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家族にとっての「処方薬依存」――Aさんの場合

谷口 俊恵(立命館大学大学院先端総合学術研究科) 2020/09/19
障害学会第17回大会報告 ※オンライン開催

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last update: 20200918


質疑応答(本頁内↓)



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■報告本文

Ⅰ.研究の背景・目的

 やめなければと思っていても、やめているときの不快に耐え切れず、その使用をコントロールできない状態について、世界保健機関(WHO)は精神疾患のひとつ、「依存症」と定義している。また、その疾患の機序には脳内報酬系のシステム異常があり、意志や根性でどうにかできるものではないことが明らかになっている(松本,2018)。わが国においても、依存の状態にある人に対して「どうしてやめないのか、やめる気がないのか」と非難や叱責をしてしまいがちであるところ、これを疾患としてとらえ、早期に適切な治療・支援につながることができるよう、依存症についての理解を深める啓発活動が厚生労働省(2018)を中心に進められている。
 しかしながら、依存症についての厚生労働省の取り組みにおいて、薬物依存症にかんしては司法との関連の濃さがうかがえる。たとえば、アルコール依存症では、適度な飲酒は「百薬の長」であり、アルコールは生活に豊かさと潤いを与え、文化や伝統に深く寄与しているものであることが書かれているのに対し、薬物依存症では「大麻、覚せい剤、麻薬」といった言葉が並び、その違法性を意識せざるを得ないものとなっている。実際のところ、「薬物依存症」という診断名を持ち、治療につながっている者の使用薬物をみると、睡眠薬、抗不安薬をはじめとする処方薬1が覚せい剤に次ぐものとなっているのだが(松本ら,2018)、それをどれだけの人が知っているだろう。
 厚生労働省による啓発活動は、依存症に対する差別や偏見をなくし、疾患についての理解を深めることに主眼を置いている。そうすることにより、意志の力を依存症者本人に求めたり、家族内でどうにかしようとしたりせず、速やかに治療へとつながる行動変容を促進することが目的とされている。また、依存症では、依存の問題を持つ本人は「やめようと思ったらいつでもやめられる」と自ら、治療につながろうとしないため、その家族が治療開始の重要なキーパーソン(Polcin et al,2007)となっており、啓発活動を進めていくことは非常に効果的(厚生労働省,2010)であると考えられている。しかし、依存の対象となる薬物が処方薬である場合、すでに治療にはつながっているがゆえに発症・進行していくものとも言える。それを治療開始のキーパーソンとなる家族はどのように受け止めているのだろうか。
 薬物依存症の家族については、対象へのアクセスのしにくさから研究が極めて少なく、知られていないことが多い中、筆者は今回、処方薬依存症者を持つ家族にインタビューする機会を得た。そこでは、わが子が処方薬を服用し始めてからの出来事が語られており、そのような生の声を丁寧に取り扱うことに大きな意義があると考えた。よって、この研究では、主たる依存薬物が処方薬である依存症者の家族を対象にしたインタビュー結果から、処方薬依存に特徴的な家族支援の視点を考察することを目的とする。


Ⅱ.方法

1.研究デザイン:インタビューによる質的研究

2.インタビュー方法およびインタビュー時期
 インタビューは筆者が所属する大学の中のプライバシーが守れる一室で行い、了承を得た上でICレコーダーに内容を録音した。インタビューにあたっては、身内の薬物の問題に関連した体験を自由に語ってもらったが、依存の問題が起こる以前の出来事など、思い浮かぶことを自由に話してもらった。なお、このインタビューは2020年3月に実施したものである。

3.分析方法
 インタビューの録音データを逐語録に起こし、それを何度も読み込むとともに、インタビュー参加者の体験を時系列的に再構成し、依存する薬物が「処方薬であること」に焦点をあてて、参加者の思いや行動の分析を行った。データの分析や解釈にあたっては、偏りが生じないように、インタビュー参加者本人への確認などを通して検討し、適宜、指導教官のスーパーバイズを受けた。
4.倫理的配慮
 この研究は、筆者の所属する〇〇〇〇〇大学研究倫理審査委員会の倫理審査の承認(承認番号〇〇〇〇〇)を得て行った。


Ⅲ.結果

1.参加者概要

 本研究におけるインタビュー参加者(以下、Aさんとする)の概要を表に示す。結果中の鍵括弧もしくは斜体部分は参加者自身の言葉である。ただし、特徴のある言葉遣いや方言などにより個人が特定されることを避けるため、意味を変えないよう留意し、標準的な言葉に修正している。

Aさん 年齢60代
依存症者との続き柄母親
処方薬に問題があると気づくまでの期間約10年
息子 年齢30代
性別男性
処方薬服用のきっかけ不眠・不登校
服用開始時の年齢10代

2.体験の語り

 Aさんは、時間の流れを行きつ戻りつし、その都度、思い出したことを補足しながら体験を語った。ここではそれらを時系列的に再構成している。

  1)異変の始まり

 Aさんの息子は、ユーモアがあって話もおもしろく、人を笑わせるのが好きだった。他愛もない話をしていてもつい、笑ってしまう、そんな息子と一緒に過ごす時間は楽しかった。だが、息子が中学3年生のときに引っ越しをしてから、だんだんと様子が変わっていった。「明るくて、社交性がある子」だから、「引っ越しをしてもだいじょうぶ」と思っていたのだが、転校した学校では「どうもうまくいかなったみたいで、あんまり学校に行きたがらなく」なった。そして高校は、自分の行きたい高校ではなく、先生に勧められたところに進学した。

その学校の雰囲気もあんまり好きじゃなかったみたいで、高校1年生の夏くらいからかな、朝、起きられなくて、昼ぐらいから学校に行くようになったのは。いわゆる非行っていうんじゃなくて、なんとなく不登校ぎみって感じ。それで学校の先生に『メンタルクリニックの思春期外来に一度、行ってみたら』って言われて、受診したんです。ここで高校を辞めることになったら、この子の人生はどうなるんだろうって、それだけは避けたくてね。そしたら、『昼夜逆転は問題ですね。とりあえず、睡眠薬、試してみますか?』って、とっても簡単に言われたんですよね。
 そのとき、Aさんはひとりでクリニックを受診していた。「息子本人がいないのに処方」されることは「今はできないと思う、でも、簡単に」薬を出された。その薬を「夜、ちゃんと寝てほしくて、息子にわからないように風邪薬に混ぜて飲ませた」こともあった。その後も何回か、Aさんだけが受診をして薬をもらったり、息子も自分で薬をもらいに行ったりしていたが、昼夜逆転は変わらなかった。
そのうち高校は辞めて、アルバイトをするってことになって。18、9(歳)になったあたりからかな、『どこかに薬を落とした』って言うようになったんです。おかしいなとは思いながらも、高校中退で、仕事もちゃんとしていなくて、とにかく、息子の将来を考えると不安が大きくて…。
 当時、小さなクリニックで働いたAさんは、そこで息子のことを相談することがあったと言う。また、Aさん自身も眠れないことが多くなり、睡眠薬を処方してもらうようになっていた。
息子のことを相談したら、『いいよ』って、2週間分の薬を出してくれて、それを渡すようになって。私、運び屋さんですよね。そのうちに、問題が大きくなってきて、薬を渡さないと機嫌が悪くなってね。自分のために出してもらった薬も全部、渡すようになってしまって。でも、彼は昼間、ずっと寝てるんですよ。睡眠薬をいくら飲んでも、朝、起きない、それっておかしくない?って。
 そう思いながらも、Aさんは「モンスター」になっていく息子に「巻き込まれて」いった。

  2)渦中にて

 Aさんは、ある日、息子宛に送られてきた郵便物が薬であることに気がつく。息子が処方薬を飲み始めて5年くらいが経過していたころだった。

最初はアクセサリーかなんかだと思ってね、それ、渡してたんです。でも、封筒を振るとカサカサって音がするんですよね。これは錠剤だって気がついて、いや、どうしよう…って。それに前後して、暴れるようになったんです、家で。自分の思い通りにならないと暴力。それがどんどん、エスカレートして、いろんなもの蹴飛ばすし、壁に穴は開けるし、食器棚の中のものを片っ端から床に叩きつけるとか、ほんとうに怖かった。自分がこうなったのは私たちのせいだって、『勝手に転校させた』とか、『やりたかったことを何もさせてもらってない』とか恨み言もひどくて。家の中でほんとうに暴れるので、警察にも電話しましたよ。まぁ、一応は来てくれますけど、『家の中で起こったことには手を出せないから、何もできない』って言われまして。けが人が出ても家庭内のことだからって…。
 エスカレートしていく暴力と暴言にAさんは怯え、「いろんなところに相談」に行く。
保健所も近くのクリニックも、精神保健福祉センターにも足を運びました。一度、アルコール依存症専門の病院に本人を連れていったこともありますけどね、血液検査してCT撮って、でも、そんなのじゃ何も出ないじゃないですか。そのときも『何も出なかっただろ!』って、後部座席からガンガン蹴ってくるんです。薬も何十錠も飲むんですよ、睡眠薬を。それでふらふらになっているから、救急車を呼ぶじゃないですか。でも、救急車の中で『気分、どう?』って救急隊の人が聞いたら、『眠たい』って言うんですよね。『お母さん、これ、どこかに運ぶって感じではないですよね』って、どこにも連れて行ってくれないんです。
 息子の暴力はひどくなる一方で、Aさんは「ひとりで家にいるのが怖くて、図書館やファミレスで時間をつぶし」、仕事が終わった夫が迎えに来るのを待つようになった。「2階の自分の部屋の椅子とか机を投げるようになって、もう無理」だと思うが、「何が起こっているのか、わからなかった」。Aさんは、ただ、「助けてほしかった」。

  3)「処方薬依存」という問題への気づき

 そんなAさんは、「藁をもすがる思いで」アルコール依存症の家族教室に参加する。ちょうどそのころ、マイケル・ジャクソンが突然死するという事件2があった。

あぁ、うちの子もだ、一緒だって思ったんですよね、そのニュースをみて。睡眠薬を飲んで、ふらふらになって、おかしくなって。
 そして、家族教室で知り合った人に、「薬物依存症者の家族のための自助グループ(以下、自助グループ)があるよと教えてもらい」、そこに通うようになった。
自助グループでね、『暴力が出たら、すぐに逃げて』って。『誰かがけがをするのを避けるためだけじゃなくて、暴力をふるった本人が自分を責めてつらい思いをするし、それがきっかけでまた薬を使うことになるから、とにかく逃げて』って。暴力、ほんとうにひどかったから、主人と『これはもう無理だね』と、息子をひとり置いて、家を出たんです。
 Aさんたちが家を出て、数か月後に息子も家を出た。久しぶりに家に戻ってみると、「エアコンは壁からはずれ落ちているし、家の中が荒れて、ほんとうにひどい、廃屋」状態だった。それを見て、「いろんなことがフラッシュバック」し、「ここには住めない」と思ったAさんは家を売り、「新しい生活をスタートしよう」と思った。だが、息子のことまでもなかったことにしようとはせず、Aさんは息子に起こっていたことを「知りたいから、少しでも手がかりが欲しいから」、自助グループのほかにも薬物依存症にかんするセミナーや当事者たちの話を聞く機会を見つけては足を運んでいった。その中で処方薬依存症の当事者たちの話を聞き、「様子が変だったのは処方薬のせい、処方薬に問題があったんだ」と確信を強くしていった。息子が処方薬を飲み始めて約9年、暴力などの問題行動が始まってすでに5、6年が経過したころであった。

 4)今、思うこと

 処方薬依存について、Aさんは「依存性があるなんて、なんの説明もなかった」し、「なにも知らなかった」と言う。処方薬の怖さを知らなかったために、「運び屋」をしていた自分自身をAさんは「あとですごく責め」た。しかし、副作用の説明のなさは「20年も前だったからではなくて、今も」変わらないと言う。

処方薬依存の当事者の話なんですけど、職場でいろいろあって眠れなくなって、病院に行ったら、『うつですね』って、副作用の説明もなく、薬を出されて。その薬を使い始めてから、自分がどんどんおかしくなって、自分が壊れていくって訴えれば訴えるほど、薬が増えていくし、異常者扱いされて入院させられて。そんな昔の話じゃないですよ、ついこの間、聞いた話。そんなのを聞くと、薬を飲むのが怖くなります。この薬、ほんとうに要るのかなって。医療に対する猜疑心。
 Aさんは、「なんの説明もなく、医者が依存性のある薬を簡単に出す」ことに「怒り」を感じている。そして、処方薬依存になっていく過程について次のように話してくれた。
最初は1錠で眠れたのが効かなくなって2錠になり、2錠が3錠、4錠になって、飲み続けているうちに依存症になったんだと思うんですよ。初めから乱用したくて薬を手に入れた人って、いないんじゃないかな。とにかくつらくて、それをどうにかしたくて飲んでるんだと思うんです。それは覚せい剤も一緒だと思います。
 「覚せい剤のことはセンセーショナルに取り上げる」ので、それが「危険であることや依存性があることはみんな、知っている」が、「処方薬の依存性は説明されないし、わからない」とAさんは言う。自助グループへの参加を通して、処方薬依存について理解を深めていったAさんであるが、家を出てから息子と会わないまま、10年が経っている。
あのとき、私たちは息子のことが怖くて逃げたんです。でも、今は処方薬依存という病気について知ったし、理解したからこそ、彼を恨む気持ちからも解放されたと思うんですよね。なにより彼の生きづらさに、私は気がついてなかった。(今、息子に会えたら)愛すべき存在だと思っていることは伝えたい。そう思っているからこそ、息子のことを悪い人だって思われたくないんです。
 Aさんは息子のことを周囲の人には話していない。「うちは覚せい剤のような違法薬物ではなかった」が、薬物依存症には「『ダメ。ゼッタイ。』とか、『人間やめますか』っていう、世間が持っているイメージ」があるから、「悪い、だらしない、どうしようもない人」だと思われることを恐れ、依存する薬物が処方薬でも「息子のことは言いたくない」と言った。


Ⅳ.考察

1.「処方薬」であるがゆえの問題のわかりにくさ

 Aさんは、「これはおかしい」と思いながらも、「なにが起こっているのかわからない」ままに、息子が引き起こすさまざまな問題行動に何年も巻き込まれ、「処方薬に問題があった」ことに気がつくのに時間がかかっていた。いったいなにが問題をわかりにくくさせていたのだろうか。以下に考察を進めていく。

 1)処方薬に対する期待
 Aさんは、息子が「薬を使っている」ことを知っており、そのこと自体を否認したり、悲観したりはしてはいなかった。使用する薬物が違法であれば、わが子が薬を使っていることは「知りたくない、見たくない」ものであり、その事実を知ることは奈落の底に突き落とされるような体験として語られる(谷口,2016)。この違いは、ここでの「薬」が処方薬であるという点に尽きるだろう。息子には、不眠や不登校といった問題があり、それをどうにかしようとして受診をし、医師から処方してもらった薬だった。だから、「おかしい」と思いながらも、服用し続けることをあえてやめさせようとはせず、それどころか、不眠が改善できるのであればと、「風邪薬に混ぜて」まで飲ませ、息子のために「運び屋」になり、薬を渡していた。つまり、Aさんにとっての処方薬は治療上、必要なものであり、不眠がよくならなければ、それは薬の量が足りないからだと思っていたのだろう。それほど、処方薬に対する期待は大きく、不眠や昼夜逆転を改善する手段として信じて疑っていなかった。そうして「問題は大きく」なり、Aさんはそれに「巻き込まれて」いった。
 2)処方薬依存にかんする情報の少なさ
 Aさんが悩まされていたのは、当初は息子の不眠、昼夜逆転であったが、それはやがて、暴力や暴言となっていった。Aさんから具体的な名前が出てこなかったため、息子が服用していた薬を特定することはできないが、わが国では睡眠薬としてベンゾジアゼピン系の薬剤が使用されることが多く、そういった薬の副作用や離脱症状には不眠、不安、焦燥感、衝動性、攻撃性、興奮などがある(辻ら,2018)。また、比較的、効果発現の速い抗不安薬や睡眠薬では、すぐに効き目が感じられるとともに耐性ができやすく、即効性を求めて大量に飲むことにつながりやすい(成瀬,2019)。Aさんは、その渦中にありながらも、こうしたことは息子が飲んでいる処方薬こそが惹起しているものとは思ってもいなかった。これが覚せい剤だったらどうだろう。覚せい剤使用・乱用が及ぼす影響については、厚生労働省を中心とした啓発活動により広く人々に知らしめされており、Aさんの言葉にあるように、さまざまなメディアでも「覚せい剤のことはセンセーショナルに取り上げ」られやすく、非常に敏感になっているのではないだろうか。しかしながら、処方薬にかんしては、たとえば、家族向けのパンフレット(厚生労働省,2010)も、薬物依存症についての情報を提示しているウェブサイト(厚生労働省,2011)にも詳細は載っていない。薬物依存症にかんする正しい知識・理解の普及・啓発を推し進めているにもかかわらず、である。何も知らされなかったAさんの「怒り」は医療者にだけ向けられものではないと考える。
 3)問題をわかりにくくさせるファクターとしての医療者
 処方薬依存にかんする情報の少なさの背景には、覚せい剤使用・乱用をわが国における薬物問題の最大の問題(薬物乱用対策推進会議,2018)としていることのほか、投薬が精神科の治療法の中心になっていることが考えられる。「訴えれば訴えるほど、薬が増えていく」話をAさんはしていたが、マンパワーや社会資源の不足を補うためにも、医療者が薬に頼らざるを得ないわが国の精神科医療の現状(松本,2019)があることは否めない。処方薬依存についての知見は、実は十分にある。だけれども、それを言わない、あるいは、言えない医療者は、「処方薬に問題」があることをわかりにくくさせる、ひとつの要因でもあると考える。


2.Aさんの体験から考えること
 1)「生きづらさ」と薬物依存症
 Aさんが自助グループに参加するようになったのは、「藁をもすがる」思いで参加したアルコール依存症の家族教室で教えてもらったからだった。そのころには、息子の問題行動は処方薬が起こさせているのではないかとうすうすとは気がついてはいたが、はっきりとした確信が持てたのは、自助グループであった。また、自助グループで他者の体験を聞く中で「処方薬に問題があった」と気づいたのち、Aさんの関心は処方薬を依存せざるを得なかった背景にはなにがあったのかという点に移行していったように考える。それをAさんは「生きづらさ」という言葉で表現をしていたが、「とにかくつらくて、それをどうにかしたくて」、その対処方法としての薬物使用なのだという理解は、自己治療仮説3(Khantian,2008/2013)そのものであり、薬物依存症の本質でもある。そして、「なんとなく不登校」になってきたとき、すでにそれはあったのだろうとAさんは考えている。それ以上のことはここでは語られなかったが、もしもあのとき「彼の生きづらさに気づいて」いたら―という思いは、後悔というよりも、薬物依存症を未然に防ぐことができるとするとすればここなのだと、さまざまな体験と経た今、‘薬物依存症についてまだ何も知らない人’に対して、Aさんが伝えたいことなのではないだろうか。
 2)薬物依存症に対する世間のイメージとのずれ
 薬物使用は「生きづらさ」への対処であり、その結果として依存症になってしまうという理解をしているAさんは、その薬物が何であるかは関係なく、処方薬も「覚せい剤も一緒」だと言う。だからこそ、薬物依存症に対して「世間が持っているイメージ」で息子をとらえられたくないという思いから、「息子のことは言いたくない」とAさんは思うようになった。つまり、Aさんは「なにもわからなかった」状態から「処方薬に問題」があったとわかっていくだけでなく、世間の薬物依存症者に対するイメージと自分たちのとらえた薬物依存症者のずれを感じたのではないかと考える。Aさんの言いづらさは、そのずれをわかってもらう難しさを知っているから感じるものではないだろうか。世間の人々の薬物依存症に対するイメージは否定的であり、それ以上のことを知ろうとしないし、言っても理解されない、そう思っているからこその言いづらさと考える。


3.わが国における薬物依存症対策の課題と家族支援

 わが国の薬物依存症関連の取り組みは、厚生労働省を中心に、医療機関のみならず、司法、教育などの各機関との連携のもと、進められている。そこには薬物の違法性・危険性を前面に出した、使用・乱用の未然防止とともに、再犯防止が大きな柱となっており(薬物乱用対策推進会議,2018)、覚せい剤や大麻といった違法薬物が念頭に置かれたものであることがわかる。しかし、処方薬は違法な薬物ではなく、法による抑止力は働かない。つまり、従来とは異なる対策の必要性が示唆されるところではあるが、処方薬にかんしても、それを悪用した凶悪事件の発生防止を理由に監視・取り締まりの強化を指針としており、犯罪という側面を見せることで、不当な使用・乱用を未然に防ぐことに力点を置こうとしている(薬物乱用対策推進会議,2018)。
 たしかに、Aさんからも処方薬依存の怖さが語られていたが、それそのものの危険性に対する怖さだけでなく、情報・知識を持たないことへの怖さも含むものであった。なによりも処方薬は治療上、必要とされるものであり、処方を制限することは得策とはいいがたい。そうであればなおのこと、その薬を飲んだあとのこと―依存性や副作用、離脱症状、やめられなさといったこと―をきちんと説明することに焦点を置くべきだと考える。そうでなければ、たとえ異変に気がついたとしても、処方薬依存は悪化するばかりであり、それは依存症者にとっても家族にとっても避けたい状況であることは自明である。
 また、処方薬依存についてわかっていく中で、Aさんがとらえた薬物依存症とは、「つらさ、生きづらさ」をどうにかしたいという思いがあってのものであった。そのような理解をもって見れば、薬物依存症は「ダメ。ゼッタイ。」で、頭ごなしに‘よくない’と人々から裁かれるものではなくなる。そのような理解で薬物依存症者をとらえることができる社会であることが、薬物依存症者を治療・回復に向かわせ、また、家族に支援者としての力を発揮させるのではないかと考える。


Ⅴ.本研究の限界と今後の課題

 ここでは依存症者の主な使用薬物が「処方薬」である家族の体験を分析の対象としたが、薬剤を特定することはせず、薬剤の違いによる離脱症状などの詳細な差異には言及していない。また、海外の状況との比較もここではしていない。これらの限界をふまえつつ、合法的かつ簡単に入手できる市販薬への依存との相違点も明らかにすることを今後の課題とする。


参考文献




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■質疑応答

※報告掲載次第、9月19日まで、本報告に対する質疑応答をここで行ないます。質問・意見ある人はtae01303@nifty.ne.jp(立岩)までメールしてください→報告者に知らせます→報告者は応答してください。宛先は同じくtae01303@nifty.ne.jpとします。いただいたものをここに貼りつけていきます。
※質疑は基本障害学会の会員によるものとします。学会入会手続き中の人は可能です。→http://jsds-org.sakura.ne.jp/category/入会方法 名前は特段の事情ない限り知らせていただきます(記載します)。所属等をここに記す人はメールに記載してください。


*頁作成:高 雅郁
UP: 20200916 REV:20200918
障害学会第17回大会・2020  ◇障害学会  ◇障害学  ◇『障害学研究』  ◇全文掲載
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