者の虐待」を問題視するよりも「入院者の虐待を指摘すること」のほうを問題視するというのは、あきらかな倒錯である。この倒錯がこれからも続くのかと思うと、気も重くなる。」(大熊[1987:276])

◆「キッカケは日本精神神経学会が学会誌に掲載した、精神病院の実態調査報告でした。精神病院でここ一年、看護人が患者をなぐり殺す、リンチするなどの事件が少なくとも十余件あると発表され、これが新聞報道されたのです。精神科医の絶対数が少なく、他の診療科からやってきた「にわか精神科医」が、知識のないまま治療を行っている現状も報告されました。
 これを受けて、朝日新聞では三月五日付け夕刊から連載記事「ルポ精神病棟」 を開始します。留置場以下の悪臭と寒気に包まれた劣悪な保護室(要するに監禁室)の模様をつづった「檻」。通称・電パチとして恐れられている電気ショック療法がリンチに使われている現状をつづった「私刑」、ただの牢番と化している精神科医を告発した「絶対者」、特定政党の選挙応援を患者に強要する病院を非難した「選挙異聞」などなど……。いずれの回も、センセーショナルな現実が語られました。
 連載が始まった途端、この記事は大きな反響を呼びます。新聞社にはひっきりなしの電話や投書が相次いだそうで、国会審議では野党側が事実関係を追及、日本精神病院協会は異例の理事会を開催して精神病院の経営者全員に自戒を呼びかける慌てぶりでした。新聞紙面を一面まるまる使って「精神病院の選び方一八章」といった特集が組まれたこともあり、これも異例といえるでしょう。初めて白日のもとにさらけ出された赤裸々な事実に、一般読者は戦慄を覚えました。」(建野[2001])

◆立岩 真也 2002/05/25 「大熊一夫の本」(医療と社会ブックガイド・16),『看護教育』2002-05(医学書院)

◆稲場 雅紀・山田 真・立岩 真也 2008/11/30 『流儀』,生活書院

 ※は生存学資料室にあり


*作成:松枝亜希子
UP:20081031 REV:20090712, 20110803, 20130515, 20180225
大熊 一夫  ◇精神障害/精神障害者文献  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
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