私たちは、かつて、兵庫県から全国に広がった「不幸な子どもの生まれない運動」について、その実態を明らかにし反省と検証を求めると共に、障害や病のある人たちを、一方的な価値観で判断する国・自治体の政策や、社会の中に根深く存在する障害者差別に対して問題提起を続けてきた団体です。
「不幸な子どもの生まれない運動」は、障害や病とともに生きることを「不幸」だと決め付け、県の経費で出生前診断を推し進めました。また、旧優生保護法のもと、障害者やハンセン病元患者らを「不良な者」とみなし、子どもを産ませぬよう不妊手術や中絶を強いたり、生まれた子どもを医療者が手にかけて殺したりした歴史があります。これらに通底する優生思想は今も形を変えて生き続け、障害のある人達の存在を「あってはならないもの」として殺害した相模原事件の加害者を生み出してしまいました。この土壌を断ち切ることこそが、全ての人の未来のためになります。
現在、世界中で、新型コロナウイルスの感染が急速に拡大し、入院病床数や医療機器が不足するなど、厳しい医療状況が伝えられています。そのような中で、誰を入院させるのか、人工呼吸器等を誰に優先的に装着し、誰には装着しないのか、あるいは誰から取り外すのかといった「いのちの選別」が行われ始めています。欧米では、既に、心身に障害のある人、持病をかかえている人、高齢者などの救命治療は後回しにされ、死に至っている現状が報じられています(注1)。
日本でも、医療崩壊は目前との危機感が伝えられる中、4月22日に発表された政府の専門家会議の「分析・提言」では、「人工呼吸器や人工心肺装置など、限られた集中治療の活用について、今後、一部の医療機関では治療の優先度をつける必要に迫られる局面も想定されうる」として、「優生思想による判断が行われかねない」との懸念を示し、その対策として「緊急事態に限った倫理的判断」についての議論をすすめるべきとしています(注2)。
一方、一部の医療者や研究者の間では、既に、「災害時医療におけるトリアージの概念が適用されうる事態」であり、「一人ひとりの患者に最善をつくす医療から、できるだけ多くの生命を助ける医療への転換が迫られている」として、「数の限られた人工呼吸器を、どのように配分するのか」について議論が始まっています。そして、「患者本人が望まない場合には、装着しない」「救命の可能性が低い患者には、装着を差し控える」「いったん装着しても、より救命の可能性が高い患者に使用するため、人工呼吸器を取り外すこともありえる」といったルール作りが提案されています(注3)。その「救命の可能性が低い」と想定されるのが、重篤な状態にある人、障害や病のある人、高齢者です。
私たちは、心身の障害や病があること、高齢であることを理由に、救命治療から排除されることを認めることはできません。「非常時」だからとして、医療の場に「いのちの選別」が導入されるのは仕方がないとの考え方に反対です。それを、「できるだけ多くの生命を助けるため」との理由で正当化することに与することはできません。さらには、人工呼吸器を他の人に譲ることを自己犠牲の美徳として説くような意見も現れ始めています(注4)。障害者や高齢者が医療サービスを受けることを自らためらわせるような世論を作っておいて、命の放棄を本人同意や自己決定の名の下にさせようという危険な動きです。
日本政府は病院の統廃合や病床の削減、入院期間の短縮、医師・看護師等の配置の見直しなど、医療費削減を目的に地域医療構想を推進してきました。コロナ感染危機以前から、既に医療現場はぎりぎりの状態が続いていたのです。医療崩壊が日本よりも先に起き、深刻な状態に立ち至っていると伝えられる各国でも、その原因は新自由主義経済に立った緊縮政策による医療の切り詰めにあり、問題の構図は同じです。その結果が今回の医療崩壊を起こす一因になっているのにもかかわらず、そのツケを障害や病のある人、高齢者に負わせることは許せませんし、決して、してはいけないことです。
今、早急に進めなければならないのは、「誰を優先して治療するか」といった議論ではなく、すべての人を助けるために、医師、看護師等の増員と感染防護具の配布、人工呼吸器をはじめとする医療資源が必要な人々に届けられるよう力を尽くすことです。政府は、中国や欧米での医療ひっ迫の状況に鑑みて、事前に様々な手をうち、医療供給体制の整備に尽力すべきであったにもかかわらず、遅々として進んでいません。惑わされてならないのは、「非常時」とか「緊急時」という言葉は、ややもすると「仕方がない」という諦めに結びつきがちですが、地震などと違って予想された事態だということです。
これまでの歴史を振り返れば、「非常時」とされる時には、障害や病のある人に対する差別・偏見が強まり、いのちの価値に格付けをし、「生きるに値しない」とされる人々の生命を軽視し切り捨てることが繰り返されてきました。「緊急事態」とされる今だからこそ、力を合わせて、社会の中に優生思想がひろがることを阻止するよう、すべての人に呼びかけます。
私たちは、以下のことを強く求めます。