2020年8月31日に著書「障害基礎年金と当事者運動－新たな障害者所得保障の確立と政治力学」を明石書店より刊行した。（http://www.arsvi.com/b2020/2008ty.htm）
刊行に際しては立岩真也氏より序文「仕事しよう―解説の代わりに」をいただいた。（http://www.arsvi.com/ts/20200019.htm）
本報告ではタイトルとなる「障害基礎年金制度の政治的及び技術的側面からの成立プロセスの探求―政治家・厚生官僚へのインタビューを通して―」について、本書の中から関連部分を抜粋して紹介したい。
1985年公的年金の大改正が行われ，幼い頃からの障害者が受給していた障害福祉年金は拠出制障害年金と統合され障害基礎年金となった。本報告では障害基礎年金の誕生プロセスに関して先行研究では十分に言及されていない政治的な介入，さらに保険の原則を超えた制度設計上の技術的背景を明らかにする。政治家，官僚への聞き取り，国会議事録，東京青い芝の会の機関紙等の分析を行った結果，次の3点を明らかにした。(1)障害者団体と厚生官僚をつないだ政治的動きがあった。(2)拠出制障害年金の資格期間の撤廃と障害基礎年金誕生には密接な関係があった。(3)国会で年金改正を成立させるため，障害基礎年金を媒介とした反対アクターへの政治的な働きかけがあった。
これらより国際障害者年の下，政治家，厚生官僚，当事者の間に良好な関係が築かれ，そのことが新たな所得保障制度誕生につながったことが示された。
1985年4月24日国会において「国民年金法等の一部を改正する法律」（以下，1985年年金改正）が成立し障害基礎年金制度が誕生した。1985年年金改正施行前の1985年6月の障害福祉年金の額は，1級月額39,800円，2級月額26,500円，福祉手当11,250円であったが，1986年4月の施行直後で1級月額64,875円，2級月額51,900円，特別障害者手当20,800円と大幅に増額された。幼少期から障害を持つ者に対する所得保障であった無拠出制の障害福祉年金が,保険の原則を超えて拠出制と同額となる障害基礎年金に統合され給付額が改善された経緯について新たな知見を得ることが本報告の目的である。
障害基礎年金成立背景については，大きく3つの側面から研究が行われてきた。1つ目は障害者所得保障の改善を求める当事者運動が障害基礎年金成立に影響を与えた側面，2つ目は保険の原則を超え無拠出と拠出を統合させた技術的な側面，3つ目は1985年年金改正法案の国会成立のため，障害基礎年金を媒介に官僚や障害者団体が果たした役割を明らかにした国会対策としての側面である。
１つ目の当事者運動が障害基礎年金成立に影響を与えた先行研究については，厚生官僚と障害者団体の2つのアクターの関係を運動の視点からまとめた成果がある。介護手当の要求にまで運動が拡大しなかった点を指摘し，障害基礎年金の給付額を十分でないと批判したもの[立岩,1990；土屋,2002]，脳性マヒ者を中心とした障害者団体と更生課長であった板山賢治の交渉，さらに，その結果作成された報告書が障害基礎年金に与えた影響について述べたもの[髙阪,2015]，厚生省との交渉を可能にした脳性マヒ者を中心とした障害者団体の柔軟な運動スタイルや，年金局長であった山口新一郎の障害基礎年金成立への貢献を明らかにしたもの[髙阪,2016;2017]がある。
一方，こうした当事者運動に触れた先行研究では，障害当事者と厚生官僚の2つのアクターの障害基礎年金成立への貢献を明らかにしたが，障害当事者と年金局官僚が協調関係を築けた背後にあった政治の役割について触れられていない。
2つ目の無拠出と拠出を統合させた技術的な側面についての先行研究は，百瀬ら[2017;2018]や髙阪[2017;2018]がある。百瀬ら[2017;2018]は，障害基礎年金は山口が過去に携わった障害年金改革の延長線上にあったと述べる。具体的には1954年年金改正時，すでに山口は障害年金については資格期間なしで支給すべきと主張していたこと，また1966年の改正で事後重症期間を導入する等，拠出制年金の支給対象外の障害者について原則を緩和し，拠出制年金に取り込む改革を行ったことに障害基礎年金の萌芽があったとする[百瀬ら,2018:78]。さらに1980年11月から翌年2月まで年金局内職員で行った勉強会となる山口ゼミにおいても，20歳前障害について保険料による財源で検討した方がよいとするなど，障害福祉年金の引き上げのアイデアが既に芽生えていたことを指摘している[百瀬ら,2018:78]。他にも髙阪[2017]は，山口が国民年金や厚生年金で拠出制に基づく障害年金受給のための資格期間を廃止することで，無拠出の障害基礎年金受給者との矛盾をなくし，障害基礎年金に拠出を行うことになる厚生年金等の審議委員でもあった障害者生活問題専門家会議（以下，専門家会議）委員への説得を行ったとした。
一方，これらの先行研究では無拠出と拠出の統合の技術的な背景に言及しつつも，厚生省年金局の中には，そうした統合を冷静に受け止めた官僚と，戸惑いを持った官僚の両方がおり，こうした官僚の意識の違いは，障害基礎年金成立の技術的背景成立を明らかにするうえで重要であるにもかかわらず，先行研究ではそのことに十分に触れていなかった。そのため技術的背景にも曖昧さが残るものとなった。
3つ目の国会対策で官僚や障害者団体が果たした役割を明らかにした先行研究では，1985年年金改正法案を審議した第101，第102国会会期中，法案に反対したアクターに対して，山口が後押しをする形で，障害基礎年金の成立を求める障害者団体の働きかけが積極的に行われたとしたものがある[百瀬ら,2018:78]。さらに1985年年金改正に対する複数のアクターの利害関係について分析し，年金改正に反対するアクターへの代償政策として障害基礎年金が位置付けられるとしたものもある[髙阪,2018]。この他に障害基礎年金には直接触れてはいないが1985年年金改正は，多くの国民が不利益を被ることから，政治家がこの問題に関わることを避け，その結果官僚が前面に出たとしたものもある[新川ら,2004;新川,2005]。
一方，国会対策について述べた百瀬ら[2017;2018]，髙阪[2018]は,法案成立のための官僚や障害者団体の役割を明らかにしつつも，政治がどのような形でアクター間の利害調整に関与し，障害基礎年金成立に貢献したかの分析が不十分であった。さらに官僚が前面に出てきたとする先行研究[新川ら,2004;新川,2005]も，官僚が政策を実行するための政治的下支えについて十分に言及されていなかった。
本報告では以上の3つの側面の先行研究の未到達点を明らかにするために，先行研究のほかにも記録資料である障害者団体の機関誌(1)，国会議事録や故人の評伝等を用いた分析を行った。さらに聞き取り調査として当時の年金改革に携わった厚生省年金局の官僚（青柳親房，浅野史郎，辻哲夫），参議院議員であり自らも脊椎損傷の障害を持った八代英太，八代の政策秘書であった久保田哲へのインタビューを行った。インタビューは半構造化面接で実施し，元年金局官僚の青柳，浅野，辻には，無拠出と拠出の統合が行われ障害基礎年金が誕生した技術的背景を中心に聞き取り，政治家とその秘書であった八代，久保田には，障害者団体の所得保障要求が年金局官僚につながる経緯，さらには国会対策として障害基礎年金が1985年年金改正に果たした役割を中心に聞き取った。内容はICレコーダーを用いて録音し逐語記録を作成した。作成した逐語記録は障害者団体の機関紙の記述や国会議事録等の記録資料と照合させながら内容分析を行った。
なお本調査は報告者がインタビュー実施当時在職していた静岡英和学院大学研究倫理委員会の承認済[承認番号533-215]である。インタビュー対象者には研究目的を十分に説明し，名誉・プライバシー等の人権を侵害しないよう配慮した。またインタビュー内容の公表については事前に本人の承諾を得ている。
1980年2月の身体障害実態調査実施の譲歩として，同年3月に板山の私的研究会で，厚生官僚と障害者団体の対話の場となる脳性マヒ者等全身性障害者問題研究会（以下，CP研究会）がスタートする。当初板山は,CP研究会では更生課所管の問題について話し合って欲しいと提案したが，障害者側は年金や手当に基づく所得保障を議論の中心に据えることを強く要求した[髙阪,2015,7]。結果的に座長の仲村優一が障害者団体側の主張を支持する形で，議論の中心が所得保障改革へとシフトしていく[髙阪,2015]。その後，私的研究会に過ぎなかったCP研究会での所得保障の議論は1981年4月にスタートした厚生省のプロジェクトチームとなる検討委員会に引き継がれていく。検討委員会は，当時厚生省年金局課長補佐であった浅野史郎が述べるような「（委員であった厚生官僚を中心として）何かやれることを考えてみよう(2)」といった障害者所得保障の改善に前向きな姿勢があった。一方，検討委員会設置前のCP研究会の議論が進行していた一時期，厚生省全体が障害者所得保障の改善に前向きな姿勢を示していたわけではなかった。1980年10月20日，全国青い芝の会が政府交渉を行ったが，中でも厚生省の年金課，保護課は「（従来通り障害福祉年金の）一般的な水準引上げの努力を強調するにとどまった」とあるように，所得保障に関する積極的な提案を打ち出さなかった[東京青い芝の会役員会,1980b,1]。それに対して更生課の板山課長は，「『障害福祉年金の一級と二級の差額を埋めることをさしあたりの目標としたい』と述べ，独立して生活するための自立保障手当といった性格に改めることも検討の価値がある」[東京青い芝の会役員会,1980b,1]と，3月にスタートしたCP研究会の議論をベースにした前向きな考えを示している。同日，交渉終結後も交渉続行を求めて厚生省前に全国青い芝の会のメンバーが集結したが，シャッターが下ろされ事実上交渉が打ち切りとなり当事者メンバーの怒りが渦巻いた[東京青い芝の会役員会,1980a,7]。こうした厚生省と障害者団体の関係から，この時点では厚生省全体として障害者団体との話し合いに前向きとは言えなかった。では，こうした厚生省の姿勢が変化した背景には何があったのだろうか。
この交渉に立ち合った八代は青い芝の会のメンバーたちに「明日社会労働委員会があり，所得保障の問題をメインとして，私が新大臣との質疑をすることになっています。一過性の生活保護の形でなく，年金体制，所得保障を確立する問題，等級問題を含めて，わたしの立場で政府側と折衝したいと思っています」[東京青い芝の会役員会,1980a,7]と述べる。翌10月21日，国会で八代は園田直厚生大臣へ「新たな一つの所得保障制度，あるいは経済保障というようなものを厚生省としても考えていただきたい」[第93回国会参議院社会労働委員会会議録,1980,29]という質問を行う。それに対して園田厚相は次のように答える。
これは親の立場からいっても，ただいまのお言葉は非常に痛切な御意見だと思います。（中略）子供から大人になった場合に，そこに施設や制度の庇護の空間があるのではなかろうかと私は心配をしております。そういうもろもろの意味を含めて御指摘の点はよく勉強することにいたします。 [第93回国会参議院社会労働委員会会議録, 1980,30]
この時点では園田は障害者所得保障の拡充には触れていないものの，地域での障害者の自立生活に向けた施策拡充に前向きな発言を行っている。
翌1981年3月16日の参議院予算委員会で，八代は障害者所得保障の充実をはじめとした6項目(3)の政府の取り組み状況について鈴木善幸首相，園田厚相に質疑を行った[第94回国会参議院予算委員会会議録,1981,10]。これに対して鈴木首相は次のように答弁している。
特に五十六年度予算の編成に当たりましては，年金の問題，雇用の問題，福祉施設の問題等につきましては，私は私なりに，厳しい財政の中ではございましたけれども最善を尽くしたつもりでございます。今後におきましても，引き続きこれを積み上げていきたい。 [第94回国会参議院予算委員会会議録,1981,11]
鈴木に続いて園田厚相は次のように答弁した。
申し込まれました身体障害者所得保障の充実を初めとする六項目，これは御発言のとおりきわめて大事な問題でありまして，（中略）これは充実すべき問題であると思い，努力をいたします。 [第94回国会参議院予算委員会会議録,1981,11]
「（同じ山梨出身で）同郷でもあった板山との強い連携」[八代,2018]もあり，CP研究会で板山が取りまとめた障害当事者の所得保障拡充の声を八代が国会で鈴木首相，園田厚相に質問し，障害者所得保障について前向きな発言を引き出す。結果的に行政機関の最高責任者の発言によって官僚の制度改変への取り組みも前向きとなった。
こうした国会での質疑に加えて，1981年の国際障害者年の影響を最大限に活かした障害者問題の国際化の動きについて八代は次のように触れる。
僕が1981年に障害者の世界組織をつくるんですよ。DPI(4)というのを。障害者の世界組織をつくるという機運が世界の障害者のリーダーたちの間に出てきて。僕はアジア太平洋の議長になるんですよ。1981年にシンガポールでその産声を上げて，RI(5)と並んで障害者組織のDPIというものが，国連で認める形で動いていくんですよ。これが国内における，そんなに力はないけれども，国際的な流れというものが，日本はしっかりそういうふうに追いついていかなきゃ駄目なんだよと，外務省にも厚生省にも，いろんなところにその話をしていきながら，いわば役人育てというか，役人の育成というか，役人のマインドを変えていくということを随分と腐心したことがありましたよ。（中略）日本というのは，大きな世界の潮流の中には従順な国なんですよ。何かあれば世界の流れに沿っていかなければならないという責任みたいなのが，非常に真面目なんですよね。だから，国連障害者年を日本の新しい福祉の黎明期にしたいという思いも私もあったわけ(6)。
八代の政策秘書も務めた経験のある長瀬修は，RIを批判して結成されたDPIについて「『問題は私たち自身，私たちの身体ではなく，社会，環境である』とする『社会モデル』『自立生活モデル』の発想から障害者問題に取り組んできたので，政治的役割が非常に大きかった」と述べる[Driedger,2000,239-40]。そして所得保障運動を推進した東京青い芝の会は，「私たちの闘いに必要な国際的な手だてを提供するもの」[東京青い芝の会役員会,1981b,7]とDPIを高く評価し，1981年シンガポールで開催された第1回世界会議にも同会会員が参加，その後の障害者所得保障の改善運動を力強く展開した。
鈴木首相，園田厚相の所得保障確立への前向きな発言，八代や障害者団体のDPIへの参画と前後して，1981年4月園田厚相の指示で厚生省内の官僚を中心としたプロジェクトチームで構成された検討委員会がスタートする。検討委員会では障害者所得保障改革について前向きの方向に検討を始めていく。5月園田厚相は障害者団体との交渉で「脳性マヒをはじめとする小さい時からの障害者の所得保障は，間違いなく遅れている。というより抜けている」「所得保障に関して一つの道を開けることはお約束致します」[東京青い芝の会役員会,1981a,8-9]と，幼い頃からの障害者の所得保障改善を誓った。こうした厚相の表明により検討委員会や年金局の厚生官僚は新たな障害者所得保障の制度設計に取り組み始める。
新たな障害者所得保障の制度設計に官僚が取り組み始める中，保険の原則を超えた障害基礎年金は誰がどのようなロジックに基づき作りあげたのか。このことについて浅野は次のように述べる。
役人っていうのは，何か陳情があっても，できません，できませんって言って，できない理由をばっと考える天才だって言っているんですよ。揶揄して。だけど，できるっていう理由が1つでもあればやっていくっていうのは，これも役人としてのあるべき姿じゃないかって言ったのが，正木さんで。みんな困って，所得保障の拡充っていうことを，こういうのも予算がないからできないとか，それはあるけれど，1つでもできることがあったらやってみようっていうことは，1つありました(7)。
このように当時総務審議官で検討委員会座長であった正木馨をはじめとした検討委員会の厚生省プロジェクトチームは，何かを考えださないといけないという強い思いがあったと浅野は述べる。では検討委員会ではどのような考えがでてきたのか。浅野は「年金は，拠出があって，加入があって，給付があるということなんですね。（中略）拠出年金はそういうものだと。そうすると，生まれながらの障害者に拠出年金を出す理由は，そこからは出てこないと。これを逆手に使ったんですね(8)」と述べる。確かに拠出に対して給付があるというのは保険の大原則である。それを逆手に使うというのはどういうことなのか。浅野は続ける。
滞納がないっていうこと。つまり，滞納がある人には障害年金を出さないと。それで，生まれながらの障害者が20歳になった。そこから加入要件が出るわけですね。20歳になって加入した，即障害になっている。だけど，この人は，年金の滞納がないじゃないですかと。保険料の滞納が。滞納がないんだから出していいんだと。ものすごい，これ「乱暴な論理」だけれど，でも結局通っちゃった。僕の頭では，保険料の滞納はないっていうところが，強く頭にあるんですよ(9)。
20歳未満の障害児は保険料を払う機会がなかったのだから，滞納がないという考え方はできる。しかし浅野自身，「乱暴な論理」と述べるように，20歳前は滞納なしという論理で無拠出と拠出を統合することに戸惑いを感じていた。一方浅野は，こうした「乱暴な論理」は誰が言い出したのかわからないが，検討委員会の頃に出てきたと述べる(10)。
当時年金局課長補佐であった辻は，20歳前は滞納なしという論理を「破天荒な論理(11)」と述べ，浅野と同じように戸惑いを持っていた。20歳前は滞納なしという論理は誰が言い出したのかという浅野の問いについて辻は次のように述べる。
ひとつバランスを崩したら，それでもう大騒ぎになるという制度なので，本当に頑固な頑固な年金制度がこの改革を乗せたというのは，やっぱり年金制度を司ってる方の決断がないとできないと思うんです。私は誰が言い出したというのはあると思いますけど，シナリオをつくったのは山口新一郎さんだと思います(12)。
浅野が検討委員会の頃に出始めたという「20歳未満障害児が滞納していない」というロジックを辻が述べるように山口が考え出したのであれば，検討委員会以前の山口ゼミでその考え方の伏線は議論されなかったのだろうか。
（2）山口ゼミとロジックの出発点山口ゼミに参加した青柳は「20歳未満障害児は滞納していない」という論理について，最初に検討委員会の議論があったという認識ではなかったと述べる(13)。山口はゼミで次のような発言をしている。
（障害年金の拠出要件を）一ヶ月とするか六ヶ月とするかは量の問題だが，一ヶ月いるかいらないかと言うのは質的な問題だ。先刻の議論では一ヶ月必要と言うのが少数説になっていたが，正に今昔の感がある。昔は一ヶ月も必要ないと言うのが少数説で僕は入省の時から少数説だった。だから二九年改正の時に，障害年金も遺族年金も資格期間なしで良いと主張したが，当時は皆年金前だったこともあり，逆選択防止のため必要だと言われた。[山口,1986:464]
ここでの資格期間とは，旧国民年金法では，拠出制障害年金給付要件として国民年金で6か月以上加入，厚生年金で1年以上加入を要するという仕組みで，山口は不要論を唱えていた。青柳はこうした資格期間に関して山口ゼミで議論していたので，検討委員会から「20歳未満の障害児は滞納していない」という論理が入ってきたとは考えなかった。青柳は次のように述べる。
僕ら制度をつくっている人間からしてみたら，最初に20歳前があったんじゃなくて，むしろ拠出制の障害年金の要件をどうするかがあったので，それとの並びで言うと，20歳前も当然だよね，という論理の流れだというふうに思っているんです。要件に関して言えばね。ただし，20歳前を，障害福祉年金を基礎年金にするべきだというのは，逆に言えば，ほとんど上意下達できました。つまり，しろって話が来ました。山新（山口新一郎）さんから。だから，それを受け取ったときに，拠出制でそういう構成をするならば，まさにここに書いてあるような論理で，障害基礎年金でやってもいいかもしれないねというふうで，みんな納得したという記憶があるんですよ。僕らの頭の中は，拠出制の要件が最初にあって，それから20歳前になったというふうに思うけれども，山口さんの頭の中では一緒なんですよ(14)。
以上の証言からわかることは，検討委員会の議論で出てきたと言われる「20歳未満障害児は滞納していない」という論理は，検討委員会よりも前に萌芽があったということである。つまり拠出制の資格期間をなくすという論理は，1954年の年金改正の時から山口は少数派としての意見を主張していた。それが国際障害者年をきっかけとして，拠出制の資格期間をなくすという論理の同一線上に「20歳未満障害児は滞納していない」という論理が浮上した。これらは山口の頭の中では一緒であった(15)。つまり資格期間の撤廃により，20歳の誕生日から1か月未満の保険料未納の状態で事故に遭い認定基準に該当する障害を負った場合でも障害基礎年金の受給資格が生じるが，これは生まれながらの障害を持った人が，保険料未納の状態で20歳になり障害基礎年金の受給資格ができる状態と同じロジックで成り立っているのだ。
では辻や浅野が「20歳未満障害児は滞納していない」という論理に対して戸惑いを覚えた理由は何だったのか。1981年4月，米国から帰国して厚生省年金局に赴任した浅野と1983年4月に滋賀県庁の出向から厚生省年金局に戻った辻は，山口ゼミには参加していない。つまり山口ゼミに参加した官僚とそうでない官僚の間に「20歳未満障害児は滞納なし」に対する捉え方の違いがあった。こうしたことは，山口が1984年6月にガンのため逝去し，山口の考え方が十分に年金局内部に行き渡らなかったことから生じたと言える。つまり無拠出と拠出を同額にしたロジックには，山口ゼミで議論された拠出制障害年金の資格期間撤廃と同一線上の理論的背景があったのである。
1985年年金改正の成立をめぐっては，厚生省は旧国民年金法開始後25年目が月額50,000円となる1986年を施行年とすることに強くこだわっていた。これは「当時の統計で老人の生活費，消費支出の基礎的部分を賄える金額というのが根拠」[吉原,2016,577]となっていたためである。そのため1986年に1985年年金改正施行を目指し，1985年年金改正で不利益を被る厚生や共済等年金組合の被保険者(16)とも関係の強い日本労働組合総評議会(17)（以下，総評）や社会党等の年金改正反対のアクターに障害者団体から働きかけることを厚生省は後押ししていく[髙阪,2018]。このように障害者団体と厚生省が国会対策として共闘関係を結べた背景には，障害者団体が行政側と現実的な交渉するために介護保障を求めない等の柔軟性を持った対応を行っていたこと，また障害者団体と真正面から向き合った板山の存在も大きかった[髙阪,2018]。こうして障害者団体と厚生官僚の間で良好な関係を持てたことが，1984年9月の身体障害者福祉法等級表改正(18)につながり，それが国会での障害基礎年金成立を求める声になった。
一方,厚生省と障害者団体の2つのアクター以外にも政治からの年金改革成立に向けた調整はなかったのだろうか。1985年年金改正の反対アクターの1つに頑なに年金改革に参加の意志を示そうとしない共済組合の存在があった。自治省や文部省所管の共済組合は公的年金改革に好意的であったが(19)(20)，国家公務員等共済組合（以下，国公等共済）の所管となる大蔵省共済課については，厚生省年金局は基礎年金一元化に参加しないかもしれないという危機感を抱えていた。
青柳は，基礎年金創設当時の共済年金との統合における困難を示すものとして「国民年金法等一部改正法案を国会に提出した時点では，共済グループが基礎年金にのってきてくれるかどうか確信がもてず，法案では，附則で当分の間，基礎年金から共済を適用除外する規定が盛り込まれている状態でした」[吉原ら,2016]と回顧している。このことについて辻は次のように証言する。
山口（剛彦）課長と浅野（史郎）さんが担当されたと記憶しておりますが，私の記憶では，山口さんが何回言っても共済課長はうんと言わないということで，山口課長が悩んでらっしゃったのをよく覚えています。その上で最後に大蔵省の共済課長が了解することによって，バタバタと進むんですね(21)。
当時大蔵省共済課長であった坂本導聡は「1985年4月8日の国家公務員共済組合審議会の答申において，公益側及び使用者側委員はおおむね了解したものの，労働側委員は給付水準引き下げ反対，基礎年金への国庫負担増額要求，新制度における職域年金部分の位置づけが不明確な点，等を述べている」とした[坂本ら,1986]。こうした労働者側委員の主張を大蔵省共済課は代弁したと考えられる。しかし最終的に共済は1985年年金改正に参加する。この根拠については当時厚生省年金局数理課長であった田村正雄は次のように証言している。
おそらく共済サイドとしては，国鉄共済が当時からいろいろな問題を抱えていて，これは何とかしなくてはとの意識があり，まず共済のなかで対処しようと考えたと思うのですが，それだけでは追いつかないと。それで，この機会に基礎年金にのるしかないと判断されたのではないでしょうか。[吉原ら,2016]
1985年年金改正の伏線となった1983年11月に成立した国家公務員共済組合と国鉄，電電，専売の三公社の共済年金との統合法, つまり国鉄共済を救済する形でできた国公等共済について，いずれは国鉄破綻の影響が共済全体に飛び火すると予測していたのである。
一方，国公等共済の新制度への参加は，障害福祉年金から障害基礎年金への増額分を拠出することにもなり，政治家により障害者所得保障への理解を求める形で新たな年金制度参加への説得も行われた。
1983年9月22日衆議院予算委員会において，林厚相の「（専門家会議から提出された報告書の）提言を踏まえた障害者の所得保障制度の見直しを行っていく」 [第100回国会参議院予算委員会会議録,1983,37] とした答弁を受ける形で，八代は竹下蔵相に次の質問を行っている。
厚生大臣は，その会議の報告を受けまして，所得保障についての早期確立を非常に希望をしているわけでありますけれども，しかしいろいろ聞いてきますと，しかし大蔵がというお言葉がたびたび出てまいります。そうは言ってもこの財政難で大蔵がというような言葉が何となく聞こえてきそうな，そんな気配を感ずるんですけれども，大蔵大臣は，厚生省の専門家会議の結論を聞いておられるのかどうか。あるいは聞いておられるとしたら，こういうものに対する，財源対策に対する御検討にもうすでに入っておられるのか。あるいはどのようにこれを受けとめるお気持ちなのか，伺いたいと思うんです。[第100回国会参議院予算委員会会議録,1983,37]
これに対して竹下は「厚生省において具体的には目下検討しておられるというふうに承っております。したがって，財政当局といたしましては，それは当然財政再建という基本方針のもとにあらゆる施策に対応していかなければならないという根底はございますものの，十分な理解を示さなければならぬ」[第100回国会参議院予算委員会会議録,1983,37]と答弁している。続けて八代は「そういう意味では，ぜひ厚生省と大蔵省との密な連携をとっていただきまして，重度障害を持った方々の，せめて憲法二十五条に沿った一つの生活保障がなされるような温かいひとつ御理解をいただきたいと思う」と述べている。このように，八代は竹下蔵相に障害基礎年金の実現に協力する旨の答弁を引き出している。八代が質問を行った9月は次年度の予算編成の時期でもあり，障害基礎年金関連の予算要求を行うことが前提としてあったが，それと併せて1985年年金改正に参加の意向を示さない大蔵省共済課に対して，大蔵大臣や障害基礎年金を媒介とした八代からの政治的な働きかけがあったと考えられる。障害基礎年金と障害福祉年金の差額分については各被用者年金組合からの拠出金で賄われるため，大蔵省共済課の新たな年金制度への不参加は，障害基礎年金の成立自体を危ういものとする。障害者福祉を第一に考えていた八代は，厚生省更生課を窓口として年金局とも連携を取っており障害基礎年金を成立させることは最優先事項であった(22)。
こうした大蔵省への政治的働きかけを示すものは他にもある。1983年10月26日，八代の尽力によって全国所得保障確立連絡会(23)（以下，所保連）代表と林厚相との交渉が実現，続いて11月12日，所保連代表5名と竹下蔵相が，議員会館の八代議員の部屋で約25分間に亘って話し合いを行った[東京青い芝の会役員会,1983,2]。話し合いでは，今岡・寺田が竹下蔵相の前で「所得保障制度の確立」に関する要望書を読みあげた[東京青い芝の会役員会,1983,2-3]。これに対して竹下蔵相は「御主旨はよくわかりました。（中略）問題の所在は十分理解しております。今後前島（八代）先生と御連絡を取りながらお手伝いさせていただきたい」[東京青い芝の会役員会,1983,3]と答えている。
以上のような林，竹下両大臣と障害者団体との面会について，仲介役であった八代は1983年11月25日，国会参議院の行政改革に関する特別委員会で，両大臣に感謝の意を伝え，障害者所得保障改革に関しての決意表明を求めた。林厚相が「（1985年年金改正法案成立を）次の通常国会にはぜひお願いをしたい」[第100回国会参議院行政改革に関する特別委員会会議録,1983,18]と答弁した後，八代は竹下大蔵大臣への障害者団体との面会の謝意を示し「改めて，障害者自身の声をお聞きになりまして，この所得保障に対する御感想も踏まえて今後の見通しなどまた語っていただけるものなら伺いたい」[第100回国会参議院行政改革に関する特別委員会会議録,1983,18]と尋ねている。これに対して竹下は次のように答えている。
所得保障制度全般の見直しを図るべきとの報告が出されておりますし，財政当局の見方からいたしますならば，年金制度改革とも関連するものでございますから，その一環として厚生省で検討が行われて，その上で私どもは財政当局として対応するという筋道になろうかと思います。しかし，私がその際も八代委員に申し上げましたように，私も政治家としてお手伝いをさしていただきたい，このようにいまでも考えております。 [第100回国会参議院行政改革に関する特別委員会会議録,1983,18]
障害者団体と竹下蔵相の接見について，八代の政策秘書であった久保田は「大蔵省は固いが，大蔵省は変わるかもしれないという厚生官僚の話があった(24)」と証言している。こうした障害者団体を前面に出した働きかけについては，厚生省社会局更生課長であった池堂政満も1985年年金改正法案の提出直後である1984年4月，山口に呼び出され「法案成立は予断を許さない状況であり，成立を期すためには障害者の強力なバックアップが必要であるので，その推進を図ってほしい」[池堂,1986:142]と依頼を受けている。こうして障害者団体は国公等共済の組合員にも大きな影響力を持つ社会党や労働団体等とも面会し障害基礎年金への理解を求めていく[白石ら,2015]。
久保田や池堂の証言から，1985年年金改正に参加への意思表示をしない国公等共済の担当課を説得していくために厚生省年金局は障害者団体の力を必要としていたことがわかる。そのため政治的なバックアップの役割を八代が引き受け，大蔵大臣の障害基礎年金への理解を求めていく。このことは間接的な大蔵省共済課の説得につながっていく。1985年年金改正法案成立に向けた政治家による調整を明らかにした先行研究はなかったが，八代や久保田の動向や証言から，自民党の中でも実力を持ち，大蔵大臣という立場にあった竹下に対して障害基礎年金への理解を求めることを通して，厚生官僚が進めようとした年金改革，ひいては障害基礎年金成立への大きな後押しになったことが明確になった。こうした八代が政権与党の実力者に働きかけを行えた背景には，与党案の福祉政策可決をめぐる駆け引きもあった。
ちょうど私が参議院では重要な1票のポストを持っていたんですよ。本会議でも委員会でも。僕の1票で与党案が成立したり，成立しなかったりという局面がいくつかあるわけ。その都度，自民党や政府関係者が来て。板山なんかも来て。彼は山梨の者だから，私と同郷だから，彼がしょっちゅう来るわけ。（中略）いろんないくつか障害者政策の，例えば高速料金の半額とか，駐車除外ステッカーを地方自治体だけじゃなく全国共通にするとか，車椅子の舗装化とか電動車椅子の舗装化とか，投票所全部を1階にするとか，郵便投票を復活させるとか，いろんな細かい政策も次から次にあげながら賛成してあげようということをやっていた。とにかく仲間にとっていい結果であればいいな，と(25)。
1984年11月，八代は福祉党から自民党への移籍を決意する。移籍に際しては，中曽根首相との間に，ノーマライゼーションの理念の推進，障害基礎年金としての所得保障，バリアフリー化の推進などの政策協定を結んだ[八代,2006,143]。八代は自民党への参加について次のように述べる。
僕が1977年に初当選をして6年間，ちょうど83年が国連・障害者の10年がスタートする年ですけれどね。1983年に2回目の選挙をやって，その間に友人が大勢死ぬんですよ。脊髄損傷とか障害を持っているとか，いろんな難病の人とか。なんだかんだ八代英太に言ったけど何も俺の言ったことをやってくれねぇとか，いろいろ怨嗟じゃないけれど。政治家になれば何でもやってくれるだろうと人は思うから，なるほどな，10年20年後のことを考えるじゃなくて，今日から明日の問題がこういう人たちは大事なんだなということを思うわけですよ。（中略）仲間のお別れの会みたいなのがあったりして，彼が生きているときに，八代さん一緒に応援して，床ずれつくって，しかし所得保障のことやら何やら頼んだことはまだできていなくて，いつかできるんでしょうね，なんていう話を聞くと，だんだん自分自身も精神的に追いつめられたでもないんだけれど，なるほどなと。今日から明日の問題が彼らにとっては重要なんだし，我々にとっては重要なんだという思いで(26)。
一方で福祉党党首であった八代の自民党への移籍は多くの批判を浴びた[前島,2000；八代,2006]。こうした八代の決断について，脳性まひ当事者であった花田春兆は次のように述べる。
（八代の福祉党から自民党への移籍は）年譜からも消されているように，いまさら触れたくも触れられたくもない出来事なのだ。政策として立案・実行し，実現させるにはやはり政府与党を内側から動かすに越したことはない。そう判断しての行動だったろうが，反自民党色の強い人も多い障害者福祉界のことだ。一時は白眼視されて，傍目には四面楚歌のような状態のようにさえ見えたこともあった。[八代,2001]
1985年4月24日，1985年年金改正法は成立，それに遅れて1985年12月27日共済年金改革四法が公布され，共済組合の1985年年金改正への参加が決定した。これにより障害福祉年金からの障害基礎年金への増額分を厚生年金組合のみならず，共済組合も負担する広範な社会連帯の仕組みが実現した。 以上のように政治の役割は，障害者の声を聞きつつ，官僚の仕事の道筋を作ることであると八代が述べるように(27)，1981年の国際障害者年前後から1985年年金改正に至るまで，障害当事者，政治家，厚生官僚が作り出した関係の好循環が障害基礎年金につながった。
本報告では，障害基礎年金の成立経緯について政治的及び技術的側面に関して先行研究では十分に解明されてこなかった3点の新たな知見を明らかにした。
１点目は，当事者運動と年金改革に携わった厚生官僚の動きをつないだ政治の役割である。先行研究では，当事者の所得保障の要求と厚生省年金局官僚の動きが関連付けられていなかった。しかしCP研究会での障害当事者の所得保障改革実現の要求を基に，八代が国会で鈴木首相や園田厚相に障害者所得保障に関する前向きな回答を引き出したこと，さらにDPI参画で政治的な発信のできる当事者組織を育成し，所得保障改善の機運を盛り上げたことにより，結果的に厚生省年金局の官僚を動かしたことを明らかにした。
2点目は，拠出制と無拠出制の障害年金統合の技術的背景に資格期間の撤廃があったことを明確に関連付けたことである。先行研究では，障害福祉年金を拠出制障害年金給付額まで引き上げる根拠となった「20歳未満障害児は滞納なし」について，官僚がどう捉えたかの十分な言及がなく，統合の技術的背景について曖昧さの残るものとなっていた。本報告では，このことが議論された山口ゼミの参加経験者である官僚と，そうでない官僚の間にあった「20歳未満障害児は滞納なし」に対する捉え方の違いから，山口ゼミで議論されていた資格期間の撤廃と障害基礎年金誕生の関連付けを明確にした。
3点目は，国会対策として政治が行った障害基礎年金を媒介とした利害調整である。先行研究では，官僚や障害者団体が果たした役割の言及はあったが，政治的な貢献が述べられていなかった。本報告では参議院議員の八代を中心に障害基礎年金への理解を竹下大蔵大臣に呼びかけることを通して，1985年年金改正への参加を頑なに了承しない大蔵省共済課に対して，政治的働きかけが行われたことを明らかにした。
本報告では八代，園田，竹下を中心とした政権与党側の政治家が厚生官僚や大蔵省官僚の意思統一を図り障害基礎年金成立に貢献した点を明らかにしたが，一方で1985年年金改正で多くの不利益を被る被用者年金組合の被保険者の利益を代表する労働組合や野党の1985年年金改正および障害基礎年金成立への具体的な関与についての言及は不十分であり，今後の研究課題である。