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鍛冶克哉氏インタビュー

20230522 聞き手:井上 武史

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◆鍛冶克哉 i2023 インタビュー 2023/05/22 聞き手:井上 武史
生を辿り途を探す――身体×社会アーカイブの構築

【rmk03】2023-05-22 10.17.24 AM(鍛冶克哉君インタビュー)_73分 ~このように表現しています~ ・タイムレコード:[hh:mm:ss] ・聞き取れなかった箇所:***(hh:mm:ss) ・聞き取りが怪しい箇所:【○○】(hh:mm:ss) ・不明な人名、地名などはカタカナ表記にしています
井上:ちょうど鍛冶君がインクルをここで始めるきっかけになった豊中での2017年か。2月やね。 鍛冶:2回目の***(00:04:48)だから、2017年の2月ですね。 井上:そのときに、立岩さん来たときに毎日新聞が見て、それを栗山さんが見てここに来たっていうのが発端だったでしょ? 鍛冶:そうですね。 井上:そのときに立岩さんが、自分の研究ノートみたいなのをインターネットにあげてて、「豊中?金沢」って書いてあったんよね。[00:05:08]★01 鍛冶:ちなみにその、立岩さんと金沢に行ったのは? 井上:俺らは藤原勝也ルートでこっちから入って。斎藤さん。立岩さんはその前から川口有美子、古込ルートプラス推進協会の流れでこっちに入ってる。 鍛冶:その基調講演のときに、もうすでにその「金沢」っていう単語が出てたかどうかはわからへんよ。 井上:国立療養所。 鍛冶:今で言うたら、相模原事件のことは話してたからね。その当時は、立岩さんの言い回しは僕はちょっと頭があほやからなかなか難しかったけど、よくよく考えると、そのあと懇親会がホテルアイボリーであったときに、僕、席がとなりやって。そんときにもう。そのときにはまだ出会ってなかったですかね? 親しくはなかったですかね? 今みたいに。まだそんなにですよね。 井上:直接のコンタクトは。金沢で川口さんが飲み会を設定してくれて行ったけど、川口さんは熱出して来なかったっていうのみたいのがあって。雪の金沢で。そのとき初めて名刺交換して。 鍛冶:今までその話もしてたし、立岩さんは2013年のDPIの打ち上げのときに***(00:06:57)をしてるんやけど、そのときの話をからめながら、インクルーシブでなんていうの、そういう「泥酔いとか酔っぱらった経験とかもできる」みたいな話とかもしてた記憶があるっちゃあるので、彼のなかでつながってるのは必然なのかもしれないですけどね。 井上:まあでも、残念ながら俺はそういうつながりはぜんぜん知らずに。 鍛冶:まあでも、それはしかたないですね。免疫っていうか、そういうのがなかったら。 井上:いやいやまあ、どっちでもいい。結果的にぜんぜん同じことを考えられてたからよかったとは思うねんけども、そんなことはつゆも知らずに誘ったっていう。時系列の確認になるんだけどね。っていうことなの。俺もあほやから、俺がいちばんに考えて言ってるつもりでも、ほぼ立岩さんのほうが先に。(笑) 鍛冶:いやー、それはなんともコメントが、僕の立場だとしにくいからさ。(笑) 井上:もう先に考えられていて。もうなんかびっくりするくらい、なんていうのかな、もうため息出るな、もう。「すげえな」としか言いようがないよな。最初にぜんぶもうちゃんと考えられてるんやね。そこから行くからまちがいがないんや。  ほんで、そこまで戻さないといけないと思ってんねん、この業界自体を。ほんで、頼尊君が研究してるでしょ? だから頼尊君に本とかいくつか紹介してもらって勉強はしてるけども、「何をもってここに来たか」っていうのをもうちょっと確認したいと思って、今日お話を聞かせてもらってるっていう。  俺の最初の記憶はミラージュ作業所で、なんか坊主頭で***(00:09:28)て。(笑) 鍛冶:あ、僕ですか。 井上:いじられて、「和尚、和尚」って言われて。 鍛冶:はい。 鍛冶:ちなみに先週、あ、もう終わったか。今週金曜日『かんさい熱視線』観てもらったら、僕がこないだ校長先生と対談した南桜塚小学校の取り組みが紹介される。今週。『かんさい熱視線』っていう番組。 井上:何の取り組み? 鍛冶:南桜塚小学校と豊中の小学校の。 井上:それは昔の話? 最近の話? 鍛冶:昔と最近からめてちゃうかな。[00:10:14] 井上:それはどんな取り組み? 鍛冶:NHK大阪所属のディレクターが、たまたま、兄弟児なんですよ。僕も最近知ったんですけど、弟が知的障害の人で、だから自主映画とかも撮ってる人で。 井上:そのNHKの人? 鍛冶:そうそうそう。半年間ぐらい追っかけた記録が放送されるっていうのを聞いて。 井上:君はどうからんでるの? 鍛冶:いや、だからぜんぜんからんでない。(笑) 井上:あ、からんでないんね。(笑) 鍛冶:からんでない。「そこの校長先生とこないだイベントやってきた」っていうだけですけど。(笑) 井上:なるほど。 鍛冶:はい。僕の話でしたね。 井上:メインストリームのも、俺聞いたことあったけども、どこでどう会って、「ここに来よう」と思ったんやった? 鍛冶:僕は豊中のセンターにいてたわけですけど、まあ豊中は…本音でしゃべっていいんですよね。 井上:うん。 鍛冶:豊中のセンターはすごい大きいセンターで、もう訪問看護とかばーっと、今は放課後デイサービスとかもやってて、大きいセンターなんですよね。僕はずっと豊中で生まれ育ってきたし、「共に生きる教育」でやってきたから、そうやって豊中に恩返しをして日々活動していかなあかんと思ってたんですけど、まあ、どうもね…。輸送サービスの配車とかやってて、「べつに障害者がやる仕事じゃないよな」とか思ってたんですよね。そのころは途中まで健常者の彼女とかもいてて、その女の子をどう言い負かして結婚するか、みたいなことをずっと考えてて。もう完全にプライベートと仕事を分ける人やって。 僕の語るうえで切っても切りはなせないのが、ジュネーブにもいたけど、xxxxっていう先輩がいて、彼は僕より7つ上の脳性まひの人で、中学校の先輩で、「共に生きる運動」もいっしょにやってたんですけど。これ、「もったいないな」と今でも思ってるんだけど、豊中のセンターで、豊中のいちばんの特色である「共に生きる教育」のことをあまりやってないんですよね。自立生活センターとしてね。 井上:それはなんでかって、確かめたことある? 鍛冶:なんて言うかな、巻き込む力がないからっていうのと、あとやっぱり地元出身の人が少ないのと。 井上:豊中の。 鍛冶:はい。 井上:地元出身が少ないっていうのは、どこのだれがやってるの? 鍛冶:代表は徳山さんっていう頸損なんだけれども、豊中出身やけども14歳から35歳までずっと家にいた人やから、地域とのかかわりあいがなくて。で、亡くなりはった大友さんは、ずっと分けられて教育受けてきた人やから。 やっぱり僕は今このインクルーシブの活動しててもすごい思うんだけども、やっぱり豊中に住んでるんだけど、総合的に教育を受けてなかったりとか。要は今でいう支援学校とか行ってるから、あんまりその、そこの***(00:13:52)築けてないまま人生を過ごしてるというか。そういう人たちばっかなんで。もっと言うと、そりゃ健常者スタッフで豊中出身の人もたくさんいるんだけど、健常者の場合は障害者がいることがあたりまえだから。何ていうかな、「それが運動になる」っていうのがなかなかわかりにくいみたいで。「いてあたりまえやから」っていうのもありながら。 井上:逆にそれがあたりまえになって。 鍛冶:そうそうそう。 井上:(笑) ぜいたくな悩みで。。すばらしいことやけどな。 鍛冶:そう。だからその、まあ変な話になっていくんだけれども。 井上:ちょっとでも、ほかの人に聞かせるとちょっとわけわからん話になってるね、それ。 鍛冶:そうなんですよ。だから僕自身も言ってしまえばその要素はあったし。「これが活動になるんや」というか、「活動していかなあかんのや」っていう。それは今となりにいる数矢と、「僕は若葉学級にいてた」とか。「何それ?」みたいな感じで。[00:15:10]  で、僕、昔、覚えてはるかどうかわかんないけど、井上さんにも、僕が初めて豊中のインクルーシブシンポに、そこで僕は先生に惚れてしまうんですけども、それはちょっとおいといて(笑)。あの、だからその…(笑)。自分にはそのなんていうかな、僕ね、 鍛冶:中学を卒業してから、豊中の「若者つどい」っていうサークルにも入るんですけど、そこでやってる活動も僕としてはあたりまえやったんですけど。たとえばその、「文字盤受験を認めてくれ」とか、「中学校を卒業しても、障害のある、高校に行けない仲間と関わっていこうよ」とか。そういう活動はもう僕のなかではあたりまえにあったので、この「インクルーシブ教育」とかっていう言葉はあんまり僕としては、やはり結果としてはやってたけど、疎かったんですよね。  で、そのメインストリーム協会でやってきた背景としては、それもう「派遣屋」のセンターになってるから、それが「自立生活センターの活動をしたいんだ」っていう思いが日々強くなって。で、「このままやったら自分の人生終わるな」と思って。 井上:どこでその違い…何がって言ったっけ? ずっとそこで、あ、まあけっこうピアカンとか行ってたね。どこでそういう、「自分以外のセンターは違う」っていうのがわかって、こういうふうなのにあこがれるようになったの? でも聞いてたら、そこそこ横のつながりってあるよね、かなり前から。 鍛冶:僕、だから今で言うヤング委員会とかも入ってたし。豊中は若手がいないから、そういうところへは僕に行かしてくれてたんですよね。  あとあとつながってくるんですけど、当時は兵庫県でその「HIL」★02とかいう…「HIL」でしたっけ? っていう団体とかもあったので、関西ブロックが盛んやったんですよね。アミティ舞洲で。もっと言うと、自分が今所属してる団体だからこっぱずかしいけど、メインストリーム協会っていうのが自立生活センターのビッグクラブだって。阪神大震災起きた時には僕は小学5年生だって、そのときに関テレの番組を僕は観てるんですよ。で、メインストリーム協会のことももちろん知ってて。それで、当時CILのなかで、健常者サークルの中で学生時代ここでアテンダントやってた人とかもいて。メインストリームのみなさんのなかではもう「消したい汚点のイベント」らしいですけど、2004年に行われた「どっかの中華料理屋での合コン」とか、僕は参加してるんですよ。(笑) 井上:それは知らんかった。(笑) 鍛冶:だからメインストリームでも…でもまあ、自分の人生変えたいなとも思ってたけども、やっぱりCILってうのは基本移籍はご法度やからどうしたもんかなとか思ってたんですけど、その当時、健常者の彼女ともぎくしゃくしてたし、もういややなとか思ってて。僕はリアライズ★03かメインストリームかに勝手に絞って、僕はいちおう根性だけはあると思ってるから、なんとか画策を自分なりに考えたんです。  当時その、もう今は天国行っちゃったけど、僕の人生を語るうえで切っても切り離せないカッチャン(藤原勝也★04)と「こく」出会うんですよ。 井上:何て? 鍛冶:濃く。もともと濃く出会う」っていう表現をなんでしたかっていうと、カッチャンは2007年にCIL豊中の市民講座★05に来てくれてるんですよ。カッチャンって目立つから、僕は知ってて。そんななか、2009年の関西IL合宿でカッチャンとしゃべる機会があって、自立観を大きく揺さぶられて。で、リアライズも頭の片隅にあったけど、やっぱり障大連って絆が強いから。同じ大阪で移動するのはぜんぜん、良くも悪くも強いじゃないですか(笑)。で、だから三井★06くんとか僕はいいなあと思ったんだけど、まあちょっと同じ大阪で移動するのはめんどくさそうやなと思って。もう僕はだから、メインストリームで行くって決めて。  で、もう偶然がすごい重なって。良いのか悪いのかわかんないけど、当時ノリノリの桐ちゃん★07とかもいて、ぜんぶかみ合っていくわけですよ。で、「おまえはが言うな」って言われるかもしれんけど、やっぱり僕はしたたかに、「どういうところか」っていうのをちゃんと、自分の人生を変える場所やから決めなあかんからなっていうので、通い始めるんですね。[00:20:08]  これもね、すっごい偶然が重なるんですけど、まあ…って言っても僕は豊中で仕事もしてたから、その豊中はね、もう役所の委託がすごい激しいセンターだから、年2回豊中市民の人に障害当事者のことを知らせるイベントを委託を受けてやってて。当時は。で、たまたまそのときは発達障害にスポットを当ててたんですよ。で、候補者を探してたら、発達障害じゃないけど知的障害の桐ちゃんと出会うんですよ。キリチャンがね。で、キリチャンを***(00:21:01)思われるかも、***(00:21:01)ってなってた時代やから、「僕、じゃあこうする」とかなって。で、もともと僕は佐藤さんとは知り合いだって、その、***(00:21:15)さんとこの。それは2006年にJILの若手発掘プロジェクトで。もとJICAの常さんとか。常瑠里子さん★08でいい、と、僕は受けてるんです、リーダーシップ。で、関西のメンバーは、ここ、 井上:あ、JICAにいた人。 鍛冶:そうです。ダスキンの研修にも行ってますけど。それで、ここに半日インターンシップで来るんです。あ、あれは「内海」★09やったんやなと思ったけでど、廉田さんにお寿司をおごってもらったりとかいろいろして。で、自立生活センターのことは仕入れるんですけど、当時は僕もね、【彼女と***し】(00:21:56)、まあまあメインストリームに来るとは思ってなかったけど、僕はまあいろんなことがあって。***(00:22:02)の桐ちゃんとかと知り合って、「ああ、もう僕人生変えよう」と思って。で、そこで恥ずかしながら介助者の意味とかを教えられるんです。 井上:豊中では介助者は使ってなかった? 鍛冶:移動だけ使ってました。でも僕は健常者が強いセンターだったので。 井上:移動っていうのは、車いす押してもらうってこと? 鍛冶:移動サービスですね。 井上:車に乗せてもらうってこと? 鍛冶:いやいやだからその、「外ヘル」とかそんなんちゃいます? 今で言うと。 井上:具体的にどんな感じなん? 電動やろ? ついてきてもらうだけってこと? 鍛冶:パソコン打ってもらったりとかそういう介助はしてもらったけど、家のなかには入れなかったですね。そのころは自分で何でもするのが、まあ。 井上:いいと思ってた? 鍛冶:まあ、「がんばる障害者」やったんです。2時間かけて風呂も入ってたし。で、すごい大きいセンターやから、それはここでもそんな扱い方じゃないけど、僕とかって介助あとまわしにされてたんですよね。親元に住んでるし。 井上:でもそれ、今でもそういう扱いされてっていうか。来たばっかしのときにそういう扱いされてキレとったもんね。(笑) 鍛冶:***。(00:23:16)まあまあそれはいいんですけど、そんなんもあって。まあでも、かっちゃんのことを話したりとか、廉田さんと「障害治る薬があったら飲みたいか?」とかいろいろ言われたりとかして。まあまあその、あれですね、「ここで人生変えよう」と思って、いろいろ自分なりに考えてここに来て。でも今思えば、井上さんじゃないですけど、僕もけっこうそれなりに、今思えば自信はあってですね。 井上:自信、別にないけどな。(笑) 鍛冶:いや、「自信はあって」って言ったら***(00:24:03)やけど。たとえばその、すぐには結びつかなかったけど、僕は地域とのかかわりあいがやりたいんや、みたいなことを廉田さんに紙に書いて提出したりとか。 井上:もうちょっと細かくしてくれる? その記憶たどりなおすと、ミラージュに来てた時期はその前段階で、そのときはもう「来る」の前提で遊びに来てた?  鍛冶:僕のなかではね。 井上:僕のなかでは。あ、まだ言ってなかったんやね。そうやね、僕らの受け取りかたも「将来スタッフになる人」っていう感覚ではなかったね。 鍛冶:だってそれは、僕がここのことをよくわかってないから。 井上:偵察に来とった? 鍛冶:言いかた悪いけど(笑)。自分はここにフィットするのかどうか、何ができるのかな、とか。 井上:「フィットする」と思ったんやね、じゃあ? したと思うけど。 鍛冶:僕は自信はありましたね。[00:25:01] 井上:そのポイントは何やろ? 「フィットする。やれるやろう」っていうのの。 鍛冶:みんなには持ってない武器があると思ってたから。その当時から。 井上:それは「俺」の立場やんか。こっちはどう見えとる? 鍛冶:え、俺の立場? 井上:「俺がやれる」と思ったんでしょ? 「フィットする」っていう。ポイントがあるやん、それ。「こっちはこういう雰囲気やから、自分はこれで***(00:25:32)」。 鍛冶:僕には合いそうやなと思ったし。僕はね、ちゃんと叱られたいと思ったんですよ。やっぱり「運動」とかっていうのはぜんぜん教えられてなかったので。 井上:それが2009年やんね。 鍛冶:9年の後半ですね。 井上:10年? 9年? ここを10年に移ってるでしょう。 鍛冶:はい。 井上:年度変わる前の、僕、もうコーディネーターやるの決まっとって、年度変わる2009年の段階から、もうそういう、次コーディネーターやる、 鍛冶:井上さん、コーディネーターやったの2010年の4月からでしょ? 井上:そうそうそう。だからその前からそういう準備的なものがあって、で、新しくコーディネーターするグループになっとって、そこになんか来た覚えがあんねん。 鍛冶:そうです。 井上:ミラージュとかで。めっちゃいじられとったけど。 鍛冶:僕、だから2009年の後半からもう僕は、 井上:ちょこちょこ来とった? 鍛冶:だいぶ来てましたね。 井上:ほんで、どっち先言った? 豊中かメインか。 鍛冶:まあまあ、探りましたね。廉田さんを。「僕、来ていいですか?」とか。 井上:そのへんの話、一回聞いたけどぜんぜん忘れてるな。 鍛冶:豊中には最後に言いましたね。止められるのわかってたから。 井上:病院退院するのと同じパターンやね。 鍛冶:そうですね、今思えばね。次の場所を確保してから。 井上:賢いな。あたりまえやけど。 鍛冶:うん。それは自分の人生やから。で、もうむちゃくちゃ止められましたね。 井上:だれに? 鍛冶:大友さんと、代表の徳山さんに。 井上:なんでって? 鍛冶:「困る」と。「今までだれが育てたんやと思ってんねん」とか。 井上:そういうのも言われたんやね。 鍛冶:うん。で、「そこまで僕が大事なんやったら、ちゃんと【雇用】(もしてくれなかったじゃないですか、介助もくれなかったじゃないですか」とか。それでも僕なりにもけっこうしんどくなったりとかして、廉田さんとかと話したら、廉田さんがすごいかっこいいんですよ。「おまえはそんなん何も思わなくていいし、そう思わせたセンターが悪いんや」と。って言ったときに、じゃあでも、廉田さんから条件3つ出されて、「親を納得させること」「一人で乗りこんでくること」「向こうのセンターとちゃんと解決してくること」っていう条件を出されたんで、ちょっと時間をくださいって言って。僕、最後4月末まで仕事してましたからね。配車とかも。で、ちゃんと話をして、「すいません、僕は向こうに行きます」っていう話をして。僕はけっこうプラス思考だから、「あ、これは***(00:30:07)は良かったかもしれん、6月に事務所…5月にでしたっけ? [00:30:08] 井上:5月の何日かやね、開所したのがね。 鍛冶:「新しい事務所とともに僕がやってくるみたいな感じにしたらいいんや」と思って。で、向こう***(00:30:21)4月末に退社して、で、5月に***(00:30:27)遊ぼうと思って。いちおう生保とらなあかんから貯金も減らさなあかんしと思って。  僕ね、あとあと自分でも僕はやっぱり変わってるなと思ったのは、今、自立支援とかさせてもらってるなかで、みんな生保いやがるじゃないですか。それはべつに悪いことじゃないんですけど、けっこうある程度の額もらってたのに、今思えば、よう生保ですんなり、僕。やっぱりちゃんとそのへんも認めてくれたり、「こいつほんまに活動したいんやな」と伝わったんやなと思って。自分で言うのもなんやけど、短絡的な良い性格してるなと思いますね。  だから今も向こうの、CIL豊中のメンバーとは悪い関係じゃないですし。腹のなかはわかんないですよ、向こうの代表とかは。でももう僕が***(00:31:31)知らない人半分ぐらいいるし。 井上:活躍ぶりは耳に入るよね、どうしても。 鍛冶:入ってるんですかね。 井上:なんつうの、来たときからビッグクラブに移籍した、みたいな感じっていうのは、そういう言い方してたのは知ってたから。なんかしょぼいセンターかなと思ったら、経営的にはぜんぜんちゃうってことやね。 鍛冶:ぜんぜん。ある面でここよりちゃんと自立支援してますよ。 井上:そうなんやな。 鍛冶:だっていろんな障害を網羅してるもん。ただ、人はどこを見るかじゃないですか? 楽しそうに仕事してるかっていうとぜんぜんしてないし、離職率も多いし。自立生活センターで唯一、訪問看護ステーション持ってますからね。 井上:だから、そんなセンターやのに。見方によるけども、こっちの業界では存在感めっちゃ低いじゃん。集まりで「この人」っていうのを、ぱっと。上田さんっていうのはこないだのジュネーブで知ったぐらいだよ。今まではCILに属してるのも知らんかったからね。 鍛冶:で、管理者ですからね。 井上:あれでいっぺんに顔売ったぐらいやからね、上田さん。 鍛冶:哲ちゃんはもう、僕に戻ってきてほしくてしょうがない感じですけど。 井上:上田さん来たらいい。 鍛冶:けえへんやろ。 井上:(笑) 鍛冶:けえへん。豊中大好きやし。  でも僕ちょっとこのへん井上さんと似てるのかもしれないですけど、まあけっこうね、僕やっかみもあってですね。 井上:俺はだれにもやっかみ感じてないよ。 鍛冶:違う、違う。 井上:そういうとこだけ俺に似てても。 鍛冶:(笑) ちょっと何ていうかな。僕けっこう最近、講演とかいろんなところで、「豊中だけで豊中の良さを見ても意味がない」っていう発言をよくするんですよ。 井上:え、なんで? 鍛冶:豊中だけで「豊中はすばらしい、すばらしい」って言ったって未来がないし、豊中の何が良かったかとか、未来に何をつなげていくのかがすごい大事やと思うっていうことは、西宮、外に出た僕やから発信できることがあると思うっていう話をしたら、一時期ごっつい怒られて。豊中の人から「裏切り者!」とか。何言ってんねん、もう豊中の人はそこしか***(00:34:07)そこしか***から、そこ***から。 井上:豊中の人とか、豊中の「共に生きる運動」っていうアイデンティティがある? 鍛冶:僕ですか? 井上:いや、豊中の人。俺らは大阪で***(00:34:27)でしょ。そうではないものがある? 鍛冶:ぜんぜんちがいますよ。発祥は豊中ですから。やっぱり部落解放運動といっしょにしてたっていうのがめちゃくちゃ大きいですよ。 井上:それが人権モデルやね。 鍛冶:そうそう。だから、べつに必要なかったから今まで言わなかったけど、僕はやっぱりそういう人権はみんなに作ってもらったんやと思いますね。だからここの仕事に行きついて、やっぱり僕が人を好きになったのは、そういう人権やったりとか。[00:35:05]でももったいないなと思うのは、豊中の***(00:35:10)の友達とかはそれが普通なんですよ。だから、「は? 何が?」とか言っちゃうんですよね。  だって、僕の高校の友だち、井上さんにも何回か話したことあるけど、こないだ、今年の正月か、「鍛冶って障害者なん?」って聞いてきて。あほでしょ、そんな***(00:35:33)。「どう見ても障害者。ちょっと、それはあんまり言わんとってくれる?」って。「どこが障害者なの?」「いや、どう見ても障害者やから」とか。まあそんな感じ。 井上:まあでも、君が障害者じゃないぶん、相模原にいるような子が障害者やったんやろうね、けっきょく。 鍛冶:そうでしょうね。 井上:日本全体的に見ると。 鍛冶:ただ、豊中のもったいないところは、それを活かしてないんですよね。自立生活に。だから教育のことを、 井上:俺、自分で言うのはなんやけども、インクルの、あの頃めっちゃがんばってたな。俺、ひさしぶりに昔の記録とか調べたらすっげえ記録取って、資料とかも集めてんの。それで、そういうのをずっと聞いてきた。西宮があまりにも違いすぎるのを、来てあらためて違うのをびっくりしたっていうのはありました。  ほんで、もう一個確認したいのは、俺、最初に誘ったよね? 「インクルやろうや」って、ここで。 鍛冶:まあまあ、厳密に言うとやりたいなと思ってたけど、どうきっかけをつかめばいいかっていうのがなかなか。まあそれも一つでしたね、いろいろ。 井上:もうぜんぶ忘れてたけど、記録見ると思い出してきて。まず知的のグループに誘ってるんや。 鍛冶:そうですね。 井上:そのときの発言とかが残っとって。「豊中はここまで育ってんのに、この先がない。西宮は、こここんなに充実してんのに、ここがない。じゃあこれをつなぎましょうよ」っていうのにたぶん、最初に。 鍛冶:そうです。その話が今の僕の話につながって。そんだけ「共に生きる教育」っていうのやってんのに、***(00:38:04)っていうことに関してはその【立ち位置】(00:38:03)が変わってなかったりとか、むしろ後退してたりしてる。そこが僕は、なんかもったいないなと思った。   だから、xxxxがなんで伸びていけへんかっていうと、伸びていかへんの***(00:38:20)、「おまえ、なんでローカルで終わってるかっていうと、教育のことばっかり言うからや。教育はすごい大事やけど、それが何を大事で何をどうして意味するかっていう説明をせえへん、できてないから伸びていかへんし、仲間が集まってこなくて」っていうふうに。でもけっきょく、素人には広がっていかへんねん。そのやりかたやったら。 井上:なるほど。 鍛冶:なんか、「知ってる人だけで盛り上がっても運動ってしゃあない」ってことも、ここで教えてもらったと思ってるよ。僕は。「知らない人をどう巻き込んでいくか」と。だからべつにその、最近井上さんとしゃべってないからじゃあどうなったとかこうなったとか。みんな仲間のはずなんよ、ほんまはね。っていうことを僕は西宮で教えてもらったから。 井上:仲間って今、どの範囲で言うた? 鍛冶:いや、だからその大きな意味で言ったらね、やっぱり一部の人としか広がっていかへんから。だから、繰り返しになるけど、ローカルで終わっちゃってるんやと思うし。 井上:いろんな分野でやっぱり分断があるんやね。それがひとつやし、センターごとに垣根はあるし。まあそれはいろんな意味で取り払う動きはあるし、施設にいる人とそうじゃない人、一体になれない要素はいっぱいあって。それは良くないので広い連帯を探ろうとしてるけど、なかなかこれは難しいよ。俺、ずっとやってきたけど。[00:40:35] 鍛冶:そうなんですね。 井上:ほんまに。なんでこんなに目の前のことしかみんな考えないのかな、と思って。 鍛冶:たかが西宮の***(00:40:42)でも難しいのに。まあ、そこで諦めるかどうかっていうのは己(おのれ)次第なんでね。まあだから、井上さんとも、お叱りいただいたりとかいろいろ議論したけど、そういうのが血となり肉となり骨となってると僕は思ってるので。井上さんだけじゃなくてね。それは宇佐見さんもそうだし。  ちょっと話それるかもしれんけど、宇佐見さんもね、あんだけ豊中のことを批判してたxxさんがいま豊中寄りになってきたから、「ほれ見てみ」と思いますね。僕はね。 井上:だって普通に行けば、あそこに戻らざるをえないもん、すべての人が。 鍛冶:うん。だから僕には言いにくくなってるけど、「ほら見てみい」っていうのはすごい生意気ですけど、まあまあ。けど、豊中だけで「すばらしい」って言っててもしゃあないし、豊中が100パーセント正しいわけじゃないので。 井上:堀先生って知ってる? 鍛冶:堀智晴★10ですか? 井上:熊本の堀先生。★11 鍛冶:知ってるというか、夏生★12の先生ですね。 井上:しゃべったこととかある? 大阪の集まりでいっしょだった。 鍛冶:ぜんぜんありますよ。僕は智晴さんのほうは仲いいですけどね。 井上:智晴さんっていうのはどの人やった? 3人ぐらいおるねんね。俺、完全に1人の人物にしてたけども。 鍛冶:弱視の人でしょ、井上さんが言ってるのは。 井上:弱視の人で、名寄にいる視覚障害、視聴覚、視覚障害の人がいるはず。もう1人いる、それ、もう1人の人、★13 鍛冶:智晴ちゃんは健常者のおじいちゃんですよ。 井上:あ、ぜんぜん知らんな、じゃあ。 鍛冶:うん。あの、【大阪の】(00:42:23)小学校の初期の運営委員とかやってた人ですね。 井上:いや、その堀先生の研究は教育にとどまらない。俺、ここまで来てしまった自立生活運動を、どうやってこの人権モデルみたいなんに戻して。これは僕の意見では、確実に切り捨てる障害者を作ってやってきた感がある。今の自立生活。そうじゃないふうに、この業界全体を変えるモデルっていうのはないのかなという。これは新たに作るのかなと思ってたら、堀先生の研究は高橋修さん、楠さん、そういう人と具体的につきあって議論して今の研究に来てるので。で、もうちょっと包括した理論にしてるよね。それ、頼尊君★14なんかにもいっしょに研究チーム作ってやってる。なので、ここをモデルにすれば、今ほぼやれるなと思って。だれがそれでついてくるかはわかんないけどね。 井上:まあな。ほんでこういうのはもう運命的だよね。それに行って、立岩さんの記事が出て。栗山さんがそれ見んかったらないでしょ、ほぼ。わざわざ君がインクルネットのなんか見て「いっしょにやりましょう」って言えへんでしょ。[00:45:06] 鍛冶:そうですね。まあまあ、そうですね。 井上:それ、どれくらいあとに来はった? 鍛冶:すぐですよ。 井上:翌日とか? 鍛冶:そんなすぐじゃないけど。一日。 井上:でもな、俺、議事録も確認したら、その豊中のやつがあったのが2月でしょ? 毎日新聞が翌日として、で、スタッフ会議にあがってるのが4月なんよ。 鍛冶:あれはね、あとあと教えてもらったんですけど、2月にあって、その当時はxxx(00:45:44)さんの第一次疲れてるときであって、インクルネットとかそんなひんぱんに開催されてなかったんですよ。ほいで、4月の役員会終わってすぐ来たかな。 井上:じゃあ、すぐではないね。 鍛冶:そうですね。一般的な「すぐ」ではない。 井上:そこの内輪でいちおう話をつけて、「会長なってください」っていう。 鍛冶:そうですね。 井上:俺の理解では、そのとき、「障害者が代表を務めるべき」っていうことで来はった。 鍛冶:そうです。ちょっと今自分が代表やってて自分たちの団体のことを言うのもちょっとあれなんですけど、その、 井上:代表を受けなかったよね。 井上:まあでも、結果的に進められなかったよね、そこまで。それがきっかけになって。 鍛冶:そうですね、まあ。 井上:俺、でもね、それ4月10何日かのスタッフ会議にあがってんねん。で、来週ぐらい栗山さん話に来るっていう。で、俺ね、4月4日にここの人に、数矢もたぶん聞いてると思うけど、「どういう教育を受けた?」って集中的にインタビューしてる。 鍛冶:あ、やってますよね。 井上:ということは、たぶんもう「ここでそういう話があった」って聞いて、「やるつもり」って言ってるから、俺始めてるから。 鍛冶:僕はその、大きな意味で言うと、来たときからやりたかったですからね。教育のことは。 井上:じゃあたぶん、聞いてるね。うちうちでそういう話は。 鍛冶:うん。細かい話を持ちだすと、2010年からのあいだになんかxxxx君のおかんとも会わされて。なんか急に「鍛冶さーん」って来て。 井上:おかんが、***(00:48:22)。会わされて。 鍛冶:そうそう。僕、急に発達保障論の先生の前でしゃべらされて火だるまにあう、とかいうのもありましたけどね。 井上:(笑) 鍛冶:あんなんなんで…。あれ詐欺に近かったけど。今津の教育会館かどっかで。 井上:わけもわからずに連れていかれて。 鍛冶:はい。で、僕も嬉しなって自分のことずっとしゃべってたら、「われわれを否定する気か」とかって途中でじじいが怒りだした。「なんやこれ」と思った。(笑)  教育だけじゃなくて、やっぱり自分でxxさんの支援とかILPとかやってるんだから、「障害者、なんでこんなんなんやろう」とか、「なんで人に興味ないんやろ」とか。いろいろ思い出すのがぜんぶつながってですけどね。それは友だちであるかっちゃん見てても思ったし。でもそれは僕の考えが甘くて。みんなと教育ルーツが違った、背景がね。そのころは自分がメインストリームのなかでの立ち位置を補っていくのに必死やって。「井上さんはいろいろ提示してくるけど、まあ、なかなかなあ」と思ってたけども、やっぱり相模原事件が大きかったですね、僕のなかでも。2016年です。相模原事件自体はね。 井上:それか、それからぜんぶ動いてるからね。[00:50:03] 鍛冶:そう。で、これは皮肉になっちゃうんだけど、今思ったらね、そういう意味で僕はかっちゃんに感謝せなあかんな。かっちゃんがね、ぜんぜん『風は生きよという』★15プロモーションをやらなかったんですよ。口ばっかりで。チケットは勝手に放るしね。 井上:(笑) 鍛冶:でもそれがなかったら、僕はえびちゃん★16とあんな親しくもなってないし、宍戸監督とも出会ってないし。だからやっぱり、縁。 井上:それは何年になる? 鍛冶:15年です。 井上:あ、その前になるんや。 鍛冶:はい。あれは尊厳死法のからみであの映画ができたので。 井上:なるほど。 鍛冶:はい。こんなんでいいですか? 何でも答えますけど。 井上:そこが一つでしょ。そこでもうすでに、相模原を背景にしてつながってる立岩さん、金沢の動き。ほんで俺、ずっとその間コスタリカに7月から10月までおって、帰ってきて、まず石地さんがやってる神戸アクションに行って。 鍛冶:行きましたね。いっしょにね。 井上:いっしょに行ってないって、俺。(笑) 鍛冶:いやいや、だって。 ?:***(00:51:31) 井上:勝手に行った感じするな。あれは俺1人で行ってんで。まずその10月のやつ。 鍛冶:あ、ちゃうわ。俺行ったの2回目か。 井上:10月のやつね。ほんでそのときに「あ、知らない人いるな」って見たのが田崎さんやねん。それが10月でしょ。2016年の10月。ほんで、17年に今言ったやつが、一連の立岩さんのやつがあって。で、ここでインクルの動きが始まって。ほんで、その夏にワシントンに行って、俺、若手のリーダーにまとめて会ったから、そこでみんなに「インクルーシブやりましょうよ」ってオルグしてんねん。ほんで、そのあとえびちゃんが本格化するでしょ。 鍛冶:TIPね。 井上:うん。ほんで連携しようと思って。君、いっしょに行くはずやのに「祭りがあるから行かれへん」って言って、俺ぶち切れして。で、俺1人だけ行ったら、「この人といっしょに始めるんですよ」って言われたのが、田崎さんやね。ぜんぶつながっとるんやなあ。 鍛冶:まあ、やめちゃったけどね。 井上:またやるでしょ? 6月10日から。俺ちょっと会いにいこうかなと思って。 ??中断 井上:なので、6月10日に再起動するので、俺ちょっと会いに行ってこようと思って。 鍛冶:田崎さんまた立ち上げるんですか? 井上:個人でこの活動をもう一度やるっていうことやった。TIP★17とは別にして。「てんぐるま」★18でやるって言って。とくに外部講師やるわけじゃなくて自分が講師になってやるって言ってたね。言ってたっていうか。そうお知らせが来てた。 鍛冶:だれか集めんの? 井上:いや、フェイスブックにあがる前に俺個人でメッセンジャーで来たから。どの程度配ってるんかわかんないけども。ここでお知らせ見ただけやったら行かへんと思うけども、いちおう個別に教えてくれてるから、それなりの思いがあるんやろなと思って。これは確認する意味でも行きたいなとは思ってる。 鍛冶:なんかね、ちょっともめちゃってるっぽいもんね。 井上:だれとだれが? 鍛冶:【TIP】のなかでは。 井上:田崎さんと? まあそれはそうでしょう。田崎さん、まあそれは俺がいろんな健常者の立場でやってるのといっしょやけども。うーん。田崎さんのコンセプトで始まってるからな、あれ。おそらく。[00:55:04]  もう一個確認したいんやけども。TIPのフェイスブックの記録もぜんぶさかのぼって見ててん。ほんだら、「当事者でやりたいって言って始めてる」っていうのが売り文句でしょ? で、岩橋★19さんが茶々入れてる。「当事者でやるっていうのはいったいどういう意味なんでしょう。***(00:55:33)」みたいな。 鍛冶:ありましたね。 井上:それはどう思った? 君の立場で、それ誘われて。栗山さんから言われて行くのはいいし、それはまあ自立生活運動的な、まあ広い意味で障害者運動で当事者がきちっと言っていくのは大切だと思うけど、そこで代表者が障害者である必要ある? そのえびちゃんのTIPの活動も含めて、そのへんのちょっと意見を聞かせて。 鍛冶:インクルネット西宮★20だけで言えばですよ、僕は当事者じゃなくてもいいと思うし、インクルネット西宮のことで言ったら、親も当事者だと僕は思ってるから、ほんとはお母さんたちがやればよかったけど、ああやってみなさんとかもう疲弊したりとかして。栗山さんがやるよりは僕がやったほうがましやなっていうレベルだけど。そのことに関してはね。 井上:***(00:56:41)そうやね。(笑) 鍛冶:今はインクルネット西宮も、一時期よりは一種の勢いがたしかに失ってたりとか、いろいろ周りからはわちゃわちゃ言われるけど、僕はつぶさないことが大事やと思ってるので。 井上:だれがわちゃわちゃ言うの? 鍛冶:xxさんなんかめっちゃ文句言ってきますけど。 井上:無責任やな。 鍛冶:そうですね。無責任って、その「裁判を起こせ」とか、やっぱり「学校、教育委員会がおかしいんやから」とか。 井上:それは正しいと思う。そういうことを抜きにしてやっぱり済まへんと思うけどな。 鍛冶:だけど、そのためにどうしていったらいいかっていう【提案】(00:57:19)がいつもxxさんはないし。「そのやり方やったら親を苦しめるだけになっちゃうから」っていう話をしたら、まあまあ…。だからそこで僕の場合、xxさんともめてもしゃあないからそれ以上深い議論にはあえてしませんけどね。  まあでも、小さなことかもしれへんけども、最終的にはそうかもしれないけど、インクルネット西宮があることによって気が楽になったとか、ちょっとずつちょっとずつ医療的ケアのことに関してとかは、まちがいなく***(00:57:50)さんがんばったから、カンちゃんがんばったからっていうんで続いていってるからね。西宮のなかでもね。   鍛冶:まあでも、みんなのおかげで最近はもう文句もそんなに言われなくなってきたし、それはある意味、僕がやることやってるからかなと勝手に思って。自信もついてくるしね。だからそういう意味では、僕は豊中と西宮をうまいことミックスできてるんではないのかなとは思いますね。 井上:まだまだ足らんな。俺に言わせれば。もうちょっとできるでしょ。[01:00:00] 鍛冶:それはそうですけど、最初としてはね。 井上:まさに家出る前やねんけども、国療は動くんやな。もう【雪崩を打って】(01:00:16)っていけるぐらいまで持ってきたね。 鍛冶:井上さんとこうやってしゃべるのはお久しぶりですけど、動く間にも何人もの人の命が奪われてるわけですからね。 井上:ほんまにそうや。 鍛冶:あのく川﨑★21くんにしてもそうだし。 井上:川﨑くんがどうした? 鍛冶:亡くなったじゃないですか。 井上:ああ、こっちの川﨑くんか。ちょっと忘れてたな、こっちの川﨑くん。***(01:00:57)に関しては、もうほんとに、その一人一人が意味があったと思うよ。芦刈★22さんなんかはやっぱり、莫大な動きを作れたけど、そうじゃない人でもそうだと思うよ。 鍛冶:うん。でも1年だけだったね、アッシーも。 井上:俺、めっちゃ最近押切君★23としゃべってるけど、なかなかそこの話になれへんのよな。もう次に進んでるから。  俺、去年Zoomでいろいろ始めとって、あんまりちゃんと考えずに普通にリアルの活動始まっとったらコスタリカで4回受け入れがあって、その間にネパールの提案書を手伝って、ジュネーブまで行って、もうへろへろやって。もうなんかやる気なくなってずっと放っててんやね。ほんで、その間にも菅野さん★24とかも北海道の状況教えてくれるし。ほんで、進んででるのはわかってる。ほんで、伊藤君っていうのが今、北海道医療病院で(CILラピタ★25が)退院支援してるんやね。伊藤さんが、筋ジスプロジェクトのフェイスブックページっていうのがあって、そこに「大分セミナーのビデオがあったらほしいです」ってあがってたから、それはインターネットにころがってなくてオッシー(押切)が持ってるから、オッシーに「ちょっとこんなん言われてるから、送ったってや」って言って、送って。それからオッシーとは、たぶん宮崎セミナーの準備をしてるときぐらいからもうぜんぜん話もしないし、メッセージもしなくて。「ああ、なんか久しぶりっすよね」って言われて、「ちょっとZoomでもちょっとしましょうよ」って、「おお、ぜひぜひ」って。社交辞令と思ってさ。もう速攻でリンク送ってきてたわ。ほんで話をしたら、池上さん★ 26っていう、今熊本から出てきた、 鍛冶:熊本は時間数出えへんから。眼鏡かけた人ね。 井上:そうそう。それが、「新しいスタッフが入ったから紹介したいです」って。 鍛冶:あそこ、豊中っぽいセンターなんよね。 井上:中までは知らんけども、とりあえず入って。めっちゃいいんよね、元気で。両方とも柔道でけがしてる仲間やねん、このへん。若くして。仲良いしね。むっちゃ活動的。あ、こういう人といっしょになんかやれたらいいなと思っとって。  俺その前に、たヤッドに行ってるでしょ。ヤッドにマコちゃんなんかと、メグちゃんか、しゃべっとって。「どうなん? 九州ニューフェイス」って。 鍛冶:僕ぜんぶ見てますよ。説明してもらわなくてもだいたいわかります。***(01:04:20)でしょ。 井上:なんかね、「いや、会議するけど、ちょっともう何していいかわかんないんで。ちょっとマンネリなんですよ」って言われて。「そらそうでしょう、障害者運動でやってるねんから、みんなで共同の目標がなくて、それはみんなでいっしょにかからへん。そんなんもう交流するだけになるやん」って。で、山之内さんがぱっと入ってきて、「いや、目標はみんなで横のつながり作るっていうことやったよね」って言われて。まあまあ、そらそうやろけども。山之内さん入ってきたからもうそれ以上突っこめへんかったけども。[01:05:00]  ほんで帰ってきて、オッシーからそんな誘いがあって、「あ、これもう一個話できあがってるやん」って。池上さん、うちの古木、で、長崎にはxxさんっていう、ずっともう熊本から悲惨な思いして逃げてきた人がおるから、これでもう一つできあがってるやん。「熊本の難民の会作ろうよ」ってそこで言って。ほんでオッシーが山口★27くんに言ったら、もうノリノリになってきて。 鍛冶:栞菜★28ちゃんにも会いに行ってたんや。 井上:そうそう。栞菜ちゃんもグループに入ってんねん。あ、君らつながってんの? 鍛冶:つながってますよ。 井上:どこでどうつながったん? 鍛冶:つながってるというか、廉田さんも入れて一回Zoomしたけど、やっぱり彼女はうちに来る気にはなれなかって。 井上:最初はどこでつながったの? 鍛冶:それは去年。去年ヒューマン、***(01:06:14)に行ったときに、東さん★29が。 井上:紹介してくれて。 鍛冶:それも変な話なん。東さんが「熊本なんかにおってもしゃあないから引っ張ったってくれや」って言われて。 井上:(栞菜ちゃんには)いちおうでも、熊本に落ち着くっていうことで入ってもらってる。ここを拠点に俺らも制度の要求するのがやりやすくなるから。むちゃくちゃやからね。もう江戸時代みたいな制度やから、熊本は。「This is 人権侵害」みたいなことになってるけどね。 鍛冶:そうそうそう。だから僕もちょっと。 井上:「足りない」じゃなくて「存在を否定している」ぐらいの制度だよな、あれ。 鍛冶:そう。だからヒューマンネットワーク熊本は何やってんねやろ、みたいなの。だって阿曽君も熊本市じゃないでしょう? 自立してるのがね。ちょっと離れた。 井上:『あそどっぐ』★30とか知ってる?  鍛冶:阿曽君でしょ? 井上:あのね、これをやってる、もうオッシーはね、もうぱぱぱーっと動くの。何か始めたら。だから、すぐにこのへんにグループがあるってわかった。この人たちは熊本に住めなかったから周辺市に移住して自立生活を送っている人たち。名付けて「わっかの会」っていう。おもろいやろ(笑)。 「難民の会」もあれば「わっかの会」もあるって言う。  だから、市外)に出たらべつにふつうに出るんや。それは予算的なものとかいろいろあるやろうけども。こういうのと県外の2パターン。 [01:12:28]終了 ■注 ★01これはインタビュアーが同じ豊中で月3月12日にあった「相模原障害者殺傷事件」について話したこの催しと混同している。 http://www.arsvi.com/ts/20170312.htm インタビューで言及している研究ノートは以下。 http://www.arsvi.com/ts/20172327.htm ★02 HIL 全国自立生活センター協議会JILの兵庫県版。現在の実働はない。 ★03 自立生活センター・リアライズ https://realizeblog.wixsite.com/mysite-1 https://www.facebook.com/npo.realize/?ref=embed_page_ ★04 藤原勝也 http://www.arsvi.com/w/fk04.htm ★05 2007年度CIL豊中第2回市民講座 http://ciltoyonaka.com/pre/2007-2shiminkoza.htm ★06 三井孝夫 自立生活センター・リアライズ顧問 (前理事長) ★07 桐間智弘 メインストリーム協会スタッフ 以下で言及される豊中の市民向けのイベントは→ http://ciltoyonaka.com/pre/2009-2-shiminkoza.htm ★08 常瑠里子 https://www.jica.go.jp/kansai/enterprise/volunteer/genchi/tha01.html ★09 内海 https://utsumi0145.wixsite.com/sushi ★10 堀智晴 https://enpedia.rxy.jp/wiki/%E5%A0%80%E6%99%BA%E6%99%B4 ★11 堀正嗣 http://www.arsvi.com/w/hm04.htm ★12 田村夏生 メインストリーム協会スタッフ ★13 堀智久 https://www.nayoro.ac.jp/research/professorate/s\_professorate/s\_t\_hori.html ★14 頼尊恒信 http://www.arsvi.com/b2010/1503yt.htm ★15 『風は生きよという』 ★16 海老原宏美 ★17 東京インクルーシブ教育プロジェクト https://www.facebook.com/TIP.6.11/ ★18 てんぐるま https://www.facebook.com/tenguruma/?locale=ja\_JP ★19 岩橋誠治 https://takonoki.net/ ★20 インクネット西宮 https://minnaissyo.wixsite.com/inclunet-nishinomiya ★21 川崎直也 岐阜県の長良医療センターに入院していた。2021年8月27日に体調を崩し亡くなっている。 https://www.facebook.com/Nao35 ★22 芦刈昌信 http://www.arsvi.com/w/am12.htm ★23 押切真人 http://www.arsvi.com/w/om29.htm ★24 菅野亜紀子 http://www.arsvi.com/2010/20190625st.htm ★25 CILラピタ https://www.lapita.info/ ★26 池上輝 https://www.facebook.com/hikaru.ikegami.5/?locale=ja_JP_ ★27 山口和俊 自立生活センターこころ代表 https://www.facebook.com/ncilkokoro ★28 山本栞菜 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230203/k10013967581000.html ★29 東俊裕 http://www.arsvi.com/w/ht02.htm ★30 阿曽 太一 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%82%E3%81%9D%E3%81%A9%E3%81%A3%E3%81%90 https://www.youtube.com/channel/UCY9bM95ftz7GMhobjaeM5Nw
*作成:中井 良平 
UP: 20230712 REV:
介助・介護  ◇病者障害者運動史研究 
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