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「自己決定による安楽死と障害者権利条約」

長谷川 唯桐原 尚之

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last: update: 20240921

長谷川 唯桐原 尚之 2024/10/25-26 「自己決定による安楽死と障害者権利条約」, 障害学国際セミナー2024, 於:台北(台湾)
障害学国際セミナー2024障害学国際セミナー
障害学立岩真也

長谷川 唯桐原 尚之 2024/10/25-26 「自己決定による安楽死と障害者権利条約」

長谷川唯/桐原尚之

・研究目的

本報告の目的は、自己決定を口実とした医療中断及び医療提供の差し控えで障害者を死なせる行為(以下、「安楽死」)が障害者権利条約の趣旨に反することを明らかにすることである。

・安楽死・尊厳死の本質

▶ 生きることに値しない命がある ▶ 障害・疾病のある状態で生きていたくないから死を選ぶ。 ◇ 尊厳死と安楽死 ▶ 尊厳死は、延命措置を断わって自然死を迎えるに対し、安楽死は、医師など第三者が薬物などを使って患者の死期を積極的に早めること。 ▶ どちらも「不治で末期」「本人の意思による」という共通項はあるが、「命を積極的に断つ行為」の有無が決定的に違うとされるが、命を自らの選択で断つという意味では同じ。 ▶ いわゆる安楽死は犯罪(違法行為)だが、一定の要件を備えれば違法性を阻却できるという司法判断がある。 ⁂ 安楽死と尊厳死に背景には、そうまでして生きていたくない/生きなくていいと思わせる社会がある。

◇生き死にを決める自己決定としての安楽死の解釈の可能性

障害者権利条約第10条 生命に対する権利 締約国は、全ての人間が生命に対する固有の権利を有することを再確認するものとし、障害者が他の者との平等を基礎としてその権利を効果的に享有することを確保するための全ての必要な措置をとる。
第10条だけでは、安楽死は、ありのままに生きるという「生命に対する固有の権利」を脅かすものなのか、それとも「生命に対する固有の権利」の一部として生き死にを選べることであるのか、二通りの解釈が存在し得る。 さらに、第12条「法の前の平等」では、「障害者がその法的能力の行使に当たって必要とする支援」、 「法的能力の行使に関連する措置が、障害者の権利、意思及び選好を尊重すること」が求められている。法的能力の制限を受けず、治療拒否権がそのまま認められることで、死ぬという権利として解釈する余地が残る。生き死にを決める権利としての安楽死の理解が強められてしまう。

◇自己決定という名の“生き死に”の選択――ALS自己決定の内実。

ALSの人たちの治療場面では、生きるためには人工呼吸器の装着が必要不可欠なことがわかりながらも、本人に装着するかしないかの選択をさせる。 →“生き死に”の選択を自己決定として求めている。

◇生と死の間におかれているALSの人たち

生きることが当たり前の社会で、ALSの人たちは常に生と死の間におかれている。 人工呼吸器を装着することを選択して、生きたいと強く表明しなければ生きられない。 生きるという当たり前の権利さえも、選択をしないと得られない存在にさせられてしまっている。 だから、本当は生きたいと言わないと生きられないのに、それさえも堂々と言えない。 生きる権利が当たり前に認められていないからこそ、死ぬ権利が主張されてしまう。 →生きることが当たり前の社会で、“生き死に”の選択を本人に迫る。 →生きていなくてよい存在であることを突き付けている。

◇生きてありのままでいることを脅かす差別としての安楽死の解釈

障害者権利条約第25条「健康」 (a) 障害者に対して他の者に提供されるものと同一の範囲、質及び水準の無償の又は負担しやすい費用の保健及び保健計画(性及び生殖に係る健康並びに住民のための公衆衛生計画の分野のものを含む。)を提供すること。
第25条では、他の者と同質の保健サービスを求めている。そのため、障害や疾患による苦痛を要件として安楽死を法的に認めることは、障害者を他の者と同一の範囲の保健サービスによらず死なせるものである。第25条の趣旨に反することになる。 それによって、第10条の「生命に対する固有の権利」がありのままに生きる権利として存在することになる。そして、安楽死は「生命に対する固有の権利」を脅かすものとして位置づけられる。 障害者権利条約第5条は、障害に基づくあらゆる差別を禁止している。障害のある人を社会の負担とみなす、永続的かつ屈辱的な定型化された観念、スティグマ及び偏見を取り除くことを求めている。ここからすれば、「生命に対する固有の権利」を脅かす安楽死は差別であり、第10条の趣旨にも反する。 さらに、障害を直接的な要件にしていない生命の剥奪も差別になり、第10条の趣旨に反することになる。 ALSのように、障害によって存在が否定された中での自己決定は、障害を間接的な理由とした生命の否定であり、第10条の趣旨に反する。

◇生存に向けた障害者権利条約の解釈

自己決定による安楽死は、意志及び選好という位置付けさえ得られれば第12条の趣旨に適合するかのような解釈も考えられる。だが、障害を理由に死を望む者がいたのなら、第12条に基づき法的能力の行使にあたり必要な支援をしながら、生存に向けた意志及び選好を可能にしていく必要がある。 各国の障害者団体が自国の医療制度の中で、間接的差別により、自らの決定で生命を奪われるような実態に目を向け、条約体の中で議論を蓄積していかなければならない。  
*作成:中井 良平 
UP: 20240920 REV: 20240921
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