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『車椅子の眼――筋ジストロフィー症の子どもの誌文と写真集』

鳥海 悦郎・堰合 儀男・今野 正広 19710205 平凡社,100p.

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last update:20160605


■鳥海 悦郎・堰合 儀男・今野 正広 19710205 『車椅子の眼――筋ジストロフィー症の子どもの誌文と写真集』,平凡社,106p. ※r

■引用

水上 勉 1971 「序」,鳥海他[1971:1]

 「進行性筋萎縮症。この病気にかかった少年は、死の道を急ぐ。現代医学は、この病気を快癒させる方法を知らない。少年たちはなぜ、こんな、悲しい病気にまといつかれたか、父からも母からも、お医者からも、聞かされたことはない。親たちは嘘をつき、お医者たちも嘘をつき、この施設へ入れば病気はやがてなおって坊やはやがて退院できるのだという。つれてこられた子は、ここが悲しみの場所であることを知らないのだ。世の中に、このような悲惨な施設はまたとない。それだけに黄金の命をいと惜しむお医者や看護婦たちの眼は明るく澄んでいるが、知らぬまに、一人減り、二人減りしていく空ベッドを眺めて、昨日までそこで一しょにあそんでいた友はどこへ行ったのか、子らがたずねても教えてくれる人はいない。お医者や看護婦はにっこりして、退院していったのよとこたえる時もある。
 […]一日一日やせてゆき、まるで陽の翳りをうけて七色に輝くあの貝殻のように、腐蝕していくのである。」(水上[1971:1])

■言及

 「死の足音
 西上と三階の成人病棟の患者をテーマにした写真集「静かな世界、小さな世界」を幸司が見せられたのは、栗原にかわって同室になった藤原信夫からである。藤原は、中学校三年生であった。

 写真集のぺージを一枚一枚めくりながら、幸司は、進行性筋ジストロフィーがほんとうはどんな病気か、初めてわかった。カメラの濁りのない、客観的な目なとおして、患者の暗い現実が見事にとらえられていた。もう指しか動かなくなった最重度患者が、じっとこちらを見すえている。静かな怒りと怨みの光が目のなかにあった。森に侵入してきて、理不尽に鉄砲をうち回る人間に出会いがしらに撃たれて死んでいこうとする塵の目をそれは思わせた。挑戦するように、じっとカメラのほうを見て、手で撮影を拒否している青年もいた。訓練室で、苦痛に顔をゆがめて機能訓練に励む小学生の姿もあった。廊下の真ん中でひとりで車椅子の車輪のスポークを指先だけで一所懸命たぐりよせ、車椅子をなんとか少しでも移動させようと孤独な戦いを挑んでいる青年もいた。

 幸司が、もっとも衝撃を受けたのは、二十歳だという人の裸の姿だった。栗原よりももっと痩せていた。鎖骨の上下がひどく落ちくぼみ、両肩の骨の間に、首が埋まるようについている。肩△138 や胸の肉がおちて、肩の骨が鋭角的にせり出してきているためにそんなふうに見えるのであった。まるで皮をかむった骸骨であった。頭に比べて、身体全体が細くなって、一見小さいという印象を受けた。幸司は、訓練室で見たふたりを裸にすればこうなるかもしれないと想像した。目は、静まりかえった湖の表面のようだった。無表情でなにを考えているのか、写真からはわからなかった。
 「進行性筋ジストロフィー症は死≠フ病である。朝生まれて昼には死んでしまう蜉蝣のように、療養所という橿のなかで、患者は、ごく短い生涯を閉じる」
 解説の欄に病気の実態が綴られ、いまだに病因解明、治療法開発のための研究体制をうち出そうとしない行政の不備が指摘されていた。
 ふいに、幸司は、まだ小学生のころ読んだ少女マンガの物語をまざまざと思い出した。
 (あの話はほんとうだったんだ。栗原は、筋ジスで死んだんだ。そうか。栗原は、数をかぞえることによって、死の恐怖と闘っていたのにちがいない。かわいそうに。あいつは自宅療養なんかじゃないんだ。個室で死んで、退院していったんだ。ボクにも、もうすぐ死がやってくる。)、
 進行性筋ジストロフイー症がそんなに恐ろしい病気だなんて、幸司は信じたくなかった。
 (筋ジスはなおる病気だと思っていた小学生のころはよかった。療養所にきて、なおらないと聞かされ、こんどは死につながる病気だなんて、どうしよう。どうしたらいいんだろう。死ぬのは△139 苦しい忙ろうか)
 粟原の蒼白な顔が大きく浮かんできた。
 「誰だって、自分がすぐ死ぬなんて否定したいさ」
 いつまでも写真集を難さず、焦点のあわない目で同じぺージをじっと見ている幸司に、藤原が、なぐさめ顔でいった。」



*作成:安田 智博
UP:20160605 REV:20170406, 0412
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