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「性別越境者を取り巻く概念の変遷とその影響ーー日本の「性同一性障害」概念を中心に」

勝又 栄政

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last: update: 20240920

勝又 栄政  2024/10/25-26 「性別越境者を取り巻く概念の変遷とその影響ーー日本の「性同一性障害」概念を中心に」, 障害学国際セミナー2024, 於:台北(台湾)
障害学国際セミナー2024障害学国際セミナー
障害学立岩真也

勝又 栄政  2024/10/25-26 「性別越境者を取り巻く概念の変遷とその影響ーー日本の「性同一性障害」概念を中心に」

立命館大学大学 先端総合学術研究科 勝又栄政

◆問題の所在・目的

 近年,継続的な議論のもとで性別越境者をめぐる社会的な位置付けは,犯罪者から病者(病理化)へ,そして一つの性のあり方(脱精神病理化)へと移行を遂げてきた.他方日本は,1969年に性転換手術を行なった医師に対して優生保護法違反の判決が下されて以降,性別越境者に関する研究が30年近くタブー視された期間を持つ,世界でも稀有な国である.つまり,日本は世界の潮流に乗り遅れる形で急速に性別越境者への対応を行ってきた現状がある.  このような日本において,大きな役割を担ったのが「性同一性障害」概念である. しかし,「性同一性障害」 概念の普及は,医療サービスの提供や法律の制定,人権意識の浸透などのプラスな効果(針間 2019: 59)をもたらした一方で,「脱精神病理化」に向かう世界的潮流と逆行し(町田 2022:19)──日本は「ガラパゴス化するGID(性同一性障害)大国」(東 2016: 68)との指摘もある──性別越境者を「病者」にとどめてきた側面を持つ.  こうした当事者の社会的な位置付けは,身近で重要な他者(石井 2018: 195)である親にも大きな影響を与えている可能性が高い.そこで本研究では,性別越境者を取り巻く概念(特に「性同一性障害」)が,性別越境当事者を受容する側である母親/父親の経験にどのような影響を及ぼしているのかを父母の比較を通して明らかにするとともに,概念の変化が,今後,性別越境者の子をもつ親にどのような変化をもたらし得るかについて検討する.

※性別越境者を取り巻く概念の変遷

▼世界の動向
キリスト教社会の影響により,同性愛行動とともに異性装行動が異端や犯罪とみなされる 19世紀後半〜:同性愛や異性装を精神病の「変態性欲」とみなし医学的な疾患として概念化が進む 1950年代頃:「性転換症」の名称が広がり,性自認を身体的性別に合わせる治療法が支持されていく→1980年に「性同一性障害」へ 1980年代:当事者を中心に「トランスジェンダー」概念が誕生.脱病理化の動きへ 2019年:WHOのICD11で「性同一性障害」は障害分類から外れ,「性別不合」へと名称が変更.脱精神病理化を果たす
▼日本の動向
古代〜中世頃:性別越境者は神性や霊力を発揮する者として信仰の対象となる 19世紀後半〜:西洋の精神医学の影響を受け,性別越境者に対して「変態」「精神病」と捉える風潮が広がる 1960年代:性別越境者への手術が優勢保護法違反となる(ブルーボーイ事件:この事件以降,性別越境の研究がタブー視:空白の30年) 1990年代後半:性転換手術の成功とともに「性同一性障害」概念が日本に広まる 2024年:GID(性同一性障害)学会が, 「GI(性別不合)学会へと名称変更.脱精神病理へ向けた動きを見せる

◆調査方法

 調査方法は,生活史調査の手法を用い,半構造化インタビューを採用した.調査協力者はトランスジェンダー男性の子※1を持つ母親/父親の各5名ずつで, 年齢は1名(70代)を除き50〜60代である.インタビューは,2022年3月〜2023年12月の間に実施した.インタビューの際には文書を使用して調査内容を説明し署名付きで同意を得た.インタビュー内容は,ICレコーダーに録音し文字化したものをデータとして使用し,それぞれの対象者の発言を比較しながら考察を行った.なお,協力者には,調査者自身がトランスジェンダー男性の当事者であることは事前に全員へ伝えた上でインタビューを実施している.

◆調査結果のまとめ

 調査の結果,父は子を性別変更の必要がある性同一性障害者として捉えるケースが多く,母は自分の子は性別変更が必要な者でも障害者でもないと捉えるケースが多く,父母に差異があることが示された.差異が生じた背景として,父は子が「髪を短くする・スポーツが得意・彼女ができる・稼いでいる」など,ステレオタイプな男性性と子の特徴を重ねて「女ではない」と捉えるのに対し,母は子の髪が短くともスポーツが好きでもそれは「多様な女性性の一つ」であると解釈し,診断や治療に疑念を抱きやすい様子が見られた.

◆考察

 以上の結果から,性別越境者を「変態」や「神性」と見るような傾向は本調査の親には確認されなかった.「病者」としての「性同一性障害」概念は,針間(2019)が指摘するようなプラスの側面が見られたが,この影響は主に父親に多く見受けられ,母親の立場からは逆に子が「病者」になることの抵抗感が析出された.差異が生じた要因として,親に内在化している既存のジェンダー/セクシュアリティの規範の強さが父母で異なっている点が考えられ,男女二元論を前提に性別越境者を「男女二元の性別を横断する者」として差異化し「病気」として見る見方は,親の受容の二極化に繋がることが示唆された.また,日本では脱病理に向けて2024年より「性同一性障害」から「性別不合」へと名称が変更され,手術なしでの性別変更が可能となる法改正に向けた機運が高まっている.このような状況において,従来の男女二元的な規範に必ずしも適合しない性別越境者のケースでは,父親のように規範を当てはめて考える場合には,Xジャンダーが親に理解されにくいように(武内 2021)子の受容を遠ざける可能性もあるだろう.

◆注

※1 トランスジェンダー男性とトランスジェンダー女性は,様々な側面で差異があることが報告されているため本研究ではトランスジェンダー男性の子のみに焦点を絞った.また,子どもはいずれも何かしらの身体的な治療を望む者に限定をした.

◆参考文献

• 針間克己, 2019,『性別違和・性別不合へ──性同一性障害から何が変わったか』緑風出版. • 東優子,2016,「トランスジェンダー概念と脱病理化をめぐる動向」『こころの科学』189: 66-72. • 石井由香理,2018,『トランスジェンダーと現代社会──多様化する性とあいまいな自己像をもつ人たちの生活世界』明石書店. • 町田奈緒人,2022,『トランスジェンダーを生きる──語り合いから描く体験の「質感」』ミネルヴァ書房. • 武内今日子, 2021,「『X ジェンダーであること』の自己呈示──親とパートナーへのカミングアウトをめぐる語りから」 『ジェンダー研究』 24: 95–112.
*作成:中井 良平 
UP: 20240920 REV:
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