2021年から、都道府県や地方自治体では、介護職が定期的にPCR検査(以下、検査と略)ができるよう介護事業所に助成する制度を創設。東京都は2022年3月末までに申請すれば週1回の検査が無料でできる(但し、事業所単位での申請のため、個人には助成されない)。
全国的に社会的検査に熱心な自治体として注目されている保坂区長の東京都世田谷区だが、残念ながら介護現場とは激しい乖離がある。11月に世田谷区議の知人から、「都も区も助成しているが、介護現場の検査実施率が低い」と聴いていた。2020年にクラスターが発生した世田谷区内のある高齢者施設では全く検査していないことは春から知っていたし、2021年5月にクラスターが発生した私の母が住む高齢者施設も、月1回しか検査していない。
利用者のいのちを守るためにも介護職は、最低でも週1回は検査すべきと思う。しかし、なぜ助成があっても検査を「しない」「できない」のだろう?その理由を取材していたとき、地域で障害ある人の生活を支える重度訪問介護ヘルパーのAさんから衝撃の理由を聴いた。
「重度訪問介護ヘルパーは、事業所が積極的にPCR検査ができるようサポートしてくれても、コロナ陽性と分かった場合、休業補償がないため、その日から収入が途絶えてしまいます。家賃すら払えなくなる人もいます。だから検査ができないのです!」
Aさんの利用者宅には事業所から大量の検査キットが届いているが「任意」のため実施するヘルパーがほとんどいない。また医療的ケアが必要な利用者の場合、介護技術や医療機器の操作等の職務が熟練を要するため、簡単にヘルパーを育成できず、慢性的な人手不足に悩んでいる。利用者のいのちに直結するため、本来は最も検査をすべき職種だが、「自分が(陽性と判明し)休んだら、この利用者は死んでしまう」という意識から検査を忌避する状況だという。慢性的な人手不足を真摯に解決しない政治的・構造的な問題と言える。
また非正規の訪問系ヘルパーは、基本的に日雇いと同じだ。利用者の入院等による当日キャンセルも多く、キャンセル料もないことが多い。自衛策として、数ヵ所の事業所に登録したり、飲食店などとダブル・トリプルワークをしているため、社会保険に加入できない人が多い。その人たちが陽性になったとき、一事業所や施設で働く職員と違い、社会的打撃が大きく、検査を忌避する傾向もあるという。
介護職で労働運動をしている仲間が、制度の改善等を求め厚生省・財務省交渉を毎年実施し、私も参加している。だが訪問系ヘルパーは最も待遇が酷く改善がなされない。そのため私の仲間が国を訴えている(ホームヘルパー国家賠償訴訟)。
Aさんから生存権に関わる実態を聴いた私は、解決策を求めて全国の仲間にメールした。数時間後、労働運動家5人と福祉関係者3人から情報提供があった。以下は、その情報の要旨である。
*労災申請で賃金の8割が補償。健康保険加入なら傷病手当あり。国民健康保険も新型コロナ対応で傷病手当金が支給されるようになった(自治体により対応は違う)。たくさんの情報とともに、現場実態の報告もあった。就業規則を改定し賃金補償をする体制を作ったのらは労働運動家Bさん。「問題は、多くの訪問介護事業所が小規模で体制整備をする余裕や発想を持てないことと、ヘルパー自身が『休めない』ことを内面化しているからではないでしょうか。こういう構造の中では、事業所はPCR検査に積極的にはならないと思います」
と話す。
「制度を知らない人、自分は申請できないと思い込んでいる人が多い現実があるのが残念。直接行政に確認したり、労働組合の窓口や個人加盟ユニオンなどを頼り一人で抱えないで欲しい」「介護職は低賃金だから、8割程度では生計維持は厳しいと推察されます。基本的な処遇改善の必要性を痛感します」というコメントもあった。
「私の周辺にいるヘルパーも利用者さんも、誰も頂いたような休業補償の情報を知りません!20年くらい前に知人がフランスに住んでいたとき、『あなたはもう長く居るから、永住権が申請できる』と公的機関の職員が自宅にきたそうです。日本も制度を作ったなら、国や自治体が首根っこをつかんで使わせるべきです。労働組合とかに縁がなく、ただ日々労働に追われていて、『誰かに相談する』という選択肢がない 人がほとんどです」とAさんは怒る。
「補助に上限額があり償還払いのため、二の足を踏む施設が多いかも…」というのは江東区議Nさん。区内の労働組合が介護現場の定期検査を区に要請したら、「補助上限額の範囲内で複数回の検査ができるようにしている。障害者事業所は職員と利用者に助成している」という返答があった。三多摩の市議からは、施設関係は都の助成、通所と訪問は日本財団の制度、新規入所などについては市の制度を活用し検査は続けられている様子との報告も。
障害者支援施設の管理者Tさんは、「都は今年2月から検査の助成を開始。都内の施設に週1回程度で推奨されていて無料だが、検査キットの梱包や発送が大変な施設はやりたがらないかも…」という。区市町村単位の検査補助は都の他の費用補助もあり使わず、体調不良者の臨時検査は、都の他の補助金か、市区町村の補助金を使っている。
重度訪問介護事業所の所長Hさんによれば、ヘルパーが濃厚接触者になった場合、保健所の指示で検査。グレーのときは職員が希望し、事業所が検査すべきと判断した場合は事業所で支援している。彼の事業所では、発熱等だけでなく、「濃厚接触した利用者は陰性だったが心配」「実家に飛行機で帰省した」という理由でも事業所負担で検査している。検査はヘルパーが通院先、最寄りの検査センター、事業所が検査センターから借り受けている検査キット等で実施。
陽性者、濃厚接触者、感染リスク高い家族がいるから2週間休みたい人、事情があり事業所が依頼して休んでもらった人に休業補償してきた(休業補償に社会保険加入条件はない)。検査は自治体の補助(※2)、休業補償は、基本的に事業所負担。「新型コロナウイルス感染症対策休業支援金・給付金制度」を利用する場合もあるという。
千葉県の病院関係者によれば、定期検査はなく、濃厚接触者、濃厚接触者である可能性が高い者、症状がある者のみ検査しているという(意識不明で運ばれ死亡した患者が、陽性だったことが数件あった)。船橋市などは定期検査は10月一杯で中止。千葉県だけではないが、自治体により対応が違う。
一方、11月中旬、10万人あたりの感染者率が東京都より多かった大阪府の介護事業所への検査体制は逆行。月1回していた仲間が多かったが、12月から受検できなくなる。
大阪のある事業所では、「陽性者が出たら大変なことになるので、不安で仕方ありません。人員に余裕がないために実施率低迷につながっているのでは?」と理事のNさん。訪問と作業所を運営しているが、訪問のヘルパーはぎりぎりのため、穴があくと作業所の職員に入ってもらう。月に1度の検査日はいつも祈るような気持ちだという。
11月11日、「国の基本的対処方針の変更やワクチン接種の進捗による感染、重症化リスクの減少等を考慮し、今後は有症状者や陽性者への対策に重点をおくため」、介護職員に対する検査の助成を11月いっぱいで休止するとホームページで発表(大阪市の制度は2022年1月末まで延長)。オミクロン株が拡大しつつあるが、大阪府はまだ延長していない(12/26日現在)。
2025年までに介護職員を32万人増員しなければ、介護現場は破綻する。だがコロナ労災でも補償がなく生活困窮している事例も耳にする。2020年5月の倉林明子衆議院議員の国会発言を要約すると、介護現場で働く職員の感染率は医師の約4倍、看護師の約2倍。だが介護現場の検査実施率は低く、ワクチン接種が9月以降しかできなかった障害者の支援者が多数いる。3度目のワクチン接種も、介護職員は蚊帳の外だ。
介護現場で働く人が検査を受けやすい体制でなければ、高齢者や障害者のいのちを危険に晒す。そのことに真摯に向き合う社会にしたいと痛感している。