HOME > Archive

archive

生存学研究所:寄贈書籍・資料の受け入れ

生を辿り途を探す:身体×社会アーカイブの構築

Tweet


研究計画(2020.11)より「V 何を集め収め知らせるか」の「Aものとそのディジタル化」
 「基礎になっているのは、約40年間集めてきて、書庫に収蔵されている書籍や雑誌・機関紙である。その中には、市販本でなく、国会図書館にも納品されず、どこにもないか、どこにあるかわからないものがかなりの数ある。そしてその割合は、寄贈の申し出・受け入れ〔本頁〕が増える中で、近年むしろ増えている。6年の間にまとまった数の寄贈の申し出が15件あり、受け入れた。故人のもの、遺族が処分しようとしていたもの、贈与の後ほどなくして逝去された方のもの、雑誌の終刊に際しての寄贈、等。ここ2年間では、脊髄損傷者の全国組織の役員を長く務めた人が私蔵していた段ボール箱50箱ほどの寄贈があった。子どもの教育・医療に関わり1970年に発足し今はほぼ活動を停止した小さな組織からの寄贈があった。重要な活動をしても小さく中心人物がいなくなった組織の資料は散逸しやすい。そうした資料の収集・書誌情報の収蔵に力点を置いて続ける。
 他に大量の貸与が2件あり、PDFファイル化して返却したが、その時にもその作業に手間のかかることはわかった。それと別に機関紙の全号をPDFファイル化したものを寄贈していただいたものがある。どのように集め知らせるのがよいのかは個別に異なることもある。私たちの作業の意義を理解する人々や組織と協力し合って収蔵・整理・公開を進める。」


■これまで受け入れたもの(情報整理中)

○2022
自立生活センターさっぽろより.
◆ダンボール16箱
母里啓子(1934〜2021/10/15)氏所蔵資料 ダンボール16箱.
◆黛正氏より→COPY→返却
○2021
◆寺嶋正吾氏の蔵書他寄贈
窪田好恵氏より寄贈.
○2020
永村実子氏より寄贈.
○2019
◆子供問題研究会関連資料寄贈
○2018
小林 敏昭氏の紹介でりぼん社から書籍等 2018
尾上浩二氏の紹介で障害者総合情報ネットワークの資料 2018
坂井 めぐみ氏の仲介で脊損関連の資料 2018
○2016
木村健一氏 2016.7
○2015
◆星野征光氏 2015
寺本晃久氏より寄贈 2015?
○2014
吉川勇一(1931〜2015)氏より蔵書寄贈 2014.夏
○2012
広田伊蘇夫氏より寄贈 →広田伊蘇夫氏蔵書
cf.立岩 真也 2012/09/10 「もらったものについて・9」『そよ風のように街に出よう』83
  立岩 真也 2014/12/25 「もらったものについて・13」『そよ風のように街に出よう』:87
椎木章氏より寄贈 リスト作成:堀智久
cf.立岩 真也 2012/09/10 「もらったものについて・9」『そよ風のように街に出よう』83
  立岩 真也 2014/12/25 「もらったものについて・13」『そよ風のように街に出よう』:87
○2004
尾上浩二氏より寄贈
cf.立岩 真也 2012/09/10 「もらったものについて・9」『そよ風のように街に出よう』83
  立岩 真也 2014/12/25 「もらったものについて・13」『そよ風のように街に出よう』:87
福永年久氏貸与資料
 整理:青木千帆子権藤眞由美定藤邦子・他
 福永資料についてはすべてコピー→かなりの部分スキャン済/リストは未作成
大谷いづみ氏 『現代思想』他
野崎泰伸氏より寄贈
◆手をつなぐ親の会の資料・貸与

 →報告書・資料等


◆立岩 真也 2012/09/10 「もらったものについて・9」『そよ風のように街に出よう』83

 「□資料・史料ください
 まだ今ならわかるかもしれない。わかりましょう。というようなことを――これもむしろ雑誌の宣伝になる、と思うことにして、全文を掲載しているのだが――その精神医療業界の「造反組」が始めた雑誌『精神医療』(最初は東大青年医師連合の刊行、現在は第四次で発売:批評社、やはり購入できる)に「これからのためにも、あまり立派でなくても、過去を知る」という文章に書かせてもらった。
 人は生きているうちしかしゃべれない。だから聞いとかねば、と思うのが一つ。そして紙に書かれたもの印刷されたものはそれはそれで。(印刷物はならなくならないかと言うとそんなことはない。いつのまにかなくなる。)そう思ってこのかん資料を集めてきた。ただ金はそうない。そして金があれば集められるというものでもないものもたくさんある。でも(収集自体もだが、とくに整理・公開に)金はあった方がよい。それで文部科学省の科学研究費というのに応募しているのだが、これは二度続けて〔2014年度も落ちたので3度〕。落ちてしまった。私にはそのわけがわからない――まあ欲張って金額を高く要求し過ぎたのかもしれない。それを哀れんで、というわけではなく、ここ数年の間にぼつぼつと資料の寄贈を受けている。まず、これはだいぶ前だが、尾上浩二さんがDPI日本会議の事務局長になってしまって大阪から東京に越さねばならなくなった時にダンボール箱で四つ、集会の報告集だとかいただいた。そして近いところでは、『福祉国家の優生思想――スウェーデン発強制不妊手術報道』(共編者:二文字理明、明石書店、二〇〇〇)の編者でもある椎木章さん――一九七〇年代、部落解放運動を巡る激しい対立の中に教師としていたことのある人でもあることを、資料の一部(大部分は箱詰めでお送りいただいた)を自ら持参してくださったおりうかがかった――から「レア」なものを多数含む、というかほとんどがレアな資料をたくさんいただいた(「椎木章」で検索するといただいたもののリストが出てくる)。そして昨年〔★〕亡くなった精神科医で、『立法百年史――精神保健・医療・福祉関連法規の立法史 増補改訂版』(批評社、二〇〇四)等の著書のある広田伊蘇夫氏の蔵書の一部(精神医療関連)を寄贈していただけるとのお話もいただいている。いただけるものをいただけるうちにいただき、やれるうちにやれることをやっていきたいと思う。大野インタビュー・山本インタビューも整理して(もちろん本人了解のうえ)公開・公刊したいと考えている。〔★〕

◆立岩 真也 2014/12/25 「もらったものについて・13」『そよ風のように街に出よう』:87

「□それでも有り難くもいただきものがあること
 そんなこんなでなかなか停滞している部分もあるのだが、容量的に可能な限り、必要なものは集めていきたいとは思っているし、それがいただけるとなれば、さらに有り難い。
 そしてこれまでいくつかの申し出をいただき今のところそれに応えられている。以下まさに「もらったものについて」。「もらったものについて・9」(二〇一二年)に記したことをの繰り返しがかなり含まれる。
 それが最初であったかどうか、尾上浩二さんがDPI日本会議の事務局長になって大阪から東京に引っ越されるとき(二〇〇四年のようだ)、段ボール箱で四つの資料を寄贈してくださった。集会時の報告書、等々。ちなみに尾上さんは私と同じ一九六〇年の生まれで、「親指シフト」という今や絶対的にマイナーなPCの文字入力方法――「オアシス」という富士通のワープロが日本のワープロ専用機の初期にはかなり出ていたのだが、それに採用されていた方式で入力は他に比べて速いのだが他のメーカーが採用しなかったりですっかりすたれてしまった――を今でも使っている点においても共通している。
 そしてさきの『造反有理』にはほぼ間に合わなかったのだが、その本にも幾度も登場する広田伊蘇夫さん(二〇一一年九月一八日に亡くなられた)の蔵書を寄贈していただけるという話を広田氏の関係者の方からいただいた。そして二〇一二年の一〇月に、世田谷のお宅に木村朋子さんとうかがった。(名前は存知あげていたが直接お会いしたのはその時が始めてだった。共通の知り合い――その大学ではあまり標準的ではない人たち――が幾人もいるので不思議だなと思っていたのだが、大学の先輩であることをその時に知った。卒業後松沢病院に務めて――これも当時(たぶん今も)就職先としては珍しいことのはずだ――それからいろいろ、ということで、広田氏とは「東京都地域精神医療業務研究会(地業研)」等で関係があった方だった。)
 奥様もその年に亡くなられたとのことで、誰もいないお宅にあがった。すでに大部分は梱包されていた(リストまで作ってくださっていた)のだが、それ以外にも書架に残っている本をみてさらに受け入れるものを選んでよいとのことでその作業をさせていただいた。その一覧がある。例えば『作業療法の源流』はアマゾンのマーケットプレースでは出品されていない。『わが国における精神障害の現状』もそうだ(いっとき出品されていたときには69,800円の値段がついていた)。
 そして、椎木章さんから連絡をいただいて直接持参してもらった分も含めて資料をいただいた。このことも「もらったものについて・9」に記したのだが、以下はそうしていただいたものに関わってすこし「関西的」――ここでは大阪・兵庫あたりを念頭に置いている――なことについて。

□椎木さん・関西
 私が椎木さんの御名前を知っていたのは『福祉国家の優生思想――スウェーデン発強制不妊手術報道』(文字理明・椎木章編、二〇〇〇、明石書店)の編者としてだったが、お会いしたのは資料をもってきてくださった時が始めてだった。中学校の教諭を長くなさった方で、彼も関わったという一九七五年頃の大阪の意岐部中学校でのできごとについての資料もあった。例えば「朝田派影響下の中学生 また教師に暴行」(『赤旗』一九七五年九月二三日)といった記事の切り抜き、等。数的には障害者運動関係のものが多く、マイナーな中でも知られているものとしては横塚晃一の『母よ!殺すな』のもとになった(まだ二七頁の)『CPとして生きる』や二〇一三年に亡くなった横田弘の『炎群――障害者殺しの思想』等。これらはなんとかならないではない。『リボン社通信』第二号(「特集 映画 何色の世界? 自由へ」、発行年不明)は本誌の発行元であるリボン社にはあるのだろう。たださらに住吉同推協「障害児」教育部会「『障害児』教育討論集会・資料」(『すいしん』、一九七八年二月)、両国同和教育推進協議会「『障害』をもつ子どもためでなく、ともに」(『すいしん両国』、一九七九年)、池田幸夫・椎木章「共に生活するしんどさを確めつつ見えて来るもの」(東大阪市立意岐部中学校「障害児」教育部会『意岐部中学校の「障害児」教育』、一九七八年)となると、さらになかなか見つからないだろう。というより私は存在そのものを知らなかった。と書いていってようやくその気になったから読んでファイリングしようと思った。これはやはり大切なものはずだ。というのもとくに関西の場合、被差別部落解放運動や在日の人たちの運動があってそれと障害者運動とのかかわりがある。そのことを体験し、だから体験的に知っている人たちもいるが、その関わりが強かった時期以降の人たちはそれを知らない。私にしても関係があることは感じていたが、関西に行って調べる時間も、つても、『生の技法』の時にはなかったから何も書けていない。そして私が知る限り、このことに関わる研究・書き物は、たぶんまったく、ない。それはよくないと思う。
 例えば就学運動にそれはどう影響したか。義務化前後の東京では金井康治さんの就学闘争があってそれには私の知人にも関係した人たちがいたりしてなんとなくわかる。また出版社から本も出されてはいる。(本がいくつかあるのは、関西についても同様で、何冊かある。)『すいへい・東京』といった媒体にも記事があったりし部落解放運動も関わってはいる。しかしその関わりはやはり関西の方でより濃かっただろう。
 いまこの原稿を書いているその一週間先(十月一日)に追悼集会がある楠敏雄さん(二〇一四年二月十六日没)について、聞き取りを中心に研究をしてきたこちらの大学院生の岸田典子さんのインタビューにもそのことは出てくる。ただ生前のそのインタビューで語られたその部分は短い。いわゆる「セクト」、新左翼の諸党派との関係とそことの「縁切り」についての話の方が、これもこれで話しづらい部分ではあるのだが、いくらか長いぐらいだった。もっと調べることがあると思う。
 たんに研究がないからというだけではない。運動のやり方というか構え方に見ておくべきところがあると思うからだ。例えば民族学級といったものにしても、新たに何かを建てようという話ではない。学校という場所そのものは既にそこにある。すると教育委員会にせよ学校にせよ、あるいは自治体行政にしても比較的現場に近いところで、議会を必ずしも経由せずに、直接交渉で実現できる部分もあるかもしれない。そしていったんできたものは、できるにあたりまた続けるにあたりもっともな理由があり、それをなくす積極的な理由がない限り、そしてそれを推進し維持する側の「実力」がある限り、というか相対的な「力関係」において一定の位置を占めている限り、それは維持される。
 すると団体・対・行政という構図でことが動くことがある。そしてこれはとくに被差別部落の問題の場合に合理的でもある。というのも、この場合、被差別者は誰であると行政が指定するということ自体が問題であるという場合があるだろう。とすると、組織を通してというやり方はひとつにある。ただそれは「割り振り」の実質的な権限を組織が有するということにもなる。するとそれに関わる批判もまたなされることがある。陣地取りのようなことが起こることもある。このあたりについては大阪住吉地区のことでいま博士論文を書いている矢野亮さんがその論文に書くだろう。雑誌論文は既にいくつかある。これまで障害者運動との絡みについて書いたものはないが、彼自身知らないわけではない。彼が師と仰ぐ志村哲郎氏(日本解放社会学会会長などを務めた)から聞いて知っていることもあるだろう。そのうち何か書いてくれるだろうと思う。
 他方、このような関係において、組織と行政・政治とは互いに敵のようでそうでないところもある。そしてそこにさらに、これまで何回か触れてきた革新政党との対立関係も絡む。これもべつだん関西に限ったことではないが、その強さはやはり違う。そして学校の労働組合にしても役所の労働組合の運動にしても複雑になることがある。さらに、「社会福祉協議会」といった全国的には差し障りのない穏健な組織で働く人の中にも妙に「根性」のある人がいたりする。私などまず「社協」の方面からお呼びががかることはないのだが京都に越してから数回大阪の幾つかの地域の社協やら行政やらの催しに呼んでいだたくことがあった。不思議なことだと思って出かけていくと、長くその地で教師や社協や役所の職員などしながら地元の運動に関わってきたことを知ったということがけっこういる。
 そしてこうして作られていったものはいったん力関係が変わると大きな危機にされされることにもなる。つまり、「既得権の打破」といった標語を掲げて、「そんなきまりはない」とか、「ゼロから見直す」といった人が首長になったり、そんな人たちをかつぐ人たちは議会の多数派になったりすると、ようやく築かれてきたものがあっされりなくなってしまうことがある。さてどうしたものかということが一つある。
 そしてこちらの方の話が本来はさきかもしれないのだが、被差別部落や民族の問題と障害者の問題とはどこまでが同じでどこまでが違うのか。「ゆえなき差別」とよく言われる。実際そのとおりのことがいくらでもある。けれども障害者の就労といったことを考えていくと「ゆえなき」とは言い切れない部分があるようにも思われる。そこのところを人々はどう考え、どのように行動してきたのだろうか。そうした過去のことをよくは知らないまま、私自身は『私的所有論』という最初の本(いまは生活書院から文庫版で出ている)の第8章を「能力主義を肯定する能力主義の否定」という変な題にしていくらかのことを考えてみたのだったが、そんなことの続きを考えるためにもこれまで誰が何をしてきたのか考えてきたのか知っておく必要はある。」

□cf.

◆立岩 真也 2014/08/29 「今のうちにでないとできないこと(『造反有理』前後/広田伊蘇夫文庫)――「身体の現代」計画補足・3」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1477360962530886

◆立岩 真也 2015/06/01 「生の現代のために・3――連載 112」『現代思想』43-10(2015-6):8-19

 「□資料をもらいうける
 使うためにはその資料がなければならない。国会図書館がもちろん一番あてにはなるが、使い勝手はよくない。そして、出版社から出されたものでないものなら、わざわざそこに送られたもの以外はそこにはない。主題によるが、研究機関にもないものはない。
 そして、個々の人や組織のもとにあるものがある。それらを整理したほうがよいだろうとは思いながら、多くの人は忙しいから、たいがいそんな手間をかける暇はない。そして、その人たちとともに、あるいはしばらくたって、あったものが失われることも稀ではない。
 ただ、記したようなことをしていると、書かれたもの刊行されたものを集めたがっていることを知る人がいる。それで、「センター」の方に、これまで幾人かの人たちから寄贈を受けている。精神医療の関係では、二〇一一年に亡くなった広田伊蘇夫の蔵書を、彼に関係した人の仲介でもらいうけた。その前後、尾上浩二、椎木章、福永年久、吉川勇一、星野征光といった人たちから書籍・資料を贈与あるいは貸与されている。尾上からはDPI(障害者インターナショナル)日本会議事務局長就任に際しての引っ越しの折に報告書等を、また二文字・椎木編[2000]の編者でもある椎木からは七〇年代以降の大阪での部落解放運動と障害者運動との関連に関わる冊子等をいただいた。福永からは兵庫・大阪青い芝の会関連他の膨大なそして細々とした資料を貸与された。ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)の事務局長だった古川からはそれにまつわる書籍の一部(その組織に関わる資料は別途立教大学に寄贈されている)をいただいた。大阪・高槻市の光愛病院に長く務めた星野からは『精神科医共闘ニュース』のコピー他を提供された★07。
 所謂活字媒体のものばかりというわけではない。ウェブ上にある情報も確実に保存されるとは限らない。むしろこれから消えてなくなるものが多いだろう。そのなかに残っていってほしいものがある。
 これまで私が関わってきたところでは、ALSの人で逝去された西尾等(一九四九〜二〇〇二)が作成していたホームページが閉鎖されたおり、そのファイル群の寄贈を受けそれをそのまま収録してもいる(西尾[1999-2002→2003]、こちらのサイト内を「鳥のように風のように」で検索)。またやはりALSの佐々木公一は著書(佐々木[2006])や修士論文(佐々木[2009])もある人だが、二〇〇〇年からメールマガジンを出し続けている(佐々木[2000-])。それを再録している。そのバックナンバーの全体は、もう本一冊分ほどにはなっている。

★07 このうち、広田から寄贈されたものについては提供者側からの資料をもとに作ったリスト、椎木のものについては堀智久(著書に堀[2014])が作成したリストを掲載している。光愛病院が関西における精神医療改革の拠点の一つであったことについては桐原・長谷川[2010])。
 これらのいただきものやその整理についてはフェイブックでの連載(HPに再録)[2014-]で記している。例えば以下。「今のうちにでないとできないこと(『造反有理』前後/広田伊蘇夫文庫)」((3)・ 2014/08/29)、「レア文献」((6)・2014/09/21])、「資料について、の前に、書いてしまったもの幾つか」((7)・2014/09/26])、「尾上浩二さん・広田伊蘇夫さんからのいただきもの((10)・2014/10/06)、「不定型な資料を整理し始めたこと〜横田弘一九七四」((14)・2014/12/20)、「不定型な資料をまとめ出したこと」((15)・2015/01/08)。」

◆立岩 真也 22015/08/01 「生の現代のために・6――連載 115」『現代思想』43-(2015-8):-

◆立岩 真也 2015/07/01 「生の現代のために・5――連載・114,『現代思想』2015-7

「★01 人が失せていくことについて『造反有理』(立岩[2013b])で幾人かを挙げ、その後の「補記」をだいぶなおして本(立岩[2015a])にするが、そこでさらに幾人かをあげ、そしてこの「生の現代のために」でも幾人かを加えた。その後、ここでの主題から直接には離れるが、この五月二八日、ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)の事務局長を務めた吉川勇一が亡くなった(一九三一〜二〇一五、著書に吉川[1991]他)。その前年、吉川から蔵書寄贈の申し出をもらい、その夏、『沖縄闘争の時代1960/70――分断を乗り越える思想と実践』(大野[2014])の著者である大野光明とともに自宅に伺い、本を見せてもらい、そしていただいた。(いただいたのは関係者の著作などの書籍。ベ平連の資料は立教大学に寄贈され保存されていると聞く。)
 岩波書店からシリーズ「ひとびとの精神史」全九巻――私は第5巻で横塚晃一について書くことになっている(立岩[2015b])――が刊行されることになっていて、吉川は第4巻(苅谷編[2015])でパンフレットには「□□□□――米兵とともに」とある章を(□□□□には人名が入るのだが、私が添付ファイルでもらったパンフレットにはまだ、吉川の担当分だけ、人名は入っていなかった)を書く予定になっていたが、書けなかったのではないかと思う(確認はしていない)。」

□他で所蔵 ※他御存知のものお知らせください

◆南部障害者解放センター
 http://www18.ocn.ne.jp/~nanbu123/
・書籍等リスト
 http://www18.ocn.ne.jp/~nanbu123/bl.pdf
・パンフレット等リスト
 http://www18.ocn.ne.jp/~nanbu123/pl.pdf

□HP上の情報

◆新解放理論研究会『マハラバ文庫』
 http://homepage2.nifty.com/maharababunnko/maharaba.html


UP: REV:20181128(ファイル分割), 20191026, 20210425, 20220530
生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築  ◇病者障害者運動史研究  ◇歴史  ◇索引 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)