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『精神医療――精神病はなおせる』

岡田 靖雄 編 19640715 勁草書房,452 p.


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岡田 靖雄 編 19640715 『精神医療――精神病はなおせる』,勁草書房,452p. ASIN: B000JAFW54  980 [amazon] m,

■目次

T 精神医療の歴史と現状
U 精神障害とはどういうものか
V 病気および治癒の概念の再検討
W 治療の体系
X 地域社会とのつながり
Y 座談会 精神病はなおせるか

■紹介・引用

W 治療の体系 199-
1 病院内での治療 201-283 吉岡 真司

◆吉岡 真司 19640715 「病院内での治療」,岡田編[1964:201-283]

 「一九三九年、二一歳で統合失調症を発症した女性の事例が一九六四年に刊行された本に記されている。一九四〇年に精神科受診。
 「あるいはと思っていたものの、分裂病ときいて両親は、眼の前がまっくらになるような気がした。だが、”A子は嫁入り前だし、なおらなければ妹たちの将来にもひびく、どんなことをしてでもなおしてやりたい”と気持ちをとりなおして、早速入院させて、インシュリン・ショック療法をうけさせた。
 治療費はずいぶんかかるが、農地を一部手ばなしてなんとか用立てた。そのかいがあって、2か月も好くと治療はおわり、A子の病状はほとんどよくなっか入院の費用を気にして、”家へかえったらうんと働くわ”などと、けなげなことをいって両親をよろこばせたりもした。
 入院してたらまる3か月で退院した[…]しかし、それも半年ともたず[…]」(吉岡[1964:207])
 「発病してから8年目の1947年春、父親は分裂病の新しい治療として、日本でもロボトミーがおこなわれるようになったことを新聞で知った。さいごの頼みのツナと思い立った両親は、A子をつれて公立の精神病院を訪れたのである。
 ”ぜひやってみてほしい。たとえうまくなおらないにしても、新しい治療をやってもらえるだけで親として満足です。手術の危険は承知しています。でも、どうせ生きていても、この子は世間のお役に立つことはできないのですから、せめておなじ病気の人たちのなにかのお役に立てれば……”、医者と話しているうちに涙があふれてくるのを母親はこらえることができなかった。
 医者は、A子の病状がロボトミーの適応ではないが他の治療法かあるし、身のまわりの世話も病院の方がやりやすい、と入院をすすめた。過程の経済状況から、費用は一部分負担ですむ手続きができるので、両親はA子を入院させることにした。<0208<
 さて、病質へ入っても、A子は一言もしゃべらない。頭をたれて、棒をつっ立てたような固くるしく、不自然なかっこうで、立ったら立ったままで動かない。大小便はたれながすか、ところかまわず放尿してしまう。食事はどうやらひとりでするが、目をはなすと手づかみでたべる、といった状況だった。
 電気ショック療法を10回ほどうけたが、病状はかわらない。時間をきめて便所へつれていくことを根気づよくつづけたので、どうやら大小便のたれながしはしなくなった。だが、ときどき病状がわるくなると失禁してしまう。食事もたべさせなけせればとらなくなる。
 こんな時期には、電気ショック療法をつづけて数回おこなうとしばらくはいい。なんとか口をきくようにさせようと、医者もいろんな薬をつかって工夫するが、全然きき目がない。<0209<
 こんな状態が入院後8年間つづいたが、1955年6月に、とうじはじめて試用された向精神薬、クロルプロマイジンを服用させてみた。2か月たっても病状にはほとんど改善がみられず、中止してしまった。
 
 しかし、11月に入り寒くなってくると、大小便の失禁がはじまり、いくら着物や布団をかえても汚してしまう。ねそこで再びクロルプロマイジンによる薬物療法をおこなうことになった。服薬量を前回よりすこしおおくしてみる。が、2か月以上たっても病状はかわらない。他の人にはかなり効果がでているのに、A子には薬もきかないのか、と医者もあきらめかける。だが、まる3か月目に、便所へA子を誘導していった看護婦に”ありがとう”と一言口をきいた。しゃべらなくなって14年目、入院してから実に8年半、はじめて口をきいたのである。
 医者も看護婦も、このA子の一言に勇気づけられて[…]
 服薬は11か月で中止したが、病状は安定している。また、かんたんな作業は充分やれるので、もっと複雑な作業へと、家庭の主婦ににた、病棟の配膳作業に従事させることにした。[…]<211<
 入院してから10年半ぶりにはじめて家に外泊で帰った。[…]ほどなく退院することときなった。」(吉岡[1964:207-211])

 「精神外科治療[…]  日本では、1942年(昭和17)年に最初の報告がなされた。しかし、本格的におこなわれるようになったのは、戦後の1947年からである。そして、これが導入されると、術式の容易さ・ショック療法の効果の不充分さなどの理由から、たちまち、爆発的に流行したのである。もっとも、この傾向はわが国だけでなく、世界的な現象でもあった。
 だが、病的な部分をとりのぞく脳外科とはちがって、精神外科では、器質的な変化が見られない大脳に、外科的な損傷を加えるのである。一方、大脳自体の生理や機能は複雑で、あきらかにされていないことがおおい。だから、この手術に対する反対は、当初より人道的・医学的立場からつよかったのである。たとえば、ソヴェトでは方針としてロボトミーは禁じられている。
 効果は一過性のことがあり、副作用もおおい。手術を受けた患者は、一般に人間に深見がなくなり、平板になる。社会的には適応できるようになっても、創造性その他の知的能力が低下することもおおい。後遺症としてけいれん発作がおこるものもすくなくない。
 以上のような理由から、分裂病に対する精神外科的な治療は、かえって有害であるといわれてき、現在手術はほとんどおこなわれなくなった。だが、今日精神病院に入院している患者のなかには、脳手術をやむなくおこなうものもまれにある。もちろん、それは分裂病の患者ではない。それは爆発的・衝動的な暴行をくりかえす一部の精神病質者である。」(吉岡[1964:216])

 「向精神薬の作用は、細菌に直接作用する抗生物質とはちがう。この点からいえば,薬物療法は分裂病に対する原因療法ということはできない。だが、いままでみてきた効果からすれば、それを単なる対症療法と軽視することは許されまい。分裂病の原因・向精神薬の作用機序などは、今日の段階では知られていない。だが、向精神薬による治療は、より原因療法にちかい治療である、ということができよう。
 第2に、在院期間が短くなり、外来での治療がやりやすくなったという利点がある。」(p223)

「これと関連してあげられる薬物療法の第3の利点として、再発率の低下がある。
[…]
 つまり、第4の利点は、ショック療法と比べ、副作用がかるく、生命に直接関係するような重篤な副作用がほとんどないことである。」(p225)

薬物療法の問題点と将来
 「向精神薬は、いろいろな精神病のふくざつな症状に対しても有効である。それだけに、万能薬的な安易な使用の仕方もうまれてくる。そして、“薬さえのませておけば”といった、医師の側の安易な態度をうみかねない。とくに薬物の効果を過大に評価するとき、この傾向はますますつよくなる。
[…]
 一方、向精神薬の使用によって、患者の興奮や不穏な状態がすくなくなると、治療者の人手はすくなくても足りるといった、経営上からする安易さを生じかねない。今日、精神科の医師・看護者の、絶対数の不足は常識となっている。これがよい口実となって、上述した安易さに拍車をかけられるとすれば、作業やレクリエーションなどの治療活動は、不活発にならざるをえない。そしてまた、向精神薬だけで軽快しない患者は、次第に置き去りにされることとなろう。これは、今日の精神科治療の動向に逆行するものであることはいうまでもない。」(pp229-231)

 「ここに、今日の向精神薬の限界のひとつをみることができる。とともに、こうした患者には、どんな治療が必要なのか、また薬物療法を中心とした現在の治療体系そのものにも、問題はまったくないのか、という新しい疑問を抱かされるであろう。[…]
 以上ふれたような、いくつかの問題点をのこしているものの、薬物療法の将来には、おおきな期待がよせられている。そのひとつは、よりつよい効果をしめす薬物の出現であり、いまひとつは、向精神薬を手がかりとした、分裂病の病因や大脳の機能・生理についての究明であろう。もちろん、両者とも、短期間のうちに実現されるものとは考えられない。だが、現実そのものよりも、実現の手がかりを得たところに、大きな意味をみとめるべきであろう。」(pp232-233)

■言及

◆立岩 真也 2011/09/01 「社会派の行き先・11――連載 70」,『現代思想』39-13(2011-9):34-45 資料
◆立岩 真也 2011/10/01 「社会派の行き先・12――連載 71」,『現代思想』39-14(2011-10):- 資料


*作成:松枝亜希子
UP:20071207 REV:20090712, 20110813
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