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意見陳述要旨

京都新聞社 20201030
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last update:20201105


■紹介

京都新聞社は、滋賀県に対して、旧優生保護法下での強制不妊手術関連の黒塗りの公文書のうち、優生手術被害者の特定につながらない部分の公文書開示請求をおこないました。
2020年10月30日の大津地方裁判所にて第一回情報公開裁判が開かれ、原告側から「意見陳述要旨」が読み上げられました。

■本文

意見陳述要旨

 この裁判は、旧優生保護法のもとで行われた強制不妊手術という人権侵害の実態を社会で共有し、再発を防ぐために、滋賀県に残っている公文書の開示を求める裁判です。

 旧優生保護法は、戦後まもない1948年に施行され、96年まで存在しました。「不良な子孫の出生防止」を掲げた旧優生保護法のもと、滋賀県では統計上282人の男女が特定の疾患や障害を名目に、本人の同意を要さない強制不妊手術を受けさせられました。
 強制不妊手術の適否は、滋賀県優生保護審査会が、審査会に提出された医師による優生手術申請書や、保健所による優生手術該当者調査書の内容をもとに決めていました。これらの文書には発病後の経過や現在の症状、遺伝関係、申請に至った動機、生活状況などが記載されています。まさに「当時どのような理由が科学的とされたのか」「何を根拠に人権侵害が行われたのか」を表す具体的事項です。過去の誤りを具体的に知ることが検証や再発防止の第一歩であり、この裁判では、県民の共有財産であるこれらの情報の開示を求めています。
国は優生保護法下で手術名を偽って手術することを認めていました。そのため優生保護法にもとづく優生手術だったと自覚している被害者はほとんどいないとみられます。滋賀県が保存期限切れを理由に多くの審査会記録を廃棄した結果、被害者のわずか3.5%の10人分の記録しか現存していません。現存文書は滋賀県内での強制不妊手術の実態を知ることができる唯一の文書であり、その情報は極めて重要です。
 強制不妊手術の決定に納得できない被害者や家族に対して、滋賀県が国の中央優生保護審査会に再審査を申請できるという説明を怠ったまま、手術を強引に進めようとしたことが分かっています。滋賀県が施行令に反して審査会を開催せず書面だけの「持ち回り」審査で10人中4人の強制不妊手術を適としたことも分かっています。これらのずさんな運用実態はいずれも情報公開請求の結果分かったことです。滋賀県はいわゆる「負の歴史」の検証をしていませんが、滋賀県が情報公開請求に対して被害者の特定につながらない情報までも黒塗りにすることは、県民への説明責任の軽視だと言わざるを得ません。
 私からの審査請求を受けて、滋賀県公文書管理・情報公開・個人情報保護審議会は、黒塗りの下の文言をすべて確認した上で「個人の権利利益を害する恐れはない」と結論付け、昨年8月、発病後の経過・現在の症状・生活状況・遺伝関係等のうち特定の個人を識別できない部分や審査や手術に関与した病院名などを開示するよう求める答申を知事に出しました。
 審議会は情報公開制度にもとづいて設置され、弁護士や憲法や行政法などの法学者、公募委員は知事自らが任命しているにもかかわらず、知事は今年2月の裁決で、審議会が開示すべきだとした449カ所のうち約8割にあたる347カ所を非開示としました。審議会の答申内容からかけ離れた今回の県の裁決は、今後の審査請求や審議会制度を事実上形骸化させるものであり、容認できません。
 審議会は今年8月、「専門的で社会常識を反映した判断をないがしろにし、答申尊重義務に明らかに反する」とする建議書を知事に提出し、県の姿勢を批判しています。建議書は県の裁決について「明らかに情報公開条例の解釈を誤っている」「合理的な理由なく答申の考え方を否定している」「裁決は答申内容を曲解している」などと問題点を挙げて「裁決の内容および裁決に至る過程の両面において重大な瑕疵がある」と指摘していますが、私も全く同じ気持ちです。
 審議会の答申内容とほぼ同内容の情報を既に開示している自治体があります。神奈川県です。神奈川県は優生保護審査会文書のうち被害者と保護義務者の名前、住所、生年月日以外をすべて開示しており、担当者は「情報公開の役割は何が行政に起きたのかを知ってもらうこと。30年以上が経過し、開示自体が不利益になるとは考えていない」と話しています。被害者や家族から開示に伴って不利益を被ったという苦情は1件もないといいます。
 滋賀県も「そもそも県が保有する情報は県民の共有財産である。したがって県の保有する情報は公開が原則であり、県は県政の諸活動を県民に説明する責務を負う」という情報公開条例の原点にたち、答申内容通りに一刻も早く開示すべきです。
 国家賠償請求訴訟の原告でつくる「優生手術被害者・家族の会」共同代表の宮城県の70代の飯塚淳子さんは、16歳の時に何も知らされないまま不妊手術を受けさせられました。行政から優生保護審査会記録を廃棄したと言われたものの、手掛かりを求めて20年以上も宮城県や仙台市に情報公開請求を続ける一方、全国で初めて被害を名乗り出て証言を続けてこられました。自分の身に何が起きたのか。なぜ手術が進められたのか。それを知りたいという思いは強く、「他府県の審査会文書であっても少しでも知りたい。被害者と家族の名前と住所を伏せるのはプライバシー保護のために当然だが、それ以外の情報は事実であって被害者の特定につながらないのだから開示すべき。行政は軽い気持ちで私たちの人生を奪っておきながら、手術の理由を説明せず、私たちにとって一番大事な証拠である審査会資料を黒塗りで隠すのはおかしい」とおっしゃっています。
 飯塚さんのこの言葉は、みだりなプライバシー侵害にならない限り、行政は保有している情報を最大限公開してほしいと望むものといえます。
 裁判所のみなさんには、現存文書の開示が、行政によって文書を廃棄されてしまった全国各地の被害者の「知る権利」に応えることにつながるという点も意識した上で、開示・非開示の妥当性について判断していただきたいと思います。
以上



*作成:安田 智博
UP: 20201105 REV:
優生学・優生思想  ◇不妊手術/断種  ◇優生:2020(日本)  ◇病者障害者運動史研究  ◇全文掲載

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