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『有閑階級の理論』

Veblen, Thorstein 1899 The History of Leisure Class: An Economic Study in the Evolution of Institution, New York
=19610916 小原 敬士 訳, 岩波文庫,391p.

last update:20100727

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Veblen, Thorstein 1899 The History of Leisure Class: An Economic Study in the Evolution of Institution, New York
=19610916 小原 敬士 訳,『有閑階級の理論』, 岩波文庫,391p. ISBN: 4003420810 903[amazon][kinokuniya] 

■内容

制度派経済学の創始者ヴェブレンの主著。社会と経済の発達に伴う有閑階級の出現を論証し、彼らの心理風俗を克明に分析したユニークな古典。

■目次

金銭上の見栄
衒示的閑暇
衒示的消費
金銭上の生活程度
趣味の金銭的な基準
金銭的文化の表示としての衣服
労働免除と保守主義
古代の特性の保存
現代における武勇の残存
幸運を信ずる心
宗教的儀式
非差別的関心の残存
金銭的文化の発現としての高等な学問

■引用

「女性の所有は、明らかに女性の捕虜の捕獲とともに、低度の野蛮民族の文化段階にはじまる。[…]女性の所有から、私有財産権の観念が拡大されて、自己の生産労働の所産をふくむようになり、かくして、人間ばかりでなく、物の所有権が発生する。」(Veblen[1899=1961:29])

 「最初は、事実の点でも理論の点でも男性の下働きであり動産奴隷――男性が消費する品物の生産者――であった妻は、このような古い制度のその後の進化の結果として、男性が生産する財貨の、儀典的な消費者となった。しかし、妻は、いまでも理論のうえでは、つったくまちがいもなく男性の動産奴隷として残っている。というのは、代行的な閑暇や消費をいとなむ習慣は、自由をみとめられない召使のいつも変わらない刻印であるからである。」(Veblen[1899=1961:84])
 「夫人がいとなむ閑暇は、もちろん、たんなる怠惰とか、不精とかの表示ではない。それは、ほとんど必ずといったよいほど、ある種の形態の仕事なり、家内の義務なり、社会的儀礼なりのような偽装のもとにおこってくるけれども、それらのものは、よく分析してみると、夫人が、なにか有用なこと、実質的な用途があることに従事しておらず、また従事する必要もないことを証明すること以上の究極の目的には、ほとんど、もしくはまったく役立っていないことが明らかとなる。」(Veblen[1899=1961:82])
 「ある時代の見栄の作用は、強壮な奴隷を要求し、また別の時代には、それは、代行的閑暇の衒示的な行為と、したがってまた、誰がみてもわかるような無能力を要求した。しかし、事態はいまや、この最後の要求をこえて成長しようとしている。というのは、近代産業のますます高まりつつある効率のもとでは、女性の閑暇は、名声の標準のずっと下の方でも可能であって、それはもはや最高の金銭的等級の決定的な刻印としては役立たないからである。」(Veblen[1899=1961:143])
 「衒示的閑暇が名声の手段として大いに尊ばれる経済進化の段階では、その理想は、優雅でちまちました手足とか、すんなりした腰とか>0143>を要求するということは、すでに指摘したところである。このような特徴は、多くのばあい、それにともなってあらわれるそれ以外の相関的な体格上の欠陥とともに、このような影響をうけたひとは、有益な労務をできることができず、したがって、その持主によって怠惰な状態で扶養されなければならない、ということを示すものである。そのような女性は、役に立たず、しかも金がかかるものであり、だからこそかの女は、金銭的な実力の証拠として価値があるのである。その結果、このような文化段階では、女性たちは、そのときの教えこまれた趣味の要求にますますぴったりと合致するように、その身体をかえることを考えつくようになる。」(Veblen[1899=1961:143-144])

■書評・紹介

■言及



UP: 20100727
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