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優生手術問題:活路と展望(7)――6.30東京地裁判決を批判的総括し、東京高裁に取り組もう!

山本 勝美 20200713

第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回

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last update:20200727


■目次

  1. 前文
  2. 北さんのアピール文
  3. 判決文の提示
  4. 東京弁護団声明
  5. 全国弁護団声明
  6. まとめ

■(前文)2020年6月30日の判決


長く待たされた東京地裁の判決文は、2020年6月30日午後2時から伊藤正晴裁判長により読みあげられた。総数120ページ。

しかし,その内容は、

原告北三郎さんの請求棄却

その日原告の北さんは、旧優生保護法下で不妊手術を強制されたとして、国に3千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で請求を却下された。
つまり北さんが受けさせられた手術は、「憲法13条で保障された,子を持つかどうか決める自由を侵害した」と指摘した。その一方で,被害行為から20年が過ぎると,賠償請求権が消滅するという民法の除斥期間により、請求が無効になっている、との判決である。

北さんは,1957年、14歳時に手術を受けた。判決は除斥期間の基点を手術の時点として計算し,仮に基点をずらしても旧優生保護法改正で優生条項が削除された1996年を限度とすると記している。
さらに昨年5月28日の仙台地裁判決では、旧優生保護法は憲法違反,と明確にしているがこの度の判決では,その指摘がなく、後退している。


■判決を受けて……北 三郎


 先ほど、東京地方裁判所で、私の請求を棄却する判決が出ました。私の訴えを全く受け入れない判断であり、本当にやりきれない思いでいっぱいです。
 14歳の時に、優生手術により子どもを作ることができない身体にされてから、私の人生は、本当につらく、苦しいものでした。国がした手術とは知らなかったので、ずっと父親を恨み続け、最愛の妻にも真実を告げることができず、子どもができない理由が分からないことで辛い思いをさせてしまいました。 私は,国の手術によって,60年以上,苦しみ続けてきました。
 私はこの裁判で,「優生手術によって奪われた私の人生を返してほしい」と訴えました。もちろん、手術をなかったことに することはできません。でも、国が事実としっかり向き合って、責任を取ってくれることで、私も少しは自分の人生を受け入れることができるように思えたのです。
 しかし、私の願いは全く届きませんでした。裁判を起こしてから2年間,長い闘いを続けてきました。そして,今日の判決を迎えるまで,亡くなった妻の前でいい報告が出来ること楽しみにしてきました。とても残念です。賠償請求を認めないのなら,私の身体を元に戻して欲しいです。そして,妻との幸せな人生を返して欲しいです。
 優生保護法は間違った法律だと思います。人の体を勝手に,子どもをもつことが出来ない体に作り変えることが,許されて良いはずがありません。こんな判決には全く納得が出来ません。
 私は,自分だけではなく、全国の被害者の皆さんに声を上げていただきたいという強い思いをもって,この裁判を戦ってきました。この裁判 をきっかけにして,優生手術により傷つけられた人々,優生手術に関わった人々が次々と名乗り出てくださり,当時の実態が明らかとなり,傷を少しでも埋める対応がとられることを心から願っていました。この思いは、今回の判決によっても揺らぐことはありません。
 被害者の代表として,私がこの不当な判決に泣き寝入りすることはできません。心の傷を墓場までもっていきたくありません。私は,正義と公平に満ちた裁判がなされ,国に謝ってもらうまで,この裁判を続けます。高等裁判所が,私のような被害者の思いを,当たり前 のこととして理解してくれることを心から望みます。


■判決文の提示


(令和2年6月30日午後2時判決言渡し,東京地方裁判所第103号法廷)
平成30年(ワ)第15422号国家賠償請求事件

判   決   要   旨
原告(閲覧制限)
被告     国
主       文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由

第1 事案の概要
   本件は,旧優生保護法に基づいて優生手術(不妊手術。以下「本件優生手術」という。)を受けさせられたとする原告が,@主位的に,本件優生手術が違憲・違法であるとして,予備的に,厚生労働大臣において,優生手術の違憲性を認め,被害実態を検証し,被害者の被害を回復する措置を講ずるとともに,優生思想を除去するための普及啓発活動を行うべき作為義務を負っていたにもかかわらず,これを懈怠し,また,国会議員において,優生手術を受けた者に対する金銭賠償等に係る特別立法が必要不可欠であることが明白であったにもかわらず,長期にわたり立法措置を怠っていたなどとして,被告に対し,国家賠償法(国賠法)1条1項に基づく損害賠償として,慰謝料3000万円及びその遅延損害金の支払を求め,併せて,A被告の多年にわたる優生政策の推進及びその後の放置による我が国における優生思想の定着等により,優生手術を受けた者が周囲から偏見差別等の被害を受けたことから,被告には,条理上・民法723条の法意に照らし,優生手術を受けた者に対する社会的評価を回復させる義務があるとし,被告に対し,全国紙5紙及び厚生労働省のウェブサイトヘの謝罪広告の掲載を求める事案である。

第2 争点
 1 本件優生手術の違憲性・違法性及び民法724条後段の規定の適用関係
 2 原告に対する救済措置ないし立法をしないことの違法性
 3 その他(原告が被った損害,謝罪広告の必要性)

第3 当裁判所の判断
 1 争点1(本件優生V手術の違憲性・違法性及び民法724条後段の規定の適用関係)について
(1)本件優生手術について
   優生保護法施行規則所定の優生手術の術式,昭和32年頃の宮城県の状況,原告の生い立ち,原告に対する本件優生手術の実施状況,その後の事情などを総合すれば,原告は,宮城県優生保護審査会の審査,決定を経た上で,昭和32年春頃,優生保護法12条による優生手術が実施されたとみるのが本来合理的である
 しかし,昭和29年から昭和34年までの間,宮城県では統計上12条による優生手術は実施されていないとされている。これを前提とすれば,当時原告が未成年であったことと併せ,原告に対する本件優生手術は,優生保護法4条による優生手術であったことになる。
(2)本件優生手術の国賠法1条1項の適用上の違法性ないし被侵害権利について
   ア 原告については,本件優生手術当時,優生保護法別表に掲げる疾患はもとより,同別表1号又は2号に掲げる遣伝性のもの以外の精神病又は精神薄弱にかかっていたとも認め難い。
 したがって,本件優生手術が4条による優生手術であれ12条による優生手術であれ,原告に対する優生手術を適当と判断した宮城県優生保護審査会の審査は,誤りであったと認めるのが相当であり,そのような誤った判断をしたことについては,被告から機関委任事務として同審査会の監督等の権限を与えられていた同県知事の監督が不十分であったことが一因であると認められる。少なくともこの点において,被告には,本件優生手術について,原告に対する国賠法1条1項に基づく損害賠償責任が生じたものと認められる。
   イ そして,原告は,本件優生手術によって,身体的な侵襲を受けるとともに,男性としての生殖機能を回復不可能な状態になるまで侵襲されたものと認められ,これによって,実子をもつかどうかについて意思決定をする余地が強制的に奪われ,必然的に,そのような意思決定を前提とした生涯を送る機会も奪われるとともに,そのような意思決定ができないことを前提とした生涯を送ることを余儀なくされることとなったということができる。
 憲法13条は,国民の私生活上の自由が公権力の行使に対して保護されるべきことを規定し,実子をもつかどうかについて意思決定をすることは,当然,同条により保護されるべき私生活上の自由に当たるものと解される。これを,原告が主張する「リプロダクティブ・ライツ」ないしそれに包摂される概念というかどうかはともかく,本件優生手術は,少なくともこのように憲法で保護された原告の自由を侵害するものといえる。
(3)原告の被告に対する国賠法1条1項に基づく損害賠償請求権に対する民法724条後段の規定の適用関係
   原告は,本件優生手術について,国賠法1条1項に基づき,被告に対し,その損害の賠償を求め得る地位を得たものである。
 しかしながら,本件優生手術は,昭和32年春頃に実施されたものであり, 本件訴訟は平成30年5月に提起されたものであるから,国賠法4条により適用される民法724条後段の規定によって,原告の被告に対する上記の損害賠償請求権は,既に消滅しているものと認められる。
 これに対し,原告は,本件には民法724条後段の規定は適用されないなどと主張して上記損害賠償請求権の消滅を争うが,その主張を採用することができないことは,下記(4)及び(5)で説示のとおりである。
(4)民法724条後段所定の期間の起算点について
   ア 民法724条後段所定の期間の起算点については,加害行為が行われた時に損害が発生する場合には,加害行為の時となる。
 本件優生手術を受けさせられたことにより原告に生じた「人生被害」は,身体的な損害はもとより,精神的な損害も含めて,本件優生手術時に発生しているもの,ないし発生が予見可能なものというべきであり,その後現実に原告に生じた身体的,精神的損害は,加害行為たる本件優生手術時に発生した損害の程度を評価する上で期酌すべきものではあるが,本件優生手術時に発生した損害とは別個の新たな損害であるとはいえない。
 したがって,原告に生じた損害の性質を理由に,上記期間の起算点を本件優生手術後に遅らせることはできない。
   イ 原告は,本件において民法724条後段所定の期間を進行させることは,被害者である原告に酷である旨主張する。
 確かに,被告は,昭和23年6月に優生保護法を成立させ,昭和27年の改正によって,本人の同意を要しない優生手術の対象を拡大し,昭和29年12月や昭和32年4月には,そのような優生手術の実施の推進を要請する旨の通知を全国に発出していたほか,学習指導要領に国民優生の意義・重要性・対策などを扱うことと定め,少なくとも昭和47年発行までの高等学校の保健体育の教科書には,差別的な優生思想に基づき,優生保護法に基づく優生手術を正当化する旨の記載がされていた。そして,全国において,4条による優生手術は,昭和30年の1260件を最高に,昭和50年にも51件行われ,12条による優生手術は,昭和29年の160件が最高値で,昭和57年までは毎年10件以上行われていたものである。 また,昭和40年代後半の優生保護法改正議論の中でも,既存の優生条項に対する問題意識はみられず,昭和45年に成立した心身障害者対策基本法(現在の障害者基本法)では,「心身障害者」の定義に「精神薄弱等の精神的欠陥」という表現が用いられていた。このような状況の下においては,仮に優生保護法に基づき意に反して優生手術がされたと認識する者がいたとしても,被告に対し,国家賠償請求訴訟を提起することは,極めて強い心埋的抵抗を感じたであろうことは十分に推認されるところである。
 しかし,他方,昭和50年代になると,国連障害者年等により障害者に対する国民の関心が高まり,優生保護法改正議論の中でも,同年代後半から昭和60年代にかけて,優生条項は改正ないし削除すべきである旨の問題意識が与党や厚生省の内部で明確化され,その一部が公表されたほか,昭和63年には,厚生省内で,優生条項の削除に係るより具体的な論点整理が進んでいた。さらに,平成5年12月には障害者基本法の「障害者」の定義が改正され,平成7年になると,民間の障害者団体からも優生保護法の優生条項の人権侵害性が指摘されるようになり,平成8年6月18日,上記優生条項が障害者に対する差別になっていることを正面から認める 形で,同法の改正(平成8年改正)が行われた。
 このような状況の推移を考慮すれば,昭和60年代(昭和63年頃まで)には, 優生保護法の優生条項の問題点は社会的に理解される状況にあったといえ,その時点での提訴が同法の存在のために民法724条後段所定の期間の起算又は進行を否定すべきほどに社会通念上極めて困難であったとまでは認められないというべきであり,どんなに遅くとも,平成8年改正時点において,提訴が困難であったとは認められない。
   ウ また,被告(厚生省,政府等)は,平成8年改正以降,過去に優生保護法に基づき行われた優生手術は,当時としては適法であり,同手術を受けた者に対する補償を考えていない旨の見解を繰り返し公表しているが,加害者が自らの行為の違法性を認めないからといって,損害賠償請求権の行使が妨げられるものではない。
 さらに,上記イのような経緯に照らせば,我が国においては,昭和40年代頃までは,障害者に対する極めて差別的な意識が差別的とは認識されずに存在し,優生保護法の優生条項やこれに基づく施策により,上記差別的な意識が助長された面があったことも否定し難いが,このような意識と通底する優生学ないし優生思想自体は,19世紀末には広まっており,20世紀に入ると各国でこの考え方に沿った立法がされたものであり,我が国においても,戦前の国民優生法成立前からみられたものといえる。したがって,上記差別的な意識は,被告が作出したものとはいえず,その排除は現実問題として必ずしも容易であるとはいえない。
 そして,優生条項の不当性は,昭和60年代頃までには,与党や厚生省において共有され,その旨が社会にも公表されていたのであり,優生条項の存在という事実が差別意識を助長する程度は,かなりの程度低下していたものといえる。この点,ハンセン病については,らい予防法に基づき設置された療養所に強制的に患者が隔離され,治癒後も療養所での生活を続けざるを得ないという状況が,長期にわたり広く社会に存在していたものであり,その状況は,法律の存在やその内容の知不知にかかわらず,社会が物理的に認識可能な状態で存在していたのであって,優生手術を受けた者の置かれた問題状況とは質的に異なるものといえる。
   工 上記アからウまでの説示を総合すれば,優生保護法に基づく優生手術を違法とする国家賠償請求訴訟において,仮に最高裁判所平成5年(オ)第708号平成10年6月12日第二小法廷判決(最高裁平成10年判決)や最高裁判所平成20年(受)第804号平成21年4月28日第三小法廷判決(最高裁平成21年判決)の趣旨を踏まえて,民法724条後段所定の期間の起算点を遅らせる余地があるとしても,その時期はせいぜい昭和60年代,どんなに遅くとも平成8年6月18日の平成8年改正時点までというべきであるから,上記起算点を遅らせることによって,本件訴訟の提起が民法724条後段所定の期間経過前であったとすることはできない。
(5) 民法724条後段所定の期間の法的性質について
   民法724条後段の規定が除斥期間を定めたものであるとするのは,最高裁判所の確定した判例法理といえる。
 そして,最高裁判所の判決の説示に照らし,上記判例法理に合理的根拠がないとはいえず,また,上記判例法理が民法起草者の考え方や現在の学説の一般的状況に反するからといって,当然に変更すべきものとはいえない。
 確かに,上記判例法理を形式的に適用した場合,被害者にとって酷といえる事案が生じ得る余地があるといえる。しかし、最高裁平成10年判決や最高裁平成21年判決の判断に照らせば,上記判例法理は,常に形式的に適用しなければならないものとはされていないと解されることなどから,上記判例法理を維持すれば救済の範囲が不合理に狭められるとまではいえないというべきである。したがって,上記判例法理を立法的に変更することはあり得るとしても,判例変更をすべきものと認めることはできない。
 なお,本件において,最高裁平成10年判決及び最高裁平成21年判決の趣旨を踏まえ,上記判例法理を形式的に適用せず,事案に則して検討をしたとしても,上記(4)の説示と同旨の理由により,除斥期間が経過しているという結論は変わらない。
(6) 憲法17条の趣旨による国賠法4条,民法724条後段の規定の適用制限について
   原告の被告に対する国家賠償請求権に国賠法4条,民法724条後段の規定を適用して被告を免責することが憲法17条の趣旨に反する旨の原告の主張は,採用できない。

2 争点2(原告に対する救済措置ないし立法をしないことの違法性)について
(1) 厚生労働大臣の不作為の違法性の有無について
   被告による優生保護法の制定とその後の優生手術を推進させる施策の採用等が障害者に対する差別意識を助長したことは否定することができないが,昭和50年代頃以降,社会においても厚生省においても,障害者に対する意識の変革が進み,厚生省としては,同法の優生条項の問題を認識し,その改正について検討していたものである。そのような優生条項が平成8年改正まで残置された一因は,人工妊娠中絶の要件に係る議論がいわゆる政治問題化したことにあるとうかがえ,少なくとも厚生省が優生条項の残置を図ったものではない。そして,我が国における優生思想自体は被告が作出したものではなく,その排除は現実問題として必ずしも容易であるとはいえない上,優生保護法の優生条項が障害者に対する差別になっていることを正面から認める形で平成8年改正がされたことも考慮すれば,平成8年改正以降,厚生大臣ないし厚生労働大臣に,同法に基づき優生手術を受けた者に対し原告が主張するよぅな救済措置をとらなければならない法的義務があったとは 認められない。
 もとより,平成8年改正後も,被告において,種々の障害者関連立法において定められた被告の責務の他,障害者差別の解消に向けた施策を実施すべき政治的,道義的義務はあるものといえるが,国賠法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個々の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであり,上記施策の実施が,優生保護法に基づき優生手術を受けた者との関係で法的に義務付けられるものとは認められない。
 したがって,厚生労働大臣が,原告を含む優生保護法に基づく優生手術を受けた者に対して,その被害回復措置を講ずるとともに,優生思想を除去するための普及啓発活動を行うべき法的作為義務を負うものとは認められない。
(2) 国会議員の立法不作為の違法性の有無について
   国会議員の立法行為又は立法不作為が国賠法1条1項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したかどうかの問題であり,立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきものである。そして,上記行動についての評価は原則として国民の政治的判断に委ねられるべき事柄であって,仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに同項の適用上違法の評価を受けるものではない。
 もっとも,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などにおいては国会議員の立法過程における行動が上記職務上の法的義務に違反したものとして,例外的に,その立法不作為は,国賠法1条1項の規定の適用上違法の評価を受けることがあるというべきである(最高裁判所平成13年(行ツ)第82号平成17年9月14日大法廷判決,最高裁判所平成25年(オ)第1079号平成27年i2月16日大法廷判決参照)。
 しかし,平成8年改正がされた時点では,既に障害の有無によって人を差別することは許されないという意識は国内に広く浸透していたといえ,優生保護法の優生条項の削除の他に,更に同法に基づく低生手術を受けた者に補償その他の被害回復措置をとる立法について,国会の広範な立法裁簸を考慮してもなお,その裁量の余地なく必要不可欠であり、かつ,そのことが明白であったとは認められない。平成8年改正後の事情を考慮しても,上記必要性や明白性が生じたとはいえない。
 したがって,優生保護法に基づく優生手術を受けた者について,国会議員の立法不作為が国賠法1条1項の適用上違法と評価されるべきである旨の原告の主張は,採用することができない。

3 小括
   以上によれば,その余の争点を判断するまでもなく,原告の損害賠償に係る主位的請求及び予備的請求並びに謝罪広告請求は,いずれも理由がないことに帰する。

第4 結論
   以上の次第で,原告の請求をいずれも棄却することとして主文のとおり判決する。なお,この結論にかかわらず,被告は,我が国において,優生保護法の成立以来長年にわたり,法的根拠をもって多数の強制不妊手術が実施されていたという事実と真摯に向き合い,これを教訓とすべく,一時金支給法21条所定の調査その他の措置を適切に講ずることが期待されるとともに,我が国における差別的な優生思想の排除が必ずしも容易であるとはいえないとしても,全ての国民が疾病や障害の有無により分け隔てられることのない社会の実現に向けて,国民と共に不断の努力を続けることが期待されるというべきである。

東京地方裁判所民事部14部                  
       裁判長裁判官   伊藤 正晴(いとう まさはる)
          裁判官    小島 清二(こじま せいじ)
          裁判官  菅原 光祥(すがはら みしょう)


■東京弁護団声明


優生保護法違憲訴訟判決を受けて
2020年 6 月 30 日
東京優生保護法被害弁護団

 本日、東京地裁民事第14 部は、原告である北三郎さん(仮名・77 歳)の請求を棄却するとの判決を言い渡しました。
 判決は、「憲法 13 条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対して保護されるべきことを規定しているものであり、実子をもつかどうかについて意思決定をすることは、当然、同条により保護されるべき私生活上の自由に当たるものと解される。」「本件優生手術は、少なくともこのように憲法で保護された原告の自由を侵害するものといえる」として、強制不妊手術の違憲性、国による人権侵害自体は認めました。
 しかしながら、判決は、昭和 63 年頃までには、優生条項の問題点は社会的に理解され得る状況にあったといえ、その時点での提訴が社会通念上極めて困難であったとまでは認められず、どんなに遅くとも、平成8年改正時点において、提訴が困難な状況にあったとは認められないと判断しました。その上で、判決は、除斥期間の起算点を遅らせる余地があるとしても、その時期は、せいぜい昭和 60 年代、どんなに遅くとも優生保護法が母体保護法に改正された平成 8 年 6 月 18日の時点までとしました。
 北さんは、 14 歳のとき、何の説明もないまま不妊手術を受けさせられました。北さんは、平成30(2018)年 1 月 30 日、仙台で佐藤由美さん(仮名)が裁判を起こしたという報道をみたとき、初めて、自分が受けさせられた不妊手術が国によって行われたものであることを知ったのです。この間、国は強制不妊手術は合法であったと弁解し続け、調査も行わず、被害の実態を隠蔽しようとしてきました。
 しかも、北さんが受けた被害は、国によって劣等・不良のレッテルを貼られ、生殖機能を奪われたというもので、妻にすら打ち明けられなかった「秘すべき事実」でした。
 このような被害事実について、北さんが、訴訟を提起し、公にすることは 、北さんにとっては自ら進んで二次被害を受けるようなものであり、より早い時点で訴訟を提起することは、到底考えられないことでした。優生保護法の下で、2 万 5000 人もの人たちが強制不妊手術の被害を受けましたが、これまで、訴訟を提起したのは、北さんを含め、全国でわずか 24 名です。強制不妊手術を推し進めてきた国の政策がいかに卑劣であったかを物語っています。
 北さんの被害回復を受ける権利が除斥期間により消滅するという法理は、国が積極的に国民の人権を蹂躙した本件に適用されるべきではありません。本件は、前例のない国家の犯罪行為ともいうべき事案であって、司法は先例にとらわれることなく、本件の本質を見極め、最も適切な法理を導き出すべき責務を負っていましたが、その責務を放棄したのです。
 また、判決は、国による優生手術の被害者の被害回復のための措置をとらなかった不作為の違法性も認めませんでした。判決は、厚生労働大臣についても国会についても、平成 8 年の優生条項撤廃のほかに、被害回復措置をとるべき法的義務はなかったと判断しました。判決は、平成 8年に障害者差別を認め、優生保護法を改正した国の対応を評価していますが、これまで長年にわたり国家賠償請求をした者が一人もいなかった事実から容易に理解される通り 、国家賠償とは別の特別立法なくして、被害者救済は到底図ることはできませんでした。判決は、被害者救済の視点を致命的に欠如しているというほかありません。
 北さんは、司法こそ、存在価値を否定された被害者の悲痛な叫びに応えてくれるものと信じ、意を決して提訴に踏み切りましたが、今回の判決により、またも国家機関に裏切られました。意を決して提訴に踏み切りましたが、今回の判決により、またも国家機関に裏切られました。
 弁護団は、この不当判決に対して控訴し、全国の弁護団と共同して優生保護法被害者の弁護団は、この不当判決に対して控訴し、全国の弁護団と共同して優生保護法被害者の完全な完全なる被害回復る被害回復に向けてに向けて全全力を尽くす所存で力を尽くす所存です。


■全国弁護団声明


優生保護法訴訟東京地裁判決に対する声明

 本日、東京地方裁判所第14民事部は、原告の請求を棄却するとの判決を言い渡した。
 原告ら優生保護法被害者は、司法による被害回復がなされるものと信じて本日を迎えたが、その期待が大きく裏切られる結果となった。
 判決は、原告に対する審査手続きの違法を理由に損害賠償請求権を認めたものの、除斥期間の起算点を遅くても法改正のあった平成8年とし、20年を経過したことをもって国家賠償請求権が消滅したと断じた。さらに、特別立法の必要不可欠性は認められないとして、立法不作為についても国賠法上の違法は認められないと判断した。
 さらに、判決は、優生保護法の違憲性について何らの判断をしなかった。昨年5月28日の仙台地裁判決では、結論において原告らの請求を棄却したものの、憲法13条により個人の人格権(自己決定権)の一内容としてリプロダクティブライツが保障されることを明らかにし、優生保護法が憲法13条に違反することを認めており、東京地裁判決は、仙台地裁判決からも後退したものと評価せざるを得ない。
 昨年成立した優生保護法一時金支給法が被害回復には不十分であることを考えても、人権救済の最後の砦である司法府が被害回復を認めなければ、原告ら被害者の今後の被害回復は困難と言わざるを得ない。裁判所は、人権救済の最後の砦である司法の役割を放棄したに等しいものであり、誠に遺憾である。
 判決は、優生手術を受けた原告ら被害者の苦痛が人生にわたるものであり今なお続いていること、原告らに対する人権侵害行為を国が施策として行ってきたこと、国が優生保護法によって「不良な子孫」と認定したことが被害者とその家族を苦しめただけでなく、優生思想を生み出す原因となり、現在に至るまで障害者に対する差別を生み続けてきたことに真摯に向き合わないものであり、言語道断である。
 弁護団は、引き続き、優生保護法被害者の被害回復のために、そして優生思想を克服し、誰もが等しく個人として尊重される社会を目指し、全力で活動を継続することを決意し、ここに表明する。

2020年 6月30日
全国優生保護法被害弁護団
共同代表 新里宏二
同    西村武彦


■<まとめ>……6月30日の判決を受けて


判決には各声明によって問題点が指摘されています。
裁判長は何を考えているのでしょうか?

そこでその問題点を明確にしてみましょう。
北さんを始め,全ての被害者原告は,手術される時には何の説明もなく、麻酔,偽罔、をかけられている人で,自分がそのとき、何をされたのか,更に国が法律によって強制不妊手術を強いたことについては,全く記憶がないのです。更に何らかの説明を聞かされても,自分とつながって受け止める事が困難です。
そして「不良な子孫」を産まないため,とされた不妊手術を自分は受けたと名乗り出る事は,なお困難です。
北さんも自分が強制不妊手術されたことについては、知っていても、恥と感じて、奥さんが亡くなる数日前になって,始めて告白しました。
しかしその数年後になって、仙台の訴訟の新聞記事について始めて「これは自分のことだ!」「国にそんな法律があったのか!」と悟り,すぐ仙台の弁護士さんに電話した次第です。



■前田哲兵氏「優生手術と2万5000の沈黙――国とは何のために存在しているのか」


□<私が感性を研ぎすまされた迫力の文書ご紹介>

このHPをご覧の方々へ:
このページ以下にくり広げられている前田哲兵弁護士さんの文章をご紹介します。
去る6月30日の東京地裁における判決は、北三郎さん及び強制不妊手術被害者の方々について、その不当な強制力、人権蹂躙の凄まじさがあります。これに対し前田さんの文章は。それらを解きほぐし、そうだったのか、と私たちを納得させるに充分な説得力で解説して下さいます。
その鋭い説得力、引きつけられる迫力、これは並々ならぬ作品と感心しました。
そこでこれは多くの方々に知らせなければ!と感じ、このHPに掲載した次第です。


以下、論稿の全文です。

2020年6年30日、東京地裁において、優生保護法に基づいて優生手術を受けさせられた被害者が国を訴えた裁判で、判決が言い渡された。

結果は、原告の請求を棄却するというものだった。私はこの東京弁護団に所属している。以下、判決を受け、私見を述べたい。なお、本稿は、弁護団としての意見を述べるものではないことにご留意いただきたい。


優生手術とは何か

この国は、かつて、1948年に旧優生保護法を制定し、障害のある人々を「不良な人」と差別した。そして、その存在を社会から排除すべく、子供を作れないようにする「不妊手術」を受けさせた。その数は、統計に表れているだけでも2万5000人以上にのぼる。

「25,000」

数字で表すと、それはまるで記号のように、とたんに抽象的な色彩を帯びてしまう。しかし、そこには2万5000の人生があった。2万5000の人々が、国家から子孫を残すことを禁じられた。もし仮に、自分がそのうちの1人になっていたとしたら、あなたはどう思うだろうか(旧優生保護法がいかにひどい法律であったかについては、拙稿「患者と医療者の権利誰がどう守りますか?」を参照していただきたい)。


「除斥期間」の壁

国が障害のある人々に不妊手術を受けさせる。誰が聞いても「ひどい話だ」と思うだろう。しかし、裁判では、国の責任は否定された。それはなぜか。ポイントは「除斥期間」だ。

これは、「時効の強力バージョン」といえる。「悪いことをしても、20年経てば損害賠償を請求されなくなる」という制度だ。被害者には酷な制度ともいえる。

本件では、原告は、1957年に優生手術を受けたのだが、訴訟を提起したのは2018年だ。手術から60年以上の月日が経っていた。そうすると、既に除斥期間は経過していることになる。よって、請求は認められない。形式的に考えると、そういう結論になる。

しかし、原告の場合には、そうやって切り捨ててはいけない事情がある。


何の説明もないまま手術

原告は、14歳の時に、入所していた施設の職員に何も知らされないまま病院に連れて行かれ、医師からも何も説明されないまま手術を受けさせられた。

一体何をされたのか理解できなかったが、その後、驚愕の事実を知る。施設の先輩から「子供が生まれないような手術をしたんだよ」と教えられたのだ。

実は、手術の1カ月ほど前に父が施設に来ていた。そのため、彼は「手術を受けさせたのは父なのだ」と思い、父を恨むようになった。そうして誰にも話せない秘密を1人抱え込み、その後、姉にも、最愛の妻にすら打ち明けることができず、1人苦しみ続けた。まさか国が加害者だったとは知る由もなく。

しかし、手術から60年以上が経った2018年のある日、彼はとある報道に触れた。優生手術の被害者が仙台地裁に全国初の提訴をしたという報道だ。この報道を見て、彼は「もしかしたら自分もそうではないか」と思い、すぐに弁護団に連絡をした。そうして、ようやく真相を知る。ずっと続いてきた誰にも言えない苦しみ、それを作ったのは、父ではなく、国だったのだ。真相を知った彼は、すぐさま国を提訴した。

このように、原告が2018年まで提訴できなかったことには、やむを得ない事情があるというべきだ。よって、除斥期間は手術を受けた「1957年」から数えるのではなく、もっと遅い時期から数えるべきだ。そうすると、原告については、まだ除斥期間は経過していないということになる。


東京地裁の判断

では、東京地裁は、どのように判断したか。東京地裁は、1996年(平成8年)に旧優生保護法が母体保護法に改正されたことを受けて、次のように述べた。

どんなに遅くとも、平成8年改正時点において、提訴が困難な状況にあったとは認められない。

ややこしい言い回しだが、要するに、「その気があれば1996年には提訴できたでしょう」ということだ。

裁判所のいうとおり除斥期間を1996年から起算すると、2016年に20年の除斥期間を迎えることになる。しかし、原告が東京地裁に裁判を起こしたのは2018年だ。2年遅かったということになる。


「たった2年」の意味

たった2年。

60年以上も被害に苦しみ続けてきた原告だが、たった2年遅かったというだけで請求は認められなかったのだ。

原告は、そもそも、自分が受けさせられた手術が国によって行われたことも、「優生保護法」という法律の存在すらも全く知らなかった。1996年の時点で国を訴えることなどできるはずがない。

かくいう私も、2018年の仙台地裁の提訴報道があるまで、「優生保護法」という法律の存在すら知らなかった。これは私が格別に無知だからということではないだろう。ほとんどの弁護士がこのような悪法が存在していたことを知らなかったと思う。

読者の人々も、つい最近まで、この法律が存在したことを知らなかったのではないだろうか。法律の専門家集団である日本弁護士連合会ですら、1996年当時、この問題を糾弾できていなかった。

そうであるのに、一個人に、しかも、手術について何も説明を受けていない原告が、1996年の時点で国を訴えることなどできるはずがない。できるというなら、それは机上の空論だ。


家族の「分断」

東京地裁判決は、次にようにも述べる。

(原告は)なぜ自分にそのような手術が行われたかを調査、検討する機会はあったものといえる

要するに、「きちんと調べたら、加害者は父親でなくて国だということはわかったでしょう」ということだ。これはあまりにひどくないか。

実は1953年、国は、優生手術を実施する都道府県に宛てて、ある通達を出していた。「手術するために必要であれば、本人の体を縛っても良いし、麻酔で眠らせても良いし、ダマしても良い」という内容だ。あまりにひどい内容の通達だが、こういった通達の効果もあったのだろう、原告は、自らの手術について、誰からも全く説明を受けることができなかった。

そのため、原告は父が手術を受けさせたのだと思い、その後、父を恨み続けることとなる。姉にも相談できることではない。むしろ家族であるからこそ、大切な存在であるからこそ相談ができない類の話だ。

そして、当時高校生だった姉としても、手術を受けたことは祖母から聞かされたが、「誰にも言ってはいけない」と固く口止めされていた。姉も同様に60年以上にわたって、誰にも言えない秘密を抱え込むことになった。

こうして原告の家族は「分断」させられた。

どうして誰も被害を相談できなかったのか。それは国が優生政策によって作り出し、当時も色濃く残っていた障害者に対する「差別意識」が蔓延していたからだろう。


一体何を「調査・検討」せよというのか?

判決は、原告は自分が受けた手術が何だったのか「調査、検討する機会はあった」という。しかし全く解せない。まさか父に詰め寄って、「どうして手術を受けさせたのか」と問い詰めるべきだったとでもいうのだろうか。大切な人だからこそいうことができない類の話があるということがわからないのだろうか。「それを言ってしまえば、家族といえども永遠に繋がりが切れてしまう類の話」というものもあるのだ。

それとも、日々、父への恨みを募らせ続けながら、国が加害者だとも知らないままに、ただただ不妊手術に関するあらゆる報道・情報に触れ続けろというのだろうか。それを二次被害と言わずして、何と呼ぶのか。

判決はこういう。「いや、きちんと調べれば国が加害者だということは分かりましたよね」と。

それは私にはこう聞こえる。「どうして父を恨み続けたのですか。どうして優生保護法の問題を知らなかったのですか。それを知らなかったあなたが悪いんじゃないですか。父を恨むのは間違っていますよ」と。

しかし、その原因を作ったのは、一体誰なのか。


国とは何のために存在しているのか

私は、法廷で判決を聞いていて、国というものの存在意義について考えていた。

優生手術は、国が国民の人権を蹂躙した事件だ。しかし、判決は国に責任がないという。

しかしである。国というのは、本来、「国民の人権を守るため」に存在している。統治機構とはそういうものであって、これは、憲法学の「基本中の基本」だ。国が国それ自体の繁栄のために存在しているのではないし、為政者のために存在しているのでもない。

その「国民の人権を守る」ことが役割であるはずの国が、国民の人権を蹂躙したのだ。本末転倒甚だしいが、しかし、過ちを犯したのであれば、本来は、国が被害者に対して「あなたの人権を侵害してしまいました」と説明し謝罪すべきだ。これは当たり前のことではないか。

それなのに、国は、被害者に何も説明せず、自らの悪行を隠し続けた。そうしておいて、いざ訴えられたら「遅すぎます。早く訴えたらよかったじゃないですか。加害者が国だと分からなかったと言いますが、きちんと調べたら分かったはずですよ」という。

しかし本来は、国が被害者に対して、自らが加害者であることを説明し謝罪しなくてはいけないのだ。これは、一般人が一般人を傷つけた事案ではない。国が一般人を傷つけた事案なのだ。そこを間違えてはいけない。

国は、この件で自らの責任を否定して、一体何を守ろうとしているのだろうか。


2万5000の沈黙

東京地裁は、「その気があれば1996年に提訴できたでしょう」という。

さて、考えてみてほしい。冒頭で述べたとおり、優生手術を受けた被害者は、少なくとも2万5000人はいた。では、そのうち、1996年までに何人が提訴したか。

「全員というわけではないだろう。ただ、あまりにもひどい被害だから半分くらいは提訴しているのではないか」そう思うかもしれない。

しかし、答えは「0人」だ。

2万5000人以上もの被害者がいたにもかかわらず0人。誰一人として声を上げられなかったのだ。これは驚くべき数字ではないだろうか。統計学的にいえば、もはや提訴は「不可能」の部類に属するのではないか。

しかし、それでも東京地裁は、「提訴が困難な状況にあったとは認められない」という。常識的に考えて、それはおかしくないか。そこには「2万5000もの被害者が全員沈黙をせざるを得なかった原因」があると考えるべきだ。


被害を救えるのは裁判所しかない

では、その原因とは何か。

それは障害者に対する差別意識だ。それは、問題を問題として認識させないほどの強烈な差別意識だ。当時、弁護士ですら誰も声を上げなかったほどに、裁判官ですら優生保護審査会の委員として手術を認める立場に回ってしまうほどに、空気のように存在し、誰も気づくことすらできなかったほどに強固な差別意識だ。

そして、その差別意識を国民に植え付けたのが国だ。国が優生保護法を制定し、優生思想を広めた。国が責任を認めずして、一体誰が被害者に謝るのだろうか。

優生保護法の被害者たちは、「理由なく沈黙していた」のではない。「沈黙させられていた」のだ。

裁判所は、2万5000人以上もの被害者が誰一人として声を上げられなかったという現実を直視すべきだ。この被害を救えるのは、裁判所しかないのだ。


□著者紹介

前田哲兵(まえだ・てっぺい) 弁護士
1982年、兵庫県生まれ。坂井・鵜之沢・前田法律事務所所属。相続や交通事故といった一般民事や刑事事件、企業法務の他、政治資金監査や選挙違反事件などの政治案件や医療事故も扱う。医療政策実践コミュニティー(H-PAC)医療基本法制定チームの筆頭、日本プロ野球選手会公認選手代理人、小中学校のスクールローヤーとしても活動中。著書に『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』『交通事故事件21のメソッド』等


■関連ファイル



*作成:安田 智博
UP: 20200713 REV: 0716, 0722, 0724, 0725, 0727
山本 勝美  ◇優生学・優生思想  ◇不妊手術/断種  ◇優生:2020(日本)  ◇病者障害者運動史研究  ◇全文掲載

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