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声明「ALS患者に対する嘱託殺人事件報道に関する日本尊厳死協会の見解」

日本尊厳死協会 20200727.

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last update: 20200816


■本文


2020年7月27日
公益財団法人 日本尊厳死協会


ALS患者に対する嘱託殺人事件報道に関する日本尊厳死協会の見解


はじめに、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という神経難病を患いながらも最期まで懸命に生き抜かれた女性の勇気を称え、ご冥福をお祈り申し上げます。公益財団法人日本尊厳死協会はこのたびのALS患者に対する嘱託殺人事件報道に関し、以下の見解を表明します。

私たち日本尊厳死協会は、延命治療の拒否等を文書で示した「リビングウィル」の普及啓発を行うことを目的とした、10万人余の会員を有する市民団体です。まず協会として申し上げたいことは、尊厳死と安楽死は異なる概念であるということです。多くのメディアや有識者が両者を混同して報じられています。今後の議論を深めるうえで、二つの言葉をはっきりと区別して使って頂くことをお願いします。

協会はリビングウィルに基づいて延命治療を差し控え、充分な緩和ケアを施されて自然に迎える死を尊厳死と定義しています。それに対し、安楽死は積極的に生を絶つ行為の結果としての死で、日本では安楽死は一般的に認められておらず、自殺ほう助は犯罪です。報道されている情報のみで、今回の医師が行った処置の詳細が不明ですが、医行為としては社会的規範から逸脱しており、医師の倫理規定違反は明白で。到底容認できるものではありません。

1991年、東海大学病院で末期がんの入院患者に薬物を投与し患者を死に至らしめたとして、担当医が殺人罪に問われた刑事事件がありました。日本において。医師による安楽死の正当性が問われた、現在までで唯一の事件ですが、横浜地裁の判決(1995年)では医師による積極的安楽死として許容される4要件として、

1.患者が耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいること
2.患者の死が避けられず、その死期が迫っていること
3.患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし、ほかに代替手段がないこと
4.生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること

が示されています。

今回の事件は上記の要件を満たしておらず、加えて、苦痛の救済方法に関しての十分な話し合いが、本人と本人の医療とケアに関わっていた人々と行われた形跡がないことを考慮すると、この医師たちの行為は社会的コンセンサスを得ていない、思い込みによる判断からの行為という非難を免れ得ない、と結論付けられます。

横浜地裁の安楽死4要件には肉体的苦痛に関する記載がありますが、患者の苦痛は肉体的苦痛よりも他の苦痛であったと推察します。緩和ケアの世界では全人的苦痛と言われるものがあり、1)肉体的苦痛、2)精神的苦痛、3)社会的苦痛、そして4)スピリチュアル・ペインです。スピリチュアル・ペインとは、生きる意味や価値を見失うことによる苦痛と定義されています。

死にたいという言葉の裏には必ず、満たされていない痛みがあります。特に、家族への負担を強いることや社会参加の機会が奪われることなどから来る社会的苦痛、自分の生きる意味や価値を見失う苦痛や苦悩であるスピリチュアル・ペインです。本人が抱えるこれらの苦痛苦悩に、周りの人は本人に代わって答えを出すことができません。生きる意味を求めて模索する患者の苦痛を共有するケアマネジメントが望まれますが、いまだ日本社会の病者、生活弱者に対する不十分なサポート体制が、多くの不幸な尊属殺人や嘱託殺人を招いていると考えられます。

種々の調査によると現在、7〜8割の日本人が安楽死の法的整備を望んでいるという現実があります。安楽死の権利はスイス、オランダ、米国、カナダ、オーストラリア等で認められています。また、スイスやオランダでは、肉体的苦痛のみならず、スピリチャル・ペインによる安楽死、また認知症が進行したら安楽死を行って欲しいというい事前指示も認められています。協会は尊厳死に賛同していますが、安楽死には反対の立場です。

意外に思われるかもしれませんが、その真意は「まずは尊厳死ができる国にしよう」という想いです。というのも日本は先進国で唯一、「リビングウィルの法的担保」が無い国で、終末期議論の最後進国です。また充分な緩和ケアが提供できれば安楽死は要らないのではないか、という趣旨です。協会の会員の中には安楽死の議論を望む声もありますが、社会の意識改革と制度改革を待たずに、安易に安楽死を容認すべきではないと考えます。

リビングウィルは終末期医療に関する自己決定です。これは憲法で保障された幸福追求権に基づきます。しかしそもそも「死の権利はあるのか?」という視点で見れば、安楽死も同じことが言えます。協会は世界30ヶ国からなる「死の権利・世界連合」にも参画し理事を輩出しています。世界における『死の権利」とは安楽死(医師による介助死)を認めることですが、世界もおおいに悩んでいます。一方、日本国内における「死の権利」とは今のところまだ尊厳死議論の段階に留まっています。

今回の事件を契機に多くの日本人が死をタブー視せず、リビングウイル、尊厳死、そして「死の権利」の議論を深め、国民の納得する終末期医療に変容することを期待しています。



■原文

日本尊厳死協会 20200727 声明「ALS患者に対する嘱託殺人事件報道に関する日本尊厳死協会の見解」 [PDF]


■外部リンク

公益財団法人日本尊厳死協会ホームページ
(https://songenshi-kyokai.or.jp/archives/2450)




*作成:岩ア 弘泰
UP: 20200816 REV:
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