HOME > 障害学国際セミナー > 全文掲載 >

「障害学国際セミナー2022 ラウンドテーブル:東アジアにおける障害者の地域における自立生活 座長報告」

大谷 いづみ 障害学国際セミナー 2022 (2022.02.26/02.27)
ラウンドテーブル:東アジアにおける障害者の地域における自立生活

Tweet
last update: 20220314


■座長報告

それでは、わたくし大谷いづみから、日本で起きた一つの事件を糸口に、本セミナーをふりかえりながらお話をさせていただきます。

2019年6月、神経難病の女性がスイスで医師幇助自殺を遂げるまでを克明に描いた「彼女は安楽死を選んだ」というTVドキュメントがNHKで放映されました。このTVドキュメントに対しては、障害者の生を否定し自殺を助長するものとして、JCIL(日本障害者自立センター)によってただちに抗議声明が出され、BPO(放送倫理・番組向上機構)にも調査の要望が出されました。また、障害学会理事会からも、NHKとBPOに対して応答を求める声明が出されましたが、いずれも回答はないまま繰り返し再放送され、番組は現在もNHKのオンデマンドで放映されています。

コロナ禍で緊急事態宣言下にあった2020年7月、このTVドキュメントの影響を受けたと見られる京都在住のALSの女性患者が、SNS上で知り合った二人の医師の手によって幇助自殺していたことが明るみに出ました。殺害は、TVドキュメントの放映から半年もたたない2019年11月30日。人生の最後をどう迎えるか、家族で話し合っておくためにと国が定めた「人生会議の日:いい(11)看取り(30)の日」で、厚生労働省の啓蒙ポスターがSNS上で炎上しているさなかでした。二人の医師が被害女性の家に滞在していたのはわずか10分たらず。介助者を別室に遠ざけている間に実行されました。

TVドキュメントにも、ALS患者嘱託殺人事件に際しても、「あんな風になったら死んだ方がまし」という声が多く寄せられ、抗議の記者会見を開いたJCILの事務所には数多くのいやがらせの電話があったそうです。
 当研究所長の立岩さんが、「あんな風になったら死んだ方がまし」は「ヘイトスピーチ」であるとの見解を表明しました。同じ頃、取材に応えてわたしも「安楽死」合法化加速への懸念を表明しましたが、双方の記事には、介助を仕事としている同一人物からと思われる「転職せよ、教授」というハッシュタグがつけられてリツィートされました。

障害者と介助者は緊密な関係の中でコンフリクトがおきやすいという指摘は、昨日の熊谷普一郎さんの基調講演でも指摘されました。昨日の第一セッションでは、尾上浩二さんから、1970年代に親が障害児・者を殺害するたびに起きる減刑嘆願運動と養護学校義務化への異議申立てから日本の障害者運動が展開してきたことが報告されました。第二セッションでは、母親が障害児・者の在宅生活を背負っている、東アジアに共通した現状が報告されました。午前中の第三セッションでは、本学副学長の松原洋子さんから、不妊手術を施術された多くが女性だったこと、選択的中絶にせよ現在すすむゲノム編集にせよ、女性が消極的優生と積極的優生の防波堤になっていることが報告されました。

障害学では、障害を医学モデルではなく、社会モデルでとらえる点で一致しています。
 他方で、優生政策や安楽死政策の歴史を顧みると、障害者を生まれないようにする優生政策と、障害者の存在を組織的に死なせようとする安楽死政策は、これを医学との結びつきの中で政策としてきました。日本では、近年になって優生保護法の被害者による訴訟が全国であいつぎ、現在訴訟の多くで、優生保護法自体が憲法違反であったという地裁判決が出ており、つい先日、2月22日には、国に損害賠償を認める大阪高裁判決が出されました。
 ナチス・ドイツ政権下で、40万人に行われた強制断種についても同じことが一歩先んじて展開しています。

他方、ナチス・ドイツ政権下では、戦争のどさくさに紛れて法を制定することなく、総数30万人に及ぶ心身障害者やアルコール依存症、高齢者、同性愛者、反社会的であると見なされた人々が、「障害」を理由に組織的に虐殺されました。近年の研究ではその実態が次第に明らかになっています。各地の精神病院や障害者・高齢者施設を、戦争の傷病兵のための野戦病院に転用するために、心身障害者や高齢者が殺害施設に移送されてガス殺されていくさま、それでは間に合わず、全国的に窮乏していった食料の供給を意図的に制限し、病院や施設で収容者が餓死させられていくさま、餓死よりも人道的であると致死薬が投与されて殺害されていくさま。

これらの出来事は、ながい間、一般には忘れられた歴史でした。では、同時代にドイツ国内外では知られていなかったのでしょうか。そうではない事例を紹介します。1939年、ヨーロッパで第二次世界大戦がはじまってまもなく、具体的な精神病院の名を挙げて、精神障害者が組織的に殺害されていることが、アメリカCBS特派員であったウィリアム・シャイラーが帰国した1941年6月に出版した『ベルリン日記』に報告されています。『ベルリン日記』は当時、アメリカのベストセラーとなりました。さらに、出版同日、安楽死政策の下りは独立記事として『リーダース・ダイジェスト』に掲載されました。『リーダース・ダイジェスト』は、アメリカで最大の発行部数を誇る、一般家庭で広く読まれていた雑誌です。
 日本の戦後では、1960年に、ナチスの安楽死政策を描いた北杜夫の小説「夜と霧の隅で」が芥川賞を受賞しました。安楽死政策は1979年2月には少女マンガにもなっています。
 つまり、ナチス・ドイツ政権下で「安楽死」の名の下におこなわれた障害者虐殺政策は、アメリカでも日本でも、大衆の目に広く触れながら、それが「問題」であると認知されてこなかったという歴史的事実があるのです。

繰り返します。障害者を生まれないようにする優生政策と、障害者の存在を組織的に死なせようとする安楽死政策は、いずれも、それを医学に取り込んで実行されてきました。今現も、同じことが、生殖コントロールにおいて行われているというのが、第三セッションでの報告でした。安楽死政策はどうでしょうか。よりソフトに、一般市民に受け入れられやすい形で、あるいは、障害当事者自身の権利保障という形で進んでおり、冒頭で述べた、NHKのTVドキュメントやALS嘱託殺人事件に対する一般的な反応やNHK/BPOの対応はその顕れであるというのがわたしの見解です。

さて、コロナ禍以後、「戦時」にもたとえられる状況下で子どもと女性の自殺が急増しています。家庭内の虐待から逃れて街をさまよっている女性や子どもたち、失業と同時に住居も失って野宿している女性や若者たちが報告されています。野宿者には、知的障害や精神障害を患っている人たちもいます。一昨日にはウクライナで「戦争」が現実となりました。危機に直面している状況は、東アジア・東南アジアも例外ではありません。

ところで、立命館大学では、昨日のセミナー開会に当たって挨拶された仲谷善雄総長により、コロナ禍の2020年12月、ダイバーシティ&インクルージョン推進に向けた総長声明が出されました。総長声明を受ける形で、この2月1日には、わたしの所属する産業社会学部で、「教育におけるアクセシビリティと障害学生が拓くSDGs社会の未来」と題して、さきほどの第4セッションの座長をつとめた当研究所の川端美季さんとともに、教授会構成員70名に向けて、啓蒙啓発のFD(ファカルティディベロプメント)のセッションを行いました。そこでは、川端さんから先ほどの質疑応答の「セイファースペース――より安全な空間」についても話され、教授会が、授業の場が、キャンパスが、そして私たちが暮らすコミュニティが物理的にも心理的にも「より安全な空間」であること、それを築くための不断の努力が必要であることをお伝えしました。

法や制度をつくるのも使うのも人間です。人がその実現を阻み、人がその実現を担う。法も制度も、愛も尊厳も、その歴史的・社会的文脈によって人を生かしもし、人を死なせもします。

障害者の自立生活は、障害をもたない人々との共生のなかで実現します。障害者は災害にもパンデミックにも戦争にも弱者であり、時に排除のターゲットになりますが、障害者が抱える困難は、障害を持たない人が直面する困難と地続きです。両者が限られたパイを奪い合うような構造を作り出さないためには、インターセクショナリズムを認識して共闘していく回路をつくる必要があります。それが、これまで障害者運動を担ってきた先達(せんだつ)への務めだと思うからです。そのような場として、このセミナーが今後も続いていくことを願っています。


付記:本稿は、当日のラウンドテーブルにおける日本の報告に加筆修正を加えたものである。なお、本稿で述べた主な内容については、以下の拙稿に基づいている。


報告ファイル

座長報告PDFファイル [PDF]




*作成:安田 智博
UP: 20220313 REV: 0314
大谷 いづみ 障害学国際セミナー 2022 Roundtable  ◇自立・自立生活  ◇全文掲載 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)