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『反-精神医学と精神分析』

Mannoni, Maud 1970 Le psychiatre, son « fou » et la psychanalyse,Editions du SEUIL.
=19741210 松本 雅彦 訳,人文書院,309p.

last update:20110513

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■Mannoni, Maud 1970 Le psychiatre, son « fou » et la psychanalyse,Editions du Seuil=19741210 松本 雅彦 訳 『反−精神医学と精神分析』,人文書院,309p. ASIN: B000JA19ZG \2900 [amazon][kinokuniya] ※+[広田氏蔵書] m01a

■目次

 謝辞 七
 序 九
T 狂気と精神医学 一七
 第一章 精神医学的隔離 一九
 第二章 狂気、その社会的身分 四二
 第三章 狂気と精神医学 六五
U 精神医学制度と精神分析 八三
 第四章 精神分析制度と収容施設 八五
     妄想病者の言語表現(ディスクール) 一〇四
 第五章 家族と精神病院とのあいだの《分裂病者》 一二七
 第六章 不安からの逃避所としての施設 一五六
     神経性無食欲症の一例 一六六
V 精神分析と反−精神医学 一九九
 第七章 反−精神医学と精神分析 二〇一
     理論的対比 二〇一
     臨床的対比 二二二
 第八章 教育分析と精神分析の制度 二三七
     歴史的展望 二三七
     分析の過程 二四七
     精神分析、その教育と制度 二五七
     精神分析、その教育と選抜について 二六〇
結論 二六九
 付記として 二八〇
  T ある看護婦の手紙 二八〇
  U ボヌーイ・シュール・マルヌの実験学校 二八二
  V ミラノ学会 二九二

  訳者あとがき 三〇〇
  患者名索引 三〇四
  人名索引 三〇六
  事項索引 三〇九

■引用

 「訳者あとがき

 本書の原題は、モード・マノーニ Maud Mannoni の Le psychiatre, son“fou”et la psychanalyse (éd. du Seuil, Paris, 1970)である。
 表題を逐語的に訳せは、『精神科医・彼の《狂人》・精神分析』となろうが、訳書の表題をあえて『反−精神医学と精神分析』としたことをあらかじめお断りしておかねばならない。
 本書をお読みいただければおわかりと思うが、原題の son“fou”にはかなり多義的かつ今日的に重要な意味が含まれており、「伝統的精神医学がかかわり」 「それらがつくりあげた」《狂人》、とでも読まるべきであろう。一方、fou にはまた「道化師」「狂人のまねをする者」という意味もあり、この点は第二章で未成熟ながら考察されている。マノーニの主張によれば、狂人は彼自身において狂人なのではなく、現実の社会およびその社会の体現者である精神科医との関係において狂人にさせられるのだ、ということになる。それはまた、別の表現をかりれば、狂気ははたして病気なのか?と問うことでもあろう。マノーニは、すべての人びとの内奥に狂気の存在することを認めながら、ある特定の人間にのみその狂気を投影し、「精神病」と規定するわれわれ正常者のあり方を問おうとする。狂気は狂気であって、決して精神病ではない、狂気を精神病とするのは、悪しき疑似−科学が行なう不当な医学化 médicalisation、精神医学化 psychiatrisation であると主張する。
 ではなぜ、医学的でないものまで医学化しようとするのか?
 狂人は、つねにある真実(ヴェリテ)を語る。しかしその真実はわれわれには耐ええない事実であるだけに、われわれはその狂人を精<0300<神病者として、われわれとは異質なものにしなければならない。精神科医も精神病院も、そしてそれらを支えてきた医学=科学も、狂人のあらわにする真実にフタをし、狂人を精神医学の対象物としてその枠のなかに押し込めてきたのではないか?ここから、伝統的精神医学にたいする異議申し立てがはじまる。
 勿論、このような主張は、六〇年代後半イギリスで提起された反−精神医学運動のそれに類似している。その運動の担い手の一人であるR・D・レインは、狂気を内的世界へのとしてとらえ、現代社会のなかで歪められてある自我(エゴ)から本来の自己(セルフ)をみいだす試みであると述べ、その旅を医学の介入によって中断せしめることの不当性を強調して、伝統的精神医学に異議申し立てを行なったのである。マノーニが、このイギリスの反−精神医学運動と一九六八年パリ五月革命に触発されて、彼女自身の営みを問いかえしていることは、本書のいたるところから窺うことができる。ちなみに、本原書の帯には「反−精神医学の問い」Question de l'anti-psychiatrie なる文字が、大きく記されてあることも報告しておかねばならない。
 しかし、M・マノーニはイギリスの反−精神科医レインやD・クーパーがたどる極端な政治化への道をとることはしない。
 精神医学にたいする異議申し立ての運動が政治的にならざるをえない点を認めながらも、なお政治化ないし政治的イデオロギーを排したところで、彼女の師ジャック・ラカンとともに、なにものにも拘束されない「無意識の科学」を構築しようと試みているかにみえる。この点が読者諸氏の賛否をわける大きな争点になるにちがいない。今、われわれが友人とともに読んでいる『資本主義と分裂病−その一、アンチ・エディップ』Capitalisme et schizophrénie--L'Anti-OEdipe (éd, de Minuit, 1972) のなかで、ドルーズとガッタリーは家族主義をやり玉にあげ、「 M・マノーニですら、この家族主義から抜け出していない」と鋭い批判をあびせていることをつけ加えておきたい。

 著者モード・マノーニについては、訳者は怠惰ながら多くを報告できない。ただ、先に人文書院から紹介された『フロイト』(村上仁訳、人文選書、昭和四十四年)の著者O・マノーニの夫人であることを知るのみである。
 これまでの著作に、
 L'enfant arriéré et sa mère (Seuil, 1964)<0301<
 L'enfant, sa《maladie》et les autres (Seuil, 1965)〔新井・高木訳『症状と言葉』ミネルヴァ書房〕
の二冊がスイユ社のラカン監修による精神分析学叢書におさめられており、また、
 Le première rendez-vous avec le psychanalyste (Gonthier, 1965)
 Éducation impossible (Seuil, 1973)
という著作がみられるところから、これまで主に児童精神分析家として活躍してきた人だと考えられる。その概観は、本書「付記として」におさめられているボヌーイ・シュール・マルヌ実験学校の報告から、およその想像をつけるよりいたし方ない。この学校を訪ねた訳者の友人は「フロム=ライヒマンを髣髴とさせる優しいおばさん」といった印象をうけたようだ。
 しかし一方、一九七三年九月の『ヌーベル・オプセルヴァトゥール』誌上、「フランス人と幸福」についてのアンケートに、多くの著名な作家にまじって次のような手短かな回答を提出してもいる。
 「幸福、そんなものは存在しない、ストップ。ただあるのは、生きる不幸だけだろう、ストップ。幸福を約束することとは、人びとに諦めを得させる手段なのである、ストップ」。
 この文章は、精神分析が決して幸福を約束するものではなく、生きることの闘いを明らかにするものでしかない(本書二五四頁他)、と主張するマノーニの精神分析家としての厳しさをあますところなく表現しているように思われる。

 本書は、マノーニが学会で、大学講義で、あるいはまた講演会などで報告した多様な論文のアンソロジーの体裁をとっているため、若干の繰り返しがみられ、一冊の本として構成上難点がないわけではない。しかし、あえて訳出を思い立った所以は、以下の点にある。
 1、イギリスで提起された反−精神医学運動が、フランスではいかに受けとめられようとしているのか?そして具体的な症例を通して、反−精神医学ないしパリ・フロイト派の実践を、私は私なりに定着させたかったからに他ならない。訳者は難解なJ・ラカンの理論よりも、ひとりの狂人に精神病者としてではなく、まさに狂人としてその真実を語らしめ、先入見なく耳を傾け、狂人のあらわにする真実(ヴェリテ)をわれわれに伝えようとする著者の真摯な態度にひかれたことを正直に告白した<0302<い。ジョルジュにしろシドニーにしろ、彼らの言葉(パロール)、彼らの存在そのものが、われわれの覆い隠している「正常者」の真実をあばきだし、「正常者」を告発すると同時にたじろがすことになっている。訳者のわがままを許していただければ、私はまず個々の具体的症例を読んでいただくだけで、訳者の労は報われる思いがする。
 2、本書の訳出を手がけてからすでに三年になる。当時、日本の精神医学界は、反−精神医学がめざしたものと同じ質をもったラジカルな異議申し立ての前に立たされ、われわれ精神科医を昏迷に陥れた時期でもあった。そしていまなお、われわれはその昏迷から醒めたわけでもない。
 精神医学のあり方をめぐって活発な議論が、日本だけでなくイギリスでもフランスでも提起されていることを知るのは、訳者にとって一つの支えでもあった。そして、本書もそうした混乱を一時的な混乱たらしめず、新しい精神医学をめざす道程として、混乱を科学的に意義づける(象徴的輪郭づけをする)方向にあるものとして、読まれるべきではないかと考えた次第である。

 本書の訳出にあたっては、多くの方々の惜しみない協力があった。まず、フランスの新しい人間科学のテキストの読書会を通じて、訳者にフランス語の手ほどきをしていただいた先輩友人諸氏に感謝しなければならない。なかでも、訳者の草稿と原書とを照らし合わせ、些細にわたってフランス語上の誤りを指摘し、あわせて訳語上の相談に応じていただいた京都大学仏文学教室西田稔氏にお礼を述べなければならない。また阪本病院小林秀雄(志貴春彦)先生には、草稿に目を通していただき、日本語の表現上幾多の彫琢をほどこしていただいた。これによって拙訳がいくらかでも読みやすくなったことと信ずる。さらに、京大精神科名誉教授村上仁先生には、本書の訳出を薦めていただき、あわせて原稿を校閲していただいた。紙面を借りて心から感謝申し上げねばならない。
 最後に、本書出版にいたるまで、いろいろとお世話いただいた人文書院編集部落合祥堯氏に心からお礼申し上げたい。

 昭和四十九年十一月、京都
                             松本雅彦
(Mannoni[1970=1974:300-303]、訳者あとがき全文、下線部は原文では傍点)

■言及

◆『全国「精神病」者集団ニュース』197909

「各地からの近況報告
[…]

大地の会
六月から三回にわたって「精神医療」(患者にとって精神医療とは何か)をもとに小冊子を作り、討論をもちました。しかし、たたき台の中心になったのが、モード・マノーニ著「反・精神医学と精神分析」であったので、難解すぎた為、三回の議論で終わってしまいました。九月の定例会(第一日曜日)に三人が集まり、患者会に集まる人をもっと増やす為に、相互の患者同士の意思疎通を充分にやっていきたいと話し合いました。また、年二回の機関誌「大地の声」(仮案)を発行することを決めました。なんとか、分散している関東の患者が集まり話し合えるように大地の会も頑張っていきたい。」


*作成:大谷 通高
UP: 20110513 REV:20110801, 06
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