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「新型コロナウイルス感染下で進められるいのちの選別」

古賀 典夫 2020/06/17

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last update: 20200622


■古賀典夫氏のメールより 2020/06/17 21:09

古賀典夫氏からの挨拶

古賀です。

新型コロナウイルス感染と絡めたいのちの選別についての最近の動きについてまとめようと思って、以下の文章を書いてみました。

資料の読み込みもまだかなり不十分ではあるのですが、知ったことを皆さんにお伝えしたくなり、書いてみました。
お読みいただければ幸いです。

古賀典夫氏の論述

◇新型コロナウイルス感染下で進められるいのちの選別

新型コロナウイルス感染による医療崩壊が、イタリア、スペイン、フランス、アメリカなどで起こったことが報道された。その中でイタリアでは、「麻酔鎮痛集中治療学会」が治療の年齢制限を提起し、80歳や75歳以上の人を切り捨てる医療機関もあった。スペインでは、高齢者ケア施設に高齢者が取り残され、ベッドで死亡していたとも報じられている。感染発覚後に、職員が立ち去ったとのことだ。フランスでも高齢者施設で発祥した患者を、病院が受け入れないということが起こった。そして各国で、こうした医療崩壊が起きた場合の治療の優先順位(いのちの選別)についての検討が行われている。

こうした動きに対して、World Independent Living Center Networkなど世界の「障害者」団体が反対の声を上げ、日本でも、「障害者」、人工呼吸ユーザーとその家族、「脳死」・「尊厳死・安楽死」や優生政策に反対してきたグループが次々と声明を発した。

そもそも、新型コロナウイルスパンデミックはなぜ起きたのか、それは、経済を目的とする自然の開発により、新たなウイルスとの接触の機会が増えるとともに、生産構造を他国化し、観光産業を推進した結果、人と人の全世界的な接触もまた増えたからだ。2010年から2018年にかけて、国際観光客数は、8億人から14億人に増えた(『世界』933号、デビッド・ハーベイの論文から)。しかし、各国政府は、これに見合った検疫体制を作ってこなかった。

また、医療崩壊は、なぜ、「先進国」と言われる地域で起こったのか。経済を優先する新自由主義の下で、病院のベッド数を減らし、感染症に対する体制を減らしてきてしまったためだ。イタリアでは、「国民1000人あたりの病床数は2000年の4.2から17年は3.2に減少」(「週刊金曜日オンライン」2020年5月24日)させられていた。アメリカはそれに先立ち、1981年から1999年までの間に、入院患者用の病床数が39%も減らされている(『世界』2020年5月号のマイク・デービスの論文から)

日本でも、保健所の数が1995年と比較すると半分ほどに減らされてきたし国立感染症研究所や地方衛生研究所の予算も減らしてきた。だから、感染の恐れを感じた脳性麻痺の仲間が、1日中電話をしても、保健所につながらないという事態も起こったのだろう。病床については、「全世代型社会保障検討会議」なども動員して、病床数の大幅削減を進めようとしていたところに、新型コロナウイルス感染がはっせいしたのだ。しかし厚労省は、依然として病床削減を行おうとしている。


●日本におけるいのちの選別の推進

21世紀に入り、政府と財界は、「尊厳死・安楽死」の推進を行ってきたが、 新型コロナウイルス感染状況の下で、新たな展開が開始されている。

3月30日、‘生命・医療倫理研究会’の有志は「感染爆発時の人工呼吸器の配分プロセス」を提言した。このグループは、東大大学院の「生命・医療倫理教育研究センター」を中心とする人々だ。新型コロナウイルス感染爆発で、医療資源が不足した場合、「一人ひとりの患者に最善をつくす医療から、できるだけ多くの生命を助ける医療への転換が迫られ、経験したことのない大きな規模で、厳しい倫理判断を求められる」と述べている。この中で差別の禁止として、「性別、人種、社会的地位、公的医療保険の有無、病院の利益の多寡(例:自由診療で多額の費用を支払う患者を優先する)等による順位づけは差別であり、絶対に行ってはならない。」と記述しているが、高齢者、「障害者」への差別については記載していない。いや、肯定していると読むべきだ。さらに、4月8日には、かつて心臓移植にもかかわっていた石蔵医師による人工呼吸器も含む「高度な医療 機器を譲る意思」を示す「集中治療を譲る意志カード」がネット上に公開された。

こうした動きをも背景に、政府の‘新型コロナウイルス感染症対策専門家会議’(以下、専門家会議)は、「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言 」の4月1日版の中で、「諸外国の医療現場で起きている厳しい事態を踏まえれ ば、様々な将来の可能性も想定し、人工呼吸器など限られた医療資源の活用のあ り方について、市民にも認識を共有して行くことが必要と考える。」と記載した 。報道によると、人工呼吸器使用の有無などを意思表示を求めることを考えていたようだ。そして、4月22日版の中では、こうした主張に対して「優生思想による判断が行われかねない」という批判が起こっていることを認識しつつ、「人工呼吸器や人工心肺装置など、限られた集中治療の活用について、今後、一部の医療機関では治療の優先度をつける必要に迫られる局面も想定されうる。」としつつ、「学会が中心となって、緊急事態に限った倫理的な判断を多様な立場の人々の意見を取り入れて、更に議論を進めるべきである。」と、命の選別の基準作りを呼び掛けている。

専門家会議は、医療体制の強化や必要物資の増産も求める記載もしているのだが、必要量の目標数値設定などをして、要求することはしていない。

「骨格提言」の完全実現を求める大フォーラム実行委員会’は、目標値を設定して、様々な業種からの生産への参入を呼び掛けるべきだ、との要求を政府に提出した。これに対して厚生労働省は、「生産ラインを作った企業がその物資が必要なくなった時にどうするのか」と、ここでも、人のいのちよりも企業が優先する姿勢をとるのだ。


●日本医師会の動き

専門家会議の呼びかけに答えるように、‘日本医師会総合政策研究機構’は、この種の研究を進めている。そのHPには5月に入り、「BMA COVID‐19 の倫理的諸問題ガイダンス文書(日本語版)」と「諸外国におけるCOVID-19 関連のアドバンス・ケア・プランニングの概況」の二つの論文が掲載されている。

前の訳文の「BMA」とは、英国医師会のことだ。英国医師会が医療器材・体制の不足状態が起こった時に、だれに治療をすべきかの選択の基準を示したものだ。 後の調査報告書は、石倉医師の「譲る意志カード」のように、人工呼吸器をも含めた「高度医療」を使うか使わないかの意思表示やを、外国ではどのように扱っているのかを調べたものだ。この二つの論文の訳や調査を行ったのは、田中 美穂(日医総研主任研究員)と児玉 聡(京都大学准教授)だ。田中氏は、‘生命・医療倫理研究会’の世話人でもある。


●英国医師会のガイダンスについて

この文章の初めに、「本ガイダンス文書は、日本の研究者に広く利用していただくことを目的に翻訳したもので、日本医師会の見解を述べるものではない。」と記載されている。そう書かなければならないほど、すさまじい内容なのだ。

選別の観点は、まず、治療した場合の回復の可能性というところから始められる。さらに、回復した後に、より長く生きられるかどうかなど、誰にも判るはずはない。高齢者を切り捨てる論理でしかない。そして次に、「社会に不可欠なサービスの維持」と題して社会的役割の観点が示される。この部分を以下に引用する。

「パンデミック時の緊急医療や社会的ケアの側面に直接取り組む者や、特に希少で代わりの利かないスキルを持つ者に加えて、必要不可欠なサービスの維持のためには、多くの公的・民間分野の活動の担い手が不可欠である。これには緊急サービス、安全保障、必要不可欠な製品・サービス、交通や電気・水道・下水システムなどのユーティリティ、テレコミュニケーション、衛生管理などの極めて重要なインフラのメンテナンスに携わる人々が含まれる。また、統治機構の機能継続も優先する必要がある。ワクチンや抗ウイルス剤、その他の重要な衣料製品をはじめとする対応手段の生産に関与する重要人物も、この優先集団に含まれる。必要不可欠な業種や適用すべき評価基準を決定するのは政府であると、我々は考える。」

これでは、大多数の「障害者」は切り捨てられる。

このような線引きの観点を実際には提示しつう、その文章の中では、「年齢や障がいに関連する単純な「線引き(cut-off)」方針は、非倫理的であるだけでなく、直接的な差別となるため違法でもある。」とも書かれている。結局非常事態の場合には、差別であろうが違法であろうが、社会のためには選別せざるを得ない、ということにしかならない。

上述したように、ウイルス感染が蔓延化する状況を作り、それにも関わらず、医療体制を後退させてきた政策責任者の責任を問わずに、いのちの選別だけが進もうとしている。新型コロナウイルス感染が収まっても、こうした選別の発想が平時に持ち込まれる可能性がある。とりわけ、経済的な混乱が続けば、その可能性は一層大きくなる。これを考えるにあたって、スウェーデンの状態が参考になる。


●感染者に占める死者数が高いスウェーデン

新型コロナウイルス感染者に占める死亡の割合が12%近くになっているスウェーデンの状態について、私は気になっていた。医療崩壊でも起こらない限り、こんなに高くなるとは思えなかったからだ。この疑問に答えてくれる記事が『フォーブス・ジャパン』のオンライン版の「スウェーデン新型コロナ「ソフト対策」の実態。現地の日本人医師はこう例証する」だった(https://forbesjapan.com/articles/detail/34187)。

ここでは、宮川絢子氏(スウェーデン・カロリンスカ大学病院・泌尿器外科勤務)と久山葉子氏(スウェーデン語文学翻訳者、エッセイスト)の対談として記載されたものだ。

宮川氏の説明によれば、スウェーデンの場合、死亡者が新型コロナウイルスに感染していれば、直接の死因の病気が他のものであっても、新型コロナウイルス感染の死亡者に数えられるということだ。また、感染者の死者の3分の1が、高齢者施設で亡くなっている。他国の中には、病院で亡くなった死者しかカウントしていない国もあると言う。

なぜこれほど、高齢者施設で死んでいるのかと言えば、クラスターが起こっておりスウェーデン政府も、対策の失敗を認めているようだ。しかし、それだけではない。80歳以上、あるいは、病気があって、80歳以上と同じ体の状態であると判断されたそれ以下の高齢者もICUでの治療は受けられない。

「宮川:繰り返しになりますが、死亡者の多くは高齢者施設で感染し、入院することもなく、あるいは入院してもICU治療を受けることなく亡くなった方です。また、高齢者の死亡率については複雑な事情もあります。医療崩壊を防ぐために、従来からICU治療の適応を厳しく規定しているため、高齢者が重症化した場合には、ICU治療を受けることはできないという情け容赦ない現実があるのです。ICUで治療してもらえるのは、年齢相応に元気な80歳以下の患者さんです。」
「宮川:80歳以下であっても、余病があれば80歳以上と同じように扱われます。カロリンスカ大学病院では、患者さんが入院してから24時間以内に、ICU入室の適応があるかどうかを決めて書面化しなければならないという内規があります。社会庁の規定ではICUに空床がある場合には患者の選択をしないことになっていますが、新型コロナの発生以来、これまでICUは満床となっていなくても、このような選択は日々行われています。通常時でも同じような基準は存在しますが、今回のパンデミックに伴い、非常に厳格な線引きとなりました。」

そして、宮川氏は、自らの経験をも語っている。

「ちょうどこの状況の中で、77歳の義父が脳出血を発症したのですが、発症以前の健康状態を知らない脳外科医が、初診医からの電話一本による説明で、「余病があるため健康状態は80歳以上」と判断し、手術の適応なしと診断されてしまいました。健康状態が80歳以上という判断は間違っていると抗議しましたが、義父は治療を受けることもなく、そのままこの世を去りました。」

私は、スウェーデンでは80年代以前から、出生前診断を市民が受けているという記述を知っていた。しかし今回、高齢者へのこのようないのちの選別が平時から行われているのを知り、驚いた。こうなると、「障害者」のいのちなど、どのように考えれているのか、という疑問がますますわいてくる。

改めて、福祉国家とされるスウェーデンは、私たちの目標とならないばかりか、その在り方を批判して行かなければならない対象であることを知ることができた。

イタリアで、新型コロナウイルス感染の中で医療崩壊が起こり、80歳以上の人に人工呼吸器を使わせない医療機関が出てきたとのことだが、スウェーデンでは、それが日常となっているのだ。英国医師会のいのちの選別の基準が、日常に持ち込まれることも、けっしてありえないことではない。


英国医師会のガイダンスの存在を教えていただいたのは、児玉真美さんからです。児玉さんからは、アメリカの生命倫理学者の危険な主張も教えてもらい、その観点があったので、英国医師会の論文も読みやすくなりました。

また、英国医師会のガイダンスの日本語訳があることを、私の盲学校時代の先輩でもある春野ももこさんに教えていただきました。春野だんには、児玉さんから教えていただいた原文の訳をお願いしました。そこで、春野さんが検索してくれて、上述の日本語訳を読むことができました。

スウェーデンについては、この国のことを研究してこられた友人の榊原裕美さんにおしえていただいたものです。





*作成:岩ア 弘泰
UP: 20200622 REV:
感染症 | Infectious Disease 児玉 真美  ◇全文掲載
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