障害学会第17回大会「当事者研究の新たな可能性について」
天畠大輔(日本学術振興会特別研究員PD/中央大学)・油田優衣(京都大学)
研究の背景と目的
• 浦河べてるの家
自分の症状やしんどさの裏側にある意味やパターンなどを、その当事者本人が仲間とともに「研究」していく営み
• 当事者研究の2つの源流
➀依存症自助クループ
➁難病当事者や身体障害者らによる当事者運動
• 「言いっぱなし・聞きっぱなし」では終わらない
≪図の説明≫
2つの円があり、その円の下半分に逆三角形の背景がある。
左の円には、➀依存症自助グループ「自分をかえる」
右の円には、➁当事者運動「社会をかえる」
2つの円から逆三角形の一番下の頂点に線が出て、「当事者研究」につながっている。
引用文献
熊谷晋一郎,2020,「当事者研究――等身大の〈わたし〉の発見と回復」岩波書店.
綾屋紗月,2019,「当事者研究が受け継ぐべき歴史と理念」『臨床心理学増刊 当事者研究をはじめよう』金剛出版, 11:6-13.
当事者研究の代表的な先行研究の一部として8冊の本の表紙を添付して紹介。
➀浦河べてるの家,2005,『べてるの家の「当事者研究」(シリーズ ケアをひらく)』医学書院.
➁石原孝二編,2013,『当事者研究の研究(シリーズ ケアをひらく)』医学書院.
③熊谷晋一郎・綾屋紗月,2010,『つながりの作法――同じでもなく違うでもなく』NHK出版.
④嶺重慎・広瀬浩二郎・村田淳編,2019,『知のスイッチ――障害から始まるリベラルアーツ』岩波書店.
⑤熊谷晋一郎編,2017,「みんなの当事者研究」『臨床心理学増刊第9号』金剛出版.
⑥熊谷晋一郎編,2018,「当事者研究と専門知」『臨床心理学増刊第10号』金剛出版.
⑦熊谷晋一郎編,2019,「当事者研究をはじめよう」『臨床心理学増刊第11号』金剛出版.
⑧熊谷晋一郎,2020,『当事者研究――等身大の〈わたし〉の発見と回復』岩波書店.
• 研究目的
大学で行う当事者研究の新たな可能性を考え、示すこと
• 研究方法
油田・天畠それぞれの当事者研究を対象に、当事者研究に至るまでのプロセスや、当事者研究の中でどんなことをしたのかを互いに振り返り、共通点や相違点を出し合いながら、当事者研究の可能性について考察を行う。
≪図の説明≫
正三角形の背景があり、それぞれの頂点の上に、円が3つ配置されている。
正三角形の中心には「当事者研究」
上の円には「大学でかえる」
左の円には「自分をかえる」
右の円には「社会をかえる」
それぞれがさらに線で結ばれており、「大学でかえる」に「new!」の吹き出しが付いている。
・14歳の時に、低酸素脳症により四肢麻痺・視覚障害・嚥下障害・発話障害を負う
・コミュニケーション方法は「あ,か,さ,た,な話法」を用いる
・「介助者と協働でつくる重度身体障がい者の成果物の帰属問題」について研究を行う
≪写真の説明≫
自宅の本棚の前で、車いすに腰掛ける天畠。花柄のシャツにピンクベージュのセーターを着て、丸眼鏡をかけている。
参考文献
天畠大輔,2019,「『発話困難な重度身体障がい者』の新たな自己決定について――天畠大輔が『情報生産者』になる過程を通して」立命館大学大学院先端総合学術研究科2018年度博士論文.
・脊髄性筋萎縮症の当事者
・24時間介助を受け、現在一人暮らし
・「手足論の問題点や運動の中にある〈強い障害者像〉の抑圧性」について研究を行う
≪写真の説明≫
自宅の机の前で、車いすに腰掛ける油田。車いすには操作ハンドルがついている。紺色のズボンに、グレーのプルオーバーシャツを着ている。
参考文献
油田優衣,2019,「強迫的・排他的な理想としての〈強い障害者像〉――介助者との関係における『私』の体験から」『臨床心理学増刊 当事者研究をはじめよう』金剛出版,11:27-40.
「弱さ」のなかに知を見出す
油田:(以下赤字)「介助者手足論」(赤字終わり)規範に乗っかれない。介助者によって自分のやりたいことが変わってしまうという自分の「弱さ」に悩む。
天畠:自分が論文のオーサーシップを持っているのか、再現性の担保ができないという葛藤。(以下赤字)オーサーシップをもつ研究者(赤字終わり)という規範に乗れない、自分の「弱さ」に悩む。
・二人の出発点→問いのテーマにしてみようと思う自分の「弱さ」があった。
引用文献
後藤吉彦,2009,「介助者は、障害者の手足」という思想――身体の社会学からの一試論」大野道邦・小川信彦編著『文化の社会学――記憶・メディア・身体』文理閣,225-243.
黒田宗矢,2018,「『先読み』と『想像』の世界――『あ、か、さ、た、な』に耳を傾けて」『支援』生活書院,8: 149-46.
究極Q太郎,1998,「介助者とは何か」『現代思想』26(2): 176-83.
油田:大学の授業で、自分の苦しさの理由の一つである(以下赤字)手足論規範(赤字終わり)を乗り越える手がかりとなる、(以下赤字)中動態(赤字終わり)などの概念や言葉を知る。
天畠:介助者より、自分の悩みの源泉となる(以下赤字)マジョリティの規範(赤字終わり)の言葉を知る。(以下赤字)構築主義(赤字終わり)などを自分で学び、発話困難なコミュニケーションのあり方を考える手がかりを得る。
・概念に触れる
→“もやもや”や「弱さ」を考えるための言葉を得ていく。
油田:授業をしていた(以下赤字)先生(赤字終わり)に、「それおもしろいから文章書いちゃってよ」と言われる。
天畠:大学院から自分自身をテーマすることになったが、それは、上野千鶴子(以下赤字)先生(赤字終わり)の影響があった。
・個人的な「弱さ」の経験を、「探求する価値がある!」と背中を押してくれた先生の存在があった。
cf.)浦河べてるの家の向谷地の実践
「あなたの経験、あなたの悩みは、共有すべき価値がある」と認めてくれる存在の重要性。
参考文献
向谷地生良, 2009, 『技法以前――べてるの家のつくりかた』医学書院.
油田:(以下赤字)ゼミ(赤字終わり)で発表。
天畠:正規の(以下赤字)ゼミ(赤字終わり)と自主(以下赤字)ゼミ(赤字終わり)での発表。
・大学のゼミ≒当事者研究のミーティングの場
・大学で当事者研究を行うことの特殊性
「言いっぱなし・聞きっぱなし」とは違い、学問的な話もするし、批判もありうる。
「弱さ」の合理性を問うものであり、運動的な要素もある
・自分自身に対するカウンセリング
油田:「介助者によってかわってしまう弱い自分を受け入れるための作業」
「自分を許していく範囲を変えていくプロセス」
天畠:「自分にとってカウンセリング」
・なぜ当事者研究が、自分をゆるすことになった?
→「弱い」自分のあり方の中にある合理性を見出して
「弱い」自分を許す≒「免責する」ことにつながったから
≪イラストの説明≫
車いすに乗った女の子が、「弱さ」と書いてあるハートを抱きしめて、涙を一粒流している。
その状況に「自己承認」の吹き出しがついており、自分をゆるすプロセスを表している。
写真提供:ピクスタ
引用文献
熊谷晋一郎・綾屋紗月,2014,「共同報告・生き延びるための研究」『三田社会学』19:3-19.
・自分の考える合理性を世に問うこと
(以下赤字)既存の社会規範の見直し(赤字終わり)、社会全体の合理性の問い直し
油田:一部の障害者コミュニティの中に存在している手足論規範
天畠:情報を生産する主体が一人である、論文には再現性がなければならないという一般的な社会規範
・(以下赤字)「合理的配慮を導き出す」(赤字終わり)ことにもつながる
・(以下赤字)「運動」(赤字終わり)にもなる
「個人的なことは政治的なこと」
≪写真の説明≫
上記の「運動」の箇所に矢印が付いていて、障害者運動に尽力した先人たちの歴史として、3冊の本の表紙を紹介。
左:横田弘,2015,『障害者殺しの思想』現代書館.
中央:横塚晃一,2007,『母よ!殺すな』生活書院.
右:深田耕一郎,2013,『福祉と贈与』生活書院.
引用文献
井川ちとせ・中山徹,2017,『個人的なことと政治的なこと――ジェンダーとアイデンティティの力学』,彩流社.
当事者研究をアカデミックな論文で発表することの意義
・(以下赤字)存在の認知(赤字終わり)の第一歩になる
・(以下赤字)指針(赤字終わり)が生まれる(横田弘の行動綱領)
・アカデミックな場で行う難しさ:
自分の経験をいかに(以下赤字)学術的な成果(赤字終わり)に変換するか
・アカデミックな場で行うメリット:
(以下赤字)知的資源にアクセス(赤字終わり)しやすい
学術的裏付けによる(以下赤字)社会的信頼度(赤字終わり)
≪写真の説明≫
写真2枚
右上の写真:油田が自宅の机で読書をしている。本はブックスタンドに立てかけてあり、ページをめくっている。
右下の写真:大学の構内で学会発表のリハーサルをしている。天畠と女性介助者が「あ,か,さ,た,な話法」で読み取りをし、別の介助者が文章をPCに入力している。
引用文献
熊谷晋一朗「当事者研究から始める「知の歩き方」」嶺重慎・広瀬浩二郎・村田淳編『知のスイッチ――障害から始まるリベラルアーツ』岩波書店.
松原葉子,2020,「学術のノーマライゼーションに向けて」『シチズンサイエンス・当事者研究が拓く次世代の科学:新しい世界線の開拓』発表.
当事者研究の新たな可能性
【自分をかえる】
天畠・油田にとって、当事者研究は「弱さ」のなかに知や合理性を見出すプロセスであった
【社会をかえる】
社会に対して既存の規範や合理性のラインを問い直し、新たな合理性を作り出し、障害のある人に対する合理的配慮を導き出す作業にもつながる
【大学でかえる】
アカデミックな場で当事者研究を行うことは、障害者運動を再び活性化させ、社会を変える実践につながると考える
≪図の説明≫
先のスライド5で使用したものと類似する図。
正三角形の背景があり、それぞれの頂点の上に、円が3つ配置されている。
正三角形の中心には「当事者研究の新たな可能性」
上の円には「大学でかえる」さらに吹き出しで「アカデミックな論文で」
左の円には「自分をかえる」さらに吹き出しで「自分をゆるすプロセス」
右の円には「社会をかえる」さらに吹き出しで「合理的配慮を導き出す」
それぞれが線で結ばれており、各要素が絡み合って、当事者研究の新たな可能性となることを示している。