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『水俣病闘争 わが死民』

石牟礼 道子 19720428 現代評論社,326p.

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石牟礼 道子 19720428 『水俣病闘争 わが死民』,現代評論社,326p. ASIN: B000J9P2E6 欠品 [amazon] ※ m34

→ 20051115 『水俣病闘争 わが死民』,創土社,337p. ISBN-10:4789300447 ISBN-13: 9784789300445 欠品 [amazon][kinokuniya] m34

■内容

内容(「MARC」データベースより)
1960年代後半から70年代にかけての住民運動の記録を復刻し、この時代の住民運動の問題提起がもつ今日的意義を問い直す。水俣病闘争の患者・市民・支援者のかかわりあいの中で生まれた「人間変革」ドキュメント。

■目次

総目次
旧版目次
新版あとがき―渡辺京二
新版解説―原田正純

 水俣病闘争 わが死民 目次
わが死民―石牟礼道子
 T
解説・理解のための前提―渡辺京二
流民の都―石牟礼道子
水俣病問題の欠落部分―谷川健一
水俣病―宇井純
 U
解説・患者の声―渡辺京二
深き淵より叫ぶ―赤崎覚
「患者家族紹介」抄―石牟礼道子
患者さんとその世界―土本典昭
蜜蜂の国―田上義春
島田社長との対決―訴訟派患者家族
 V
解説・闘いの原理―渡辺京二
散乱放逸もすてられず―石牟礼道子
水俣病市民会議の人々―石川紀代子
義勇兵の決意―本田啓吉
水俣病闘争における支援とは何か―守田隆志
患者の魂との共闘をめざして―福元満治
現実と幻のはざまで―渡辺京二
噴怒の解放と再組織―滝田修
事大主義と事小主義―谷川健一
 W
解説・闘争経過と背景―渡辺京二
晴れの日に紅をさして―石牟礼道子
チッソ一株券を呪符として―島田真祐
江頭社長との対決―水俣病患者巡礼団
"勝利"の苦い果実―松岡洋之助
水俣病の概念をゆがめたもの―宮沢信雄
まぼろしの舟のために―石牟礼道子
私設自主交渉闘争―渡辺京二
「死に水をとる」闘いを再構築せよ―松浦豊敏

 資料篇
水俣病患者の最後の自主交渉を支持しチッソ水俣工場前に坐りこみを!―渡辺京二・小山和夫
公害訴訟の制裁的機能―富樫貞夫
「一株運動」に関する弁護団見解―水俣病訴訟弁護団
三宅さんの訴訟取り下げについて―水俣病を告発する会
やるせないフィーリング―守田隆志
埋められた者のうめき―(座談会)川本輝夫・宮沢信雄・伊藤紀美代
公開質問状―新認定水俣病患者
おたずね―新認定水俣病患者
質問に答えて下さい―市民有志
署名(市民運動)に協力してどこが悪いと言うのか!―市民有志
患者さん会社を粉砕して水俣に何が残ると言うのですか!―市民有志
坐り込み闘争宣言―川本輝夫

 あとがき―石牟礼道子

■引用

わが死民―石牟礼道子(福岡・水俣病を告発する会機関紙『死民』第十一号)
「死民とは、市民という概念の対語ではない。」(p.8)
「いや、市民、といえば、まぎれもなく近代主義時代に入ってからの概念だから、わが実存の中の先住民たちは、たちまちその質を変えられてしまうのである。まして水俣病の中でいえば<市民>はわたくしの占有領域の中には存在しない。いるのは<村のにんげん>たちだけである。このにんげんたちへの愛怨は、たぶん運命的なものである。」(pp.8−9)
「死民とは生きていようと死んでいようと、わが愛怨のまわりにたちあらわれる水俣病結縁のものたちである。ゆえいにこのものたちとのえにしは、一蓮托生にして絶ちがたい。」(p.9)

 T
解説・理解のための前提―渡辺京二

流民の都―石牟礼道子(『現代の眼』七二年四月号)
「いま水俣病の患者さんの家庭というのは、おおかた、天草からそんな風に流れてきたわけです。」(p.17)
「私たち支援グループと称する人間たちは、最初は患者さんをおこがましくも救う、救いたいというように思っていた―部分もありますから―のが、逆に、患者さんたちの成長していく速度みたいなものに追いつけずフーフーいっているというか、振り回されているといった状況もでてきております。」(p.30)

水俣病問題の欠落部分―谷川健一(「日本の公害」公演パンフレット掲載の対談より抄録・一九七一年春)
「ですから、水俣病を何々しなければならないというときに、自分と水俣病、わが水俣病、自分と水俣病との関係が確立されない限りは、いつまでたっても代理人みたいな形での関係でしかあり得ない。パーソナルな形での自分と水俣病との決定的なつながりというようなもの、それがそれこそ何かのちょっとした、木の枝がちょっとはじけてそれが春先のなだれになるような形でつながっていくのがほんとうだろうと思います。」(p.36)

水俣病―宇井純(『ジュリスト増刊』七〇年八月号)
「すでに日本資本主義の東南アジア進出が開始され、公害の輸出が憂慮されている現在、大衆運動の戦略的な形態の一つとしての公害反対運動の意味は、単なる局地的なものではなく、国際的な重要性をはらんでいる。」(p.48)

 U
解説・患者の声―渡辺京二
「一見まどろっこしく、はがゆいようであるが、患者はこのような近代市民的論理にたよらず、あるいはそういうものの使い方を知らず、ただただ自分たち自身の発想によって社長を土壇場まで追いこんでゆく。その過程は見ものといってよい。なお、この会談は一世を風靡した『水銀を飲め』という言葉の無力さを示しているほかに、患者の意識の多層さと複雑な分岐をよく示しており、この闘争にかかわる運動者にとって必読の文献といえる。」(p.53)

深き淵より叫ぶ―赤崎覚
 ある網元の死(『告発』六九年八月号)
 "月浦病"宣告(『告発』七〇年一月号)
 浜元姉弟の嘆き(『告発』六九年九月号)
 失われた音符(『告発』七〇年二月号)
 再度の痛手(『告発』七〇年四月号)

「患者家族紹介」抄―石牟礼道子
 花びら拾う娘の幻―坂本嘉吉・トキノ夫妻(『告発』七〇年六月号)
 洋子は泥になりました―淵上才蔵さん一家(『告発』七〇年四月号)
 会社行きとは違うぞ―浜元フミヨさん(『告発』七一年六月号)

患者さんとその世界―土本典昭(東プロダクション・一九七〇年度作品)

蜜蜂の国―田上義春(東京・水俣病を告発する会機関紙『苦海』第六号に掲載された同題名の談話を下じきにして、七二年一月あらためてテープに談話採取したもの)

島田社長との対決―訴訟派患者家族(未発表)

 V
解説・闘いの原理―渡辺京二
「われわれはベ平連的な、あるいは全共闘的な、あるいはまた新左翼政治セクト的な解決をうけ入れるわけには行かなかった。彼らの市民の良心とか、自己否定とか、加害性の自己告発とか、大衆への奉仕とか、自己イコール大衆などというテーゼに対して、われわれは『義によって助太刀いたす』というほとんどユーモラスな言葉を対置した。この場合の義とは、『義を見てせざるは勇なきなり』という場合の義と、いうまでもなく同一である。」(p.127)
「伝統とはおそろしいものである。われわれは意識してそれに還ろうとしたのではない。しかし、議論ぎらいの熊本の告発する会メンバーの最底の共通了解事項が義理と人情というおそろしく古風な二語であるという現状には、何か根本的な規定因が存在しなければならない。」(p.127)
「支配層は逆に、実質的には義理人情というエトスの母胎である下層生活民の共同性を解体する近代的社会の組織化を推進しながらも、下層民統合の手段として変形された義理人情のイデオロギーを操作してきたのである。」(p.128)
「『患者とともに闘う場合は無条件にその意向に従う、しかし独自行動を組む時はそれを束縛されず、患者のほんとうにやりたいがやれないでいることをやる』という苦肉の行動原則は、もとより一時的解決にすぎない。」(p.128)
「支援者である知識人的部分が、闘争主体である生活民=被害民に対して負う責任は、自己の中の『大衆の原像』を思想としてとりだし、それを生活民にぶっつけることによって彼らの闘争の自立を媒介する、という作業の中で果たされるほかはあるまい。」(p.129)
「水俣病闘争の組織論はベ平連ないし全共闘型であるという認識があるようである。人様がほどこす分類に文句をつける気もないが、われわれの組織論の原型は大正行動隊の組織原則である。それが大正行動隊の原則を正しく受け継いだものであるかどうかは問題であり、告発する会の組織形態には独特のおもしろさもまた存在するが、この主題について書かれた論文はなく、ここでも検討は保留せざるをえない。」(p.129)

散乱放逸もすてられず―石牟礼道子(七〇年十一月二十六日、京都水俣病を告発する会での講演・『月刊地域闘争』七一年一月号)

水俣病市民会議の人々―石川紀代子
 その初発の意識(『告発』六九年九月号)
 市民会議この一年(『告発』七〇年一月号)
「患者互助会と市民会議。この両者の違いは一体何だろうと問い直すとき、自分らが長年住みなれてきた水俣がチッソによって発展してきたと信じ込まされてきたことを、水俣病を通じて考え直す場が市民会議であり、その点で患者と重なり合う部分をもちあう。」(p.142)
「そのいわば身代りとして、水俣病に汚濁されたという故に、たとえ一任という立場をこの人たちがとらざるを得なかったとして、何ら市民会議がかかわりをもちえなかったことに、むしろ問題が存在するのではないかと思えるのである。」(p.143)

義勇兵の決意―本田啓吉(『告発』六九年七月号)

水俣病闘争における支援とは何か―守田隆志(熊本大学水俣病闘争機関紙『からみ』七一年五月号)

患者の魂との共闘をめざして―福元満治(『情況』七一年六月号)
「水俣病の闘いではいかに個人が水俣病の個別性にかかわるかが鋭く問われる。それはいかなるえにしを結ぶかということでもある。」(p.157)
「遊行し続ける闘争者が安保・沖縄・入管と自由な選択と逃亡の流れのなかにあるとき、存在し続ける水俣病。不知火海のふちぶちの部落でも漁民たちがその日々の糧として魚貝類を摂取することにより発生した奇病、自然との調和のなかにまどろんでいた下層の民衆とその共同体が、もっとも近代的な化学工場のたれながす有機水銀によって急激にあるいは緩慢に破壊されてゆき、いまもまた破壊されつつあるその有様、いわれなき受難のなかで、チッソ資本はもちろん、市・県・国の行政権力、そして水俣の市民とこの国の多くの市民、果ては血縁の者たちからの孤立の闇と錯乱、それは目をバチリともせず見送った患者と家族たち、そのひとりひとりからたちのぼる怨みは、失われたものへの無念さは抽象化も普遍化も拒否して、それを奪ったものとそれを眺めていたわれわれに照準を合わせる。」(p.158)
「失われたものはかえらないというもっともな理屈と、直接奪還による秩序の混乱を恐れた権力の論理によりこの世から復讐法と仇討は消え、民衆のルサンチマンは行き場をなくしてさまよい始めた。」(p.158)
「水俣病の闘いを、この民衆の魂への一切の下降なしに、政治戦略的に公害闘争、あるいは地域闘争として一般的に語ることの無意味さがここにある。」(p.159)
「われわれの行動の根底にあったのは、石牟礼道子氏の『苦海浄土』にいみじくも描き出されているような、常に歴史の底辺にあって黙って生き黙って消えていく生活大衆がいわれなく負わされた受苦と、そのなかで示された偉大ともいうべき尊厳へのうずくような共感であった。」(p.160)
「水俣病の訴求力で集まった仲間は患者・家族のあの激しい情念の回路へ、個別水俣病の下降することによって資本と国家を撃つ回路へともっと自己を下降させてゆかねばならない。」(p.164)
「まして水俣に住んでいるわけでもない者たちが水俣病闘争に加わるということは、自己の想像力を賭して、血迷った魂に向って下降し、その魂に加担することであり、それのあらゆる表現の道を創り出し、保障することである。そして、その全責任を個人の位相にて行動者が負うことに他ならない。」(p.166)
「患者がその痛苦の果てにいみじくも国家の正体を看破したように、水俣病の個別性を掘り進め、その生命系破壊の根源へ下降してゆく道程において、より醒めること、この世の仕組みを見極めることがこの闘いには課せられている。われわれの側において、国家的なるものへの一切の期待を断つこと、その困難な条件の上にたって、闘いは常に何をなすべきかと同時に、いま何ができるのかを問われている。」(p.167)
・労働コロニー

現実と幻のはざまで―渡辺京二(『朝日ジャーナル』七一年一二月二十四・三十一日号)
「運動とか闘争とかに何らかの意味があるのは、それが徹底した生活民の自立の方向を指向している場合だけである。」(p.169)
「水俣病の被害住民が真に欲しているものは、まだいかなる政治闘争も掲げたことのない欲求であり(厳密にいえば、それはかつての大正炭鉱の闘争において、萌芽的ではあっても、明らかに掲げられた)、彼らが迫ろうとしている抑圧の根源は、いまだかつていかなる理論も、これを完全に解き明かしてはいないのである。」(p.170)
「水俣病患者・家族の人間的道理とは、彼らにとっては痛烈な皮肉でなければならないが、まさに近代市民社会の論理によって統合されない『前近代的』生活意識の表現であった。」(p.172)
「彼らは何を求めるのか。何を表現したいのか。私の考えによれば、それは石牟礼道子氏の『もうひとつのこの世』という言葉の指示するものにほかならぬ。これはユートピアなどという迂闊なしろものとは、多少色合いを異にする。それはだれも見たものがないゆえに、だれも説くことはできない。しかし、彼らはそれがあるべきことを予感し、自己の存在をもって告知しているといってよい。」(p.172)
「心中では同情で何が悪いと叫んでいた。」(p.176)
「水俣病患者はかわいそうだ、という活動家たちがもっとも唾棄する心情も、それが徹底して貫かれた時は、おそらく活動家たちが夢想もできないような地点まで到達する。水俣病はしょせん他人事である。その他人ごとに、日本の生活民はどれだけ徹底的につきあうことができるのか。これは試みるに値する実験ではなかろうか。」(p.176)
「われわれは自分たちの運動を反公害闘争だとは一度も考えたことはない。」(p.178)
「問題は水俣病闘争はそれをまともに対象とするかぎり、すべての参加者に日本近代市民社会の制度と論理を根本的に倒壊させる下層生活民の視点を強制せずにはおかないということにある。大げさなことをいう必要はないが、そのときわれわれの背を静かな戦慄が走らないであろうか。」(p.178)

噴怒の解放と再組織―滝田修(『日本読書新聞』七一年十一月二十二日号)

事大主義と事小主義―谷川健一(『朝日新聞』七二年一月十七日号)

 W
解説・闘争経過と背景―渡辺京二

晴れの日に紅をさして―石牟礼道子(『婦人公論』七〇年九月号)
「事態を阻止するために、われわれはただ自分の肉体的存在というひとつの直接性を所有するのみである。」(p.200)
「活字信仰など、かけらほども持たない下層生活者たちが、あらゆる権威らしきものの既成価値を、水俣病体験の中から得た論理観のみで自己の倫理の、総洗いなおしをすることの、たのしみである。」(p.208)

チッソ一株券を呪符として―島田真祐(『朝日ジャーナル』七〇年十二月六日号)

江頭社長との対決―水俣病患者巡礼団(『月刊地域闘争』七一年一月号)

"勝利"の苦い果実―松岡洋之助(七二年一月・書きおろし)
「労働運動の敗北のうえに、いわゆる公害闘争が発生したのである。」(p.229)
「加害者の企業に対して、絶えることのない闘いを挑み、鋭い緊張関係をつくりだしていき、それが長びけば長びくほど、資本とその人格者たる幹部も苦しむに違いない状況こそ患者さんの怨みをはらす過程かもしれない。その結果、我々が倒れたとしても、その向うに敵も倒れていよう。共倒れに到るまでに、何かを垣間見ることが出来るであろう。」(p.231)

水俣病の概念をゆがめたもの―宮沢信雄(七二年二月・書きおろし)

まぼろしの舟のために―石牟礼道子(七一年十二月二十一日、チッソ本社社長室前にて水俣病被害民とともに)

私設自主交渉闘争―渡辺京二(書きおろし)
「水俣病闘争は生活民大衆の蜂起というにはほど遠い闘争であるけれでも、生活民自身が党派的指導をはねつけて手探りで闘いを提起する時に生じる非定型的性格を、深く刻印されている。」(p.253)
「水俣病患者の主要部分は水俣漁村地区の漁民であり、あるいはそれの転化した流民型労働者であって、、水俣病闘争はそのような水俣下層民の存在と意識の構造によって完全に規定されている。水俣の闘いを水俣だけに終らせず、全国の公害闘争の象徴あるいは一環として、全国に拡げねばならない、などという主張がたわいもない空語であるのは、そのためである。」(p.253)
「戦後日本市民社会の体制は、けっして単純にいわゆる『逆コース』式の教権支配によって維持されたのではなく、平和憲法を基本法とする戦後法体系によって市民権を得たいわゆる反体制運動を媒介することによって、支配のバランスを保持して来たのである。革新系諸運動は戦後型支配に構造的に組み込まれた不可欠の反対項であって、それが諸闘争を提起し、行政権力と角逐を演ずることによって、結果的には、戦後型支配にとって最も合理的なラインが引かれて来たといってよい。」(p.254)
「この不毛な二者択一を止揚するには、水俣病患者の本体である水俣下層民の存在構造、すなわち彼らが日本近代市民社会からの疎外民であり、そのようなものとして市民社会の支配構造の根底的な否定者でありうること、さらに市民社会の基底に沈殿する伝統的エトスの担い手として、生活民の存在の全幅を包含する闘争の形成者でありうること、このふたつの可能性に依拠して、自立する生活民の政治闘争を構想するほかはない。」(p.256)
「結局、それは"市民有志"のほうが、民衆の意識の重くて深い層に準拠していたからだということができる。」(p.264)
「民衆とは、一定の位相においては、つねにこのように残虐でありうる存在である。彼らの偏見は、彼らの存在における抑圧と疎外の構造に根拠をもっており、その偏見の強度は、抑圧された欲求の強度に比例している。それゆえに、"市民有志"のビラに示された水俣民衆の偏見の強烈さは、それが逆転して正立された時のおそるべき爆発力を暗示している。偏見が解放の欲求と逆接しているこの構造を切開し、水俣の土着的意識を闘いに組織するという課題は、今日なお最もとりくみがおくれているテーマである。」(p.265)
「水俣病闘争は生活民みずからが方向を決定する非定型の闘争である。」(p.274)
「十二月六日、チッソ本社乗りこみが開始された時、闘いがここまで持続され、チッソをここまで追いつめることができると考えていたものは、誰ひとりいなかったはずだ。これまで、つねに患者を一方的に圧殺して来たチッソは、水俣病問題始まって以来、はじめて窮地に立たされることになった。患者も共闘者も、ここまで来たのは正直いって無我夢中のことであった。『こういうことは一緒に一度じゃあな』と川本輝夫さんは述懐する。これはみずから情勢を創りだして来たものの言葉である。孤立した少数者の闘いが、闘いの初発の一点をにぎりしめて放さないことによって、情況の転換を文字どおりかちとっていった軌跡、自主交渉闘争の百日余はそういうものとしてわれわれの前に置かれている。」(p.280)

「死に水をとる」闘いを再構築せよ―松浦豊敏(七一年八月発行『水俣回状』創刊号)

 資料篇
水俣病患者の最後の自主交渉を支持しチッソ水俣工場前に坐りこみを!―渡辺京二・小山和夫
公害訴訟の制裁的機能―富樫貞夫(『朝日新聞』七一年三月五日号)
「一株運動」に関する弁護団見解―水俣病訴訟弁護団
三宅さんの訴訟取り下げについて―水俣病を告発する会(『告発』七一年三月号)
やるせないフィーリング―守田隆志(『からみ』七一年五月号コラム「恋路島」より)
埋められた者のうめき―(座談会)川本輝夫・宮沢信雄・伊藤紀美代(『告発』七一年七月号)
公開質問状―新認定水俣病患者
おたずね―新認定水俣病患者
質問に答えて下さい―市民有志
署名(市民運動)に協力してどこが悪いと言うのか!―市民有志
患者さん会社を粉砕して水俣に何が残ると言うのですか!―市民有志
坐り込み闘争宣言―川本輝夫

 あとがき―石牟礼道子
「水俣病闘争史は、もちろん水俣病事件史の一端にしかすぎぬ。矛盾しているようでも告白すればその両方についてじつは語る資格がない。ただ一人の人間存在が背負っている深い未知の中に降りてゆくのみである。」(p.326)

■書評・紹介


■言及


*作成:山本 崇記中倉 智徳
UP:20101214 REV: 20180225, 0306
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