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江藤きくよ氏インタビューその2

20210123 聞き手:中井良平 於:Zoom

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■インタビュー情報

◇江藤 きくよ i2021 インタビュー 2021/01/30 聞き手:中井 良平  於:Zoom
◇文字起こし:ココペリ121

江藤きくよ氏インタビューその1
◆江藤きくよ氏インタビューその2(本頁)

■関連項目

NPO市民健康ラボラトリー  ◇なおすこと  ◇名づけ認め分かり語る…  ◇原因/帰属 c11

■本文

85分

※聴き取れなかったところは、***(hh:mm:ss)、
聴き取りが怪しいところは、【 】(hh:mm:ss)としています。

■■

[音声開始]

中井:どうもよろしくお願いいたします。

江藤:お願いします。

中井:今回のお話をうかがうにあたってのテーマの一つなんですけれども、昨年からコロナウイルス、非常に流行していまして、今も緊急事態宣言が出ているという状況なんですけれども、もしそのコロナ前後で変わったようなこと等ありましたら、ちょっとお話をうかがえればなと思うんですけれども。いかがでしょうか?

江藤:はい。私はあの、電磁過敏症なので、やはりコロナからこっち、とくに緊急事態になってからは、私のその住居している周辺もリモートワークですとかリモート授業とかが増えて…、増えたんだろうと思います。で、その、たぶんそういうことによって、やっぱりこう頭痛がすると感じることが多いっていうことはあります。それで、まあそれが主な変化でして。なんかやっぱりその、コロナになって、まあ重…、重い人は、なんていうんですか、人からの助けが得られなくって困っている方もいらっしゃると思うんですけれども、私はまあこの通りまあまあの状態でやってますので、とくに不便は感じてなくて。仕事柄、もうコロナになってもけっこう人と会ったりはするんです。だからあまり孤独も感じずに、あの、生活できてるのかなあというふうには思っています。やはりその本来といいますか、最近読んだ本でもそうなんですけれど、人との接触やコミュニケーションが減ることによって、やっぱりその、とっても高齢な人は亡くなったりすることが多いとかいうのを読みましたので、あの、ほんとはこういう状況って病気の人にとってはあまり良くないだろうなと思っているんですが。でも私が住んでいるところはわりとその、ゆるいというか、まあ緊急事態にはなっているんですけど、うーん、まあ田舎なので、人があまり集まれないところに行って気を晴らすなんていうこともできるので。まあ海とか山とかが近いので。だからまあまあ精神状態は維持できているのかなというふうに自分では思っています。はい。

中井:どうなんでしょうか、私が今東京に住んでいるので、感染者がまあ4桁になったりっていうこともここずっと続いていたんですが。だいたい今、福岡県とか、今住まれてる自治体、自治体まではちょっとわからないかもしれないんですけど、のその人数であったりって、どの程度になるんですか? 今もう調べたらすぐ出てくるのかなと思うんですが。

江藤:200ぐらいかな、です。だいぶ減ってきたところですよね?

中井:感染者、減ってきて200ぐらい、

江藤:はい、じゃなかろうかと。150とか、そんなもんかな?

中井:ほんとですね。今日159ってなってますね(パソコンで調べて)。

江藤:はい、はい。

中井:今のお話だと、まあ場所的に出て行ける場所が、人がいないところがあるっていうお話があったんですけれども、みなさんの実際のその肌感触としてこう気をつけ具合というか、どうなんでしょうかね?

江藤:やはり高齢なかたは神経質になってますね、と思います。うーん、まあでもそうね、このへんのお年寄りはわりとこう、ルーズじゃないんですけれど、マスクをしてなかったりだとか、「こんな田舎にコロナはおらんちゃけん」とか(笑)、そういう感覚の人も多いんですけれど。さすがに緊急事態になるというときには、なんていうんですか、「鏡開きをしよう」とかいう計画があったんですよ。あったんですけれど、そのこうグループっていうか、まあ講って言うんですけど、その講の16人のうちに、まあ10人ぐらい集まろうって話だったんですね。で、2人の人は「やっぱり心配だからやめたほうがいいんじゃないでしょうか?」って言いに来て。で、やっぱりあの、言いだした2人ももうそれに追従するみたいな感じで、一応その、なくなりはしましたね。そういう感じでしょうか、はい。[00:05:11]

中井:はい。近隣でその感染者のかたが出たりとか、クラスターが発生したりっていうことは、お話聞かれたりしますか?

江藤:えーと、歩いて20分ほどの整形外科で6、7人。あの、入院患者もとってるところで、報道で知りえたのは「6、7人の患者が出た」っていうことはありましたけれど。

中井:じゃあまあ直接の知り合いとかでは今のところ、あまりわからないと。

江藤:ないですね。はい。

中井:なるほど。ありがとうございます。

江藤:はい。

中井:じゃあ江藤さんご自身は、あんまりその直接的なストレスはそこまで…、直接的っていうのはそのまあ、ご病気のほうで困っているっていうことはもちろんあるんですけども、対人関係の直接的なストレスはあまり感じられてないっていう感じですか?

江藤:そうですね。感じないようにしてるっていうか、やっぱりあんまりテレビとかでも、うーん何、報道に乗らないじゃないですけど、なるべくこう「ふーん」みたいな感じでいこうかな、みたいな(笑)。

中井:いや、でも大事だと思います。

江藤:(笑)

中井:逆にその、良く変わったみたいなこととかってあったりしますか?

江藤:ん? なんですか?

中井:良い方向に何か、

江藤:え、コロナになって良いこと?

中井:そうですね。たとえばその、

江藤:いやあ、私は感じませんけど、インドで修行していた知り合いが帰ってきたんですね、インドから。そしたら「ヒマラヤがきれいに見えるようになった」って言ってました。人がだから動かなくなったことによって排気ガスとかが出なくなって、空気がきれいになって。だからそれはそう、「だからコロナ、コロナって悪いことばっかりじゃない」ってその人は言ってましたけど。私が感じるいいこと、うーん、何ですかね? 私はとくにはいいことはありませんけど、と思いますけど。なんかできるだけその、冷静に受け止めようとは思ってますね、この事態を。

中井:うん、うん。ありがとうございます。

江藤:はい。

中井:その最初の、まあリモートワークとか、家にいる人が増えてっていうお話にちょっと関連なんですが、たしかあれですよね、学校で子どもたちがタブレットみたいなのを使うようになっていて、で、その子たちも今、やっぱり家でタブレットで勉強しているみたいで。なんかちょっとその影響ももしかしたら、みたいなお話を以前されてた気がすると思うんですが。どうでしょう、そのそういったそのリモートワークとか、まあ家に人がいることになってっていう影響は、「頭痛が出る」っていうんでおっしゃられてましたけれども、けっこう顕著にわかるものなんでしょうか?

江藤:あー、えっと、そうですねえ、感じますね。痛い。あの、今日は月末の30日でしょ。月末とか、その25日とかはとくに痛いんですよ。あの、通信が多いんだと思うんですよ。あの月末締めで、「今日までに電話をしなきゃ」とか「メールを送っておかなきゃ」とか、そういうことなんだろうと思うんですけど、そういうときはとくに痛く感じまして。そして最近はやっぱり土日にみんなが在宅してゲームだのLINE(ライン)だのを頻繁にやると、私は痛いんだろうなと思ってます。

中井:ちなみにそれはご自宅にいらっしゃるときの話ですよね? きっと。

江藤:ここはですね、今お寺なんですけど、自宅のほうがちょっと街のほうなんですよ。天神に近いほうなので、だから自宅のほうがよりつらいときがありまして。お寺のほうがやや田舎のほうになりますので、夕方とか夜にかけてすごく痛いときがあるんですね。そういうときは「もう早くお寺に戻ろう」って思いますね。

中井:なるほど。やはりお寺だとだいぶ広いっていうイメージがあったので、どうなのかなって思ったんですね。

江藤:はい。

中井:やっぱりお寺のほうが楽に感じられるっていうわけなんですね。

江藤:そうですね。自宅のうしろにはアパートがあったりとかっていうことがありますので。はい。

中井:ありがとうございます。コロナ関連のお話が他に何か出てくればいいんですが。[00:10:08]

江藤:あ、なんでしたっけ、なんかもう一つ…、あ、小田さんのあの本の話はいいですか?

中井:あ、そうですね、いや是非させていただきたいんですが、なんかコロナ関連でもう少しぐらいもしあればなと思いまして。

江藤:コロナ関連はですね、私は、うーん、たぶん平均の人たちよりも田舎なので、なんちゅうかな、やっぱりあんまり深刻に考えていないと思います。それと、これはなんか「医学的証拠があるのかないのか」って言われると何なんですけど、あの、酵素をずっと飲んでるんですよ。でその、だから思い込みっていうかプラセボみたいなところもあるんだろうと思いますけど、明石家さんまさんじゃないですけど「メロンを食べれば風邪が治る」じゃないですけど、「この酵素を飲んでいれば、いるから絶対私はコロナにはかからない!」って【言い聞かせて】(00:11:09)(笑)、うん、暮らしてますね。はい。

中井:いや、でも「かかる、かかる」って心配しているよりは絶対いい気がしますよね。なんていうか精神面から与える影響というか。ありがとうございます。
 じゃあ、そうですね、その送っていただいた本、これは本の名前とか出しちゃっても大丈夫でしょうか?

江藤:ああ、【構わないと思いますよ】(00:11:41)。

中井:はい。『痛みが全身に広がる病気をとことん治す』っていう、これがえっと何年に…、えーと2014年に出版ってなってますね。

江藤:まあ、そんな昔になるんですね。

中井:これがえっと出版される前ですかね? に取材を受けられたっていう、

江藤:そうです、はい。

中井:そのときのお話を、少しじゃあうかがおうかと思うんですけれども、その取材されたきっかけというか、そのあたりのことをお話しいただければ。

江藤:うーん、【私は】(00:12:33)これは推測の域を出ないんですけれど、その本を出版しようと計画した人が、やはりその線維筋痛症でいろいろ調べて、線維筋痛症友の会の橋本さんかな? っていう女性がたぶん最初のほうに出てくると思うんですけど、その中に小田さんのブログか何かがひっかかってきたんだろうと思うんですよね。それで小田さんに、出版社の方が連絡を取ってこられて、で編集者の方が「インタビューに来たい」と言われたようで。で、そのときに、えっと小田さんのところ、それこそ書籍とか資料とかいっぱい置いてあるんですけど、小田さんたぶん最後までその、手の力があまりなかったんですね。生まれつきもあったのかもしれませんけど、病気でより弱くなってらっしゃるっていうふうに、のを感じまして。で、その資料を出したり重い本を持ったりすると状態が、当時は悪くなる恐れがあるので、その「資料出しの手伝いに来てくれないか?」と言われて、それであの、小田さんのところに行きまして。で、そしたらその編集者の方が尋ねてこられまして、あの、一緒にいたっていうことなんですけれども。あんまり、だから実際にはその資料を出したりなんなりっていうことはほとんどなかったので、横で聞いていたっていう感じでしょうかね。
 で、あの、私どものその市民健康ラボラトリーの顧問をされてるかたで、船瀬俊介さんっていうかたがいらっしゃるんですけれど、たまたま私がその、うーん、お手伝いというか行ってるときに、直前にお電話してこられたんですよ。あの、快諾っていうか、その頃、だから「顧問になってください」っていう打診をしてまして、で、その編集者のかたが来られる前に電話してみえて、「ああ、やりますよ」っていう快いお返事だったんですね。うーんとだからその、訪問があるっていうことで、あんまりそのいろいろお話ができずになんか短い感じで電話を切らないといけなかったので、小田さんが「ああ、ちょっと失礼じゃなかったかな」みたいなことを言われていて、そのあとその編集者のかたが来られたっていう。まあそれ余談なんですけど、そういう流れで来られて。で、あの、ちょっとお手紙にお書きしたようなやりとりがあったことを、はい、思い出したので。はい。

中井:船瀬さんは、どんな方なんでしょうか? [00:15:06]

江藤:あー、船瀬さんはですね、あのー、早稲田大学を卒業されてるんですけど、まあ作家って言っていいのかな。いろんなノンフィクションライターみたいな感じで。本はもう、あのウィキペディアをご覧になればわかりますけど、数限りなく相当な量の本を出されてるんですけれども。そもそもなんか医療過誤でお嬢さんを亡くされたらしいんですね。

中井:ああ。

江藤:はい。それで訴訟を起こされて。医療過誤の訴訟ってたいがい敗訴なんですね、訴えたほうが。はい、なんですけれど、もう調べて調べてというか、船瀬さん勝っちゃったんです。それからいろいろ疑問を持たれて調べて、その自分が調べられたことを本にされてるっていう。あの、内海聡さんはご存知ですかね?

中井:すみません、ちょっと存じ上げないんですども。

江藤:はい。その内海聡さんと船瀬俊介さんは仲が…、仲が良くてっていうか交流があって、内海聡さんっていうのはまあ医者なんですけど、あの、うーんと、『医学不要論』っていう本を書いた人なんですよ。はい、だから外科ぐらいしか、救急な場合しか、あの、医療って必要なくて、ほかの医療はほとんど無駄だ、みたいな主張の人なんですね。で、この二人が交流があって、いろいろ本を出して。で小田さんと、内海聡さんが福岡市で講演会をされたときに行ったんですけど、まあコロナでもなかったし、それはそれはなんかもう会場にいっぱいの、なんていうか、あの聴衆がいて。そして内海さんもたくさん本を出しているんですけど、その本をまあそこでも売ってましたけど、持ってサインを求めるような30代40代のそのファンみたいな人がけっこういるんですね。私もちょっと驚いたんですけど。はい。だから、内海さんはやっぱり「ワクチンは打たないほうがいい」とかそういう考え方なんですよね、はい。「薬も飲まないほうがいい」。はい。

中井:はい。今、お二人ともウィキペディアで確認しました。えっと、船瀬さんが今年で70歳となってますね。で、えーと、内海さんが46歳。お若いんですね、内海さんは。

江藤:そうなんです。

中井:はい。で、今の講演会のお話とかがやっぱり2014年とか、そのあたりになるんですかね?

江藤:だったろうと思いますね。15年くらいだったですかね、はっきり覚えてないですけど。はい。

中井:じゃあそのお二人は、それぐらいから市民健康ラボラトリーにちょっと関係されてたっていう?

江藤:あ、内海さんは関係ないんですけれど、船瀬さんが顧問になってくださってますね。

中井:じゃあ、当時のその小田さんの病状、今、手がちょっと、握力がっていうお話が先ほど出たんですけども、2014年っていうと小田さんの病状ってどれぐらいだったんでしょうか? もう線維筋痛症は、

江藤:ほぼ回復だったんですかね。私が13年に初めてお会いしたんですけれど、初めてお会いした直後になんかその、やっぱり理解のないかたに1キロぐらい歩かされたことがおありだったようで、そのあとはすごくやっぱり悪くなられたんですね。「痛くて眠れない」とかって言われてる時期がありまして。でそれを、そんなひどい状態から少しずつ良くなられたのが、こないだ申しましたヒーリングなんですね。

中井:なんか「手当て」みたいな感じなんですかね?

江藤:そうです、「手当て」、で、少し元気になられて。それで、えーと、悪化する前はほぼ8割がた良かったんじゃないかな、まあこれは私の感覚ですけど。良かったんじゃないかなと思うところにガクッとまた落ち込んで、でちょっと元気になって。でその、だめ押しじゃないですけど、より良くするためにはやはりその、体のこわばりを解消するために、自分でいろいろその、なんていうか、あれ、なんだっけな? それこそ自分で気功を勉強されたりとか、コリをほぐされるような、なんかボールを使ってずっと痛いところをマッサージされたりとかして、よりお元気になられて。あの、走ってらっしゃるYouTube(ユーチューブ)があるの、ご覧になったことありますかね? [00:20:16]

中井:ああ、はい。

江藤:はい、はい。だからあそこまで持っていかれたんですね、はい。

中井:すみません、小田さんの話になってしまってるんですけど、前回おうかがいした、江藤さんのその噛み合わせの治療みたいなの行われたって言われてたんですけども、これが、小田さんが受けられたのがいつ頃でしたかね?

江藤:あれー、これ、すみません、山本さんが正確なんですけど。

中井:そうですよね。ちょっと待ってくださいね、えーっと、

江藤:あー、いつ頃かな。

中井:えー。いや、山本さんが小田さんのウィキペディアページを作られていて、

江藤:(笑) そうですね。

中井:今ちょっと、そこを見ているんですけど。あ、2006年。

江藤:ああ、そんなに早かったんですね。

中井:これですよね? 【脳(大脳?)】(00:21:14)指向型BOOT(ブート)療法っていう、

江藤:はいはい、そうですそうです。まったく同じじゃないのかも知れません。病状によって先生もこう修正加えていかれるので。小田さんのほうはすっごく…、はい。

中井:で、これを2006年にやられて。で先ほどのお話が2013年、14年頃っていうことになると、どうなんでしょう? 良くなってきてはいたけど、まだちょっと一進一退みたいなところはそのへんであったんですかね?

江藤:うーん、やっぱり過剰な刺激とかでは悪くなるっていう感じでしたね。だからその重いものを持つ、【過剰に】(00:22:59)歩くっていうそういう刺激が、やはりその病状を後退させる…、させているんだろうなっていうふうに私は受け止めていました。はい。

中井:あ、でも今ウィキペディア見てると、2008年には「線維筋痛症から回復した患者のホームページ」っていうの開設されてるんで、このあたりではやはりあれですかね? ご本人の中では回復したっていう感じ、

江藤:うーん、8割方だったんじゃないですかね、私の感覚ではっていうか、はい。

中井:なるほど。じゃあまあ一応治療としてはそのあたりで終えられて、

江藤:あ、あの、微妙な調整をたぶん半年に1回は継続されていたと思います、その噛み合わせ治療に関してはですね。

中井:でその、こないだお話しされていた、まあヘルパーさんがボランティアで入られていたっていうのは、だいたいいつ頃の時期になるんでしょうかね?

江藤:うーん、12年ぐらいからでしょうかね。私もくわしくは知りませんけれど、12年くらいから、あの、近くに九州産業大学っていう大学があるんです。そこのボランティアサークルか何かに呼びかけて、何かその自分がお話し会をするようなときには手伝ってくれないか? っていうことをされていたようで。えっと、ヒーリングをされる藤原さんがヘルプに入られたのは、やはり13年とか、14年とか、13年かな? それくらいだったろうかと思います。

中井:なるほど。じゃあ「回復した患者」っていうことでホームページは運営されてたんですけれども、その後もまあヘルパーさんが継続して必要な状態では体調はあったっていうことなんですね。

江藤:はい。

中井:どうでしょう、それはその後変わったんでしょうか? ヘルパーさんが、たとえばまったくいらなくなるといったことであったりは、

江藤:うーん、いつだったかな。川内原発が再稼働するときに小田さんは…、えっと福岡に疎開されてこられた理由が、2011年の福島原発事故で、その関東の電磁波量が上がった…、【あ、電磁波量じゃない、あれ何?】(00:24:30) 放射線量が上がったときに、またガクッと体調が悪くなられたんですね。いったん、だから2008年にそういうブログとかを作られても。それでこっち福岡、あの、放射線量が低いであろうという九州まで疎開されてこられたわけで。

中井:はい。

江藤:で、何が言いたかった? それなので、うーん、その頃もやっぱり何らかの手段で誰かの助けを受けておられたのではないかと推察しますが。で、あの、川内原発っていう鹿児島の原発を再稼働するにあたっては、小田さんは「今度はこっちの原発が何か事故を起こしたら自分はまた悪くなるから、関東に戻る」っていうことで、戻られたのが16年? ぐらいだったですかね、だったような気がします、はい。[00:25:23]

中井:うんうん。ありがとうございます。

江藤:そのあとはだから、ご主人がサポートしてあったと思うんですよね、関東に戻られてからは。

中井:じゃあ九州にいらっしゃるあいだは、やっぱり江藤さんから見られて、そこまで状態が大きく変わられることはなかったというような感じでしょうか?

江藤:うーん、歩いて後退ですね、歩かされて後退。でその、悪化したときは「もうほんとに痛くて夜眠れない、眠れないんだ」っていう話で、悪化されて。そうしてその、いろんな手段でまた持ち上げてこられて。だからその後退からは、あとはもうちょっと良くなるほうに上がってらっしゃいますよね。

中井:その「歩かされた」っていうのがどんなことだったんでしょうか?

江藤:なんかその「目的地までがすぐそこだから歩いていきましょう」って、その方が言われたらしいんですよ。

中井:ああ、どっか共通のところへ一緒に向かう用事があったわけですね。

江藤:はいはい。そりゃあ健常の人が1キロ歩くのは問題ないと思いますけれど、やはり小田さんのような状態ですと、やっぱりそれがすごくダメージが大きかったみたいですね。

中井:なるほど、「ちょっとそこまで」って言われて、

江藤:はいはい。「すぐそこだから」みたいな感じで、

中井:「すぐそこなんだろうな」って思ってたら1キロもあってっていう。なるほど、わかりました。ありがとうございます。

江藤:いえいえ。

中井:で、ちょっとまた話が戻ってしまうんですが、取材を受けられて、その取材はこの本には反映されてるんでしょうか?

江藤:されてます。

中井:どのあたりの?

江藤:あ、もう最初から最後までだと思います、記載されている部分。

中井:じゃあその取材の様子が収録されてるっていうわけではなくって、全体を、まあ監修まではいかないのかもしれないんですけど、全体を構成するにあたって取材をされたお話を参考にされたとか、そういうことなんですかね?

江藤:うーん、ちょっとその微妙なところが私にはわかりませんけど、

中井:今、でも見てると、

江藤:【206】(00:27:49)ページぐらいからやまだ先生が出てくる、たぶん。

中井:ええ、ええ。

江藤:はいはい。でそのあと、小田さんが出てきますよね。

中井:そうですね、今ちょうど開いてました。

江藤:はいはい。で、その小田さんのところは、だからそのインタビューに来られて聞き取られたことを主に書かれているとは思います。

中井:ふんふん。ありがとうございます。ちょっとまだきちんと読めていないんですけども、このあとつづき読んでみます。

江藤:はい。

中井:はい。で、お手紙に書いていただいていたのが、この、えっとこれは、いいんですかね? 読み上げてしまっていいのか、

江藤:あ、どうぞどうぞ。

中井:小田さんのご意見みたいなのが引用されているんですけれども、「電磁波治療器を売るために云々」っていうのは、これはどういったニュアンスだったんでしょうか?

江藤:その本の中に、なんか電磁波治療器が紹介されてるところがあるんですよ。私もどこか…、もう一回きれいに読み返したわけじゃないんですけど。で、「これがそのメインの目的だろう」って小田さんは言ってるんですよね。で、本当にその健康ラボとしても、それを使って治るものか治らないものか、使う…、使っても【いいもの】(00:29:13)なのか、どうなのかっていうことを、まあなんていうんですかね、まあ有識者から聞きたいから、私がそのちょっと繋がりがあった、えっと、荻野晃也先生に「聞いてくれない?」って小田さんが言われたんです。それでお電話かお手紙か、お手紙でしたかね、「先生はどう思われますか?」ってお尋ねしましたら、先生もその本を買ってくださって通読されて、で、まあもともとの立場が「電磁波は危険だ」っていうかたなので、あの、「使わないほうがいいでしょうね」っていうお返事でした。はい。

中井:うん、うん。あ、今、これですね、172ページを開いてるんですが、「脳に磁気を当てるTMS(ティーエムエス)治療」って、これのことですね。[00:30:04]

江藤:はいはい。

中井:あ、こんな治療があるんですね。

江藤:ほんともう、びっくりですよね(笑)。

中井:(笑) うんうん。

江藤:いろんなものがあるんですね。

中井:「日本のNHKスペシャルでこの治療が紹介…」とか、なんかそんなことが書いてますね。じゃあ小田さんはけっこうこの本に対しては、ちょっと批判的な感想を持たれていたっていう?

江藤:うーん。いや批判的じゃないですけど、その本にも出てくる医師の方にけっこうひどい目にあわされたみたいで。あの、まあいろんなところを、その線維筋痛症というテーマでいろんな人に会って取材した、してみたっていうのがその本なんだろうと思うんですね。

中井:ああ、なるほど。

江藤:で、やまだ先生は、「一番最初に出てくるその友の会の橋本さんと小田さんの状態を比べたら、小田さんの状態がはるかにいいよ」って言ってました。橋本さんってほんとに、首もそのなんていうか、体が自由に動かせないような状態でいらっしゃるような人。今はどうか知らないんですけど、はい。

中井:そうですね、確かにこうページをめくっていくと、わりと写真が多くていろんな人の写真が載ってますね。これは「線維筋痛症 慢性の疼痛」、やっぱ痛みにフォーカスした本ではあるっていうことなんですね?

江藤:そうですね。まあ線維筋痛症がメインですね。

中井:でその、この本に出てくるお医者さんに小田さんはかかってたことがあるっていうことなんですかね?

江藤:はい、そうだと思います。

中井:そうなんですね。あまり具体的なお話は聞かれてないっていうことで、

江藤:はい。具体的には聞きません…、あ、ちょっと記憶してない、覚えてないんですけど。たぶん薬が出されて、その薬の副作用がひどかったんじゃないですかね。

中井:うん、うん。わかりました。もしまたちょっと山本さんにおうかがいする機会があれば、ちょっとうかがってみようと思います。なるほど、そういったことがあったんですね。

江藤:はい。

中井:そこはでもあれですよね。「この本に対しては」というか、まあ「取材を受けてる一人のお医者さんに対して」ってところですよね?

江藤:そうですね、本全体に対しては、やはりなんていうか、線維筋痛症、珍しい病気を知ってもらう機会にもなるし、協力的ですよね、でした、そう思います。
 ちょっとトイレに行ってきてもいいでしょうか?

中井:あ、すみません、どうぞ。はい。[00:34:06]

[中断 00:35:45]

江藤:お待たせしました。

中井:あ、いえいえ。

江藤:なんか過活動膀胱も中枢性感作…、ああ、過敏症候群の一つの症状だと言う人もいます。

中井:(ネットで調べて?)荻野さんが、昨年亡くなられたっていう方なんですね?

江藤:はい。すごくショックと言いますか、私たちの味方だったんですよ。

中井:どういった交流があったんでしょうか?

江藤:どういった交流っていうほどの交流じゃないんですけれど、あのその、電磁波問題市民研究会とかでシンポジウムをされるような時はやっぱり荻野先生呼ばれたり、延岡の携帯電話【基地局】(00:36:40)訴訟の時も参考人として意見を言ってくださったりっていうことで、私は一方的に尊敬してまして。それであの「自分はこういう感じの病状だった」ってことを書いて、だからその、その時に初めてご連絡したんですかね、あの、小田さんから頼まれたときに。そしたらそれも快くお返事くださって。まあほんとに陰ながら尊敬して、あの、心の支えみたいなところがあったんですけど、はい。

中井:じゃあ電磁波過敏症の患者さんにけっこう寄り添った方だったんですね。

江藤:はい。

中井:で、今そのお話に出た、電磁波問題市民研究会っていうページをちょっと開いてみたんですが。すみません、またちょっと無知なもので、こちらの団体というかホームページについても全然わからないんですけれども、これはどういった?

江藤:うーん、やっぱりその、なんか「携帯電話基地局ができてから体調が悪くなった」みたいな人けっこういて。えっと、前お話ししましたけど、私どものお寺の近くに基地局が建つっていうときに調べたら、そこに繋がっていったのかな? だったと思います。それをこう、「携帯電話基地局 健康被害」ってしたら、記載しているのがその団体だったような気もします。

中井:じゃあ江藤さんが直接関わりがあるっていうことではない?

江藤:あ、一応でも私、会員なんですよ。

中井:あ、会員。

江藤:はい、この会の。だから定期的に会報を送ってもらいますので、やっぱ最新のその研究、最新のっちゅうか、研究とかそういったことを、はい、出してくれますね。

中井:そこでまあ講演で、荻野さんが講演されていたり、という感じだったんですね。

江藤:あ、そうなんです。記録の本をその、研究会から送っていただいて、シンポジウムの記録を読んだら「そうだよね、そうだよね」っていうふうにやっぱり思えるんですよね、当事者としましては。

中井:うんうん。いや、ありがとうございます。いろんなかたのお話が出てきて、なんかもっとちょっと事前知識があったらいろいろうかがえるのになと思うんですが。どうでしょうかね、今お話があがった方たちで何かほかに、まあエピソードじゃないですけれどもあれば。

江藤:うんうん。あの電磁波問題市民研究会と、あの加藤やすこさんの市民…、ちゃうちゃうちゃうちゃう、なんやったっけ? いのち環境ネットワークってたぶんすごく繋がってると思うんです。で加藤さんはあの、電磁波過敏症でもあり、かつ化学物質過敏症なんですね。たぶん化学物質過敏症が先だったんじゃないですかね。[00:40:10]

中井:ええ。

江藤:はい。で、お薬はどの程度使われているかは存じませんけれど、やはりなんか体調不良で一度入院されたりもしていますので。私はその、電磁波過敏症になってまあ8年くらいですけど、もうそれからはほっとんど病院には行っていないんですね、1、2回行ったかなっていう感じで、はい。どうですかね。うーん。まあ加藤さんも匂いとかが苦手なのか、実際にその病状についてお話ししたことはないんですけど、

中井:このいのち環境ネットワークは化学物質過敏症、電磁波市民研究会が主に電磁波のほうを?

江藤:そうですね。あ、いやあ、でも、

中井:そういうすみわけっていうわけでは…、

江藤:加藤さんも今もう電磁波の問題のほうがたぶん多いんですけど、あの、しかしもともと化学物質過敏症でもいらっしゃるので、化学物質過敏症の方たちへのその情報提供みたいなこともありますね。

中井:じゃあ重なる部分もあるっていう感じですかね? この活動、

江藤:そうですね、情報として、はい。

中井:ありがとうございます。先ほどその、船瀬さんのお話、えっと理事をなさってるんですか?

江藤:あ、理事じゃ…、顧問だな。

中井:あ、顧問。これは今も、小田さんが亡くなられたあとも継続、

江藤:一応「辞めてください」とは言っていないので、そのままうやむやに「なってもらってるつもり」みたいな感じなんですけど、まあまああの健康ラボが活動してませんので、はい。あの、小田さん曰くやっぱりその、なんていうかな、医療に対して批判的なことをけっこう書いてますので、健康ラボの会報とかはですね。用心棒って言ったら語弊がありますけど、「船瀬さんが顧問なら簡単に手出しはできない」っていうふうにしときたいっていう、そういう感じだったんです。

中井:あー、なるほど。それは船瀬さんのほうも、その意向は理解したうえで引き受けられていたって、

江藤:うーん、そこまでそう、私らも…、小田さんの裏の気持ちまで汲み取ってらっしゃったかはわからないですけど、まああの、なんていうかな、やっぱりその「医療に対して批判的」っていうそこは共通するから、「手を組もうか?」っていうか「協力したげよう」みたいなお気持ちだったんじゃないかなっていうふうには思っています。はい。

中井:実際その会報っていうのが、拝見してるとやはり小田さんが書かれたものが中心なのかなっていう印象なんですが、

江藤:そうですね。

中井:顧問の船瀬さんであったり、まあ理事のかた等っていうのは、どういった役割を果たされてたんでしょうか?

江藤:うーん、船瀬さんはもうほんとに、なんていうんですかね、名前…、名前だけじゃないですけど(笑)、「名前を書いてればちょっとお守りになるかな」っていう程度の関わりかなって思ってます。で理事っていうのは、やはり会報発送とか印刷とかそういった業務を手伝ったり、で、その、うーん、小田さんが「会をこういうふうにしていきたいんだけど」っていうような、それからあの、講演会とかを福岡でやったりしていましたんで、それに関する、それをやる場合の協力。そしてその、小田さんが「こういうふうにしたい」っていう時に「これでいいと思うか?」っていう、なんて言うんですかね? あの、うん、意見をこう、「いいんじゃないんですか」とか、「いいや、それはこうした方がいいんじゃないんですか」とか、そういうふうな役割ですよね。

中井:講演会っていうのは、外部から研究者の方を招いたりっていうこともあったんでしょうか?

江藤:そうですね、栄養学の先生とかが2回ぐらい来られましたかね。その中であの、うーん、まあ「スピリチュアルの先生呼ぼうか」っていう計画もあったんですけど、たまたまその先生と合わなくて。まあいつかお時間があったらご覧いただいたらいいのかなと思うんですけど、新潟大学の教授をされていた、名前なんて言ったっけな? あ、名前ちょっと忘れてしまいました。あの『生きがいの創造』っていうあの、その筋では有名な本を書かれた先生(※飯田史彦氏)がいらっしゃって、今、京都でなんかその研究所みたいなのをされているみたいですけど。そのかたをお呼びしたいっていう時があったんですが、それが先生と都合が、先生がちょうど留学するからっていうか、「外国に行くから、行けません」っていうことでそれはだめになって。で、田中佳さんっていってEM(イーエム)を使って治療をされてる先生…、お医者さんがいらっしゃるんですよね。そのかたのを、[00:45:25]

中井:え、な?

江藤:EMって、

中井:EM、ああ。

江藤:EMで治療をされている先生がおられて。そのかたを…、の講演をしようっていったときに、小田さんががんであるっていうことがわかったので、中止になったんですよね、講演はですね。だからそのお二人ぐらいですかね、私が記憶しているのは。栄養療法の先生が2人ぐらいかな。あ、それとあと、気功で良くなられたっていう滋賀県在住のお奥田夫妻っていう気功のかたが講演にっていうか、はい、お話に来られましたね。

中井:EM治療っていうのはどんな治療になるんでしょうか?

江藤:えーと、EMは、私が飲んでいる酵素とちょっと似ていて。すごく山本さんが、帯状疱疹がひどい時があったんですよ。でやっぱりその、薬物療法でははかばかしくなかったんじゃないですかね。それであの小田さんが「EM飲んでみたら?」って勧められて。EM・X(エックス)っていうのがあるんですね。900ミリリットルで6千400円とか7千円とか、6千400円ぐらいかな、安い買い方をすれば1本それぐらいのものなんですけど。それを1年半くらい飲まれたら、もうほぼ完治されたっていうことがありまして。で、そのEMのすごい例としては、お医者さんが匙を投げるように肺が炎症を起こしていた…、いて、「もうなすすべがない」ってお医者さんが言われた時に、家族が「このEM・Xを点滴してくれ」って言ったらしいんです。で、「じゃあやってみよう」ってお医者さんが言われて(笑)、EM・Xを点滴したらしいんですね体に、たぶん。そしたらその炎症がなくなって良くなったっていうことがあったらしいんですね。

中井:うーん、なんかちょっとにわかには…(笑)、

江藤:にわかには信じ難いんですけど、そういう事例があったので、田中佳先生もそういうこう不思議なっていうかそういう経験をされて、あの、治療にEMを使われるようになったとかそういうお話なんですね。

中井:田中さんっていうのはお医者さん?

江藤:お医者さんです。はい。田中、にんべんに土土(つちつち)と書いて「よしみ」って読まれるんだと思います。

中井:お医者さんはほかにも講演に呼ばれたりっていうことはあったんでしょうか?

江藤:えっと医学博士、栄養療法も医学博士だったと思います。佐藤、何先生…、【あきら(章夫)】(00:48:19)先生やったかな? はい。それと…、お医者さんは、2人ともお医者さんだったと思います、栄養療法に関しては。

中井:会報のほうには、まあ寄稿というかあったんでしょうか? その外部の人からの、

江藤:ああ、うーん、いくらかはあったと思う。外部? そうですねえ。講師の先生たちは、まあこちらからお願いしてお話ししていただいたくらいで、はい。あとはどうですかねあまりなかったですかね。まあ小田さんが、はい、

中井:やっぱりじゃあ小田さんがもう中心、中心というか、ほとんど小田さんメインで活動されていたっていう、やっぱり会なんですかね?

江藤:そうですね。はいはい。

中井:てっきり、でも良くなられて、線維筋痛症から回復されたってご自身で言われてるあとっていうのは、状態がある程度いいんだろうなっていうの、勝手に思っていたんですけれども、それはたぶん症状が重い時と比べてっていうことで、やっぱり先ほどお話しいただいたように、状態としてはまあヘルパーさん必要とされるような状態でずっとあったって言って、[00:50:18]

江藤:うーん。やっぱ苦手なところがあったってことですよね、はい。まあ何を健常とするのかって難しいですけど、もう本当にひどくって寝たきりでっていう状況からすれば、自分で歩いて、まあ軽いものなら買い物ができてっていうような状態まで戻られたことは、もう本当にある意味不思議っていうか奇跡っていうか。

中井:また山本さんにもおうかがいしようとは思うんですが、ボランティアのヘルパーさん使われていたってことは、まあ当然その「一般の」というか、たとえば介護保険制度のヘルパーさんなんかは全然使えない状態だったと想像するんですが。

江藤:はい、そうだったようです。はい。あの介護保険制度もちょっと、なんていうか認めてくれて良さそうだなって私は思いますけどね。

中井:そうですね。あとはまあその、

江藤:はい。45歳から適用ですよね? 介護保険ってたぶん。

中井:えーと、いえ病気に、何種類かの病気に限っては、たしか40歳からで。

江藤:あ、そうなんですか?

中井:でも全般ってなると60歳からですね、やっぱり。

江藤:うーん、ああ、じゃあそれにはやっぱり線維筋痛症は入らないわけですね? 何種類かの病気っていう中には。

中井:そこには入っていないですね。

江藤:ああ。

中井:あとはやっぱり難病政策のほうで、まあなんていうかケアのほうに使える制度っていうのはあるんですが、そこにも線維筋痛症はやっぱり難病じたいにも入ってないですし。うーん。

江藤:うーん、難しいですね。

中井:ええ。60歳以上っていうことであれば、もしかしたら使えたのかもなあとは思うんですけどね。

江藤:ああ、介護保険としてですね。

中井:うーん。さっき江藤さんが「なんでもいいから治療が効いてくれたら、患者にとってはそれでいいんだ」ってふうにおっしゃられてたんですけど、制度に対してもやっぱり同じ、とにかくなんでもいいから制度、困っている人に対して使わせてほしいってところはやっぱり強いですね、患者の家族としては。

江藤:うーん。本当ですよね。まあなんか、レコーディングのまま、ちょっとお話ししていいのかわかりませんけど、やっぱ【看護者】(00:53:33)のかたが報われないっていうのはほんとになんか、聞いていてもちょっとつらいことで。まあ仏教的にはそれは、もうほんとに山本さんも中井さんもほんとにこんないい人だと思うんですけれど、そのような方たちが苦労されているっていうのは本当に忍びないところがありまして。で、だから仏教的には天台座主が…、あ、瀬戸内寂聴さんがお座主さまに、「すごくいい人がとってもつらい状況にあるっていうのをどういうふうに捉えたらいいのか?」って言われたときに、天台座主は「三世思想に立って考えなければいけない」って言われたらしいんですけど。まあ現代人に過去世とかまあ未来世とか言ってもですね、なかなかやっぱりにわかに納得はできないのかなあ、とは思いつつですね。うーん、なんか不条理と言いますか。

中井:あ、寂聴さんとお話しされたっていうことですか? 今の。

江藤:いやいやいや、何かあの、寂聴さんがCDに吹き込まれてる法話集(※寂庵法話集)みたいなのがあるんですよ。それを聞いている時にその話が出てきて。

中井:あ、なるほど。

江藤:やっぱり世の中には、「なんでこんないい人が」っていうことは多々あるので、そういうのをどういうふうに考えたらいいのだろうか?って、その天台宗の一番トップのかたに質問してみたと。そしたらやっぱりその、お座主さまは「三世思想に立って考えなきゃいけない」って言われたって言うんですけど。まあ日本人のそのDNAの中にはけっこうこの思想って組み込まれてるのかなとは思うんですが、なかなか科学…、科学っていう現代では「そんなこと言われてもね」みたいな感じなのかなっては思います。[00:55:17]

中井:小田さんはどんなふうに受け止められてたんでしょうか?

江藤:うーん、なんか線維筋痛症に関しては、なんていうかな、自分の努力で本当にあの、すごく良くなったっていうか、されたっていうことは、まあ誇り、自負であったろうと思うんですけれど、やはりその子宮頸がんっていうところは、なんかそのまあプライバシーに立ち入るのであれなんですけど。あの、『虐待被害者の味方です』っていう本は読まれましたかね?

中井:手元には山本さんからいただいているんですけど、まだ読めてはいないんですが。

江藤:やはりそのご両親との関係がやっぱり不幸だったんですね、小田さんは。なのでやはりその、「母を許せない」みたいなところが、お気持ちがあって。で、やはりそれががんをつくったかなって客観的には思わざるをえないんですよ。山本さんも、でその、もうほんとに「ひどい親だ」って本を読んでると思うんですけれど。あ、小田さんってここのお寺に納骨されてるんですよ。

中井:ああ、そうなんですね。

江藤:はいはい。それで納骨の時にそのお母様がいらっしゃって、もうほんとに私どもにはほんとに「小柄な上品なおばちゃま」っていう感じなんですよね。ほんとにそう、「ひどかったのかしら?」って思えるぐらい。なので、なんかそのやっぱり、うーん、「親を恨まざるをえなかった。それががんをつくったかもしれない」って思うところは、ほんとに私らにとってもちょっとつらいところですね。まあ私自身もけっこう母に対する恨みっていうのはあるんですよ(笑)。僧侶の端くれでありながらも、はい。だからやっぱりそういうものが、【やっぱこの、何、】(00:57:17)電磁過敏症にも関係はないとは言えないのかなとは思ってます。うん。

中井:うーん。…いや、すみません。ちょっとなんか考えてしまって。

江藤:いや、すいません。

中井:うちも、まあ何かあったっていうことではないんですけども、早く親が亡くなってたりで、わりと複雑だったんですけれど。なんでしょうね、やっぱりその人と違う経験をしてること自体から受けるストレスみたいな。家のこととかってなると、人生通じてずーっとストレスを受け続けることになるとは思うので。もし自分が小田さんの立場でも同じように考えただろうな、とは思いますね。ずーっとずーっとストレス受け続けてきて、うん。

江藤:うん。あの、えっと小田さんがその線維筋痛症を発症したのが、お母さんが入院されて、その、毎日のようにお見舞いに行かれるんですね。

中井:ああ。

江藤:行かれるんです。私は「私だったら行かない」って思うんですよ。仕事してとても大変なのに、真面目なんですよ、やっぱりその「娘としてこうあらねばいけない」みたいなのがあって、たぶん。それからなかなか離れられないのかなって、は、まあ客観的には思ってはいまして。で、今回もその「親が年取ってきたから、親の近くに住まなきゃいけない」っていうのがあったのかなって。あの、まあがんはそれこそ20年ぐらいかけて成長していくじゃないですか。大きくなっていくとかいう話もあるので、今に始まった話じゃないのかもしれませんけど、やっぱりなんかそれがあったかなっていうのは一つありますね。うん。

中井:関東に行かれてからも、頻繁に交流はされてたんでしょうか? [01:00:04]

江藤:あ、小田さんとですか? 私が、

中井:はい。

江藤:えっと頻繁ではなかったですね。やっぱりその健康ラボについての連絡事項であるとかそういう感じでしたかね。小田さんのがんがわかってから、やっぱりその頻繁に交流されていたのは、ヒーラーの藤原さんっていう方なんですよ。で、私どもに一番最初に山本さんが連絡されたのも、藤原さんだったんですね。あ、亡くなられた時にですね。で、私は藤原さんから聞きました。やっぱりなんていうんですか、あの、子宮頸がんは相当痛まれたみたいで、はい。で私がやまだ先生に「小田さんが亡くなりました」ってLINEをしたときに、やまだ先生は「大変な人生でした」って返事をくださったんですけど、ほんとにそうだったなって思いますね。

中井:山本さんからうかがった話で、やっぱりそのがんの治療に際してもですね、まあ線維筋痛症の再発を危惧されていたっていうことをうかがったんですけれども、そんなような話っていうのは小田さんとされたりはしましたか?

江藤:私はしてないですけど。あ、藤原さんご自身もたぶん子宮頸がんだったんですよ、同時期ぐらいに。それもあって、やはりその交流があったっていうことはありますね。でも、それこそ会報を読み、そしてそれまでずっとその小田さんの話を聞くにつけ、やはりその侵襲的な三大療法、がんの、うーんと、化学療法と放射線治療と手術、それに対するやっぱりその危惧っていうのは大きかったろうと思いますね。

中井:うーん。

江藤:あの、私は「手術はできない子宮頸がんだ」っていうふうに聞いてたんですよね。なんか「手術ができないところに」か、あるいは「できないようなものだ」っていうふうに聞いていまして。で、そのさっき申しました内海聡さんが、「もし自分ががんになったら手術はする」と、「だけども、そのほかの2つの治療はしない」って言われてたんです。たぶん講演会の時だったと思うんですけど。ですけれど、やはりそのうーん線維筋痛症に関しては痛みですので、手術が痛みを引き起こさないとはちょっと言えないのかなって思いますね、はい。

中井:今、内海さんの話が出たんですが、お医者さんでいらっしゃるんですが、ただご自身は、まあ、もうがん…、がん全般の話なんですね?

江藤:「もしがんになったら」、うん。

中井:「がんになったら手術はするけど、放射線であったり化学療法はおこなわない」っていうふうに言われてると。

江藤:えっと、船瀬俊介さんも『がんで死んだら110番』っていう本を出してらっしゃるんですね。その中に東大の4人の教授に「抗がん剤を使いますか?」っていう質問をしたら、4人が4人とも「使わない」って言ったっていうくだりがあるんですよ。で、まあ「最近の抗がん剤はだいぶマイルドになってきた」とかいう話もあるんですけど(笑)。あの、なんでしたっけ? ***(01:04:18)まあいいや、本田美奈子さんが使ったのは、「原型はマスタードガスだ」とかいう話もあって、あの抗がん剤がですね、マスタードガス。あの、なんだっけ、「ベトナム戦争で使われた毒ガスと同じようなものだから、もうずーっと食道とかがただれていって、水も飲めなくなるんだ」っていうふうな記述が出てきまして。そういうものだったらやっぱり使いたくない、ないでしょうね、もしそういうものであれば。

中井:それも船瀬さんの本に出てきてたっていうことですか?

江藤:はい、そうですね。

中井:江藤さんも比較的その、病院は行かれないほうだっていうの、たしかうかがったんですけど。[01:05:07]

江藤:そうですね、はい。

中井:もし大きな病気にかかった際とか、考えられることってありますか?

江藤:あー、藤原さんのお見舞いに行ったんですよ、九大病院に。そしたら心電図が、えーと、だから無線で飛んでるんですよ、たぶんナースステーションとかに。あれが10分くらいしかいられないんですよ私は、頭痛くて。

中井:ああ。

江藤:はい。だからまあそういう、自分がそうであることは言いますけど。で、私だけその有線の機器を使ってもらえるのか?とか、そういう状況がありますよね。

中井:ああ、なるほど。じゃあちょっと「受ける受けられない」以前に、「その場にいられないじゃないか」ってことを危惧されてるっていうことですね?

江藤:そうですね、はいはい。だからなんか、いわゆる標準治療なんかまあありえないし、まあそれこそあの、化学物質にも多少敏感であるっていうこともありますので、まあおおむねその内海さんと一緒かなって。まあ「手術はするかもしれないけど、ほかのことは受けません」みたいな感じのスタンスで、はたしてその手術後も3週間あの電気ばかりの大学病院にいられるのかなっていう大きな不安は抱えています。
 ああ、だからその加藤やすこさんが入院した時に、やっぱり病院内がつらくて、あの「浴槽の中で寝た」って書いてあったんです。お風呂桶、あの、風呂場の風呂桶の中が一番楽(笑)。

中井:病院でですか?

江藤:病院のね(笑)、入院していた病院の中で、「もうどこに行ってもつらいから、風呂桶の中で寝かせてください」ってお願いして(笑)。だから似たような状況になるのかなっていう。はい。もう変な話ですけど、ぽっくり死にたいです。

中井:うーん。ちょっとそれはでもそれは切実な悩みですね、大変。
 と言ってる間(ま)に1時間ぐらいけっこうお話うかがって。

江藤:そうですね。

中井:はい。だいたい分量的にはこれぐらいでいいのかなと。はい。ちょっと、ところどころもしかしたら、なんか「二人ともちょっとオフレコで」っていう感じではありますよね。

江藤:そうですね(笑)。

中井:またちょっと文字になってから、編集の手をちょっと入れるということで。

江藤:はい。

(プライベートの話題~太極拳の話題)

江藤:ああ。うーん。亀井眞樹先生かな、統合医療評論家の人、知ってますか? あの「ホンマでっか」に一時期出ていたんですけど。

中井:亀井眞樹先生。ちょっとテレビを全然見ないもので、あれなんですけども。

江藤:見ないですね?(笑)

中井:はい。たぶん今、このかたですよね、ウィキペディアで、

江藤:はい。そう、なんかちょっとぼっちゃんみたいな、「東大医学部のプリンス」と呼ばれていたらしいです、若い頃は。でお母様がやっぱり年若くしてがんで亡くなられたらしくて、で、やっぱり統合医療のほうに関心を向けていらっしゃって。ご自身も相当その太極拳の使い手らしいんですよ。でその、この亀井先生がやっぱりその、「気功・太極拳は線維筋痛症などの難病に効果がある」っていう論文を…、がハーバード大学にあるって言ってらっしゃいましたね。

中井:今、(身内が)関節の痛みに関しては、理学療法士の人のところに通って治療を受けていて、実際お医者さんがまあやる治療ですね。薬を出したりとか、注射打ったりとかっていうことはまったくやらないで、要は筋肉を緩めるみたいなやり方をいろいろ教えてもらって。施術もしてもらって、自分でもやってっていうことをやってるんですが。もうどれぐらいですかね、1年以上はやってると思うんで、即効性があるっていうわけでは全然ないんですけども。でもやっぱり施術してもらったあととかは全然良くなるみたいで。まあこれもちょっと、医学的な話に繋がってきてしまうので、うかつなことは全然言えないんですけども。体のバランスですね、噛み合わせ等っていうのも含めて、そういったことが痛みに大きく関わってるっていうのはありえる話だとは思うんですね。でその筋肉とか骨格の話ってなると、理学療法士の人に言わせれば、お医者さん自身もなんですけども、お医者さんが「理学療法士に教えてもらってやってください」っていうことを言われたりとか…、あ、患者がですね。お医者さんのところ受診したら、「具体的なリハビリとかっていうのは理学療法士の人に教えてもらってやってください」みたいなことを言われたりっていうので。その痛みっていうときに、やっぱり患者とかっていうのはお医者さんに頼るんですが、解剖学的なというかそっちのほうにくわしい人、理学療法士の人であったり、なんかそういった人たちの知恵みたいなのがもっと生かされれば、痛みで苦しんでる人でもアプローチ可能な人ってけっこういるんじゃないかなっていうのはなんか最近思ってますね。[01:21:23]

江藤:うん。

中井:全然その、自分たちの専門の話ではないので、あんまりうかつなことは言えないんですけども。

江藤:いやあ、でも整形外科の先生が言ってました。なんか患者にアンケートを取ったら、「整形外科に行っても痛みは治らない」っていう患者が8割いるんだそうですって。それは、だから「ちょっとゆゆしき事態だな」ってお医者さんたちも、それを見た人たちは思っているみたいで。やっぱりそういうその理学療法的なアプローチとかのほうをもっと充実したほうが、患者さんは少しでも痛みを緩和…、がいい方向に向けられるんじゃないかなっていう気はしますよね。

中井:うん。なんか個人的にはこのインタビューの企画で、ほかの痛みがある人はどうしてるんだろう? っていうのも気になっていて。でそういった人たちにインタビューしてみたいなっていうことも思ったりしているんですが。どうですかね、江藤さんのお知り合いで、けっこう痛みが強い…、強いってまあ、強いかたはなかなかお話聞くのが難しいかもしれないんですが。

江藤:ほかの痛みですか?

中井:そうですね、疼痛が主訴というか、そういう患者さんご存知だったりしないかな? と思いまして。

江藤:あー。うーん、今のところ心当たりがなくって、たぶん。いずれ、なんていうんですかね、えっと、あれなんだ? 「慢性疲労症候群のかたで治られたっていう方がいるから、その方はインタビューどうですか?」っていう知り合いからの連絡はありまして。いずれ私に連絡がくる予定にはなってるらしいんですけど。はい。だから痛みの人はちょっと今のところいないかな。

中井:今のはお知り合いのお知り合いで、慢性疲労症候群が良くなったかたがいらっしゃるっていう?

江藤:はい。「その人を推薦します」って。私…、痛みも若干あるのかな? えっと、私は化学物質過敏症なんです。お母さん若干化学物質と電磁波に敏感で、娘さんはひどい化学物質過敏症だったので、あの、Aさんて【いりじ】(01:24:16)のかたなんですけど、「Aさんか娘さんかいかがですか?」って言ったら、やっぱちょっと「Zoom(ズーム)が無理だ」って言われたので。で、そのAさんが、その良くなられた慢性疲労症候群の人を紹介しますっていう、はい、今、途中ですけど、はい。

中井:ああ、ぜひご紹介ください。

江藤:恐れ入ります。加藤さんのほうもどうぞよろしくお願いします。加藤さんにも「痛みがある人いませんか?」って聞いてください。

中井:はい、ちょっと尋ねてみます。じゃあレコーディングは、じゃあこのあたりにしますかね?

江藤:はい。はい。

中井:はい。じゃあレコーディングをちょっと。


[音声終了 01:24:56]


*作成:中井 良平
UP:20220107
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