ARCHIVE:HP・画像・映像 生を辿り途を探す:身体×社会アーカイブの構築
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生を辿り途を探す:身体×社会アーカイブの構築




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■HP/ウェブサイト


西尾 等(1949〜2002)「鳥のように風のように」
 転載:2003.07 担当:立岩 真也

斉藤 龍一郎(1955〜2020/12/19)
 転載:2021.02.16 担当:岩ア 弘泰

土屋 貴志(予定)

 収録→掲載依頼・お問い合わせはwebmaster@arsvi.comまでお願いいたします。

 Web上にしかない文書・情報をここに保存するとともに☆01、一人ひとり…のHP・ウェブサイトまるごとの保存・公開に意義があると考えています。また、同時に、その時その時に流され、多くは消えていってしまうSNS上の発言・情報の保存、可能な妥当な部分についての公開にも、その方法の検討・開発も含め、必要なことと考えています☆02。
☆01 「紙の現物の収集、そしてそのディジタル化とともに、入手も閲覧も困難な古い文章の入力、他方でサイト上にだけしか現われない現在の文書等を収録し、整理し、公開を進める。法律や政令、国会の議事録の類については集められ全文にアクセスできるようになってきた。しかしものごとはそうした場だけで決まるわけではないし、動きに抗する動きもある。そこで動くのは個々人だったり各地に散在する小さな団体だったりする。これまで各種団体の声明、質問状等の【全文】を3370掲載している。学術論文についてはようやく(依然として視覚障害者他には読めない画像ファイルも多いが)ウェブサイトへの全文掲載が進んでいるから、今後はそれらについては他に委ね、歴史的価値を有するがどこにも掲載されていないものの収集・整理・掲載に注力する。」(研究計画より「V何を集め収め知らせるか」の「Bウェブサイトにおける情報収集・公開」)
☆02 立岩真也 2021/04/18 「2021年度「立命館大学NEXTフェローシップ・プログラム育成拠点」申請書」,立命館大学大学院課に提出


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■画像・動画(のある頁)


□動画・TV番組

 →cf.表象/イメージ/映像と生存
 →cf.映像資料リスト
 ※これらと本頁の整理・統合等これからです。

◇新着

最首 悟 2020/08/22 「「あなたのあなたとしてのわたし」をめぐって――第2回インタビュー」
その@:
https://youtu.be/HKvw8dJPWwU
そのA:
https://youtu.be/du493ZGQ4Uc

◆最首 悟 2020/09/20 「「球面主義」と「共に生きる」について――第3回インタビュー」
https://youtu.be/uLtEMD4eSfc

◆最首 悟 2020/10/17 「「君あり、故に我あり」について――第4回インタビュー」
https://youtu.be/8txAYZ5zvyk

◆最首 悟 2020/11/17 「ミンネのかけら ヴェイユとヤンソン――第5回インタビュー」
https://youtu.be/djtC2oF5mmM

◆最首 悟 2020/12/28 「そばにいることから――第6回インタビュー」
https://youtu.be/0VuryWVSrBY

◆最首 悟 2021/01/29 「二者性の現況――第7回インタビュー」
https://youtu.be/PJG5ETj8Tfk

◆最首 悟 2021/03/06 「ガーゲン「関係からはじまる」――第8回インタビュー」
https://youtu.be/TWc_jWDLvE8

◆最首 悟 2021/04/15 「たよりたよられる――第9回インタビュー」
https://youtu.be/r-sqBMe5RfE

◆最首 悟 2021/05/11 「「情況」第1期復刻発刊について――第10回インタビュー」
https://youtu.be/xF0TDzcUJeM

◆最首 悟 2021/05/16 「L.L.ホワイト「心の最深層には歓喜がある」をめぐって――第11回インタビュー」
https://youtu.be/h5EQSRHdFa0

◆最首 悟 2021/06/29 「人間とは場における人をめぐって――第12回インタビュー」
https://youtu.be/A5qi-hzFK2M

◆最首 悟 2021/08/13 「答責性(accountability 対外的責任)と応責性(responsibility 内面的責任)――第13回インタビュー」
https://youtu.be/i8eA-RL_sMc

◆最首 悟 2021/09/11 「二者性と愛――第14回インタビュー」
https://youtu.be/DfZ1iHs_CYM

◆最首 悟 2021/10/16 「この10年――第15回インタビュー」
https://youtu.be/HYUhjSD_Gzg

◆最首 悟 2021/11/19 「なる・とげる いる・ある――第16回インタビュー」
https://youtu.be/FJPKjnZSrA0

◆長崎 広 20170621 「大久保製壜闘争」(講演),於:明治学院大学,主催:明治学院大学社会学会
 https://www.youtube.com/watch?v=0us2dlzJ5jw

◆長崎 広・他 20180420 大久保製壜闘争について,大久保製壜闘争上映会,主催:(NPO)障害者の職場参加をすすめる会,於:埼玉県越谷市中央市民会館
 https://www.youtube.com/watch?v=QbJeebeZGuQ
 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/syokubasanka/180317ookuboseibin.html

◆2021/09/05 筋ジス患者の自立生活セミナー2021−オンライン徳島セミナー−
 https://youtu.be/gXtshpQ3v7g

大神 和子 2021/09/04 『als患者kazuのターニングポイント』
 https://www.youtube.com/watch?v=UiwyG6DpiaI

・1970'

◆197205 「はばたきたい」,『東京レポート』,TBS・東京12チャンネル
◆197305 「子にとって親とは…」,『東京レポート』,TBS・東京12チャンネル
1)東京レポート「はばたきたい」(15分) 作品No.640 1972年5月 TBS TV放送
企画:東京都広報室、制作:東京都映画協会、企画担当:小俣欣司、製作:後藤和夫、伊藤照夫、演出構成:赤羽敬夫、撮影:藤田定一、音楽効果:白井多美雄、解説:小野碩(早稲田小劇場)、協力:重稲圭子(青い鳥ホーム)、平向信雄(訓練士)、寺田純一(青い芝の会)
2)東京レポート「子にとって親とは…」(15分) 作品No.692 1973年5月 12ch TV放送
企画:東京都広報室、制作:東京都映画協会、企画担当:小俣欣司、製作:後藤和夫、鈴木照夫、演出構成:赤羽敬夫、撮影:多田和夫、音楽効果:園田芳伸、解説:小野碩(早稲田小劇場)、協力:横塚晃一(青い芝の会)

◇種村 剛 20080720 「極小的影像劇場(ミニミニシアター)上映会資料」
◇立岩 真也 2009/04/25 「もらったものについて・3」『そよ風のように街に出よう』77:,

 「昨年、それまで面識のなかった中央大学他非常勤講師の種村剛さん(以下三名について敬称あり)から連絡をいただき、民放(TBSと東京12チャンネル)で放映されていた『東京レポート』という東京都の広報番組で二度、青い芝の会関係の人が出てくる番組が作られたことを教えてもらった。一九七二年五月のは、「はばたきたい」という題。江東区四肢不自由児訓練施設「青い鳥ホーム」で親や職員が熱心に脳性マヒ児を訓練する様子が映し出される。それだけならそれだけなのだが、続いて寺田良一へのインタビューがあって、そこで「世の中に積極的に迷惑をかけてでも生きるんだという人間になっていくことが必要だという気がする」といったことが語られる。一九七三年五月の番組は「子にとって親とは…」という題のもので、横塚晃一の家の夫・妻・子の日常が映され、晃一が「親はエゴイストだ。やっぱり抑圧者ですね。」といったことを語る。そんな番組があったのだ。
 種村さんがたまたま入って行きつけになった東京都府中駅近くの「玲玲」という薬膳料理屋・飲み屋の主人が赤羽敬夫さんで、その店で飲み食いしている時にこの番組の演出・構成を赤羽さんが行なったことを種村さんが聞いて、そのお店で小さな上映会をするということになって、私も呼んでいただいたのだった。とてもおいしい料理と酒を出すその店で、私たちは赤羽さんのお話もいくらかうかがうことができた。青い芝の会の人たちのことをそう詳しく知っていたわけではないが、またとくに「政治的主張」をしたいとか、またある主張を支持したいとかいうのではなかったが、報道でその人たちのことを知り関心を抱いて、それで取材・撮影に入ったのだという。十五分の短い番組ではあるが、かなり長い時間、聞きやすいと言えない寺田・横塚の言葉が流れ、顔が映し出される。東京都の広報番組であるが、かなり現場の裁量でできた部分もあって、赤羽さんは、「子どもの日」に合わせて、横塚親子の番組をと思って作ったのだという。
 その上映会は二〇〇八年七月二〇日に行われた。その日はまったく偶然、一九七八年七月二〇日に亡くなった横塚の三〇周忌の日だった。その前年の二〇〇七年に『母よ!殺すな』の再刊を果たした生活書院の高橋敦さんがそのことに気がついて、私と高橋さんと皆はそんなことにも感じいってしまったのだった。といった話をし出すと、これはたしかに特異なマニアの話になっていくのではあるけれども、しかし恥ずかしくとも、書いておく。」

◆1977 川崎バスジャック闘争についてのテレビ番組 近日情報提供します。




◆2006 『y’s』 撮影・編集:井上 武史
 https://vimeo.com/332995195/718018fc45
 https://vimeo.com/333937124/5737807af0
 https://vimeo.com/337394564/b4a833e10b
 「“y’s”と題されたこれらの映像は、かつての兵庫県氷上郡、現在の丹波市で生まれ、関西学院大学商学部入学とともに西宮市に移り住んで自立生活を送った筋ジストロフィーの青年藤原祐樹くんが亡くなるまで11日間の介助者たちの証言が記録されている。三部に分かれており、それぞれ1時間25分06秒、1時間16分02秒、1時間32分37秒であるが、これはたんに当時DVDに焼ける容量による便宜上のためだったと記憶している。y’sとは「祐樹のこと」くらいの意味である。
 祐樹は、2006年2月2日、23歳の誕生日を目の前にして亡くなった。時折り雪が降ることもある寒い冬だった。筋ジストロフィーという病にはかつて死を定められたようなイメージがあり、今のように呼吸器の装着が一般的ではなかった時代には実際二十歳前にの短命で亡くなることも多かった。この頃はまさにこうした筋ジストロフィーやALSの人たちがこの「息する機械」とともにコミュニティで生きていこうとし出した時代にあたる。今から考えるとそれを付ける時機を逸したためであると考えられるが、祐樹は亡くなる前の数日間、現実と想像が渾然とした状態となり言動がおかしくなって来ていた。介助者たちは、それを不審に思いながらも、障害者の意志を最大限尊重するという自立生活の考え方に忠実に、時にそれは滑稽にすらみえるのだが、最後の瞬間まで懸命に介助をつづけようとしている。
 y’sの製作をした私は、2001年に彼が西宮に来たときから介助に入っていた。中須佐町にあった昔のメインストリーム協会の事務所ではじめて会った彼はとても初々しく見え、なぜか「この人とは最後まで関わることになる」とふっと思ったことを覚えている。このときの私はまだアルバイトの介助者で、毎週木曜日だったか夕方大学に迎えに行き夕食の支度をして食事を終え、泊まりの介助者が来るまでの時間帯の介助に入りつづけていた。
 2004年に職員となり配置転換的なもののため、彼が亡くなる前に別な利用者の介助に行くようになっていた。この映像で語られるような祐樹の状況を私はまったく知らずにいた。亡くなった後に周りの人たちに様子を聞けば聞くほど、何かそれまでにできたのではないかと思われ、また自分が介助に入っていれば何かできたのではないかと思わなくもなかった。
 インタビューはだから、残された家族が肉親の死の真相を知りたい、と思うようなものが動機となっていただろうと思う。インタビュアーとして撮影に最後まで同行してくれた川井田将基さんも、直前の介助を介護福祉士の試験か何かで休んでいて、やはり私と同じような気持ちを抱えていた。インタビューはこの川井田さんの1月21日の介助から始まり、3年後に『介助現場の社会学』という著作を出版する前田拓也氏の2月1日の介助で終わっている。17人の介助者の人たちにインタビューしこの間の祐樹の状況を再構成したが、1月26日の午後に入っていた介助者の部分だけ学生さんで卒業してしまっていて連絡がつかなく話を聞くことができなかった。これらのインタビューの撮影を夏前くらいには終え、祐樹の死に至る経緯だけではなく、彼らがなぜ障害者の介助という仕事をするようになったのかのかも含めて大量に収録された会話を編集するのに時間がかかり、ようやく年末の12月26日に当時のメインストリーム協会のミラージュ作業所でインタビューに協力してくれた方々を集めて披露することができた。私の2006年はほぼこの映像の製作に費やされたことになった。
 日本の障害者による介助者派遣制度獲得運動は2003年4月の支援費制度施行によってひとまず目標を達成したが、制度が安定するまでは厚労省との絶え間ない駆け引きがつづき緊張を強いられる数年を過ごしていた。現在私たちはその頃を、障害者の「運動の季節」と振り返っているが、それはまた脳性麻痺の青い芝の人たちが最初に声をあげた「運動の季節」から30年後にもあたり、どこかそれを「反復」していることを意識していた。だから私たちも『さようならCP』のような「映画」を作らなくてはならない、どこから降って来たのかもわからないこうした声がこの映像を作ろうとした無意識な動機となっていたと思う。
 昨年6月にメインストリーム協会で「筋ジス病棟の未来を考えるプロジェクト」のセミナーを行った。地域で生活する筋ジストロフィーの人たちを支える介助者に焦点をあてていたため、準備の段階でもう何年も忘れていたこの映像を見直していた。障害者が何を望んでいるかを考え意を汲んでそれを実現しようとする介助者の姿は今でもつづく変わらないものであり、自立生活運動が獲得したものである。2020年の今、それを精神障害や知的障害者に拡大していこうとしているとき、やはりどういう介入があり得たのかということは考えておいてもいいだろうと思う。とはいえ、私が仮に介助者の一人としてあの場にいたとしても彼ら以上のことはできなかっただろうと今は考えている。」(井上 武史 2020/12/18)

◆2007 「田中正洋 呼吸器ユーザーネットワークを組織する」
 https://vimeo.com/338825751
 「田中正洋は湯村温泉で有名な兵庫県温泉町出身。筋ジストロフィーデュジェンヌ型で、2006年9月に兵庫県三田市にある兵庫中央病院を退院し西宮で自立生活を始めた。2009年1月に神戸大学病院で亡くなるまで、短い期間だったが精力的に数多くの活動を行った。童話作家でもあり賞も受賞している。
 この映像の冒頭は、2007年8月5日西宮市内の田中の自宅で撮影された。この年に企画していた「人工呼吸器ユーザー交流会」に向けてどう進めていくかが話されている。田中が自立してからの大きな目標は、関西の呼吸器ユーザーのネットワークを作ることであった。後半はその第一回交流会の当日(2007年11月13日)の模様である。場所は西宮市の福祉センター内の会議室。参加者には、主催のメインストリーム協会の廉田、佐藤、玉木などのスタッフの他、大阪頚椎損傷連絡会、兵庫頚椎損傷連絡会、バクバクの会など現在も活躍中の関西の障害者団体に幅広く声をかけて回っていたことがわかる。
 この交流会で記念の講演を行ったのは、岐阜の旧国立療養所長良病院、現在の独立行政法人国立病院機構長良医療センターから退院し自立生活を行なっていた今井隆裕氏である。すでに当時はインターネットも発達していて、田中がそれを活用して入院中から多くの人脈を築いていた。
 cf.伊藤 佳世子・田中 正洋「筋ジストロフィーの「脱ターミナル化」に向けて」
 http://www.arsvi.com/2000/0709ik.htm」(井上 武史

□立岩 真也(06)

◇立岩真也 2021/08/20 「介助の仕事 2021/08/20」
 ※近日公開予定

◆立岩真也 2020/09/23 「優生思想について」
 れいわ新選組 命についてのレクチャー
 https://www.youtube.com/channel/UCgIIlSmbGB5Tn9_zzYMCuNQ

◆立岩 真也 2020/08/12 「介助の仕事 2020/08/22」
 NPO法人ゆに 2020年度夏季重度訪問介護従業者養成研修(基礎課程・追加課程)
 ※収録は2020/08/12
 https://youtu.be/HdznHzGd-R0
 https://youtu.be/nd_OC-0Zgzc

◆立岩 真也 2020/03/15 「本当はしなくてもよいことを仕方なくする」
 日本自立生活センター(JCIL)第34回 「国際障害者年」連続シンポジウム「自立生活運動・オープンダイアローグ・当事者研究」
 https://www.youtube.com/watch?v=tRnU6UAuV2c(立岩の報告は後半)

◆立岩 真也 2019/02/15 発言
 「安楽死を問う」それは現代社会のパンドラの箱なのか? 日本の現状を専門家と徹底議論
 https://www.youtube.com/watch?v=4rkKTniZscI

◆2018/12/24 当事者の問い 立岩真也さん×宇多野病院長梶さん
 第33回国際障害者年連続シンポジウム・筋ジス病棟と地域生活の今とこれから,於:京都テルサ
 https://youtu.be/uoNDZ7sQeWY

◆立岩 真也 2018/**/** 「生存学の企て」PV
 JMOOK https://www.jmooc.jp/
 https://lms.gacco.org/courses/course-v1:gacco+ga124+2021_01/about

◆立岩真也 2017/04/08 「ベーシックインカムと人間の生存」(貰った題)
 労働と暮らしのセミナー,於:大阪・スタジオシチズン
 https://www.youtube.com/watch?v=XB2IVt69q-o(29:55〜)



◆2018/12/24 第33回国際障害者年連続シンポジウム・筋ジス病棟と地域生活の今とこれから,於:京都テルサ
 ※岡本さんより
@ 開会から新潟病院長中島孝さん講演まで
https://youtu.be/2I4T_Idy8B0
A 当事者の問い 立岩真也さん×宇多野病院長梶さん
https://youtu.be/uoNDZ7sQeWY
B 自立した当事者 高橋雅之さん/古込和宏さん
https://youtu.be/2Jp_Q-X-sug
C 植田健夫さん「病院と自由〜退院体験から考えたこと」
https://youtu.be/5CpJhbcrarU
D 長期入院中3人(斉藤さん/藤田紘康さん/野瀬時貞さん)が生中継で発信
  〜立岩真也さん〜メインストリーム協会藤原勝也さん/JCIL大藪光俊さん)からの報告〜閉会
https://youtu.be/54HuRVPoIZc

◆2019/12/17 2019年度JILセミナー@福岡「筋ジス病棟から始める「脱施設」」
 全記録:https://www.youtube.com/watch?v=IFdWk821Dow&feature=youtu.be

◆2021/03/28(日)
オンラインワークショップ「ロックトインを常態として生きる withコロナ社会研究プログラムの成果から」
ウェビナー:Zoom(オンライン) 16:00-19:00(開場15:30-)
チラシ】/【イベント報告ページ
※イベント当日の記録(動画)[YouTube]
(https://www.youtube.com/watch?v=CbpxsmLAKGg)
イベント登壇者プロフィール
 飯田 真由美/伊藤 道哉/岡部 宏生/恩田 聖敬/川口 有美子川端 美季高野 元天畠 大輔中西 正司
 橋本 操/姫野 友紀子/増田 潤/増田 英明松原 洋子美馬 達哉/村上 靖彦
 Fernando VIDAL/Lina MASANA/Robert CHAPESKIE
主催:立命館大学「withコロナ社会での持続可能なケア」研究グループ 共催:立命館大学生存学研究所、NPO法人ALS / MNDサポートセンターさくら会 後援:立命館大学大学院先端総合学術研究科

□写真のある頁

石田 圭二(1954〜)
尾上 浩二(1960〜)
斉藤 龍一郎(1955〜)
佐藤 一成(1966〜)
白石 清春(1950〜)
平井 誠一(1953〜)
古賀 照男(〜2003)
古込 和宏(1972〜2019)
横山 晃久(1954〜)


UP:20210502(頁分離) REV:20210512, 0715, 0814, 17, 1201(46)
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