◆
髙木 美歩・渡辺 翔平 2024/10/25-26 「職場での合理的配慮に見る自閉症スペクトラム障害者の当事者性の揺らぎやすさ」,
障害学国際セミナー2024, 於:台北(台湾)
◇
障害学国際セミナー2024
◇
障害学国際セミナー
◇
障害学
◇
立岩真也
◆髙木 美歩・渡辺 翔平 2024/10/25-26 「職場での合理的配慮に見る自閉症スペクトラム障害者の当事者性の揺らぎやすさ」
2024年度国際障害セミナー日本語原稿
生存学研究所客員研究員 髙木美歩
大阪公立大学客員研究員 渡辺翔平
1 日本における合理的配慮の提供の義務化
日本では2024年4月1日から事業者による障害のある人への合理的配慮の提供が義務化された。合理的配慮の提供とは「障害のある人から「社会的なバリアを取り除いてほしい」という意思が示された場合には、その実施に伴う負担が過重でない範囲で、バリアを取り除くために必要かつ合理的な対応をすること」(内閣府 2024)である。合理的配慮は「その提供に伴う負担が過重でないこと」に加えて、
1.必要とされる範囲で本来の業務に付随するものに限られること。
2.障害のない人との比較において、同等の機会の提供を受けるためのものであること。
3.事務・事業の目的・内容・機能の本質的な変更には及ばないこと。(内閣府 2024)
である必要がある。よって、障害者からの要望をそのまま実施することを約束しているわけではなく、障害者からの申し出があった場合になんらかの対応の実現に向けて協議する機会を用意することが狙いであるといえよう。
そして、合理的配慮の対象者は、「障害者手帳を持っている人だけではなく」、身体・知的・精神障害をはじめ「障害や社会の中にあるバリアによって、継続的に日常生活や社会生活に相当な制限を受けている全ての人が対象」(内閣府 2024)とされるなど多様である。また、ここでいう事業者も、
「事業者」とは、企業や団体、店舗のことであり、目的の営利・非営利、個人・法人を問わず、同じサービスなどを反復継続する意思をもって行う者をいいます。個人事業主やボランティア活動をするグループも「事業者」に含まれます。(内閣府 2024)
とやはり幅広く、合理的配慮の提供が法的に義務付けられたことの影響は大きいことが予測される。
本報告では、発達障害、とりわけ自閉症スペクトラム障害(Autistic Spectrum Disorder、以下ASD)の人々が就労の場で合理的配慮を受けようとする際に、自他が「障害」を認識・認定するプロセスでおきる「当事者性」のゆらぎと、合理的配慮の申請と提供におけるASD特有の困難を論じる 。
2 日本の障害者の雇用に関連する社会制度と「当事者」の認定の関係
日本では、障害者の雇用を促進するために、大きく二つの制度を設けている。①障害者雇用義務制度は、「民間企業や公的機関に、雇用する労働者に占める一定割合(法定雇用
率)の障害者の雇用を義務づける制度」(田中 2017)である。②障害者雇用納付金制度は、①の制度に基づいて障害者を雇用している企業とそうでない企業の格差を是正するために導入されたものである。この制度は、企業の規模に応じて一定の数の障害者の雇用を義務付け、達成できない場合は「障害者一人について月額50,000円を納め」、「逆に、障害者雇用率以上の障害者を採用した場合は、障害者雇用調整金、障害者報奨金が支給される」(田中 2017)仕組みとなっている。なお、企業が法的に定められた障害者雇用率を達成するためには、各市町村が交付する身体障害者手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳(以下、まとめて「障害者手帳」と表記する)のいずれかを障害者雇用される労働者が所持している必要がある。
ただしここで重要なのは、合理的配慮は障害者手帳の所持を条件としていないことである。そのため、障害者枠で雇用されるには医師の診断という医学的な認定に加えて障害者手帳という行政的な認定が必要となるが、合理的配慮の申請にはあくまで医師の診断までが求められる点に差異がある。つまり、場面に応じて「当事者」の認定が、自分自身によるものなのか、医師による診断なのか、行政による障害者手帳の交付なのかで異なるということである。
3 近年の発達障害者の雇用状況について――企業に対する聞き取り調査を例に
堂井ら(2023)は、事業主が採用後に障害を把握した発達障害者に対する就労継続事例等に関する調査を行っている 。発達障害者の雇用を支援する支援センターに聞き取りを行った結果、発達障害者の雇用で生じる問題としては「障害特性に起因する「業務遂行」、「職場の人間関係やコミュニケーション」、「社会性や勤務態度」のほか、二次障害に伴う「心身の不調や勤怠の不良」」などが挙げられたという。
また、事前に事業者が従業員の発達障害を把握していない場合の困難としては、「求められる職務遂行能力と遂行可能な職務とのミスマッチの解消の困難さ」、「他罰的な言動や自己肯定感の低下などの課題改善の困難さ」、「他の従業員との関係性の悪化の改善の困難さ」、「当該従業員の自己理解不足」など」が挙げられた。そして、事前に事業者が従業員の発達障害を把握していた場合の困難としては、「「自己理解不足の影響による支援者とのラポール形成の困難さ」、「提供可能な合理的配慮と当該従業員の希望との調整の困難さ」、「待遇、勤務形態、職務内容の変更に伴う調整の困難さ」、「在職者であることによる支援時間捻出の困難さ」など」(堂井ら 2023: 11)があった。
上記の課題を解決することで雇用継続に成功する企業がある一方、「多くの企業は職務内容の大幅な変更は行わず、職務の幅を限定することで対処している傾向が認められた」。雇用継続に至らない理由としては「「上司の負担感」の軽減に苦慮した場合に、当該従業員の継続雇用には至らなかったとの回答が有意に多かった」(堂井ら 2023: 13)ことが確認された。
特に、発達障害者の雇用においては、職業生活上の課題として、主に「作業上又はコミュニケーション上の課題」(堂井ら 2023: 14)が言及された。人間関係でのトラブルが生じているとき、発達障害と診断されることで周囲から理解が得られる場合もあったが、「修復不能な段階まで拗れていた場合には、配置転換で環境を変え新たに人間関係を構築することで対応」(堂井ら 2023: 14)した事例もあった。
上記の結果から、発達障害者の雇用を継続するには、事業所が各発達障害者の特性に適した仕事を割り当てられることや、配置転換が可能な組織規模であることが支援するうえでの前提条件になっていることに留意する必要があると思われる。なお、合理的配慮の提供者となる事業者には、個人事業主やボランティア団体などの小規模な事業者も含まれるとされているが、実際には、合理的配慮の申し出に対応できるリソースの差異があることを認識しなければならないだろう。
4 ASD者が就労に必要な合理的な配慮を受けることに関する課題
2節と3節の整理から、(自己診断を含めて)ASD者が就労に際して必要な合理的配慮を受けるには、①ASDと医学的な診断を受けられるかどうか、②行政から障害者手帳の交付を受けられるかどうか、③障害者雇用で就職したときに必要な合理的配慮を申し出られるかというステップを踏んで初めて、必要な合理的配慮について協議する機会を得られるのである。何かしらの困難を感じて自分自身を「ASD(発達障害)ではないか」と認識したとしても、職場での合理的配慮や障害者雇用を実現するまでに、各段階で分野の異なるアクターから何かしらの「認定」を受ける必要がある。特に身体障害などと比較した場合に、ASDをはじめとする発達障害は、その特徴が他者から見て明らかでないことも少なくない。よって、他者からASDであると「認定」されないとき、ASD者の「当事者性」は容易に揺らぐものとなる。
5 職場における合理的配慮を受ける上での困難性
4節では、ASD者は医学的認定の有無、法的認定の有無、そして自身に必要な配慮事項を理解した上で合理的配慮の申請ができるかなど、自己認識に加えて社会的地位の獲得と合理的配慮をめぐる相談を行うまでに、さまざまなステップを経る必要があることを確認した。またASD者は、他者とのコミュニケーションや五感の処理といった認知機能にハンデがあり、その「障害」の状態が多様であるといわれている。そのため、身体障害などに比べて合理的配慮の内容の個別性も高まる。このことは、合理的配慮を申し出る本人にとっても、それを提供する事業者にとっても、理解と調整に関する「負担」が高まる要因の一つであるといえよう。合理的配慮はあくまでも過重な負担ではないことが前提である。そのため、アクター間の障害や必要な配慮に対する理解のむずかしさが、ASD者への合理的配慮の実現にいたるまでのハードルとなると考えられる。
先行研究(梅永 2019: 73; 堂井ら 2023: 12; 伊藤 2024: 51)では、ASD者をはじめとする発達障害者への合理的配慮の具体例が示されている。先行研究や行政から例示される職場における合理的配慮は、①ハード面(IT機器の活用、手順や空間の構造化・最適化)と②ソフト面(職場の人々への教育・啓発、支援可能なスタッフの育成、相談やケアに必要な時間の確保など)に整理することが可能だろう。
ただし、この区分も相補的な関係にあることを理解しなくてはいけない。例えば、何かの仕事の手順や当日の予定をホワイトボードに記載するとしよう。一般的に、視覚情報を用いた作業手順の可視化や構造化はASDの支援に有効だといわれており、ホワイトボードを用意するのはハード面での環境整備である。定型発達者にとって、ある作業の手順を書き出すこと自体は難しくはない。しかし、あるASD者が自分で一定の作業するために、各手順をどれくらい詳細に書く必要があるのかを「判断」するのは、ソフト面に属する支援者のスキルである。つまり、発達障害者の支援は単にハードを用意しただけでは済まないことが多く、それを障害者本人や支援者が活用できる状態にすることが求められる。
特にソフト面での対応については、支援者の「質」が問われることや、支援者がASD者それぞれの特性に応じた「困りごと」へ配慮しようとする際に、どこまでがASDの特性であり、どこからが本人の性格や能力なのか、またどこまでが会社の責任として対応する必要があるのかなどの切り分けに関する困難さが想定される。さらに、企業においては、「支援者」とされる人は必ずしも福祉的な専門性を有する人ではなく、あくまでも一労働者として、自分の日々の仕事をこなしながら支援にあたる人である可能性が高いことを留意しなくてはならない。
6 考察
本報告は、日本における合理的配慮の枠組みを確認したうえで、ASD者が職場において合理的配慮を受ける際に生じる可能性がある特有の困難に着目した。
合理的配慮の対象者は障害者手帳を持つ人だけに限定されないが、特に就労という場面では、障害者雇用を受ける際に障害手帳が必須となる。ASDは、いわゆるグレーゾーンと呼ばれるような、診断が確定していない人々も自己認識に用いるフレームであるが、実際に社会制度を利用しようとする際には、自己認識だけでは対応できない場面に遭遇することで、ASD者の自己認識が揺らぐ可能性があることを指摘した。
また、医学的認定(診断)を受けて合理的配慮を議論する際にも、ASD特有の「障害」の個別性の高さや必要とする配慮を申請者・事業者の双方が具体的に認識することの困難があることを示した。障害者雇用ではない形での雇用の継続に成功した例もあるが、事業者側に適切な仕事の創出や配置転換などを行える事業規模であったことは重要である。さらに、合理的配慮について話し合うこと自体が、基本的に一定のコミュニケーション能力を要求していることにも留意すべきである。
先行研究では、ASD者の雇用問題を解決するために、各段階で申請者と事業者をつなぐ中間的存在の活用が提案されている(田中 2017: 255-256)。しかし、伊藤(2024: 48, 51)が指摘しているように、合理的配慮の提供という言葉じたいが抽象的であり、特に発達障害においては必要な配慮の内容が本人の特性によって多様であるため、事業者にとってはどのような配慮を提供すればよいのか頭を悩ませることが想定される。また、合理的配慮の提供の適否が問題となった裁判例も蓄積されはじめたが、裁判所の判断は各事例によって異なる傾向があるという(伊藤 2014: 50)。今後は、具体的な実践の蓄積を通じて、職場における「問題」のうち、なにが「社会的障壁」であるのか、合理的配慮の枠組みでどこまで「支援」するのが妥当かどうかという質と量について(「過重負担」の問題)、より一層の調査・議論の洗練の必要性が導出されているといえよう。
このように発達障害者への合理的配慮の提供そのものの難しさに、ASDに特有の、誰がどのように「障害」と見なすのかという「当事者性」をめぐる問題が加わることが、ASD者の合理的配慮の活用においては大きな課題になると思われる。
【注】
1 当然ながら、障害者雇用されたり合理的配慮を受けたりする人のなかには、自発的に「障害者」として自分を認識していないが、医学的診断を受けたり、障害者手帳を所持するにいたる場合もある。たとえば、幼年期に障害が認められて療育手帳を所持するケースなどである。本報告は特に合理的配慮を受けたいと望む本人が葛藤する場面を分析することを目的としているため、このような例は取り上げなかった
2 ただし堂井ら(2023)は、質問紙の回収率が23.2%(3,456社)と低く、そのうち9割強にあたる3,143社が、採用後に発達障害と把握された従業員の該当者なしと回答している。また企業に対して行われた聞き取りは、合計で12社が対象となっている。それゆえ本研究は、発達障害者への合理的配慮をめぐる量的調査のデータというよりは、あくまで発達障害者の就労の実体にかんする一調査として堂井ら(2023)を参照する。
【参考文献】
堂井康宏・安房竜矢・石原まほろ・佐藤涼矢・伊藤丈人・永登大和,2023,「事業主が採用後に障害を把握した発達障害者の就労継続事例等に関する調査研究」『調査研究報告書サマリー』 3: 9-16.
伊藤克之,2024,「発達障害のある従業員に対する合理的配慮」『労務事情』61(1491): 48-51.
内閣府,2024,「事業者による障害のある人への「合理的配慮の提供」が義務化」(2024年8月5日取得,https://www.gov-online.go.jp/article/202402/entry-5611.html).
田中建一,2017,「「成人の発達障害」の「雇用継続支援」――就労支援に続く「雇用継続支援」のための法制度の検討」『総合福祉研究』21: 247-257.
梅永雄二,2019,「職場での合理的配慮」『こころの科学』207: 73-77.
*作成: