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>HOME >BOOK ◇Sudnow, David 1967 The Social Organzation of Dying, Prentice-Hall =19920706 岩田 啓靖・志村 哲郎・山田 富秋 訳,せりか書房,312p. 2884 ・Sudnow, David 1967 The Social Organzation of Dying, Prentice-Hall =19920706 岩田 啓靖・志村 哲郎・山田 富秋 訳,『病院でつくられる死――「死」と「死につつあること」の社会学』,せりか書房,312p. 2884 ・購入はこちらから(説明)→[boople] □内容(「BOOK」データベースより) アメリカの貧しい人々が行く総合病院の緻密なフィールドワークを通して病院という社会組織における「死」の認知、死の告知、死体の処置、服喪行動から葬式に到る過程をつぶさに見聞し、そこから見えてくる病院が産出する「死」、社会現象としての「死」を浮彫りにする。 □内容(「MARC」データベースより) 著者はアメリカの貧しい人々が行く総合病院の緻密なフィールドワークを通して病院という社会組織における「死」の認知、死の告知、死体の処置、服喪行動から葬式に到る過程をつぶさに見聞し、病院が産出する「死」、社会現象としての「死」を浮彫りにする。 第1章 はじめに 第2章 郡立病院の概況 第3章 死の発生と死の可視性――生態学的考察と職業的観点からの考察 第4章 社会的出来事としての死と死につつあること 第5章 悪い知らせ 第6章 病院の外で――お悔やみに関する覚え書 第7章 概観 cf.http://www.let.kumamoto-u.ac.jp/cs/cu/HosEthnogrBib.html 序文 「この研究は、何にもましてまず第一に、ひとつの民族誌(エスノグラフィー)である。これまで一度として記述されたことのない「死に関する仕事」(death work)の社会組織を描写しようとするものであり、かつそれをわれわれの社会の中で日常的な職業生活の事柄として、直接「死につつある人、the dying」と「死んだ人、the dead」との世話に関わっている例の人々――つまり病院のスタッフたち――の視点か試みようとするものである。」(3) 第1章 はじめに 第2章 郡立病院の概況 第3章 死の発生と死の可視性――生態学的考察と職業的観点からの考察 第4章 社会的出来事としての死と死につつあること 「医者の立場からすれば、患者が昏睡状態か死ぬ直前の段階に入ると、その症例はもはや医学的関心を引くものではなくなる。そして、ひとたび「終末期医療<ターミナルケア>が開始されると、治療しようという熱意が冷めてしまう。そのような患者に対するケアは、本質的に看護職員の扱う事柄と見なされ、医者は患者への興味を失う。病状を改善する可能性がもはや望めないところまでくると、診断とそれに続く治療活動は、修業中の研修医やレジデント医によって努力目標ではなくなってしまう。つまり医者としての技能を証明し、半ば実験的な学習機会に参加する場ではなくなってしまうのである。」(154) 第5章 悪い知らせ 第6章 病院の外で――お悔やみに関する覚え書 第7章 概観 cf. ◇立岩 真也 2004/07/25 「摩耗と不惑についての本」(医療と社会ブックガイド・40) 『看護教育』45-07:(医学書院) UP:20040602 REV:0818 ◇死 ◇医療社会学 ◇感情/感情労働/感情の社会学 ◇BOOK |