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『日本人の老後――“豊かな老後”はいつの日か』

森 幹郎 19720225 日本経済新聞社,日経新書,201p.


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森 幹郎 19720225 『日本人の老後――“豊かな老後”はいつの日か』,日本経済新聞社,日経新書,201p. ASIN: B000J9NRRA [amazon][kinokuniya] ※ b a02 a06

■目次

まえがき
1 経済社会の変貌
2 人口問題と老人問題
3 社会保障の考え方
4 老人と自殺
5 老人と労働
6 老人と余暇
7 老人ホーム
8 老人と居宅福祉
9 老人クラブ
10 老人リハビリテーション
11 センチナリアン
12 老人と死
〔参考書〕

■引用

 「これらのことから、わが国における農業社会から工業社会への移行は、昭和三十年代の前半から中ごろにかけて、決定的になったといえよう。そして、それは最も典型的に、昭和三十五年秋の池田内閣による「所得倍増計画」に現されている。老人問題も、このころから社会的な問題として顕在化してきたのである。」(森[1972:16])

 「こうして、資本主義国家でも社会主義国家でも、老親を扶養する子どもの義務を民望に規定す<16<ることになる。わが国もその例外ではなく、明治二十九年に制定された旧民法にも、昭和二十二年に改正された新民法にも、その旨が規定されている(ただし、デンマーク、イギリスではいち早くこの規定を削除したが、このことについては、さらに後に触れよう)。
 しかし、多くの人は、新民法では扶養義務の規定が削除されたように思っている。たとえば、昭和四十三年の世論調査では、三二%の人が「扶養の義務はない」と答えている。だが、これは誤りで、民法第七三〇条にはちゃんと「直系血族及び同居の親族は、互に扶け合わなければならない」と規定しているのである。」(森[1972:16-17])

 「上位十位までの国を見ると、概していえば、そのほとんどはいち早く高度工業社会の段階に到達した国であることが知られる。そして、わが国の老人人口が総人口の七%弱であるのに対し、上位十位までの国はいずれも一一%ないし一五%で、わが国のおおよそ二倍である。厚生省人口問題研究所の推計によれば、わが国<30<でその割合が一二%に達するのは、表7にも明らかなように、二十世紀末のことである。」(森1972:30-31])

 「社会保障の責任を負うのは誰か、というのはきわめて興味のある、しかも答えるのにむずかしい問題である。国によっても、時代によっても、また人によっても一様ではない。これに対する個人の回答ではなく、社会(国といってもいい)の考え方は、社会保障の財源を誰がどの程度負担しているかによって知られるのではないだろうか。表13は、社会保障の財源を被保険者と使用者と政府がそれぞれどのような割合で負担しているかを主要国について見たものである。(以下略)」(森[1972:47])

 「たとえば、イギリスでは、第二次世界大戦の終了した後、ナフィールド財団がシーボーム・ロントリーを長として調査委員会を設置、老人の実態調査と将来の老人福祉対策に対する勧告を行なったが、その中の一部を引用しておこう。
 「老人は一般に無気力で、壁のそばにたたずみ、食事の時間と寝る時間とを待っている」
 「理想は、各人に個室を与えることであろう。しかし、公的扶助施設の場合、それは実現が不可能であるし、また(民間の)老人ホームにおいても、老人が健康でない場合には監督も大変だし、経費もかかる。したがって公的扶助施設の場合は、一室二人ないし四人に制限したいものである。そして、老人の希望<111<によってはカーテンか衝立(ルビ:ついたて)を於くべきである。固執性の場合も、老人の多くは二人、三人の同室を好むようである」
 福祉国家イギリスにおいてさえ、戦争が終わった直後の混乱期とはいえ、なお固執性にふみきってはいなかったわけである。
 一方、わが国の実情をみると、かつての養老院は、今や養護老人ホームとその名称を改めたが、大部屋雑居制はそのまま引きつがれ、一室(八畳)の定員は厚生省令によって四人とされている。八畳の一室に四人では、プライバシーの空間もプライバシーの時間も保障されないことはいうまでもない。しかし、わが国の場合、老人ホームに関する限り、まだまだ量産の必要な時代なのである。
 では、老人ホームの施設整備量はどのくらいが適当といえるのだろうか。大変むずかしい問題であるが、一応、北欧の水準が参考になると思われる。北欧の中ではフィンランドの収容率が最も高く、老人人口の七.九%が老人ホームで生活している。これに続いて、ノルウェー五.五%、スウェーデン四.九%となっている。そして、いちばん収容率の低いデンマークでも、老人人口の三.五%は老人ホームで生活している(表24参照)。<112<
 ちなみに、わが国の場合、その収容率は昭和四十七年三月現在、一.二%である。」(森[1972:111-113])

 「やがて施設保護に対する再度の反省が起こってくる。それは二つの理由からである。第一は、施設保護に内在している財政の硬直化ということである。昔、救貧院時代、人々はただ貧乏で生活できないというだけの理由で施設に入れられ、保護を受けていたが、その中には元気でピンピンしている老人も少なくなかった。
 たとえば、わが国の例をみると、老人福祉法の制定される前年の昭和三十七年、養老院の収容<114<者について健康調査が行なわれているが、その結果、老人の三分の二(六四.一%)」はピンピン老人であり、一割(九.二%)が寝たきり老人であると報告されている。ピンピン老人が、なぜ、三食つき、寮母さんつきの養老施設にはいってこなければならなかったのか。それは、住宅もなく、仕事もなく、年金もなかったからにほかならない。まさに三無斎である。もし、それらの対策が整備されていたら、なにも養老施設にはいらないでもよかった人たちが、養老施設の収容者の三分の二を占めていたのである。
 これは、なにもわが国だけのことではない。社会福祉が進んだヨーロッパの国でも、つい最近まではそうだったのである。英語の文献を見ると、初期のものにBoarding Home, Residential Home, Old People's Homeなどという言葉が出てくるが、これらはいずれも「老人下宿」といった感じの言葉である。
 しかし、そのうちに、ただ貧乏で生活できないというだけの理由で施設に入れていたのでは、金がかかって仕方がないということが知られてくる。たとえば、スウェーデンはカナダ、ニュージーランドなどとともに、世界で最も年金制度の進んだ国として知られているが、そのスウェーデンでさえも、老人ホームのコストは老齢年金の額の二倍にも上るのである。また、イギリスでは三倍にも上っている。」(森[1972:114-115])

 「わが国で昭和三十八年に老人福祉法の制定とともに創設された特別養護老人ホームには一面、いわゆるナーシング・ホーム的な性格を持つものであった。それは、法制定の前年に行なわれた養老施設収容者の健康調査に現れている九.二%の寝たきり老人をそのおもな対象として生まれたものであったからである。
 なお、ついでに、特別養護老人ホームのもう一面の性格について見ておきたい。それは、第二<116<病院という性格である。疾病を持った老人をどのような施設に収容するかは、サービスの面から考えても、政策的にもきわめてむずかしい問題であるが、ヨーロッパの実情から、それは二つの考え方に分かれる。一つは病院に入院させることであり、もう一つはナーシング・ホームに入所させることである。これに対して、私は、わが国における病院建設およびスタッフ充足の両面での医療供給から考えて、少なくとも慢性疾患を持った老人については、ナーシング・ホームに入所させて、保健・福祉の両面からサービスをするのが適切と思う。つまり、ナーシング・ホームの第二病院化といえよう。
 施設保護に対する反省の第二は、老人の人間性尊重ということである。これは後に述べるリハビリテーションの考え方の普及と表裏一体をなすものであるが、オーバー・サービスは老化を促進する以外の何ものでもないという反省である。人間というものは、本来、安易を浴するナマケモノで、いくらでも容易さに妥協していく。それは同時に、人間性を堕落させるものでもあり、一個の主体的な人間としての尊厳性を傷つけるものでもある。
 先に述べたナフィールド財団の報告をはじめ、世界の精神神経学者は一致して、老人は集団生活をすることによって、生活が消極的、受身的になり、精神の老化が促進されるものであるから、できるだけ施設に入れないで保護したほうがいいと主張している。したがって、施設保護を必要とする高齢、病弱な老人の場合はともかく、居宅で生活できるうちは、居宅で生活させた<117<ほうがいいという考え方である。」(森[1972:116-118])

 「新しい老人ホームが当面している次の問題は、老人ホームは老人をただ保護していればそれでいいのか、という問題である。
 ヨーロッパに滞在中、私は、各地の老人ホームで、老人ホームには車の両輪のように食堂とリハビリテーション室とが必要である、と聞かされた。いうまでもなく、人は身体と精神とを持つものであるが、食堂は身体を養い、リハビリテーション室は精神を養うというのである。
 今までの老人ホームは、ややもすれば、健康な老人にも三食つき、寮母さんつきのサービスをするなど過保護のきらいがあった。今後も、老衰末期の老人には手厚い看護は必要である。しかし、病弱な老人でも、機能の低下を防止するためのリハビリテーション療法が必要である。つまり、その残された能力を低下させないようにすることが大切なのである。
 老人人口、わけても老衰末期老人人口の増加が、生産年齢人口の負担となることは明らかであり、したがってリハビリテーション療法を老人ホームの中に導入することは、ミクロ的にも、またマクロ的にも必要なことである。今後の新しい老人ホームに課された一つの使命といえよう。」(森[1972:122])

 「各地の居住福祉のうち、最も中心的な役割を果たすものは、各国ともホームヘルプ・サービスである。ホームヘルプ・サービスは一八八〇年(明治一三年)、スイスに始まり、今世紀にはいって急速に各国に普及した。その名称も初めは国によっていろいろ異なっていたが、一九五二年(昭和二十七年)の国際会議でホームヘルプという名称に統一された。ただし、アメリカでは初めからホームメーカーという名称を用いていたが、一九七一年(昭和四十六年)、ヘルスエイド(保健助手)と改められた。
 欧米のホームヘルプ・サービスは、初め多子家庭や妊産婦家庭を対象とする児童福祉対策、労働政策で、いわば防救的な性格をもつものであった。しかしその後、老人や身体障害者を対象と<134<する救貧的な性格のサービスも行なわれるようになった。
 (中略)
 わが国では、昭和三十五年から労働省(婦人少年局)の指導の下に事業内ホームヘルプ制度が始<135<められた。これは、企業に勤務する労働者の家庭で、たとえばその妻の病気、子どもの事故などのため労働者が欠勤しなければならないような場合、企業が雇用しているホームヘルパーをその家庭に派遣し、労働者家族福祉の推進をはかろうとするものである。四十七年一月末現在、三百三十二の企業が単独または協同してこの制度を持っている。
 一方、これよりも早く昭和三十三年、大阪市は独自にホームヘルプ・サービスを始めたが、これは老人家庭を対象とする福祉サービスであった。その後、老人福祉法の制定に伴い、ホームヘルプ・サービスは国庫補助事業として積極的に推進されることとなった。」(森[1972:135-136])
 〔引用者補足〕
 日本では、1956年、長野県で家庭養護婦派遣事業が始まり、その後、1958年、大阪市で臨時家政婦派遣制度が発足する。その後、1962年度から国庫補助事業として制度化されたのちに、1963年の老人福祉法において老人家庭奉仕員事業として規定されたものである。その後、1990年の老人福祉法改正で老人居宅介護事業として位置づけられた。

 「一九六九年(昭和四十四年)の九月、アイルランドの首都ダブリンで開かれた第十一回国際リハビリテーション会議は、やがてあと数ヶ月で迎えようとしている一九七〇年代を前にして、「リハビリテーションの時代きたる」と宣言、世界にその重要性を強調した。そして、リハビリテーションを行なう理由を、それによって、その人が社会になんらかの貢献をするからではなく、たとえ社会になんの役に立たなくても、人それぞれに残された能力を埋もれさせておくのは人間尊重の精神に反するからであるからであることを確認した。(以下略)」(森[1972:159])

 「だが、それは身体障害者のリハビリテーションにとどまり、老人のリハビリテーションについてはまだまだひろく一般の市民はおろか、リハビリテーション関係者の理解さえも得ることが容易ではなかった。たとえば、昭和三十六年、厚生省有志が個人の資格で参加してつくったリハビリテーション省内研究会は、年余にわたる討論の後、「医学的リハビリテーションに関する現状と対策」と題して報告した。しかし、それは、ほとんど身体障害者の医学的リハビリテーションに関するもので、老人については、わずかに数行が記録されたに過ぎない。」(森[1972:161])

 「たとえば、最近、とみに人々の関心をひくようになった「寝たきり老人」は、昨日や今日突然に発生したものではない。昭和二十八年に行なわれた内閣総理府と郵政省の共同調査でも、その後の数次にわたる厚生省の各種調査でも、つねにその存在は明らかにされていたものである。そ<163<の推移は表29のとおりで、毎回、わが国お六十歳以上の人口の数パーセントは半年以上床につきっきりであることが推計されていたのである。
 ピーター・タウンゼントらによる『工業化された三国の老人問題』によると、老人人口の中に占める「寝たきり老人」の割合は、イギリス三%、アメリカ二%、デンマーク二%となっているから、わが国の割合のほうが高いことが知られる。
 わが国の寝たきり老人について、その原因をみると、さきの昭和二十八年の調査でも、三十八年の調査でも、その四〇%は脳卒中の後遺症によるものと推計されている。しかし、近年におけるリハビリテーション医学の教えるところによれば、脳卒中を発病した場合、二人に一人が生き残り、生き残った人については、その九五%までが自分で自分のことぐらいはできる程度に回復するばかりか、さらに少なからぬ割合の人が職場にも復帰するという。とすると、三十数万人に及ぶ「寝たきり老人」の半数近くは、「安静にしていなさい」という医師の言葉を忠実に守ってきたがための犠牲者ではないだろうか。老人でなくても、1ヶ月も絶対安静にしていれば、手足や身体の各所が衰えてくるからである。」(森[1972:163-164])

〔引用者補足〕表29「寝たきり老人の割合(日本)(60歳以上に人口につき)」では、各調査年次ごとの「寝たきり老人」の割合を示している(単位:%)。昭和28年(1953年)の「老後の生活についての世論調査」(郵政省・総理府)では5%、昭和35年(1960年)の「高齢者調査」(厚生省)では男性4.5%、女性4.0%。昭和38年(1963年)の「高齢者実態調査」(厚生省)では男性6.0%、女性5.3%、昭和43年(1968年)の「高年者実態調査」(厚生省)では3.5%、昭和45年(1970年)の「老人実態調査」(厚生省)では3.2%となっている。


UP:20080107
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