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「「いのちの教育セミナー」において正しい説明・情報提供を求める申し入れ」

臓器移植法を問い直す市民ネットワーク 20210115

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last update: 20210120


■本文


2021年1月15日

日本臓器移植ネットワーク 理事長 門田守人殿
日本教育新聞社 社長 小林幹長殿



臓器移植法を問い直す市民ネットワーク
連絡先:〒169−0051
新宿区西早稲田1−9−19−207日消連気付
電話:080(6532)0916
Email:abdcnet@arsvivendi.comgmail.com
ブログ:http://blog.goo.ne.jp/abdnet

「いのちの教育セミナー」において正しい説明・情報提供を求める申し入れ

私たちは、脳死判定基準を満たしたら人の死とすること、および「脳死」からの臓器摘出に反対し、臓器移植以外の医療の研究・確立を求めて活動している団体です。
 2020年度の「いのちの教育セミナー」が来る2021年1月23日にオンライン開催されることを日本臓器移植ネットワークのホームページで知りました。
 今回のセミナーの「開催のご案内」によると“臓器移植を題材とした「いのちの教育」の実践授業の講演などを通じて、子どもたちが生きる上で多様な価値観を育み、自己の生き方を深めていく教育のあり方について提案し、共に考えを深めるセミナー”とのこと、しかも一般も参加できるセミナーとのことで、正確な情報を提供していただくよう、とりわけ以下の3項目は特に留意して取り入れて下さいますよう申し入れます。


1,法律は“「脳死」=人の死”と規定していないこと

「臓器の移植に関する法律」は、第六条1項に“ 医師は、次の各号のいずれかに該当する場合には、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる”とありますが、これは「死体」として扱うというだけで、脳死が人の死であるとの規定ではありません。加えて第六条2項で、“「脳死した者の身体」とは、脳幹を含む全能の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定された者の身体をいう”と規定していますが、それが人の死であるとの規定はどこにもありません。
 また、厚生労働省は、2010年1月14日付通知(健発0114第1号平成22年1月14日)「臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律及び臓器の移植に関する法律施行規則の一部を改正する省令の施行について」を各都道府県知事、指定都市市長、中核市市長宛に出していますが、その「第1―3,改正法の解釈上の留意点」で、「脳死が人の死であるのは、改正後も改正前と同様、臓器移植に関する場面だけであり、一般の医療現場で一律に脳死を人の死とするものではない」としています。
 「臓器移植法」は、「一般の医療現場で一律に脳死を人の死とするものではない」こと、臓器提供を承諾した場合だけ「死体」と扱われることを周知して下さい。


2,「移植用臓器を1個でも多く確保したい・斡旋したい」との偏った価値観を排し正確な知識を持つために、特に以下の2項目について正しい情報を提供することを求めます。

a,「脳死」または「脳死とされうる状態」と診断されても、臓器を提供せずに積極的治療を希望すれば長期間生存できる患者もいること。
b,脳死臓器摘出手術の開始前には臓器提供者が動かないように筋弛緩剤が投与され、臓器摘出手術が開始されると臓器提供者の血圧が急上昇して麻酔が投与されることもあること。

3,脳死または心停止後の臓器提供の紹介、あるいは臓器提供意思表示の推奨が、自殺を誘引しないように配慮すること。


以下は根拠となる情報の概要です。

1について 関係法令・通知 |厚生労働省 (mhlw.go.jp)  hourei_03.pdf (mhlw.go.jp)

2のa 「臓器を提供せずに積極的治療を希望すれば長期間生存できる患者もいること」について
 「脳死は人の死」とする見解で根拠となっていたのは「脳死と判定されたら数日以内に必ず心停止に至る」という、おおむね1970年代頃までの傾向でした。しかし、現代の脳不全患者の実態はそのようなものではありません。
・東京都臓器移植コーディネーターの櫻井悦夫によると、2017年3月までの約22年間に東京都内からの情報で家族への説明にいたったのは341例あり、このうち96例は臓器提供の承諾を得らなかった。家族への説明開始後にコーディネーションを中止した96例のうち、5例は植物状態に移行したため。さらに245例の家族が提供を承諾したうち44例が提供に至らなかった。うち1例は植物状態に移行したためでした。櫻井はp10で「コーディネーターに臓器提供についての家族対応の要請が入るということは,その方は近い将来に『亡くなる』と言う診断がされていることを意味している」と記載しています[注1]。近い将来に『亡くなる』と言う診断が間違っていた患者が計6例あったことは確実です。
・北海道大学病院先進急性期医療センターでは、2010年以降の7年間で139名が脳死と診断されたが、32名は家族が積極的な加療を希望し状態安定後に転院となった。12名の患者で脳死下の臓器提供が実施された。[注2]
・豊橋市民病院では、14歳男児が入院16日目に法に規定する脳死判定を行ったならば脳死とされうる状態と判断された。ご家族に脳死下臓器提供のオプション提示を行った。児の「臓器提供は無理だ」という過去の発言から法的脳死判定、臓器提供は希望されなかった。現在、5ヵ月を経過し状態はおおむね安定。ご家族の希望に従い在宅医療に向け準備中である。[注3]
・順天堂大学医学部付属浦安病院こども救急センターでは、9歳男児に第15病日に脳死とされうる状態と判断。家族へのオプション提示も含め説明した後、臓器提供の希望はなく、第16病日に気管切開術を施行。第24病日に救命センターを退出、一般病棟での管理を経て、第140病日に療養型病院へ転院した。[注4]
・兵庫県立尼崎総合医療センターでは、法的脳死判定マニュアルに則って「脳死とされうる状態」を診断し、該当症例には「神経機能の回復の望みはなくかつ生命予後も厳しい」ことを説明したうえで臓器提供のオプション提示を行っている。これまでの小児4例全員において臓器提供の申し出はなく、医学管理の継続を希望されたため、在宅移行を目指した管理を行い、すべての症例が在宅もしくは施設において長期(8ヵ月〜3年9ヵ月)生存している。[注5]


[注1] 櫻井悦夫:臓器移植コーディネーター 22年の経験から、Organ Biology、25(1)、7-25、2018
[注2] 早川峰司:臓器移植法20年を考える 医療施設からの臓器提供の推進 脳死患者の選択肢、移植、52(総会臨時)、255、2017
[注3] 橋本千代子:「脳死とされうる状態」と判断した症例の経験、日本小児科学会雑誌、117(1)、168、2013
[注4] 石原唯史:小児重症多発外傷における心肺停止蘇生後からのtrauma managementの考察、日本小児救急医学会雑誌、18(1)、67-70、2019
[注5] 菅 健敬:脳死とされうる状態と判断されてから長期生存している低酸素性虚血性脳症の小児4症例、日本救急医学会雑誌、31(9)、397-403、2020


2のb「脳死臓器摘出手術の開始前には臓器提供者が動かないように筋弛緩剤が投与され、臓器摘出手術が開始されると臓器提供者の血圧が急上昇して麻酔が投与されることもあること」について
2018年の9月頃まで、日本臓器移植ネットワークのホームページから「臓器提供についてご家族の皆様方に ご確認いただきたいこと」という説明文書(http://www.jotnw.or.jp/studying/pdf/setsumei.pdf)をダウンロードできましたが、現在はダウンロード不可能になっています(ダウンロード可能な時もファイル名をHP上に表示しておらず、サイト内を検索して探すしかない状態だった)。非公開扱いされる前に、当方で保存した説明文書には、臓器摘出時に麻酔をかける可能性については記載していません。
厚労省や日本医師会は、「診療情報の提供に関する指針」を公表しており、「医療従事者は、原則として、診療中の患者に対して、次に掲げる事項等について丁寧に説明しなければならない」とし、このなかに「処方する薬剤について、薬剤名、服用方法、効能及び特に注意を要する副作用」「手術や侵襲的な検査を行う場合には、その概要、危険性、実施しない場合の危険性及び合併症の有無」他を例示しています。
医療は患者、家族への丁寧、正確な説明が前提であるにもかかわらず、日本臓器移植ネットワークは逆に「実態を知られると臓器提供が激減するから」との利己的な動機で広報活動を継続しているのは問題です。

臓器摘出の麻酔を知らされずに、臓器提供後に後悔するようになった遺族
 臓器摘出時に麻酔がかけられる場合があることについて、認識が無かったために臓器提供を後悔している遺族の語りを【注6】から引用する。
「脳死っていうのは、生きているけれど生身でしょう?だから手術の時は脳死でも動くんですって。動くから麻酔を打つっていうんですよ。そういうことを考えると、そのときは知らなかったんですけども、いまでは脳死からの提供はかわいそうだと思えますね。手術の時に動くから麻酔を打つといわれたら、生きてるんじゃないかと思いますよね。それで後になってなんとむごいことをしてしまったんだろうと思いました。かわいそうなことをしたなぁ、むごいことをしたなぁと思いました。でも正直いって、何がなんだかわからなかったんですと。もうその時は忙しくて。」
 上記の遺族の後悔にみるとおり、臓器摘出時に麻酔をかける場合があるという情報は、臓器提供を承諾するか否かの判断において、極めて重要な情報である。臓器斡旋業者そして移植医にとっては、「詳しく説明すると臓器提供者が激減するだろう」という恐れを持つとしても、臓器提供候補者の家族に対して誠実に説明して承諾を得るために説明する義務があると思われる。

【注6】山崎吾郎:「臓器移植の人類学(世界思想社)」、87-88、2015


国会で移植医が麻酔投与を否定、実際は継続の意味
 2008年6月3日、衆議院厚生労働委員会臓器移植法改正法案審査小委員会において、福嶌教偉参考人(大阪大学医学部教授・当時)は以下を発言した。
 「痛みをとめるようなお薬、いわゆる鎮静剤に当たるもの、あるいは鎮痛剤に当たるもの、こういったものを使わなくても摘出はできます。ですから、麻酔剤によってそういったものが変わるようであれば(引用者注:臓器摘出時の筋肉の動きや血圧の変動等が麻酔剤によって変わること)、それは脳死ではないと私は考えております」
 「実際に五十例ほどの提供の現場に私は携わって、最初のときには、麻酔科の先生が脳死の方のそういう循環管理ということをされたことがありませんので、吸入麻酔薬を使われた症例がございましたが、これは誤解を招くということで、現在では一切使っておりません。使わなくても、それによる特別な血圧の変動であるとか痛みを思わせるような所見というのはございません」。

 福嶌参考人は上記のとおり2008年6月3日に「(臓器摘出時に麻酔剤は)現在では一切使っておりません」と言ってしまったが、約3週間前の2008年5月14日に法的脳死判定71例目の臓器提供者からの臓器摘出時に「麻酔維持は、純酸素とレミフェンタニル0.2μ/s/minの持続静注投与で行なった」と記載されている。【注7】
 これ以降も83例目ではレミファンタニルの投与【注8】、132例目では摘出手術の麻酔の記載がある【注9】。424例目と見込まれる症例【注10】では「全身麻酔下に胸骨中ほどから下腹部まで正中切開で開腹し,肝臓の肉眼的所見は問題ないと判断した」と、いずれも脳死臓器提供者に麻酔をかけたことを明記している。
 一方で麻酔はかけずに筋弛緩剤だけ投与して臓器摘出を完遂したという報告も106例目?【注11】、207例目【注12】、327例目【注13】からなされている。

 臓器提供施設マニュアル(平成22年度)は「原則として、吸入麻酔薬、麻薬は使用しない」とした。国会内で脳死ドナーへの麻酔を否定し、さらにマニュアルでも麻酔を禁止したにもかかわらず、実際の臓器摘出場面では麻酔をかける臓器摘出と麻酔をかけない臓器摘出が混在しているのは何故か?その理由は、筋弛緩剤の投与だけでは足りずに、鎮静剤・鎮痛剤を投与しなければ臓器摘出を完遂できない事態が手術室で発生しているということだろう。脳死判定基準を満たし法的に脳死とされた患者の状態は、実際は様々な重症度の患者がいるということだ。福嶌参考人の表現を使うと「それは脳死ではない」患者が含まれていることになる。


【注7】神戸義人:獨協医科大学での初めての脳死からの臓器摘出術の麻酔経験、Dokkyo Journal of Medical Sciences、35(3)、191−195、2008
【注8】小嶋大樹:脳死ドナーからの多臓器摘出手術の麻酔経験、日本臨床麻酔学会誌、30(6)、S237、2010
【注9】小山茂美:脳死下臓器提供の全身管理の一例、麻酔と蘇生、47(3)、2011
【注10】梅邑晃:マージナルドナーからの脳死肝グラフトを用いて救命した 肝細胞がん合併非代償性肝硬変の 1 例、移植、52(4-5)、397-403、2017
【注11】田辺美幸:非侵襲的全ヘモグロビン濃度測定が有効であった脳死下臓器提供の1症例、麻酔、62(6)、699−701、2013
【注12】西嶋茂樹:脳死下臓器摘出術の管理経験、日赤医学、65(1)、182、2013
【注13】山本祐子:脳死からの臓器摘出術における呼吸循環管理、Dokkyo Journal of Medical Sciences、44(1)、99-103、2017


3,「臓器提供の紹介、あるいは臓器提供意思表示の推奨が、自殺を誘引しないように配慮すること」について

 我が国で1999年2月から2011年1月にかけて行われた脳死肝移植100例のうち、13例の臓器提供者は自殺だった。【注14】
 ところが近年の自殺者割合は17%に増加している。2020年7月発行の「INTENSIVIST(インテンシヴィスト)」2020年3号誌上では、過去5年間での脳死に至った起因別分類で「内因性 脳血管障害、心血管障害など 58%」「外因性 頭部外傷、溺死等 24%」「自死・自殺 17%」「その他 1%」とし、日本臓器移植ネットワーク事業推進本部の林本部長は、外因性と自死・自殺を合わせると41%になることから、家族は突然の経験・混乱のなかで臓器提供の決断をすることになることから「支援が重要になる」と記載している。【注15】

 米国Organ Procurement and Transplantation Networkのデータによると、死体臓器提供者の死因のうち自殺者の比率は、2006年の6.8%を底に9〜10%が多い。最近5年間(2015年〜2019年)では死体臓器提供者累計51927のうち自殺が5130、9.88%である。
 もともと日本の死体臓器提供者における自殺者の比率は高く、近年はさらに増加傾向と見込まれる。青少年の死因に占める自殺は上位にあることから、死後の臓器提供を紹介したり意思表示を推奨することが自殺者の増加につながることを懸念しなければならない。臓器摘出時の麻酔など実態を知らさないで臓器提供の承諾を得るなど、日本臓器移植ネットワークの行為も加わり、患者家族に終生におよぶ後悔、苦悩を背負わせる恐れが高いと指摘しておく。


【注14】古川博之:脳死下・心停止下における肝臓提供に関する研究、脳死並びに心停止ドナーにおけるマージナルドナーの有効利用に関する研究 (厚生労働科学研究費補助金 免疫アレルギー疾患等予防・治療研究)、37-39、2011
【注15】林 昇甫:我が国における臓器移植の現状:JOTの使命と役割、INTENSIVIST、459-468、2020


■原文ファイル

◇臓器移植法を問い直す市民ネットワーク 20210115 「「いのちの教育セミナー」において正しい説明・情報提供を求める申し入れ」 [PDF]




*作成:安田 智博
UP: 20210117 REV: 20210120
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