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天畠大輔×立岩真也×荒井裕樹「なぜ〈弱さ〉は〈強み〉になるのか――しゃべれない人が語りつくします」

『しゃべれない生き方とは何か』(生活書院)『〈弱さ〉を〈強み〉に』 (岩波書店)W刊行記念
於:本屋B&B(東京・下北沢) https://bookandbeer.com/

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◇天畠 大輔×立岩 真也×荒井 裕樹 202005620 「なぜ〈弱さ〉は〈強み〉になるのか――しゃべれない人が語りつくします」,『しゃべれない生き方とは何か』(生活書院)『〈弱さ〉を〈強み〉に』 (岩波書店)W刊行記念,於:本屋B&B(東京・下北沢) https://bookandbeer.com/

生を辿り途を探す――身体×社会アーカイブの構築
◇文字起こし:ココペリ121 https://www.kokopelli121.com/

表紙写真から注文できます&このHP経由で購入すると寄付されます
天畠大輔『しゃべれない生き方とは何か』表紙   天畠大輔『〈弱さ〉を〈強み〉に――突然複数の障がいをもった僕ができること』表紙

天畠 大輔荒井 裕樹立岩 真也
・ファシリテータ―→A/天畠さんヘルパーさん→B

cf.鼎談の前の、立岩の発言。
◇立岩真也 2022/05/20 「誰の、は本当はたいしたことじゃない」


A:とても重要な話でした。これについて、じゃあ、お願いします。

天畠:意味がわかりました。

B:「解題」が、すごくこう、噛み砕くのがすごく難しかったんですけれども、

立岩:そんなに難しいこと書いてないって。と、僕は思ってるんだけど。

天畠:今お話をうかがって、意味が大変よくわかりました。

A:「解題」で書かれたことが今やっとわかったということですかね。

会場:(笑)

A:わかりました。

立岩:「解題」読んでください。「解題」読むために本買ったら天畠んとこに印税ちゃんといきますから、それは僕が貢献してるわけで(笑)。ぜひ、ぜひ天畠の本を買って、僕の「解題」を読んでください。

A:ここからぜひ、荒井先生にもお話うかがいたいんですけども。元々今回のイベントのところで、天畠さんと立岩先生の師弟関係についてすごく気になってると、それをぜひ聞いてみたいということは荒井先生おっしゃられていたんですけど、今のお話も踏まえてなにか気になることがあれば、ぜひお願いします。

荒井:はい。なんかすごくおもしろく聞いていて。この話ずっと聞いていたいなって思って。さっき立岩先生がね、天畠さんの岩波新書かな、880円のやつ。ちなみに私が書いたちくま新書は840円。

会場:(笑)

荒井:私のちくま新書のほうがやっぱり40円安い。(笑)

会場:(笑)

荒井:ちなみに、『障害者差別を問いなおす』という新書ですけれども。
 で、なんか僕、天畠さんの第一印象がですね、なんかすっごい吸い込み笑いの人だなっていう(笑)。なんか笑うときにずいぶん吸い込む人だなっていう。私の師匠の花田春兆が本当にそういう笑い方する人だったんです。で、ほんとになんか、「春兆さんがいる」っていう感覚だったんですけどね。で、なんだろうな…周囲にいる人たちとの関係性みたいな、花田春兆に似ているっていうのが実は第一印象だったんですね。
 なんだろうな。花田春兆と介助者のその関係って、「愚痴を聞く役」っていうか。あの人、なんか不思議な魅力のある人で、春兆さんは、こっちがね、愚痴を言いたくなるような人なんですよね。で、そうするとなんか、どっちが支えてどっちが支えられているのかみたいなのが、よくわかんない。なんかそういう関係性がすごいおもしろい。僕もなんか、春兆さんの周りの人間の【宗派】(00:03:06)だから。いいなあと思って。
 初めて僕、天畠さんとお話ししたときは、天畠さんからアポイントのご依頼があって。「障害者運動の歴史のことについてお話ししてほしい、相談したい」ということだったと思うんですよね。で、『しゃべれない生き方とは何か』の中で、介助者手足論みたいなものが出てきて、それまでの障害者運動が積み重ねてきたものみたいなものを、ずいぶんと天畠さん意識してますよね。なんか「事業所運営」みたいなことだけで言うならとか、障害者運動が積み上げてきた歴史みたいなものって、変な話、無視してやっちゃってもできなくはないんだろうとは思うんですけども、天畠さんってなんか、今の自分の立ち位置とか、今の自分のあり方みたいなものを考えようとしてる。ずいぶんと、歴史とか過去のことっていうのをずいぶん振り返って、その歴史の中で自分の立ち位置を定めようとしてるのかなというふうに、思いました。
 で、なんかこの『しゃべれない生き方とは何か』と、あと『〈弱さ〉を〈強み〉に』の新書のほうを読んでみて、やっぱり障害者運動の第一世代の人たちって「奪われたものを取り戻すぜ」みたいな意欲がすごく強かったと思うんですよね。なんか、街に出るということを奪われていたから、それを取り戻す、「奪われてきたものを取り戻す」みたいな、意欲というか、ある種のストイックさみたいなものっていうのもなんかあったような感じがするんですけれども。あ、天畠さんの書かれたものを見ると、なんかそれとはまたちょっと違う、「奪われたものを取り戻す」っていうよりは、「それはそもそも最初から持ってなきゃいけなかったのか」みたいな発想をなさる人なのかなと思ったんですよね。
 ちょっと、知り合いがやってる雑誌だからついでに宣伝しちゃうと、現代書館がやってる『福祉労働』っていう雑誌があって、福祉労働の最新号172号は「インターセクショナリティ」の話をやっていて、すごくおもしろいんですよ。このインターセクショナリティの特集号がすごいおもしろくって、その中でもとくにおもしろいのが、女性たちの鼎談があって、伊是名夏子さんと油田優衣さんと松波めぐみさんの鼎談があって。その中に、小山内美智子さんの話が出てくる。小山内美智子さんの『車椅子からウィンク』の話が出てきて。小山内美智子さんの『車椅子からウィンク』って、障害者でも恋愛しようとか、キラキラと恋愛…青春を恋愛を楽しむみたいな、そういう明るくて勇気づけられる本なんですけども。でもなんか、この鼎談読んでると「そもそも恋愛しなきゃいけないのか?」みたいなね。「恋愛ってそもそもしなきゃいけないの?」みたいな。「キラキラきらめかなきゃいけないのか?」みたいな鼎談の疑問点みたいなものがあって。で、美智子さん世代からするとやっぱり恋愛とかっていうのは「奪われてきたから取り戻したい」みたいな感覚っていうのをおそらくお持ちだったんだろうと思うんですけども。そうすると、たとえば天畠さんにも近い世代、だって油田さんとかそのあたりの世代って、「そもそも恋愛ってしなきゃいけないのか?」とか。「それはなきゃいけないものなのか?」みたいなところがあるような。
 天畠さんってなんか「奪われたものを取り戻す」っていう感じとはまた違う感覚なのかなというふうに受け止めたんですけれども、その点、天畠さんいかがでしょうかね?

A:天畠さんいかがでしょうか? 荒井先生がおっしゃられたのは、「奪われたもの、権利が剥奪されている、他の人は当たり前にできてるのに自分だけはできないものを取り戻す」っていうことだったとすると、「そもそもそれをしなきゃいけないの?」という、「取り戻さなきゃいけないの?」っていうか、「それが普通なの?」って。それがたとえば恋愛だったら、「恋愛はそもそもする必要があるの?」っていうところなんじゃないかと。どうでしょうか?

天畠:そうです。障害者運動の中で恋愛至上主義の枠組みを少し変えたいというふうに私も思っています。[00:10:46]

A:なるほど。じゃあ、障害者運動に限らずでもですか? この世の中一般でいう恋愛至上主義もそうだし、結婚するっていうこととかで一人前っていうような価値観。それは今でもある価値観だと思うんですけど、そこから、なんていうか、「奪われてきた障害者」みたいな、だから自分たちもそこに乗って行こうっていうようなものがあるとしたら、そもそもそれを乗り越えたいっていうか。

立岩:でもそれはロジカルにさ、いくつか順番がおかしいとこあると思うけどね、話がね。恋愛至上主義っていうのがなんなのかっていうのがあるけれども、それが別にそれほどのもんでもないっていう話と…。まあいいや、その話をすると長くなるからやめます。

会場:(笑)

立岩:やめました。はい、おわり。基本的には、それでいいと思ってるんですよ。別にね、結婚してなきゃいけないわけでもないし、恋愛しなきゃいけないわけでもないし…っていうのはぜんぜん大賛成なんですよ。その上で、でもけっこう詰めなきゃいけないポイントはいくつかある。ちゃんとしたこと言うためにはね。って思う。以上。これ以上言いません。

A:恋愛の話にいくとちょっとまた細かくはなっちゃうので、どっちかというと…。

立岩:天畠さんなんか、その領域で近々なになにがあるって誰かから今日…。その話も今日はやめます。

A:爆弾発言…。

立岩:言っちゃいけないんですよ、これ。

会場:(笑)

A:それはまたちょっとあとで…。

立岩:それは言えないんだよね、まだね。

A:まだ言えない話がいくつかあります。

立岩:はい。

荒井:やっぱり天畠さんが本の中で書かれてきた昔の世代の障害者運動の人たちのことも、なんだろな、流れの違いみたいなものっていうのは、僕はなんか天畠さん、書かれたらいいのかなって感じたんですけど。

立岩:俺その話、荒井さんからこないだも聞いたけど、なんかあえてそれに対して異論を、本当は言いたいね。本当はね。それも言いません。それは荒井さんに言う話だから。

A:先にどういう説明を…話だったのかということちょっと補足説明させていただきたいんですけど。
 障害者運動のことを第一世代、第ニ世代、第三世代と言えるんじゃないかっていう仮説を天畠さん自身が持っていて。第一世代は、差別や貧困の中で社会と闘い、反差別運動や解放運動などを行ってきた世代。これはあの「青い芝の会」だったりとか、そのあたりの、バスの乗車拒否闘争をやっていた。で、行政に対して介護保障に関する要求運動始めたりということですね。第二世代は、その獲得した制度を拡張したり事業を始めたりして暮らしを安定させていった人たちではないかと。CILの方がたとか、そういうかたたちはあの代表的なやつです。で、第三世代というのは、制度も事業もある程度整ってきて「さて、これから何する?」といった現在進行形の世代なんじゃないかと。そして、その第三世代が僕、天畠なのではないかということです。「この第三世代とは一体何だろうか?」っていうことでなんでかって天畠さんが考えてきた時に、それは「介助者と考えを共有し、共に深め合っていく活動する当事者なのではないか」。つまり、「介助者と一緒になにかしていくっていうことを、改めて自己実現していくっていうことが、今第三世代にとって必要なんじゃないか」っていうことを考えてる。だからこそ、「手足論っていう運動用語よりももっと踏み込んだ関係性できないのかな?」ということで、天畠さんがいろいろ考えてきたんじゃないかということに対してのことで、荒井さん、合ってますでしょうか?

荒井:はい、そうです。すいません、補足していただきました。

A:では、この仮説に対して立岩先生が、「ちょっとどうか?」ということでしょうか?[00:14:54]

立岩:うん…。それはなんぼでも言えるけど、言ってもしょうがないかな。「変わってない」っていう話はなんぼでもできますよ。他方で、なんか変ってきたって話って、じいさん臭い話してんなと思うわけ。昔はなんかみんな貧乏でね、大変で、そういうことでガチガチやってきたけど、今はなんか満ち足り…満ち足りてるとは言わないだろうけれども、なって、それで…、っていう話じゃない?  ぜんぜん認めないわけじゃないですよ、ある程度そういうふうにも言えるところはあるとは思う。だけど、なんかその基本的なことはそんな変わったのかなとかね。
 あと、たとえば手足論っていう話だって、これ、こういう昔の話は本当は荒井さんのほうがずっと詳しいんだけど、むしろ今言われてる話のほうが嘘なのよ。そんな、その、「手足として介助者を使うんだ」みたいなことを昔の人たちが言ったかっていうと、そんなことは言ってないわけですよ、本当は。で、やっぱりその、「第一世代」って天畠さんが言った中でも健常者とどういうふうに、こう…連帯っつうのかな? やってくのかっていう思いはあったし、実際そこの中でそういう、今で言えば天畠さんみたいなスタンスで、いつの間にか、健常者・介助者みたいな人たちを育てたりとか、そういう人たちいっぱいいたんだよね。それは確かに、なんとなく、天畠のほうが垢抜けてるし…本当はわかんないけど(笑)。垢抜けてるし、ちょっとスタイルは違うとは思うけど、そこはそんなに変わってないような気がするんだよね。
 でもね、その変わってないっていうのは別に悪いことでもなんでもなくて、やっぱりある種の資質、それは個人的な資質っていうよりも、天畠さんなりが…天畠だけじゃなくてね、障害持ってる人たちっていうのが持ってしまっているある種のポジティブな資質だと思うわけ。今日、前半のほうで話出た話でさ、やっぱりなんかね、動きすぎちゃうわけよ、体が動く人っていうのは。無駄に。だから毎日毎日くだらない仕事いっぱいして、そのくだらないことで忙しいわけですよ。そうすると人の話も聞けないしさ。じっとこうして、じっとして人の話を聞くっていう仕事…、仕事っていうかそういう役割ができないわけですよ。だけど、もう体動かないんだからしょうがないっていう人っていうのは、そういう立場…、立場っていうか役割をとることはできる。それは1970年代もそうだったし、今の2020年超えた天畠もそうだったわけ。
 そうやって無駄に忙しくないから、人の話が聞けたり、人のことを聞く。時にはもうなにもしゃべんない人もいるわけ。だけど、なにもしゃべんないから「なんか聞いてもらえてる」とか、「しゃべってもいい」とか思えて、もうほとんど本当に聞こえてんだがわかんない人に、人はわざわざやってきて、しゃべるわけ。ほとんどなんか寝たきりっつうか、植物状態って人に、ときに、そういうふうな役割っていうのはあるわけですよ。で、動かない、無駄な仕事はしないから「聞くことができる」ということあったりするでしょ? だから、手伝いたくなるみたいなこともあったりするでしょ? 
 それからもう一つ、基本には、悲しかったり苦しかったり不当なことをされてきたって経験があって、自分のその部分を理解してもらえるっていうある種の安心、…安心っていうのかな? *いいじゃん、それで」って。そこから自分のことの仕事が始められるって、すごい良いことだよね。そういうことによって、介助の仕事であったり、天畠のところの組織の仕事に関わって、で、なんかうまくいき出すとある程度うまくいくわけよ。そうやっていろんなところで失敗してきた人たちができちゃったりとかして、それなりに気持ちよく仕事ができるって。
 これはもう、ちゃんと種も仕掛けもある話なのよ。その種も仕掛けもっていうのが、僕は基本的には60年前50年前も今も変わってないんだと。そこの中でやっぱり人は得てきたし、得てきた人たちがいわゆる健常者っていう人も含めて、僕も含めてね、じゃあどうするんだっていう。次の社会とかさ。っていう話になってたと思うんだよね。
 だから、うん。そういうので。天畠はなんか変な才能ありますよ。たんに身体障害者だけではなくてね。だけど明らかに、身体障害者的な才能がある。であるがゆえに…ってあえて言いますけど、そのことによって人は手伝いたくなる。手伝いたくなるっていうのは明らかに、ひとりでものを考えたり作ったりするよりもパワーが出るに決まってるわけ。だって、二人とか三人とか四人の人がそのことに関わるわけだから。
 だからたとえば、経営者であったり、政治家であったり、そういうことに向いてるわけだよね。そういうことをその、写真写りがいいっていうことだけじゃなくて(笑)、やっぱり天畠そういう仕事に向いてんだよね。そういうのがうちで院生でいて、ちゃんとしたことはできるはずだし。で、この『しゃべれない生き方』っていうのの解題の最後もそういう話になってるわけ★。僕らはその、無駄に急ぐ…頭動かしたり体動かしたりできるから、細かい、小賢しい仕事しかできない。だけどそれは、そういう…小賢しいっていうか、無駄な人たちに任せて、あとはその基本的な方角っていうのかな、「これでいくよ」っていうのを天畠さんに言ってもらってね、僕らはむしろその部下っていうか、手下っていうか…。
★ 「あるいは、著者にそんな暇はなくなり、「おおまかに正しい方向」にぐいぐいと現実を進めていくのが著者の主な仕事になるかもしれない。 『介助の仕事』の111頁には著者の学位授与式での写真があるのだが――著者の写真映りがなんだかえらくよいことは皆が言うことだ――そのあたりに、ある種の障害者は、「社長・経営者に最適、ということがあります。…私の勤め先の大学院生だった天畠大輔なんかがそういう感じです。実際、経営者をしています。」と書いた。そして、ややこしく細々した仕事は私たち下々の者が行なうことになるかもしれない。それもそれでよいだろう。そのような分業・協業・恊働の仕方もある。そしてそのこともまた本書に書かれているのだった。」

会場:(笑)

立岩:木下藤吉郎、草履取り、みたいな仕事して、みたいな。そういうのありだと僕は思うし、それは基本的には変わってないと思う。っていう話をしました。
 もう一杯ビール飲んできます。

会場:(笑)

A:ビール休憩に。ありがとうございます。今とても大事な話だったんじゃないかなと思ってて。障害者運動からずっと変わらないものとして、当事者が人の話を聞く、そこから生まれる関係性づくりっていうのが、実はそれ自体が社会運動じゃないかと、社会を変えることなんだっていうふうなものなんじゃないかなと、思いました。で、天畠さん、みなさん、著書の岩波新書の『〈弱さ〉を〈強み〉に』の〈弱さ〉っていうのは、「自分はなにもできないからこそ人とつながることができる。っていうことが〈強み〉なんだ」っていうふうにおっしゃられて。っていうことがまさにそこあたりなのかなって思ったんですけども。荒井先生、まさにそのあたり、いかがお考えでしょうか?

荒井:ああ今立岩先生の話を「あー、そうだなあ」っていうふうにうかがって。なんだろう…でもなんか、天畠さん、話聞いてると、僕は研究者としての天畠さんって一人で研究、「ひとり研究所」を運営してるっていうか。ひとり研究所、天畠研究所を運営してるっていうような印象を持っていて。天畠さんは本の中で、***(00:22:57)自分のアイデアなのかとか、自分にオーサーシップみたいなものあるのかとか、ずいぶん気にされていて。わかるっちゃわかるんだけれども、でもなんか、自分でやってる研究所で出てくる成果なんだからそれでいいじゃないかなんていうふうに、僕なんかは思ったりしたんですけどね。その点、天畠さんの本とか読んでたり、天畠さんの活動っていうのを、なんかね…。あ、これぜんぜんすみません、まだ考え方まとまってないんですけれども、なんか「当事者」っていうものの言い方っていうのも、なんか、なんで、【自分のこと言ってる範囲とか】(00:23:37)、なにをもって自分とリンクするのかっていうのがずいぶん揺らいでくるっていうのかな。そのあたりのところがなんか天畠さんの***(00:23:46)おもしろいな。もしかしたら本人はそのへんのこと悩んでるのかもしれないんですけれども、傍から読んでるとおもしろいなっていう感じがするんですよね。

A:ありがとうございます。まさにそこが大事な点なんじゃないかと私も思っていて。立岩先生からも荒井先生からも「ひとり研究所」っていうか、「チーム天畠」としてものが良ければそれでいいじゃないかと。気にしすぎなんじゃないかと、天畠さん。っていうことは、あったりする。なんで気にしなければいけないのか、本人が。っていう話とか。なんか気になってきましたが、天畠さんからなにかありますか?

天畠:荒井先生のお話を聞いて、『ホーキングInc.』のお話をみなさんにまたご紹介したいと思いました。

B:ホーキング博士というのはアメリカの研究者のかたで、ALSでもうお亡くなりになられているかたなんですが、天畠と同じく「しゃべれなくて、重度障害があって、で、研究者である」というかたなんですけれども、そのかた自身を研究した本として、『ホーキングInc.』という本が出版されていて。その人もやっぱり介助者たちとチームを組んで研究を進められていたんですけれども、「ホーキングInc.」っていうのは「ホーキング株式会社」という意味で、その著書の本は名前がつけられていたんですけれども、天畠自身もその『ホーキングInc.』を読んだ時に、「あ、自分はこのかたちを目指したい」って、「これが僕のイメージしているあり方だ」というふうに思ったことを思い出したという話で、合ってますか?

A:うん…その…自分を「ひとりの株式会社」っていうふうに考えてるんですかね?

天畠:チームの中心にいる障害当事者が象徴のような存在という言い方もできるかもしれません。

立岩:今日なんか文句ばっかり言ってんだけど(笑)、二つ言うとね。ホーキングはいろんな人に支えられたっていうのまったくその通りだと思うんだけど、ただ、なんだろな。理論物理学とか数学の世界ってやっぱり本当に特異だよね。こんなこと人間普通は考えつかないみたいなことを考えつく人がたまたまいるんだよ。本当にそれは偶然みたいなことだと思うんだけど、ホーキングの理論ってそういう感じするよね。天才的な数学者っていうのもそういうところがあって。ほとんどのことが「誰がやった」って言えないようなことなんだけど、ある種のそういう領域に関していうと、「ああ、この人じゃなきゃたぶん思いつかなかったんだ」みたいなのあって。ホーキングって、むしろそういう人だったんじゃないかなって僕は思いますよ。それはどうでもいいんだよ、本当はね。どっちだっていいの。別に物理学の話してるわけでも数学の話してるわけでもないからさ、いいんだけど。
 もう一つはね、ホーキングって世界で一番有名な物理学者ぐらいでしょ? だけど、あの人さえもというか、あの人ぐらい有名じゃないと、あの人の周りに寄付とかが集まって、その寄付でそこに介助してる看護師さんとかに金払って、まあまあ長生きした。イギリスのALSの人にすればね。ってことは、残りの99.9パーセントのあんな世界的な超天才じゃない普通の難病、普通の障害者は死んでるってことですよ。それは、理由は簡単で、英国にはわれわれが何十年かけてつくってきた制度、獲得してきた制度がなくて、grantっていうか、贈与だよね、寄付に頼って、超有名な、超優秀な人間でなければまあまあ生きてられなかった。っていうのとさ、そんなやつはなんかもう、たまに出る…。もうほとんどなんだかよくわかんない、理由はよくわかんない。
 だけど、そうじゃない人間のほうがずっと遥かに多いでしょ。だけど、じゃあそういう人たちは、当然というか、そんな寄付とか集まんないけど、じゃあそれは生きてたらだめなのかって、そんなことはないわけでしょ。っていうところはやっぱり見ろかないと。だから、その「ホーキングInc.」と「天畠株式会社」は違うんだよ。だから、天畠株式会社も良いわけ。むしろずっと良いわけ。っていうふうに僕は思いますよ。株式会社じゃないけどね(笑)。天畠さんとこはね。…というおまけでした。

A:なんかゼミの雰囲気だね。

会場:(笑)

立岩:あと、さっき荒井さんが花田春兆とか言ってもさ、ここで知ってる人が荒井さんと僕以外にいるとは思えないんだが。まあ、もう一人ぐらい…今なんか首が振った人いるから三人ぐらいいるのかな。確かにちょっと似てるよね。なんか今日最初に天畠に会った時、「なんか古風な顔になったね」って言ったんだけど。

会場:(笑)

立岩:なんか、大正デモクラシーみたいな顔してて。髪型もちょっとそういうふうになったし、黒縁のメガネかけてて、なんかちょっと服装もそうだし。そっち方向におしゃれだから。ちょっと花田さんってそういうとこあって。

会場:育ちがいい…。

立岩:育ちがいいんだよね。

会場:(笑)

立岩:そこはちょっとまあ、だからどうだよって話だけど(笑)。でもそれ大切だよね、本当は。だから、荒井さんが花田さんにやっぱり話聞いてもらって、若かりし頃の荒井さんがそれでこれから学者やっていく基礎が築かれたわけだよね。そういう役割を今天畠が、若い人たちの話聞いて、あんまりなにもたくさんは言わないかもしんないけど、たくさん言わないからいいみたいなことはできてるっていうか。
 でも、花田さんって1900何年生まれだ?

荒井:25年ですね。

立岩:そうでしょ。大昔の人ですよ。だから私の仮説のほうがたぶん正しい。25年生まれの花田さんも今天畠も、同じ役割を果たせるし、果たしているっていう感じなんだな。

A:この花田春兆先生との思い出などは、どの本で読めますでしょうか?

立岩:最初の本だよね。

荒井:最初の本ですね。『障害と文学』っていう本で書いたのと、あと『まとまらない言葉を生きる』っていうのでちょっと思い出話書いたくらいですけど。なんだろな、なんかまとめにくんですよね花田さんの思い出って。あの人本当にいろんなことをやってきた人なんだけれども、「でも実は」っていうのがあって。障害者運動のフィクサーですよね。全面に出て闘うというよりは、裏で人と人つないだり。なんていうのか、まあフィクサーというか裏方仕事してた人だったんだと思うんですよね。だからもしかしたらそういう仕事も天畠さん、これから担っていくんじゃないのかな。人と人をつないでフィクサーみたいな仕事をするみたいなところがあるんじゃないのかなって。すいません、勝手ながら思っています。

立岩:花田さんは歌人だからさ。歌が詠めちゃったりするから。

会場:歌やらなきゃ。

立岩:そっちの才能あるかどうか僕は知らないけど(笑)。でも花田さんはそうですよね。「しののめ」っていう。「歌う」ったって歌唱のほうじゃなくて、五七五七七のほうの歌ですけど、ずっとやってらして。その『しののめ』で、「とにかくなんか書くぞ」とか「言うぞ」って人たちの中から「青い芝の会」をという人が出てくる。『しののめ』が青い芝の前身にもなったわけだよね。っていう役割を果たした人でもあるし、80年代とかになって、国際障害者年っていうのが81年にあったんだけど、そのときの顔役っていうか、そういうなんて言うの、そういうまとめ役みたいなかたちで出てきた人でもあって。まあ、優しい人ですよね。そんなにこう尖ったかたちじゃなくて、そんな怖くない。あの時代ってさ、厚労省突っ込んでって物壊したりとか、そういう人いっぱいいたわけ。
 そういうのから比べるといい感じのおじさんだけど、でもたとえばアメリカ障害者差別禁止法、ADAってやつが出てきたときに、「あんなんだめだ」って言う★。普通そういうことは言わないわけじゃない。そういう偉くなった人はさ。だけど、そういう感性っていうか、持ってるみたいな。「斜めから見る」みたいな、そういうとこがあった。でもちょっとタイプは違うかもしんないね。なんか「大正」ですけど、顔かたちは。もうちょっとそこはむしろ、世代の違いっていうのあるかもしんなくて。今さら天畠は歌詠まないでしょ?
★花田 春兆 19911215 「ADA法やぶにらみ」,八代・冨安編[1991:122-130]※(『リハビリテーション』331より転載)
※八代英太・冨安芳和 編 1991 『ADAの衝撃――障害をもつアメリカ人法』,学苑社

> 会場:(笑)

立岩:和歌とかやったりしないでしょ? だからもっとたぶん、これから彼は別のところで活躍っていうか、していくんだと思う。
 でね、その大学院つながりで言うとさ、大学院生とか研究者って、さっき言った研究そのものっていうのはね、本当に誰がやってもいいし、一人でやろうが二人でやろうがそんなこと知ったことっちゃないわけ。だけど、大学院に就職するとか大学に就職するってまたちょっと別のことで。やっぱり一人一人のがなんかこう、問われたりするわけ。そういうせこい世界になってくわけですよ。そこの中での競争とか能力の評価とかっていうのが課されてしまう世界なわけで。たときに、若手研究者の中では天畠さんは本当は成功した人なんですよ。日本学術振興会っていう、そんなにみんな当たんない研究員っていうのに当たって、お国からお金もらって。で、それ終わったら今立命館の研究員になって。
 それはそれでいいことなんだけど、僕はね、そういう、何だろう? 結局さ、一人一人の「お前どこ」「何ができる」 みたいなことを問われてしまう研究者っていうせこい世界よりもね、人を束ねるっていうか、人を集めて人を束ねて、それを束にして、社会に訴えるとか。そういう仕事っていうのかな。活動のほうが向いてると思うんだよね。
 こないだ天畠から半年ぐらい前に相談あって、これからの身の振りかたについて、これ以上…具体的にはなにも申せませんけれども、だけれども、あったときに、「いや、俺は、あんた研究者とかつまんない仕事やるより別の仕事したほうがいいと思うよ」って言ったのはそういうことよ。理にかなってるでしょ? …って思うわけ。人を寄せて、神輿に乗るわけだ。神輿をみんなに担がせていいものを作らせて…作らせてっていうか一緒に作って出すっていう。
 そっちのほうがなんか、「お前ができるか」「できないか」みたいなことを言われ続ける…。本当は言われないんだけどね、就職してしまうとね。研究者もね、本当は言われないんだけど、でもまあ建前はそうですよ。建前はそういうなんかせこい世界にいるよりも、誰がやったっていい、でも人のためになる仕事、世のためになるなにかを作り出すっていうことに、なんかこう…自分が象徴的な存在として、みんなの力を集めて、そこの中にこう一つの塊みたいなものをつくり出す。そういう「要」みたいなところにいる存在になったほうが。で、なれるわけだから。
 それは俺はできないですよ。そういう役割を演じられないですよ。誰も僕のことを、「あいつのためになにかやってやる」って思わない。だから、僕は寂しく一人でしこしこ仕事してくしかない。それはそれでもう、諦めてる。だけど、天畠はそうじゃない。だからそこはやっぱりそういう、もらった身体っていうか、もらった身体みたいなことも含めて、これからの自分の人生の使い方って考えた時に、なんかそういう、人を集める、知恵を集める…で、なんかそこの中からものをつくっていくって仕事は適してるよねっていう話をたぶん半年前にしたんだと思う。
 予言しますけど、僕はそういう仕事を彼はこれからやってくんだろうなって。それは予言じゃなくて希望ですけどね。僕のね、むしろね。本当にでも、普通に考えてそうなるのよ。理詰めで考えてったらそっちのほうがいいに決まってんだよね。僕らはその下働きで、そこは理屈が通ってないとか、そんな単純な話じゃないとか、数字が間違ってるとか。まあそういうことをやるわけ。だから下働きでいいと。そういうことしかできないんだから僕らは。はい、以上です。

A:ありがとうございます。うれしかったですか?

天畠:私の存在が「象徴」という存在だけでいるのはつまらないなと思うので、象徴でありつつ、それ以外の働きもしたいと思っている。

立岩:「象徴」っていうのは**みたいなものでしょ? だから、そんなこと言ってないわけよ。**なんてなんにもしてないんだから。あんなのはどうでもいいわけで。だから天畠はそれ以上のことを、今現在においても過去においてもしてたし、これからもするから、やれよっつってんだけど。それは**と比べるほうが間違ってる。

A:そうなんですよ。そういう意味では、たしかに「象徴」っていうか、人とつなげたりとか、傍目から見ててですけど。人とつなげたり、「これをやろう」っていう指針のもとにいろんな人を集めてやっていく。実際動くのはもしかしたら、天畠さん体動かないから周りの人がやるんだけど、それの原動力となってるのは天畠さんの「やろうよ」っていう思いで集まってるっていうことを考えると、まさにあの「象徴」にとどまってないと。介助者目線からのもので。はい、自信持ってくださいって、介助者からなんですけど。

会場:(笑)

A:残り少なくなってきたのであれなんですけども、もしQ&Aのところでどうしても気になるってことがあれば、書いていただければと思います。今書かれてるものだと、感想で「先ほどから不思議なタイミングでゲラゲラしている天畠さんに驚きながら、楽しんで聞かせていただいております」という声だったりとか。

会場:***(00:41:01)

A:「今からでもチーム天畠には入れますか?」ということとか。すごく嬉しいですね、本当に。
 残りの時間で話すことでなにかあればと思うんですけど、なければ僕からあれなんですが、いいですか? ここまでの話、すごく…なんだろう…。すごい、介助者も足りていて、どんどんそれでやりたいことやっているっていうことも見えるかもしれないんですけど、たぶん一般的な話からすると、どこの重度訪問介護を使っている当事者のかたでは、まったく介助者が足りていないっていうことだったり、そもそも事業所が近くに足りなくて、もう家族や施設から出たいけどそれがうまくいかないっていうことを考えてるかたのほうが、圧倒的に多いと思うんですよね。「来月からどうしよう」とか、わをんのほうにもたくさんそういう相談が来ていて。「もう病院から出られなくて、どうしよう」っていうこととか、そういうのたくさん来るのが本当のリアリティだと思うんですね。その中で天畠さん、あの手この手でいろんなイベントやったり、「ここにいると自分が出せる」っていう思いを介助者に持ってもらうことで続けてもらったりとか、いろんなあの手この手でやってはいるんですけども、そこからどうやって…なんていうかな。介助者との関係築きながら介助者集めていけるのかっていうあたりは気になると思うんですけども。そのことについてちょっとひと言言いたいっていうかた、もしよかったらいいですか?  あ、別のこと話してもいいんですけども。すみません、司会の特権で勝手に言っちゃいました。

B:もう1回言ってもらってもいいですか?

A:あ、質問の意図? すみません。なんていうかな…。介助者不足の中で天畠さんすごくいろいろ動かれていると思うんですけども、実際かなりそれ、介助者不足で苦労されているかたもとても多いと思っていて。そういう人たちに対してアドバイスできることだったりなんか言えることってありますかっていうのを聞きたいんですが。大輔さんからでもいいですし、他のかた、会場のかたからでもいいんですけど、いかがしょう?。難しいことを聞いちゃったかもしれない。

天畠:カミムラくんに答えてもらう。

B:一番予想外のところに飛んでいった…(笑)。

かみむら:はい、カミムラです。

B:介助者不足に悩むってどんなアドバイスがあるかという、めちゃめちゃ難しい質問。(笑)

A:元引きこもり当事者の目線からでもいいですし。

かみむら:そうですね。先程話したみたいに、引きこもりのかたって介護なんか…、まあ自分もまだ…自分も***(00:44:44)の感覚だけですけど、すごくなんか親和性はあるんじゃないかなっていう。引きこもりのかたってすごく、劣等感だったりとか、やっぱり能力主義にちょっとはじかれちゃったっていう意識が強いかたがたぶん多いと思うんですよね。その中でも介助の仕事なんですけど、なんか一緒に生活をしてっていうのはすごく自分の中で、なんか安心感というか、居場所になったなあという感覚があったりとかするので。なんで、そうですね、新しい働き方というか、なんかその能力とか成果以外の、そういうのをこの仕事の中でなにか得られるんじゃないかなって自分の中では感じてるので。そういうものをもっとかたちにしていけたら、介助者不足っていうのを、***(00:45:32)かなとは思います。大丈夫でしょうか?

A:ありがとうございます。

天畠:有美子さんもお願いできますか?

B:川口さんお願いできますか?(笑)

会場:(笑)

A:会場に川口有美子さんが来られてるので是非お願いいたします。

川口:さっきから大声で笑ったり野次ってましたけど(笑)。キーワードは「居場所」だと思いますね。今日メッセンジャーで天畠くんに送ったんだけど、居場所を作ってると思います。「介助の仕事」っていうふうに構えるとなんかちょっと真面目な感じになっちゃうけど、私から見てると、それぞれになんか天畠くんの周りにいることがみんな居心地がいいんじゃないかなと。そうじゃない時もきっとあるんでしょうけど、ちゃんと話し合ってる、解決しようとしてる、すごい天畠くんがみんなのことすごい心配してる。その、なんていうかな…「居場所を作る」ということをちょっとキーワードにして、これからますます発展していってもらえるといいなと私は思っています。

A:ありがとうございます。

川口:これでいいですか?

A:天畠さん大丈夫でしょうか?

天畠:お二人ともありがとうございます。

A:ありがとうございます。だんだんと時間が迫ってきてはいるんですけども、会場からもまた質問があったので。ちょっと別の話題につながってしまうんですけども。
「みなさん、お話ありがとうございます。関心事項ですが、天畠さんの研究者としての教育活動の実践について聞かせていただけませんか?」
 ということで。教育活動ということでいうと、研究と教育って、大学教員でゼミだったり講義で教えるということもあると思うんですけども、そのあたりっていうのは、実践については、なにかありますか? 介助者から話してもらう? どうする? 

B:研究者としての活動で教育という観点からその活動?

A:こういうことしているよって。こないだやった「ひらめき☆ときめきサイエンス」ってだめですか?

B:教育的な活動の一つ、例として挙げさせていただくと、昨年度、これもあの日本学出振興会の科研費の一つなんですが、「ひらめき☆ときめきサイエンス」という科研費事業がありまして、それは小中高校生向けに社会科学について身近に感じてもらうことを目的とした、小中高生を対象に研究者自身が自分の研究についてわかりやすく子どもたちに「研究っておもしろいな」って思ってもらうための講義をするというイベントを天畠自身も科研費応募をして採択されて。3月にね、コロナでオンラインになったんですけれども。で、オンラインになったことで全国からいろんなところから小中高生、フリースクールに普段通ってますっていう子たちもけっこう参加してくれたりして。社会モデルとかステレオタイプの話とかをそのときしました。すごく、おもしろかったっていうことの反応たくさんいただいて。それはまたぜひその活動を続けたいというような…終わったあとに天畠も感想で話してましたね。それが一つの事例ですかね。

天畠:DTとコラボしてやったんです。

B:障害平等研修という障害当事者の人たちが障害の社会モデルについて、一般の人たちに講義をする。ファシリテーターの人たちにも協力をお願いしまして、DTのファシリテーターの方々は5名でしたっけ? が、ファシリテーターとして入っていただいて、子どもたちを3、4人ぐらいのグループに分けて、その中でも、オンラインだったんですけど、けっこう深いところまでディスカッションできてなかなか盛り上がりました。

A:その「ひらめき☆ときめきサイエンス」、DTの方々もそうですけど、もともと介助者をやっていて、今地方で学校の先生で働いている元ヘルパーも育休中を利用して「一緒にやろうよ」なんて。この授業をつくるチームやったりとか。あと全国各地のいろんな障害当事者の人を集めて、一緒にやろうよって言って。そういった授業をつくるっていうんで、本当に今聞いててフィクサー的なことやられてるなとたしかに思いました。
 そういうことで、教育活動の一端をお話ししていただいたというところで。そろそろ残り時間が少なくなってきたので、よろしければ最後荒井先生、立岩先生からひと言というか、今日のイベントの感想でもけっこうですし、これはもうちょっと言っておきたいな、ということがあればぜひお願いしたいんですけども。荒井先生からよろしいでしょうか?

荒井:今日は、立岩先生と天畠さんのなんか師弟対談みたいなところがすごい実は楽しみにしていて。本当にこんな感じでゼミやってたんだろうな。ゼミ本当にこんな感じだったんですかね?

立岩:ちょっと違うけどね…(笑)

会場:(笑)

立岩:僕らのところの演習って教員3人とかでやるんですよ。だからもうちょっとおとなしいっていうか。普通な感じでですけどね。僕1人でやるときはときどきこんな感じですね。
 僕はもうしゃべることなんにもないんで、みなさん好きなようにしゃべってください。時間まで。僕はみんな言うこと言った。

荒井:天畠さんって見ててなんか、見てるだけでも楽しいっていうか。

会場:(笑)

立岩:それはみんな言うよね。でも実際そうだからしょうがないよ。

荒井:だからなんか、ああ天畠さんいいなあ、って。***(00:52:45)
 すみません、なんか天畠さんからいただいてた質問もぜんぜん答えられなかったです。ね。【愛について】(00:52:56)というようなところは…、それまた機会があれば…ね、お話ししましょう。***(00:53:01)。なんか次への宿題みたいな***【次に会いやすいぶん】(00:53:08)。次に繰り越しましょうかね。

A:ありがとうございます。

B:最後に、介助付き就労の話をちょっとしたいっていうことなので、最後にすみません。

立岩:素晴らしい。

天畠:昨年の秋から、トヨタ財団研究助成を受けて24時間介助が必要な重度身体障害者の就労に向けた実現戦略、介助付き就労を阻む社会システムの合理性を運動論から取り直すという研究テーマで新しいプロジェクトを進めています。立岩先生、荒井先生にもプロジェクトメンバーとしてご参加いただいております。この夏には特設ホームページも開設予定ですので、ぜひみなさんチェックしていただければと思います。

A:ありがとうございます。この介助付き就労の詳しい話は、トヨタ財団研究助成のホームページから「天畠大輔」で出てきますのでご覧ください。荒井先生からありますか? 大丈夫ですか?

荒井:はい、大丈夫です。

A:はい、ということで大変名残惜しいのですが、時間となりましたので、ここで本日のイベントを終わりたいと思います。本日はお時間を取っていただきありがとうございました。これで終わりたいと思います。

会場:拍手 [00:55:08]


UP:20220629 REV:
天畠 大輔  ◇荒井 裕樹  ◇立岩 真也  ◇生を辿り途を探す――身体×社会アーカイブの構築  ◇病者障害者運動史研究 
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