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『医者とくすり――治療の科学への道』

砂原 茂一 19700630 『医者とくすり――治療の科学への道』,東京大学出版会,UP選書,308p.+7p.

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last update: 20180225

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砂原 茂一 19700630 『医者とくすり――治療の科学への道』,東京大学出版会,UP選書,308p.+7p. 980円 ASIN: B000JA0RD6 [amazon] ※

■目次

 UP選書への序
 はしがき
一 日本のくすり、くすりの日本
二 きくくすり、きかないくすり
三 くすりの副作用
四 動物実験の役割
 1 動物実験の重要さ 2 動物と人間のちがい 3 動物から人間へ
五 治療の現状
六 経験医学から実験医学へ
七 権威主義と商業主義
八 それがあとからおこったから――
九 比較実験のこころみ
一〇 結核治療の歴史から
十一 ストレプトマイシン事始め
十二 イギリスでの研究――MRCの業績
十三 アメリカでの努力――VAその他の業績
十四 医者のたよりなさ
十五 患者のたよりなさ
十六 にせぐすりの薬理学
  1 にせぐすり 2 にせぐすり反応 3 にせぐすり反応者 4 めくら試験
十七 ききめを左右するもの
  1 病名・診断 2 病気の重さ・病型 3 年齢・性 4 個体差 5 人種差 6 その他の条件 7 いろいろな条件の評価
十八 ききめの評価の方法
  1 臨床実験の三条件 2 いろいろな比較法 3 比較試験の実例 4 国療化研の成績から
十九 臨床実験の条件
  1 実験の感度 2 人間の側の条件 3 くすりの量・飲み方・治療の期間 4 脱落
二〇 くすりが世に出るまで
  1 研究の諸段階 2 健康人における試験 3 患者における「準備試験」 4 本格的な臨床実験 5 売り出されてからの追及
二一 人体実験の倫理
二二 治療医学の反省
二三 臨床医学の現状をこえるために
  参考文献
  索引


  
 一般的にいえば、くすりの副作用は、手術の危険率とはその重大さにおいてくらべものにならないといっていいでしょう。しかし根本的な性格はほとんど同じです。手術の傷跡のように目に見えないだけで何かの影響を体にのこすと考えるべきです。多くの場合、手術とはちがって、その影響は一時的でまもなく消え去る性質――可逆性のものではありますが、それでも場合によっては消え去りがたい影響をのこすことがありますし、またまれにはくすりのために命をおとすこともあるのです。<029<
 かつてペニシリンによるショック死がさわがせました。また比較的最近アンチピリン系のかぜぐすりを入れたアンプル薬のために、尊いいくつかの命がうばわれました。サリドマイドのために奇型児が生まれました。このようなことはもちろんまれな出来事です。すべてのくすりがこのようなおそろしい副作用を患者に与えているわけではありません。もしそうなら医者も患者もくすりを用いようとはしないでしょう。しかし、用いる分量が多すぎたり、長くつかったりした場合、人によって多かれ少なかれ副作用をもたらさないくすりはまれだということを忘れてはなりません。(pp.29-30)
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 くすりというのは一歩まちがうと毒になりやすいものです。毒にもくすりにもならないような<031<ものは存在価値がないというべきかもしれません。
 ある人は、一九一八年以来ノーベル賞をうけたくすりのうち、少なくとも四つは動物に奇型をひきおこすといっています。インシュリン、ストレプトマイシン、コーチゾン、ペニシリンの四つです。いうまでもなくインシュリンは糖尿病の特効薬で、このくすりがあらわれてはじめて糖尿病で生命をうしなうことが防げるようになったのです。ストレプトマイシンは結核の特効薬で、このくすりがあらわれてはじめて結核は死病でなくなり、日本などでは数十年来人口一〇万につき二〇〇人以上であった結核死亡率がはじめて五〇人以下におちました。コーチゾンはありがたいくすりで、関節リューマチやぜんそくの患者がどれほど苦しみから救われているかはかりしれません。ペニシリンの恩恵はいうまでもありません。昔は顔にできたおできは面ちょうといって命とりだとされたものですが、今ではペニシリンをさえ打っておけば平気です。ところがこれらの優秀なくすりを実験動物に与えると、くすり変じて毒となり、かたわの子供が生まれるのです。そうはいってもこれらのくすりを人間に用いて奇型がおこったという確かな報告はまだありませんからあわてる必要はありません。早合点してこれからの天の賜物のようなありがたいくすりをつかわなければ、たくさんの患者が死んでしまうに違うのですから、利害・得失をよく見定めねばなりませんが、とにかく、普通の場合には心配がないにしても、くすりには一歩あやまれ<032<ば毒になるという性質がそなわっていることをよく理解していなくてはなりません。
 なお副作用には、生まれた子供が奇型になるというような長い時間をへてはじめて明らかになる副作用と、くすりを注射したりのんだりした際すぐおこる副作用とがあります。ペニシリン・ショックでとたんに死ぬ人がときには出ますし、インシュリンのために血液の糖が減少し冷や汗をかいてひっくりかえることがありますし、ストレプトマイシンで耳が聞こえなくなることがありますし、コーチゾンのために体の抵抗力がよわって細菌性の病気がわるくなったりします。このようなくすりをつかってすぐおこる重大な副作用は専門家もしろうとも気がつきやすいし、社会の注目をひきやすいのですが、妊娠中にのんだくすりの副作用が何ヵ月かのちに生まれた赤ん坊にあらわれたり、くすりをのんだ人自身にあらわれるにしても数年後、数十年後にあらわれるような副作用は専門家もなかなか気がつきにくいものです。サリドマイドの場合でもくすりが市場に出たのが一九五八年、ドイツ小児科学会でアザラシ奇型の二例がコゼノーによって報告されたのが一九六〇年、レンツがこの奇型がサリドマイドに関係があるらしいと気づいたのが一九六一年の一〇月です。しかもレンツは、この関係をたしかめようと思って調査をしても、アザラシ奇型を生んだ母親のうち妊娠中にサリドマイドをのんだことを記憶していたのは二割にすぎなかったといいます。何ヵ月か前、妊娠中のある時期にサリドマイドという名前の睡眠剤をのんだと<033<いうようなことを、ことにそれが一回か二回しかのんでいないという場合や医者からもらったくすりの中に入っていたという場合は、あとから患者に聞き出しても的確にわからなかったというのはむしろ当然のことでしょう。
 公害ということが盛んになっていますが、薬害についてももっと関心が持たれてもいいのではないでしょうか。慢性の薬害についてはまだ学者にも気づかれていないものがないとはいえないのです。
 副作用にはいろいろな形、程度があります。まず、今のべたように、
  すぐ起こる副作用
  長くつかってはじめておこる慢性の副作用

を分けることができます。むしろ前者のほうがたちがいいといっていいかもしれません。早く気がついてくすりをやめることができますから。
 つぎに、
  軽い副作用
  重い、場合によっては命にかかわる副作用

を分けることができることができます。問題になるのはもちろん重いほうですが、一見軽く見えても、長年の<034<間にはつみかさなって重大な意味を持つにいたるものもあります。
  患者が自分で気のつく副作用
  自分では気のつきにくい副作用

を分けて考えておくことも必要です。のむと胃がわるくなるとか、発疹ができるとかは前者で、知らぬうちに肝臓や心臓がわるくなっているというのは後者です。この場合も前者のほうが始末がいいとも考えられます。
 つぎに、
  しばしばおこる副作用
  まれにおこる副作用

が分けられます。広く全国的につかわれるようになってから重大な副作用が気づかれて社会問題になるくすりのあることは御存じのとおりです。ペニシリンの死亡なども飛行機事故よりは頻度が小さいのですが、それだからといってあってもしかたがないと考えるわけにはいけないでしょう。何千人、何万人に一人というような稀な副作用は果たしてそのくすりのせいなのか、それとも自然に出現したものなのか、見分けるのは容易でありません。たとえば経口避妊薬の場合の血栓性静脈炎、トリパラノール(コレステロール生合成阻止剤)の場合の白内障、モノミアンオキシダ<035<ーゼ阻止剤の場合の肝障害などは副作用とみとめるべきかどうか議論のあるところです。
 副作用のおこりかたからは、
  くすりそのものでおこる副作用
  くすりが体内で変化しておこる副作用
  くすりのために人の体におこった変化のための副作用

を分けることができます、第三のものはたとえばアレルギー反応のように、つかいはじめてしばらくたって体の中にそのくすりに対する抗体ができたためおこる副作用を意味します。このような場合は、第一回につかって安全であったくすりでも、使いつづけていると常に必ずしも安全でなくなるということになります。(pp.31-36)


*作成:北村健太郎
UP:20090316 REV:20090318, 20180225
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