障害のある女性や少女が複合的な差別や困難を受けていることは、現在では障害者の権利に関する条約(Convention on the Rights of
Person with Disabilities:
CRDP)によって広く知られるようになった。バングラデシュでは、2007年にCRDPを批准し、障害者に関する法整備やソーシャル・セキュリティネット・プログラムの拡充、統計調査の開始等、障害者への積極的な取り組みが続けられている。また、女性への支援は、1971年の独立以来現在まで政府やNGOなどによりン熱心な取り組みが続けられている [1]
。一方、女性であり障害者でもある障害女性は従来の女性施策や障害者施策の恩恵を十分に受けることなく不可視化されていることが指摘されて(小林
2017:4)いるが、それはバングラデシュも例外ではない(金澤 2013)。
バングラデシュ政府は、近年の急速な経済発展を背景に、ソーシャル・セキュリティネット・プログラムを拡充させている。それらのプログラムが貧困削減や女性に与える影響や課題については、バングラデシュ政府やこれらのプログラムに財政的な支援を行っている国連機関などによる報告書や個別の研究がある(WB,
Begum et.al. 2014, Pradhan & Afrin
2015など)。しかし、これまでのところ障害女性に焦点をあてて論じているものは管見の限り見当たらない。本報告では、バングラデシュのソーシャル・セキュリティネット・プログラムのうち、障害女性が多く受給しているプログラムに焦点を当て、その現状と課題を明らかにする。それにより、CRDPで指摘された障害のある女性の複合的な困難が、バングラデシュのソーシャル・セキュリティネット・プログラムにおいても存在することを述べる。初めに、バングラデシュの概要と本報告で分析するデータの概要を説明し、データで使用される障害の定義を紹介する。2節では、バングラデシュの障害者の概要をデータの記述統計から説明する。3節で、ソーシャル・セキュリティネット・プログラムと障害女性について、老齢年金、女性対象プログラム、障害者対象プログラムの順で分析を行う。データ分析から得た結果を4節で考察し、最後にまとめと今後の課題を述べる。
本論に入る前にバングラデシュの基本情報や使用するデータなどの説明を行う。まず初めにバングラデシュについて概要を説明する。バングラデシュは、南西アジアに位置しインドおよびとミャンマーと国境を接する国である。独立したのは1971年と比較的若い国で、日本のおよそ4割の国土に1億6千万人が住んでいる。ベンガル湾に面する国土の殆どは低地で、毎年モンスーンが襲来する雨季には国土の約30%が水没するだけでなく、サイクロン、竜巻など自然災害の多い地域として知られている。国民の大多数は、ベンガル語を母語とするベンガル人でイスラム教を国教としている。独立以来、世界最貧国の一つとして国際援助の対象国であり続けたが、近年、縫製業をはじめとする衣類産業の発展が著しく、2015年に世界銀行(World
Bank:
WB)はバングラデシュの位置づけを低所得国から(低)中所得国へ変更した。この間、貧困率も下がり続け、2000年に31.5%であった貧困ライン以下の人々の割合は、2016年に24.3%となった。また最貧困ライン以下の割合も同17.6%から12.9%へ減少 [2](BBS 2017:42-43)した。
分析に使用するデータは、バングラデシュ統計局(Bangladesh Burau of Statistics:
BBS)によるバングラデシュ家計調査2016(Household Income and Expenditure 2016: HIES
2016)のミクロデータである。本調査は、約5年に1回全国規模で行われ、本調査によって得られた情報はバングラデシュ政府の政策決定の主な情報源となっている。この情報により貧困指標を作成するだけでなく、国家5か年計画や貧困削減戦略文書などの成果を計るモニタリングの役割を果たす重要なものである。HIES
2016は第16回(round)目の調査にあたり、全体のサンプル数は過去最大の46,076世帯(農村部 32,096、都市部
13,980)、186,076人(農村部 130,435、都市部
55,641)である。HIESでは、障害が調査項目に入れられた2010年以来、国連統計委員会のもとに設立されたワシントン・グループによる6つの質問からなる「簡易セット(The
Washington Group Short Set of Questions on Disability)」によって障害を調査している。
HIES 2016の調査票で用いられた障害に関する質問は、以下の通りである。世帯の全構成員について、一人ずつ下記のすべての項目に回答することになっている
ワシントン・グループでは、上記の6つの質問のうち、一つでも「かなり困難がある」または「全くできない」と回答した人を「障害者」と呼ぶことを推奨している [3]。本報告ではそれに従い、HIES 2016で調査された障害に関する回答を下記のように分類し、障害カテゴリとして「障害なし」「障害あり」とした。
分析では、非障害者及び障害者の2つのカテゴリに性別を加えた合計4カテゴリ(非障害男性、非障害女性、障害男性、障害女性)、あるいは非障害男性を除いた3カテゴリで、障害女性の特徴を分析する。分析には、統計解析ソフトStata ver.14.2 Special Edition(Stata Corp. Texas, USA)を用いた。分析に使用するサンプルデータ数は、本稿の分析に合致した186,039である。HIES2016の全サンプル数186,076に対して、37サンプルが脱落している。
ここでは、障害女性の概要について明らかにするために、先に述べたカテゴリに従って概要を述べる。表 1は、非障害男性、非障害女性、障害男性、障害女性別に平均年齢や居住地、識字率などの記述統計量を示したものである。障害女性の平均年齢は他のカテゴリよりも高く43歳で、内65歳以上が30%を占めていることが分かる。本調査では、先天的な障害を含めて何歳で障害を受けたのかは不明であるが、高齢のため障害をもつことになった女性が多いと推察できる。彼女たちの76%は農村部に住んでおり、82%に死別や離婚なども含めて婚姻経験がある。自らが収入(稼得)を得ることはほとんどなく(4.5%)、携帯電話は11.9%しか所有していない。また、字を読むことができる障害女性も21.2%である。識字率は、非障害者に比べると障害男性も低いが、障害男性は38.4%で障害女性の2倍近い識字率である [4] 。障害女性が世帯主となっている世帯の人数は凡そ2名で、非障害女性や障害男性が世帯主である場合に比べて少ない。本報告が関心をもつ社会保障(ソーシャル・セキュリティネット・プログラム)を受給している障害者の割合は非障害者に比べて高いが、識字率と同様、個々でも障害男性の22.5%に比べ障害女性は19.7%と、障害女性のほうが低くなっている。
バングラデシュでは、公務員には手厚い年金や医療保険が用意されているが、一般的には今もって65歳以上のおよそ40%が年金を全く受け取っておらず、民間企業に勤める人の10%しか退職金(に該当するもの)を受け取っていない [5]
。政府は、国民皆保険制度や年金制度について検討を開始しており、健康保険については一部の地域で貧困層対象に試験的に実施されている [6]
。また、ハシナ首相は2019年4月すべての障害者に障害年金を出すための予算を確保すると発言した [7]
が、実際にすべての国民がこのような制度の恩恵を受けるまでの道のりは遠いと思われる。とはいえ、現在でもバングラデシュには社会福祉省 [8](Ministry of Social
Welfare)や女性・児童問題省(Ministry of Women and Children
Affairs)などの管轄の下、NGOが主体であるものを含め様々なソーシャル・セキュリティネット・プログラム(SSNPs)が存在している。HEIS2016では、そのうち36種類のSSNPsを調査対象としている。内訳は、奨学金が6プログラム、女性対象が7プログラム(他に妊産婦対象が2プログラム)、障害者対象が2プログラム(内1つは奨学金)である。このほかに、貧困者、農業従事者、独立戦争時の兵士やその遺族、少数民族を対象としたものなどもあり、合計で36プログラムとなる(付表-1参照)。調査対象プログラムはバングラデシュ政府が実施しているが、中には非政府団体(NGO)の協力があるもの、ドナーが国連機関であるものも含まれる。女性を対象としたプログラム数は、妊産婦対象も含めると全体の25%を占める。
以下では、これらのSSNPsのうち障害女性が最も多く受給している老齢年金、女性対象のSSNPs、障害者対象のSSNPsに分けて分析する。
調査対象の36プログラムの中で、最も多くの障害者が受給しているのは、老齢年金(Old Age Allowance: OAA)である(非障害男性13.5%、非障害女性12.9%、障害男性47.1%、障害女性47.1% 付表-1)。OAAは、社会福祉省の管轄のもと男性65歳以上、女性62歳以上で平均年収10,000タカ以下の人に受給資格がある。受給に際し優先されるのは、より高齢な人、障害者、独立戦争時の兵士、経済状況では財産のない人、ホームレス、土地なしの人々 [9] 、社会状況では、寡婦(寡夫)、離婚した人、子どものいない人、家族の保護を得られない人である。また、支出状態としては、食料を購入した後に貯金するお金が残らない人である。受給希望者は、必要事項を記載した所定の用紙を居住している郡(Upazila) [10] の社会福祉事務所に提出する。社会福祉事務所で作成された申請者リストが、区(Word)に設置された委員会に提出され、委員会はこの中から受給候補者を選択する。最終的に受給が決まるためには、上部組織である郡に設置された郡委員会の承認が必要となっている。1997年40万人に月100タカ支給することから始まったOAAは、2019年には月500タカ(年6,000タカ)を440万人に支給しており、手当は3か月ごとに銀行で受け取る [11]。
表2は、妊産婦を除いた女性対象のプログラムの直近12か月の受給状況である。これらの女性対象プログラムを受給している障害女性のうち81%が、寡婦/遺棄/極貧の女性年金(Widow/Deserted/ Destitute
Women Allowances:WDDA[12]
)を受給している。その次に多いのは、脆弱なグループ給食(Vulnerable Group
Feeding:VGF)の17%である。この二つのプログラムで、女性対象プログラム受給者の約98%を占める。WDDAは、1998年に社会福祉省の下で開始され、2003年に女性・児童問題省に移管された。受給資格は、平均年収が12,000タカ以下の18歳以上の寡婦か離婚した女性又は、2年以上夫から連絡がない女性である。受給に際して優先されるのは、高齢、障害、病人、土地なし、子どもがない又は5歳未満の子どもが2人いるなどの女性である。開始当時、月100タカが40万人に支給されていたが、2019年には月500タカ(年6,000タカ)が170万人に支給されている [13]。VGFは、災害対策・救援省(Ministry
of Disaster Management and
Relief)が管轄しているプログラムである。1974年のベンガル大飢饉に際し、世界食糧計画(World Food Program:
WFP)の支援によって小麦が提供されたことから始まった。当初は、自然災害を受けた世帯向けのものであったが、現在では予算の半分がこのために充てられ、残りの半分は宗教の祝祭日などに食料を提供することに使用される。対象者は、1日2食を食べることのできない極貧の人、自然災害のため食料支援と財政支援の必要な人などで女性が優先される。受領に必要なカード保持者は約990万人で、1世帯当たり10~30kg/月のコメを受け取ることができる。このプログラムでは、女性が優先して選ばれることになっているが、食料は世帯単位で支給される。10~30kgのコメを受領する際には配布所から自宅まで持ち帰るために男性の力が必要で、地区の委員会が受給者を選定する際に世帯に男性のいる女性を優先することが指摘されている [14]
。受領者が障害のある女性であれば、なおさら男性がいることが優先されることは想像に難くない。VGFは、災害対策・救援省が管轄していることからわかるように年間を通して受領できるのではなく、洪水などの被害を受けたときや年に2回あるイスラム教の祝祝祭日などに支援されるもので、WDDAのように年間を通じて生活を支えるものではない。障害者対象プログラムではないWDDAやVGFではあるが、極度に貧困状態にある女性を対象、あるいは優先しており、加えてWDDAは障害者が優先的に選ばれることになっているので、極度に貧困である女性と障害が重なる障害女性のWDDA受給率が高い要因になっていると考えられる。
一方、この2つ以外の女性対象SSNPsで障害女性が受給しているのは、脆弱なグループ開発(Vulnerable Group
Development: VGD)である。しかし、非障害女性でVGDを受給している割合は16%であるが、障害女性ではわずか2%のみである。VGDは、1985年に緊急支援的な要素の強い前述のVDFの一部をバングラデシュ最大のNGOであるBRACとの協力により、長期的な支援事業に変更して設けられた。現在は、女性・児童問題省の管轄下にある。女性対象に食料の安全保障と栄養改善、マイクロクレジットを含む収入創出を合わせたものとなっている。プログラムに参加すると、24か月間食料の配布を受けながら、収入創出トレーニングや栄養改善教育などを受け、貯蓄を行い、マイクロクレジットが提供される。対象者は、寡婦、離婚や別居(遺棄)された女性や障害のある夫を持つ女性などで、約75万人の極貧世帯の女性とその家族375万人を支援している [15]
。VDFには、障害女性の受給割合が0%の女性対象SSNPsである25.REOPA(Rural Employment Opportunity for
Public Asset)、26.RERM(Rural Employment and Road Maintenance
Program)、30.TUP(Targeted Ultra
Poor)と共通の特徴がある。それは、受給者は収入創出のため、あるいは栄養改善などのため、トレーニングに参加したり、道路工事などの作業を行ったりすることが求められていることである。詳しくは後述するが、障害女性にとってトレーニングへの参加や道路工事などの労働が受給条件となっているこれらのプログラムへの参加は難しいことが、受給者がいないことの理由ではないかと考えられる。
表2
次に、障害者を対象としている2つのSSNPs、障害学生奨学金 (Stipend for Disabled Students:
SDS)と経済的に破綻している障害者年金(Allowances for the Financially Insolvent Disabled:
AFID)[16]
のうち貧困の障害者向けのAFIDを見てみよう。AFIDは社会福祉省の管轄で2006年に始まった。当初は、10万人の障害者に月200タカの支給であったが、2019年には155万人に月750タカ(年9,000タカ)を支給している。受給資格は、障害者の福祉と保護法(2013)の定義によって障害者として登録され、年収36,000タカ以下で、その地域に永住している6歳以上の人である。受給に際し優先順位は、高齢者、重複障害者、土地なしかホームレス、女性、自閉症の子ども(年齢を緩和)と全盲の人などである。他のSSNPsや年金を受け取っている人は対象外となる [17]
。AFID受給までの道のりは長い。その第一歩は、障害者登録によって障害者IDカードを手にすることである。次に所定のAFID申請書を住んでいる地域の県(District)か郡(Upaila)の社会福祉事務所に提出する。各事務所で申請書を最少の行政単位である区(Word)毎にまとめたリストを作成し、ユニオン(Union農村)/ムニシパリティ(Municipality都市部)の委員会に回付する。ここで、対象者リスト中から受給適格者を選び(第1次リスト)、郡(Upazila)委員会へ返却される。この委員会で、受給待機者リスト(第2次リスト)を作成し最終的には地方議会の承認を得て、受給者が決定する [18]。
AFIDの受給状況について、当初、障害者のみでクロス表を作成したが、非障害者の受給者が相当数存在すること、特に女性は非障害者の受給者のほうが多いことから、障害者対象の社会保障プログラムではあるが、すべてのグループを対象としてクロス表を作成した(表
3上)。非障害者が障害者対象のプログラムを受給している理由は、本報告では軽い障害を非障害者に分類するためである。たとえば、メガネをかけても見ることに苦労するかという質問に、「はい、少し苦労する」と回答した場合である。
表3上のクロス表から極度に困窮している障害者に支給されるAFIDの受給者は、女性全体でみると、非障害女性(軽度障害者含)が55.8%、障害女性(中度・重度障害者)が44.2%で非障害者のほうが受給している割合が多い。男性では、逆に障害者に受給割合が多い(35.3%、64.6%)。この差について、AFIDの受給に際し障害の有無と性別は関連があるかどうか、独立性のカイ二乗検定および残差分析を行った(表
3下)。帰無仮説は、障害の有無と性別にかかわらずAFID受給状況は同じであるとする。有意水準は両側5%と設定した結果、性別と障害の有無による関係が認められた(x2(1)= 9.6900, P =
0.0002)。残差分析では、標準正規分布を使った検定の限界値(両側5%)である1.96を超え、男性の場合は障害があることに正の関係が、女性の場合は障害があることに負の関係が認められた。
表3
調査対象となった36プログラムのいずれかを受給している障害者は、男性22.5%、女性19.7%である(表
1)。これらの社会保障プログラムのうち、障害者が最も多く受給しているのは、すべての高齢者を対象とした老齢年金で、男女とも老齢年金受給者の約50%が障害者である。女性を対象としたプログラムでは、WDDAとVGFが最も多く、この二つを合わせてSSNPsを受給している障害女性の98%となる。これらの3つのプログラムのうち、1年を通じて支給されるのは、老齢年金とWDDAで、この2つは受給者を決定する際に、障害者であることは優先順位の一つとなっている。
障害者向けのSSNPs(AFID)を受給するのではなく、いわば一般向けの老齢年金とWDDAを受給していることは、障害者の年齢構成が非障害者よりも高いということだけでなく障害者は、優先的にこれらの年金を受給できることが理由かもしれない。更に、HIES調査における「障害」は、生活上の実際の困難をきくもので、日本と同じように人々がイメージするいわゆる「障害者」とは異なる。支給金額を考えれば、障害者に支給されるAFIDは月750タカで、月500タカの老齢年金やWAADよりも支給金額が高い。また受給条件の年収の上限も高い(AFID36,000タカ、老齢年金10,000タカ、WDDA12,000タカ)。しかし、高齢のために目が見えづらくなったり、耳が聞こえづらくなったりすることは、社会的スティグマの伴う「障害者」ではなく「高齢者」であるという自己認識に基づいている可能性もある。加えて、AFID受給には、障害者IDの取得や医師による診断書の提出など煩雑でそれなりの出費もある上に、プログラム予算が少ない。そのため、受給できる可能性を考えれば、受給金額は少なくても老齢年金のほうが受給しやすいといった戦略的な理由も考えられる。
障害者を対象としたSSNPsは、SDSとAFIDの2つしかない。そのうちSDSは奨学金なので、学生以外が対象となる障害者対象のSSNPsはAFIDのみである。そのAFID受給に関しては、分析から女性で障害ある(中・重度障害がある)こととAFID受給は負の関係があり、障害男性や障害がないと判断される軽度障害の女性に正の関係があった。換言すれば、障害者対象のAFIDは、経済的、社会的により脆弱な中度・重度の障害と女性という2つの不利益が重なっている障害女性が優先的に受給していないということになる。
それはなぜなのだろうか。そこに障害女性特有の困難や不利益があるのではないだろうか。AFIDは、いわゆる障害者ならだれでも受給することのできる「障害者年金」ではなく、いろいろな要件がある。先に説明したように、AFIDを受給するには障害者IDを持っていることだけでなく、委員会で「適格者」だと判断され、待機リストに掲載されることなどが要件になっている。WBの報告によれば、社会福祉省が実施した全国規模の障害者調査で150万人の障害者を特定した。しかし、この結果は、推定される障害者に比べて大変低いものとされ、多くの障害者が登録から漏れている、また登録した障害者の60%が男性で多数の女性障害者の障害者登録がなされていないと推定されている。更に3か月に1度の銀行での受け取りには、長い行列ができ、ほとんど飲まず食わずの状況で数時間列に並び続けることを余儀なくされるため、高齢の障害者に大きな負担となっていることが指摘されている。その上、支払い情報の更新を銀行が適宜おこなわないため、せっかく並んだとしてもAFIDを受け取れないこともあり、受け取れなかった場合も不足分を受け取ることは困難である(WB
6-7p)。
筆者のインタビュー調査では、WBの報告書にある困難以外にも、障害女性特有の困難が確認されている。2013年に開始された社会福祉省の障害者調査時に、筆者はバングラデシュに滞在しており、調査担当者によるインタビューを行うことができた [19]
。調査担当者から聞き取った内容は下記のようなものである。近隣の人々からの情報で障害のある女子がいるという家庭を訪ねても、家族が障害のある女子を隠してしまい登録できないことある。障害者のいる家の娘は障害児を産むかもしれない、また障害のある姉妹を将来は自分たちが扶養しなければならない、などと結婚相手の家族に思われることによって、姉妹の結婚に影響が出ることを恐れている。障害者であるということを自他共に明らかにする障害者IDは、特に女性の場合は障害のある女性だという社会的スティグマを本人も家族も負うことになる。障害女性はそもそも障害者IDを申請するというAFID申請の前提となる段階から困難がある。また、申請にあたっては、医師の診断や写真なども必要で、それらの費用の工面や外出するための人的支援などが得られなければ申請することができない。障害のない女性であっても一人で外出することが一般的ではないバングラデシュで、加えて学校教育をほとんど受けていない障害女性であれば、手続きに必要な情報を入手し、申請書を受け取りに出向き、それに記入して、銀行口座を開設することなどを単独で行うことはほとんど不可能である。それには、家族や親せきの男性の手助けを必要とする。家族から自らの存在を隠され、障害の程度が重くて家から出ることが難しく、男性の手助けを得られない中・重度の障害女性がAFIDを受給することはかなり困難なことと思われる。これに加えて、AFID受給にこぎつけても、銀行で何時間も並んだうえに女性であることで、銀行員から賄賂を要求されることもあるという。このような社会的文化的な環境が、障害女性がAFIDを受給することを困難にしている場合がある。
一方、女性対象のSSNPsでは、非障害女性よりも障害女性の受給率が低い、または全くなかったプログラムは、労働の提供や職業訓練の受講とマイクロクレジットの利用が前提で受給できるプログラムであったり、支給の条件が道路工事などを行うことであったりした。つまり、これらのプログラムに参加して手当を受給するためには、労働するための健康な身体や収入創出活動を行うことのできる基礎的な学力などの個人的な資源(財)を持っていることが条件となっている。さらに言えば、仮にこのような個人的な資源を持っていたとしても、それを発揮することのできる差別や偏見のない環境や恐れなく人前に立つことができる自尊心なども必要となる。障害のある女性にとって、定期的なトレーニングへの参加や道路工事を行うことが条件の社会保障プログラムへの参加は物理的に難しい。肉体労働が難しいだけでなく、トレーニングを行う場所までの移動も、車いすや松葉づえなどの補助具を持っているか、道路や歩道は安全に移動できるのか、トレーニング会場はトイレも含めてバリアフリーかなどの検討が必要で、大方の場合、それらは困難を伴う。また、教育を受けた経験が少ない障害女性にとって、トレーニングの内容が理解できるか、借金であるマイクロクレジットを返済することができるのかといった心配は尽きない。加えて、一緒にトレーニングを受ける非障害女性からの差別や偏見などへの心配も、このようなプログラム受給の壁になり、低い受給率につながっているのではないだろうか。
最後に、このような多くの困難を経て老齢年季をはじめとしたSSNPsに申請を行ったとしても、用件を満たした申請者全員が受給できるのではない
[20]
。その点が、日本の老齢基礎年金や障害者年金とは異なる。受給が決定するまでのプロセスは長く複雑で、選定される過程で恣意的な人間関係や賄賂などが入り込む余地があることは、バングラデシュ社会においては否めない。また、仮に受給者に選定されたとしても、その年の予算が無くなれば実際には受給できない。受給できても、月500タカや750タカという支給額は、バングラデシュ政府が貧困率測定に使用している最貧困ラインの月1862タカ(16地区の平均)にはるかに及ばない。これだけでは食べていくことさえできない金額である。
本報告では、障害女性という視点からバングラデシュのSSNPsについて分析と考察を行った。その結果、SSNPsを受給している障害女性では老齢年金の受給者が最も多かった。障害者を対象としたAFIDでは障害女性の受給割合が非障害女性や障害男性に比べて低く、それはバングラデシュの社会的文化的な環境が影響している可能性があることを指摘した。また、女性を対象としているSSNPsには手当の受給が労働や講習受講、マイクロクレジット利用が条件であるものが半分以上(7プログラム中4プログラム)含まれており、障害があれば実際の参加は困難であるという制度設計の問題が、女性であっても障害がある女性に特有の困難として浮かび上がった。これらの課題の解決には、社会的な偏見や差別をなくす啓発活動のほか、障害女性の障害者ID登録の更なる推進、労働やトレーニングと引き換えの女性SSNPsの障害女性も参加が可能となるインクルーシブな制度への変更、手当だけで最低限の生活が可能になるように手当の増額などが必要である。本報告に残された課題として、障害女性のSSNPs受給状況以外の状況、たとえば婚姻や教育などとを合わせて分析を行うことが挙げられる。これらの分析は、現在別稿で行っている。また、HIES2016では障害を受けた年齢が特定できないため、先天的又は若くして障害を持った女性と高齢になってから障害を持った女性とを分けることができなかった。そのため、先天的または若くして障害をもった女性の状況と高齢になっていから障害を持った女性を分けて分析することができず、調査当時障害を持っているかどうかのみで分析を進めることとなったためである。
付表-1 障害の有無と性別による社会保障プログラムの受給状況