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『日本死刑史――生埋め・火あぶり・磔・獄門・絞首刑…』

森川 哲郎 1970 日本文芸社,237p.

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last update: 20180225

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■森川 哲郎 1970 『日本死刑史――生埋め・火あぶり・磔・獄門・絞首刑…』,日本文芸社,237p. ASIN:B000J9KV38 \840 [amazon][kinokuniya] c0134

■著者紹介

森川哲郎[モリカワテツロウ] 大正13年生まれ。新聞、雑誌記者を経て、文筆生活に入る。小説、評論、脚本と執筆範囲は広く、推理作家協会、日本作家クラブに所属

■内容


■目次

まえがき
●多彩をきわめる処刑法
T 虚飾に輝く貴族の時代(奈良時代から平安時代まで)
●死刑制度の起源
 叛逆者と異教徒はなぶり殺し/古代にもあった火あぶりの刑/死刑は確実だった姦淫の罪
●死刑法としての大宝律令
 見せしめのバラバラ斬り/血族はすべて殺す縁坐の制/日本史の奇跡、死刑廃止時代/兇悪犯人にもある生きる権利
U 興亡なき源平時代(平安末期から鎌倉時代まで)
●死刑廃止時代の終わり
 いわれなき血族の殺し合い/泣きながら落ちた幼児の首/死刑復活論者の梟首
●復讐のための残酷刑
 拷問と死刑の結びつき/日本の磔と外国の磔/首斬り後にさらす獄門
●独裁者の血の粛清
 猜疑の泥沼にあがく頼朝/獄門に首を並べた平家の公達/奸計に落ちた藤原氏の最期/殺戮の嵐はなお吹きすさぶ
V 狂乱の風吹く戦国時代(室町時代から安土桃山時代まで)
●人命軽視の室町時代
 牛裂きの刑にされた少年/釜ゆでや鋸引きを好む蒲生秀行/エスカレートする残虐ぶり
●血に飢えた武田一族
 ひと思いに殺さぬ男・信玄/発狂寸前の変質者・信虎/宿命的な父子の確執/感情なき冷酷男・勝頼
●偉大なる殺人者の生涯
 大量殺人者としての信長/皆殺しのエクスタシー/比叡山を焼討しろ!/火あぶりにされた長島一揆の二万人/勝つためには裏切りも平気/敵将の頭蓋骨で酒を飲む
W 血腥い権力抗争の時代(豊臣滅亡から江戸時代初期)
●小説に描かれなかった秀吉の残忍性
 駆け落ちした女の一家を皆殺し/唐揚げにされた五右衛門父子/必要がなくなれば養子も殺す/秀次一族のあわれな最期
●秀吉とキリシタン弾圧
 ハリツケにされた二十六人の聖者
●御用史家が書かなかった家康の真の姿
 きのうの寵臣もきょうは極刑/豊臣の血は一滴も残すな
X キリシタン宗徒受難の時代(家康から家光までの徳川政権確立の時代)
●家康とキリシタンの関係
 世界史的な大量虐殺/ポルトガルの世界制覇論におびえる/試し斬りの格好の材料
●無能な秀忠の異教徒狩り
 臨月の信者も火あぶりに/刑場にコダマする悲痛な叫び/天国の主のもとへ―
●家光の編み出した、より残酷な方法
 政策から加虐趣味への堕落/苦痛を長びかせるために
Y 専横をほしいままにした徳川時代(安定政権の人民弾圧政策)
●江戸時代の死刑制度
 御定書百ヶ上の内容/首斬りの作法/首斬り役は専門職/死刑執行者の私生活
●見せしめの意味を持つ極刑
 街中をねり歩く引き回し/恐怖の獄門台/死後まで槍で突くハリツケ/絶叫ほとばしる火刑
●江戸時代の有名な事件
 旗本奴、平井権八、鼠小僧の刑死/気ちがい将軍綱吉の悪法/怪盗。日本左衛門の末路/獄門台で泣きべその天一坊/佐倉宗五郎夫婦の痛恨の死
●武士階級の死刑としての切腹
 切腹はあっぱれな最後か/その作法と手続き/庭先で処刑された浅野内匠頭/水野十郎左衛門の往生ぎわ/珍事・人まちがい殿中刃傷/佐野善左衛門の価値ある切腹/外国人の仰天したハラキリ
Z 法律の名による積極的殺人(明治から昭和二十年までの旧憲法下の時代)
●続発する反政府的事件
 明治新政府の刑法/処刑される政治犯たち/死刑台は十七階段/処刑後生き返った場合/大逆罪とスパイ罪/悪名高い治安維持法の誕生
●裁判制度への疑問
 大正期の有名な死刑例/誤判に対する恐怖/拷問による"作られた犯人"
●時代が生む兇悪な事件
 暗い谷間の死刑囚たち/陸海軍刑法による銃殺/右翼クーデターの青年将校たち
[ 哲学なき混迷の時代(敗戦から今日まで)
●絶望の果ての犯罪者
 映画化された死刑囚たち/刑死者の履歴書/死を前にした心境/死刑はこうしておこなわれる/泣き喚いて未練を残す女囚
●死と直面する日々
 静かに運命にしたがう人/死刑囚の生活/法務大臣のハンコが押されたとき/呪われた運命との対決
●死刑廃止論の現状と歴史
 執行三十分前の遺書/殺人の手本としての死刑/再び返らない命/予告殺人という死刑の恐怖/死刑制度は殺人の抑止力になるか/死刑制度で犯罪はなくならない/最も残酷な刑は絞首刑?/死刑廃止論と存置論の闘い/先進諸国の中で日本の死刑執行が最も多い/死刑を廃止している国/人間が人間を殺す制度を無くすために

■引用

「こうして、寛保二年(一七四二)『公事方御定書』が登場する。各藩も当然この刑罰体系にならうようになっていった。死刑制度も、その種類もそれまでは無数のものが入り乱れて、統一がなかったが、これによって次の八種類に整理された。>120>
 一、死罪=庶民に対する斬首刑である。これには付加刑として、闕所及び引き回し刑が加えられる。また、その屍体は試し斬りに供されることもあった。闕所とは財産を没収し、所払いとする刑である。
 ニ、下手人=やはり庶民に対する斬首刑だが、付加刑も試し斬りも加えられていない。
 三、斬罪=武士に対する斬首刑である。もちろんこの場合死体の試し斬りはなかった。
 四、切腹=武士に対する死刑で、斬罪よりは罪一等軽いものとした。武士の面目たもって死ねる罪としたのである。
 五、獄門
 六、磔
 七、火罪=火あぶり
 八、鋸挽き
 鎌倉、室町期の法定の死刑よりは数が多い。しかし、戦国、安土、桃山期における、ありとあらゆる残忍な刑の混乱ぶりを、このような形で一応整理したものと考えてよいだろう。
 だが実際には、この法定通りの死刑が守られたわけではなく、各藩とも前時代からの伝統をつぎ、それぞれにかなりひどい惨刑を行っていた。
 また、幕府も、謀反人やみずからの体制に好もしくない囚人を処刑する時は、この八種類に決>121>してこだわらなかったようである」(pp.120-122)

「死刑の種類は八種類であったが、また、徳川律法の死刑七種ともいった。下手人・死罪・斬・火罪・梟示・磔・鋸挽の七種である。これは切腹を別にしている。切腹は一段高いところにおいて考えたのであろう。
 このうち、斬は、浅草もしくは、品川の刑場において首を斬った。死罪と下手人は老屋敷で斬った」(p123)

「首斬り役は専門職
 首斬り役は、町同心、それも比較的若い人間の持役であった。といっても平常その訓練をしているわけではなく、腕の立つ者は、余りいなかったらしい。
 そのため囚人が、首をちぢめたりすると、手もとが狂って、処置に困ることが、しばしばあっ>125>たといわれている。
 が、中には腕の立つ者もいた。首斬り役人として、その妙手を後世までうたわれた後藤某という同心などは、強雨の日に、左手に傘をさし、直立のまま片手で刀をふるい、一時に三、四人の首を瞬時に落とした。しかも刀も衣服も雨のしずくひとつかけなかったという。
 首斬り役は(正しくは首打役と呼んだ)、このたびごとに、刀の砥代として、奉行所から金二分を下げ渡された。
 大名屋敷などで切腹する武士を斬る時は、その藩の腕の立つ者が選りすぐられたようだ。また本人の希望する介錯人をつける場合もあった。したがって失敗が少ない。それでも赤穂浪士の武林唯七の切腹のときのように、仕損じている場合もある。(中略)>126>
 首を斬るというのは、当然のことながら非常に難しい作業といわれている。外国でも失敗が多いために、いろいろとくふうしたあげく考案されたのが、ギロチン(断頭台)である」(pp.125-127)

「死刑執行者の私生活
 江戸時代の斬首刑の話になると、必ず登場するのが首斬り浅右衛門という人物だ。この山田浅右衛門は根っからの首斬役人ではない。彼の職業は、刀の御試御用である。つまり、試し斬りを引き受ける役である。それだけに腕が立った。(中略)>127>図>128>
 このように、浅右衛門の仕事は、試し斬りが本業であった。だが、ときには、罪人の首斬り役を勤めることもあった。これは町同心から頼まれた場合に限った。もちろん頼み手から浅右衛門に礼金が渡る」(pp.127-129)

「誘導されて、踏板の上に立たされた死刑囚は両足の膝を布で縛られ、他の執行人の手で、絞繩を首にかけられる。鉄環の部分は首の真後にくるように、また、首と繩の間に隙間がないように密着させられる。
 保安課長がそれを確認して、ボタンを押すと、踏板がはずれ、死刑囚は地下室の宙にぶらさがる。実際は踏板にのり、絞繩をかけるのとボタンをおすのとほとんど同時である。その間三秒ほどしかかからない。この時暴れまわる者もいる」(p206)

「刑務所職員たちは、誰も死刑執行の立会人や執行係にはなりたくない。わずかの執行手当をもらうが、それも供養のために使ってしまうものが多い。前日、
 「明日やるからお前立会人をやってくれ、君は執行係だ」
 などというと、当日は休んでしまうという。そこで当日の朝出勤して来たときに言渡すようにしたという所長もいる。
 死刑廃止論者の正木亮弁護士は、元検事であったが、死刑に立会ったときは、卒倒しそうになった。丹田に力を入れてふんばったという。正木氏の話によると、猛者をもってなる検事が、死刑執行に立ち会って卒倒したという」(p208)

「正常な人間は、牛や豚の屠殺でさえ見ることを欲しない。犬や猫が公の手で大量に殺されるのも、いたましくて見ることをいやがる人が多い。こういうものを強制的に見せるようになると人間を法の名で殺すことも嫌悪して、やめろという人が多くなるに違いないと思われる。
 死刑執行に立ち合った看守は、みなそうした心境になるようだ」

■書評・紹介


■言及



*作成:櫻井 悟史 
UP:20080917 REV:
「死刑執行人」  ◇身体×世界:関連書籍 -1970'  ◇BOOK
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