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『私はこう考える――東大闘争・教官の発言』

田畑書店編集部 編 19690625 田畑書店,316p.


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■田畑書店編集部 編 19690625 『私はこう考える――東大闘争・教官の発言』,田畑書店,316p. ASIN: B000J9N2RA 540 [amazon] ※ tu1968.htm

■目次

藤堂明保 闘争から変革へ 7
高橋晄正 東大闘争の発展のために 25
村尾行一 「東大闘争」の底辺から 57
石川清 医学部闘争のなかで 86
西村秀夫 東大闘争と私 115
持田栄一 東大闘争と大学革新 144
菊地昌典 あえてノンセクト・ラジカルに 173
     永続的反抗の論理 177
石田保昭 大学問題と教育不在 187
     意見書 197
     学園闘争の渦中に思う 200
     教授会あての手紙 204
戸塚秀夫 わかっていることはないか 210
     発言の暗い谷問の底から 213
     発言倒自立的な運動をめざして 221
折原浩  なぜいま授業再開を拒否するか 232
     授業再開拒否の倫理と論理 257
和田春樹 学生諸君への手紙の 271
     学生詣君への手紙的 280
中西洋  僕にとっての「東大紛争」 289
あとがき 313

■引用

◆石川清 19690625 「医学部闘争のなかで」,田畑書店編集部編[1969:86-114]

石川清 医学部闘争のなかで 86-114
はじめに
一 医学部問題の基本
(1)医師・患者関係について
(2)研究と診療
(3)吟倒社会性の貧困
(4)精神医療からみた人間疎外
(5)東京大学とその精神神経科
(6)報告医制をめぐって
二 医学部の将来
三 東大がまず果すべきこと
四 教師はこれでよいか

一 医学部問題の基本
(4)精神医療からみた人間疎外
 「大正八年(一九一九年)に新たに精神病院法が発布されたが、これは既存の私立病院に補助金を与え、その患者の入院費を公費で負担するという姑息的な内容のものにすぎなかったし、降って戦後昭和昭和二五年に改正された精神衛生法でも、国もしくは都道府県の精神病院の設置、運営についての義務規定は有名無実であって、この点はその後改正されないままに今日に至っている。つまり政府は金を出さずにロを出す式の態度を精神科医療について明治以来一貫してとっており、国はその責任を都道府県に、都道府<0094<県は、さらに私的医療企業こ押しつけており、こういう合理化、制度化によって実質的責任から避れようと計るばかりであった。さらに悪いことは、先年のライシャワー事件や、後の通報制の計画自動車運転免許の診断書問題の際のように、何かコトがあると警察が医療に本格的に介入しようとするのである。こういう次第であるから、わが国で公立精神病院がつくられたのは、都立松沢病院(東京府巣鴨病院の後身)などニ、三の例外はあるが、ほとんどんど昭和に入ってからのことであり、国立に至っては大学病院の少数の病床を除いて、ことごとく第二次大戦後に設置されたものである。しかも精神科病床は現在なお四十万床ほど不足しており、既存の全国の病床のうち、国公立施設に属するものはその二十%にすぎず、他は私的医療機関のものである。この比率は欧米では丁度逆になっている。そしてこれら八十%の私的医療機関のうちにも、もちろんすぐれた診療を行なっているところも少なくないが、しかしおおむね三分の一の私的施設は、昔の私宅監置室が合体して拡張したようなもので、むしろ廃絶した方がよいほどである。」(石川[1969:94-95])

(5)東京大学とその精神神経科
 「大正八年に教室はようやく府立松沢病院の新築、移転を契機としてそこから分離して東京大学構内に移り、その後関東大震災などのために転々としたが、昭和九年に現在の通称赤レンガ館におちついた。しかしこの半地下の病棟はもとは看護婦寄宿舎だったところであり、精神科病棟としての構造はなく、環境もそれにふさわしいものとはいえない。病床数は僅か三十八床で、これは全国の大学楕神科のうちで最下位の部に属する。安田講堂事件この方、自分達の精神的課題は棚にあげて、教室や研究室、研究資料などの物的損失ないし建物の「荒廃」を慨嘆して、世の人々をひんしゅくさせた東大教授が少なくないが、こういう人々は、自分たらの大学がはじめから廃墟も同然の永久的仮住いのなかで、精神の治療を遂行することを要求したこと、そしてこのために患者に大きな迷惑をかけ、いらざる苦痛や不快感を与えてきたことを知ったらどうどう考えるだろうか。」(石川[1969:96]、下線部傍点)

(6)報告医制をめぐって この項全文
 「医学生および青年医師連合の若手医師が提起した多くの問題のうち、医療制度に直接かかわるものは、インターン制――登録医制――報告医制という医育上の一連の問題、健康保険制度の改正に関する問題、および国立病院から順次に実施されつつある特別会計制度(独立採算制)に関する問題の三つである。いわゆる医学部闘争はこのうちのインターン制廃止要求として昭和二六年頃から開始され、次第に運動が活発となって、約二十年の経過の後に今回の長期闘争をひきおこした。東大、闘争において、医学部が「火元」であること、また全国的にみても綜合大学の闘争ではしばしば医学都の学生と若手医師がもっとも手ごわいのは、このように長い導火線がついており、その問に徐々に大きいエネルギーがたくわえられてきたからであった。
 さてこれらの問題はいずれも医療経済政策に関連していることは明白である。インターン制は医学局の無給医制と同じに、卒後敷育の名のもとに若い医師に無料奉仕を強いてきた。だから闘争の激巨化におどろいた当局や全国大学医学部長・病院長会議は急いで協議し、無給のインターン制の代りに昨年から二年制の報告医制をおき、その月給は少しずつ増して今では二万七千円ほどになり、一<0097<方一般無給医については診療協力謝礼金の制度をおいて、これは日給制であるが、額ははじめは四百円で今は千円ほどにアップしている。健康保険改正問題と特別会計制の実施はともに国民皆保険を実現しようという理想からおこった。これは先にふれたわが国の医療を開業医中心主義から脱却させ、医療を社会化させるための工夫であリ、その目的は正しい。しかしこの努力も忽ち経済的に行き詰り、医療保険の赤学対策に追われ、昭和三五年につくられた医療機関整備計画にもとづいて独立採算制が大きい国立病院から順次実施されており、一方昭和四二年八月からは健保持例法が二力年の約束で施行され、薬価の一部自己負担などによって国民皆保の夢は早くも破れた。こうした政策によって、病院は差額べッドを増加して、一部の富裕患者を頼りにするとともに、医師や看護婦を若がえらせ、看護婦のばあいは正看よりも準看や看護助手を多くするようにして、努めて人件貴を飾約しなければ、企業として成立ちにくくなっている。私のような素人がみても、わが国の医療の経済政策の破綻はすでに目に見えており、このままでゆけば病院経営は、その規慎の如何を問わず、ますます不健全になってしまう。とくに貧しい大衆は、アメリカ合衆国の黒人やプアホワイトのように、富んだ人々よりはるかに質の低い診療しか受けられなくなるだろう。
 しかし現在若い連中から提起されている問題の意味は、このような医療経済に対する警鐘だけではない。つまり単なるカネの問題ではない。三つの課題の奥には、大多数の貧しい患者を犠牲にし、低賃金によって若い医師や看護婦などの医療労働者を拘束することによって成立つ医療計画すべてに対する反逆である。そもそも医療制度とは何なのかということが問われているのだ。資本主義社会の物的繁栄のなかで、医療という本来もっとも人問的であるべき世界が、次々に近代的経済機構<0098<のなかに併合され、病院が人間修理工場という利潤追及の企業へと変貌してゆくことをわれわれは食い止めることはできないのだろうか。病気や負傷などの人間存在にかかわる不幸な状況のなかで、利益を求めるように強いられるとは一体どういうことなのだろうか。もっとも健全な医療制度のもとでは、大小すべての医療機関は大赤字を出し、堂々と運営されてしかるべきではないか。資本主義体制は医療社会を赤字対策でキリキリ舞いせざるをえないほど没人間的になりうるだろうか。」(石川[1969:97-99]、下線部傍点)

■言及

◆立岩 真也 2013 『造反有理――精神を巡る身体の現代史・1』(仮),青土社 ※

UP: 20130814 REV: 20130815, 1002
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