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「新型コロナウイルス感染症と情報アクセシビリティ――NPO法人「ゆに」の取り組み」

安田 真之 20210227
オンライン特別セミナー「新型コロナウイルス感染症と東アジアの障害者」 於:オンライン(Cisco Webex)


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last update:20210308


[当日英語スライドPDF]
*以下、見出し番号はスライド番号

1.

 皆さんこんにちは、安田真之(ヤスダ マサユキ)です。立命館大学生存学研究所の客員研究員を務めております。これから、私が勤務しているNPO法人「ゆに」の情報アクセシビリティの取り組みについて報告します。まず「ゆに」について簡単に紹介します。次に、「ゆに」で行っている情報アクセシビリティの取り組みのうち、今回は聴覚障害者が参加する授業やイベント等で実施している文字情報保障について報告します。最後に、新型コロナウイルス感染症感染拡大に伴う環境の変化が文字情報保障にもたらしつつある成果と課題をいくつか提示します。

2.

 ではまず、NPO法人「ゆに」についてご紹介します。
 「ゆに」は、障害学生の学業と生活を支援するNPO法人です。ミッションは、障害学生の「したいことができる」、「行きたい場所に行ける」をサポートすることです。事務所は京都市北区、立命館大学衣笠キャンパスのすぐ近くにあります。設立者は、筋ジストロフィーの当事者でもある佐藤謙(サトウ ケン)です。現在は4人の事務局スタッフと、約20名のアルバイトのスタッフで運営しています。私は事務局スタッフの一人で、先天性の視覚障害があります。

3.-4.

 「ゆに」の設立の経緯や、現在行っている事業については、お配りしている資料やホームページをご覧ください。
[外部リンク:NPO法人ゆに]

5.

 次に、「ゆに」で行っている情報アクセシビリティの取り組みのうち、聴覚障害者が参加する授業やイベントで実施している「文字情報保障」について報告します。
 文字情報保障は、聴覚障害者が授業やイベントに参加できるようにするための取り組みです。具体的には、複数人の入力者がパソコンを用いて連携し、教員の講義や質疑応答、授業開始/終了のチャイムといった音声情報を文字入力して、ユーザーの聴覚障害者に文字情報として提示します。ただ単に聞こえた通りに文字にするのではなく、「話し言葉」を「書き言葉」に変換する等して、聴覚障害のユーザーが目で見て内容を理解できるような文字情報に変換します。

6.

 主な実施対象は、日本全国の大学の授業や行事、京都府内の高校の授業や行事、全国各地の障害者福祉関連イベント、聴覚障害者が働く企業の社内イベントなどです。事業開始当初は大学や高校の授業での文字情報保障からスタートしましたが、そこで培った経験を地域の障害者の社会参加に活かしたいという思いから、現在では教育現場以外でも積極的に実施しています。

7.

 ここで、私たちが実施している2つの文字情報保障の方法を紹介します。1つ目の方法は、現場での文字情報保障です。これは、入力者が、教室やイベント会場等、文字情報保障を実施する現場に出向いて実施する方法です。現場では、入力者用のパソコン数台と、ユーザー用の端末を設置し、それらをLANで接続します。複数の入力者は、文字情報保障専用アプリケーションを用いて音声情報を文字で入力します。ユーザーは、入力された文字情報をユーザー用の端末で確認することができます。

8.

 2つ目の方法は、遠隔文字情報保障です。これは、入力者が現場に出向かずに文字情報保障を実施する方法です。ユーザーと入力者は、ウェブ上で動作する専用システムに接続します。ユーザー側のマイクで収録した音声情報を、インターネットを介して入力者に送ります。複数の入力者がその音声を聴きながら、専用システムに文字で入力します。オンラインイベントの場合は、入力者もそのオンラインイベントに参加して、ウェブ会議システム等で送られてくる音声を聴きながら、専用システムに文字で入力します。ユーザーは、入力された文字情報をウェブ上で見ることができます。本日、日本語でこのセミナーを傍聴されている方には、この方法で文字情報を提供しています。

9.

 画面には、今ご紹介した2つの文字情報保障の方法の比較を示しています。 遠隔文字情報保障は、入力者が現場に出向く必要がないため、場所や移動時間の制約を受けずに文字情報保障を実施することができます。入力者は自宅で働くこともできます。一方で、遠隔のみでは対応が難しいこともあります。たとえば、理数系や外国語の授業、実技やディスカッション、板書を多用する授業等の文字情報保障がそうです。遠隔では、入力者が細かな現場の状況を把握することや、パソコンでの文字入力以外の手段、手書きや指差し等を交えた情報伝達を行うことが難しいためです。大切なことは、実施される授業やイベントの内容や実施方法に応じて、適切な文字情報保障の方法を選択すること、遠隔で実施する場合も現場の人々と相互に協力し合うことです。

10.

 次に、新型コロナウイルス感染症感染拡大下での文字情報保障の取り組みについて報告します。2020年3月、日本でも新型コロナウイルスの感染者数が増加し、4月からの授業をオンラインで実施することを発表する大学が出てきました。「ゆに」では、2013年から遠隔文字情報保障を実施していたため、この技術をオンライン授業の文字情報保障に活かしたいと考えました。そこで、日本の大学がまだ春休み中だった3月中に、ウェブ会議システム「Zoom」と、ウェブで動作する文字情報保障専用システムを用いて、遠隔文字情報保障の検証を行いました。その結果を踏まえて、オンライン授業の遠隔文字情報保障の方法をホームページに掲載しました。その資料は、現在でも多くの方々に参照されています。
[外部リンク:オンライン講義での遠隔文字情報保障の方法(ZoomとcaptiOnlineの事例)]
 4月は日本の教育機関の新年度が始まる月ですが、多くの教育機関が休校し、当初はオンライン授業もあまり行われませんでした。その間にも私達は遠隔文字情報保障の技術的な検証を続けました。4月中旬には、プレゼンテーションや質疑応答を含むオンラインイベントを自分たちで開催し、授業での遠隔情報保障を想定しながら実践的な検証を行い、教育機関の授業開始に備えました。

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 4月下旬から、徐々に各教育期間の授業がオンラインで始まりました。同時に「ゆに」には、遠隔文字情報保障の依頼が全国の大学やイベント主催者からたくさん寄せられるようになりました。以前から文字情報保障を実施していた所であっても、オンライン授業やオンラインイベントの遠隔文字情報保障については経験やノウハウがない所が多いようです。そのため、これまで私たちと接点がなかった教育機関や団体からもたくさんの問い合わせが寄せられるようになりました。また大学等から、遠隔文字情報保障の技術的な環境整備や入力者の養成についても多くの問い合わせを受けており、随時コンサルテーションや研修を実施しています。

12.

 最後に、新型コロナウイルス感染拡大に伴う環境の変化が文字情報保障にもたらしつつある成果と課題をいくつか提示します。
 成果は大きく2つあります。1点目の成果は、ユーザーや入力者がどこにいても文字情報保障を実施可能な環境が整ってきたことで、ユーザーにとっても入力者にとっても様々な可能性が開かれつつあることです。ユーザーにとっては、入力者の派遣が難しい場所であっても容易に遠隔文字情報保障を利用できます。特に大都市から離れた地方には入力者が少ないと言われています。そうした地域に住むユーザーにとっては、遠隔文字情報保障が今後の社会参加の重要なツールになっていくと考えられます。
 また、入力者の移動が必要なくなったことで、文字情報保障の内容に適した入力者を適材適所に派遣しやすくなったことも、この1年の遠隔文字情報保障普及の成果だと言えます。
 さらに、多様な人材が入力者として活躍することが可能になった点も大きな成果です。私たち「ゆに」で働く入力者は日本全国に居住しており、自分自身の授業の合間に活動する学生のスタッフや、自宅で小さな子どもと一緒に過ごしながら活動するスタッフ等、多様な人材が活躍しています。いずれも、場所や移動時間に制約されない遠隔情報保障ならではの働き方と言えます。
 2点目の成果は、オンラインを活用した取り組みを行う上でのハードルが下がったことです。日本では、2000年代後半にはすでに遠隔文字情報保障の試みがありました。しかし、新型コロナウイルス感染症感染拡大前、教育機関の文字情報保障は、パソコンによる現地での文字情報保障、または手書きで行われることが多く、遠隔文字情報保障の導入を提案しても積極的に取り組む所は少数でした。そうした状況は、昨年1年間で、授業をはじめ、教育機関のあらゆる取り組みがオンラインに移行したことで、ずいぶん変化しました。オンライン化の波のなかで、これまで利用をためらわれがちだった遠隔文字情報保障が、現在はむしろ積極的に選ばれるようになっています。

13.

 課題は大きく3つあります。1点目に、アクセシビリティが、ユーザーや関係者の情報通信技術(ICT)の活用能力によって左右される状況が生まれていることです。遠隔文字情報保障はとても便利で画期的な仕組みですが、ICTの活用が苦手な人々にとっては利用にハードルがあることも事実です。ユーザーのみならず、たとえば教育機関の障害学生支援担当者がICTの活用が苦手であれば、その教育機関では遠隔文字情報保障の活用が進まないという状況も、私達はたくさん目にしています。
 2点目に、遠隔文字情報保障に対応できる団体や機関がまだ限られているため、「ゆに」等、対応できる所に文字情報保障の依頼が集中していることです。遠隔文字情報保障を普及させるためのセミナーや研修等も行われてはいますが、機関や団体によっては、高齢の入力者が多く、新しいシステムの習得が難しかったり時間を要したりといった事情で、導入が難しい状況もあるようです。現在は、遠隔を中心とする新たな文字情報保障の時代への移行期と言えそうです。
 3点目に、あらゆる物事が「オンラインありき」となってきていることです。新型コロナウイルス感染症感染防止のため、文字情報保障を含め、あらゆる物事はオンラインでの実施が標準になってきました。対面での取り組みは、たとえそれが必要なものであっても、万全の感染防止対策を実施しても、実施しにくい状況があります。一方で、オンラインを活用した遠隔文字情報保障と、現場での文字情報保障には、それぞれに利点と欠点があります。「オンライン有りき」ではなく、ユーザーのニーズに基づいて方法を選択・決定することが重要です。「オンラインでできるなら文字情報保障も遠隔ですればいい」という偏った認識が広まってしまうことは、避けなければなりません。新型コロナウイルス感染症感染防止対策は必要不可欠です。一方で、その対策によってアクセシビリティが損なわれることのないよう、実践と発信を続けていくことが必要であると考えられます。

14.

 私の報告は以上です。ご清聴ありがとうございました。


*作成:安田 真之
UP: 20210308 REV:
障害学生支援(障害者と高等教育・大学)  ◇障害学(Disability Studies)  ◇全文掲載
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