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行動公表「行き過ぎ」懸念:個人の権利制限 合理的説明を

京都新聞 2020/04/02 朝刊

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last update: 20200408


■行動公表「行き過ぎ」懸念:個人の権利制限 合理的説明を(京都新聞 20200402 朝刊)

 新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、政府が臨時休校を要請したり、自治体が感染者の過去の行動経過を一定公表したりと、さまざまな対策を講じている。新たなウイルスに向き合うため「個人の権利」の制限が議論される中、「行き過ぎ」への懸念もある。医療社会学を専門とする立命館大の美馬達哉教授に聞いた。

 ――新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐさまざまな対策が取られている。
 「感染が確認された人の隔離や感染が広がっている地域との移動制限などについては、妥当な対策だろう。難しいのは、感染していない人の行動を制限する政策をどうするかという点だ。例えば安倍晋三首相が2月に要請した休校措置は、なぜ子どもだけが行動制限の対象となったのだろうか。子どもだけが特別に感染リスクが高いわけではなく、有効性の根拠は薄い。公平性を考えるならば企業や大学を含めて自宅待機を要請するべきだろう」 
 ――子どもの行動を抑えて、親を含めた社会全体の動きを抑えようとしたとみる向きもある。
 「だとするならば、政府はきちんとそのように説明しなければならない。子どもを含めて個人の権利を制限するときには、合理的な説明が伴わなければならない。民主主義国家において個人の権利はもっとも重要な理念だ。感染症が拡大している局面では自由の制限も一定はやむを得ないが、合理的な理由と失敗したときの責任の所在を明らかにする必要がある」
 ――京都産業大の学生ら若者の行動も課題となっている。
 「京産大生を中心に集団感染が発生したが、彼らの立ち寄った場所が一部にしろ次々公表されることには違和感がある」
 ――感染者と接触した可能性がある場所は周知する必要があるのでは。
 「確かに感染のリスクは伝えるべきであり、集団感染の発生場所は公表の意味がある。感染ルートをたどるために、行政組織が京産大生の行動を把握することも重要だ。しかし感染者の出た場所を周知することと、そこに京産大生がいた事実の公表は切り離さなければならない。濃厚接触者にはある程度の情報を伝えざるを得ないかもしれないが、それ以外の人々には感染者のいた場所を伝えればよく、彼らの属性を公表する必要性は低いと思われる。本来、個人の健康情報は守られるべきだろう」
 ――とはいえ、直接関係はなくても感染者の情報を詳しく知りたい人は多い。
 「気持ちは分かるが日本は個人の権利を重んじる民主主義国家。たとえ感染拡大の状況でも、個人の権利を制限するにはきちんとした合理的理由を伴って適切な手続きの下に行われる必要がある。感染者は意図して病気になったわけではない。感染者を道徳的非難の対象にしてはならない」



■掲載記事のPDF

美馬 達哉教授の言及(抜粋) [PDF]




*作成:岩ア 弘泰
UP: 20200408 REV:
立命館大学先端総合学術研究科 美馬達也  ◇感染症:Infectious Disease  ◇全文掲載  ◇全文掲載・2020 
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