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「終わりの見えない介護現場のコロナ被害――2022年前半期の介護現場の実態と介護職員処遇改善支援補助金の問題点」

白崎 朝子(介護福祉士・ライター) 2022/07/18

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last update: 20220724


■本文

コロナ禍3年目に突入した2022年は、1月末から3月、友人たちの働く介護現場が次々にクラスターとなり、生きた心地のしない日々を過ごした。
 しかしいのちを支える仲間たちへの処遇は、改善されるどころか、悪化している。現場を投げずに頑張っている仲間たちは、いつまで耐えればいいのか?切実な声を聴いた。


■クラスターで『陽陽介護』を余儀なくされ…

「クラスターの渦中は死んでいて、白崎さんのメールをみるゆとりもなかったです」
 2月、首都圏の高齢者施設に勤務する鷹野さん(仮名)の職場でクラスターが発生。看護師が倒れ、陽性者対応を一番している看護師すら、ワクチン接種ができなかった。クラスターとなったフロアは通常の半分以下の職員で利用者対応をした。他の部署などから応援は入ったが入浴介助は全くできず、それだけでなく症状がない陽性の職員が陽性の利用者を介護する『陽陽介護』を余儀なくされた。
 『陽陽介護』は、2020年に広島の知的障害者入所施設でもあった。そこの職員は施設内だけでなく、入院した職員が入院した利用者を介護した。私は職員たちの献身に、涙が溢れた。しかし広島と同様の事態が大切な元同僚の職場でも起きていた。
 クラスターが出たフロアは利用者50人に対し看護師8人、介護職16人。職員は10人感染。しかし鷹野さんの入社時より、初任給は下がっていた。コロナによる減収で新規職員の給与を下げざるを得なかったのだろう。鷹野さんは家族全員が介護職のため、2年も実家に帰れていない。


■さらに悪化する検査体制

「もういい加減にして!」
 大阪市の有料老人ホームで働く花田さん(仮名・介護福祉士)は、「高齢者施設で陽性者対応をしてもらう」という国の方針を職場の休憩時間にニュースで聞き、テレビに向かって叫んでいた。会社は日本介護クラフトユニオン傘下の大企業。だが労働組合があっても離職率が高く、コロナ禍でさらに人手不足は加速している。
 「陽性者対応が当たり前になったら心身は限界。介護職のなり手もなくなると思います。私生活も犠牲にして入居者のために仕事をしても、 仕事に見あった給料を貰えるわけでもない 」と怒る花田さん。
 彼女の職場では、1月末、職員に陽性者がでても全員のPCR検査ができたのは8〜9日後だった。さらに彼女は濃厚接触者だったが自宅待機にならず、検査も月に一度の『定期検査』しか受けれなかった。
 基礎疾患があり、医師の判断でワクチン接種をしてない彼女は、重症化リスクがあるため、真夏でもマスクとフェイスガードで通勤してきた。幸い彼女は陰性だったが、急速な感染拡大で検査結果がわかるのに4日もかかったという。
 吉村知事がアピールしていた、3日に一度の抗原検査はあれど、現場では実施されていない。施設長が変わった4月からは月1回あったPCR検査すらも無くなった。
 「人手不足は変わらないまま、妊娠した職員もいます。なるべく移乗などは替わってはいますが、妊婦がいまの環境で仕事していて大丈夫なのかと思います」と花田さん。
 検査が打ち切られた直後、職員に再び感染者がでた。しかし職員全体の検査はなされなかった。感染者の有無に関わらずしていた月一回のPCR検査だけでなく、抗原検査すらもなくなった。
 「陽性の職員は自分の体調不良時に、自分でPCR検査を受けているようです。私は少数でも陽性者が出たなら、感染は拡大すると思います。妊娠中の職員は正職員なので感染者がいても出勤しなければならず、気がかりです」と懸念の声をもらす。案の定、妊婦の職員は体調を崩しがちだという。
 いままで陽性者が出て、施設で働く全職員の検査をしないのは初めての事態だという。


■感染に苦しむ技能実習生

中国からの技能実習生を受入れている大阪市のある医療法人のが運営する在宅介護事業所の管理者・嘉月さん(仮名)から、「コロナでクラスター状態になった実習生が住む寮に有志で食料等をカンパしました。寮はゴミだらけで酷い状況でした」との報告が2月に届いた。
 出身地も働く場も違う実習生に対して法人は何も支援せず、濃厚接触者が買い出しに行って、陽性者の世話をしていた。技能実習制度の杜撰さが顕在化した実態だった。嘉月さんたちも3回目のワクチン接種の副反応で余力はなく、私は実習生への支援を全国の仲間に呼び掛け、たくさんの食糧がカンパされた。
 「発熱・陽性・濃厚接触者が出たとき抗原検査キットがあれば、すぐに濃厚接触者が特定できPCR検査を受けるときの通院時間のロスがない。現場すべてにキットを配布して欲しいが、現状は高齢者施設のみ。グループホームは、大変な時期をはるか遅れて支給され、在宅支援の事業所には配布されない」と実態を理解していない吉村知事を嘉月さんは批判する。
 彼の事業所では医療崩壊時、入院やショートステイが利用できない利用者の報酬外対応を余儀なくされた。しかし大阪府は病院にばかり助成し、在宅介護への助成はほとんどないに等しい。
 「大手介護事業所が対応を嫌がる、処遇が困難な利用者を支援しているのは中小の介護事業所。中小の事業所が潰れたらどうするのか?」と嘉月さんは憤る。


■追い詰められる良心的法人

「人手不足が何よりネックです。宿直の募集にまったく応募がないので、春に立ち上げたグループホームが1ヶ所は週1日、もう1ヶ所は週4日しか開けません」と話すのは奈良で障がいある人を支援する社会福祉法人Hの久田さん(仮名)。
 「夜勤専属正規職員」という仕組みを作ったら50〜60代の人から数人応募があったという。さらに海外の人材を導入するためベトナムから通訳・サポート役の高度人材を1人雇用した。技能実習3年終了後、日本に留まり国家試験に合格した「特定技能」の3人のベトナム人を採用した。
 海外人材導入を契機にパート以外は全員正規職員にした。既に正規職の場合は処遇を上げる。国の処遇改善手当も財源だが全く足りず、自前で数千万円の人件費増となる。
 「経営が成り立つかどうか、そんなことを考える時間の余裕がありません」と久田さんは、切迫した状況を伝えてくれた。
 大企業と違い、職員の処遇を改善しようとする小規模の良心的事業所や法人に対して、国は助成しない。そのため良心的な中小企業は廃業したり、大企業に吸収されてきた。しかし政策的に有利な大企業が、職員の処遇を改善しているとは言い難い。


■「介護職月9000円賃上げ」の嘘

2021年12月24日に打ち出された『岸田政権の目玉政策』――介護職月の9000円賃上げを謳う「介護職員処遇改善支援補助金」。
 この補助金は収入を3%程度引き上げるための措置。補助金を得るには、2022年2〜3月から賃上げすることが要件。賃上げを継続するため補助額の2/3以上は基本給引き上げに用いる必要がある。2〜9月の賃上げは全額国費(補正予算1000億円)だが、2022年10月以降は介護報酬に切り替わる(その分、利用者負担増)。申請時に処遇改善計画書、期間終了後に実績報告書を提出。要件を満たさない場合は補助金返還もある。申請は介護職員処遇改善加算を取得している事業所のみ可能。居宅介護支援、訪問看護、訪問リハ、福祉用具貸与、居宅療養管理指導等は対象外だ。
 「9000円ではゼロがひとつ足りない」と思っていたが、さらなる実態がわかってきた。ケアマネジャー崎山さん(仮名)は、「9000円もらうためには、もともとの給料が30万くらいないともらえない!」と9000円が一人歩きしていることを指摘。
 障害者施設の管理者・澤井さん(仮名)は、「交付要件に補助額の2/3以上の基本給引き上げを求めているが、基本給は一度上げたら元に戻せない。故意に申請させにくくしているのではないか」と批判する。
 しかし、問題はそれだけではない。2月から行われてきた介護職の給与アップは、国庫を財源としていたが、加算に移行されることで、社会保障費が財源となるため加算の分だけ利用者の負担増になる。さらに、介護費用は原則的に利用者が1割負担とされているが、財務省は原則2割負担への引き上げを提言しており、実現すれば利用者負担は増大する。


■小規模事業所は申請しにくい

「申請に慣れていれば届出はわりと簡単にできますが、最初は事務所が立替えないといけないし、たとえ9000円上がっても税金を引かれ手取りは9000円ではありません」と話すのは小規模事業所の非常勤ヘルパーの綾部さん(仮名)。交付要件の報告も面倒で、小規模事業所の場合、申請に慣れているか、申請事務を外部委託しないと使えないという。
 「現場に出ている職員の多い小規模事業所では諦めているところもあります」と実態を伝えてくれた。


■各事業所の支給状況

前述の奈良の社会福祉法人Hでは3月に申請、2月から介護職以外にも毎月一時金として5000円弱を支給している。
 県内には20000円近く支給しているヘルパー事業所もあると聞く。「ただ暫定での支給のため今後は内容変更する可能性があります」と管理者・志田さん(仮名)は話す。
首都圏の介護施設(UAゼンセン同盟加盟企業)で働く介護福祉士・山岡さん(仮名)は、友人から聞いた保育士が受けている家賃や引越しの補助(※1)のような制度が介護職にも導入されることを望む。月32時間勤務している山岡さんは、先日2000円支給されたという。
 また前述した大阪の花田さんは給与に対し、約3%にあたる3ヶ月分9000円が振り込まれた。5月から時給が40円上り1120円になった。だが東京の社会福祉法人の介護福祉士なら時給1500円以上のところもある。たとえ30%あげても、激務の彼女の時給は1500円に満たない。


■おわりに

関西ケアワーカーズ・ユニオンの但馬書記長は、「岸田総理は春闘向けにアピールしただけ。内部留保金もない小さい事業所は立替払いする余力はない」と批判的する。
 下町ユニオンの加瀬事務長は、「大手企業の介護事務所では『基本給は上がったが、ボーナスは減らされ年収はかわらない』との話を聞いた」と話す。
 東京都内にある労働組合の幹部は、「職員や利用者の安全のために一斉検査をするよう会社に要求し働きかけるのは、ユニオンの役割」とコメントしている。
 過去に処遇改善加算が新設されたとき、当時の私が勤務していた有料老人ホームでも、「処遇改善加算がついた分、夜勤手当が一回につき8000円から5000円になったから、+−ゼロです」と正社員から聞いた。その会社は株を上場するため内部留保金を貯めていて、夜勤手当や介護職員の時給を下げていた。私は時給を下げられただけでなく不利益変更が重なり、体調を崩し退職を余儀なくされた。

障害者運動に伴走しながら、ベーシックインカム運動を続けてきた白崎一裕(※2)さんは、「介護労働者には、『コロナ等緊急介護労働者個人保証金』のような名目でコロナが続く限り、毎月10万円(個人単位)の所得保証を国の責任で支給する。もちろん介護・医療関係費の必要補助は増額して……」と提案する。「コロナ禍でも、トヨタなどは過去最高益の決算で、金融資本関係の企業は儲かっている。大企業に増税し、コロナ禍で困っているところにまわす。目先の『金融政策』でごまかすのではなく、財政・税制で緊急にやれることは、政治の責任でいくらでもある」と訴える。
 私の友人たちは、コロナ禍でも身を粉にして利用者のいのちを守ってきた。しかしクラスターに苦しんだ現場ほど収益が減り、ボーナスがカットされるなどの不利益を被っている。慰労金も一回しかなかった。介護職がないがしろにされれば、虐待の増加など利用者にダイレクトに影響していく。

コロナ禍となり3度目の夏がきて、早くも第7波となった。
 究極のエッセンシャルワーク、シャドウワークを担い、献身的に利用者のいのちを守ってきた介護職員。そのいのちとくらし、そして、なによりも尊厳が守れるような処遇改善を強く求めていきたい。


■参考

※1 民間企業の保育園で働く保育士や調理師を確保するため、7〜8万円の家賃補助をする助成もある(自治体により詳細は異なる)。

※2 「ベーシックインカムとは?メリット・デメリット 実現の可能性を解説」(白崎一裕)
https://www.asahi.com/sdgs/article/14572473




*作成:安田 智博
UP: 20220724 REV:
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