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カライモ学校 吉野靫×立岩真也
『誰かの理想を生きられはしない とり残された者のためのトランスジェンダー史』
刊行記念トーク

20201103 トーク:吉野靫、立岩真也 於:カライモブックス

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last update:20211025

■情報

◇カライモ学校 吉野靫×立岩真也『誰かの理想を生きられはしない とり残された者のためのトランスジェンダー史』刊行記念トーク i2020 インタビュー 2020/11/03 トーク:吉野靫、立岩真也 於:カライモブックス
◇文字起こし:ココペリ121 124分

■関連項目

吉野 靫
◆吉野 靫 20201009 『誰かの理想を生きられはしない――とり残された者のためのトランスジェンダー史』,青土社,209p. ISBN-10: 4791773136 ISBN-13: 978-4791773138 1800+ [amazon][kinokuniya] ※ t05. s00
◆『誰かの理想を生きられはしない とり残された者のためのトランスジェンダー史』Twitter【外部リンク】
◆カライモブックス【外部リンク】

『誰かの理想を生きられはしない――とり残された者のためのトランスジェンダー史』表紙

■本文


順平:一応窓を開けてやって、寒いとか暑いとかあったらいつでも言ってください。一応今、大丈夫かなと思って暖房もつけてないんですけど、今大丈夫ですか? 立岩さんは半袖やけど、

立岩:いやいや、今は暑いけど、そのうち寒くなると思います。

順平:(笑) いいですかね。

立岩:七本松通りをうろうろしてたら、立命館の専門研究員っていう人に「立岩さんですか?」って言われて。その人いなかったら、僕あと1時間ぐらい迷ってたかもしれない。

吉野:電話してくれればいいのに。

立岩:いや、電話今できないんだよ、携帯壊れてて。メールしようと思ったんだけど、キーボードおかしくて、困った困った。

吉野:よかった、たどり着いて。

立岩:ほんまに困ったわ。

順平:ちょっと遅れましたけど、2時、

吉野:あれ? 生存学の人がまだ来てない?

順平:生存学の人?

女性:私。

順平:ですね。***(00:01:27)、

直美:あ、お一人まだなんですけど、時間がすぎたのでもう、

順平:ちょっとやりましょう。ああ、そうでしたね、はい。お一人たぶん来られるかも、途中で。ありがとうございます。

立岩:小泉さんのとこで、が受け入れで、ラカンの研究とかしてたっていう専門研究員って知ってる?

吉野:知らないですね。

立岩:その人がたまたま僕を呼び止めて、この人ここに来るのかな? と思ったら、ここを案内して帰ってった。そういう偶然のことがあって着けました。頭の中空っぽになったんで、何にも思いつかなくなったんですけど。どういうふうにしましょうか?

吉野:あの、事前にお送りしたネタがあったじゃないですか?

立岩:ああ、あれにそって吉野さんがしゃべればいいわけやろ?

吉野:いやいや、そりゃ、

立岩:僕はあんまりしゃべることないってことやね?

吉野:違う、違う、それはいろいろな聞き方があるじゃないですか。(笑)

立岩:そうか。まあ焦った。

直美:ありがとうございます。もう読んでこられているかたもいらっしゃると思うんですけど、読まれてないかたがいらっしゃると思うので、簡単に吉野さんのご紹介を。立命館大学衣笠総合研究機構プロジェクト研究員。専攻はジェンダーとセクシュアリティ。この本を読まれたかたはもうご存知と思いますけれども、トランスジェンダー当事者として大阪医科大学ジェンダークリニックに通院していたが、2006年医療事故にあう。翌年、大阪医科大学を相手取り提訴【外部リンク】。2010年複数の条件で合意が成立し勝利的和解。このできごとをきっかけに日本文学から社会学へと研究領域を変更し、トランスジェンダーに関する論文執筆や企画開催を開始する。ということで、日本文学から社会学に移られたときからの立岩さんとのお付き合いといいますか、

吉野:はい。

直美:ということで、今回聞き手でお願いしているのが立岩真也さん、立命館大学大学院先端総合学術研究科教授で、専攻は社会学。生存学研究所所長ということで、ご著書はたくさんあるんですけれども。今回は吉野さんの聞き手として昔のことをふりかえっていただきながら(笑)、いろいろお話をしていただければと思います。

■2007

立岩:吉野さん、こちらの博士課程というか後期課程に入られたのが何年?

吉野:はい、3年次編入で2007年です。

立岩:そのへんの前後関係がわかんなくなってて。で、和解までいったのが10年で。

吉野:2010年です。

立岩:そのあいだの2007年に3年次で、文学部研究科から入ってきた?

吉野:そうです。

立岩:裁判始めて1年ぐらい?

吉野:そう、えーとね、いや、提訴したのが2007年の3月なので。[00:05:02]

立岩:あ、提訴が2007年の3月か。じゃ直前というか。

吉野:そう、直前ですね、3月末なので、提訴してすぐに先端研に編入したっていうことですね。

立岩:そうかそうか。はい。文学研究科ではさ、古典、日本の古典っていうか何だっけ? 何やってたんだっけ?

吉野:そうです。古事記とか日本書紀をやってました(笑)。

立岩:古事記って何書いてあるんですか? よく知らないんですけど、びっくりですよね。まあいいや、まだどきどきしているので、僕は。とにかくそのへんのいきさつというか、この本。博論出したのは?

吉野:博論を出したのが2013年。

立岩:2013年。あ、そうか。長かったようだけど、まあ長いけど、めちゃくちゃ長かったわけじゃないんだよね。

吉野:そうですね。で本出すまでが、ぎりぎり7年以内ということで。

立岩:うちは後期課程に入ってから10年ぐらいいるやつがざらなんで、それから比べたらそんなでもないね。

吉野:まあそうですね(笑)。

立岩:そのへんの時間の推移というか幅というか長さというか、僕もうなんだかよくわからなくなってて。そういうの聞きながらって思って来たんですけど。まあどっからでもいいや、なんかしばらくしゃべってて。そのうち何か考えます。



吉野:えーとですね(笑)、みなさんこんにちは、吉野靫です。今日は感染症などいろいろある中、お集まりいただいてありがとうございます。10月9日に本を出しました。
 それまで私がどういう、本を出すまでにどういうことがあったかっていうと、もともと人生左折しはじめたのが、中学生のころもう校則改正運動とかをやり始めて、高校でも自治会みたいなこといろいろやってて、で、大学入ってからもそういう社会活動とかに情熱を傾けていたんですけど。あの、大学入ったぐらいから、ちょっとその、「女性として生きていくの無理だな」っていう感じになったので、大学に入ってからはカミングアウトして、「トランスジェンダーです」っていうことでずっと生活していました。
 ただ当時、大学入ったのは2001年なんですけど、そのころはまだバリアフリートイレとかユニバーサルトイレってものがすごい少なくて、生活していく中ですごいいろいろ困ることがあったので、そういうのを解消したいと思って、立命館大学の文学部自治会に入って、大学と交渉したりしながら、「トランスジェンダーの通名通学を保障してくれ」とか、「健康診断の配慮をしてくれ」とか、「トイレの数を増やしてくれ」とか、そういうことを皮切りにしながら、学生全般に関わる性の問題について、Gender Sexuality Project(ジェンダー・セクシャリティー・プロジェクト)【外部リンク】という団体を立ちあげて2002年から活動を始めました。
 それでかなりいろいろ幅広く、セクハラとかの制度改善であるとか、まあ学生に対するセイファーセックスの講座であるとか、まあまたは学園祭でフォーラムをやって、京都では初めてとなるレインボーパレードをやったりだとか、そういういろいろ活発に活動をしてきて。そのうち手術しようってことは思ってたんですけど。[00:09:05]
 そのころはもうほんとに活発で、朝から晩まで、大学に12時ぐらいまでいるのもざらで、ほんとに活発に活動していたんですけども。えーと、その後大学院に、文学研究科に進学をして、2006年に手術を受けます。胸を取る手術を受けます。それが失敗したことで、人生がやばい方向に暗転をしていきました。で、手術失敗して、まあ非常に、まあ本の中にも書きましたけど、非常にひどい対応が多かったので、「裁判するしかない」ということになって。
 それでまあちょっと、「もうこれは古事記とか日本書紀とかとてもじゃないけど、それをやりながら裁判闘争するっていうことはできない」と、「自分の人生と研究領域を近づけるしかない」と思って。でまあ、先輩の山本崇記 って人なんですけど、今静岡大で准教授やってる人なんですけど、その人に相談したら、「まあ立岩さんに会ってみたら」って言われて。
 それで立岩先生に初めて会ったのが、2006年のその、いつかな? たぶん秋とかだと思うんですけど。でまあ、「先端研に来たら、裁判やりながら研究できるよ」というふうに、なことをたぶん言われ。それでもう「ああ、じゃあ先端研入ってトランスジェンダーのことを研究しながら、裁判闘争やっていくしかないな」というふうに思って。で、なんとか提訴の準備を進めながら、訴状を書いたり、まあ体が変になってるのをまあ治らなかったりっていうのがいろいろありながら、どうにか修士論文をやっつけて。
 で2007年の3月末に提訴して、2007年の4月から先端研、立命館大学先端総合学術研究科に入って、立岩さんのもとでトランスジェンダーに関する論文を、研究をし始めるということになります。
 それで当時すごいまあ、裁判闘争やりながら、いろいろがんばって学会発表なり論文発表なりしていて。えーと、最初の出会いがたぶん日本社会学会で、「性同一性障害の戸籍上の性別を変更するための特例法」ってものがあるんですけれども、そのことに関する研究発表した★ときに、青土社の『現代思想』誌の編集者の方がたまたま聞きに来ていらっしゃって、それで、「論文を『現代思想』誌上に書いてみないか?」というお誘いをいただいて、それで初めて大きいところで書いたのが、『GID(ジーアイディー)規範からの逃走線』っていう論文になります★。
吉野 靫 20071117 「GID特例法の検討とその課題」日本社会学会第80回大会、関東学院大学、2007年11月17日
吉野 靫 20080301 「GID規範からの逃走線」,『現代思想』36-3(2008-3):126-137
 それをきっかけに、この論文、今でもいろんな方に読んでいただいていて非常にありがたいんですけども、それをきっかけに、その論文を読んでくださった編集者の人が「論文たまったら本出しましょう」って声をかけていただいて。それから紆余曲折経て、裁判が終わったけど私の心身が回復しなかったり、書こうと思っても、PTSD(ピーティーエスディー)の症状がひどくてすごい汗が出たりとか、心臓がばくばくしてとても書けないとかっていうような日々がありつつしながら、なんとかそれを乗り越えて、どうにか出したのが今回の本っていうことになります。
 そのあいだ、その10年のあいだにまあいろんなこと、博士論文書いたりとかもいろいろありましたけども。その裁判をやってるあいだ、裁判闘争と平行しながらいろんな企画とかもやってて。
 以前に立岩さんに登壇していただいて一緒に企画をやったのが、2009年にもありました。それが「ナルシストランス宣言」って企画で。えーと、当時いわゆる性同一性障害とかトランスジェンダーっていうものが、2000年代っていうのは、すごく悲劇のストーリーとともに流布されるっていうことがあって。トランスジェンダーの人ってのは自分の体をすごく憎んでいて、自分のことも嫌いで、地獄のような人生を送っていて、で手術して、本当の自分に戻って、人生が初めてスタートするんだ、みたいな物語がすごく流布されていた時代がありました。
 そういうことに対して、「いや、ちょっと違うんじゃないか。体を必ずしも大きく変えなきゃいけないってわけじゃないだろうし、日常にいろいろな喜びが、トランスジェンダーの人だって感じているし、自分の体を受け入れられる部分と受け入れられない部分とあるだろうから、必ずしも『全部憎んでる』っていう言説はどうか」というふうに思って、企画をして立岩さんといろいろお話をさせてもらったっていうふうなこともありました。うーん。そんな思い出、思い出ですかね(笑)、はい。[00:14:59]

立岩:じゃあちょっと合いの手を入れましょうか。僕、吉野が一番不元気だったころって、僕の記憶ではつい最近にいたるまでとっても不元気で、「この人大丈夫かしら?」ってずっと思ってきて。「意外と人間そのうちなんとかなるもんだな」っていうことの事例っていうかが、吉野なんですよね。

吉野:(笑)

立岩:ほんとにかなり長期、非常に低迷してたよね。それ、ピークっていつころだったんですか? 底というかピークっていうか、底のピーク、よくわかんないですけど。

吉野:あの、もう長期的に基本的に不元気で。この本を書けたのだって、ほんとにたまたま薬が合ってラッキーぐらいの感じで、「今ちょっと調子いいから書いちゃえ」みたいなところでなんとか書けたので。あの、基本的に今もう、ちょっと何か歯車がまたちょっと違っちゃったら、また元気じゃなくなるかもしれないって状況では常にあると思うんですけど。

立岩:でもさ、4、5年前とかから比べたら、なんか正常化してるっていうか、そんな気はするんですが。

吉野:そうですね。博論書いたときに一回不元気になって、すごく。

立岩:博論のあとだよね、むしろ。

吉野:そう、博論のあと。博論のときは、主査を立岩さんにお願いしてたんですけど。なんかね、副査・上野千鶴子さんとかで、「100枚以上書け。必ず100枚以上書け」みたいなこと言われて(笑)。ね、なんかね、大変だったんですよね、博士論文を書くのが。あれ★書いたあとにもう、がくっときましたね。
吉野 靫 201303提出 「性同一性障害からトランスジェンダーへ ――法・規範・医療・自助グループを検証する」、主査:立岩真也/副査:山田富秋・松原洋子・上野千鶴子

■2009 「ナルシストランス宣言」

立岩:書いてがくっときた感じだったのかな。その話おいおいですけど。2009年っていう年は、僕らは2007年から文科省からお金もらって、生存学創成拠点とかいうわけのわからないものやってて。それの共催企画というか、そんな感じで吉野さんに話してもらうっていうのんと、それが創思館だっけ?

吉野:以学館の方の、

立岩:もっと大きいとこでやった?

吉野:そう、そうやりました。

立岩:やって、そのときのこと、ほんとこのごろ自分がしゃべったこと何も覚えてないなと思うんだけど。うん。で、そのとき少ししゃべって。そのとき僕が言ったのは、「やっぱいろいろ吉野さん言うけど、やっぱよくわからないな。わかるように言えるもんなの?」みたいな、「性同一性障害というか、性的違和感みたいなもの、いや、あるんだろうけど、あるんだろうけどどういうふうにあるんだか、やっぱわかんないよね」っていう話をしたのだけは覚えてる。★
★2009/01/25 シンポジウム「ナルシストランス宣言」,於:立命館大学衣笠キャンパス

吉野:うんうん。ありましたね。

立岩:で、それが今わかるかっていうと、「もうわからなくてもいいかな」っていう感じでわかるとか、まあよくわからないんだけど、そういう話をしたのは覚えてる。で、そのときに吉野さんたちがもう一個、学校の建物の中に写真を貼るっていうイベントをやったわけだ。そしたら、あれ初日?

吉野:初日。

立岩:最初の日に、僕ね、今も髪長いですけど、別に選択的に長いわけじゃなくて、このごろわりと更生してるんですけど、10年ぐらい、年に1回ぐらいしか髪切らなかったんですよ。そうすっと一番長いとこういう、醜いというか長くなるんですけど。その年に1回の日で。その当時、僕北山に住んでるんですけど、北山にモッズヘアがまだあって、閉店したんですけどね、そこで髪切ってたわけ、年に1回。年に1回髪切ったら、うちから電話かかってきて、「学校から電話がきて、『すぐに出ろ』って言われてる」ってわけよ。だから髪切られながら、モッズヘアで、ほんで、あだちさんっていうんだけど★、その髪切ってくれてる人が、店の電話かな? 使わせてくれて。学校から電話がきて、髪切られながら「吉野が」みたいな、そういう電話をしたのは覚えてる。
★今は独立して、やはり北山で、「Maison ADACHI」で仕事なさってます。【外部リンク】

吉野:そうそうそう(笑)。

立岩:で、あれからしばらく大変だったよね。ちょっと何か言ってください(笑)。

吉野:(笑) その、何があったかというと、今日写真も持ってきたんですけど。その「ナルシストランス宣言」っていうあれやったときに、共催企画、一緒にやる企画で、「身体の表現について考える」っていう写真展をやったんですね。で、「人はいろんな見た目から勝手に男とか女とかってことを判断して、他者をまなざすけれども、まあそれって本当なのか?」っていうこととか考えてもらうために、私があえてすごく女性っぽいふりをしてる着衣の写真と、服を脱いだ写真とか。また、いろんな人が参加したんですけど、こう見た目とそのシャツの下、ズボンの中身、そういうものが裏切るようないくつかのショットっていうの展示して。
 で、まったく正当な手続きで大学に場所の使用願いを出して、で、まったく正当に展示したんですけど、それが当時の副学長と教学担当理事、まあ中村正っていうんですけど、そいつの判断で、現場を見ないままに撤去されてしまうってできごとが起こったんですね。で、それを撤去されて、「うわ、大変だ」ってなって、で、それがモッズヘアにいた立岩さんのところに、「うわ、騒ぎがおこった」っていう電話がかかったのが、2009年のその写真展のできごとだったんです。[00:21:01]
 まあどういう写真か、ちょっと今日持ってきたのでお見せしますけど、こういう写真です。別にパンツ脱いでるわけでもないし、要は、だからこの写真の前後にいわゆる女子っぽい感じの写真が貼ってあって、で、その隣にこういう、いわゆる男性とも女性とも判断がつかないような体の写真があると。で、そういうのを見ながら、人の体の性を判断するとかいうことについて考えてほしいっていう、すごくまじめな写真展だったんですけど。えーと、こういう感じのですね、こういう感じの写真でした。

立岩:それって誰か学生が文句言ってきたとか、そういう話だったっけ?

吉野:いや、掃除の人が見てびっくりして、「この写真はゲリラ的に貼られたんじゃないか」みたいなことをなんか事務室に問い合わせて。事務室も当然その、事前に申請出したから知ってたはずなのに、思ったより、かぎかっこ付き「過激」だ、みたいな感じで、なんかあの、騒ぎを大きくしてしまったというか、そういう経緯がありましたね。

立岩:それはですね、そこに書いてあるんだよね、これね。この本だとっていうか、この本だけなんですけど、今日は。この本だと64ページから65ページに書いてあって★、まああとで読んでください。で、私その翌日かな、出張か何かが入ったのかな。で、学校行けなかったのね。だけど「やる」っていって、われわれはとにかく共催するっていうのは決めてあって、「あとの中身は任せる」ってそれも決めてあって、あと「許可取ってね」っていうのも言って、許可取ったと。だったら形式的な瑕疵はないと、まずね。
 で、あとは、それ確か、それでこないだ、「あ、そういえばこないだ書いたや」って思って、ここにURL載ってるからさ。そしたら出てきて、そのときの。私そのセンター長みたいなのやってたんですけど、それで何か言わなきゃいけなくなって、「言わなきゃな」と思って書いた文章が今でも出てくるので、よろしかったらどうぞ★。まあそこには、今言ったようなことですよ、そういったものであるということ。それから、「僕はありとあらゆるもの、ありとあらゆる表現の自由があるとは思わない」って確か書いてますよ。「だめなときはだめな場合もあるだろう」と。「でもそれはかなり、場合によったら微妙だし、そんな一方が『だめ』って言って、それで決着するようなもんでもない」と。「だけどそういうプロセスっていうか、そういうのを省いて取っちゃうっていうのは、それは乱暴ですよ」と。で、「容認できません」っていうような声明っていうか、それは出した。だからどうなったってわけでもそんなになかったですけど、そういうことありましたね。
★立岩 真也 2009/01/29 「「ナルシストランス宣言」同時開催写真展「身体と性――この曖昧な点と線」についての見解」
 http://www.arsvi.com/ts2000/20090016.htm,

吉野:ありましたね。

立岩:あのころはでも、吉野、あのころはまだ元気だった?

吉野:元気だったんですよ。なんか裁判闘争やってるあいだは、ずっと脳内アドレナリンみたいなのが出てて、まあなんか本の中にも書きましたけど、やっぱりこう「強い原告」「しっかりしてる原告」「歳のわりにすごいがんばってる」みたいなイメージでなんかもたせてるみたいなとこがあったから、すごいなんかペルソナをずっと被ってる時期みたいなのがあって。裁判やってるあいだはなんかちょっと異常な状態がずっと続いてましたね。[00:24:51]

■落ちる

立岩:それから和解のあと、どーんと落ちちゃったって感じなんですか? あれ。

吉野:えーとね、うーん、まあ和解しても、やっぱり体が1ミリもどうにもなるもんじゃないっていう現実を改めて、それがきつかったっていうこともあるし。和解しても、病院からの謝罪があったわけじゃないっていうのもきつかったし。うーん、まあ1年ぐらい休んだら、また運動現場に戻ろうと思ってた矢先に、あのー、東北の大震災が起きて。そしたらなんかけっこう運動の景色が、当時がらっと変わったということがあったんですよね。すごくマッチョな運動の表現とか、あの、こう男男(おとこおとこ)しいものの、なんていうか、運動のあれが、この「非常時だから」みたいなことでどんどん許容されていってしまった時期というのがあって、「うわ、ここにはもう乗れないのでは?」みたいな感じになって。そういうのでどんどんもう、「私はもうちょっとあっちにはいけない」みたいな感じになったのはあります。

立岩:それはなんか初めてに近く聞いた気がする。それは吉野さんの感じだと、東日本の震災があったあとと関係あるって感じなの?

吉野:いや、それにまつわる運動の風景を見て、「ああ、なんかまた私が運動にコミットするのは難しいかも」って思って。昔のように何でもこう、どんどん取り組んでいって主体者になってっていう風景とは、私はもう合わないかもしれないなっていうふうに思ったんですよね。

立岩:じゃあわりとこう社会運動っていうか、あるいは学生たちの運動全般に関する違和感みたいなものが、11年ごろにっていうことか。

吉野:大きくありました。

立岩:プラスっていうか同じことなのかもしれないけれども、でも僕自身は裁判とか裁判闘争にディープに関わったことはないんだけれども、ただまあいろいろ歴史的なことも含めて見ていくと、やっぱり裁判ってつらいわけですよ。もちろん敵との争いがつらいわけだけれども、まあそれは最初からある意味折り込み済みというか、まあ敵だからね。だけどその、敵が沈黙したり、敵が文句言ってきたりするよりも、やっぱりこう仲間とか、あるいは弁護士とか、いろんな関係者がいる中でやってくときのつら…、身内っていうか味方内に起こるつらさって、たとえば公害の裁判にしても薬害の裁判にしても、ずっとあってきたことなわけ。で、これは裁判というシステムが続く限り、たぶんなくならないぐらいつらいことなんですけど。それがけっこう効いて、あとあとまで効いてたのかなって感じして★。
★立岩 真也 2008/10/10 「争いと争いの研究について」,山本 崇記・北村 健太郎 編 20081010 『不和に就て――医療裁判×性同一性障害/身体×社会』,生存学研究センター報告3,198p. pp.163-177,

吉野:そうですね。それはもうはっきりそうだと思います。

立岩:でまあ、さっき「なくならない」って言ったけど、でもなくなりはしないかもしんないけど、それはどうやったら軽くなるのかな、みたいなことを、まあ僕は僕でちょっと今でも考えてるとこがあって。さっきの話の続きだと、やっぱり敵と争うのはそんなにつらいことじゃなくて。
 この人はなかなか野蛮な人で、さっき言った中村正っていうのが産業社会学部っていうとこにいるんだが(笑)、まあ私の同僚ですが、そいつに突っかかっていったり、ほんとに野蛮なやつなんですよね。だからそういうのは全然元気で、殴りかかったりとか、ネクタイ引っ張ったりとか、そのぐらいのことはたぶん何でもない、この人はね。だけれども、まあ僕自身もそうなんだけれども、やっぱ背中から撃たれるっていうかさ、味方にやられる、味方だと思った人にやられるっていうことほどつらいものはなくて。

吉野:そうですね。

立岩:それが、で、裁判をする人、社会運動をする人全般、で僕も含めてだけども、何かこう言わなきゃいけないっていうか言わざるをえないっていったときに、そういう人全般に起こることでもあり、それのその性的な差異っていうかそういうものに関わったときに、それに何が加わったりとかね、どこが、どこまでが他の争い全般と同じで、どこがやっぱり特異っていうかなのかなとか、そういうことを思ってたわけですよ。
 で、それは多少私にも身の覚えがあって。やっぱりこの本の中にも書いてあるけど、今でもそのSNS(エスエヌエス)見れないとかさ、Twitter(ツイッター)開けないとかさ、まあ書いてあるじゃないですか。で、よくよく読むと、註とかなんだけど、やっぱり「味方のはずの人にけっこう言われちゃって」みたいなことが何個も出てくるよね。中にはけっこうまあまあ名前、この業界にいれば名前ぐらい知ってる人とかさ、そういうのがあって。そういうふうにこの本は、実は「味方だと思われる人が実は」っていう話が何か所も出てくるんだけれども。それがね、私のまあ、何だろ、何かやっぱり「もの言うっていうことはそういうこと」なとこがあってしまってて。特に僕はわりと能天気な人間ですけど、基本的にはね。だけど、「気弱になるとメール見れない」とかさ、「酒飲まないと見れない」とかさ、そういうのあって。それがけっこう効いたんだろうな。特に裁判終わってから。
 さっきもおっしゃったけど、やってるあいだはとにかく勝たなきゃいけないし、自分が一番トップっていうかシンボルでもあるわけだから気ぃ張ってたけど、でもたぶんそのあいだにも既にいろいろ起こってて。で勝ったけど、まあそれはそれで終わった、ある意味終わったわけじゃない? だけど、それはそれだけっちゃそれだけで、まあ金が入ったってそんなに嬉しいわけでもなくて。病院が謝るったってね、当事者が出てきたわけでもないわけだしっていう、「もらったものはそのぐらい」っていう中で、失ったというかすり減ったというか、それがなんかずーっと続いたんだよね、たぶんね。[00:31:27]

吉野:そうですね。だからこの本の中にも書いたんですけど、やっぱまあやっていく中で一番しんどかったっていうのは、いわゆる性同一性障害とかトランスジェンダーの味方になってくれてもおかしくなかった人たちが、私が裁判をやるっていうことに関して、たとえば「医療と対立するな」とか、「医療とは仲良くやっていくのが賢いやり方だ」とか、「おまえ一人ぐらい犠牲になれ」だとか、まああるいは私がたくさんメディアに露出したのを見て、なんか「全然男っぽくない」とか、「肌がきれいでおかしい」とか(笑)、いろいろそういうこと言ってくるわけです。
 だってそりゃそうだろう、ホルモンもやってないし、胸の手術しただけだったら、女性ホルモンの女の肌なのあたりまえなのに、そういう非科学的なことをですね、いろいろ言ってくるし。
 で、いわゆる、私はだからトランスジェンダーでも「女性でも男性でもどっちにもしっくりこないな」っていう、ノンバイナリー系のトランスジェンダーなんですけど、そういう在り方に対して今よりもっともっと不寛容だった、当時は。だから「どっちかはっきりしないもの」っていうのはいわゆる仲間内からも嫌われたし、うしろからたくさん撃たれるようなことがあった。「裁判やめろ」っていうメールも送られてきたし、なんか「おまえのせいで医療が停滞する」っていうような匿名のメールがたくさんあるってこともあったし。あの、匿名掲示板で好きなように書かれるっていうこともあった。
 それはすごくつらかったけど。だから基本的に私、ネットっていうのはもう好きなようにやられる場所で、「私を、ネットで私をほめてくれる人なんて一人もいない」というふうにずっと思い込んできたから。この本出して、なんかこの本の題名出して書いてくれている人ってみんな基本的に好意的に言ってくれてる人が多かったから、「そんなはずない」って未だに(笑)。「そのうちなんか、めちゃくちゃ罵詈雑言吐いてくるやつがいるに違いない」みたいな、もうすごい根深いその、不信があって。
 けっこう本、ありがたくその、平積みとか面出しとかで本屋にも置いてもらってるけど、その、「こんな好意的なことってある? そんなうまい話あるわけない」みたいなことをやっぱずっと考えてしまう(笑)。そういうその、うしろから撃たれた経験っていうのはなかなかあれなんだけど。
 ただ変わってきてるなって思うのは、若い読者の人がけっこう読んでくれて、ノンバイナリー系のトランスっていうことについてなんかこう、批判してくるような人っていうのはいないし、素直に受け取ってくれる人とか、あと医療に対する不信感を共有してくれる人とかっていうのが多くて、この10数年で変わったところは確かにあるんだなっていうのは思ったりもしていますね。うん。

立岩:そうだよね、だから、さっきそういう、何か言う人全般に起こることと、そうじゃない、たぶんそうじゃない部分、その成分を今吉野さん言ったと思うんだよね。だから、一方で100パー男だと思ってるのに女の格好というか体してるっていうことによって、法律を何かしたりとか手術をオッケーってさせたりしたい側っていうか、で実際そういうリアリティもあるわけだよね、ある人もいるわけだよね、という中で、「手術を進めるためには、法律を改正するためには、もうその線でいこう」って決めてる人たちから見たら、「何かよくわからないやつが、わからないこと言ってる」っていう話になっちゃって。
 で、それは結局、「運動、法改正であったり医療進めていくっていう運動に対してマイナスだから、おまえ出てくるな」っていう、そういう意味で、社会運動とか社会的主張全般にあるできごとであるとともに、その構図っていうのかな、は必然、ある種必然的っていうか、ここに起こってしまうことでもあった。
 で、吉野さんの今度の本は、たぶんその二つの、二つっていうかな、の中に自分自身もいたし、ここ2008年ごろから十何年にわたって書かれたものも、そういう軋轢の記述自体であるとともに、書き手がそこの中にいて。はっきり言って、あなた何年ももの書けなかったよね? [00:36:05]

■書けなかった

吉野:書けなかったですね。

立岩:博論出してから? それは。

吉野:博論出してから、2015年に1本『現代思想』からの依頼で書きましたけど、それからこの本を書くまでのあいだは、3、4年ぐらいは何も書いてなかったですね。

立岩:ですよね。

吉野:はい。

立岩:だからほんとに心底人間ってつらいもんだっていうか、つらいことがあるもんだって思って。僕もちょっと一時期そういう時期があって、ある程度「ああ、人間つらいときはつらいぜ」と思ったっていうのはあるんだよね。だからどうってことでもないんだけどさ。
 だけど、ちょっと関係ない話するとね、精神疾患とかさ精神障害の話って、けっこうたとえば現代思想的なものが取り上げてきたテーマでもあるわけですよ。だけど、何だろうな、やっぱりなんかちょっと違うなってここ10年ぐらい思ってて。頭おかしいんだけど、おかしいっていうとこは捉えるんだけど、僕は端的に、何かほかの「つらい」とか「苦しい」っていう、もう言葉どおり、言葉どおりっていうか言葉にならないんだけど、そこのリアルっていうのが、まあ思想とかそういったものの中でどこまで…、まあ言いようもないっていうとこもあるんだけどね、言ったってしようがないとか、言いようもないってのあるんだけど、「実際、でもあるよね」っていうのは吉野さん見てても、ほかにもそういうやつまあ何人もいるんだけど、思ってきたの。
 だってこの人はね、なんか今、僕、創思館って建物の4階をねじろっていうか、寝てはいませんけど、いるんですけど、やって来て、なんか3時間ぐらいこうやってうだうだしゃべってんだけど、別に何も、何かしゃべってるんじゃなくて、まあなんかとりとめもないっていうか、でもなんかもう大変なわけですよ。もう泣くしさ、ゲバラの服着て泣いてるからさ(笑)。

吉野:それはね、たぶん博士論文のあれ、1回その、何でしたっけ? この公聴会の前に1回ある審査のあとに創思館の裏で、あの、泣いた(笑)、つらすぎて。



立岩:けっこう極端につらそうな時期がすごい長くって、「この人ほんとに大丈夫かしら?」って思った。で、ちょっと脱線するかもしれないけど、でも「何にもしないってことがあなたできるんだったら、何にもしなくていい」って確か言ったと思うんだよね。

吉野:そうですね。

立岩:でも吉野って、どっかまじめすぎるぐらいまじめっていうか、な人なわけですよ。そういう人って残念ながらいるんだよね、世の中にね。で、この人は、また秋田高校とかそういうとこでしょ?

吉野:そうです。

立岩:僕は秋田って知りませんけど、僕はその下、下の下か、新潟県ってとこ出身なんですけど。秋田高校ってたぶん秋田県の中で一番進学校だよね?

吉野:はい。

立岩:だから勉強もできるし、社会的関心とかそういうのもあって、とにかくまじめなわけよ。で、まじめじゃなくて、ちゃんと何もできないっていうことができる人だったら、何にもしなくていい。3年でも4年でも寝てればいい。だけどあんたそれできないっしょ。何もできない状態に居続けるのがつらいわけだよね。だからまあ何かせざるをえないんだろうね、あんたみたいな人は。で、字は書ける、普段だったら。「この人は文学研究科だから」とか僕はあんまり関係ないと思うんだけど、もともとあれだよね、ご実家が本屋さんなんだよね?

吉野:そうです。[00:39:59]

立岩:僕はそういうの知ってるんですよ(笑)、秋田市内の本屋さん。

吉野:よしの書店です(笑)。

立岩:よしの書店なんですよ。だからで、なのかな? 本、昔から読んでたの?

吉野:そうですね、もうものごころついたころから読んでま…、つか、つく前からかな、読んでましたね。

立岩:だから本読むと字書けるようになるから、基本的にはね。だから文章書けるわけですよ、吉野さんはね。だから、で言いたいこともあると。だからまあ無理矢理でも、とにかく「何にもしないことができないんだったら、まあ書くんだろうね」と、そういう話だと思うんです。でも書けないと。つまりそれは何か新しいもの書こうとすると、新しいものっていうか、何か…、とにかくいわゆる性同一性障害とかそういうものについて書こうとすると、その裁判のことも裁判のまわりで起こったいろんなできごとも、みんなこうやって来る、戻ってくるっていうかそうなっちゃって、書けないっていうわけさ。まあそりゃそうだと。いや、俺よくわからないけど、そういうことあるだろうと。だからそれを避けて、でも書く。書いて何か出すっていう。
 で、「どうしようかね」っていうふうに話だんだんなってきて。そしたらさ、だったら、今まで書いたのがないわけじゃないと。『現代思想』に、結局2つ? 3つ?

吉野:3本。

立岩:3本あると。でそのとき、「それをまんま出しちゃえ」っつったんだよね。そのときそのときでやっぱ全力で書いてたものだし。さっきも言ったけど、何年かにわたって書かれたっていうことが、そのまま2008年のGIDをめぐる状況とか、2015年の状況とか、それ自体を記述してもいるわけでしょ。だったらもうそれでいいからっつって。で、それ並べて、それだけだと本1冊にはならないかもしれないから、でもそれでもいいかもしれないと。
 だけどまああなたが「もっと書きたい」って言うんだったら、「書かざるをえない」って言うんだったら、まあそれに、だから元のオリジナルはもう目つぶってっていうかそのままにして、で書くとすればせいぜいそれに対する補論みたいなかたちで書けば、その「何かしなきゃいけない。できることは字を書くことだ」っていう自分と、「でも書くと体悪くなる、頭悪くなる、悲しくなる」っていう自分を適当なとこで折り合い、ぎりぎりつけるんだったらそれしかないかね、という話をしてたんですよ、確か。

吉野:うん、そうですね。

立岩:で、だんだんまあそれ、もうちょっと吉野さんはでかいことを書くの最初考えてたのかな。「もっとちゃんとやんなきゃいけない」みたいなこと思ってたのかもしれないけど、「それやると体壊れるし、頭壊れるから、まあ心が壊れちゃうから、うーん、いや、やめた方がいい」って話で、「で、なんとか」っていうのがこれっていうことですよね。そういうことだと思うんだよね。
 だから何にもしなくてもいい人は立派なんですよ。いいっていうか、ちゃんとした人生送れるんですよ。だけど、そうじゃないように育っちゃった人っていうのが、できないときにどうやって生きのびるかって、けっこう大切っていうか。ああ、いや大切じゃないんだ、全然大切なことじゃないんだけど、生きのびてくためにはちょっとした小技っていうか、そういうものがないとつらいっていうところで。
 だから僕はたぶん、この話の中身についてああだのこうだの言ったことは、博論の審査のときも含めて言ったことなくて、「まあそうなんじゃないの」みたいな、「たぶんそういうことだと思うよ」ぐらいのことしか言ってなくて。あとは中身についてじゃなくて、どうやって人生っていうと、この苦しいってことと、ものを書くっていうことを折り合わせるっていうかな。折り合いはしないですよ。だからまあ、あいだぐらい取って、こっちを半分流してこっちを半分流してなんとかするみたいな、そんな数年だったんじゃないかなと思うんですけど。
 それで、あれいつだっけ? 東京、あ、そうか、私がたまたま東京に仕事で行ったときに、青土社、

吉野:そうですね、2018年。2018年の冬に一緒に東京で落ち合っていただいて、青土社で打ち合わせをして、

立岩:しましたね。

吉野:はい。

立岩:三者面談みたいなね、

吉野:そうそうそうそう(笑)。

立岩:変な空間でしたけど。やっぱあの時期はまだ、まだって言うか今もそうかもしんないけど、人とさしで話したりとか、[00:45:15]

吉野:あんまり、嫌でしたね。外に出ていってね、どうこうするっていうのは苦手でしたね。

立岩:あんときはでも京都からやって来たんだっけ?

吉野:そうです。京都から一人でがんばって、はい。

立岩:何しゃべったかは覚えてないですけど、青土社っていう本屋さんはですね、神田神保町の、まあここほどわかりにくいとは言いませんけれども、すずらん通りか、古、本屋とか出版社が並んでるところにある、エレベーターもないきったねえビルディングに昔からあって、今でもあるんですけど。そこで話して、その後、神保町のどっか飲み屋かなんかで飲んだんだ。それは覚えてるんですけど、何しゃべったかよく覚えてないって。まあ段取りだよね、でもね。

吉野:そうです、段取りですね。その、やっぱり新しくたくさん書くっていうことができない以上、まあ今までの原稿をいかしてどういう構成で本に、本をでっちあげるかっていう話を中心に。

立岩:そうですよね。まあ吉野さん、これからどうしてくのかわからないけど、これはこれでいいんだよね。さっきも言ったけど、やっぱり十何年のあいだって変わんないこともあったけど、変わったこともあった。そういう「変わんないけど変わる」「変わるけど変わんない」みたいな状況そのものの中にこの本はあったわけで。で、そういうふうに読める。そういうことが、そういうシチュエーションで書かれたそういう本だなと思って読むと、そういうふうに読めると、わけですよ。
 それはたぶんこういうスタイルで書かないと、なんか総論みたいなね、なんかそういうふうに書くとかえって難しくって。もう結果としてかどうかわかんないけど、これはこれで、書いたまんま出してっていうのでよかったんだろうなって思うし。ここにいるみなさんも「まあそっか」みたいな、ちょっとそんなつもりで読まれるといいのかもしれません。
 で、「まあ、なんとかなるかな」って僕が思い…、だから実際に2015年とか16年っていうのは、ほんとに「これどうにもなんねえんじゃねえか」と思ったかもしれないよね。「なんとか、いつの日かなんとかなるんだろうか?」みたいな感じで。でも18、19ぐらいに「あ、本できるかも?」みたいな、みたいな感じにようやくちょっとなってきたかな。
 だけど、でもいろいろあったっしょ。これもね、ここに今なんか、ものを書くとかもの調べるっていうつもりの人がどれだけいるかわかりませんけど、まあ僕らみたいに、僕はそうでもないのかな、人に話聞いたりとかさ取材したりとかさ、そうやってしながら、それをネタっていうかもとにして本書く、文章書く人間はたいがい突き当たってることなんだけれども、話聞いたときには、話(はなし)してくれた。それから、それで原稿書いたときもオッケーって言ってくれた。下手すると、下手するとっていうか、雑誌に載っけたときも文句言われなかった。でも、それから数年経って「本出そう」みたいなことを思ったときに、「よしてくれ」っていうか、みたくなって、それでそれから泥沼みたいな。
 これもつらいわけじゃないですか。やっぱそれも敵じゃないわけですよ、たいがいね。なんか共感を持って話をしてくれた、話を聞いた、そういう人から言われて。で、わからんわけではないというか。でも書きたいっていうか出したいっていう。やっぱそれもさっきの話と同じで、敵とけんかするのはそんなつらくないけど、けっこうしんどい。それが最後っていうか、去年ぐらい?

吉野:去年。そうですね、これ基本的にその、まあ何人かの人に話を聞いたところが出てきてるんですけど。「やはりちょっと」っていう話もあって。でまあ結局、この第四章構成の中の一章分のまるまるは、その人の意向に沿って、えーと、全部再構成したっていうところがあります。うん。ちょっとね、どうしようかって感じだったんですけど。うーん。[00:49:49]

立岩:あるんだよね。僕は、そうだね、これやっぱ、これも「誰に聞くか」とか、「どういう話聞くか」によって違ってて。こんな話ここでして意味があるのかわからないけど。僕、今から30年ぐらい前に、30年より前か、インタビュー調査ってしたことあって、それから30年ぐらいしなかったんですけど、この3年ぐらいしてるんですよ。だけど僕が聞く相手ってみんなしゃべりたいわけ。だから全然インタビュー楽で、それを本にするのもめっちゃ楽なんだけど。それはほんとに「誰に聞くか」とか、「どういう話聞くか」によって全然違ってくる。ものすごい違う。
 だから僕みたいにめちゃくちゃ楽できてる人もいれば、まあ吉野さんみたいにえらいことになって。でもやっぱり楽だけしてればいいってもんじゃないけどね、世の中で楽じゃないこともいっぱいあるんで。だからそれは結局、でも吉野さん引き受けちゃってっていうか、引き受けざるを…、引き受けたくて引き受けたわけじゃないだろうけど、そういうことがあって。それをいろいろなところで妥協っていうか調整っていうかして、なんとかこぎつけたっていうことなのかな。

吉野:そうですね。やっぱりみなさんメディア見てるとわかると思いますけど、テレビにしても新聞にしてもその、まあ「いわゆるLGBT(エルジービーティ―)の話題だったらこの人にコメント取っておけばいい」みたいな、「なんだ、またこの人出てきてんのか」みたいなことがあるかと思うんですけども、私はそれがすごく問題だと思っていて、あの、いろんな人が出てくるべきだと。ただあの、やはりその、いわゆるLGBTの中でもいろいろな立場とか、あの、カミングアウトする、しないとかの問題があるから、誰でも話せるわけじゃないと。うーん、そうだけど、メディア側っていうのはもうちょっと努力をするべきであって。多様性の記事を書きたいのに、語り手がいつも同じだと、そうするとその、「全然、実際は多様じゃないじゃないか」っていうふうな記事ばっかりができあがっていくみたいなことの問題がすごくあるというふうに思ってます。
 だからこの本のサブタイトルで、まあ『とり残された者のためのトランスジェンダー史』っていうのをつけてますけども、やっぱりメディアに登場しなくなった人とか、表舞台から消えたように見える人とか、あとは医療で失敗されてそれをどこにも言えなくなっちゃった人とか、そういう人のをたくさん書いたっていうこと、これはすごく自分の中ではやってよかったなと思うことであって。で、一章の補論に出てくる蔦森さんっていう人なんかは、今日カライモさんがここに並べてくださってますけど、ご著書を、「全然なんか名前見なくなった」みたいに言われちゃってる人なんですけど、実際はいろんなことを語ってくれて。まあ、この本読んでくれた人の感想で、「蔦森さんが今何してるかわかってよかった」みたいに言ってくれた人もいて。まあやっぱそういうことに、かつていろんなところにいろんなことを言う人たちがいて、それがいわゆるLGBTブームっていうのが来たことによって、あんまりその「いろんなことを言う人たち」っていうのが見えなくなってきた中で、実際はいろんなこと語ってる人は消えたわけじゃないよと、ちゃんといるんだよっていうことを示したってこと、これは大事なことだったんじゃないかなあと思ってます。

立岩:はい。僕はこの本が出るまでの話をひと通りここまで、もう2020年まで来たので、もうしゃべることありません(笑)。いったん2020年まで来ましたので。ああ、そうか、蔦森さんって1980年代とかまだ、まだっていうか、僕がジェンダーとかなんとかっていう書きものを雑誌とかそういうので見たときに名前、まあちょっと珍しい名前でもあるよね、だからそういうこともあって覚えてて。そうだよね、確かに表立ってっていう意味では「ああ、見なくなったな」っていう感じはあるけれども、そういうトランスジェンダーとかそういうのが日本でなんやかんやって言われだしたときぐらいに出てきたっていうか。

吉野:そうですね。だからいわゆるトランスジェンダーを名乗るライターの中でははしりだったし、まあトランスジェンダーで非常勤講師とかっていうかたちだけど大学に入っていった人の中でもはしりの人だったということですね。すごく突然なんか「話聞きたい」とか言ったのに、すごくよくしていただいて、ほんとにいい体験をさせていただいたので、案外思いきってぶつかってみるもんだなっていう。[00:55:02]

立岩:わざわざ行ったんだよね。

吉野:沖縄に行ってお話を聞きました。

立岩:今、初めて知ったんだけど、60年生まれだから僕と同じ歳なんだね。

吉野:あ、そうなんですね。

立岩:今、初めて知りました。だからどうってことはないんですけどね(笑)。でもなんだろうな、差し迫ったことを差し迫って考えなきゃっていうことから言うとなんか悠長に聞こえるかもしれないけれども、こういうできごとにもやっぱりある種の時間みたいなのが流れてて。まあたとえばね、1980年代90年代ってあって、そこの中で、誰がどういうふうに言った話が、どういうふうに曲がったりとか消えたりとか、見かけ消えたりとかね、でも言ってたことは80年代言ってたほうがかっこいい、みたいなことってあるわけですよ。フェミの話にしても、「やっぱ田中美津、今でもかっこいいな」とかさ、あるわけだよ。で、そういうことを忘れないっていうか、いっぺん忘れてもいいんだけど、もう一回見て、「あ、こっちの方がかっこいいじゃん」みたいなね、そういう見方で見ていったりとかしていくってけっこう大切で。だから「今どきのなんかこうはこうで」みたいな話でもあるんだけれども、それをある種の時間性っていうかそういうものを持って見てくと違って見えたりとか。

吉野:そうですね。



立岩:私からは…、あ、でも、あなた何かいっぱいしゃべることってなんか箇条書きしてあったんじゃん。どのぐらいしゃべった?

吉野:ええ?(笑) そうだなあ。

順平:今、1時間ぐらいしゃべりましたね。

立岩:僕はもう聞くのは聞いたから、あとは会場っていうかお店のみなさんの手前のところに、

吉野:いや、まだちょっとじゃあ、もうちょっと話します。あと30分くらい話してから質疑応答で。

順平:あ、いいですよ。

立岩:うん、しゃべってください。

吉野:はい。そうだな(笑)。えーと、聞き手と話し手が逆になるかもしれないんですけど、ちょっと今の話とつながるので、ちょっと立岩さんにも聞きたいんですけど。あの、このね、この本の中で批判したある人が、Twitterでエアリプを飛ばしてて。エアリプっていうのは、きっちりと「吉野のこの本のことだよ」って書かずに、なんていうかこう、ちょっとごまかす感じで書くことなんですけど。その人がなんか「恨みを出すべきではない」とか、なんか「建設的じゃない」とか、「あの人が何言ったみたいなことを書いてもしょうがない」みたいなことを書いてきて。私は「それは違う」とはっきり思って。今、立岩さんが言ったように、「あの人があのときこのときこうした」とか、「この局面でこの人はこうし、あの人はこうした」みたいなことを記録しておくのって私は絶対に意義があることだと思っていて。その、どうですか?

立岩:常に100パーセントそうかはわからないですよ。だけどこの件に関してっていうか、少なくとも私が知ってる範囲っていうかはそうだと思いますね。だいたいその「建設的」っていうのはさ、なんだよって(笑)。

吉野:そうそう。

立岩:「建設的ってなんだよそれ」っていう。「前向き」とかね。いや、前向きなことはいいですよ。でも、いいことを前向きって言う…、まあいいんだけど。その建設的とか前向きとかって、まあ方向定まってんのはいいですよ。それ自体は悪いことじゃない。だけど、どんなにいいことよっていう、私はね、その、っていうことが一つと。
 でまあ仮にそっちに、前向くのがいいことだとして、でもその前向くためにも、その周辺でっていうか起こったことっていうのを、正しければ、言われたって正しいんだよね。で、隠さなきゃいけないようなことを隠した上で「前向きましょう」って言うのはかっこ悪いっていうか、間違ってるって。ほんとに正しいんであれば、そのときに言ったことが「間違ってる」、「はい、そのとおりでした」とか、「いや、それは間違ってません」とかなんか言い返せるとか、そういうことだと思うのね。
 そうじゃなくて、まあ要するに「忘れましょ」って話でしょう? 「ないことにしましょ」って話でしょう? で、そこでなんか「前向き」とか言われても、たいがいの場合、ほぼたいがいの場合ろくなことではないっていうか、っていうことだと思うんだよね。だから、そういうのはやめようよと。「やめようよ」というか、やめないですよ人間。だって都合悪いから。だからそういう感想持ったりとか、そういうことを遠まわしにつぶやいてみたりとか、そんなことを人間はやめはしません、人間やってるかぎりね。だけど、でもそれに対して言うとか、ちょっと傷つくけど気にしないで言うとか、そういうことは大切だよね。[01:00:13]

吉野:うん、だからその、たぶんだから、この本を誰か、まあこの本をたくさんの人に手に取ってほしいから、早く誰か書評してくれるといいなと思ってるんですけど。あの、けっこうこの本の中では、いわゆる性同一性障害とかトランスジェンダーに関わる、その界隈の中での有名人のことをきちんと批判していたりとか、あの、まあね、それこそ「とり残されたもの」に主眼を置いた本なので、なんというか、いわゆるかぎかっこ付き「正史」、正しい歴史の中では都合の悪いことっていうのいろいろ書いてるから、そういう、何て言うんだろう、その、メインストリーム、主流派と距離の近い人が書評するのはすごく難しいだろうなっていうふうにその、思ったんです。だから誰がどういうこと言ってくれるのかっていうことについては、あの、まあ怖くも、ちょっと怖くもあり、まあかえってね、あんまりこういうこと知らない人が率直な気持ちで書いてくださってるとありがたいなと思ったりとかもしてるんですけれども。
 だってね、やっぱり、たとえば一章ではいわゆる戸籍の性別を変えるための条件、特例法っていうものに対して、その裏で何があったかってことについて明らかにしていたりするんですけど。それが語られないでやっぱり15年とか経ってるっていうことは異常だと思うし。で、また98年から日本ではいわゆる正規医療というかたちで性同一性障害医療ってものが始まってるんですけど、そこでたくさんね、失敗した人っているし、医師とうまいこといかなかった人っていうのがいるんだけれども、そういう人たちの言説が拾われることもなかったわけですね。だからそれに対してもいろんな記録を、私自身の経験も踏まえていろいろ記録をしたことによって、まあ正規医療側とその、仲のいい人たちとっては、何かやっぱりその意見を言いづらい内容の本にはなってると、うん、(笑) 思う、思うんです。うーん。

立岩:3つぐらい書いてなかった? 何か、しゃべる、箇条書きの。

順平:あ、ここにありますよ。

直美:「LGBTブームをどう思うか」

順平:「LGBTブームをどう思う?」

吉野:LGBTブーム、ちょっと話してしまったので、さっき。

順平:「吉野ってどういう人?」

吉野:それも話したかな(笑)。

順平:「そもそもトランスジェンダーって何?」

吉野:それも、たぶんだいぶん話したかな(笑)。

順平:「日本独自の事情(特例法、医療)」。これじゃない? 「書く際に必要な映画、音楽など」、

■映画

吉野:そう、そうですね。書く際に、この本を書くときに必要だった映画とか音楽とかっていう話もちょっとあるかなと思って。まあ読んでくださった人は、けっこう感想を聞くと、「はじめに」が、「『はじめに』の質量がすごい重い」みたいな、「『はじめに』を読んだら、ちょっとなんか暗い気持ちになる」みたいな(笑)、あの、感想もあるんですけれども。この「はじめに」は、なんかけっこういろいろその、砂漠のイメージ。この本をだから、装丁してくださった人もまだ30歳ぐらいのデザイナーの人なんですけど、こうよく見ると砂漠のあれになっていて。その、私が砂漠をさまよっているように感じたこの10年のことをまあ書いてあるんですけど。
 その中でまあいろんな、「ほんとに書けない」と、「ほんとにしんどい」みたいになったときにその、まあ助けてくれたものっていうのがやっぱりいくつかあって。まあ、それってたとえば『星の王子さま』の中の砂漠の景色であったり、また映画の『マッドマックス 怒りのデス・ロード』っていう作品があるんですけども(笑)、あれも砂漠がすごく印象的に出てくる作品なんですけど、そこの砂漠の景色っていうものがあったりとか。[01:05:20]

立岩:『マッドマックス』好きだよね。

吉野:『マッドマックス』好きです(笑)。

立岩:『マッドマックス』、あとは香港映画的なもの?

吉野:あ、香港映画(笑)、はい。

立岩:それも相変わらず観てるんですか?

吉野:香港映画、まあ観てると思います(笑)。あの、韓国映画が最近多いかな。まあ、アジア映画観てます。

立岩:ああ、韓国映画ね、妙にいいよね、何だろあれは。っていうかさ、たぶん人によっては『マッドマックス』とこの本ってどういうこう、なの? とか、香港カンフー系とかってさ、この本は、どうなってんの? とかさ。まあ答えなくてもいいんだけど、まあどうなんですか?

吉野:どう…、えーとね(笑)、その、なんだろ、その『マッドマックス』、砂漠を行って帰ってくるだけの話なんです、簡単に言ったら、『怒りのデスロード』って。ただやっぱその中でまあ女子がその中心になって、まあいろいろ、子どもを産むために拘束されていた女性の人たちであるとか、片腕をなくしたその、まあ故郷を探し求める女性の戦士であったりとか、まあそういう人たちが出てくるんですけども。あの、まあ一回その、探し求めていたところがなかったんじゃ、ないんじゃないかっていうところでまあ一回、もう潰れかけるっていうふうなできごとがあったりするんですけども。
 でもやっぱり、もう一回その来た道を戻って砦を守るっていう決心をするっていうような筋立てがあって。その砦を守るっていうのは、第四章のその「砦を去ることなかれ」っていうタイトルもあるんですけど、この砦っていうのが、私にとってはそのいわゆるLGBTブームに押し潰されない、まあ私の中ではクィアの砦とかトランスジェンダーの砦であったりとか、それぞれの砦を守ることで。なんていうかこうレインボーのキラキラブームみたいなものに消費されきらないところ、その立ち位置を守ろうみたいな。その2015年すごいしんどい時期だったんですけど、そういう映画にあと押しされて、書いたかなってとこあって。
 あの、あとね、カンフー映画って今立岩さんが言ったんですけど、私、その回復する過程に、まあカンフー映画けっこう大事だったなっていうのあって。すごいクラシックなカンフー映画なんですけども。あの、私の場合その、手術失敗されたことによって、まあ手術する前は「手術したら、まあ胸が平になるだろう」と、「傷跡は残るだろうけど、こういう傷跡だろうな」と、で、その体に向かって着地することを考えながら生活して、でまあ手術を受けたわけなんですけど、降りるところがもう一気になくなっちゃったわけですよね。えーと、自分がいっさい想定しない体の形になってしまって。自分がその、体そのものへの同一性を失っていった。
 どういう体になればいいのかっていうこともわからなくなってしまった。そういう中で、あの、古いカンフー映画をなぜか観はじめたことによって、えーと、古い映画なので、こういわゆる特撮技術とかワイヤーとかもまだ使ってないし、いろんな拳法をやってる人たちが、えーとこう、古い、1、2、3、4のリズムで、全然こう、何て言うかこう奇抜なアクションとかそういうのじゃなくて、すごく古風な型とかを重視したかたちでの戦い方をするんですけども。そういうなんかいろんな体を見るっていうことが、私にとってはなんか癒しの一つになったっていうのがあります。
 「こういう拳法してる人ってこういう感じの筋肉のつきかたするんだな」っていうふうに思ったり、えー、「こういう動きをする体っていうのはこういう」、あの、何て言うんだ、「陰影が、影がこういうふうについたり、筋や筋肉の動きっていうのはこうなんだな」っていうふうなこととかを見るっていうことがよかった。私の脳のなんか、まあだからカンフー映画って一つその単純な筋ではあるんですけど、まあなんか兄弟であったり師匠を殺されて復讐するみたいな単純な筋立てではあるんですけど、そういう単純作業をみたいな感じで、1日1本みたいな感じで観ると、なんか少し脳が回復していったみたいな。[01:10:35]
 それでなんか、えーと、さっき見せた、お見せした写真のときは全然鍛えてなかったんですけど、その後、裁判終わってから体を鍛えたり、自分の筋肉とかにも(笑)、あの、自覚的になっていったりして。それであの、結局、今まだその傷跡は治してないんですよ。そのままなんです。でも、今とりあえずそのままの状態っていうのを、まあ受け入れるまではいかないけど、「まあそれでいいか」ぐらいの感じにはなっていて。
 当時その、写真で、本の中でも書いたんですけど、やっぱ自分の体、傷跡っていうものを受け入れる準備ができていないので、その、この黒くスプレーで塗ることによって隠している。そうすることでしか自分の体を受容できなかったっていうふうな時期があるんですけど。まあそういう、なんかいろんな人のいろんな体、いろんな動きとかっていうのを見るうちに、その、たとえばこれを撮った5年後くらいに撮った写真では、そういうその、隠すっていう行為を選ばなくなったりみたいなこともあります。
 何て言うか、だから自分の体を受け入れるっていうその経験を、まあ何だろその、特殊な、ある程度まわり道したりとか、なんか自分にフィットした方法っていうのをいろいろ試行錯誤して探しながら、自分自身で探していかざるをえなかった。ただやっぱり「手術のあとこうなるだろう」って思っていたところに着地できなかったことの痛みというか、フィットしなかった、そこにフィットしなかったので、何かその媒介させて、自分をオーケーな状態にしなくちゃっていうためのその考えるヒントとして、けっこう映画とかっていうのが重要だったんじゃないかなと思いますね。

立岩:うん。映画観て、映画観たあと「なんか書けるかな」みたいなそういう単純な、そういうシークエンスなの? 今日は映画観て、寝て…、どういう感じ? あなたの執筆活動っていうか(笑)。映画観るじゃん。映画観る、そしてどうするの?

吉野:映画観て、いくつか観て、余韻ためて、その余韻を味わい…、って書く。

立岩:その日のうちに?

吉野:ううん。あの、

立岩:そうじゃなくて。

吉野:あとで。

立岩:あとで。

吉野:うん、あとでです。(笑)

立岩:わかりました。正しいです。僕は今は1日中つけてるからね、だから全然観てないの。観てないままつけとく。やっぱりおかしいときあって、そうすっとなんかしゃべったり世界が動いてる的な、そのためだけにつけとくから、ストーリーもわかんなければ何もわかんないからさ、僕はすごいいい加減なんだけど。でも『イップ・マン』は4回ぐらい観たよ。

吉野:『イップ・マン』の1ですか?

立岩:なんか4種類ぐらいあるじゃない。あれ、順番に。かける3ぐらい。

吉野:『イップ・マン』って香港映画なんですけど(笑)。

立岩:はい、まあその程度です。私からそんなもんですけど。



順平:ちょうどいいけど、時間的にはいい感じになってきました。

吉野:いい感じですか。

順平:今、3時45分なんで。

吉野:あとなんか、本が売れ…、

順平:けどこれ、そもそもトランス、僕が言ったけど、そもそも出版件数が少ないなって思って。

吉野:いや、あのね、それいくつかあって。その、事前にカライモさんからうかがっていた質問として、「フェミニズム本は昨今売れてきたけれども、トランスジェンダーの本ってどうか?」みたいなご質問があったんですけど。トランスジェンダーという枠じゃなくて性同一障害の枠だったら、実は自伝本のブームっていうのが2000年代に来ているのです、すでに。

順平:いっぱい100円であるわ。[01:14:56]

吉野:100円でいっぱいある、いやそうなんです。それは本当に出版社が雑な仕事をしてしまったなって思っていて。あの、二十歳過ぎそこそこの、何て言うかこう、自分に起きたできごと、自分が置かれた状況を相対化するとかっていうことがないまま、その、しかもベタな、つまり「男に生まれて女になった」とか、「女だった、女子高生だったけど男になった」みたいな、で「俺はやっぱり男だ」みたいなやつとかを2000年代に乱発してしまったっていうことがあって。で、その後トランスジェンダーとしてのその語りっていうのは実はまだあんまり出てきてないですよねっていうところはあります。ただやっぱり自伝本が1冊売れたからどんどん、何ですか、その柳の下の…、違う、二匹目のどじょうねらいで出させてしまって、で結果その人たちが今どうしてるかもわからないし、あの、規範的な語りを強化させてしまったっていう出版社の問題がね、やっぱりあったんじゃないかなってふうに思いますね。

立岩:ああ、そうなんだ。僕らはさ、僕は楽しみのために本読んだりとか、人生のために本読んでたりとかはもうしなくなってるわけ(笑)。最悪な人間なのです。読書人じゃないわけよ。だから仕事のためでしか読まないから、そうするとつまんない本を選んで読むわけよ。つまり発達障害でもいいし何でもいいんだけど、そうすると今おっしゃったような本屋さん的には儲けになんない。Amazon(アマゾン)だと1円とかね、こういうリアル本屋さんだと100円とかね、そういうので山ほどあるものを全部集めて、「おもしろくねえな」と思いながらばーっと読んで、そういうその、ある時期にある言説の厚みっていうか堆積具合みたいなものを見て、「時代っていうのはこうだ」とか、そういうふうに読むみたいなね。
 だから全然楽しくないよ。でもそういう読み方もあるんだけど、そんな読み方する人はたぶん一人ぐらいでいいんだよね。だからそれは僕の役で。だから僕は今読書家じゃないし、読書人じゃないし、文化人じゃないし、なんだけど。でもまあそういう見方はあるけど、楽しくはないね。だからそれを真に受けるっていうか、まんまでこう信じちゃうと、かえって害っていうかになるかもしれなくて。ただ「害になるかもしんないよ」っていうメッセージは言える場合があるじゃない? そういうの山ほど読んで、その凡庸なっていうかこう、山みたいなものが、「こういう山になってるけど、だけど云々」っていう、そういうこうある種の解毒的なことは一点、僕らみたいな毎日つまんないものを読んでる人から言えることなのかもしれませんね。ああ、そんな感じなんだ。

吉野:そうなんですね。そうですね、あと2010年代に入ってからはその、ちょっとトランスとは違うけれども、「男の娘(おとこのこ)」って、「男」の「娘」って書いて「男の娘」っていう、えーと、言葉があるんですけど、女装文化に関する本が数冊は出てるかなあという感じで。で、これやっぱり指摘しておかなきゃいけないのは、女性生まれFT(エフティー)何ちゃらと、男性生まれのMT(エムティー)何ちゃらだと、まあやっぱり高校・大学ぐらいまでのその受けられる教育の幅っていうのが変わってくるので、その、こう、何て言うんだろ、研究書とか専門書とかある程度理論的な本を書く人っていうのは、えーと、大学のやっぱ男社会ですから、女性生まれでそこに入っていってそういう本を出すっていうのはやっぱりすごく少ないです。で男性生まれのトランスジェンダー系の人の出す本のほうがやっぱり多いです。そこは不均衡だと思いますね。
 で、もちろんそれはトランジション、性別移行の途中に、えーと、過程で、その男性ホルモンっていうのはすごく効きやすいので、たとえば大学期間中に、在学中にホルモンを打って男性として就活をして、あとは男性として生きていくっていう道は選びやすいFT系の人からしてみたら、わざわざ大学院に残って何かするっていう魅力はないのかもしれない。けどやっぱり女性生まれのトランスジェンダーの言説っていうのが少ない、全体的に見たときに少ないっていう点は指摘できるのかなと思いますね。うん。

順平:あれ、確かに裁判記録なんてつまらないものですよね。〔立岩が横の棚にあったのを手にとっていた〕水俣病裁判記録。

吉野:つまらない(笑)、

立岩:それが仕事なんです(笑)。すいません、余計なことをしました。[01:20:03]



吉野:立岩さん、最後にあの、率直にこの本どうでしたか?

立岩:いい本ですよ(笑)。

吉野:いい本(笑)。どこがよかったですか?

立岩:いや、なんか黒いし。

会場:(笑)

立岩:だいたい言ったじゃん、前半で。「どういうふうにこの本の価値があるのか」っていうのは言ったから、それに尽きはしないかもしれないけど、そのぐらい褒めればいいっしょ。はい。そんなところです。

吉野:はい、はい。

順平:休憩取りますか?

吉野:はい、そうですね。はい。

順平:じゃあ、5分ぐらい休憩してから質疑応答でオッケーですか?

吉野:はい。

順平:質疑応答です。すみません、トイレはね、あっちにあります。で、奥が実は本屋で、まあ好きに過ごしてください、もちろん。温度とかは大丈夫でしたか? 今からでも言ってください。[01:21:04]

[休憩時間ここまで 01:32:33]

順平:質疑応答です。質問がある方はぜひ言ってください。吉野さんと立岩さんが答えてくれると思います。

直美:なんかご感想など、

順平:あとここに吉田寮の裁判のチラシがあるので、ほしい人はもらって帰ってください。だいぶ渡しましたけど。

■ヨガ

立岩:吉野さん、ヨガってまだやってんの?

吉野:ヨガですか? ああ、ずっとやってます。

立岩:学者でめし食うの大変だから、ヨガのインストラクターになって起業するっていうのどうですか?

吉野:いや、そこまではなかなかね。もう11年やってますけど。一応、頭立ちとかもできますけど(笑)。

立岩:私はおすすめ。趣味で書く。

順平:吉野書店にしたらいいやん。

吉野:え? 何を?

順平:吉野書店。吉野書店したらいいやん。

吉野:吉野書店って、秋田には戻れないですよ。

順平:いやいや、京都で。

吉野:京都で?(笑) どうかな。

立岩:ヨガの方がもうかる。

吉野:いやいや、今はコロナあるから、ヨガ今、休みになってるとこも多いですしね。

立岩:はい、よけいな話をしてしまいました。でもまあさっきの体つながりでね。

吉野:そうですね。

■質問

立岩:はい。どうぞみなさん。

順平:はい、ご質問ある方はどうぞ。できれば質問してくださると助かります。あ、どうぞ、ありがとうございます。マイクはなくても大丈夫だと思います、すいません。ありがとうございます。すいません、どうぞ。[01:34:36]

質問者:今日はお話聞かせていただいて、ありがとうございました。企画をこのような状況でしていただいて、ありがとうございます。吉野さんの本を読ませていただいて、抱いた感想といいますか。私も自分の今の関心に引っ張られながら読んでいる部分があるので、なんかもしかしたらちょっと的外れな部分もあるかもしれないんですけれど。その、医療の中の権威主義的な問題というか、やっぱり正規医療とされるものが、患者とされる人に対して何かすごく傲慢に話をしていくっていう態度が、これは私も医療というものに対する解像度が低いので、もしかしたらちょっと違うかもしれないんですけど、なんかそれをやってるのが、正規医療をやってるのが主に大学病院だからっていうことも関係してるのかなっていうふうにちょっと思いまして。この本の中でエピソードが書かれてる個人病院、闇とされる個人病院の人たちのほうが、まだその、自分のできることとできないことを最初にしっかり患者さんに説明するっていう態度で。なんか大学病院のほうがもっとその、もっと偉そうというか、そっちのほうがなんかこの、大学病院のほうが闇みたいなものを感じとりながら読んでいったんですけれど。
 で私も、私の通ってる大学にも医学部があるんですけど、やっぱりすごく印象が悪くて。あの、実際に京大の、あ、京都大学なんですけど、京大の医学部って先住民族の墓をあばいて遺骨研究ってやって、で「それ返してほしい」って言われてるのに返さずに持ってたりとか、人体実験とかもやってたようなところなので。すごく大学の医学部とか大学病院ってものに対して私がすごい印象が悪いのもあるんですけど。ただそれは他大学の事情というのが知らないので、もしかしてそのへんも関係があるのかなと。正規医療のこの問題点っていうのが、大学病院を中心に進んでることにも関係があるのかなと思いながら読んでいましたが、それって合ってるんでしょうか?

吉野:はい、ありがとうございます。そうですね、でもその、大学病院でないとまあやっぱりできない手術の内容、横断的なその、に関わらないとできない手術だったから、まあ大学病院で始まったっていうのには必然性があったんだとは思いますが。
 今一応その、治療の第一段階のカウンセリングとして、精神科が入口として、そのいろんなところで、大学病院とは関係ない個人のところの精神科でもカウンセリングとか、いわゆる性別違和、性同一性障害に関するその診断をやってるところあるんですけど、まあでも個人病院に行ってる人からも、まあ「あんまりいい印象じゃない」っていう話を聞くことがあるので、うーん。
 でも、そうですね、正規医療と、それに関連する正規医療のその枠内でやってる病院には、まあ共通する認識がつくられる場所っていうのが、たぶんGID学会とかにあるんじゃないかと思って。そのGID学会、その性同一性障害学会がその、かなり内輪的な雰囲気で、いわゆる闇の医師、個人病院の医師を笑い者にするような医者とかっていうのもいたりして、そういう雰囲気の中で進んでいくのにすごく、過去に参加したときショックを受けたこともありますし。あの、古株の人と医者がすごく、なあなあの関係になってるみたいのもあるので。やっぱりGID学会とか、それに近いところの有力な当事者みたいなところが、の雰囲気っていうのを持ったままで各その現場に行ってしまってる医師っていうのがいるんじゃないかなっていう印象はあります。
 で個人病院、闇って言われる個人病院の医師たちはやっぱりそういうところに参加してないので、自分の技術だけで当事者と対峙するほかないので、まあ技術に対する説明の量っていうのが違うなっていう印象はありましたね、インタビュー調査をした結果は。「ガイドラインがあるから、それに沿って丁寧に医療をやろう」っていうよりかは、正規医療が「まあガイドラインあるでしょ」っていうところを前提にしてなんか持っていってしまってて。まあ当事者にも「ガイドライン読んどいて」っていうふうに渡す病院もあるっていうふうに聞きました。なので、「ガイドラインを遵守してやっていこう」というよりは、まあガイドラインを前提にするので、その分の言葉を省いているとかっていうような印象も受けたことがあります。やっぱり技術に対するその説明の量の差っていうのが一番顕著なんじゃないかなっていうふうに感じていますね。[01:40:56]

質問者:ありがとうございます。

順平:えー、ある人は…、無理には言わなくていいです、わざわざ。わざわざという言葉は失礼やな、えー、「無理して発言をすることはない」ということが言いたかっただけです、私は。えーと、どうでしょう。僕が何かしゃべろうかな。立ったし。
 えーと、吉野さんは2013年ですか、うちへ初めて、3、4年ですか?

吉野:2013年です。

順平:2013年にたぶん、たぶんじゃないわ、知り合ったんですね。まあうち、ここは去年の9月に移転してきて、その前はもうちょっとわかりやすいとこにあったんです。そこにあって、2013年に吉野さんが。なんで吉野さん、うちに来たんですか?

吉野:え、それはね、えーと、あすちゃん、

順平:あすかか。共通の友人がいたわけですね。共通の友人がおって、で、来てくれて。でまあ、そこからよく来てくれるようになったので、仲良くなったわけなんですね。だけど吉野さんの口から「自分がトランスジェンダーである」とか、「裁判をしていた」とか、「手術が失敗した」、「そしてその傷で苦しんでいる」とか、「つらい」とかっていう話は、僕は直接、実は、よく会うんやけど聞いたことはないんですね。で僕自身、何て言うの、共通の友人がけっこういるから、まわりからこうちらほら入ってくるんですよ。で、「吉野」「吉野はな」「吉野が」とか聞くわけですよね(笑)。「ああ、吉野が」と僕も思うわけです。けどまあその、で何か月後かに吉野が来ても、「ああ、吉野さん」っていう感じで終わって、吉野さん別に言わへんし、僕も別に、なんやろ、うーん、聞きたいこともないし、「別に吉野やしな」と思ってそれで聞かないまま。だから7年ぐらい経つんですよね。
 だからこの本を読んで初めて知ったんですよ、僕は。だから、けっこうびっくりしましたね、いやほんとに。それで、けど、なんか聞かないって、うーん、なんかつらいのはわかってるので聞かない…、「聞かれたら嫌かな」と僕も思ったし、聞くっていうのもしんどいっていうのあって。なんか、なんやうまいこと説明できひんな。
 僕ずっとね、水俣に通ってるんですよ、15年ぐらい前から。毎年ずっと水俣に通ってて、まあ患者さんとかいろんな人とも会うんですけど、まあ1回も話聞いたことないね、僕15年も行ってるくせに。「いったい何をしに行ってるんだ」っていう感じ。いるだけなんですよ、僕も。けどまあなんかそれが、自分が楽やなーと思ってやっていて。ああ、あかん、話がまとまってへんけど、この本で読んですごいよかったんですよ。なんか直接聞いて話すっていうことと、本で読んで聞くっていうのは違うなって思って。僕、立岩さんと違って読書が好きなんですよ、立岩さん。

立岩:そうですか。

順平:僕、趣味なんですよ。

立岩:幸福なことですよ。

順平:ねえ、そうだと思います(笑)。

立岩:幸福な人生ですよ。ほんまや。

■高崎経済大学

順平:それで、読んでて、「ああ、すごいいいな」って思って。僕、吉野さんは昔から知ってるけど、聞いたことがないけど、ほんとに吉野さんの声が聞こえるなと思って。ほんとにこう大切な本やし。けど、なんか吉野さんがほんとにつらいときに近くにいれへんかったなっていうのは、なんかほんとに、まあどうしようもないことなんやけどね、前、会ってないときやし。けどなんか近くに、ね、まあ勝手なあれやけど、「近くにいたかったな」っていうのはやっぱりあって。いろんなことが思って。とてもいい本なんで、えーと、お金がない人は図書館で借りてでも読んだらいいと思います。あとそれで、この本のオンライン書評会っていうのが、どこの大学でした? 書いてあるんですか? すいません。[01:45:25]

直美:12月13日。

順平:12月13日の14時から、高崎経済大学。ってどこにあるんですか?

吉野:群馬です。

順平:群馬だそうです。の、鈴木耕太郎さんが企画された。鈴木耕太郎さんっていうのは先生なんですか?

吉野:講師の先生です。

順平:先生が企画されて、この本のオンライン書評会がZoom(ズーム)であって、誰でも参加できるんですよね?

吉野:はい、申込みをすれば。

順平:申込みをすれば誰でも参加できるんで、もしよかったらこれに参加してくれると吉野さんもきっと喜びます。

吉野:喜びます。あの、この本のTwitterを、バイトさんにお願いしてTwitterのアカウントを運営していて。Twitterで「吉野靫」で検索をすると申込みページとか詳しい情報が出てくるので、もしよかったらご覧ください。

順平:あ、あとあれも言っとこ。あれ、紙よりSNSがいい?

吉野:何が?

順平:感想って。

吉野:あ、えーと、どっちでもですけど、書いてもらったら。

順平:この本の感想が、読んで感想があったらこう、SNSとかで言ってくれると嬉しいとおっしゃっていました。

■Amazon

吉野:喜びます。Amazonとかなんかレビューとか、もし何か思うところあったら書いていただけたり、なんかTwitterなりで感想を言っていただけると大変励みになります。

立岩:Amazon、レビューつきました?

吉野:つきました。

順平:え? 知らなかった、ついたんですか?

立岩:星いくつ?

吉野:星4つ。

立岩:ああ。星4つ、かけ2?

吉野:星5つ、かけ2。星2つ、かけ1。

立岩:ああ、そういうことね、平均点4みたいな。俺、1とかつけられるからなあ。腹立つなあ。ほんま腹立つなあ。

会場:(笑)

吉野:ほんとに腹立ちますね(笑)。無言で星1つけるのは、もうそれ悪意しかないじゃないですか。

立岩:悪意しかないよ。

吉野:それはね、ヒューマニズムじゃないですね、それは(笑)。

立岩:ほんま腹立つ。

順平:それ、知らない人が書いたんですか? 知らない人ですか?

吉野:知らない人が1人で、知ってる人が1人書いてくれて。

順平:そうですか。すごいね。ということで、何か言いたいことがある人は言って…、立岩さんにでもいいですよね?

立岩:いいですよ。

順平:立岩さんにでもいいです、もちろん。

立岩:せっかく着いたので(笑)。

順平:(笑) 立岩さんにご質問があるかたでも、どうぞよかったら。ご無理なく、だけどお気軽にどうぞ。野口さんもしゃべりたい?

直美:この本を私も拝読して、この構成が一章から四章まであって、さっき先生おっしゃったように、そのときどきで書かれた論文の基本の体裁のままと、あと今書かれた補論っていうのがついていて。ちょっとやっぱり不思議なっていうか、読んでいて、「あ、これ、今どうなってるのかな?」と思ったら、その補足があるみたいなことが繰り返されていくんですけど。
 で、やっぱりこのタイトルもちょっとすごいですよね、なんか。『誰かの理想を生きられはしない』って、こっちがタイトルでばーんときて、サブタイトルで『とり残された者のためのトランスジェンダー史』って、すごいなって思って。装丁もすごいなって思ってて。で、まあ読んだんですけど、なんていうか、そのバックにある吉野さんの大変だったとこからこう絞り出された一冊っていうことの重みを、今日立岩さんとのやり取りの中で、なんか私たちも、私自身が「あ、そうだったんだな」って、「そういうことで、こういうかたちに結実したんだな」っていうことがすごくわかって、刊行記念トークらしいお話をしていただいたなって思って嬉しく思ってます。

順平:もう拍手です、立岩さんに。

直美:よかったらぜひ、お買い求めでない方はお買い上げくださいという感じです。

吉野:はい、ありがとうございます。カライモさんでは直接青土社、出版社とやり取りしていただいて、もう今、7冊、8冊? [01:50:02]

順平:何冊やったかな、8冊ぐらい売れたんかな。

吉野:8冊も売っていただきました。すごい、

立岩:すごい。

吉野:ありがとうございます。

立岩:今日さ、昨日から今日にかけて僕ら宿命で、研究費の申請をせなあかんねん。科学研究費っていうね、文科省に出すやつですけど、それの書類書いてて★。で、やっぱ関係者が書いたもんの、ばーってリストっていうのか、みたいなんがほしい、作ってて。で、「あ、吉野のも入れなあかん」と思っててんけど。要するに「字数をいかに削るか」って勝負なんですよ。で、「これ腹立つな、長いな」と思って。これ、タイトルだけで1行ぐらい取りますから。

吉野:すいません(笑)。

立岩:でもしゃあないなと思って。でもさ、本題だけだとますますわかんないじゃん。やっぱり「トランスジェンダー史」と書かないと研究のその、金くれっていうときに、どういう本だってのが副題ないとわからないから、副題省略するわけにもいかず。これ全部で何字あるか知らんけど長いよねっていうのを、今日入力してました。はい。全然関係ないっす。

吉野:そうです、ちょっと長いタイトルですけど。なんか最初もっと短いタイトルを考えてたんですけど、編集さんに「文章調のタイトルのほうがこの本に合うんじゃないか」というアドバイスをいただいて、それでこういうタイトルになりました。

立岩:これはこれでいいと思うんですよね。なんか短いか長いかだよね。まあ長いのは長いのでいいんじゃないですか。もめはしなかった? タイトル。タイトルって出版社ともめるときあって、「そんなん売れません」とかいろいろ言われんねん。これはじゃあ編集者からの、提案はどっち?

吉野:いや、「文章調の」っていうだけアドバイスいただいて、全部こっちから出しました。で、「トランスジェンダー史」か「トランスジェンダー論」というサブタイトルを入れた方が人文書としての体裁が出るんでいいですよ、というのもアドバイスいただいて。だから青土社さんはほんとに自由にやらせてもらって。最初にお声がけいただいたのが2008年で、2008年に「将来本にしましょう」と言ってくださって。もうそれからめちゃめちゃ時間経ったのに、ずっと待ってらしてくださって、あの、好きに書かせていただいて。特に「文章直せ」とかもなかったですし、すごく、はい、のびのびやらせていただきました。

立岩:最初にやったの、栗原さんだっけ?

吉野:栗原さんです。

立岩:栗原さんっていう『現代思想』をずーっとやってた編集者が、法政? どこで、学会あったか覚えてる?

吉野:関東学院大学、

立岩:あ、関東学院で、はいはい、一回あったと思います。なぜかめずらしく僕それに行ったような気がしますけど。栗原さんっていうのはもうずーっと『現代思想』の編集者を長いことやってて、去年かな、あまりの薄給にたえかねて、講談社に移ったんだ。だから編集者が代わったっていうか、担当の編集者は代わったってことですね。

吉野:そうですね。

立岩:そんな内輪事情もないことはないですけども。だからどうやって話やね。でも青土社たぶん給料安いよ。

吉野:ね。4階か5階なのに階段だけしかないですからね、建物が。

立岩:そうそう。屋上に違法建築だとおぼしき物置があるんだよね。イナバ物置みたいな物置があって、そこに本がこんな感じで並んでて。で、なんか安ーい机があって、こんなんより全然、パイプ椅子っていうのがべーっとあって、そこで対談とかするの。それで上野千鶴子とそこで、その屋上の上の小屋の中で対談したことありますけど★。
◆上野千鶴子・立岩真也 2009/02/01 「労働としてのケア」(対談),『現代思想』37-2(2009-2):38-77

吉野:違法建築で(笑)。

立岩:そうです、そういうとこです。給料安いとこです、はい。

順平:はい。もしあれば、なければもう。立岩さん、今度出る本の宣伝とかしといてもいいですよ。すごいおもしろそうじゃないですかね、僕めちゃ楽しみです。

立岩:えーとね、まあ言うわ(笑)。ここが実質編集部になっている、このへんの?

順平:いや、そうじゃないですよ。

立岩:に、案内を書かせてもらったんですよ。本の宣伝をさせてもらったんです。

直美:これです。これに連載をいただいていて、私はその連載の編集の担当をしているんですけど。ここに紹介してもらった本のお話を、じゃあお願いします。[01:55:01]

立岩:介助、介護、ヘルパーですよね、「みんなヘルパーしよう」みたいな本なんですけど、そういう本を書きました★。もうとっくの昔に原稿できてて、めずらしいんですけど、そういうことは。で、最初は岩波新書で出してもらおうと思ってて。わりとその担当が岩波新書の編集長で肯定的だったので、「出してもらえるのかな」と思ったらなかなか話が進まなくて。ほんでまあいろいろあって、そういう話は置いときますけど、結局ちくま新書で出してもらうことになりましたけれども、そういう本です。
★立岩 真也 2021/03/10 『介助の仕事――街で暮らす/を支える』,ちくま新書,筑摩書房,238p. ISBN-10 : 4480073833 ISBN-13 : 978-4480073839 820+ [amazon][kinokuniya]
 で、何書いても文句言われるんで、だから腹立ってたんじゃないですけど、しゃべったように書いてあるっていうか読める本なんで。これが「難しい」とか言われたら、僕はそれは許さない(笑)。それは許容範囲外なので、ほかに関しては僕のほうで謝りますけど。「これはそんなことないやろ」っていうものです。もう出てもいいんですけど、また連絡して、年内にはなんとしても出してもらいたいと思ってます。
 ほんとに僕の知り合いたちが、ヘルパー足りなくて困ってるんですよ、ほんとにリアルに。なので「ヘルパーのバイトをしよう」っていう、そういう非常にわかりやすいシンプルな、正しいメッセージの(笑)、ちくま新書はたぶん800円ちょいプラス税ぐらいで、年内に出てほしいなと思ってます。
 ちょっと、どやろ、ちょっと心入れ替えてはいないんですけど、誰も読まんような400ページぐらいの本をなんぼ書いても誰も読まないので腹立ってっていうか、ちょっとまあ腹立ってっていうか、やっぱり読んでほしくて書いてる部分はたしかにあるので、ちょっと、僕は1960年生まれで、60年経って2020年になってっていうのも若干関係なくはないんですけど、新書っていうか、薄い安い本をこれからしばらくがんばって書こうと思って。
 で、『現代思想』ってそのさっき言った栗原さんがずっと世話してくれた連載っていうのを153回とかやったんですけど★、あれやってると実は書けないんですよ。だって毎月40枚、1万6千字とか書くから、それでまあまあ目いっぱいですわ、人間。で、基本的には売れない文章を書いてるわけです、そこはね。だからそれがちょうど栗原さんが講談社行って、切れて。それもきっかけで、切れたのをきっかけに、ちょっと易しい薄い安い本を書こうと思ってます。よろしくお願いします。出たらいろいろお知らせします。
2005年からの連載について/立岩 真也 2019/01/01 「最終回 連載・153」,『現代思想』47-01(2019-01):279-309

 吉野さん、でもがんばって広告してるよね、自分の本ね。

吉野:ああ、はい。私の、そうですね。あと先端研の修了生のかたの本とか、生存学の成果物とかも、あれは全部バイトさんにお願いして、はい、入力してもらってます。

立岩:そうなの? えらいマメだなと思って。あんなこと誰がするんやろ、吉野してるのかな? いや、してるんだと今日まで思ってたんだけど。

吉野:いや、あの、私もすることもありますけど。でもあんまり長時間Twitterやるとあの、精神によくないので、はい。

立岩:でもありがたいですよ。本って売れないんで、ほんとに。売れない中でっていうことを思ってて。僕らの関係者だけで、もう4、50の本がもう十何年のあいだに出てるわけですわ。だから、まあそれは売れると思って書いてるわけじゃないんだけど、とはいっても、っていうのがあって。やっぱりときどき関心のあるものは見てほしいなと思って。僕もそうやって宣伝してますけど、吉野さんもTwitterでやってるんで、まあ見るだけ見てもらって。
 ほんま借りるんでいいっすよ。ほんま書き手から言うたらね、その日本の小売…、まあそうするとよしの書店が困るかもしれないけれども、日本の公立図書館がまともな本をちゃんと入れてってくれれば書き手はまあそれでなんとかなるんだよね、ほんとはね。ということも含めて、借りてでも。一番いいのは図書館にリクエストしてもらうってことですよね。

吉野:ああ、そうですね。

立岩:だからそういうふうにして、自分の金を必ずしも使わんでも、図書館やら何やらに入れてもらうっていうことで、やっぱり書き手を助けてあげてください。そんなことでございます。

順平:ありがとうございます。もう大丈夫かな? 大丈夫ですね。はい。

■ゲバラ

吉野:あ、みなさん、今日はどうも来ていただいてありがとうございます。あと私、裁判のときにすごいチェ・ゲバラに助けられてたんですけど。そしたら立岩さんが今日ゲバラTシャツを着てきてくださって、ありがとうございます(笑)。[02:00:13]

立岩:はい。ゲバラ、なんか普通にかっこいいよね、やっぱりね(笑)。このシャツは僕はさすがに買ってないと思うんですよね。誰かからもらったと思うんですけど、それちょっと記憶になくて。
 もっとマニアックなやつだと、ホー・チ・ミンって知ってますか? ベトナムの。もと北ベトナムっていうか、した人ですけど。ホー・チ・ミンのTシャツも2枚ぐらいあるんですけど、それはちょっとやっぱわからん人しかわからんなと思って、これやったらいいやろうと思って。吉野さんは何だっけ? いろいろグッズ持ってるでしょ、ゲバラのグッズ。

吉野:あ、なんか集まってくるってのもありますけど、帽子も4、5あるし、まあTシャツはたくさんありますし。いろいろ、はい、ありますね。

立岩:なんかジャラジャラしたものなかった? そういうかばんにつける的なものってなかった?

吉野:ああ、そう、なんかはあるかも。はい(笑)。

立岩:ゲバラの話は長くなるのでやめます。わりとゲバラの関係のまあまあいい映画も2、3ありますよね。

吉野:そうですね、はい。

順平:あ、置いた。

吉野:はい(笑)

順平:ありがとうございます。本が、そこにちゃらっと置いてんのが立岩さんの本の、それは新本じゃなくて古本なんです。で、うちの、書き手もですが、書店も助けてほしいなってことで、あっちに本屋があって、よかったら本を買ってください。

直美:立岩先生、連載いただいているのこちら、『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』という育児の本で定期刊行物なんですけど、よかったらこちらも、向こうに置いてますので一回見てみてください。

立岩:素朴な疑問なんですけど、この本屋はどうやって知られるんですか?

順平:だからもう全然知られてないですよ。

立岩:そうですよね。吉野にも一回言ったんだけど、難解だよね、場所が。難解ですよね、ほんとに。

吉野:(笑)

順平:ほんと難解ですよ。

立岩:たぶん口コミってことだよね、要するにね。

順平:そうですね、知らない人が来たらびっくりしますもん、僕。店やのに。

会場:(笑)

立岩:うちのね、僕がいる研究科、先端研って略称するんですけど、そこの連中はカライモさんと仲のいい人がいっぱいいて、よくカライモの話は聞くんですけど。「めちゃくちゃ変なとこだよ」って言ってたから、「そんなことないやろ」と思ったんですよ、今日までね。でもほんまに難解な場所でした(笑)。でもみなさん、そうやってひいきにしてあげてください。知り合いしか来ないので、知り合いの知り合いしか来ないってことですから。ね。そうですよね。

順平:そうですね、小さく生きていったほうが安全なんで。

立岩:いや、そうかな? はい。(笑)

直美:じゃあ今日はありがとうございました。

(拍手)

[終了 02:03:26]


*作成:中井 良平立岩 真也
UP:20211025 REV:20211027
吉野 靫  ◇Yoshino, Yugi (English)  ◇WHO
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