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中野まこ氏インタビュー・2

2020/12/12 聞き手:立岩 真也 愛知・中野さん宅との間 Skype for Business使用

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こくりょう(旧国立療養所)を&から動かす ◇生を辿り途を探す――身体×社会アーカイブの構築
◇文字起こし:ココペリ121 https://www.kokopelli121.com/ 111分

 ※記録を2つに分けました。
中野 まこ i2020 インタビュー・1 2020/12/12 聞き手:立岩真也 愛知・中野さん宅との間 Skype for Business使用
中野 まこ i2020 インタビュー・2 2020/12/12 聞き手:立岩真也 愛知・中野さん宅との間 Skype for Business使用(本頁)




中野:そうです。だから私、教員採用試験受けました。

立岩:じゃ教職、中高持ってるってこと?

中野:小中高、特別支援学校。

立岩:みんな持ってるんじゃん。

中野:全部持ってる(笑)。

立岩:へー。僕、教職合わなかったみたいで、授業の1回目で挫折して。それはどっちでもいいんですけど。

中野:(笑) そう、教育実習もやったし、体育系も受けたけど、落ちちゃいましたね。

立岩:それネットで見ました(笑)。

中野:ネット?

立岩:うん、どっかに書いてあった(笑)。

中野:あ、そうですか(笑)。

立岩:採用試験って県別だよね?

中野:自治体。名古屋市と愛知県で受けました。

立岩:じゃあそのころはたとえば山口に戻るとか、あんまりそういうのは考えてなかったんですか?

中野:えーと、まず私は思ってませんでした。ずっと愛知県にいようって思いました。ただ、教育実習は自分の母校でするんですね。だから私の場合は自分が行っていた特別支援学校で教育実習しました。で、まあ先生方が「山口県、絶対戻ってきてよ」って言われたんですけど、でも私は山口県では、まあ実家で暮らすことは全然想像ができないし、まあ一人暮らしってしても、山口県で重度訪問介護って全然ないから、暮らしにくいなって思って。私はやっぱり愛知県でいろんなことができるようになったし、人のつながりもできたから、ずっと愛知県にいようって、思いました。

立岩:大学に入ってすぐ重度訪問取った?

中野:そうですね、初めてのヘルパー制度を使ったのが大学生になってからです。

立岩:どのくらい時間使ってたんですか?

中野:えーと、もう大学行ってる以外ですから、どれぐらいだったんだろ? 600時間ぐらいあったんですかね。

立岩:あ、そうか、学校行ってる間はまあ制度的に使えないからっていうことで、

中野:そう、まだそのときは重度訪問介護のね、就学時支援はなかったから、大学の。はい。

立岩:学校の中ではどうしてたの?

中野:学校の中では、同じ学部、学科の友だちが、トイレとかやってもらってました。

立岩:プラス、うち帰って重度訪問使ってか。

中野:はい、そうですね。

立岩:そうですね。山口、確かにそうだろな。愛知に比べれば使えないでしょうね。だからってこともあって愛知でか。

中野:そう、なんか山口県が、まあ岩国市か、岩国市として学生に対して重度訪問介護を提供するっていうことが私が初めてだったらしくって、なんか「どれぐらい時間を支給決定するべきかわからん」って言われて。「わからん」だったら逆にこっちがほしいものを全部言おうと思って。セルフプラン的なやつを作って提出したら、全部オッケーって言われて。はい。大学生のときは出身の地が支給決定するんですよね。

立岩:あ、そうなんだ。僕それよくわかってなかった。そうなんですか。

中野:はい。だから岩国市が4年間ヘルパー制度のことは見てくれていて。

立岩:ふーん、そうですか。でもまあとにかく制度を使うなら愛知だっていうこともあり、人の関係もあり。人の関係ってさ、福祉大の学生たちとの付き合いもあるんだろうけれども、学生時代にその愛知…、日本福祉大って名古屋市?

中野:名古屋違います。市外、知多半島です。美浜町です。

立岩:そこでのローカルっていうかつながりは、学生以外にあったんですか?

中野:まずはまあヘルパー事業所がね、つながっていたりとか。あとはまあ愛知でいうと大きいところが、AJUってあるじゃないですか。AJUとのつながりもあったし。あとはまあ同じ病気の人たちがいる患者会の、筋ジス協会の愛知支部とかあったので、なんとなく困ったときに、何か相談できる人っていうのがけっこういたかなって思います。

立岩:僕ねAJU知っ…、山田さんって会ったことある?

中野:ありますけど、たぶん私のことはたぶん認識してないと思います(笑)。[01:10:22]

立岩:まあいっぱいの人に会ってるんだろうからね。

中野:はい、でもいつもなんか怒られるもん。

立岩:怒られるの?

中野:もうちょいがんばれみたいな(笑)。

立岩:あの人好きなんだよね。名古屋弁っていうかさ、なんかあのキャラけっこう好きなんですけど。でもなんでAJUと付き合いが始まったんですか?

中野:大学生のときに、あそこのヘルパーを使ってるわけではないんですけど、AJUではないんですけど、なんか愛知県の中のいろんな、何て言ったらいいのかな、ヘルパーサークルがあって、日本福祉大学の中に。でそこにまあ大学生のときに使っていた事業所と、あとAJUのヘルパー事業所とのイベントとかけっこうあったので、知ってるって感じです。けっこう大学生のときから自立生活運動っていうことをちょっとだけ身近にあったけど、でもちょっとだけそのときは「ちょっと怖いな」っていうイメージがありました。

立岩:その「怖いな」の成分っていうかさ、その何が怖かったんですか?

中野:なんか、「文句言ってんなー」みたいな。

立岩:ああ、「あいつら文句言ってんな」みたいな? そんな感じ?

中野:そう。でけっこう一緒になんか、何て言ったらいいんだ? デモ行進とか「一緒に出よう」って言われたんですけど、当時の私は、大学生の私は、「そんなん関係ないし」みたいな、思ってました。

立岩:(笑) わからないではないです。わかりますけど。ちなみに91年生まれって、何月何日生まれか聞いていいですか?

中野:10月11日です。

立岩:で、全部小中高って普通にストレートっていうか、6年3年3年で。

中野:ああ、そうですよ。はい。

立岩:そうすると大学の入学っていうのがいつになるんだ?

中野:2010年4月。

立岩:2010年の4月。もうだからストレートで、18のときにみたいな?

中野:はい。

立岩:そういうことか。で、4年間で学校出たんですか?

中野:そうです。

立岩:全部規定どおりに。

中野:そう、普通みたいな(笑)。

立岩:じゃあ2014年の3月か。

中野:卒業。はい。

立岩:だとしたら10年から14年の間は、大学生のときは、自立生活運動的なものをちょっと遠目で「あいつらちょっと怖い」的な感じで、

中野:あ、そうそうそう(笑)、怖い。「私には関係ないし」みたいな。

立岩:AJUとは付き合いはあったけど、中に入り込むわけではなくっていう感じね。

中野:そうそうそう。そうです、そうです。

立岩:なるほど、そっか。筋ジス協会って「何の役にも立たない」って言う人と「そうでもないよ」って人と、いるんだけれども、中野さんにとっての愛知支部っていうかそういうものっていうのは、今、それから大学生のときとか、どんな感じですか?

中野:そうですね、まずは大学生、もう何も知らない、誰も知ってる人がいない愛知県で、やっぱり誰かが私のことを気にかけてくれているっていうことの安心感がありました。うん。患者会で会ったら、「ああ、まこちゃん元気?」みたいな(笑)。そうやって言ってくださる人がいるっていうことはうれしかったし、こう何かの病気に関する最新情報というか、そういうのもまあ情報が回ってきますし、やっぱり同じ病気っていう…、まあウルリッヒ型は少ないけど、まあ筋ジストロフィーって考えたら、たくさんの人がいるんだな、っていうことが知れたことは安心感ではありました。

立岩:あの協会って、もとはと言えば親たちが作った協会だけれども、どういう感じなの? 本人もいるし親もいるんだと思いますけれども、そのへんはどんな感じなんですか?

中野:うーん。ね、私は今は自立生活センターで活動していますが、で、さっきは「なんかめっちゃ怖い人たちだな」って思ってたけど、自立生活運動をね、する人たち怖い人だなって思っていましたけど、でも実際自分が関わるようになって、DPIとかJIL(ジル)とかの研修とかに行かせてもらうようになって、なんかすごく先輩たちの声があったおかげで私たちはちゃんと生活ができているし、まだまだ足りない部分もあるから今度は自分たちが役割があるんだなっていうふうに感じたんですね。
 で、その中でやっぱり施設とか病院ではなくて、地域で選ぶ、地域で暮らすってことはあたりまえの権利なんだなっていうことがわかって。で先日、今年の6月か、6月に筋ジスの全国大会、総会があったんですよ、Zoom(ズーム)で。そのときに私出たんですけど、なんか「質問ありませんか」って、私が…、何だっけな、なんかそのときにすごくやっぱりなんか引っかかることがあって、筋ジスの理念、あ、協会の理念が。うん。こう、もちろんなんか「病気を治したい」、あの人たちの、あ、協会の目的って、その病気が治ることとか一日でも早く薬が開発されることとかそういう理念なんだけど、だから地域に移行するっていう考えがあまりないように感じたんですよね。[01:16:35]

立岩:うん、まあそうです。そもそも始まりがそうだしね。

中野:そう。で、なんか、確かに病院で生活されているかた、たくさんいて、家庭の事情とかいろんな事情があって、そこでしか暮らせない人もいるんだろうけど、「でもそれってほんとに本人が選んだんかな?」って思って、入院生活を。だから「そこの支援って何もしないの?」って思っちゃったんですよ。で、その総会、Zoomでやった総会のときに質問してしまったんです、私は。「地域移行のことどう考えていらっしゃるんですか?」みたいな(笑)。

立岩:あ、言っちゃったわけね。

中野:言っちゃったんですよ。で、そしたら「中野さんはできると思いますけど」って言われて、「だからどんどんしてください」みたいな、「地域で自立してください」って言われて、「あ、自立してますよ」みたいな。でもなんか、

立岩:「中野さんはできるけど」っていうのは、「できるから、できる人はどうぞ」みたいな。

中野:そうそう、できるから。

立岩:それは、答えた人は誰? 誰っていうか、どういう立場のかたなんですか?

中野:え、あの人ですよ、あの、会長? 代表? 何だっけ、忘れちゃった、名前が(笑)。

立岩:はいはい、会長さん自らおっしゃったんですね。

中野:そうそう。

立岩:「できる人はすればいいんじゃないですか」的な感じですか?

中野:はい。で、めちゃむかついて、それで。「えー!」って思って、なんか。その頃ちょうどなんか、病院に入院されてるかたにアンケート調査を厚生労働省がするみたいなやつあったじゃないですか。で、「このアンケートをどうするか」みたいなことを言ってて、会議の中で(笑)。

立岩:「どうするか」って?

中野:「どうするか」っていうのは、なんか「国として、地域に移行するみたいなふうな方針になっているけど、まず私たちは病院の生活をよくしてほしいんだ」みたいな。うん、確かにわからんでもないなって、実際に今も住んでいらっしゃる、入院をされてる方いらっしゃるから、そこの環境が悪いのは確かにそうなんで。うーん、それも大事なんだけど、でもなんかな、「ほんとにそこを選んで入院してるんか?」って思って。そもそもそういう選択肢が、地域に生きることの選択肢が、知らない人がいると思うんですよ。ずーっと長いあいだ、長期入院していれば。「そういう情報提供が必要なんじゃないかな」っていうことを言ってしまいました、総会で(笑)。

立岩:そしたらその会長さんは、「できる人はすればいいんじゃないですか」、プラス何か言ったっていうか、その話の流れはどうなったんですか?

中野:えーと、言われて、「でも」、だから「必要な人がいるんですよ」っていう感じ。入院が、

立岩:「入院して、その病院って場所が必要な人はいるんです」っていう、そういう話ね。

中野:うん、はい。

立岩:そうか。それでいったん打ち切りみたいな感じ?

中野:えっと、そうなんですよ。で、あとなんか、その最近協会として「会員さんが減ってるね」みたいな話があったんですよ。で、「それってやっぱり、今の親御さんは自分たちで情報を集めることができると思うし、ネットもあるしね。だからそういう新しい考えかたも入れたほうがいいんじゃないですか? 今、インクルーシブですよ」みたいな。そういうのも言っちゃったんですけど。

立岩:言っちゃった。

中野:言っちゃった。

立岩:言っちゃったら(笑)、どうだったですか?

中野:いや、それ全部つなげて言ったんで。

立岩:全部いっぺんに、ばーっと言ったんだね。

中野:そう、言っちゃった(笑)。

立岩:したら、「まあ出られる人は出ればいいけど、でも病院にいなきゃいけない人もいるんです。終わり」みたいな、そういう感じだったってことか。[01:20:41]

中野:そう、そうです。私は自分ができるっていうことをアピールしたわけではなくって、なんかほんとに本人が選んでるのかな、そこからまず情報提供、情報提供して、したうえで、「いや入院してます」だったら全然いいと思うんですけど。それすら、それすらなかったら、選べようがない。

立岩:うん。で、その「情報を」っていうことについては直接のお答というか、反応はなかったの? そのときは。

中野:うん。で、たぶんそのかたも知ってはいらっしゃると思うんですけど、やっぱり今、けっこうオンラインで面会とかあるじゃないですか。だから、「けっこう他の」、何だろ、「障害者団体、自立生活センター系の団体が面会をしていることは知ってます」とかは言ってましたよ。

立岩:ちょっと気になってるのかな? ずいぶん長いことされてる方ですよね、たぶんね。

中野:はい。

立岩:ああ、そうか。それはまあ全国の組織のは、なんか雰囲気はわかります。で、それとでもちょっと愛知県支部でさ、直接に自分のこと知っててちょっと声かけてくれるっていうのは、またちょっと違うよね? 意味合い。

中野:違います。違うし、さっきのそのなんかいろいろ、八雲病院のこととか教えてくださったのもそういうつながりがあったからだと思いますし。やっぱり、で、ちゃんと自立生活してるってことも知ってくださってるから、「すごいね」っていうか、「いいな、すごい」って言われちゃうけど、「がんばってるね」みたいな、うん。まあでも愛知県けっこうヘルパー使って生活してる人多いから、筋ジスで。うん。だからまあ、ちょっと本体とは違うかなって思います。思いたい。



立岩:なるほどね。いや、そうだと思う。ローカルに、っていうのと全国組織っていうのはたぶん違うんでしょうね。で、話戻しますけど、大学4年間出たんだけど、その教員の免許は取ったんだが、採用試験は二つ受かんなかったと。それは悔しかったと思うんだけど、「このやろう」っていう感じだったのか(笑)、どうなんですか?

中野:まず、その落ちた理由は情報開示してもわかんないじゃないですか、どういう理由でっていうのは。ただ点数しか出ないわけですから。だけどその面接のときに、「あなたは車いすに乗っていて障害があるのに、どうやって障害のある子の教育をするんですか?」って言われたんですよ。なんかその発言って、今思うと障害者差別だし、絶対、差別解消法を絶対破ってるでしょ、と思っちゃうんですけど、まだそのときは全然わかんなかったから、そういうことが。だから、「ああ、私は障害者だからだめなんだな」と思って。すごく悲し…、一番人生で大きい挫折かなって思います。

立岩:言われた、その面接官みたいな人から。そのときに反応できなかった的な感じ?

中野:あ、私はちゃんと、そうやって聞かれるかなと思ったから答を準備していて。「教育っていうのは担任が一人でやるのではなくて、学校全体で子どもを見るものだと思っています。だからお互いにフォローしあいながら教育していきた…、やっていきたいです」みたいな感じで答えたけど(笑)。

立岩:それは正解ではあるわけじゃないですか。別に答は悪いわけじゃないですよね。

中野:(笑) わかんない。でも、やっぱりそこの「車いすを使っていて」っていうところが引っかかったのかなと思っちゃったんですよね。

立岩:そうやって用意してた答は言えたけど、でも結果的には落とされたっていう感じ。「感じ」もへったくれもないけど。

中野:現実、現実(笑)。

立岩:そういう現実があって。そのときに「もう1回」とかそういうのも考えたの? 来年もう1回受けようとか。[01:25:12]

中野:ああ、えっと、一応卒業したあとに、社会人1年目で、まあ自立生活センターで活動し始めて1年目に、もう1回受けましたよ。

立岩:じゃあ、そうか、2回受けたの?

中野:2回受けてます。ただ、2回目はもう全然勉強する余裕もなかったから、たぶん普通に面接がどうこうじゃなくて、教科のほうの筆記試験でだめだったと思うんですけど(笑)。

立岩:なるほど。2回やって、まあ2回ともだめで。ま、2回目の理由は違ったかもしれないけど。で、どうなの? 今は自立生活センター勤めですよね?

中野:はい。

立岩:それと教員とさ、今の生活と職業っていうかさ、それは自分的にはどうなんですか?

中野:そうですね、まあもともと教員っていうことを目指していたけど、なんか自立生活センターっていうものを知った時に、どういうことやるかっていうの聞いたときに、「自分の生活がすごく活かされるんだよ」って教えてもらったんですよね、今のセンターの代表に。で、たとえば今もやってるんですけど、地域の学校に行って福祉教育やったりとか、自分の生活を伝える、誰かに伝えてインクルーシブな社会を作っていくっていうことの役割ができたりとかするんだっていうことを知った時に、「ああ、この仕事もいいな」と思ったんですよね。うん。で今は、自分が先生になるっていうよりも教育の仕組みを変えたいなって思っていて、そっちのほうの仕事が楽しいというかやりたいなって思っています。

立岩:なるほど、わかりました。14年の4月から同じところにずっと勤めてるんですか?

中野:そうです、はい。

立岩:じゃあ、もうけっこうですよね、6年ぐらい?

中野:7年目です。

立岩:十に彩って書く。

中野:十彩(といろ)。

立岩:「といろ」って読むんですよね。

中野:はい。

立岩:そのNPO法人の中に自立生活センターがあるみたいな、組織的にはそんな感じなのかな?

中野:一応別団体なんだけど、建物は一緒です。

立岩:何だっけ、若…、何でしたっけ?

中野:ユートピア若宮。

立岩:ユートピア若宮の法人の中にあるわけじゃなくて、別なの?

中野:別団体ではあるんですが、まあ一緒のグループ的な(笑)。

立岩:で、建物が同じっていうか。

中野:建物一緒。

立岩:ふーん。で、その十彩は主には、組織全体としては何をしてるんですか?

中野:ILPだとか自立生活プログラム、ピアカン、あとはいろんなイベント、啓発事業とか、あと講師派遣で学校に行ったりとか、企業の研修で講師で行ったりとか、あとバリアフリーの取り組みとか、あとは市の話し合い、会議に参画するっていうことですね。

立岩:そういうタイプの支援ね。じゃあ派遣とかそういうのは別の団体というか、別のほうがやっていると。

中野:あ、そのユートピアの、NPOのほうがやってます。

立岩:そういう分けかたね。

中野:そうです。

立岩:その十彩のスタッフって、どのぐらいの人手で回してる組織?

中野:まず、人数は7人です。そのうち2人が健常スタッフです。あとは障害当事者のスタッフなんですが、主に運動として活動しているのは私を含めて3人です、当事者は。あとの2人は運動というよりもちょっと、事務じゃないけど、そういうことやってるっていう感じですね。

立岩:もう7年目だとけっこうベテランですよね。

中野:(笑) 一応事務局長になってしまったんで。

立岩:そうか、代表は別にいるけど、事務局長は私っていう。

中野:そうです。

立岩:いつからですか?

中野:えーと、どれぐらいだろ? ちょっと今忘れちゃいました(笑)。もう2年は絶対、3年、4年ぐらいやってます、たぶん。[01:29:56]

立岩:就職して半分のあとぐらいは、事務局長職をやってるという感じね。

中野:そうですね、はい。

立岩:だいたいわかってきました。

中野:(笑)



立岩:それでね、僕は今京都なんですけど、今京都とか西宮とかその自立生活センター界隈に昔でいう国立療養所があって、そこのいる人たち、筋ジストロフィーとか、筋ジストロフィーに限らないんだけれども、そういう人たちの支援を、みたいな感じで、京都は近場ではそういう感じでやってるんですけど。愛知自体はそういう国立療養所っていうの、ないわけじゃないですか。

中野:うん、ないですね。近くで鈴鹿病院とか長良病院ですか?

立岩:なんかそのへんの話って聞きます? 漏れ聞くっていうか、なんか流れてきたりすることってあります?

中野:いやー、ちょっと私のほうでは、なかなか施設とつながりがなくて、病院とかともつながりがなくて、なかなか情報がないですね。うん。

立岩:そうか。十彩っていうのは愛知県のどこにあるんでしたっけ?

中野:豊田市。

立岩:豊田か。1回だけ行ったことある、ずっと前に。20年ぐらい前かもしれない。JILの何かで行ったことありますね。

中野:そうなんですね。

立岩:今、ひたすらただ黙って聞いてる坂野さんって岐阜の大学の教員やってて、だから長良病院とかもちょっと付き合いあるみたいだけどね。まあ中部圏っていっても距離はありますよね。京都で宇多野病院なんかだったら、僕のうちからでも自転車で行けるしね。そのぐらいの距離だから、やっぱり行こうと思えばすぐ行けちゃったりするのでね。そうすると付き合いが自然とというか、あるじゃないですか。それから今、いろいろ調査とかやってくれてる大藪さんなんかもさ、彼はずっと在宅の人だけれども、そのさっき言った鳴滝っていう宇多野病院の併設されてる学校の出だったりするから、友だちがあそこにいたりとかさ、そういうので付き合いがある人がいて、そこの中に「出たい」って人がいてっていう、そういうわりと自然なっていうか身近なっていうかね、そういう流れで来てるんだけど。そうだよね、豊田だったら近所にないもんね。

中野:そうですね。なんか私も、なんか自分が検査入院をして八雲病院に行ったときに、「自立生活したいんだ」って人にはどういう感じっていうの話をしたことはあります。

立岩:八雲も、そこに3年間いたって人にも去年かな? 去年仙台でJILの集まりがあったときに話聞いたりしましたね。「いい」って人と、「どうなの?」っていうか、いろいろ感想も違うみたいだね、八雲に関してはね。だからどうってこともないんだけどさ。
 僕はだいぶ聞けましたよ。とてもよくわかったっていうか、「ふーん」って思った。教師になりたい気持ちは今…、そうか、さっき言ったよね、「教師になるより教育を変えよう」っていう。

中野:「教育を変えたい」っては、今、そのけっこう愛知県教育委員会と交渉をしてるんですけど、「エレベーター付けてほしい」とか。あと愛知県って障害者雇用率悪くて、全国最低なんですけどね、教育委員会の中で。だから「どうにかしろ」って言ってるんですけど、そのときに、「中野さん、ぜひ教員採用試験受けてください」って言われたんですよ。腹立って、そのときに。「今さら何言ってんだ」って思って、「落としただろ」みたいな(笑)。

立岩:愛知っての、教育に関しては昔からいろいろあるところなんですよね。

中野:うん。まあまた特別支援学校もいっぱい増えてますからね。

立岩:お城にエレベーター付けるとか付けないとかって話、あったでしょ?

中野:(笑) もうあれは今、ちょっと中断してますけどね。[01:35:02]

立岩:愛知は愛知でいいところと、まあいろいろあるんだろうな。でも、ここまでいたからにはこれからもずっとなんですかね? 愛知で仕事するの。

中野:そう、なんかずっとなんじゃないでしょうか。全然、山口県にいるイメージが、

立岩:山口に帰るって可能性はほぼない?

中野:ほぼないと思います。山口県の自立生活センターにもけっこう言われるんですけど。あるじゃないですか、宇部とか下関とか。「なんで帰らないの?」って、

立岩:言われる。「言われるけど」って感じ?

中野:「ちょっと愛知県がいいかな」って。

立岩:ご両親はご健在?

中野:えーと、今、離婚していて。微妙な関係(笑)。

立岩:微妙な二人か。なるほどね。

中野:(笑) 生きてはいます。どっちも(笑)。

立岩:はい。僕はだいぶ聞けたかな。まあこういうことを話してくれる人には誰でも聞こうと思ってて。で、それみんな足してくと、やっぱり同じとこもあるし違うとこもあるじゃないですか。小学校、中学校とか、そういう昔のことも含めて。でもたぶんそうやって並べていくと何か、言いたくなることっていうか、言えることもあるんだろうなって思って伺ってるんですけど。どうもありがとうございます。ですが、なんか「言い足りなかった」的な、なんか「ちょっとこれ最後に言っときたい」的なものがもしあれば、どうぞ。

中野:いやー、大丈夫だと…、いろいろ話ができました。で私も普段、昔どう思っていたのかなとか、そのリハビリについてどう思ってたのかなとかが、言語化できたことがよかったです。

立岩:あのさ、みんな集会とか行ってけっこうほら、立ち話とかするじゃん。だけどそこまで昔話はめったにしないじゃないですか。やっぱり最近起こったこととか今のこととかの話になるから。だからこういうふうに2時間とか時間取っていただいて、ちょっと根掘り葉掘り昔話をっていうのもありはありなのかなって思ってるんですよ。さっき「教育変えたい」って言ったけど、プラス「これからこういうのするぞ」みたいな? まあでも毎日やってるわけだよね、もうすでにね、なんだけどさ、何かある?

中野:(笑) わかんないですけど、うーん。

立岩:そのちょっとプライベートなこととかでも言うと、「ライブ行くの好きだ」ってどっか書いてあったんだっけ?

中野:(笑) そんなんどこで見るんですか?(笑)

立岩:ネットで検索すると何でも出てくるよ。

中野:怖いですね(笑)。ライブ好きですよ。今全然行けないですけどね、コロナで。

立岩:どういうタイプのライブなんですか?

中野:ああ、もうロックバンドです。すごい激しいやつ。ライブハウスだから。

立岩:はいはい、スタンディングのやつ?

中野:そうです、人が飛んできます(笑)。

立岩:はいはい。ライブハウスはわりとちっちゃめなところに行って、ガンガンうるさいところにっていう、そういう聴きかた?

中野:どっちも。まあ大きめなとこもあるし、2千人ぐらい入るところもあれば、300人とかのところもあるんですけど、いろいろです。

立岩:うるさいやつが好きなのね?

中野:うるさいやつですね。そうですね、なんかまあライブハウスもいろいろあって、1回なんか「車いす来ないでくれ」っていうか、門前払い的なことをされたことがあったんですけどね(笑)。

立岩:えー。

中野:いろいろありますよ。おもしろい、それも。

立岩:それは何、どうしたの? それで言われてさ。

中野:え、そのなんか、いや、そういう直接的に「来ないでください」っていうわけではなくて、「車いす席は2階です」って言われたんですよ。で2階が階段しかなくて。で電動車いすは100キロあるから、

立岩:うん、上がらないよね。

中野:そう、「運びます」って言われたんですよ、でも。

立岩:「運びます」って言われたのね。

中野:「運びます」って言ってくれたんですけど、でも明らかに危ないんですよ、2階だからすごく、運ぶのも、スタッフもふらふらだし。で、そういう状況を見せられて、「じゃあもう観なくていいです」って言って、チケット代は返してもらったんですけど、観れなかったっていうことがあって。

■COVID-19

立岩:じゃ、そこは行かなかったってことね。今、でも一斉…、ライブとか再開されてるところもあるんですかね? コロナで。

中野:あるけど、たとえば人数半分とかですよね。

立岩:ロックのライブ、人数半分でスカスカでやるとちょっと盛り上がんないよね。

中野:しかもなんか叫んではいけないっていうことは、ちょっと悲しいと思う。盛り上がる、手拍子だけみたいな。

立岩:うん、盛り上がりようがないよね、そうなるとね。あと、今、中野さん、このインタビュー、「コロナ関係の研究をする」みたいな学内のお金が付いてるんで、一応っていうのもあるんだけど、

中野:あ、コロナなんですか?(笑)

立岩:まあいいんだって、そんなことはどうでもね。なんか「コロナで何が」っていうのはある? 私的にとか仕事、どっちでもいいんですけど。ライブの話は聞きました。「まあそうだろうな」って思ったんですけど。

中野:そうですね、コロナのことで。一時期在宅勤務をしていました。ただそのね、ご存知のように仕事中はヘルパー使えませんから、私在宅で仕事をしてるときは一人なんですよ。一人で、休憩時間の2時間だけヘルパーさん来てもらってごはん食べたりとか、お手洗い行ったりとかするんですね。だから「もし一人のときにお腹痛くなったらどうすんの」って感じの不安があって。なんかほんと困ったなって思いました、ヘルパー使えないって。[01:40:57]

立岩:そうか、「仕事してるから」って話か。なるほどね。そうですね、今の制度だとね。

中野:そう、ふだん普通に事務所に出勤するときは、その健常スタッフがいろいろ手伝ってくれるんですけど。家で仕事ってなるとヘルパー入れなきゃいけないけど、ヘルパー使えないから、休み時間の間に来てもらうっていう感じで。その間にやってほしいこと全部やってもらって。でもトイレは我慢しなきゃいけないなっていうのが、ちょっと嫌だなって思いました。

立岩:そうですよね。あと、たとえば自立生活プログラムであるとかカウンセリングっていうのも、オンラインでやるってのはありなんですか?

中野:ああ今回、今年、自立生活プログラムはZoomでやりました。ただなかなか、やっぱり自立生活プログラムの醍醐味っていうのは、外に出かけて何かを経験するっていうことで、いろいろ感じると思うんですよね。それが「画面越しで何ができるの?」っていう感じで、ちょっと難しくって、なんかいろいろ、「ネットを使って旅行計画立てよう」みたいなことぐらいしかできなくって。なんか難しかったです。

立岩:プログラムだとやっぱりそうだよね。現地で、現場で一緒に動くみたいなことが大切ですよね。ふだんピアカウンセリング的なものって、カウンセリングのほうはしゃべりあうみたいなとこあるじゃないですか。それってたとえばZoomとかでだいたいできるものなんですかね?

中野:実際私はあのやってないんですけど、まだZoomで。ただあの、こうピアカン、何だろ、講演会「ピアカンをどうするか」っていう話し合いとかはやってて、Zoomで。たとえばその話し合いの中で出た課題が、やっぱりピアカンって肌と肌が触れ合うじゃないけど、こう人の温もりとか人がいる安心感があるからこそ、言えなかったことが言えるっていうことができると思うんですよね。ただこれは画面越しでは難しかったりするんじゃないかなっていう点と、あとはたとえばパソコンの操作が一人でできない人は介助者がいなきゃいけないと思うんですが、そうしたら健常者が中に入っちゃうっていうことはとても安心できない場所になってしまうっていう課題があるな、っていうのが出てきました。

立岩:そういう話をしてるっていうことね。そうだよね。ピアカウンセリングだとそういうのあるかもしれないですよね。4月から流行りだしたじゃないですか。それでそれまでやっていたインタビューをいったんストップして、で、「しばらくもうしょうがないな」って思ったんですけど、考え直すことにして。ピアカウンセリングは難しいところあるかもしれないけど、インタビューだったらオンラインでできるんじゃないかなって思うことにして再開したら、まあできてますよね、今日もね、そこそこ。

中野:うん、オンラインでもいいことあるなって思いましたよ。

立岩:うん。で、全国でできるじゃないですか。

中野:そうそう、そうですね。で、しかも入院してる人もそうだし。

立岩:そうそう、そうなんだよね。だから僕去年とかは仙台行ったら、全国からJILの集会にみんな来てるから、その場所でつかまえて、北から南までの人聞いたけど。そうじゃなければ全国行かなきゃいけないじゃないですか。だけどこれだったらネットにつながってればね、どこの人でもって思って。ちょっとそういうので、これからオンラインでもう割り切っちゃって、オンラインでインタビューを。今日も午後はえっと、

中野:たくさん入ってますね(笑)。[01:45:12]

立岩:そうそうそう。兵庫の人が次で※、みたいなので。はい、もうなんか今週5人みたいな感じになるのかもしれなくて。

中野:みんななんかね、「オンラインだったらできそう」みたいなのがあるんですかね。なんかそこまで行くのにも介助者を手配しなきゃいけないっていう負担がありますからね。

立岩:うん、そうなんだよね。だからまあ、オンラインもいいこともあるなって思うところもあります。はい。あと、今、何時になったんだ? ああ、でももう2時間近くになったとこです。坂野さん、何か言うことある? って突然振っても困る?

中野:坂野さん(笑)。

立岩:坂野さんって人がいるんですよ。「さかの(坂野)」って書いて「ばんの」って読むんだよね。なんかまた、メーリングリストには入ってるわけですよね?

中野:筋ジスプロジェクトの、はい。

立岩:あれは、わりとだいぶ前から?

中野:いや、今年の、筋ジス協会の発言をしてしまったことがうわさに流れて。

立岩:あ、そのあとか。

中野:秋田の方? 秋田のわし…、

立岩:はいはいはい、出た人ね。

中野:そう、その、…さんが私に声かけてくださって、で、「よかったらやらない?」みたいな。

立岩:あ、そういう順番なんだ。

中野:そう。

立岩:筋ジス協会問題発言、

中野:問題発言(笑)、

立岩:秋田の人が聞いた、秋田の人に紹介された、でメーリングリストに、っていうそういう流れなんだ。

中野:そうそうそう、そうですそうです(笑)。えーと、全然協会のことを知らんくて、こういう実態なんだなって。で、なんかもやっとしてしまって、「このままじゃ終われん」と思って。でZoomだから、もう会場だったら言えないかもしれないけど、オンラインだったら言っちゃおうみたいな(笑)。勢いで言ってしまったっていう(笑)。

立岩:いや、でも、もう言った方がいいよね、とにかくね。たぶん誰に言われても同じ答えをその会長さんはするんだろうけど、でもやっぱ若い人が言うっていうのは、違うよね、ほんとはね。「違わない」みたいな反応するかもしれないけど、ちょっと違うんだよね。いや、だから、むっとして言ったってよかったと思いますよ、僕は。

中野:(笑) 「言っちゃったー」と思ったけど。

立岩:いや、いいと思う。たぶん、さっきもおっしゃったけど、だいたいおっきい全国組織ってどこもジリ貧なんだよね。みんなネットで情報得られるし、ネットでつながったりできるから。するとやっぱり全国組織って、だんだん会員数減って高齢化したりしてるから。でもやっぱりそういうところにちゃんと危機感持ってる組織であれば、若い人の言うこと聞いたりとかね、そういうこともせざるをえないって思うかな。変わるにせよ変わんないにせよ、やるべきことはそんなに変わらないかな。でも聞いてくれるようになればそれはそれでいいですけどね。

中野:そうですね。

立岩:どうなるかな? そんなに期待はしてないですけど(笑)、まあでも、

中野:けっこうなんか自立生活センター系の人から、「もうそんなとこに会員費払うな」って言われて。

立岩:(笑) そこまで言われる。まあ僕は、それはそれで付き合いっていうのはある…、

中野:そうそう、またそっちの考えかたも知らなきゃいけないかなって思うから、一応情報を得るっていうことで一応会員ではあるんですけど(笑)。

立岩:なるほど。はい、ほんと長い時間ありがとうございました。これをもう今日にでも文字化の作業をしてくれる業者っていうか、そこもココペリっていう介護派遣とかやってる、介護派遣やりながらテープ起こしするって変な団体だよね、NPO法人なんだけど。そこに回して、で見ていただいて、みんなのインタビューと同じようにみんなに見てもらえるようにっていうふうに思っています。その節またよろしくおねがいいたします。

中野:はい。

立岩:今日はどうもありがとうございました。今日初めてでしたけど、これからもどうぞお見知りおき、よろしくおねがいいたします。

中野:(笑) 次回ぜひ直接会いたいですね。またコロナが落ち着いたらどこかで(笑)。

立岩:愛知だからね。名古屋と京都、新幹線だったら30分、

中野:そう、30分で行ける。

立岩:だから、まあたぶんどっかでお会いできるでしょう。

中野:はい。

立岩:ということで、今日はどうもありがとうございました。

中野:ありがとうございました。

立岩:失礼いたします。

中野:失礼いたします。[01:50:10]


UP:20210201 REV:
中野 まこ  ◇こくりょう(旧国立療養所)を&から動かす  ◇筋ジストロフィー  ◇生を辿り途を探す――身体×社会アーカイブの構築  ◇病者障害者運動史研究 
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