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Gさんへのインタビュー

2021/02/20 聞き手:戸田 真里 ZOOMインタビュー

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last update: 20220113


◇2021/02/20 Gさんへのインタビュー
インタビュー時間:119分
語り手:G氏
聞き手:戸田 真里(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築 → ◇インタビュー等の記録

※インタビューデータの一部を生存学研究所ホームページ(以下、HP)に掲載することに関し、聞き手である戸田から語り手の方へ、掲載の趣旨について口頭と文章で説明をし、同意を得ています。
なお、インタビューデータは語り手にご確認いただき、データ内の個人情報が特定できる固有名詞は全て記号に置き換えています。また、語り手のご意向でインタビューデータを部分的に削除している箇所があります。
インタビュー対象者のアルファベット表記については、イニシャルではないことを申し添えます。


【音声開始】

戸田:はい、すいません。私、基本今までどこの地域におられる方もお伺いさせていただいて、ご自宅か近くの喫茶店でお話聞かせてもらっていたんですけれども、ちょっとこのコロナ禍の中で、

Gさん:そうですね。

戸田:本当やったらGさんにも、○県にお伺いしてお話お伺いしたかったんですけども、すいません、このようなかたちでご協力いただいて。

Gさん:いえいえ。次からぜひ来てください。

戸田:ぜひよろしくお願いします。はい、すいません。じゃあまずGさんのご病状からちょっとお伺いしたいんですけれども。えっと、もう産まれた頃からご病状は出現しておられたんですよね?

Gさん:そうですね。まあものごころつく前から。たぶん写真とか見ると、もうやっぱ、そうね、0才の時から手とか脚も包帯してる写真あったのでまあ、おそらく診断はもう0歳で出てるとは思います。

戸田:そうですか。じゃあもうものごころつく前からもう、

Gさん:そうですね。

戸田:包帯をしておられるというような感じ?

Gさん:そうですね。はい。

戸田:今はご病状どういったご病状ですか?

Gさん:今はですね、あの、まあ去年と今年とちょっと2回、○の植皮手術受けてるもので。あの、まあ僕、今、主に傷があるのは首の後ろから背中、背中というか肩甲骨の下あたりまでこう、こう広がっているんですけど。で、手術する前はもう本当に肩甲骨の深く下のあたりまで傷が両方けっこう、もう何年も治らない深い傷があったんですけども、えっとまあ○受けて、一回きれいに全部皮膚貼ったんです。でまあやっぱりちょっと、ちょっとの刺激でまた水疱できたりとかになって、それで今年また1か月入ってたんですけど、まあ今回も結局全部は傷塞がらなくって、今も首の後ろとまあ両肩、まあだいぶん上のほうですけど、もうあの、範囲で言ったら手術する前の半分、3分の1から半分くらいの間でちょっと傷はあります。で、傷の状態もそんな前ほど化膿したりとかね、まあ傷口もけっこう浅い感じではあります。あとは両腕、上腕の肘の近くのこのへんなんですけど、にありまして、えっと、今は左の手首あたりと右の肘に2つずつ傷があってっていう感じですかね。

戸田:下半身は?

Gさん:それ以外の場所は、あとはないですね、今は。

戸田:そうですか。じゃあ上半身に集中しているような感じ?

Gさん:そうですね。もともとはあの、膝から下、膝から足先までがけっこう傷が多かったんですけど、幸い今はちょっとなくって落ち着いてる状態です。[00:03:42]

戸田:その傷の状態っていうのは、幼少期から今まで、40代になるまで、ずっとこう波があるような感じですか?部位も。

Gさん:ええ、ありますね。ちっちゃい時はやっぱりこう手のひらとか手の甲とか、まあ手ですね、手、手首。あとはあの、そのころ膝から、えーと膝からこう、何て言うんですか、すね側にかけて。裏、ふくらはぎなんかは裏は傷、一回もしたことないんですよ。で、もう表っかわのところ、すねまでとか、あとくるぶしとかですね、こう前がけっこう傷が多かったんです。ちっちゃい時はどっちかっていうと両脚ですね。両脚がメインで、で首の後ろとか肩甲骨は全然、傷は一切なかったんです。で肘はちょっとあったかな。まああの普通にTシャツとか半袖で過ごしてて、な感じだったんですけど。
 小学校の中ぐらいから、ちょっと首のあたりに傷ができ始めて。でまあ小学校の中ぐらい以降は首の後ろ、えっと、もうこのへんだけなんですよ、このへんだけずーっと傷がありまして。なのでこうあの、丸首のちょうど当たるところがすれて、かゆくてっていうのはちょっと続いてる状態だったんです。でそれが、だいたい脚と首の後ろと手っていうのが、えー、高校生くらいまで。で高校くらいから手はほとんどなくなって、で腕とか肘もなくなって、でまあ首の後ろと、首の後ろがちょっとこう、何て言うんですか、すり傷のかさぶたみたいなのがいっぱいあったりだとかと、あとあの、脚だったんです。
 でそれが20代の時に、首の後ろ以外は全部一回治りまして、傷がなくなった状態で一番調子のいいとき、20代の中頃から後半は本当、包帯も巻かずに普通に足もくつしただけとかで過ごしてたんですけど、30代ちょっと過ぎたくらいから、まあやっぱ加齢なんですかね、傷ができたってあの、治りが遅くなってきたんですよ、ちょっと。で遅くなってきた時に、なんかだんだんこう治りにくくなってきたのと同時にこう範囲が広がってきて。で一回、脚がまた膝のあたりからでき始めて、全部脚が全部もうばーっと全部できて。で腕もなんか飛び火したみたいに、1個水疱できただけだったんですけどそれが全部腕全体に広がって。で首もなんかだんだん荒れてきて、それが肩甲骨の下あたりまで広がってっていうのがだいたい30代後半から40代前半にかけて。で一気に悪くなっちゃったっていう感じですかね。[00:07:18]

戸田:じゃあ全体的にちょっとこう治りが遅くなったり、一つの水疱がどんどんわーっと広がるようになったのが、まあ30代ぐらいから。

Gさん:そうですね、はい。

戸田:で、40代になられて、ちょっとその更にちょっと広がってきたような感じ?

Gさん:はい。それ40代になってからはあの、何て言えばいいんですかね、脚はなんか治ったり、また傷できたりの繰り返しなんですよ。でまあただ昔に比べたらそんなに傷はできにくくなってきたかなとは思うんですけど、まあすねのあたりはちょっとけっこうできやすいかなっていう。で、首の後ろはどっちかって言うと、だんだん40代になってから広がっていってっていう感じですかね。

戸田:足の裏はどうですか?

Gさん:足の裏、僕、傷できたことないんですよ。はい。

戸田:じゃあ歩くのには、大きな問題は、

Gさん:そうですね、はい。どっちかって言うと、こう関節部分ですね。肘とか膝とか首もよく動くとこですし、そういったところはできやすいですけど。僕はありがたいことに、こう肘の内っかわとか、膝も裏っかわの曲がるとこはできたことないんです。

戸田:へー。じゃあこう内側は大丈夫で、主にこの、

Gさん:ええ、外側ですね。

戸田:外側。へー、そうか。じゃあ歩行とか移動する分には、何かこう不自由さは?

Gさん:ないですね。

戸田:タオルを絞ったりとか、手のひらの症状とかは?

Gさん:全然大丈夫です。ちょっと体調がやっぱりあんまり良くない時とか状態が良くない時に、ペットボトルとかを開ける時に、このギザギザあるじゃないですか、これでちょっとすれて水疱破れるとか赤くなったりはしますけど。でも破れることはないですね。

戸田:じゃあ細かなものを持ったりとか、何か重たいものを持ったりとかも特に、

Gさん:全然大丈夫です。どっちかって言うと、まあまあ、まあもともとPTやってたのもあるんですけど、40代前半からその、一気にひどくなる前までは、もう重労働も含めて何でもやってました。

戸田:そうでしたか。

Gさん:どっちかと言うとNGは、やっぱこう肌露出することと、あとは水の中とかやっぱだめだけでしたけど、それ以外はもう何でも。だから学校の体育とかも学生の時も、プールの授業以外は出てました。調子の悪い時は休んでましたけど、基本は出てました。[00:10:23]

戸田:じゃあパレーボールとか、サッカーとか、こう(笑)、

Gさん:やりました、やりました。もうサッカーとかはもうボール蹴って、なんか脚蹴られて傷になったりとかはけっこうありましたけど、やってましたね。

戸田:じゃあ、ちょっとその衝撃とかで傷はできたけれども、まあそれはまた治癒していくみたいな?

Gさん:そうですね、はい。なんかたぶん時代もあったんだと思うんですけど、そういうの関係なしに単位もらえんかったり、授業出てなかったら落第とかはなんかそういうのあったので、もう出ざるをえないっていう、なんかほんと嫌だったんですよ。

戸田:(笑) そうですよね。

Gさん:あと鉄棒、鉄棒はちょっとやりませんでした。鉄棒はちょっとめくれる可能性があったので。[00:11:14]

戸田:ああ、もうダイレクトですもんね。そうか。

Gさん:はい。だからほとんどやってましたね、あとは。はい。

戸田:なるほど。あとお食事とか口の粘膜とかはどうですか?

Gさん:荒れやすいですけど。で歯医者とか行くと、やっぱ歯医者とかでは「歯ぐきがただれてる」って「けっこうひどい」と言われますけど、なんかあんまりそういう自覚がないというか。そんなに気にならん程度にね、何でも食べてます。

戸田:そうですか。硬いもの、なんかこの唐揚げとかの(笑)、

Gさん:唐揚げも、硬いものでも何でも食べてます。かゆみはないですし。ただやっぱこれも40代過ぎたくらいから口の中に、口蓋のところに水疱できるようになってきたんですよ。で、それがまあ痛くて、ちょっと辛いものが食べれない。刺激物はちょっと食べれないときもありますけど、治ったら食べれます。

戸田:辛いものお好きなんですか?

Gさん:大好きです(笑)。

戸田:(笑) となるとちょっと、辛いもの食べるとしみちゃうんですね?

Gさん:はい。でも食べてますね(笑)。

戸田:(笑) じゃ食道がちょっと狭くなったりとか、飲み込みがしんどくなったりとかっていう症状も、

Gさん:は一切ないです。

戸田:なるほど。

Gさん:はい。どっちかって言うと、そういうので言うと肛門まわりはちょっと切れてて、こうちょっと傷もあるんですけど、それ以外はないですね。

戸田:そうですか。お風呂はどうですか?

Gさん:風呂は今、毎日か一日置きぐらいで入ってますけど、まあ傷はしみますけど、まあそこはがまんするしかない。泣きながら入ってます。

戸田:なんか他の方にお伺いしてると、「シャワーはもう絶対使えない。痛くて当たる感じがする」って言われてるんですけれども、入浴の仕方とか、

Gさん:それはその、シャワーの強さを弱めにして当てたりとか、直接当たらんようにしたりとか、ちょっと近くに傷のないところから流れてくようにこう上から当てるとか、まあ工夫はしてますけど。

戸田:なるほど。

Gさん:基本は痛くてもがまんで。もういつも石けんつけて洗ってますし。

戸田:そうかそうか。今はケアは保護剤使っておられるんですか?

Gさん:そうですね、メピレックス、メインですね。メピレックスにアズノール軟膏塗って貼ってます。あの、前は直接何も塗らんと貼ってたんですけど、やっぱこう皮膚が張ったばっかのときに、張りたての弱い皮膚の時に、メピレックスはがす時に一緒に皮膚がちょっと持ち上がって、また水疱できてのくりかえしなんですよ。で良くならんので、メピレックスを直接貼るんじゃなくてアズノール軟膏をかますことでちょっと刺激を弱くしてっていうふうにしてる。

戸田:なるほど。じゃあ今、

Gさん:あとなんか夏場はけっこう汗かいてひどいので、あ、違う違う、夏場は汗かいてひどくて使えないんですけど、冬場は汗あんまかかないのでモイスキンパッドを使ったりしてます。[00:15:04]

戸田:なるほど。じゃあちょっと季節とか汗の量に応じても、ちょっとそのケアの方法も随時変えておられるっていう感じなんですね。

Gさん:そうですね。はい。

戸田:今までメピレックスが使えなかったときって、たぶん10年前ぐらいなどは制度もなかったので、それまではずっとガーゼやったと思うんですけども、

Gさん:もうあの、アダプティックとガーゼですね。一番最初はソフラチュールとガーゼでしたけど。

戸田:その頃と比べて、痛みとかケアの時間とかって変わりましたか?

Gさん:えー、基本そんな変わらんすね。あの、メピレックスのそのまま直接貼ってるときはすごい短縮されたんですよ、時間。で嬉しかったんですけど、まあぶっちゃけ言うと、傷が肩まで広がったのはメピレックス貼って、やっぱずれて一緒にめくれるっていう。

戸田:あ、メピレックス。

Gさん:はい。で、まあ大きいかなと正直思っとるもんで。でやっぱその今までもこう、何て言うんですか、俺だいたい風呂上がりにこう処置するもんで、消毒はしないんですけど、えーと、軟膏を塗って、今までだったらそのソフラチュールかアダプティック貼って、でガーゼ貼って包帯巻いてっていう。でそれが要は、えーと、メピレックスにアズノール軟膏塗って貼って、でガーゼ貼って包帯っていう。手間はそんな変わらなくなってしまって(笑)。なんでまあやっぱり1回の処置でまあ1時間までかからないですけど、30分から45分ぐらいはかかってますね。[00:17:15]

戸田:それはいつもお一人でされてるんですか?

Gさん:はい。

戸田:背中とか、届かないところは、

Gさん:鏡見ながら。

戸田:じゃアズノールでメピレックスで、その上からガーゼと包帯も巻いておられる。

Gさん:そうですね。だからこれも今回入院してる間にをそういう処置法に変わって。それまでは軟膏塗ってアダプティック貼って、その上にメピレックス貼ってましたね。

戸田:が、今回の○の入院で、アズノール、メピレックス、ガーゼ、包帯っていうふうに。

Gさん:はい、はい。

戸田:それは、○先生か看護師さんとかがご指導してくださったんですか?

Gさん:そうですね。もうやっぱり直接くっついて、ちょっとはがすときにも傷できるし嫌だっつって、他の方法ないんですかっつって、あれしたら、もう他のやり方だったらメピレックスにアズノール塗って貼ってる人いるよって言われたので。あと今回その○の手術したときが、手術の後がそういう保護の仕方だったんで、まあそのまんまっていうか、はい。そのほうがちょっと刺激が少なくていいかなと。ただちょっとずれやすいですけど(笑)。まあやっぱずれてしまうか、くっついて逆に取る時苦労するかのどっちかですね。まあみなさん一緒だと思います、はい。

戸田:なるほど。じゃあその体の症状でお買い物、重たいもの、牛乳とかお米とか買いに行ったりとかは、

Gさん:何でも。何でも持てます。

戸田:調理したりとかも、特に手の症状もそんなに、

Gさん:ああ、手も全然使いますよ、はい。ありがたいことに。

戸田:じゃもう身の回りの生活のところについては大きな、

Gさん:は、もう全部自分で、はい。自立してます。

戸田:なんか不自由に感じられる点とかありますか?

Gさん:うーん、まあやっぱ刺激はあるとやっぱ傷できやすいので、まあそれくらいですかね。

戸田:何かこうバンとぶつかったりとか、そうならないように事前に予防線を張ってるみたいな感じですかね? [00:20:11]

Gさん:そうですね、はい。まああとはその、やっぱ肩甲骨まわりとか首ってよく動くとこなんで、今は、何て言うんですか、こう腕をこう上げてなんか上の物を取るとか、

戸田:確かにこうぐっとなる、うんうん。

Gさん:やっぱ男なんで、こう、で、僕177あるんですよ、まあまあ身長あるんで、要は「蛍光灯替えてくれ」とか言われるんですよね。それが別に作業的にはできるんですけど、こう上げるときにこうずれたりとかして嫌なんですよ。だから本当はあんまりやりたくないんすけど、なんか言いにくいじゃないですか。だからなんや結局「ああ分かった」ってやるんですけど、「ああ、またずれた」とかそういうのが嫌ですよね(笑)。

戸田:じゃ手をこうあんまり動かしたり上げたりっていう作業をすると、やっぱずれてしまうっていう、

Gさん:そうですね。

戸田:でずれると、またそのずれたところでまた病状がちょっと悪化してしまうっていう。

Gさん:そうですね。ずれるとやっぱり、そのずれる時にちょっとこう少し一緒にずるっとこう広がったりとか。あとはあのやっぱり、何て言うんですか、こうしっかり覆いかぶさってる時はたとえば痛くなかったりかゆくなかったりするんですけど、ちょっとこうやっぱやらされると、もうそこが痛いとかかゆいのがとにかく気になるんですよ、常に。

戸田:ああ、もう感覚として分かる?

Gさん:はい。それでもう、なんかだめですね、一気に。

戸田:痛くて寝れなかったりとか、かゆくて集中できなかったりとか、その感覚のところでの不具合とかっていかがですか?

Gさん:ああ、もうそれはしょっちゅう…、24時間ずっとなんで。ええ。

戸田:なんかこう「集中できないなあ」とか?

Gさん:そうですね、まあやっぱり、まあやっぱ傷あんまないときもあったので、その時に比べたらもう常に痛いですし常にかゆいですし。まあやっぱその分集中力とかも落ちてるし。まあやっぱ仕事のミスとかそういうのが多いかなとか思いますね。はい。

戸田:夜眠れなかったりとか、眠りが浅かったりとかっていうのもありますか?

Gさん:あ、それはもう正直、毎晩。はい。どっちかって言うと、今回手術受けるまでは、痛いかゆいで眠れない。で、ほとんどまあ1日1時間2時間寝れればいいほう。で、それがまあやっぱ1週間に3日続くと、もう身体的にひどいじゃないですか。でもう限界きて、1日もう死んだように眠るとかっていうふうには、ぐっすり眠れるんですけど。で、またそれで1回寝て睡眠が解消されると寝れないっていう、なんかそういうリズムです。

戸田:特に今、症状出ておられる肩の痛みが一番強い? 今のところは。

Gさん:そうですね。首肩のとこだけですね、気になるのは、今。

戸田:寝るときってどうしても仰向けで寝るとなると当たるじゃないですか。今はちょっと仰向けとか横向けとかにして?

Gさん:まあ横向き多いですけど、まあ仰向けでも寝てますね。はい。

戸田:かゆみはどうですか?

Gさん:かゆいです。今もかゆいですよ、このへんとか。

戸田:なんかもう痛さとかゆさが同居、混在している感じ?

Gさん:そうですね。どっちかっていうともうやっぱ、まあかゆいの方が強いですかね。

戸田:そうですか。治りかけ、

Gさん:なんか痛みはがまんできるんですけど、かゆみってがまんできないんですよ。でやっぱ同じ水疱症の人とこの前も話してたんですけど、「まあかゆみがまんできたら、僕らきっと(0)治るよね」っていう話ですよね(笑)。

戸田:それはかゆくてちょっと掻いてしまったり、触ってしまったりすることでまた出てきてしまうみたいな感じですか?

Gさん:そうですね、はい。たとえばまあそれこそ、何て言うんですか、一日24時間のうちの23時間がまんできとっても、一瞬、1回でももうちょっと掻いた時に、1回でちょっとずるっといったらもうそんで終わりなんで。なかなかやっぱり難しいですよね(笑)。

戸田:本当ですよね。そうか。私、なんかイメージ、お話いろいろお伺いしてた時に、痛みのほうがやっぱり強くてすごく生活に支障、もちろんそれもあると思うんですけども、今、Gさんのお話お伺いしてたら、かゆみのほうもやっぱりすごく影響が大きい、

Gさん:まあ痛いはずっと痛いんで、まあストレスではありますけど、何て言うんですかね、まあなんか僕はどっちかって言うとこう、まあやっぱ何て言うんですか、痛みって結局まあ痛いか痛くないかだけじゃないですか。がまんできるかできんかだけで。でも、かゆみって結局こう動作につながっちゃうんで、なんかわかってるんですけどこうやめれんっていうか。がまんしとってもついの1回でなってしまうので、そっちのほうがすっごいストレスなんですよね。「もうあとちょっとで治るとこだったのに、またか」みたいなのとか、で、がっかりしたりとかするもんで。

戸田:そうかそうか。「もう治るのに」っていう(笑)、

Gさん:(笑) なんかちょっと本当に無意識になんかこうやって…、なんか本当に普通に機嫌もよく、なんかこうやって、あっと思った時に(笑)とかあるもんで。いや、それでもう気分も台無しになりますし。

戸田:あー、そうか。こう無意識ですよね? なんかこう触っちゃうっていうのは。

Gさん:うん。あとあの、起きてるときはまだがまんできても、寝とるときに無意識に掻いてて、朝起きたら手が血まみれだったりとか。起きた時に「あ、いて」ってなって、「ああ、掻いたあとあるわ」とかでもうがっかりして、とかあるもんで(笑)、まあかゆみの方がストレスです。[00:27:00]

戸田:そうか。

Gさん:痛みはあの、痛いのは正直言うともう慣れました。もうあって当たり前というか、あって普通の状態なんで。うん。だから痛くないっていう感覚がもう忘れたっていうか(笑)。はい。痛くないときがないので。

戸田:学生の頃に勉強に集中しないといけないとか、もちろんそのお仕事のときも集中しないといけないときも、やっぱりそがれ…、そっちに意識いってしまいますよね?

Gさん:あ、でも僕そういう意味で言うと、若いときってそんなに気にならなかったんですよね。あの、まあそれこそ今やっぱ首肩まわりの傷がひどいので、まあ何て言うんですかね、こんな言い方したらあれなんですけど、脚とかに傷が残るのがまだ気持ち的には楽なんです。

戸田:そうですよね。

Gさん:首ってやっぱ常にしんどいっすわ、何するにしても。ひどくないときは、脚とかはやっぱ無意識に掻いたりしてましたけど、まあ「かゆけりゃ掻きゃあいいわ」ぐらいで、「あと広がってもいいや」ぐらいでそんなに気にしてなかったっていうか。なんで別に勉強とかそういうのに支障を感じたことはあんまないですね。

戸田:なるほど。

Gさん:ただやっぱ最近っていうのは、この首肩まわりがひどくなってからは、さっき話したようなのがあるんで。で、仕事に支障が出始めたのもやっぱ、ひどくなってからが特にっていうか。まああの、それと首肩まわりに傷があると、むしろやっぱ痛みとかで無意識にこう力入って、こう肩凝りとかして、

戸田:固くなりますよね。

Gさん:いやなんか肩凝りとかもう首とかこのへんが、その凝りの痛みもあれなんですよ。で、もうそれで倦怠感とか、いや、なんか傷、純粋に傷の痛みだけじゃなくなってきてるっていうか。

戸田:なんかこう波及しますよね、そういう、つながってますもんね。

Gさん:脚とか手のときってそういう二次的な、なんか凝って痛いとかそういうのってなかったんですけど、でもここはちょっとそれがあるんで。で、こう集中力とか下がってきたりとか倦怠感につながったりとかで、こう自分の活動性が下がったなっていうのは感じています。

戸田:下がったなっていうのは、病状の変化と一緒にちょっとそういったところも下がってしまうみたいな?

Gさん:そうですね。

戸田:連動する感じですよね?

Gさん:はい。やっぱこう精神的にも落ちるんで。僕は若い時にめちゃめちゃ元気で、それこそ24時間飛び回って遊んでたぐらいで、イベントとかをけっこう人集めてやったりとかしてたんですよ。こうめちゃめちゃね、元気だったんですけど。もうあとは首肩やこのへんおかしくなってきてからは人にも会いたくないですし、もう外にも出たくないですし。まあやっぱもう完全に鬱になりましたね。[00:30:14]

戸田:それはいつ頃のお話ですか?

Gさん:4、5年前ですかね。

戸田:それはその症状がちょっと強くなってきて、もうちょっとそれに合わせて気持ちもちょっとしんどくなってきて?

Gさん:そうですね。一回僕5、6年前に、もう6年前かな、ちょっと疲労も重なって、じんましん出たんですよ全身に。その時に、そん時が、えーと、21くらいに最後に入院してて手術で、それ以来で20何年ぶりでちょっと入院しなきゃいけなくなっちゃったんですね。

戸田:6年前に。

Gさん:はい。その時になんかこう糸が切れたみたいな感じで、こう精神的にもう全部参ってしまって。まあたぶん、診断は受けてないですけど、あれもう完全に鬱ですね。はい。もうそこでもうすべてが変わってしまったっていうか、なんか気持ちが落ちてこうふさぎ込んでしまったっていうか、そこからもう全然外出なくなって、イベントとかも全然やらなくなったりとか。でだんだんこう人と会うのもおっくうになってきてって、仕事も休むようなってって。どっちかって言うとその時が大きかったですね。

戸田:そこの症状が広がってきた中で思うように治らないというか、うまく行かないところでちょっと気持ちのしんどさも?

Gさん:はい。それは大きかったですね。はい。

戸田:何かきっかけがあったっていうわけではなくて、さっき言ってくださった、もう積もってきた中で、なんかこう糸が切れちゃったみたいな感じ?

Gさん:まあそうですね。でもその前、やっぱ30代の半ばくらいから傷ができやすくなって治りにくくなってきたぐらいから、ちょっとずつストレスは感じてて。でまあやっぱり仕事もちょっと休みがちになったのはそれくらいかなあって。

戸田:学校ご卒表されて、そのあとPTの学校に行かれて、

Gさん:そうですね。そこも話すと長くなるんですよ(笑)。けっこういろいろやってるんで。

戸田:(笑) もし、差し障りのない部分で、そのあたりもちょっと聞かせていただいても?

Gさん:あ、はい。高校までは普通に出たんですけど、えーと、まあ普通にも出てないかな。まあちょっと入院とか手術もからめて話すると、まああの小学生のときとか幼少の頃から植皮の手術は何回も受けてるんですけど、

戸田:そうなんですね。

Gさん:はい。○県に昔あの、それこそちょっと○年お亡くなりになっちゃったんですけど、もう昔、表皮水疱症でもう日本の権威みたいな先生で、○先生って方いたんですね。で、僕産まれてからずっとその人に診てもらっていたんですよ。でその時は、僕出身○なんですけど、だいたい3、4か月に1回、○の大学病院に行って、その先生に診てもらってっていう状態で。なんでやっぱり幼少の頃とか小学生の時は、夏休みとか冬休みとかに植皮の手術受ける入院したりとかしてたんですよ。で、高校なってから毎年入ってたんですね。高校生の時に、えーと、脚と首のところの植皮で、合計何回入ったかな、高校生の間に5回か6回入ってて。で、まあ最初は大学進学するつもりで勉強がんばってたんですけど、まあやっぱ休んだ分取り戻すっていうのけっこう大変で。最初はがんばって取り戻してたんですけど、なんか途中でもうなんか面倒くさくなったっていうかどうでもよくなってきて、勉強しなくなったんですね。[00:35:10]
 で、ちょっと出席日数も足りなくって、実はちょっとみんなが学校行かなくてもいい時に一人で学校通って、それで何とか卒業させてもらったっていう。でその時に、本当は大学行きたかったんですけど、まあもう学力が足りなくなったので専門学校っていう時に、ぶっちゃけ言うと消去法で看護学校にしたんですよ。まああと親とかまわりに言われたっていうのもあったので、「まあ病院に近いほうががいいかな」っていう単純な理由で、「なんかあっても病院で働いとったら何とかなるかな」みたいな単純な理由で看護学校受けて、でまあ、ありがたいことに受かったんですよ。ただ半年でちょっと、実はその学校が全校生徒で男僕一人だったんですね。あの、僕が受ける年から男性も受けれるようになったっていう。それまであの、女性だけの、ええ。で、僕が見に行った時は何人か男はいたんですけど(笑)、いざ入学したら一人だったんですよ。で、さすがにちょっとつらくて、んで、やめたんすね。で、そっから医療事務の専門学校行ったんですけど、で一応卒業はしたんですけど、就職先がちょうどバブル後で、なくって。で、ふらふらふらふら遊んでて、どうしようかなって時にもう一回医療系の仕事を、資格取れるようにがんばろうかなと思って、それでPTの学校行ったんです。あ、1年間予備校行きましたけど。で、それでPTになってって感じですね。

戸田:PTの学校は3…、4年?

Gさん:3年の学校に行きました。はい。

戸田:じゃあご卒表されたのはおいくつぐらいやったんですか?

Gさん:えーとですね、25歳、26になる年だったかな。えっと4年間、要は高校卒業してから結局そのふらふらしとったの4年間あったので、えーと、たぶん26になる年に就職して、リハビリテーション病院に就職したんですけど、3年働いて辞めて。今度はあの、えーと、学士取りたかったもんで、大学に編入学したんですよ。で2年間、編入学でまあちょっと仕事しながら、で一応取って。でそっからまた就職して何年間かPTやってました。

戸田:何の学士を取られたんですか?

Gさん:ああ、いやまあ普通のただの大学卒業っていう、それだけです。

戸田:なるほど。すごいですね、じゃあお仕事されながらまた大学にも行かれて。

Gさん:あ、まあ一応あの、正社員はやめて、基本学生なんですけど、編入なんで全部の授業出なくていいじゃないですか。だから空き時間は、なんかその時はまだPTが全国で2万人か3万人くらいしかいなかったので、田舎の方の老健とかだといないので非常勤で行ってたんですよ。なので週にまあ3、4日くらいちょっとアルバイトで行って、みたいなそんな生活でしたね。一番羽振りよかったですけど(笑)。[00:39:05]

戸田:で、そのあと大学もご卒表されて、でまた就職?

Gさん:ええ。

戸田:それはえーと、正社員で?

Gさん:ああ、そうですね。○の大学病院に一応そのまま就職して働いてて、ですね。

戸田:そこ何年ぐらいお勤めされてたんですか?

Gさん:まあでも就職してから2年で辞めました。

戸田:あ、大学病院。

Gさん:はい。

戸田:でそのあと、辞められたのが30歳ぐらい?

Gさん:そん時はもう30超えてましたね、33…、32、3じゃなかったかな。で、そこから知り合いの病院で、なんかそこがデイサービスかで、本当は僕が入ることでデイケアにしてっていう予定だったんですけど、ちょっとその話が頓挫してしまって、サービスのまんまでやるって言ったんで、で僕それでそれが面白くなかったんで辞めて(笑)。でまあなんかいろいろ整形外科に就職したりとか、まあクリニックに就職したりとか、転職はころころしてたんですけど。で、それくらいの時からだんだんこう傷が治りにくくなったりとか、患者さん、やっぱPTなんで患者さんこう移乗したりとかけっこう重労働の時に自分の皮膚が負けてしまうようになってきたんですね、だんだん。でそれでちょっと、これじゃあちょっとやっとれんなあと思って、まあ休みがちになったりとか辞めたり…、辞めて。で最終的にちょっともう休みがちになって、まあ正直に言うとクビになったんですけど。で、そのあとはもうちょっとPTの現場無理だなと思って、仕事探してたらたまたま就労移行支援のサービス管理責任者、PTの資格持っとったらまあ要は要件満たしてるっていうのがあって、それでサービス管理責任者募集ので入ったんです。何の仕事かも分からんと入りましたけど(笑)。

戸田:それはいつ頃のお話? 最近ですか?

Gさん:それは42、3、うん? もうちょっと前かな。40、まあでも40代にはなってく…、あ、違うか。38か9ですね、はい。

戸田:じゃあその30代で大学病院も退職されて、そのあとクリニックとかデイサービスとかを移動してこられたのは、病状がというよりかはちょっとその職種と形態が合わなくて?

Gさん:まあどっちもあってです。

戸田:っていうところがちょっと大きかった?

Gさん:まあ…、なんかどうなんすかね。まあ飽き性とかそういう性格的な問題もあるんですけど、あの、白衣がなにせ血とか汚れ目立つじゃないですか。でもうそれで自分、その時はちょうど膝に傷あって、歩くとこう白衣がすれて、膝がいつもこう血、汚れがついたりとか、首の後ろのとこと、やっぱりその白っていうのがとにかく嫌やったんですよ(笑)。

戸田:それは職場には伝えておられたんですか? ご病気。

Gさん:一切ないです。

戸田:言われなかった何か理由とかってあるんですか?

Gさん:あ、一応「表皮水疱症っていう病気ではあるんですけど」っていうことは言ったんですけど、まあ「働くうえで差し支えないです」ってずっと言ってたんで。

戸田:じゃ、そのご病気は伝えておられたけれども、なんかこう白衣を、ちょっと目立つから他の色のやつに替えてほしいとか、そういった配慮とかは特には言われ…、

Gさん:一切。はい。その患者さんの振り分けとかも別にあの、水疱症だからっていうのでこう気ぃつかってもらうとかも一切なかったんで。

戸田:ああ、そうかそうか。じゃあ特にGさんの中で、配慮を受ける必要はないかなっていう?

Gさん:あ、僕は求めてませんでした。あくまでも、何て言うんですか、そういうのは、何て言えばいいんだろ、その「水疱症です」って言うのはまあ一応何かあったときにそん時「何で言わんかった」って言われるのが嫌だからっていうので一応言っとくだけで、あとはもうどっちかって言うと一般人ともう感覚変わらずでずっとやってきたんで。なんかその水疱症だからっていうの言い訳にしてっていうのはやりたくなかったんで。だから休むときも、ただ調子が悪いとか風邪引いたとか嘘ついて休んどったもんで(笑)。

戸田:じゃああまりこの水疱症っていうことで言い訳をしたくないなっていう気持ちと、あまりこう配慮っていうのも受けたくないなっていう思いも両方あったみたいな感じですかね?

Gさん:30代の後半くらいまではずっとそういう気持ちでやってて、最後にそのクリニック、PTで働いていてたのクリニックなんですけど、その時はちょっとさすがにもう傷の状態もひどかったもんで、やっぱ「ちょっと傷の状態ひどくてしんどいんで休ませてくれ」っていう言い方で休んではいましたけども。まあやっぱそれだとすぐにクビになりましたね。[00:45:17]

戸田:あ、その症状を伝えて、ちょっと体調が悪いのでっていうことを伝えて休む日が重なると、ちょっと職場のほうも「大丈夫かな」みたいな、

Gさん:まあやっぱりけっこう休んでたんで。

戸田:それは体調が悪くて休まれてた、

Gさん:本当に体調悪くて休んでたんですけど。

戸田:体調が悪くて休んでるんですっていうことをお伝えしても、やっぱり継続就労の継続っていうところはちょっと難しかった?

Gさん:そうですね、はい。

戸田:なるほど。で30代後半、38歳から9歳ころから就労移行支援事業所のほうに仕事、

Gさん:まあ40、40ぐらいかな、40くらいからですけど、就労移行支援で仕事、ま一応今もその会社に所属はしてるんですけど。まあもう復職する気ないので、もう辞めます、ほんま。

戸田:そうなんですね。じゃあその一番、PTとしてもう体力的、身体的にちょっともう難しいかなって限界を感じられたのが38、9?

Gさん:38、9。9ぐらいかな、それくらいですね。

戸田:で、ずっとそのPTの資格を活かしてやっていこうっていうところにちょっと限界を感じられたのが、その病状が変化してきたときと重なっているっていう、

Gさん:そうですね。

戸田:じゃあGさんの中で大きく病状の変化がなければ、PTはちょっと続けていきたかったなあっていう思いは?

Gさん:なんか、そこも微妙なんですよね(笑)。

戸田:へー(笑)。

Gさん:いやまあ今も、何て言うんですか、PTやりたい気持ちと、まあ元気なとき、まあもうちょっと若いときか、もうちょっと若いときはなんか正直言うと、親に言われて医療の仕事を選んだっていうのがあったので、もう本当はあれなんですよ、もっと派手な仕事したかったんですよ。

戸田:たとえば?

Gさん:派手な仕事というか、まあ何て言うんですかね、こう旅行業とかイベント業とかなんかそういう仕事したかったんです。で実は去年までイベントの仕事、空き時間にバイトみたいな感じでずーっと10何年やってたんですけど。まあちょっと去年まあコロナの影響もあったんですけど、コロナでイベントなくなったっていうのと、僕の体調もうちょっとその入院したり手術せなっていうのもあったので、去年でちょっといったん辞めさせてもらってって感じですけど。

戸田:なるほど。じゃ、ちょっとそのPTの先生もご家族のご意向もあってっていうところがあって、こうめちゃくちゃやりたいっていう感じではなかったっていう(笑)…、

Gさん:そうです。

戸田:…ところが根底にあるので、その病状が理由でそのPTができないっていうことに対してのストレスっていうのはそんなに大きくは、

Gさん:そこまで大きくないですけど、でもまあせっかくがんばってやったんで、

戸田:本当ですね。

Gさん:まあもう、またやり…、もう一回やりたいって気持ちもまああるんですけど、何て言えばいいんですかね、なんかやりたい気持ちと、なんか「それ以外でいい」っていう気持ちと両方ありますね。

戸田:なるほど。じゃGさんの気持ちとしては、そういったイベント系の仕事をやっていきたいなっていう?

Gさん:いや、もうでも今このご時世じゃ難しいですよね。アルバイトだからしとったと思うんで。でまあやっぱ体調のこと考えたら、正直PT業界に戻るっていうのも、ちょっと気持ち強い部分もあったんですけど、あの、思ったよりも良くならんかったもんで。もう状態すごく良くなっとったら本当PT業復活…、復帰しようと思ってたんですよ。だけどちょっと思ったほどじゃなかったので、ちょっと難しいかなって気がして。また状態悪くなったりとかして、自分、まあまた自分の状態が悪くなるのが嫌なんで。なんかそういうリスクはあるから、もう今後はそういうリスクのない仕事にしたほうがいいのかなって思いながらも、何をしたらいいかが分かんない状態ですね。で、仕事辞めることは決めてますけど、じゃあ辞めたあと何するの?っての、まったく何も。[00:50:23]

(一部削除)

戸田:今はじゃあ在籍されておられるけども、出勤とかはされて?

Gさん:いや、してないです。今はもう療養期間中で、ずっと欠勤にしてもらってます。なんで傷病手当もらうっていうので。まあ一応、いやらしい話ですけど、まあやっぱ生活するにお金必要なんで。

戸田:もちろん。

Gさん:在籍しとるだけで、もう気持ちは辞めてます(笑)。

戸田:じゃあ今のそのちょっと経済的なお話にも入ってくるんですけれども、今の主な収入源は傷病手当?

Gさん:今、そうですね。

戸田:傷病手当はいつまで?

Gさん:まだ決まっ…、まだ何も決めてないです。

戸田:そうですか。満額たぶん1年半やったと思うんですけど、

Gさん:はい。去年の○月の半ばからの期間にしてるんで、まだ全然、はい。

戸田:なるほど。じゃあちょっとその傷病手当が切れて、で退職をされるご予定で、あとその失業保険があって、そのあとに次の就職活動を考えていこうかなっていう?

Gさん:まあ本当はもう来年度で、4月以降でなんか始めなとは思ってるんですけど、なんかこれだけ休むともうなんかやる気もなくなりますね(笑)。

戸田:気持ちもね(笑)。そうか。じゃ、

Gさん:状況も状況ですし、仕事もないですし求人もないですし。

戸田:じゃその傷病手当がもう切れるのを待たずに、ちょっと気持ちの面もあるし、ちょっと働いていこうかなっていうのは検討しておられる?

Gさん:まあ最初そのつもりだったんですけど、なんかもう今働く気があんまないですね(笑)。だれちゃってます、もう。

戸田:なるほど、そうか。じゃちょっとその今後、経済的に不安な要素っていうのは、お仕事がどうなるのかなっていう、

Gさん:ありますね、はい。まあ収入面だけはほんと何とかせんなっちゅう。まあ嫌だけどなんかしなきゃいけないなとは思ってます。

戸田:経済的な理由で治療を差し控えたりとか、生活でなんか差し控えてることとかってありますか?

Gさん:あ、まあ無駄遣いはしなくなりましたね、はい。それくらいです。

戸田:ちなみに無駄遣いってどのあたりですか?(笑)

Gさん:まあ、無駄な本とか、あとあの、音楽好きなもんで、CDとかよく買うな。あとはあれですね、もう、まあコロナになったのと、あとまあちょっと手術で入院とかそういう治療を受けるようになったからっていうので、ちょっとけじめつけななっていうのはあって、飲酒はやめたんですけど。それまではもうとにかくまあ、本当アル中ぐらい飲んでたんで。[00:55:07]

戸田:お酒強いんですか?

Gさん:好きですね。まあ飲んだらこう、かゆくなったりとか、それで傷悪化してるのも分かってたんですけど、まあやめれんかったっていうか。

(一部削除)

戸田:何かそのご病気で友人関係とかでちょっと嫌な思いされたこととかってありますか?

Gさん:最近はないですね。あの、やっぱ10代のときとかは、めちゃめちゃありましたけど。やっぱ、いじめも受けましたし、差別もされましたし。そういうのはまあやっぱ幼少の時とか小学校の時とか、まあ中学高校もでしたけど、まあ学生の時はやっぱ多かったですけど。

戸田:もし差し支えがなければ、どんな体験やったんですか? そんな、何かこう差別的な、

Gさん:いやまあやっぱ包帯巻いてるんで、もう「生きてるミイラ」とか悪口言われたりとか。もうそれこそあの、「学校来るな」みたいな、「病院行け」みたいな言われたりとか。まああと何すかね、やっぱこう体育の授業とかでも出れるのもあれば、出ないときもあったりとか、そういうのでこうやっぱ一応学校の先生も、何て言うんですか、まあやっぱ「Gくん怪我しやすいから」とかそういうので、こう「休みます」とかそういうのをみんなに言ったりとかするじゃないですか。たら、なんか逆に気ぃつかってくれとる部分もあったんでしょうけど、まあ遊びとかもやっぱり外で遊びに行くときとかは誘われんくなったりとか。なんかあと入院やっぱり繰り返すと、なんかそこでまあ一気にみんな離れていきますね。うん。退院したら、なんか誰もかまってくれんくなってとか。まあ、ただでさえこう、あいだあいて久しぶりっていうところでこうちょっと、何て言うんですかね、気つかうところに尚更そういうのがあって、でなんか気ぃついたらもう一人だったとか、まあそういうのはもうしょっちゅうでしたね。

戸田:小中高のときも、定期的に○の○先生のところに入院されて?

Gさん:はい、してました。

戸田:年1回? 夏休みとかにですか?

Gさん:夏休みとか冬休み多かったですけど、年に1回ではなかったですね。まあ小学校の時は2回だけ、1年の時と6年の時だけだったかな。[00:59:48]

戸田:それは植皮で?

Gさん:はい、毎回植皮で。で中学は入院1回もしていなかったんですけど、高校の時はもう6回。だからその時は、あの、高校卒業したらもう実家は家は出るつもりでいたんで、どんなかたちであれ、だから一人で生活してかんならんから、なんかそんな処置なんか毎日しとれんぞと思って、そんときは。だからそれまでに治すって思って何回も入ってたんですけど、全然よくならんくて(笑)。

戸田:そうか。さっき言われてた、包帯をしていることで周囲の方から言われたりっていうことで、言われないために隠すとかそういったこともされてたんですか?

Gさん:僕、基本的にあの、服着てたら全然分かんない感じなんです。あの、まあ要は長袖長ズボンで。これまあ、そんとき首んところもまあ襟で隠れるくらいだったんで、見た目にはほんと手ぐらいで。でもやっぱり言われましたね、はい。爪がないとか、そういうので。

戸田:ああ。じゃあ身体の部分は衣類で覆えているので、まあそこは分からない?

Gさん:そのまあ代わりにこう夏場でもずっと長袖とか、ずっと隠してましたけど。

戸田:服の色味も、やっぱり白とか薄い色では、

Gさん:は持ってなかったですね。

戸田:もう黒とか紺色とかの、もし血が滲んでも分かりづらい、

Gさん:そうですね、あとはとにかく柄物とか。

戸田:そうかそうか。でもそのちょっと爪の部分であったりとか指のちょっと弱い部分で、そこの子どもたちは見て何か言ってくるみたいな感じ?

Gさん:そうですね。あとまあ小学校低学年ぐらいの時はやっぱりあの、何て言うんですか、こう、短パン…、半ズボンか、短パンとかで膝から下、包帯とかっていうので行ってたこともあるんで。ちっちゃいときってあの、自分の意思ってそんななくて、こう親が、親のやったまんまで行ったりするじゃないですか。だからなんかそういうので行ってたりしてたんですね。だからやっぱ同級生とかそういうので覚えてるんでしょうね。

戸田:何かこう、言われたくないなっていう防衛の思いで、意図的に見えないようにするっていう行動とかってありましたか?

Gさん:ああ、してました、してました。その、長袖長ズボンでずっと行ったりとか、あとあの、髪伸ばして後ろ隠れるようにしてたりとか。

戸田:で、逆にその隠す、覆うことで、よけいにその病状が悪化してしまうこととかもありましたか?

Gさん:まあ、まああんま意識なかったですけど、首のとこに関しては「髪の毛の伸ばしとるからばい菌入って悪くなるんやぞ」ってよく先生、あの、医者には言われてました。

戸田:でもGさんのお気持ちとしては、そこの首の症状をなるべく見せたくないっていう思いがあるので伸ばす、

Gさん:子どものときでしたからね、やっぱこう人目のほうが気になってたんで、はい。

戸田:そうですよね。そうか。じゃあそれで何かここのばい菌が入って化膿したりとかもまああったことはあった?

Gさん:まあたぶんあったと思います。あんま気にしてなかったんですけど。

戸田:でも夏場とか暑いのに長袖着ると、よけいに症状が悪化したりとかっていうこととかはなかったですか?

Gさん:いや、あったと思いますよ、なんか。それこそ本当はあんまそういう意識なかったんですよ、僕。うん、まあ、「ああまた傷できたわ」とか、「おんなじ傷できた」とか、なんか「ちょっと汚いなあ」とかそういうのありましたけど、あんま気にしてなくって。でもまあ今思えば、夏場はやっぱ化膿したりしてたんだろうなと思います。

戸田:ああ。ね、本来なら半袖短パンとか肌の露出をして体温調整するところを、やっぱり「ちょっと見せたくないな」っていうところで覆うことで、ちょっと夏場は傷が悪化したりとか治りが、

Gさん:まあ、たぶんありましたね、うん。

戸田:なるほど、そうか。そやねえ。あとご家族のこともお伺いしても大丈夫ですか?

Gさん:ああ、はい。

戸田:今はご両親と一緒に生活しておられる?

Gさん:ええ、いや、あの、両親は○。[01:04:56]

戸田:ああそうか、○なんですね。今はご家族、

Gさん:えーと、嫁一人だけ。

戸田:あ、奥さんと二人、

Gさん:子どもはいないです。あの、嫁と二人で。

戸田:あ、そっかそっか。ご実家が○なんですね。

Gさん:はい、はい。

戸田:すみません(笑)。

Gさん:いえいえ。

戸田:あ、さっきご友人とのあれもやったんですけど、恋愛とかはいかがでしたか? そのご病状で何か、

Gさん:普通ーにしてましたね。

戸田:(笑)

Gさん:ただまあやっぱ傷あるとか病気のこと言うと、それであの、まあ要は振られるっていうか、それで離れていく人もいましたけど。まあだから、何だかんだで全然めげずに(笑)。

戸田:(笑) そっかそっか。

Gさん:けんかもしてましたし、普通に殴り合いの。でもこっちのほうがぼこぼこにやられて終わりやな、いうのはわかってたんですけど(笑)。

戸田:そうかそうか。じゃあその、好きだなっていう女の子がいて告白をして、で、うまく付き合っててもご病気のこと伝えると、

Gさん:ああ、まあそれでだめになったことは何回もありますよ。

戸田:ああ、そうでしたか。その時のお気持ちとかはもう、どんなお気持ちやったですか?

Gさん:いや、なんかまあ普通に振られたときとおんなじですね、「くそっ」て思ったぐらいで。まあ傷ついて落ち込んだりはしてましたけど。

戸田:うんうん、なるほど。そうかそうか。今は奥様とお二人暮らしで、

Gさん:はい。

戸田:奥様はお仕事されておられるんですか?

Gさん:はい。

戸田:なるほど。奥様はGさんのご病状もよくご理解されて?

Gさん:そうですね。まあやっぱりあの、結婚とかって話出る前には絶対ちゃんと言わなっていうのは最初から、もうずっと若いときから思っとったんで。うん、まあそれも言ったうえで、まあ本人も向こうの家族もまあ了承してくれたんです。ありがたい。ありがたいですよね。

戸田:ご理解いただいて。なるほど。今、奥様が何かご病気に対してサポートしてくださったりとか…、でもケアも今お一人でされてるんですよね?

Gさん:そうね、まあたまーにですけど、たまーに包帯巻くのだけ手伝ってもらったりとか。あとは、まあそういう直接的なケア、ケアというか傷の処置とかそういうのじゃないんですけど、あの、食事とか、食事もやっぱりこう何て言うんですか、体にいいものとか、そういうところでは、いろいろすごいサポートしてくれてますね。

戸田:すごい優しいんですね。

Gさん:ありがたいですね。

戸田:けんかされることありますか?

Gさん:たまーに。

(一部削除)

戸田:じゃあ家事も奥様が中心になってやってくださってる?

Gさん:そうですね。

戸田:Gさんも家事をされたりとかもしておられるんですか?

Gさん:いや、してないです(笑)。

(一部削除)

戸田:ちょっと踏み込んだことをお伺いするので、もうこれもお話ししたくなかったら全然言っていただいたらあれなんですけど、子どもさん持たれないとか、そういった背景とかって何かあるんですか?

Gさん:それは子どもができんかっただけです。

戸田:そうなんですね。

Gさん:まあちょっと僕はどっちか言うと、でもやっぱりあの、自分がこういう状態だからっていう葛藤はずっとありましたけどね。

戸田:それはえっと、育児ができるのかなっていう?

Gさん:それですね。

戸田:子どもと向き合うだけの体力であったりとか、皮膚の状態も含めてっていうところでの、ちょっと大丈夫かなっていうような?

Gさん:まあ、あんまそこまで深く考えたことなかったんですけど、なんか単純に、ただ自分が先天性だからっていうので、まあなんか大変かなっていう。でまあ遺伝に関しては劣性遺伝性なんで、すぐ、あの、実子には出る可能性は低いっていうのは分かってたんですけど、でもなんか気が進まんかったっていうのは、うん、正直ありましたね。ただまあ嫁さんの方はやっぱ望んでくれたんで、まあ一応子どもはつくる気でもう、あの、いる時期もあったんですけど、まあたまたまできんかったっていうのと、まああと正直言うと、そこにちょうどその状態が悪い時期重なっちゃって、それどころじゃなくなったっていうか、僕がもう、そういう余裕がなくなったっていう。

戸田:確かに。なるほど。そっか。じゃ、ちょっとその遺伝のところのちょっと課題も、お気持ちの中では、

Gさん:なんかたぶんあの、僕ちょっとその若い時に聞いとったんは、実子には遺伝はせんと。ただ因子はあるから、その次の代で出る可能性は高くなるって聞いてたんで。

戸田:ああ。じゃあもし子どもさんには遺伝しなくても、お孫さん、Gさんからされたらお孫さんにちょっと影響が出るかもしれないっていうふうに情報は先生から聞かれていたと。

Gさん:うん、なんか10代の後半か20代の前半かな、ぐらいの時に一回聞いたんですよ。「子どもに遺伝ってするんですか?」って聞いたら、なんかそんな説明だったと思うんです、そんとき。なんで、なんか「子どもに出んのだったらいいかな」と思ってた時期もあったんですけど、「でもその次に出たら、なんかそっちの方が迷惑かな」とか思ったりとかもしたもんで。うん。それになんかあんま気は進まんかったですよね。

戸田:ああ。そういうお話は奥様とも共有はされて?

Gさん:してます、してます。

戸田:奥様の中では、「まあそういうことも考えられるけれども、できたらいいね」っていうような?

Gさん:ああ、僕一人っ子なもんで。うん。だからなんかやっぱりこう、次を残してかんな、みたいなのは、のもあって、なんかそこはちょっとこう葛藤はありましたね。

戸田:ああ、そっか。

Gさん:親が、親がね、僕以外にもきょうだいおったらもうつくらんって開き直れてたんですけど、一人っ子だったもんで、なんかやっぱちょっとそこは残さんなんかなって気持ちもどっかにあって。だからまあやっぱあの、これ親、両親から直接聞いたんじゃなくて、○、○親の○から聞いたんですけど、親にもまだいまだに話したことないんですけど、やっぱ親は僕が第一子でこういう病気で産まれたんで、まわりに二人目つくれって言われても頑なにつくらんって拒否して、もうつくらんって決めた。決めてっていうので、ずっと一人っ子だった、ってのがちょっと聞いたもんで。うん、なんかね、複雑ですよね(笑)。[01:15:18]

戸田:複雑な気持ちになりますよね。ご両親からご病気について、なんか直接そういったお話とかされることとかって今まであったんですか?

Gさん:んー、まあどっちかって言うとまあやっぱ、まあ親ももう○半ばなんで、まあやっぱ考えたら昔の古い人間なんで、まあやっぱ病気のこともあるから手堅い仕事に就けと。公務員とか、医療関係とかっていうようなことはよう言われて。でもそれくらいですかね。

戸田:そうか。手堅いっていうあたりが医療関係だったんですね。ご両親との関係もよかった?

Gさん:あ、いいですよ。仲いいですよ。

戸田:そっか。そういうふうに○さんから聞くとなんかちょっと複雑な、あ、そういう思いでいらっしゃったんやなっていうふうになりますよね。

Gさん:でも、大事に大事にしてもらったと思ってます。

戸田:ああ、そうですか。幼少の頃はお母さんがメインでケアしてくださってたんですか?

Gさん:そうですね。

戸田:そっか。これもちょっとあの踏み入った話になるんですけれども、これもお話ししたくなかったら全然あれなんですけど、性生活の所で何か支障きたすこととかってありましたか? 表皮水疱症に関することで。

Gさん:僕は正直その、まあ最近状態が悪くて、精神的な面でもう自分がそういう気にならんっていう、そういうのがあるぐらいで、あとは別に、はい。

戸田:身体的なところでの、今まで困ったこととか何かそういったことはなかったですか?

Gさん:まあぶっちゃけ、傷とかはあんま見られたくないなっていうのは。

戸田:ああ、そうですよね。うん。どうしてもその出てしまうっていうところで、そこは何か工夫されてたりとかっていうこと、

Gさん:まああの、もうぶっちゃけで言うと、まああの、何て言うんですか、まあ包帯、まあ要はガーゼと包帯を当てたまんまで、とか。

戸田:うんうん、そうですよね。じゃそこのケアしているケア材料のところは付けられたままっていうかたちで。

Gさん:そうですね。

戸田:確かに症状の出てくるところと、まあその気持ちの部分と連動しますよね。

Gさん:はい。

戸田:分かりました。ありがとうございます。あと公的な制度のところもちょっとお伺いできたらなと思うんですけれども、特に脚に症状が出ておられる方やったら身体障害者手帳を取られてる方もいらっしゃるんですけれども。

Gさん:ああ、僕何も持ってないです。あの、その指の癒着とかは一切ないので、五体満足なんですよ。なんで対象外ですね。

戸田:項目に皮膚がないですもんね、もうそもそも。何か公的な制度で使えるものがないかなとか、そういったの調べられたりとかしたことってありますか?

Gさん:上限管理額(01:19:23)、

戸田:ああ、はいはい。

Gさん:ですね、まあ調べるっていうか聞いたりはしましたけども、なかったかな。

戸田:難病の医療費助成は受けておられる?

Gさん:はい、受けてます、受けてます。

戸田:それはもう幼少の頃から?

Gさん:ええ。

戸田:じゃあ、制度、うん。で幼少の頃からもう申請はしておられて、

Gさん:そうです、そうです。

戸田:利用されてたということなんですね。何かその公的なサービスで、何かこんなのが受けられないかなとか、そういったこととかってありますか? [01:20:00]

Gさん:障害認定、欲しいですね(笑)。

戸田:それを、認定を得られることで、就職の部分でとかですか?

Gさん:経済的な部分ていうか(笑)。

戸田:はいはい。障害年金とかも考えられたこととかってあるんですか?

Gさん:あります、あります。

戸田:調べられたりとか?

Gさん:あ、一応就労移行で働いとったんで(笑)。

戸田:あ、そうかそうか(笑)。で調べられたけれども、該当はちょっと難しいかなという感じ?

Gさん:該当は難しいですね。まあ今、正直その4、5年前にひどくなってから、何だっけあれ、痛みどめじゃなくて、あ、痛みどめか、痛みどめ目的でだったか、えーと、ふ…、あー何だったかな、サインバルタって薬もらってたんですよ。で、それが精神科じゃないと出せん薬で、皮膚科じゃ出せない、処方できないみたいで。それでずっと3、4年くらいは精神科かかってて。なんで、まあいやらしい話ですけど、仕事辞めたらちょっと精神科の先生に相談して、なんかうまいこと障害年金もらえるようにできんかねって相談はしてみようかなと思ってるんですけど(笑)。

戸田:なるほど。じゃあそっちは精神のほうでっていうイメージですか? その表皮水疱症の方ではなくて。

Gさん:表皮水疱症、対象外なんで、はい。

戸田:えーと、障害年金?

Gさん:うん。含まれんのじゃなかったかな?たぶんだめだったと思います。

戸田:うんうん。じゃあちょっと精神科のほうで障害年金が申請ができないかなっていうのを今ちょっと考えておられる?

Gさん:そうですね。まあまだ先生にも相談してないですけど。

戸田:で、表皮水疱症で障害年金を取るのは難しいなっていうふうに感じておられるのは、なんか調べられたうえで、なんか「あ、やっぱり無理やな」みたいな感じで?

Gさん:まあ、対象外ですからね。まあそれこそ手帳の対象になれば該当もしてくるようにはなるかもしんないですけど。手帳の該当とにかくならんので。受けれるサービスはもうほとんどないに等しいので。

戸田:ああ、障害のほうが。

Gさん:うん。

戸田:うんうん、そやね。何か、就労面で何か障害者手帳取ったほうがよかったなとかって思ったこととかは?

Gさん:ないです。

戸田:あっちの障害者雇用枠でいけないかな?とか、

Gさん:あ、ないです。ないです。この仕事したらなおさらないです。

戸田:ん?

Gさん:この仕事を経験したら、なおさらないです。

戸田:(笑) あ、移行支援で。それは何かあまりいいイメージをお持ちではない感じ?

Gさん:持てないすよ。なんか難しいですよ。うん。

戸田:その障害者雇用枠での就労継続が難しい?

Gさん:うーん、ていうよりもなんか、まだまあやっぱ○田舎なんで、まあやっぱり○とか○に比べても遅れてる部分もありますし、まあやっぱ障害者雇用っていう理解がまだ全然進んでないですね。うん。で仕事も限られるし、うん、で収入も少ないですし。いや、そんな思いするくらいならね。

戸田:ああ、なるほど。じゃその仕事、企業とかの認識も低い、薄いっていう中で、もし手帳が取れて障害者雇用枠で、まあ配慮がもし得られて安定して働けるっていうても、なかなかその収入の面であったりとか職種もすごく限られているみたいな背景を、

Gさん:そうです。

戸田:移行支援事業所でお勤めされている中で、もうご理解してこられたみたいな? [01:24:41]

Gさん:そうですね。もうあの、それこそハローワークとかに出とる一般の、あ、一般というかあの、その障害者雇用の出とる求人とかもうつまらんし、こんなんで働きたくならんやろと思って。まあ一般企業にあの、何て言うんですか、こう障害者雇用の提案とか、要は開拓とかもしてたんですよ。でもまあなかなか難しいっすね、やっぱり。こう現場と上層部の考えが一致するところがほとんどないので。上層部は雇う気あっても現場が冷たかったりとか、逆にあの、現場の受け入れがよくても上層部の理解がなかったりとか、結局そういうのでうまくいくことなんかほとんどないですよ。うん。なかなかもうやっぱ、よっぽどじゃないと、よっぽどマッチしない限りはなかなか難しいなっていうのがあったので。で、まあ要はマッチングがうまくいけば、そうなったら逆に障害も一般も関係ないですよ。だったらわざわざ障害枠なんか必要ねえなと思って。

(一部削除) 戸田:そうか。じゃもう一般のほうで、まあちょっと体力的にもこう継続できるような職種を今後はちょっと考えていきたい、ハローワークで探していこうかなっていうふうに考えておられるんですか?

Gさん:いや僕どっちか言うともう、あんま就職する気ないんですよね。あの、自分でなんか収入を得てくような仕事をつくってこうかなって、思ってもいたんですけど、ただなんせ今やる気がないんですよ(笑)。

戸田:だってもう、ね、こないだ退院されてまだ間もないですもんね。[01:28:16]

Gさん:うーん、なんかやっぱだめですね、こんな長いこと休んどったり入院するのって、だれてだめですわ、やっぱ。やっぱ人間だれることも慣れることができるんだなと思いましたもん。

戸田:今もう傷病手当もらわれてお休みされてる、○年の○月から?

Gさん:はい。

戸田:じゃあ半年ぐらい?

Gさん:○月の後半からなんで、そうですね、半年くらいですね。

戸田:半年ぐらい。じゃあちょっと気持ちもこう落ちていってしまうような感じ?

Gさん:んー、まあやっぱ自分が元気でばりばりで働いとったときに比べたら、もう全然不健全ですよね、気持ちの面でも。

戸田:そっか。奥様は何かそのあたりご相談されたりとかしておられるんですか?

Gさん:まあ今は療養期間ってことであんま何も言わないですけど、まあやっぱ収入のところでまあ「仕事はしてね」とは言われてるんで。

戸田:なるほど。じゃあそのいろんな公的な支援のところでは、そういった障害年金であったりとかそういったところのサービスがちょっと使えたらいいなっていうところで、表皮水疱症での取得はちょっともう難しいと、なので精神のほうでっていう。

Gさん:まあそれも本当はどうかなっていう。なんか本当はやっぱ自分で稼ぐっていうところですけど。

戸田:うんうん、そっか。

Gさん:ずっと、ずっとあの、自分、自営業でやっていきたいなとは思っとったんで。[01:30:05]

(一部削除)

Gさん:やっぱりこう、まあやっぱちっちゃい時にその、学校とかで集団の中で弾かれたっていうのがまあやっぱどっかにあるんでしょうね。なんかあんまり集団の中でこう、みんなと一緒のことするっていうのがなんか嫌なんですよ、基本的に。あんまそういう場を好まないというか。それこそ少人数とか、またあの単発で大人数で集まってとかはいいんですけど、なんか常にこう、何て言うんですか、ルーティンでなんか一定の人がいるところに自分もその中の一人になるっていうのが、もうなんかなじめないというか、もう自分でバリアを張っちゃってるんで。うん。

戸田:そのバリアを張ってしまうっていうところは、過去のちょっと仲間に入れなかったっていうところから起因しているものなんですか?

Gさん:じゃないかなあって思ってます。うん。

戸田:無意識にそのバリアを張ってしまうっていう、

Gさん:そうですね。まあやっぱ集団行動が嫌いっていうのもあるんで、それって何でかなって思ったときにやっぱりこう、そういう学校とかでこう自分がその中になじめんかったっていうのは大きいんかなあと思ってます。

戸田:それはもう小学校から高校ぐらいまで続いてた感じやったんですか?

Gさん:そうですね。

戸田:グループというかその、友人関係で、

Gさん:まあ僕あの本当、高校…、中学はちゃんと行きましたけど、高校はもうほとんど保健室登校でした。

戸田:ああ、それはもうご病状の、体調的に?

Gさん:そうですね、まあそれもありますし、もうなんか途中からもう単に行くの嫌になって、平気でさぼってましたし。うん。もう1時間だけ出て、1限目だけ出て帰ったりとか。まあ理由は全部病院行くとか調子悪いって言ってたんですけど、本当は気分的にもういたくないとか嫌だったってのある。まあその中で一人で孤立して居場所なかったんで。

戸田:こう親しい友だちもいない環境でっていうのも大きな影響、

Gさん:高校のときはゼロでしたね。

戸田:ああ、そうか。

Gさん:中学まではあの、小中とおんなじで上がってたんで、あの、幼なじみの中で数少ないこう仲いい友だちもいたんですけど、みんなばらばらになっちゃったんですよ、高校の時に。

戸田:そうですね。じゃあその親しい友だちもいない中で、体調的にもすぐれないけれども、もしそこに親しい友だちとかなんか友人関係があれば行けてたかなあっていう?

Gさん:んー、まあでも結局入院何回も繰り返してもう勉強遅れちゃってたんで、なんかもうやる気がなかったんですよね、そんときに。

戸田:ああ、確かにね。気持ちもちょっとそがれてしまいますよね。そうか。  すいません、もう2時間近く経ってるんですけど、

Gさん:あ、ほんとだ(笑)。

戸田:体調大丈夫ですか?

Gさん:僕、全然大丈夫です。

戸田:すみません。最後にちょっとお伺いしたいのが、幼少の頃からずっとそのご病状お持ちなんですけども、今その表皮水疱症という病気を抱えて、今のこう自分の身体に対する思い、どんな思い抱いておられるのかなというところ、お伺いできたらなと思ったんですけれども。[01:34:59]

Gさん:早く死ねるのならもう、すぐ死にたいなと思ってますけど。

戸田:うーん。そこの背景は?

Gさん:本音はそれです。

戸田:本音はそこ? うーん。そこのそう思わせる要因、たくさんあるかと思うんですけども。

Gさん:やっぱり、何て言うんですかね、僕たぶん水疱症の中でも、こういいほうだと思うんですけど、なんか言い方変えれば、中途半端なんですよ。こう、いい時もあれば悪い時もあるんで。で今どっちか言うとずっと悪い時が続いてるんで、やっぱこうだんだんできなくなってくることが多いんですね。だからやっぱどうしても気持ち的に落ちたり、こうつまらんくなってくるんで、「もういいわ」ってなってくるんですよね、気持ちが(笑)。

戸田:率直なGさんの今の思いとしては、もう死にたい、別にこう意図的、意識的に何かってというわけではなくてもっていう? そうした死に対する、

Gさん:ああ、まあ自殺願望はないですけど、まあなんか早く楽になれんかなっていう考えですね。

戸田:それがその、積極的にこう生きて何かっていう思いには今は至らない?

Gさん:うーん。なんか今はまあ、ないですね。

戸田:うん。

Gさん:金に困らんければ、なんかね、それこそあの、何て言うんですか、「あれやりたい、これやりたい」って出てくるんでしょうけど、まあやっぱ経済面に直結してるんで、今。なおさらちょっともう、もうなんかすべてが面倒くさくなってるんですよね、正直言うと(笑)。

戸田:そこにも、その病状が目処が立たないっていうところも影響してるのかなと思うんですけども、そのあたりはいかがですか?

Gさん:まあ、もちろんそれもありますね。うん。まああの、まあ何て言うんですか、常にそういう考えっていうんじゃなくて、まあその時によってまあ、やっぱちょっとがんばらんなんなって思うときも、まあもちろんあるんですよ。うん。もちろんあるんですけど、なんかね、ちょっと最近は。

戸田:じゃ、そこのその病状がその波があるっていうところと、その目処が立たない、で、ちょっと経済的なところの背景もあるっていうところと、まあそこでこう気持ちもなかなかついてこないっていう。

Gさん:そうですね。なんか年齢的にも、もうなんか、うん、もう若くもないし。なんかいい年齢じゃないですか。で何、なんか、「何やっとるんやろな」っていうのがなんか嫌になってくるっていうか。

戸田:さっきおっしゃってくださった中途半端っていう言葉、そのむちゃくちゃ悪いわけではない、でも、むちゃくちゃ元気なわけではないっていう。

Gさん:そうですね。

戸田:そこのこう中途半端の気持ちのしんどさっていう、

Gさん:そうですね。

戸田:それはこう、

Gさん:まわりから、こう誰から見ても明らかにこう、「今もうこんな、働くなんか無理だよね」とかっていう状態でもないですし、働こうと思ったら働ける状態ではあるので。でも今からまた働くにあたってこう、なんかその、何て言うんですか、そのさっき言ったような小さい不具合、たとえばちょっと手、上にあげたら、ずれてちょっと気になってもうだめになるとか、その、血で汚れて嫌な、ストレスになるとか、だからちっちゃいことなんですけど、なんか毎日それがあると、まあやっぱけっこうしんどくなるんですよね、気持ちが。

戸田:確かにね、せやんね。

Gさん:で、そういうのがこういろいろ、それだけじゃなくてもう他にもあるんで。てなるとなんかやっぱりこう、じゃ「その中で」っていう選択肢ももちろんどんどんなくなってきますし、年齢的にもないですし、とかね。なんかやっぱ経験すればするほどこう、だんだんこう狭まってくるっていうか。で、本当はそこ広げなきゃいけないっていうのもあるんですけど、なんかね、こうやろう…、なんかいろいろこう手出してみても続かんのですよね、結局ひどくなって。もうなんか、うん、もがくのもバカらしくなってきて(笑)。

戸田:そうか。

Gさん:いやなんか本当もう、こんな考えじゃだめだとは分かってるんですけどね。もうだからそんな中でも、なんかやっぱもう、もがき続けるしかないかなとか。まあ七転び八起きじゃないですけども、何回転んでももう起き上がるしかもう、自分で起き上がるしかないのも分かってるんですけど。うーん、なんか今その気力がないですね。

戸田:ああ。そこのその小さなところの、ねえ、ストレスがどんどん溜まっていくっていうところ。もう明らかに何か歩けないとかそういったわけではないけれどもっていうところの、また別様のしんどさっていう感じですかね?

Gさん:そうですね、たとえばまあ極端なことを言うと、まあそういう立場になったことがないんで、逆にそういう人たちの気持ちが分からないからこんなこと言えるのかもしれないですけど、まあ歩けんかったら歩けんかったで諦めつくじゃないですか。でもなんか歩こうと思ったら歩けるけど、でも歩くとしんどいって。なんかまあぶっちゃけこんな状態だから、なんかね、なおさらこう、こう、

戸田:中途半端感が(笑)、

Gさん:そうですよね。

戸田:うんうん。一概には言えないけれども歩けないとか、何か食べれないとか、パシッと決まってしまえば、そっちに気持ちがシフトチェンジできるけれども、歩こうと思えば歩ける、でもそれをすることでまた疲れてまた次のことができなくなるっていうところの、本当にそのまた質の違うしんどさっていうところ、

Gさん:まあそうですね。だから気力次第なんですけど、その気力が湧かないっていうか。気力にかかっとるからこそ、なんかこうしんどくなってしまったっていうか。

戸田:でもそこの気力の部分に、さっき最初にお話ししてくださったそのかゆさとか痛さの身体的な症状が常にあるっていう、そこも、

Gさん:まあでも全部それも、やっぱり気力があれば乗り越えれると思うんで。もう今、だから前はそれで全部やってきたんですよ。うん。こんなん気持ち次第やんと思って。

戸田:(笑) 気持ち次第。

Gさん:まあまああの、こんなもう「いつでも死んでいい」とか言っとる人間がこんなことを言ってもあれなんですけど、もう若い時とかはもう逆になんかネガティブなことは考えんと、もう同じ時間過ぎてくんだったらやっぱり楽しんだもん勝ちだし、ポジティブになっとかんな、っていうふうに思ってずっとやってきてたんですよ。だから何でもやってたんです、そんときは。でもなんかやっぱりちょっと身体的な負担が増えてくると、もうそういう気持ちも萎えてきて、なんか前みたいにやっぱ…、まあそれも気力で乗り越えれるやろっていう気持ちもあるんですけど、その気力がなんかこう湧くときもあるんですけど、続かないですよね。うん。だからなんかあの、今もやりたいこととかもたくさんあるんですよ。

戸田:たとえば?

Gさん:ん? たとえばで言うと、まあこのデブラ入ったんもそうなんですけど、まあその今後の自分の仕事にしたいなっていうのもあって。だからやっぱりその、今までこう障害者支援とかそういう医療とかには関わってきた経験も活かせるかなと思って、今後はそこを難病とか自分のその水疱症に絞って何かやってけんかなって思ったりっていうのもあって、でそれでデブラ紹介してもらって入ったんです。で○さんと、あの、ちょっと今回退院してからまだ話してないんですけど、前、入院する前はZOOMとかで話しとるときに、もうなんか「いろいろやってこう」っていうのをけっこう○さんと話はしてて。うん。だからなんかそういうのやりたいなって気持ちはあったりとか、してるんですけど。

戸田:いいですね。

Gさん:うん。いやなんかやっぱこう家ん中でだらだらしとるとこう(笑)、なかなかスイッチが入らんというか。うーん。でなんかやっぱちょっとね、やっぱ状態が悪い日はもう、それこそやる気もへったくれもないっていうか、何もする気にもならんっていうか、もうすべてが嫌になるっていうか。[01:44:57]

戸田:そっかそっか。

Gさん:なんかこう、家ん中でこう何もしてない自分が、自分でね、自分で選択して今こういう状況にあるくせに、なんかすごく惨めになってしまって、とかね。

戸田:気持ちがちょっと、ね、どうしようっていう、

Gさん:まあやっぱり、家でこうやっておるからだめなんですよね。うん。やっぱ外出んとだめですね。

戸田:奥様は○でお勤めしておられるんですか?

Gさん:ああ、そうです。

戸田:もうフルタイムで?

Gさん:はい。

戸田:じゃあ日中お一人でいられる時間がやっぱ長いと、いろいろちょっと考えちゃう感じですか?

Gさん:そうですね。で嫁、○で働いとるんですよ。

戸田:へえー。

Gさん:したら、あの、終わる時間が遅いんですよ。だからまあ日中の拘束時間長いんですよね。まあ昼休みが長いんですけど、その分後ろにずれとるんで。なのでまあ日中ほとんど一人でおるもんで。

戸田:となると、どうしても一人になると、いろいろ考え込んでしまう感じ?

Gさん:いや、あんま考えんようにもしとるんですけど、やっぱ「何しとるんかな」とか「なんかこんな家でだらだら何もせんとおっていいんかな」とかね、なんかどうしても思うんですよね。うん。かといってじゃあ行動しようかなって気にもならんくて。もう完全に、だから引きこもりの鬱病ですよ(笑)。

戸田:何かこうその直接的なお話じゃなくても、何かお話しできるようなご友人のかたとか身近にいらっしゃるんですか?

Gさん:いや、いますよ。いますけど、あの、連絡しないですね。まあやっぱそこにちょっと今コロナの状況でこう、やっぱあんまり会わん、会いにくいとか、

戸田:会いにくい、そうですよね。

(一部削除)

Gさん:僕ももう十分迷っ…、迷い中の人間なんで。だから今そういうサイクルの中の、こう僕は今自分がだめな時期におるんやっていうのはまあ、そういう時期もこう人間の中にはあるし、まあそれは必要なんやと思って、今はそういう時期なんだっていうのを受け入れて、でまあそういう時期だからこういう考えでも、まあ別にいっかと思って過ごしてるんですよ。だからサイクル抜け出す時期も、来るとは思ってるんで。[01:50:40]

戸田:たぶんそういうふうに今考えておられるっていうのは、今までそういったいろんな経験をしてこられたゆえに、そういうふうに整理できるっていうところなんですかね?

Gさん:そうですね。まあやっぱこのときじゃなかったら、こういうことはしてないと思います。うん。

戸田:うんうん、ありがとうございます。すみません、結局もう2時間いっぱいいっぱい聞かせていただいて。本当、

Gさん:全然、なんか僕は全然ね、それこそ何もしてないんでいいんですけど。

戸田:もう貴重なお話、本当にたくさん聞かせていただいて。

Gさん:戸田さんが忙しい中で、本当にこんなたくさんの時間、逆にありがとうございました。

戸田:何かご不明な点とかないですか?

Gさん:いや、特にないですけど、あの、あ、なんか、何を言おうとしたんやろか? 何か言おうとしたんだけどな。ああ、まあ大丈夫です。不明な点とかはないです、ないです。

戸田:はい。ありがとうございます。すみません。じゃあちょっとインタビューはこんなかたちで聞かせていただいて。で、今回初めて私Zoomでインタビューさせていただいたんですけども、ここ研究室一室、個室借りて誰にも聞かれない環境でお話聞かせてもらってますので、もちろん守秘義務は守っておりますので。今日は本当に長時間ありがとうございました。

Gさん:いえいえ、こちらこそすみません。ありがとうございます。

戸田:本当に貴重なお話聞かせていただいて。

Gさん:いや、そんな貴重でも(笑)。

戸田:いやもう本当に、もうおっしゃられること、その通りやなっていうのがすごい伝わってきて。本当に貴重なお話でした。ありがとうございました。

Gさん:いえ、ありがとうございます。こちらこそ。

戸田:また友の会の交流会とかでお会いできることを楽しみにしてます。

Gさん:そうですね。はい、こちらも。あの、はい。またみなさんと関わるのを楽しみにしてます。

戸田:はい。ありがとうございました。すみません。じゃあこちらでインタビュー終了させていただきます。ありがとうございました。

Gさん:ありがとうございました。

戸田:じゃあ失礼します。

Gさん:はい、失礼します。

戸田:失礼します。

【音声終了】






UP:20210416 REV:20210818, 20220113
表皮水疱症  ◇こくりょう(旧国立療養所)を&から動かす  ◇生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築  ◇病者障害者運動史研究 
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