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「失明の元教師、研究の道へ 障害者支える社会を探求」

日本経済新聞,2021,日本経済新聞(2021.9.2 夕刊10面,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC2390J0T20C21A8000000/).
日本経済新聞社の許可を得て掲載

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last update: 20210909


セカンドステージ
失明の元教師、研究の道へ 障害者支える社会を探求

 東京パラリンピックで、世界から障害者アスリートが集まった。でも、この国は障害者にどれだけ向き合ってきただろうか。視覚障害を持つ元教師が研究者の道を歩み出した。自身の経験をもとに、障害者の権利保障や就労、教育のあり方を問い続けている。
 新潟市の元高校教員、栗川治さん(61)は、現存する点字図書館で国内最古となる「姉崎文庫」(現在の新潟県視覚障害者情報センター)に光を当てた。
 1920年に点字本をそろえた文庫を開設した姉崎惣十郎の生涯を調査。姉崎が柏崎市で教員をしながら、全国の障害者に蔵書を郵送で貸し出した業績を掘り起こし、冊子にまとめた。「偉大な先人の息吹に触れ、感謝の気持ちでいっぱいになった」と話す。
 栗川さんは2018年から立命館大学大学院先端総合学術研究科で、障害者運動史を研究している。教員時代の20代後半に失明し、盲学校に異動したが、普通校での勤務を希望して数年がかりで実現。サポート教員をつけてもらって教員を続け、20年春に定年退職した。障害者問題を研究しながら、教員生活を全うしたことに「障害を持つ先輩教員らの努力と周囲の支援のおかげ」と振り返る。
 これまで「障害があるからといってあきらめず、やりたいことはやってきた」。新潟市の合唱団に入り、点字の楽譜で歌い、多くの演奏会に出演した。「周囲は最初、戸惑うけれど、やがて理解が深まり、皆が工夫してくれる」。何事にも積極的に挑戦してきた栗川さんの流儀である。
 東京大学先端科学技術研究センター研究員の中村雅也さん(56)は、障害のある教員の視座から教育を問い直す「障害教師論」という学問領域を切り開いた。
 大阪、徳島、奈良で教員を務めた中村さんは、40歳ごろから視覚障害で読み書きが不自由になり、うつ病にもなって、08年に退職した。その後、鍼灸(しんきゅう)・マッサージの資格を取るために京都市の施設に入所。施設の近くの立命館大大学院に障害社会学の講座があることを知り、入学した。
 自身が体験した生きづらさの原因を探るため、障害を持つ教員や元教員を訪ね歩いた。その数は50人を超え、研究成果をまとめて博士号を取得。20年に「障害教師論」として出版した。
 中村さんは、障害の有無にかかわらず共に学ぶ「インクルーシブ教育」のあり方にも切り込む。「障害のある子どもを普通学級に入れるだけでは不十分。障害のある教師がいることで、共に生きる学校づくりが進展する」と指摘する。そして「今後は教師だけでなく、障害者全体の就労支援、教育のあり方を問い直していきたい」と語る。
 趣味はマラソン。フルマラソンに70回以上出場し、大阪の「水都大阪100`bウルトラマラニック」にも10年連続で出て完走した。「マラソンは全国の視覚障害ランナーや伴走者など人間関係が広がり、そのつながりはかけがえのないものになる」と話す。20年に東京に移ってから、新型コロナウイルスの感染拡大で満足に走れていない。「コロナが収まれば、東京でもランニング仲間を増やしたい」と笑った。
(杉野耕一)

コロナの影響、障害者雇用にも

 企業や行政機関に一定割合の障害者雇用を義務付ける障害者雇用促進法の法定雇用率が、3月から引き上げられた。しかし新型コロナウイルスの影響で雇用拡大は不透明になっている。
 新たな法定雇用率は民間企業が2.3%、国・自治体2.6%、教育委員会2.5%。実雇用率が最も低いのが教育委員会で、2020年6月時点で2.05%。中村雅也さんの研究によると、公立学校の19年度の教員採用者総数に占める障害者の割合はわずか0.21%だった。
 ハローワークを通じた障害者の20年度の就職件数は、前年度比13%減の8万9840件と12年ぶりに減少し、就職率も42%に低下した。中でも視覚障害者は22%減の1500件で、就職率は35%にとどまる。
 日本点字図書館の田中徹二理事長は「障害者をよく知らない人たちが雇用する立場にいて、障害者雇用という観点からしか見ていない」と指摘する。そのうえで障害者による研究活動について「自身が体験してきた問題を間違いのない視点で分析して、良質な研究ができる」と期待をかける。



*頁作成:安田 智博
UP: 20210909 REV:
『障害教師論――インクルーシブ教育と教師支援の新たな射程』  ◇中村 雅也  ◇栗川 治  ◇障害学  ◇視覚障害  ◇障害者と労働  ◇全文掲載
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