辻範子事件の概要  辻範子(1948-2006)は、京都市北区の鈴木久夫・多賀子夫妻の長女として生まれ、市内の小中高で学んだのち、立命館大学文学部を卒業。京都市立中学校の国語教員として働いていた1989年、心臓発作で倒れ、入院、治療、手術を受け、職場を5年弱休職。 1994年4月、滋野中学校・下田校長との間での復職に向けての話し合いの中で、制度的に裏打ちされていない中での、辻の勤務の負担を削減するために、同僚への負担転嫁という方法での具体案が話し合われる 94年8月、滋野中学校に復職。4月の約束とは違い、持ち時間が3時 間増とされていた。 辻が障教連に相談 9月9日、障協連が京都市教育委員会教職員課長・薮田昇を窓口とした市教委と初めて話し合いを持つ。薮田は「現行制度にない事は出来ない。講師配当 の財源が保障されてない」、「長休」があり、しっかり体を回復してもらうための休める制度がある」を強調。通常の同質・同量・同形態の勤務が不可能な者は、教育現場にはいさせないという、回復の可能性のない障持者排除の理論である事さえ、気づかずにいる。大葉が「このまま放置して、辻教諭を殺すような事はするな」とまで言わざるを得なくなり、なおかつ、その席での話し合いの限界を感じ、席を立つ。 95年2月、辻は過労による狭心症と急性膵炎で倒  れ、即時入院 7月、主治医のくにともクリニック医院長が市教委のゆさぶりにより、職場復帰に必要な診断書の内容を「軽減が必要から、通常勤務可能」に記載内容の改竄を迫られ、それに応じてしまう 8月、柳池中学校・岡田校長、多那瀬教頭が辻自宅に入り込み、後日は路上で「通常勤務という記載が診断書に明記されていなければ復職はさせない」と辻に迫る 10月、薮田が話し合いの席を立つ 11月、都議会議員の紹介で京都市議・小林あきろうと出会う 市教委が指定医受診を命令 小林市議の紹介で京都南病院・古石隆光が新たな主治医となる 96年2月、柳池中学校に復職 大葉が恥ずかしささえ感じるくらい、岡田校長に対し、大葉を薮田が評価していた  4月 滋野中学校に再び転勤。辻は退職届を書くが、大葉の説得で休職に。 96年10月、大葉の家庭の事情で、要休養審査会へ、当該の必要な診断書が届かなかった時も、薮田は大葉の立場を代弁して、11月へ審議を先送りしてくれた 97年 3月の復職の診断書に明記されているように、「持ち時間を減らす」は、心臓に障碍を持つ私が勤務を続ける上で、過去の経過から見ても、必要不可欠であった 4月、松原中学校に転勤しての復職 4月2日に、別額予算のお願いに障教連が動く 4月に、持ち時間を減らすために必要な診断書を校長先生に提出 6月27日、小林あきろう京都市議仲介で府教委・中島と話し合い。28日は市教委・薮田と。 6月30日に、永田校長が私を校長室に呼びつけ、必死の思いで行なった私の行動に対して理解もして頂けず、冷たく粗暴で高圧的な言動・行動を受けた事 7月2日から職場、自宅を離れ、東京に退避。 8月から給与停止 8月28日、府教委・中島と「具体的な条件」を実施に伴う負担に関して、合意; 府としては二百数十時間渡している、市独自の非常勤も雇っている、長休の流用も黙認する。 9月12日本能寺会館で小林市議と会う 10月23日、障教連と薮田の話し合い 12月23日(火)辻支援集会@呉竹文化センター 12月25日(木)衆議院第二議員会館715で石毛えい子と会う。滋賀選出の山元勉衆議院議員を紹介される。 1998年1月7日(水)山元勉と滋賀県教育会館で会う。その場で薮田に電話(解雇凍結を)、来週文部省企画官に話することに(精度作り、パチン?と違う、解雇は逆行)。 1月9日 京都市教委が辻の分限免職を決定 1月13日(火)小林あきろうから大葉に辻が先週諭旨免職になったとFAX。 14、16と石毛に会う、北村小夜同席。 19日(月)石毛より「分限免職」の連絡。 1月30日 京都府公報に辻免職が告示 辻範子関連文書 障教連だより7号 p.7 (3)活動範囲、全国へ広がる  対教育委員会としては、辻問題に係わって京都市教委と交渉を持つこ とになった。 p.26 朝日新聞 1994年(平成6年)6月19日 日曜日 教師である限り、障害があっても教壇に立ちたい・・・ 保障制度求め署名活動 JR飯田橋駅西口の街頭で 近く都議会に請願  病気や事故による障害を抱えながら、学校で働き続けたいという教師らで作る「『障碍(しょうがい)』を持つ教師と共に・連絡協議会」(大葉利夫代表)のメンバーが18日、JR飯田橋駅西口の街頭で署名集めをした。  障害に応じた勤務内容の軽減や補助機器の導入など、新しい保障制度の確立を都教委や文部省に要求しており、これまで全国から約8万6000の署名が集まっている。近く署名簿を添えて、都議会に請願する予定だ。  会は91年10月に首都圏を中心に約20人の会員で発足した。会員は支援者も含めて東北から九州の約150人にまで広がった。  会員のうち教師は約50人。抱えている障害は視覚、聴覚、心臓病、人工透析が必要な腎臓病とさまざまだ。障害を理由に退職を迫られたり、授業からはずされたりした経験を持つ教師が多い。  こうした障害のある教師のための特別な制度は整っていないため、会員らは、校長や教育委員会との交渉で、授業時間の軽減、勤務時間中に人工透析を受けること、専用ワープロの導入などを実現させてきた。  この日の署名活動には、新聞で会の存在を知った都内と神奈川県の小学校の教師二人も初めて参加。続いて開かれた定例会で職場での苦労や、将来への不安などを語り合った。  大場代表は「障害のある教師が、それぞれの学校の中で権利を主張していくことには限界がある。働き続けるための人的、物的な保障を制度として確立することが早急に必要だ」と訴えている。  会の連絡先は、〒183府中市朝日町1の15の26、大葉利夫さん(電話番号0423・62・7776) 写真省略「道行く人たちに署名を呼びかける、協議会のメンバー 18日午後、JR飯田橋西口で」 p.27 朝日新聞 1994年7月13日 障碍のある教師たち 保障制度の確立請願 都議会に  病気や事故によるハンディがある教師たちで作る「『障碍(しょうがい)』を持つ教師と共に・連絡協議会」(代表、大葉利夫・都立東村山高教諭)が12日、働くための保障制度の確立を求める請願を都議会に提出した。13日に開かれる都議会本会議で、常任委員会に付託される。  請願は「中途障碍がある教員は休職後の復職が認められなかったり、復職しても健常者と同じ勤務条件のもとで体調を悪化させ、多くは退職を余儀なくされてきた」と述べた上で、「完全参加と平等の理念を教育現場で実現するために、人的・物的保障を制度として確立することが早急に求められている」と訴えている。  この日は大葉代表のほか事務局長の宮城道雄・埼玉県立岩槻高教諭ら7人の教師が都議会を訪れ、奥山則男議長に全国から集まった6万6千人分の署名を添えて、請願書を手渡した。今後、文部省に対しても同様の要望書提出する予定。  会の連絡先は、府中市朝日町1の15の26、大葉利夫さん(電話0423の62の7776)。 読売新聞 1994年7月13日 障害持つ教師の勤務条件改善を 都議会に請願書 「障害」を持つ教師と共に・連絡協議会(大葉利夫代表)は12日、身体障害や慢性疾患を持つ教師が働き続けるための保障制度を求める請願書を都議会に提出した。近く文部省にも同様の請願を出す予定。  同協議会は、障害を持つ教師の労働条件の改善を目的に平成3年10月に結成。現在は教師になってから視力障害や慢性疾患などの障害を持つようになった小、中、高校教師50人と賛同者100人が加入している。  請願書は�@障害に応じて仕事の補助者を置く�A勤務内容を軽くして人的配置も講じる�B必要な補助機器の導入、施設の改善を図る�C勤務時間内の医療機関への定期通院を認める�E職場の異動には通勤、通院などの事情を配慮する―――の5点を求めている。  メンバー八人は、都議会の奥山則男議長に約6万6千人の署名とともに請願書を提出。都立東村山高教諭の大葉代表が「障害を持っても生徒と接することはできる。人的・物的措置を」と、奥山議長に訴えた。 p.28 読売新聞 1994年(平成6年)7月27日(水曜日) YOUNG塾 障害者とのかかわり学んで! 目のハンデ克服、教壇に 都立東村山高の大葉さん  都立東村山高に、目が不自由なハンデを克服しながら教壇に立つ数学の教諭がいる。大葉利夫さん(44)。ボランティアに支えられ、同じ悩みを持つ教員グループの代表も努める大葉さんは、「学校は社会の縮図であるべきだ。障害を持つ教師がいて、子供たちが自然に障害者とのかかわり方を学べたら素晴らしい」と訴えている。  教諭になった後の昭和57年、無理がたたって緑内障を発病。平成元年に急に視力が落ち、今では左目が光を失い、右目もほとんど見えなくなった。学校側からは、別の道に進むことを勧められたと言う。  しかし、大葉さんはハンデがあっても教育の場に視力障害者はいるべきだ。そのために自分が先例になってやろう」と考え、教師を続けることを決意。独学で点字を習得し、ボランティアの助けをかりながら授業方法を工夫していった。  大葉さんはまず、点字で書かれた授業用の台本を作ることにした。点字教科書だけを使った授業では、大葉さん自身が膨大な量の点字を読まなくてはならないため煩雑で時間がかかるからだ。ボランティアグループ「東村山朗読研究会」の堀川朝子さん(56)らに教科書を朗読してもらい、それを聞きながら大葉さんが点字を打って授業用台本を作っている。  よく使う数式はあらかじめボードに書いておく。黒板に円を書く場合は、磁石を支点にひもで円をかく。  「試行錯誤の繰り返しだったが、能率を上げる方法を考えるのは、楽しみ」と、今では余裕さえ見える。  大葉さんは、都内の普通高校に2人いる、目が不自由な教師の一人。このほど都議会に障害を持つ教師が働き続けられるようアシスタントの配置や、音声ワープロなどの補助器具を備える障害保障制度を求める請願を行った。  「途中で障害を持った教師が退職する現状を変えるため、保障制度は必要。健常者と対等に教壇に立つことで、生徒たちの学ぶことも多いはず」と話している。 写真省略「ボランティアの堀川さんの教科書朗読を聴く大葉さん」 障教連だより8号 p.7 (3)辻問題で京都市教委交渉 辻さん(京都市立滋野中勤務)問題に係わって、京都市教委と初めて の交渉を持ち、京都府教委に対しても要望書を提出した。これらの取り 組は教育委員会交渉を含めた会の活動範囲が関東から関西にも拡大した ことを示している。署名活動を通して、会の活動が各地に浸透しつつあ り、孤立して点在する当該者が、会を知って加入してくる事を考える と、行政交渉が今後各地に拡大して行く端緒であろう。 p.8 3.会の動きと日程 ■(1994年)9月 04(日)辻問題担当会議 07(水)文部省、岡崎政務次官へ署名提出 09(金)京都市教委交渉 ■10月 12日(水)京都府教委へ要望書(辻問題)送付 p.9 ■11月 07(月)京都市議河上氏に辻問題支援依頼(電話及び書簡) p.14 1994年10月12日 京都府教育委員長 森田嘉一殿 「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会 要望書  本会は、障碍(身体瞳碍および慢性疾患等)があっても教師として働き続ける こと、そのために必要な労働条件を「障碍保障」というかたちで制度化して行く ことを目指して、1991年10月に結成されました。  その後、東京都教育委員会に「障碍保障制度要綱」(添付資料)として要望書 を提出するとともに、現実に障碍を抱えながら勤務している当該教師の具体的な 要望について一も話し合いを重ねて来ました。その結果、視覚随碍教師に対する持 ち時間の軽減、人工透析を受けている教師に対する勤務時間内通院の保障など、 制度が整備される以前においても、緊急に必要とされる対応に関しては都教委の 理解を得て要望が認められて来ました。  また、文部省に対しても、「障碍保障」の制度化を求める10万を超える署名 (添付資料)を本年9月7日に提出しています。 さて、今回、突然ではありますが貴教委にこのようなかたちで申し入れをさせ て頂いたのは、本会の会員でもある京都市立滋野中学校国語科教諭辻範子さんに ついて、緊急に要望したい事情が生じたことによります。  辻さんは、1989年10月に心房中隔損傷の手術後、その後遺症によって休 職し、去る8月1日に復職しました。しかし、現在でも心室性期外収縮の後遺症 が残っており、そのため疲労が続くと不整脈の発作が起きるなどの症状が出てい ます。現在、辻さんは週20時間の授業を受け持っていますが、健康な人なら問 題なくこなせる時間数であっても、心臓に障碍のある辻さんにとっては非常に負 担が大きく、現実に不整脈の発作が起き薬で抑えている状態です。  私たちは辻さんの緊急な要請に応えて京都市教育委員会に要望書を提出し、9 月9日に話し合いの場を持って頂きました。具体的には持ち時間の軽減(15時 p.15 間程度にする)をお願いしたわけですが、市教委としては「制度がない」との理 由で要望は受け入れられませんでした。また、その際、「府教委に行って話をし てくれ」と、問題のたらい回し的発言もありました。辻さんの現在の状態は.制 度ができるまで待っていられる余裕はなく、このままでは教師を辞めざるを得な い状況に追い込まれることは明らかです。  辻さんのように中途で障碍を持った教師は。働き続けたいと言う意欲があって も、健康な頃と同様の仕事量を要求されるため無理をして身体をこわし、多くは やむなく退職せざるを得ませんでした。障碍者が働くことのできる環境が、学校 現場では全くと言っていいぼど整備されていません。法律で定められている障害 者雇用率も守られていないのが実態です。  そのような中でも、東京都においては本会との話し合いにより上記のような具 体的君応がなされ、大阪府や新潟県などでも常勤講師の配置等の措置が行われて います。障碍があっても教師を続けられるかどうかは教育委員会の姿勢いかんに 関わってくるのです。  辻さんが心臓に障碍を抱えながらも教師を続けて行くために、本会として下記 の2点を貴教委に要望致します。辻さんが置かれている状況に、ぜひ、ご理解と ご配慮をお願い申し上げます。 (1)持ち時間を15時間程度に軽減して頂きたい。 (2)来年は強制異動の対象となるが、通勤の負担を避けるため、現任校に残 すか、異動する場合でも通勤時間が30分以内の学校にして頂きたい。 なお、以上の2点については文書による回答をお願い致します。 〈連絡先> 〒183東京都府中市朝日町1-15-26大葉方 「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会 専用電話・FAX:0423-36-7012 p.18 1994年10月11日 参議院議員 八代 英太 殿 「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会 代表 大葉利夫 日頃より本会に対する御理解・御支援を頂き誠に有難う御座います。 さっそくではありますが、本日次の二点にっきお願い致したく思い筆を 取りました。急ぎのためFAXでお送りする事をお許し下さい。 1.本会の都議会への「請願」について  去る7月12日に、都議会議長宛に、六方六千余名の署名簿を添えて 「請願」提出致しました。請願の主旨が達成される為には、「自由民 主党」都議会議員の力を得なければならないと常に考えて参りました。 残念ながら直接のつながりも無く、ご協力のお願いを出来ず、月日だけ が経過してしまいました。誠に勝ってなお願いではありますが、本会に 厚いご理解のある先生のご協加を頂く事により、議員の方との直接のコ ンタクトを取れる状況をお作り頂ければと願う次第です。 2・京都府教育委員会への働きかけについて  本会の目的達成の為には、全国の都道府県全てに対して働きかけが必 要な事は明らかであります。本会の力量としましては、現在の所東京都 に対してが精いっぱいであす。しかし今回9月に入って入会した、心臓 に障碍を持つ「京都市立滋野中学校国語科教諭、辻範子(45歳)」 は、この8月に5年間の闘病の後復職にこぎ着けましたが、復職即健常 者勤務の困難な状態にあります。本会としましては、9月7日に「要望 書」を持って市教委の花嶋課長・薮田係長と協議を行ないました。しか しながら、「対応制度はない」「暫定措置も出来ない」の繰り返しで、 らちが明きませんでした。  本会の主旨と当面の当該に対する対応を、京都府教育委員会に求める 場が早急に必要でありますが、その場を設定する為には是非とも八代先 生のお力がなければあり得ないと考えております。  以上二点とも試に勝手で一方的なお願いとは存じますが、是非ともお 間き届け頂きお返事を頂ければ幸いと存じます。 障教連だより9号 p.5 軌跡―95年1月〜95年12月の動き 宮城 道雄 今回は95年1月から95年12月までの活動を報告します。 1.前進 (2)障碍を持つ教員として異動の実現 また、心臓障害を持つ辻教諭(京都市立 中勤務)は、休職中ですが、現任校よりも交通の便のよい柳池中に異動 が決り、持ち時間も5時間軽減されて15時間が実現されました。これ も京都市教育委員会との2度の直接の話合い、府及び市教委への要望書 の提出や議員を介しての働きかけが実ったものです。 1995年3月20日 京都府教育委員長 森田 嘉一 殿 「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会 代表 大葉 利夫 要望書 本会は、障碍があっても働き続けるために必要な労働条件の改善、す なわち障碍保障を制度化することを目指して活動を行なっております。 1991年に障碍保障要綱を東京都教育委員会に提出して以来、定期的 な話合いを継続する中で、視覚障害者に対する持ち時間の軽減と人工透 析をする人に対する勤務時間内の透析通院を認めさせて来ました。昨 年、9月には10万余の署名を集めて文部省に提出するなどの活動を行 なっています。 さて、今回は、昨年の10月に続いて、京都市立滋野中に勤務する 辻範子教諭の件について再度の要望をさせて頂きます。 辻教諭は、昨年の8月に心臓疾患による4年間の休職を終えて復職し ました。手術の後遺症のため心室性期外収縮により、無理をすれば不整 脈が生じて、放置すれば危険な状態に陥りかねない程です。本会では、 貴教委との話合いを持って、辻教諭の状況を説明して5時間の時間軽減 の対応措置を取ることを申し入れましたが、制度に無いからと全く受け 入れられずに、健康な人と同様な20時間を担当して、勤務に奮闘努力 をしておりました。しかしながら、2月23日、労作性狭心症と急性膵 臓炎を併発して、緊急入院に追い込まれ、2ヶ月間の再度の休職を余儀 なくされました。  このような事態は、本会が心配していた事であり、そのことが現実と なってしまったことに怒りを禁じ得ません。その責任は貴教委にあるこ とをしっかりと認識して、早急な対応措置を取ることをお願いします。 (校正者注:「その責任〜お願いします。」下線) 心臓に障碍がある辻教諭にとって、健康な人達と同様に持ち時間をこ なすことは、ひじょうに負担であり、不整脈の発作を押えるために薬を p.37 飲みながら勤務をする状況でした。意欲と情熱を持って子供達と接して いる辻教諭は、表面的には元気そうに見えているのですが、日々の疲労 の蓄積が極限に達して今度の事態を招いたのです。復職後の当然在るべ き「軽減」すら無い状況の中で、持ち時間5時間の軽減(持ち時間15 時間)要求を無視してきた貴教委の対応のもたらした結果であり、障碍 を持つ教師を退職に追い込む以外の何物でもありません。 障碍を持つ者が働く為の特別の労働条件の整備は、国連におけるIL O159号条約において明記されており、また、昨年12月に成立した 障害者基本法でも管理者の責任において行なうべきことが示されており ます。昨年11月には、文部省が雇用促進法の雇用率を達成するよう に、各教育委員会を集めて指導していると聞いております。東京におい ては、本会と都教委の話合いの中で、障碍保障の制度が出来るまでの緊 急の対応を要する問題について上記の様な具体的な対応措置を実現させ ております。大阪府や新潟県等においても常勤講師の配置などが行なわ れております。このような流れの中で、障碍があっても働き続けられる かどうかということは貴教委の姿勢いかんにかかっているのです。 去る3月13日の京都市教委の薮田労務係長との話合いの中で、辻教 諭の来年度の異動は考えているが、持ち時間の軽減が制度には無く府教 委の管轄になるとたらい回し的な発言があり・全く誠意の無いものでし た。  本会としては、辻教諭が心臓疾患があっても働き続けられるために、 下記の2点を貴教委に要望致します。ぜひ、ご理解と充分な配慮をお願 い申し上げます (1)現在、休職中ですが、95年度の異動については、通勤の負担の 少ない学校(電車利用のみで可能な所)に異動をさせて頂きたい。 (2)持ち時間を15時間以下に軽減して頂きたい。(特別に、講師の 配置等の対応措置を行って頂きたい) 尚、以上2点について3月27日迄に文書による回答をお願い致しま す。 s970812 1997年8月12日(複製) 京都市立松原中学校 学校長 永田紀彦 様 京都市立松原中学校 教諭 辻範子   前略。  誠に不本意な事態が生じたため、暫く職場でお会いする事も出来なくなってしまいました。校長先生、教頭先生から自宅の留守電に用件を入れて頂きましたが、私が安心して学校での勤務や安心して自宅での生活が維持出来る内容とは、一つも受け取る事が出来ないものばかりでありました。  校長先生、教頭先生が前任校の場合と同様に決められた結論をどの程度まで、どのような形で私に押し付けようとされるかは、私は判断しかねております。出来るならば、校長、教頭先生を信じ、すべてをお委せするのが本来の姿である事は間違いありません。しかし、京都の場合、他の都道府県とは様相が違います。「『障碍』を持つ教師と共に・連絡協議会」との連携関係を結びながらも教育委員会は、いつも事態が最悪化して、その後、「過ちを繰り返したくない」という後悔や反省をしてからのみ前向きな対応を示す事の繰り返しばかりです。授業の持ち時間を減らす点についても、他の都道府県レベルであれば、もっと早く実現し、校長、教頭先生を含めた同僚や生徒への不利益、そして私の苦しみや困難は、事前に解消出来たはずです。「制度化」はまだまだ先になりそうです。しかし、遅れた京都の現実は、私が障碍を持つ教師として、働く事を不可能にするばかりか、職場の問題が自宅にまで影響を及ぼすために、安心した自宅での生活も不可能にしました。  私は有給休暇や自宅勤務を駆使しながら、4月〜7月まで勤務して来ました。7月の期末試験も作成し、同僚や生徒に迷惑がかからないように、しかも、私の安全を確保しながら、採点を含めた学期末の職務を全うするつもりでした。しかし、それは叶わぬ事となってしまいました。  私は松原中学校の生徒のために授業を一日も早くしたいと思いがつのるばかりです。早く他の都道府県レベルに京都が到達し、私の願いが一日も早く実現する事を願うばかりです。その実現のために校長先生よろしくお願いします。 1997年8月22日(複製) 京都市立松原中学校 学校長 永田紀彦 殿 京都市立松原中学校 教諭 辻範子   今まで通り必要な連絡は、会の大葉代表の方へお願いします。私の手紙も読んで頂けたと思いますが、何の連絡もありませんので、よろしくお願いします。 sk970901 (障教連 1997a) ■◆ 差無生・障教連ビラ ◆■ 97年9月、京都�@ 「いじめをなくす」立場にある京都市教育委員会による障持者(障碍を持つ者)である教師に対するいじめを超えた虐待行為は断じて許されない!! 障持者に正しい対応をせず、強制的に休職に追い込んだり、一方的に給料の支払いを停止する行為は、いじめを超えて虐待に値する行為である!!  京都の皆さん!!  京都市教委に対して、�@「いじめ」や虐待に対する抗議、�A障持者が働くための正しいあり方を要求して下さい。  京都市教委は職権を濫用して、既に当該を休職に追い込み、更には免職にまで追い込もうとする暴挙に突入する勢いでいます。京都における「障持者の差別からの解放」も「いじめ、虐待」もなくすことは、このままでは全く不可能です。教育委員会が社会の根本問題の元凶の一つになっている限り、京都には「真に互いを思い合える社会」の実現は不可能です。一人でも多くの方々の勇気ある行動を私達は望みます。  既にご存じの方が多いと思いますが、繰り返して書きます。  京都市立松原中学校・辻範子教諭(障碍:心臓)は、94年8月、5年間にわたる休職の後、職場復帰を果たしました。その際、障持者である自らが働く条件として「授業の持ち時間を減らす」ことを現場管理職に求めました。しかし、現行にそのような者に対応できる制度がない、すなわち『「障碍」を持つ者が働く権利を保障する制度』は日本では、1981年の「国際障碍者年」があったにも拘らず、未だに現存していません。  いわゆる「通常の100%」の労働を押し付けられたままでありました。  私達と当該が知り合う中で、市教委の薮田課長のみが理解を明確にし、場当り的ではありながら、多少の労働環境の改善はなされたものの、未だに3年前から強く要望している「授業の持ち時間を減らす」ことが市教委の意識の低さから実現していません。  私達は、障持者が賃金的・身分的不利益を受けない、障持者の管理職を含めた職場の同僚への負担転嫁を生じさせない、障持者本人の心身に及ぶ負担を生じさせない、当然のことではあるが生徒の教育を受ける権利が損なわれないことを基本に踏まえて運動を展開している団体です。  本年3月に、当該が復職に当って持ち時間を減らすことを明記した復職の診断書を提出。その診断書が市教委に正式に受理され、復職が実現しました。薮田課長や本会との連携により、4月からは通勤の負担を配慮した現任校への異動が決定。しかしながら、復職の診断書に明記されていた持ち時間を減らす件については、市教委全体の障持者に対する意識レベルの低さからか、なぜか実現されないままとなりました。従って改めて4月に入ってから学校長に対して「勤務継続のためには」持ち時間を減らす必要があるとの診断書を提出。その要求の早期実現を希望しました。しかし、復職の際、あるいは復職後の再三の要求にも拘らず、その実現はなされませんでした。やむなく、障碍の重度化を避け、勤務継続をするためには、自宅で可能な勤務内容は自宅で、それでも無理な部分は有給休暇を駆使する以外に方法はありませんでした。しかし、権利である有給休暇の使用頻度が多すぎると決めつけ、「こんなに休むなら休職しろ」を無理やり承諾させようと市教委はしました。自宅においても高圧的で粗暴な電話攻撃。過去においては、自宅の「ドアを開けろ」や路上での拉致行為もあったため、当該は現在自宅の電話を普通にし、自宅から離れて、身の安全を守る生活を7月2日より行なわざるを得ない状況です。必要な連絡を市教委との間で取れるようにしているにも拘らず、正式な連絡が本人にないまま、とうとう8月からの給与支給を停止する行為にまで到ったのです。市教委は、職権を更に濫用して、本人を免職にまで追い込む考えであることは、今までの経過からすれば間違いないでありましょう。  私達は、この事態打開のために、話にならない市教委ではなく、話ができる京都府教育長との話し合いを求めました。6月27日の府教委との話し合いの中で、既に問題解決の具体的な糸口が見いだされており、更に文部省の教育助成局からの資料もその具体的な糸口が裏打ちされています。にも拘らず、今日の状況に至っているのは、やれることもやらない異常さを京都市教委に感じるばかりでありますし、このまま市教委を放置して当該者を免職にまで追い込む事態はあってはならないと、誰が考えても判断できることであります。この危険な市教委の暴走を止めさせるには、皆さんの力が絶対に必要です。 やれることを市教委にやらせ、市教委の異常な暴走行為にピリオドを打たせるしかありません!!  京都市教育委員会 電話075−222−3779 連絡先 ■あらゆる差別を無くし生きる!!「差無生」運動推進協議会     ◆「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会          事務局長 栗川 治          〒950−21 新潟市内野町621番地          TEL&FAX 025−262−3678 sk970902 ■◆ 差無生・障教連ビラ ◆■    97年9月、京都�@ 追加文 要休養審査委員会は 障持者排除の存在である!!  右の記事は、9月2日読売新聞に掲載されたものである。この記事が述べている問題点は非常に大きなものである。障持者であるため、人間としての人権が一方的に剥奪されることは決して許されない。  京都市教委は、要休養審査委員会を設置し、「いわゆる通常の100%」のノルマを消化できない教師を排除している。「いわゆる通常の100%」を果たせない教師は教育現場で働かすことを認めず、要休養審査委員会の判定基準には、休ませるか、退職の判定しか許されていない。その構成メンバーには、本来なら患者の権利を守るべき医師が公費で雇用されていることは、ますますもって許し難い。障持者本人の人権が剥奪され、それ以外の者によって処理されていくプロセスは、新聞記事で書かれている許されない悪質な行為と全く同じである!!  保護者においても、自らの子供達の利益だけを考えているならば、その許されない行為に荷担してしまうことに気づいていただきたい。 連絡先 ■あらゆる差別を無くし生きる!!「差無生」運動推進協議会     ◆「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会          事務局長 栗川 治          〒950−21 新潟市内野町621番地          TEL&FAX 025−262−3678 s971021B (辻 1997a) 1997年10月21日(修正補正版) 京都市立松原中学校 学校長 永田 紀彦 殿 京都市立松原中学校 教諭 辻 範子 私は教師を続けたい!!  私は、9月から安心して学校の勤務に就けるように、永田校長先生に、7月以降、何度かお願いしてきました。何度も書く事になりますが、有給休暇を駆使して学校での勤務の継続を図る事に、私は4月から7月1日まで努めてまいりました。その結果、自習時間が増えてしまった事は、大変気になっていた事も、申し上げてまいりました。同僚の皆さんに、私の校務分掌の負担を押し付ける事は、当初より私は望んでいない事を、お伝えしてきました。  3月の復職の診断書に明記されているように、「持ち時間を減らす」は、心臓に障碍を持つ私が勤務を続ける上で、過去の経過から見ても、必要不可欠であった事は、今更申し上げるまでもありません。「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会(略・障教連)の大葉代表と市教委の薮他課長との間では、5月中に「持ち時間を減らす事」に向かって、市教委と障教連とで努力してくれるとの話を含めての現任校への移動であった事が暗黙の了解事項でありました。私も校務分掌等の同僚への負担転嫁も、6月以降は、持ち時間を減らす事により、少しは解消でき、体力維持も、6月以降は安定し、「有休ではあっても」自習時間はできるだけ作りたくないと考える私やすべての人達の望みがかなうと信じていました。4月に、持ち時間を減らすために必要な診断書を校長先生に提出した時もその希望がかなうと信じており、まさか、6月を終ろうとしても、その事が実現されないなどとは思いもよりませんでした。実現に向けて、障教連が、4月2日に、別額予算のお願いをしに行った事があるだけで、市教委に至っては、全くその動きを取りませんでした。  それらの歪みから来る問題を、すべて結果的には「私のせい」にされてしまったのは、誠に心外でなりません。もっと市教委や校長先生が、障教連という市民団体に実現の行動を委ねるのではなく、生徒や私や同僚を含めた学校現場全体の事を考え、5月中の実現を図って頂けたらと思わずにはいられません。すべて私のせいにされ、安心して学校に出勤できる状況や、過去の管理職の行動や市教委の高圧的なやり方による、自宅での生活ができない状態にまで、私が追い詰められてしまっている状況については、校長先生に以前にも訴えました。  従って、私への連絡は、誰をどこまで信じるかという事が、どこまでできるかが問題ですが、少なくとも、都立高等学校に勤務している大葉代表であれば、現状はどうであれ、大葉代表の身分から見て、必要最小限度のご連絡がして頂けると思い、その事を校長先生にお願いいたしました。  しかし、7月以降、私の所には全く連絡が入って参りません。私が自宅にいられない事もお伝えしました。であるならば、所属下の職員の安否については、本当に心配されるならば、生徒以上にとは申しませんが、せめて生徒と同じように、手を尽くして私への連絡を取って頂きたいと、改めてお願いいたします。  しかも、私の給料は、8月・9月・10月と、銀行に振り込まれていない状況の中で、その理由さえ私には入って参りません。  私は、6月30日に、永田校長が私を校長室に呼びつけ、必死の思いで行なった私の行動に対して理解もして頂けず、冷たく粗暴で高圧的な言動・行動を受けた事や、それ以前にも同種の言動・行動が校長先生にあった事等から考え、私が安心して相談できる相手と、当該の私が考えられると思われますか。しかも、3月から5月までの間に、持ち時間を減らす行動を全く取らない市教委が、自習時間が多くなった事を盾に、7月2日以降の私の学校での勤務の継続をさせないと、障教連の大葉代表に宣言し、障教連とは「私が学校現場を離れる事に協力してくれなければ、後は学校長を通じて本人に承諾させる」の決めつけた一方的な会への通告や、会との関係を切り、その後の強硬な動きに出るという状況下に、私がどうして追い込まれなければならないのでしょうか。  私は、現任校の生徒を含めた皆さんに、負担をできるだけ強いる事なく、医師の復職の診断書や、4月の復職の通り持ち時間を減らす事が必要な心臓に障碍を持つ教師として、教育活動ができる事を望んでいただけなのです。  労働条件の整備は、私個人ができる事ではなく、私の復職に責任ある担当の方々の責任において成される事だと考えてはいけないのでしょうか。何か私が罪でも犯し、そのため私が罰を受けざるを得ない立場に、知らぬ間に追い込まれてしまったとしか考えようがありません。何らかの形で私への連絡ルートをお願いしていても、その連絡もなく、無給にされ、9月からの教育活動の実現の夢も打ち砕かれてしまいました。  このような事が、今の世の中であろうとは、私は思ってもいませんでした。しかも、人の心を育む教育現場で起ころうとは、私は信じられません。私は、生活費もなく、しかもこのまま職を失う事になるのでしょうか。生徒達の顔を再び見る事もなく、しかも何も知らされずに。  校長先生が本当に人を大切にする教育現場で活動されている方と、私が信じられるようにして下さい。今までの校長先生からは、残念ながら私は、校長先生を信じる心を持つ事ができません。人を大切にする教育現場の校長先生と、私が信じられるようにして下さい。その事がわかれば、私は学校での教育活動や、家庭での生活を回復する事ができます。  勿論、市教委があれほどまでに頼っていた大葉代表との信頼関係を回復させる事。私が勤務できるための大きな条件「持ち時間を減らす事」を実現できる具体的な方法は、既に障教連が、8月28日に、府教委との間で合意形成を取り付けています。市教委が、なぜ障教連の大葉代表をあれほど頼り、大葉代表の自宅や職場まで電話等で連絡を取る信頼感を抱きながら、簡単にそれを破棄してしまうのかも、私にはよくわかりません。私は信じやすい質ではありますが、市教委の大葉代表への信頼度は、今回の私の件で失われるような事が、あるはずがないほどの信頼関係であったと思うのですが。  とにかく、私が、訳のわからないまま、無視や放置されて、いつの間にか免職になってしまう事は、望んでいない事と、私は連絡を望んでいる立場である事を、ここに再度お伝えして、校長先生をはじめとする、市教委や障教連の皆さんの支援を待つのみであります。  追伸  とにかく空白期間が長くなっている中で、一刻も早く、私の立場と今後を望む考えをお伝えするしかないと思い、障教連の栗川事務局長に急いでワープロで代筆をお願いし、併せてFAXでの送信もお願いする事にしました。改めて私からも郵送でお送りしたいと考えています。ご了承下さい。  尚、私が勤務できるための大きな条件「持ち時間を減らす事」の根拠になる文部省教育助成局の資料も添付いたします。  11月10日追加文 「復職の診断書」「持ち時間を減らすために必要な診断書」を追加します。 1997年10月21日 京都市教育委員会 教育長 殿 あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会会長 「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表   大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭)   要望書  日頃より、私達の活動についてご理解ご協力を頂き、誠に有難うございます。  取り急ぎ、用件に入らせて頂きます。既に何度かご連絡させて頂いています心臓に障碍を持ちながら教師を続ける京都市立松原中学校国語科・辻範子教諭の事であります。詳細はお会いした時に述べさせて頂く事にいたします。  辻教諭は、7月2日以降、学校現場での勤務に就く事が出来ないばかりか、自宅での生活も保障されない毎日が続いています。更に8・9・10月分の給料も、本人にその理由が確実に通知されないまま支払われておりません。生活費どころか、このままでは貴教委の「一部の人達」により、辻教諭が働き続けられる「具体的な条件」が実在しながらも、それを「一部の人達」が用いる事なく、辻教諭が教育現場から抹殺されかねません。「具体的な条件」は、文部省がここ数年必死になって全国の各都道府県・市町村の教育現場に対して、障碍を持つ教師の雇用を保障する指導と具体化を進める中での事例の一つとして文部省が文書として例示したものであります。私達は既に府教委との間で、文部省が認めている「具体的な条件」を実施に伴う負担に関して、合意を8月29日得ております。  当該の10月21日付の学校長に宛てた手紙「私は教師を続けたい!!」に切々と述べられている文章を読んで頂ければ、おわかり頂ける経過と現状が書かれております。その中で示されている97年3月、復職の診断書にあるように、「持ち時間を減らす事」が大きな課題となり、それを5月までに私達と「一部の人達」とで最前の努力をし、その実現を図ろうと考えておりました。しかし、様々な事情があったかも知れませんが、「一部の人達」は、その実現を具体的にされませんでした。  私達の努力では5月に間に合わず、それでも9月からの勤務がよい状態である事を最大の目標として活動し、府教委との間で合意にこぎつける事が出来ました。しかも、この内容は、決して正式な制度確立以前の通念としても、文部省が例示する今日においては、妥当性を失うものではありません。「出来る事」を、6月までの条件が満たされていない状況の中で、当該の有給休暇が多い事から来る困難性のみを捉え、「一部の人達」はやろうとせず、当該の「職を失う」に至る行為に走り続けております。私達は何度となく「一部の人達」に要望をして参りました。また、今まであった私達と貴教委との信頼関係を破棄した「一部の人達」に対して、「出来る事」を前にしての具体的な合同会議を開催する事を模索して参りました。  しかし、「一部の人達」は、強行に自らが行なってきた行為のみをいたずらに正当化し、私達を拒絶するのみならず、当該の服務上に問題点を見出し、その攻撃のみに終始しております。人間である以上、当該に全く非がないとは言いませんが、非を負うべきは、私達と「一部の人達」が非を負うべきであり、それを求めずに、ひたすら職を失わせる方向しか考えられない「一部の人達」との話し合いを、私達は当該のために持つ事が出来なくなっております。  このような状況の中では、やはり京都の教育界を最もよく理解し、最もよい方向に導く事にその責務を感じておられ、なおかつ、冷静に判断出来る教育長に、私達の直接の声を聞いて頂きたい。間違っても、このまま当該をいたずらに退職に京都が追い込むような事をされない事を願い、急ではありますが、私達は、4月以降7回目の京都への動きとなりますが、今回は教育長に何が何でもお会いするしかないと考え、向かいます。  1997年10月23日(木)16時にお伺いしますので、是非是非時間を頂きたいと念願しております。  尚、教育長には何通か要望書を送っていますが、「一部の人達」を経由せざるを得ない形式であったため、今までこの事態が「一部の人達」の正当化論が公には先攻し、当該がこれほどまで危険な状況に追い込まれている事を見れば、良識ある教育長に、私達や当該からの切実な訴えにあふれた文書が教育長に届いていないと、判断をせざるを得ません。  従って、一刻を争う今日においては、良識を持った信頼出来る市議会議員の方を信じ、この文書を直接教育長にお渡しして頂くように、私達はする事にしました。  本来ならば、そのような煩わしさを敢えて市議会議員の方にお願いをかける必要もありませんし、私達が教育長に直接押しかけるような形でお会いするような事もない方がよいと考えておりますが、事情が事情という事で、いずれの事もお許し頂きたいと願うばかりです。 sk971022 (大葉 1997a) 1997年10月21日 京都市教育委員会教職員課長 薮田 昇 殿 あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会会長 「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表   大葉 利夫(都立小金井北高等学校数学科教諭)   「源思」  私達は、1994年9月より、薮田さんと、薮田さんを窓口とした市教委と話し合いをしながら、互いの立場を理解し合いながら、同じ教育現場に関わる者として、一人一人の人間を大切にしていくという教育の最も基本的な理念を互いに踏まえながら、信頼を深めて参りました。  94年9月9日の初顔合わせの時点では、互いの立場だけで、人を大切にするという基本理念をもとにした信頼関係は持てず、私が「このまま放置して、辻教諭を殺すような事はするな」とまで言わざるを得なくなり、なおかつ、その席での話し合いの限界を感じ、席を立たざるを得なくなったのは、生々しく3年も経過した現在でも、今日のごとく鮮明な記憶として残っています。95年10月には、全く逆に薮田さん自身が今度は自分達の立場が通らないと感じるや否や、権威を持った立場の人間の態度で席を立ち、部屋を出ていかれました。  しかし、様々な紆余曲折の中で、互いの立場がある中で、私達は私達なりに、薮田さんは薮田さんなりに、「人を大切にするという立場」を優先し、互いに現行制度の上でも、辻教諭個人をいかに障碍を持つ立場でありながらも、教育現場で活躍してもらうために残すかに苦しみ、悩み、努力し、多くの難関を「互いの信頼関係」で乗り切ってきました。言葉ではその大変さは到底表現出来るものではありません。おそらく薮田さんにしても、私にしても、それぞれの立場からすれば、相当な無理をしてきたのではないでしょうか。それは、現行制度が不備である中で、今そこにいる障碍を持つ辻範子教諭を残す事のみを一時も忘れずに考えていたからこそ、成し得た事ではないでしょうか。互いの立場を優先させれば、不可能であった事は明らかです。薮田さんと私とで、周囲からいかなる雑音が入ろうとも、それに惑わされる事なく歩んできたはずです。当然私は薮田さんを高く評価し、強く信頼しております。おそらく薮田さんも私に自らの立場がある中で、私を強く信頼していたからこそ、既存の概念を生かしながら、なおかつ、既存の概念を切り崩し、私の主張を受け入れて頂いたとしか考えられません。成し得た事が多くあります。  しかし、辻教諭は3月に復職する時点から、その診断書にも明記されているように、「持ち時間を減らす事」は明らかにそれ以前と同様に、薮田さんと私が共同で超えなければならない難関であったはずです。しかもそれは当該の心身の負担や同僚や生徒の負担を最小限度に留めるためには、「5月中の内に」難関を突破しなければならないというのが、二人の間の共通認識と目標であったはずです。おそらくそれが二人で行なえる最も大きな難関であり、しかもそれが最大の難関であると考えてよいのではないでしょうか。しかも、その最後の難関は、私が会を創設し、当該教員にもたらすべき第一条件であり、その難関「持ち時間を減らす事」を現行制度にはない中で、必ず当該にもたらす事が必要不可決と考え、その実現に邁進し続けてきた運動の核心でありました。その事は薮田さんも十分に知って頂いていたと私は考えています。当該教師にとっては、教師生命=持ち時間を減らす事である事は、私自身や、この間の運動の中でそれが実現する事によって、どれほど多くの当該教員がまだまだ他の点で条件整備が不備であったとしても、教育現場で活動を続けている事を見れば、見事に実証されている事実であります。動かし難い事実であります。それに反し、私と連絡が取れない中で、その条件を別枠として得られなかった者は、私の知る限り、教育現場で残っている者はいません。  だからこそ最大の難関であり、最初の難関でありながら、薮田さんと私との間では、逆に当該をこの上なく厳しい立場に追いやってしまった「最後の難関」と私は捉えています。今まで越えてきた難関の最後の難関を克服する大事な大事な時に、なぜ薮田さんは私を突き放し、自分だけ安全で、しかも権威を保持出来る場所に逃げてしまわれるのですか。越えるなら、今まで幾つも難関を越えてきた事を、周りに自慢話としてするのは拙速で、きちんと最後の難関を越えてから、あれもやってきた、これもやってきたと言われるならば、それはそれでその人の成し得た成果として、話されるのも結構でしょう。私はその気はありません。最後の大きな難関が5月中に越える事が出来ず、その間に保護者から教育委員会に対してクレームがつき、教育委員会の責任と安全を守るように迫られた経過については、私は理解しています。しかし、7月に入り、授業の負担も減り、約2か月の間に別枠の予算措置を得る行為は許される長期的な時間がある中で、薮田さんは自らの立場を遂に優先させてしまい、私と越えようとした最後の難関を放り出し、「権威」を持てる薮田さんは「権威」を持たない私を放り出し、当該を放り出し、ひたすら保身的に教育委員会の中の一員になり下がってしまわれました。あまりにも卑怯で卑劣と私は思います。やるなら最後まで、どうして苦しく厳しい所を歯を喰い縛ってでも、周りから何と言われようとも、私を信じ、その可能性にチャレンジしなかったのですか。薮田さんの心の中に、本当に心残りはないのですか。私が目茶苦茶な事を言った事がありますか。薮田さんに否定をされた事はありますが、結果的には私が言った事が実現しているではありませんか。薮田さんは、その結果を見て私を評価し、信頼していたのではありませんか。96年2月当時の岡田校長に、私が恥ずかしささえ感じるくらい、岡田校長に対し、私を評価していたではありませんか。94年9月からの一連の私と、私の言動・行動をよく振り返って下さい。また、薮田さんの行動も同時に振り返ってみて下さい。昨年10月、私の家庭の事情で、要休養審査会へ、当該の必要な診断書が届かなかった時も、私の立場を代弁して頂き、11月へ審議を先送りしてくれた事は、それほどまでに私を信じていてくれる薮田さんを知り、有難くもあり、感動もいたしました。私の薮田さんに対する信頼も、より深くなりました。それが、なぜあと一踏んばりの所で私を振り切り、当該を窮地に追いやり、自らだけ安全な立場を維持する行動が出来るのですか。そんな薮田さんを私は考えてもおりませんでした。また、そんな薮田さんを目の当りにしたくもありませんでした。私の事が信頼出来ないならば、最初から信頼して頂かなかった方がよかったと考えるほどです。なぜなら、当該をここまで窮地に追い込んでしまう結果が生じたからです。  私は、7月1日に電話でお話をした通りに、9月に間に合うように現実に出来る方法を探し、取り付ける行動を責任を持って果たしました。6月までの事は、二人で行動し損なっていたのであるから、7月中の短期的な時期および学期末による実質的な持ち時間の減少でしのぎ、9月までの間に二人で最後の難関を突破しましょうという私の声に、耳をどうして傾けてくれなかったのですか。また、私を信ずるならば、それまでと同様に、自らの立場にありながらも、もっとねばり強く周囲への説得が出来たはずです。私は薮田さんに突き放されましたが、約束通り、府教委との間で9月からの勤務の中で「持ち時間を減らす事」が実現出来るように、最後の難関を一人で突破しました。しかし、二人から一人になって成し得たその成果さえ、薮田さんは無視し、当該の給料を止め、更に危険な段階にまで動こうとしているのを知り、私は一人の人間として、今の薮田さんを許す事は出来ません。障教連という会の立場でもなく、都立高校の教員という立場でもなく、一人の人間として、今の薮田さんをこのまま許す事は出来ません。私は47年間の人生の中で、最も大きな怒りと悲しみを感じています。この感情は、私の理性では抑える事は不可能です。私は自らの人生の中では、身分に捕らわれる事なく行動する時があるかも知れないと考える事が時々ありましたが、まさに今はその時であると私は思っています。一人の人間として。 S971026B (大葉 1997b) 1997年10月26日(字句修正) 京都市教育委員会教育長 殿 あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会会長  「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表   大葉利夫(都立小金井北高等学校数学科教諭、障碍:視覚) 「直訴」  単刀直入に中身に入らさせて頂きます。心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭の問題が、その人権を無視されたまま、間接的な情報を得る中では、最も危険で避けなければならない「懲戒免職」という貴教委の権力を行使した行為が断行されようとしている局面にまで発展しています。そのため、急遽10月22日に、「大局的な立場」で京都市における教育を捉え、「大局的な立場」から担える教育長との直接の話を求め、10月22日に、その機会の可能性をお伺い致しました。なおかつ緊急性から翌日23日の機会を求めました。本来ならば正式な文書を事前に、しかるべき経路の下でお届けするのが筋でありました。しかし、「懲戒免職」の局面が、すぐそこにある中では、やはり同じ京都市のために公務を司る立場にあり、なおかつ私達が最も信頼を置いている市議会議員・小林あきろう氏に、その私達の「教育長と是非話したい」の要望書を届けて頂くより方法がありませんでした。結果的には、急の私達の申し出に対し、その思いは汲んで頂いたものの、日程上は教育長が23日不在となった事と、元々の担当責任者で私達を無視する事なく対応するようにご指示頂いたと拝察しました。  私達は、教育長でなければ、この局面を「正しく捉え、正しく判断出来る」事はないと考えておりましたが、まずはこの危急の事態の中では、教育長の意思も尊重し、なおかつ少しでも当該に「正常な可能性」をもたらす事が出来ればと考え、先日の教育長への要望書に書いた「一部の人達」の攻撃から当日当該を守りつつ、担当の薮田氏と話し合う事にしました。  結局23日は、急な予定に対して薮田氏の確保出来る時間が一時間足らずと限られてしまい、十分な話し合いは出来ませんでした。また、お互いの立場が優先したままの話の中身となってしまいました。7月1日以降の流れの中では予想される内容ではありました。しかし、6月28日以来の再会の場で薮田氏と私とが話し合う中で、改めて感じた点があります。添付した文書は、私が薮田氏と共に94年9月以降、互いに互いの立場がある中で、互いに互いの立場を越えて、本当に苦しみながらも力を合わせて、障持者が安心して勤務の出来る制度のない中で、緻密に連絡を取りながら、未知の可能性を求めて歩んだ年月に思いを込めて、私が全く個人的な立場で個人としての薮田氏に宛てた文書「源思」です。出来れば今回個人のものとして添付する予定として考えていませんでしたが、23日の再会の中で感じた点と密接に結び付くものであるため、添付する事に決めました。「源思」を読んで頂いた後で、これからの部分をお読み下さい。  23日の再会で感じた点は、先ほど申した通り、互いに互いの立場を主張する場ではありましたが、その貴重な場面で感じた事は、やはり薮田氏と私は、他の人達ではやり得なかった事をやってきた「同じ立場」であるという事です。  ただ、それが、現行の制度とか子供達の教育権等を優先する立場と、なおかつ保護者や学校現場や貴教委の中からの動きの渦中で悩む薮田氏としては、薮田氏の7月1日以降の「判断」であった事。  私は、多くの障持者が排除されてきた過去の歴史や、まだ持ち時間を減らすための予算の額を可能性大と、同僚への校務分掌の負担転嫁がなされている中で、7月1日からの当該の一学期末という変則的な時期での実質的な持ち時間を含めた勤務の負担が減少すると、判断した事。  この二つが、7月2日以降の当該のゆくえを大きく左右してしまった事、薮田氏と私とが7月1日までの「同じ立場」を取れなくなった事と強く再認識しました。  再会の貴重な時間でも、また今までも何回も薮田氏に話してきた、私が運動で踏まえている基本的な考えを、ここで繰り返し述べます。それは、確かに障持者に対しての働く権利を保障する制度確立を運動の柱にしていますが、いつもその根底に「学校は何のために存在するのか」、「子供達の教育を受ける権利を侵害してはならない」を踏まえている事であります。算出の基準の妥当性はともかくとして、自習時間が多い事は当然回避しなければなりません。子供達の教育権の侵害に当然なります。だからこそ、3月復職の時点から、私と薮田氏とで、5月中に持ち時間を減らす事への実現を図ろうと互いに考えていたのではないでしょうか。その実現が遅れれば、今回のような事態が招かれる事は、当然予測されていた事です。だからこそ、私達は府教委に「別枠」を求める行動を取りました。だからこそ、94年9月9日の時から、持ち時間を減らす事を実現する事を要望してきました。それ以外の点で、薮田氏と私とで成し得た事はいかに多くあったとしても、同僚への負担転嫁につながってしまったり、生徒への教育権侵害につながってしまうものであります。校務分掌は同僚に負担転嫁が出来ても、持ち時間については出来ません。それほど持ち時間は子供達の教育権を保障するために重要であり、簡単に同僚にその転嫁が出来ないという事は明白であります。ですから、薮田氏に宛てた「源思」にも述べたように、障持者である教師にとって持ち時間を減らす事が、実現の「第一条件」であるのは、教育長もおわかり頂けると私は信じております。  7月1日の「判断」の結果、今日の危機的な状況が作られました。その判断の妥当性は、互いの立場から、今論じている時間はありません。私達が8月28日、府教委との間で「別枠」の持ち時間を減らす事への確実な確認事項があります。それは文部省の指導の下でなされた他県の事例として認められています。6月27日の段階では文部省の事例が確認出来ていなかったため、含みを持たせた府教委の前向きの決断を得るに留まりました。今は違います。文部省の具体的事例です。府教委は、今の当該の危険な事態に対し、予算的負担を覚悟してくれて、私達に対して、誠意ある答えをくれました。勿論、この事例そのものは、私達の運動にとっては不本意な内容であります。しかし、制度確立までの中では、私達も行政も、ある程度の妥協が必要であります。あとは貴教委が府教委と同様に当該のために、また京都市の教育のために決断されるだけであります。  23日の再会の場面では、互いの立場から「同じ立場」に、薮田氏と私はなれませんでした。どうか、教育長自らの指示により、薮田氏と私が再び「同じ立場」になれるようにして下さい。それしか問題の解決は見いだせないと私は判断します。当該が安心して学校長に連絡を出来るようにして下さい。今のままでは、とても無理です。どうかよろしくお願い致します。 sk971027 1997年10月27日 京都市教育委員会教育長 殿 あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会会長  「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表   大葉利夫(都立小金井北高等学校数学科教諭、障碍:視覚) 「直訴」の実現のために 京都に向かいます!!  先にお送りした「直訴」の具体化を図るため、教育長と直接お会いしたいと望んでいます。先日は教育長不在という事で、変則的な形式となりましたが、当該の置かれている危険な現状を考えれば、再び京都へ8度目になりますが、向かいます。お会いして下さい。  予定日時 10月29日(水)、または10月31日(金)。いずれも 13時以降の時間帯の中で考えています。 sk971103 (大葉 1997c) 1997年11月3日 京都市教育委員会教育長殿 あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会会長 「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表   大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭)   文部省の通達並びに指導を無視する事なく、障碍を持つ教師が働き続ける事の出来る第一条件(持ち時間を減らす事)の実現と身分的不利益の回復を求めて、教育長への直訴に参ります  京都市立松原中学校・辻範子教諭が、障碍を持つゆえ差別を受けている事、その差別撤回を求め教育長へ直訴を行なって参りました。教育長が不在のため、実務的な意味での担当者・薮田氏との協議をして参りました。しかしながら、現行制度の上で職責を果たさざるを得ない薮田氏は、7月2日以前の私との親密な関係に立ち戻り、同じ立場で事態の解決へ向けた辻範子教諭個人に関わる危機回避のための具体的な協議に入る事が出来ずにいます。7月1日までの経緯は今更互いに正当性を主張し合っても、今は虚しく無意味であります。私達が当該に対して当初から求めていた「持ち時間を減らす事」が財源の裏付けを含め困難なまま実現されずに3月が経過してしまった事は申し上げてきた通りであります。薮田氏も私も当該も現場も、その負担を現行制度の不備のため、強いられてきました。また、現行制度をそのまま用いれば、それは障碍を持つ教師の排除のシステムと言わざるを得ない事も申し上げて参りました。幸い、7月1日以降ではありますが、指導・通達をしている文部省が具体的事例としている「やり方」が判明。不本意な内容ではあるものの、この3年間苦しみ続けた当事者にとっては「見通しの持てる方法」である事は間違いありません。既に申した通り、府教委にも迷惑がかからない段階を判断した上で、府教委とその「やり方」への財政的裏付けを私達は確認してきた事も今は明白です。あとは、いかに当該の不利益の回復と身分的危機の回避を、教育長を最高責任者とする市教委が、私達と具体的な協議に入り、その実行に移るしかありません。下記の点を求めて、教育長の所へ参ります。 記  1.薮田氏を7月2日以前の私達と同じ立場に立てるように解放する事。  2.当該の8、9、10月の給与の回復をする事。  3.当該が安心して自宅へ戻り、安心して学校勤務が出来るようにする事。  4.本当の意味での障碍を持つ教師への下記の点を踏まえた対応を本格化する事。  ア、身分的、賃金的不利益を受けない。  イ、同僚への負担転嫁が生じないようにする事。  ウ、子供の教育を受ける権利を侵害しない事。  5.当面は府教委と市教委と我々と連携を取り、まずは当該の持ち時間を減らす事。 SK971111           様 要望 S971111B 1997年11月12日 各大使 殿 あらゆる差別を無くし生きる!   「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭) 障碍を持つ教師が働く事を 不可能にしている日本の実態。 特に京都の差別的実態に 国際的情報を頂きたい。 1997年11月11日 在日本ドイツ大使 殿 1997年11月11日 在日本オランダ大使 殿 S971112B 1997年11月12日 京都市教育委員会 教育長 崎野 隆殿 「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭) 直接の直訴を求めます!! S971112C 1997年11月12日 京都市議会議長 中野 竜三 殿 あらゆる差別を無くし生きる!   「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭) 要望書 「京都市議会において、 障碍を持つ教師の立場から 特別アピールをさせて下さい!!」 1997年11月13日 京都府議会議長 山本 直彦 殿 あらゆる差別を無くし生きる!   「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭) 要望書 「京都府議会において、 障碍を持つ教師の立場から 特別アピールをさせて下さい!!」 s971115 1997年11月16日 京都府知事 荒巻 禎一 殿 京都市長  升本 頼兼 殿 あらゆる差別を無くし生きる!!   「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭) 人権に関わる要望書 −− 京都の障碍を持つ教師が差別・排除されようとしている −− s971116 (署名用紙) 1997年  月  日 京都教育委員会教育長 殿 京都の障碍を持つ教師に対する不当な教育委員会の処分を撤回し、労働条件を他の都道府県と同レベルにし、当該の職務の継続の保障を求める要望書 −− 京都市立松原中学校・辻範子教諭を支援します −− [主催団体]  あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会  「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会  社会運動を考える会  心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭を支援する会   以上総代 大葉利夫(都立小金井北高等学校数学科教諭、障碍:視覚) S971116A (署名用紙決定版) 1997年  月  日 京都教育委員会教育長 殿 京都の障碍を持つ教師に対する不当な教育委員会の処分を撤回し、労働条件を他の都道府県と同レベルにし、当該の職務の継続の保障を求める要望書 −− 京都市立松原中学校・辻範子教諭を支援します −− [主催団体]  あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会  「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会  社会運動を考える会  心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭を支援する会  以上総代 古賀皓生(熊本学園大学教授、障碍:視覚。11月18日〜) s971116b (署名ビラ) 1997年11月 心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭を支援します!! 「京都の障碍を持つ教師に対する不当な教育委員会の処分を撤回させ、労働条件を他の都道府県と同レベルにし、当該の職務の継続の保障を求めていく要望書」 の署名活動へのご理解とご協力をお願いします!! カンパもよろしくお願いします!! S971116C 送信状 1.送信日時   1997年11月17日 2.送信先   日本教職員組合   中央執行委員長 川上祐司 殿   障碍児教育部長 小川恭司 殿 S971116D (署名ビラ第2版) 1997年11月 心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭を支援します!! 「京都の障碍を持つ教師に対する不当な教育委員会の処分を撤回させ、労働条件を他の都道府県と同レベルにし、当該の職務の継続の保障を求めていく要望書」 の署名活動へのご理解とご協力をお願いします!! カンパもよろしくお願いします!! あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会   社会運動を考える会   心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭を支援する会 以上総代 古賀皓生(熊本学園大学教授、障碍:視覚) S971116E 1997年11月 各位 あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会   社会運動を考える会   心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭を支援する会 以上総代 古賀皓生(熊本学園大学教授、障碍:視覚) 署名依頼 S971116F (署名ビラ決定版) 1997年11月 心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭を支援します!! 「京都の障碍を持つ教師に対する不当な教育委員会の処分を撤回させ、労働条件を他の都道府県と同レベルにし、当該の職務の継続の保障を求めていく要望書」 の署名活動へのご理解とご協力をお願いします!! カンパもよろしくお願いします!! あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会   社会運動を考える会   心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭を支援する会 以上総代 古賀皓生(熊本学園大学教授、障碍:視覚)  私達は、京都市立松原中学校で心臓に障碍を持ちながら、勤務の継続を訴えている辻範子教諭を支援する者であります。  辻範子教諭は現在、職場での勤務や自宅での生活が安心して送れない状況に1997年7月2日以降追い込まれています。給与は1997年8・9・10・11の4か月間、既に停止されてしまい、更には当該が危険を避けるため職場での勤務を行なえない立場を、一方的に公務員の服務上の問題と行政側は決めつけ、職場放棄と見なし、懲戒免職を断行する危険が高まっております。弱い立場の者を、地位と権威を持った者が差別・排斥する典型的なパターンであります。特に障碍を持つ者は、無理を強いられても無理をする事は障碍の重度化につながり、また今回のように心臓に障碍を持つ場合は「生命の危険」に到る事になりかねません。1994年8月に、心臓の手術を5年前にした後、ようやく職業身分の期限切れの中で職場に当該は復帰しました。私達のビラを読まれるならば、様々な問題を知って頂く事が出来ると思います。出来る限り読んで下さい。  本論に戻ります。ノーマライゼーションが世界的に国連の努力の中で1981年以降世界では実現してきています。日本でも、その言葉は知られ、それがあたかも実現していっているかのようにマスコミ等によって報じられているようです。しかし、日本の教育現場においては、全く障持者(障碍を持つ者)が、その障碍に応じて働くための労働条件が制度上整備されていません。そのため、ほとんどの障持者は教育現場に入る事も出来ず、ただ去っていく事のみであります。遅れる日本の中で文部省は現行の他の制度を流用してでもよいから(違法行為→文部省通達→合法行為)とまで、障持者の教育現場での勤務継続の可能性を通達・指導しています。しかし、京都の教育委員会の場合は、当該や私達の訴えに対して、その当該の仕事を同僚に負担転嫁させてしまったり、当該の持ち時間を減らす事は「財源がない、制度にない。」として行なわないため、結果的に当該の精神的・肉体的負担の増大を引き起こさせてしまいました。また、当該の有給休暇による授業への影響を引き起こしてしまいました。文部省の通達・指導通りに他の都道府県並みに、私達や当該の訴えを組み入れて実行していれば、今回の混乱は回避出来たはずです。それをせず、ただ同僚や生徒への負担転嫁から来る不満を当該のせいにしてしまいました。そのため、当該は同僚からも、保護者からも、行政からも圧力を受けざるを得なくなりました。従って、7月2日以降は自宅にも職場にも居る事が出来なくなりました。市教委は、その原因と理由を考えようとせず、職場放棄と見なし、服務違反として処分行動に一方的に入ってしまいました。その一連の危険が今日の危険であります。私達は、京都の教育委員会への署名での主旨文の通り、辻範子教諭を正常な立場に戻すために支援活動を署名を集めようという形で行なう事にしました。一人でも多くの方の署名によって障持者を守り、「共生共労」の出来る教育現場でのノーマライゼーションを実現させましょう。  尚、先に述べた文部省の指導による流用に関しては、私達はそれが決してよいやり方とは考えていませんが、障持者が働く事が出来る権利を保障する制度が確立するまでの暫定期間中は、やむを得ぬものとして捉える事にしています。様々な問題を抱え続ける障持者は、全国にたくさんいます。今回の事と併せて今後もよろしくお願いします。   [連絡先]  あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会  「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会    事務局長 栗川治(新潟県立西川竹園高校教諭、障碍:視覚)     自宅 〒950−21 新潟市内野町621番地        TEL&FAX025−262−3678     職場 〒959−04 新潟県西蒲原郡西川町鱸2−1        電話0256−88−3131 S971120 1997年11月20日 各国大使館 殿 あらゆる差別を無くし生きる!     「差無生」運動推進協議会会長     「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表   大葉利夫(都立小金井北高等学校数学科教諭) 「更に京都問題に対して ご協力を!!」 S971123 (大葉 1997d) 1997年11月23日 京都市議会議員 小林あきろう 殿 「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭) 我々の運動に関する要望書 −− 心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校  辻範子教諭に引続きご支援を −−  今年も残すところ、あと一か月となりました。たった30日という日数が、今年ほど重く重大で息苦しく感じた経験は、私の人生においてほとんどなかったように思います。先生には95年に都議会議員の紹介により出会う事になりました。当時、辻教諭は前の主治医のくにともクリニック医院長が市教委のゆさぶりにより、95年7月職場復帰に必要な主治医による診断書の内容を「軽減が必要から、通常勤務可能」に記載内容の改竄を迫られ、それに応じてしまうという主治医の医師としてのモラルを欠いた不可解で社会的信用を失う失墜行為が起こり、そのため「真因的心臓の発作」から「生命の危機」に陥ってしまう患者であり当該者である障持者の教師が、私達の支援のある中で、身動きが取れない誠に危険で困難な状況にありました。市教委は追い打ちをかけるように、当時の所属長・柳池中学校岡田校長や多那瀬教頭を自宅に行かせ、チェーンのかかった玄関のドアを強引に開けさせて、当日、女性一人で弱い立場であった障持者の当該の家の中に不謹慎にも入り込み、自らの「職務の遂行」を非常識にも行なう事のみを考え、個人の家ならびに女性一人の所に押し入る権利もなければ、破廉恥な行為である事も考えられず、当該と接触する事のみを自らの「職務と職責の遂行」が行なえるとしか認識が出来ない浅薄で強引な行為を95年8月行なわせました。更に同月、自転車で食事のための買物をしている当該を路上で、やはり先の管理職二人は自転車を止めさせ、その場を逃れようとする当該を二人で捕らえたまま強引に「職務と職責の遂行」を公衆の面前の道端で行なおうとする「拉致的」行為さえ行なっております。とにかく「通常勤務という記載が診断書に明記されていなければ復職はさせない」という障持者の職務継続を不可能にし、障持者を排除してしまうという現行の差別制度を強引に押し付けるという、世界の人権・国連世論には到底通用しないやり方と考え方を、日本の京都が断行しようとしていた事は、95年11月に初めてお会いした時に最初にお話しした事であります。その11月の段階においては「改竄した診断書」を提出しない当該に対し、市教委の指定した医師への思惟的な診断書作成のための受診命令が出されました。その命令に背く事は懲戒事由に当るとし、当該に対して市教委が持っている「地位と権力」を濫用する行為でありました。障持者に対して差別的な現行制度を見直し、現行制度の遅れを認め、現行制度を超えて国際世論や日本の常識的な世論に適合した正しい対応をしようとしない「京都の異常」は、当時でさえ許されるべきものではありませんでした。しかし、現行の差別的行為に則った「地位と権力」による「障持者排除」を実行している意識を持てない京都の教育界の不正を問いただし、正しいやり方を要求、実現する事が私達の本来の運動のあり方であった事は、今更言うまでもありません。ただ、新制度策定までの暫定期間においては、本来の正しさだけを今すぐ実現させようとすれば、現行制度にしがみつく官僚を初めとする多くの者達により、「現行制度に裏打ちされた間違った地位と権力の行使」により、今いる当該が排斥・排除されてしまう犠牲を生む事は、避ける立場を取っている事を、先生には十分ご理解頂いていると考えています。  従って、95年11月先生にお会いした時点においては、市教委の要求する診断書ではなく、当該の立場に立てる新たな信頼出来る主治医を探した上での復職への診断書作り、それを市教委に認めさせ「一定の軽減」の条件の下に当該を復職させる事に目標を絞り込んでいました。その目標達成のために「先生による並々ならぬご協力の依頼」を、初対面の時点より遠慮なくさせて頂きました。その結果は、先生の直接のご尽力により、安心出来る新しい主治医の紹介、その方の作成された診断書を市教委が受理。96年2月、当該の柳池中学校への復職と見事な成果を得る事が出来、目標が達成され、弱い立場の障持者である当該が救われました。連絡ミスの関係か、南病院のある医師から私はくにとも医師以上の東京では経験した事のない不躾な言動行為を受ける事があったのには驚かずにはいられませんでしたが、更なる先生のご尽力により、その事も無事解消された事も鮮烈に記憶に残っております。とにかく、京都における新しい一歩が先生のご尽力により示された事は事実でありました。「異常な京都から正常な京都」へ、私達の運動の第一歩がようやくスタート出来たと実感したものです。  私達は、社会的な弱者であり、少数派であり、なおかつ学校現場で分断・分散されており、多くの公害問題に見られるような力の結集が誠に困難な立場にあります。私達の主張が先生の言われるように正当な主張であっても、あまりにもその主張の集団が小さすぎ、誰にも気づかれない存在です。国際障持者年があったとしても、個々の教育現場で働く障持者は、塵としてさえ認識されない超微小な存在です。エイズ、水俣病をはじめとする問題が「なぜ公害として、社会問題として注目され、また一定の解決に到るのか」を見ればわかります。もちろん、それらの問題も初期は個人個人が「正当な訴え」を行なっていました。しかし、その数が尋常な数でなく、悲惨な結果をもあまりにも生む事が「隠蔽」出来なくなったからであります。積極的に社会、マスコミ、行政等が「正当な訴え」を真摯に受け止めて、初期の段階からその解決に当っていない事は明らかであります。「無視・放置」して「隠蔽」出来ない時になって、やむなくその解決に動き出すのが、日本の特徴的な許されない悪しき体質であります。それ以外の私達を含めた「正当な主張」と「正当な訴え」は、自ら力尽き、この日本社会の中から人工的に抹殺されてしまいます。  やはり、「正当な主張や訴え」は、不備な現行制度ではカバー出来ない事だらけであります。今述べたように、どうにもならなくなってから、悲惨な被害を大きくしてからしか、その「正当な主張と訴え」を不備な現行制度の誤りを認め、現行制度を超えてしか解決に当れないのが日本の現状です。そのような日本の現状を一早く「環境エネルギー問題」のように何十年も先を見越し、その対策に今日の時点から乗り出して動くような日本人はまず存在しません。今すぐの見返りしか考えない日本にあっては、残念ながらそのような人間が存在しません。小林先生のように、いつその成果が認められるか明確でない時期から、自らの議員生命を懸けてまで臨まれる方はほとんどありません。しかし、人間の知性は先生と同様に、問題が無視・放置出来ない段階に到らなければ何も出来ないというものではなく、先を見越した正当な考えを持つ事が出来るように、生を受けた時から与えられているはずです。私は95年11月に先生にお会いし、私達の「正当な主張や訴え」を先生に聴いて頂き、その問題がこれ以上大きくならない段階において「出来る事」をやって頂ける方にお会い出来たと直感しました。また、その直感通りに、事態は96年2月復職へと先生のご尽力を以て動きました。  日本は法治国家である事は言うまでもありません。市民や国民のよりよい人生を保障するために、三権分立の原則を基にした本来法治国家であります。問題が大きい、小さい、無視出来ないという利害損得が優先する今日の日本は「放置国家」とののしられても返す言葉が昨今では見あたらないのではないでしょうか。市民・国民のために、その税金により雇用された立場である官僚や議員は、市民や国民に対して「サービスをする立場」である意識を忘れた者が日本ではあまりにも多すぎます。また、その事を市民・国民も追求する事を忘れているのが日本の悲惨な現状を助長しております。私達は、官僚や議員が本当に市民・国民のために尽力する事を「本来の職務と職責の遂行」である事を、市民・国民や官僚・議員、双方に対して気づかせていく事を「運動の中心柱としなければならない」と再認識し、その実践にひたすら邁進する事に致しました。  今回の辻範子教諭の「京都の異常なやり方」は、その我々の認識をより高めるものであります。細かい経緯はここでは省略致しますが、当該が7月2日以降、管理職の電話攻撃や職場での高圧的な対応により自宅での生活が出来なくなった事と職場で勤務出来なくなった事の原因と理由を考えようとせず、当該の「職場放棄、服務違反」と決めつけ、97年8月、9月、10月、11月の一方的な給与の停止による生活費を奪われる生きる権利の剥奪ばかりか、教師の身分剥奪を断行されようとしている今の危機は、やはり異常です。それに私達は出来る事として、文部省の通達・指導に基づく他の都道府県の事例を探すばかりか、その方法を京都の教育委員会に教えているにも拘らず、私達を塵のように考え、小さい問題として無視・排除しようとしております。障持者は弱い者であります。私達が差別のない新制度以前の暫定段階として具体的に出来る事例まで示す「正当な主張と訴え」までを排斥する事が京都の教育委員会によって今現実に行なわれています。危急の問題として、9月12日本能寺会館で出来る事例を基にして今の危険の回避に先生のご協力をお願いいたしました。多忙な先生からは、それから約一か月、具体的な危険回避の朗報を頂く事が出来ず、意外と思いつつも先生の多忙さを考え、10月・11月自らの重ねての行動を京都に対して行なう事に致しました。しかし、もう限界です。私達の解決への具体的な事例をも含めた「正当な主張と訴え」が、いかに塵のように小さな問題として今京都の中であしらわれようとしているかは明白であります。問題が隠蔽出来なくなるまで大きくならなければ、動きを取らない悪しき許されない日本人の体質は京都からその源を発していると考えざるを得ない毎日であります。  しかし、京都には問題が大きくならない内にその問題を捉え、その問題解決のために動く市議会議員の小林あきろう先生がおります。私達の現在における主張が先生にどのように認識されているのでしょうか。私達は95年11月の出会いの時に直感した先生の印象と、多くの人達が認めようとしていない現時点において恒久的なエネルギー問題解決に意欲的に取り組まれる正当な立場に立たれる小林先生を信じるしかありません。私達は出来ない話ではなく、出来る話として、その実行に京都の教育委員会が踏み切る事を主張しております。その事が先生にはご理解頂けると考えてきました。私達の教育委員会に対する怒りは、とっくにその限界を超えています。正当な者を無視・排除する教育委員会に対する小林先生の冷静な、しかも熱い怒りに伴う行動を期待しております。既に議長には議会での特別アピールの申し入れ書、またあるいは私達に代わっての小林あきろう先生のアピールが実現する事も臨んでいます。市長・知事には、問題解決への12月の国際会議を控えての正常な京都への取り組み申し入れ書を提出して参りました。それに関しても小林あきろう先生から補助説明を市長・知事にして頂ける事を望んでいます。はっきり言います。今の事態の命運は小林あきろう先生の動きにかかっています。あの天下分け目の関ヶ原における小早川秀明の動きが、その後の天下を決めてしまった時のごとく、私達は捉えています。とにもかくにも、要となるのは市民・国民のためにある制度の歪みを埋めて動ける議員、しかも少数であっても正当な主張と訴えを受け止めて頂ける議員の存在がいつの日も不可欠であります。我々も京都全域、また日本中に今回の問題解決の依頼を署名等を含めて展開してまいります。小林あきろう先生に私達の主張を正当な訴えと受け止めて頂き、行動して頂ける事を願うものであります。 FAX送信状 1.送信日時   1997年11月25日 2.送信先   きょうと教組委員長 野崎 殿         書記長 今井哲 殿 3.送信元   あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会       事務局長 栗川治(新潟県立西川竹園高校教諭、障碍:視覚) 4.送信内容   本状、辻範子教諭所属組合に猶予無き要望書。   音声確認ワープロ使用、未校正 5.本件連絡先   あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表     大葉利夫(都立小金井北高等学校数学科教諭、障碍:視覚)     職場電話 0423−85−2611     自宅 〒183 東京都府中市朝日町1-15-26     会fax専用 0423−36−7012 6.送信文  先日の送信状において、署名に関する問い合わせ先を栗川治の方にしてしまいましたが、次のように訂正いたしますのでよろしくお願いいたします。  ア、署名に関わる内容についての問い合わせは大葉利夫(上記の通り)  イ、集められた署名の送付先は栗川治    〒950−21 新潟市内野町621番地 s971125 大葉 1997e 1997年11月25日 きょうと教組委員長 野崎 殿 「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭) 辻範子教諭所属組合に猶予無き要望書  私達の活動は、本来ならば組合の中で順調な機能が成されているならば、ほとんど障持者(障碍を持つ者)である教職員の全国的な単なる親睦交流会で済むはずです。残念ながら、1981年国際障持者年を軸とする世界的な流れの中で日本では、障持者である教職員の働く権利を保障する制度確立及び確立までの暫定的施策を引き出す具体的で明確な取り組みが、日教組担当者自身が認めるように、日本の組合においては十分出来ないまま今日に至ってしまいました。その結果、少数であり、なおかつ全国に個々の職場に分散して、塵のような存在となって排除・差別されてしまう弱い立場の私達自らが、組合活動とは別の会を結成し、運動を進めざるを得なくなりました。勿論、既存の組合が全く何もしていなかったとは言っていません。東京の組合での人工透析者の勤務継続の取り組みが実績を上げてきた事も把握しております。しかし、あまりにも不確実なため、東京の人工透析者さえ「夏休みは研修だから、透析には年級を使え」と、生命に関わる者への攻撃が成され、私達の会に支援を求めに飛び込んで来るような事実が実際に起きています。  私達は通常の労働運動と特別に本来は異なる運動をしている訳ではありません。しかし、通常の労働運動から取り残された「少数で弱い障持者の基本的人権の確立と具体的には共生共労の実現」を活動の柱とし、取り残され、排除・差別されている立場から、とにかく通常の労働運動の中に、我々の「正当な主張と訴え」を組み込む事が、取り敢えずの大きな運動の目標とならざるを得ません。  さて、京都において。本年4月1日に小林あきろう市議会議員を介して貴組合の今井哲氏と私達と当該の京都市立松原中学校・辻範子教諭は出会い、貴組合に正式に入会する事と相成りました。当該休職中に不幸にして、組合の分裂が過去に起きており、その経過の中で当該が所属する組合、また当該を支援する組合が不明のままになっておりました。94年8月復職以後、ようやく貴組合に自らの心臓に障碍を持つ教師としての立場の支援を第一に優先して、取り組んでくれる組合として、小林あきろう先生や私達の推奨もあり、当該も納得の上加入致しました。4月1日以降の当該にとっては、3月の復職の際の「持ち時間や校務分掌において軽減を要する」や「4月の診断書においておおむね半減程度」が4月1日にお会いした今井哲氏への依頼と私達との連携の中で近日中に当該はその事が実現されると望み、疑いもしていなかった。しかし、学校長に言わせれば、本人が希望もしていない「校務分掌等で半減出来ている」との話も出ていると小林あきろう先生を通じて間接的な情報が入ってはいるが、「持ち時間を半減する」は、なぜ実現出来ないのか。それは、持ち時間が教師にとって、いかに負担の大きいものであり、その負担の転嫁は出来ないのが、今の教育現場である事は明白であり、校長の言い分は不当であり、当該の持ち時間による負担は、ほとんど減る事なく、その後続く事になる。同僚への校務分掌の負担転嫁が学校長が言うように、本当に持ち時間を半減するだけの負担転嫁であったとしても、なかったとしても、私達のような障持者にとって、同僚への負担転嫁は「職場に気兼ねし、居づらくなる」だけでなく、「同僚の労働強化」を引き起こし、決して調和の取れた職場とならず、障持者が職場にいる事が居たたまれなくなる悪しき前例を持ったやり方である。  従って、貴組合には、4月1日に小林あきろう市議を介して、今井氏に当該の「持ち時間を減らす」の実現への動きを、当該も私達も期待しているだけでなく、京都の教育委員会に、その実現に向けて働きを続けて参りました。貴組合としては、当該との直接の話が出来ない事情を問題化されている節があるようですが、この同僚への負担転嫁の構造の中で、しかも長いブランクや複雑な経過を経験した当該にとって、慣れない職場で有給休暇(年休、生休)を駆使して毎日を乗り切るのが、精いっぱいであったと私達は考えています。職場でのストレスの解消としては、東京の同じ立場の者と会う事が大切でした。それは主治医も認めている所です。細かい話を貴組合に当該が伝えるより、当該としては診断書に基づき「持ち時間が半減する」の実現を望むばかりであったはずです。  細かくはこれ以上振れません。他の資料でご判断下さい。現に当該は職場放棄と決めつけられ、服務違反と言われ、市教委によりこの8月から今に到るまで給与を止められております。更には服務違反を盾に取り、一方的に懲戒免職に追い込まれ、障持者としては典型的なやり方によって、職場での身分が剥奪されようとしています。本来ならば、学校長が所属の教職員の安否を気遣い、それに対して、最大限の好転への積極的な動きを取るはずにも拘らず、今の学校長は、その人間としての暖かい心すら、私達や当該に感じられない存在となっています。思えば4月1日に校長室で当該、私達、市教委、校長、教頭の四者で今後について重大な話し合いをしている際、当該が寒くて心臓の発作不安を訴えた際、学校長がその時言った言葉「ストーブはない」と言ったきり、何とか暖を採る方法を自ら行なおうとしない行動に、言葉にこそ私達は出しませんでしたが、「心臓に障碍を持つ障持者に対して、何をしなければならないのかを、このような場においてわからず、平然としている者ほど恐ろしいものはない」と感じ、「今後この無意識な障持者に対する不理解が当該にとって、結局命取りになるのではないか」と実感した不安がそのまま不幸にも的中したと断言出来る今日の有様へ結局つながってしまったと私達は考えても間違いはないと思うようになりました。なぜならば、その他にも、東京にリフレッシュに来ている当該に対しての校長からの当該への一見暖かい表現で綴られた文書が大葉の所に、通常は送信状が付いているものであるが、生のままで送信状もなく、ダイレクトなままで、faxで送られて来るやり方やその後の言動・行動は、それを裏付けていたと改めて思い起こしているのですが。  今、学校長を糾弾しても始まりません。とにかく当該の組合の退会届けは、先日文書でお知らせした通り、本人に対して慰留させております。今の当該の困難解決のために委員長自らの行動が、障持者である当該の組合への正式復帰を生み出し、また当該の今の危険を回避する事につながると私達は期待しています。とにかく無給にされ、免職にされようとしている事実は、当該から自らに置き換えれば、誰もが居たたまれず、悲しみと怒りに、また、自らのために力になるものを求めるはずであります。私達は文部省の出来る事例も引っ提げてまいりました。「それすら京都だけはやらないのか!!」と私達の怒りも極地に達してしまいました。ただ、私達の運動の目標を考えるならば、今は冷静に当該の所属組合が組合として、労働者の立場に立って、当該や私達に朗報をもたらすために行動される事を、ここに本当にお願いするものであります。猶予はありません。 FAX送信状 1.送信日時   1997年11月26日 2.送信先   きょうと教組委員長 野崎 殿         書記長 今井哲 殿 3.送信元   あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会       事務局長 栗川治(新潟県立西川竹園高校教諭、障碍:視覚) 4.送信内容   本状、辻範子教諭所属組合に猶予無き要望書II、文部省教育助成局の  資料。音声確認ワープロ使用、未校正 5.本件連絡先   あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表     大葉利夫(都立小金井北高等学校数学科教諭、障碍:視覚)     職場電話 0423−85−2611     自宅 〒183 東京都府中市朝日町1-15-26     会fax専用 0423−36−7012 6.送信文  私達の事務作業上のミスで、文部省が出来る事例として示している資料が、貴組合に未だ送付出来ていなかった事は、貴組合の取り組みに重大な支障を与えてしまい、誠に遺憾な事であります。私達の組織が貴組合のように十分な人員体制がない事をご理解頂きたいと願うばかりです。現物は小林あきろう先生にお渡ししてありますので、それも緊急の事態の中では、先生に利用を申し出て頂ければ有効な使い方があるかも知れません。 s971126 1997年11月26日 きょうと教組委員長 野崎 殿 「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭) 辻範子教諭所属組合に 猶予無き要望書II  当該が学校長に連絡を取れなくなってしまったその原因と理由の把握と、身分的危機の中で、命を取るか、職業身分を取るかの最終的な選択を当該がする前に、私達と貴組合との間で、出来る事がまだあります。不備な現行制度しかない現在において、文部省が障持者の雇用継続の方法を具体的に示している事を教育委員会に実行させる事。また、「真因性による心臓の発作」は慢性疾患等とは違い、いわゆる固定したものであり、それを「障碍」と呼び、区別されているものであります。従って、97年3月、4月の診断書の記載は障碍の状況を認定しているものであり、新たな医療技術の変化がない限り、不変であり、固定されたものとして、半年後の今日においても今後においても、客観性を持った有効な診断書であります。やっかいな事は、ある時は医者は教育現場の事がわからないで診断書を書いていると言ったり、逆にある時は医者でないと当該の勤務に対する適応力は医者以外の者にはわからないと、相反する言い方をされる事であります。非常に都合よく、その時その時で恣意的に医者に責任を負わす判断をさせたり、医者には教育現場に精通していないという事で医者の権威を無視したりする使い分けがよく成されます。私達の障碍を持つ立場から見れば、判断と責任と権威をなすりあったり、行使したりする事ではなく、「当該の自覚症状から来る負担を減らす事」が最も重要で必要な事であります。私個人も、また、私達の会に駆け込んで来る障碍を持つ障持者の多くは、いつも「医者や管理職にこう言われた、医者や管理職はわかってくれない、本当はこんなに苦しいし大変だし、その事を無くすようにしてほしいのに」と、まず叫ばざるを得ません。「客観的な判断力」をほしがるのは、ある意味では当然の考え方であります。しかし、個々の障碍を持つ者にとっての具体的で最もふさわしい対応は、その障碍を持つ者の「自らの判断が最も優先」されなければなりません。私達の運動の中では「客観的な判断」で処理をしたがる人達に対して、そのようなうまい判断力は障持者に対しては意味を成さず、当該が働きやすい環境を作るように、私達は訴えてきました。また、その実現も果してきました。確かに一つの客観的判断があれば、物事はそれを基準にして詰めやすいと思います。しかし、先にも述べたように、私達の場合には、そのようなうまい客観的判断を正確に与えてくれる第三者がおりません。東京において自らの立場の運動でも、客観的判断をめぐってのみの意味のない時間が多く過ぎた事を思い出します。  医師としては、当該の「真因性による心臓の発作の危険」という障碍の認定、「おおむね持ち時間や校務分掌半減」として勤務内容を規定する表現が精いっぱいであります。固定された真因性の強い心臓の発作を防ぐためには、とにかく持ち時間を減らす事が必要で、その実現を文部省の資料を基に教育委員会に実行させる事が、貴組合と私達の出来る事でもあり、しなければならない事でもあります。そこまで明確になっている状況の中で、なぜ教育委員会が踏み切れないのか、これは問題が大きすぎます。学校長と当該が話せる場が設定出来る事は、貴組合と同様に私達も当該も最も望んでいるものであります。それが、現実には当該個人のみ、また何ら文部省の事例を行使する可能性がわからない中で、しかも地位と権力による高圧的な態度も解消されるという見込みもない中で、ただ「その場の設定のみ」を言われる判断は理解出来ません。とにかく、貴組合と私達で当該の障碍の実態(3月、4月の診断書の有効性は先に述べた通りです)に適正化した方向性を引き出さなければなりません。そうでなければ、当該は職業的身分のために、ただ学校長に会うために命を懸けるか、それを避ければ職業的身分を奪われるしか道は残っておりません。繰り返しますが、客観的判断の妥当性云々ではなく、出来る方法をなぜ取らないのか、またなぜ取るように働きかけが出来ないのか。障持者の置かれた悲惨な歴史は、いつもこのようにして繰り返されると考えれば、許せぬ事に変わりがないが、現実のひどさだけは多少理解出来そうですが。とにかく本当の意味で当該が学校長と連絡・話し合いが可能になるように、今一つの支援をお願いします。  必要があれば何度でも京都に参ります。貴組合が当該と話す場を望むなら、そのために参ります。当該が安心して自宅での生活や職場での勤務が出来るためなら、財源も時間も組織力もない私達ですが、何度でも京都に参ります。感情的に溺れて目標を見失わないように、自分達のため、当該のため、私達は行動するように心掛けております。 s971126b 1997年11月26日 井上吉郎 殿 あらゆる差別を無くし生きる!!   「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭)  資料を読んで頂ければ、私達の現在の危険と困難についておわかり頂けると思います。  体制派は、現在の地位と権力の上にあぐらをかいたままで、私達のような障碍を持つ弱い立場に対して、出来る事さえ行なおうとせず、障碍を持つ当該教師を差別的排除をしようとしております。現市長に対しては、「京都会議」を控えているかかる重大な時期に人間環境に取り組めていない京都の教育委員会の間違った行為を是正して頂くように要請してまいりました。しかし、私達の切実な要望に一言も応えてくれません。現市長は本当に市民のため、あるいはその中で弱い立場の者が排斥・排除される事に対して、その痛みと悲しみを感じる心を持っていないのでしょうか。  私達は市長選挙において現市長に対して対等に自らの立場を主張された井上氏に、私達の苦しい立場と、それを無視する現市長の現状をお伝えし、ご協力頂ける事をここにお願い致したく資料を送付しました。私達の理解ある支援者を私達は待たなければならない立場である事もご理解下さい。  お会いして相談したいと思っています。 s971201 大葉 1997g 1997年12月1日 京都南病院 古石隆光 先生 「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭) 判断が出来ない京都の良識  暫く御無沙汰しております。古石先生の所には会の方からの資料が、数多く届いており、お読み頂いていると思いますので、細かい点は省かせて頂きます。  本当に京都の良識がどの辺に存在しているのか、私は改めて判断しかねている状況にあります。当該の辻教諭の場合、あの気質、すなわち、人間というものを純粋にしか考えられず、なおかつ良識を欠いた者に攻撃されるともろく、正義感は強いものの、不正義に立ち向かう力や持久性が弱いため、なかなか今回のような状況の中では、生きては行けない人間の一人であります。特にダメージが心臓に対して、心因的な圧力となって生じてしまう事が、医師でない私にもよくわかります。私のような視覚に障碍を持つ立場なら、強引に職業的身分を守るため、7月2日以降も何を言われようとも、何をされようとも、職場に行っていれば、損得から見れば、事態は当該に有利な方向に向かっていく事がわかっていても、それが出来ません。市教委側は地位と権力を持っており、当該が職場を放棄しているとして、服務問題と決めつけ、障碍を持つ者(障持者)に対する1981年から17年も遅れている制度的な対応や意識の不備を認めず、当該にすべての歪みを押し付けたままであります。文部省の奨励する事例さえ、私達が教えても、それを無視し、当該の服務問題として押し切ろうとしています。当該の気質を考えれば、無理に職場に向かわせ、「まさに命取り」の行為を職業的身分を守るために行なわす事は、私には出来ません。更に、心配な事は、前にも書いた事でありますが、安心して関西で当該が動けないため、先生の所への通院が出来ないままになっている事であります。この点については、当該も私達も気がかりではありますが、先生への情報提供をもって先生にご理解頂いていると考える事しか出来ません。幸いに、市教委の懲戒免職を控えた激しい攻撃の中ではありますが、職場での直接的な攻撃を受けずにいるため、当該本人の体調は比較的良好であります。しかし、その分、8月からの給料停止、懲戒免職への危機等の当該へのマイナスは、防ぎようもなく大きくなってしまいました。  出来るだけ近い内に、当該の診察のために、私達が同行出来る機会の実現を考えてはいます。とにかく、今の京都の教育委員会の姿勢では、その内部の地位、権力意識の方が強く、ほとんどの障持者の労働権利はあり得ず、ノーマライゼーションそのものが実現出来ない都市となってしまっている事は確かです。障碍や病気を持つ者が安心して働き、また生活出来る都市になるように、先生のご協力は欠かせないものであります。とにかく今の危急の事態の解決を考える毎日であります。 s971203 1997年12月3日 京都府議会議員 各位 あらゆる差別を無くし生きる!!   「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭) 障碍を持つ教師が教育現場から 排除されています!! この危険からの脱出のために、 良識ある議員を求めています!! s971203b 1997年12月3日 京都市議会議員 各位 あらゆる差別を無くし生きる!!   「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭) 障碍を持つ教師が教育現場から 排除されています!! この危険からの脱出のために、 良識ある議員を求めています!! s971207 辻範子,1997b 1997年12月7日 京都市教育委員会 教育長 崎野 隆 殿 京都市立松原中学校 教諭 辻 範子 私の崎野隆教育長への訴え  私は現在、学校で勤務が出来ない立場に追い込まれ、また、自宅においても安心した毎日を送る事が出来ません。更に、職場での服務を不可能にしている原因と理由を一切考えて頂けない中で、本年8・9・10・11月の給料の支給停止が「教育長の命により」行なわれているようです。このままでは、私は懲戒免職に教育長によりされてしまうのですか。また、無給のため、給与の補填を共済互助組合から補填される事もなく、逆に支払う財源のない私に対し、組合員の権利さえ奪おうとする動きがあるようです。私の所属する会は、この事態打開のために、教育長に話し合いを求めてくれましたが、教育長不在のため、その実現が叶えられませんでした。現在、議員、組合、市民、府民、全国の方々に京都の思わしくない事態を知らせると共に、正常な方向への全国署名を会としては、行なってくれています。私も、会の方と一緒に、命がけで教育長にお会いしに行くしか方法はない、と決断致しました。私は仕事を奪われ、生活の糧も奪われ、結局、死に至るのであれば、生きている内に直接、教育長に真実を聴いて頂き、私の命を救って頂くよりありません。遅くとも12月半ばまでには会の方に同行して頂き、お伺いしたいと考えています。学校長には「私は教師を続けたい!!」で事態打開の要望を夏以来、文書を以て粘り強く行なって参りましたが、全く応えて頂けないので、今回の命を懸けた行動を取らざるを得ません。学校教育の現場において、このような悲劇が私と同様に多く起きている事もお聴き下さい。  尚、お伺いする前に、教育長には「私の手記」として、この間の事を書き綴り、お送り致します。どれくらいのものになるかわかりませんが、書いた分からお送り致しますので、ご熟読をお願い致します。 1997年12月7日(字句修正版) 京都市教育委員会 教育長 崎野 隆 殿 京都市立松原中学校  教諭 辻 範子 支援者代表 古賀皓生 (熊本学園大学教授、障碍:視覚) 私の手記 −− 心臓に障碍を持つ教師の悲痛な叫び −− 1.はじめに   私は、心臓に障碍を持つ障持者です。心臓の手術や、その後の後遺症に 悩まされ、苦しんでいましたが、職業的身分の期限切れが目前のため、1994年8月に、市立滋野中学校に復職せざるを得ませんでした。私は真 因性の心臓の発作が起こりやすく、全身が凍りつくような冷たさになり、 その対処を間違えれば、死に至る立場にあります。仕事に対しては、人か ら言われるほどに、生真面目で熱中し、とことんまでやらなければ気が済 まない性格のようです。そのわりに気質的には弱く、これまた人から言わ れる事ですが、ガラスのように純真すぎ、ダメージに弱く、不誠実な言動 行動をされると、ガラスのように粉々に砕けてしまうタイプで、心因性の 心臓の発作を避けにくい難点があります。生徒とは、いつまでも気が若い せいか、うまくやっていけるのですが、大人の不純な言動行動には耐えら れません。更に、1994年に復職後は、過労を避けなければなりませ  ん。「いわゆる通常同質・同量・同形態の」の勤務は不可能な状況に置か れています。既に、私が所属する会からの文書を通じて、私のような障持 者が勤務継続出来る「働く権利を保障する制度」が京都で働く教職員のた めに作られていれば、現在のように私が窮地に追い込まれずに済んだはず です。様々な経過は、所属の会の文書や、私が所属長の永田紀彦学校長に 宛てた「私は教師を続けたい!!」等に述べ続けてきていますので、子細 は省略させて頂きます。 2.放置された私と学校現場   多少振り返ってみます。1994年8月に復職の時点で、当時の下田学 校長との間で、制度的に裏打ちされていない中での、私の勤務の負担を削 減するために、同年4月、復職に向けての話し合いの中で、同僚への負担 転嫁という方法ではありましたが、話し合われた具体案が8月復帰の際に は、いつの間にか消滅してしまい、4月の約束とは違い、持ち時間が3時 間増とされていました。私は、必死に自らの勤務継続のために、同年4月 段階に持ち時間を減らすように嘆願致しましたが、無駄な結果を得ただけ でした。危機感を感じた私が知り合ったのが、私の所属する会でありま  す。会の方々は同年9月9日、市教委の当時の薮田係長と花嶋課長と会  い、世界や日本の障持者の置かれている現状と遅れている日本の教育情勢 の中で、東京都を初めとする他の道府県の前向きな事例を示し、私の持ち 時間を減らすための実現に向けて、強くしかも熱心な要望をしてくれまし た。しかしながら、その当時も「現行制度にない事は出来ない。講師配当 の財源が保障されてない」と言い切り、私の起こり得る危険を市教委は放 置されました。東京都においては病気休職後であれば、半年間は勤務時間 や持ち時間を含め、勤務内容を半減出来る事になっているのとは、あまり にも対照的であり、対応出来る制度を作っていない事への反省も当面の暫 定対処をする意志も全く示されませんでした。そればかりか、逆に京都市 においては、「長休」があり、しっかり体を回復してもらうための休める 制度がある、を強調されましたが、これは通常の同質・同量・同形態の勤 務が不可能な者は、教育現場にはいさせないという、回復の可能性のない 私のような障持者排除の理論である事さえ、気づかずに市教委が考えてい た事であり、その事は今も全く変わっていないのでしょうか。   結局、半年後の95年2月に、私は過労による狭心症と急性膵炎で倒  れ、即時入院を医師に命じられる事となりました。わかっている事を市教 委の方にして頂けなかったために、起きた、明らかにこれは人災であり労 務災害であります。なおかつ、2月に倒れるまでの数カ月間、私は有給休 暇を頻繁に、過労対策のため、使わざるを得なくなり、結局自習時間を多 くしてしまい、生徒や保護者の心配や、生徒の教育を受ける権利の侵害、 代行による同僚等への負担を避ける事が出来ない状況が起きていた事も明 白な事実であります。加えて、私の精神的・肉体的負担は大きく、いつ倒 れてもおかしくない状況にありながら、勤務をしていました。残念なが  ら、それに対し、管理職から、その状況を適切に対処する動きもありませ んでした。 s971216 1997年12月発行ビラ 心臓に障碍を持つ 京都市立松原中学校・辻範子教諭 支援集会 S971216B 1997年12月発行ビラ�A 心臓に障碍を持つ 京都市立松原中学校・辻範子教諭 支援集会、並びに街頭署名・ビラ配布  同教諭は、その障碍を理由に職場から本年7月追放され、追い打ちをかけるように8月から給料不払い、なおかつ近日中の解雇を京都市教委により強行されてしまう事態に追い込まれています。同教諭は、心臓の障碍のため、5年間の休職を余儀なくされ、94年8月に職業的身分の法的な限界の中で職務に復帰しました。障碍を持つ同教諭が働き続けるためには、94年8月復職の時点から「授業の持ち時間数を減らす必要」が、医学的にも、本人の自覚症状からも必要不可欠な事でした。同教諭は、当時の職場の管理職に、復職に当って、そのために必要な主治医の診断書を携えて、その必要性を訴え続けていました。その切実な訴えは、残念ながら受け入れられず、「いわゆる通常の勤務」、すなわち心臓に障碍を持たない他の教師と同質・同量・同形態の勤務を強いられてしまいました。その後も本年に至るまで、授業の持ち時間数を減らす事を訴え続けてきました。しかしながら、その訴えが他の都道府県で実現しているにも拘らず、退けられ続けてきました。しかも、その訴えは京都市教委、京都府教委レベルにまで届けられながら、退けられてしまったのです。  障碍を持つ者が、障碍を持たない者と共に生き共に働く社会を実現しようとする世界や日本のノーマライゼーション運動の広がりから見ても、人を大切にし、豊かな心を育む教育界のあり方から見ても、信じ難く、ひどすぎる京都教育委員会のやり方であります。私達は、この事実を日本あるいは世界中の人達に知って頂き、その誤りを正す事と、同教諭が障碍ゆえに不当な差別を受けている事態の解決に、多くの人々の力を求めています。この京都の不当な現実に対して、多くの皆さんが、今回の集会に参加される事を、当該も私達も心より望んでいます。一人一人の出来る力は、大きかったり小さかったり様々ですが、結集する事により、その力は大きなものとなります。当該に勇気と希望を与えて下さい。まずは当日会場でお会いしましょう。 1.集会 日時 1997年12月23日(火)      午後2時〜5時 場所 呉竹文化センター      (近鉄「丹波橋」駅西出口すぐ正面)      所在地・京都市伏見区京町南7−35−1      電話075−603−2463 FAX603−2465 支援団体 あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会      「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会      社会運動を考える会      心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭を支援する会 2.街頭署名・ビラ配布  日時、場所 適宜行なう。 連 絡 先 栗川治(新潟県立西川竹園高等学校教諭、障碍:視覚)      〒950−21 新潟市内野町621番地      TEL&FAX025−262−3678      PHS    050−010−5833 s971217 大葉 1997h 1997年12月17日 京都府教育委員会教育長 安原道夫 殿 京都市教育委員会教育長 崎野 隆 殿 あらゆる差別を無くし生きる!!   「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉 利夫(都立小金井北高等学校教諭) 当該を見殺しにせず、 京都の教育を守るべし −− 明日なき心臓に障碍を持つ京都市立   松原中学校・辻範子教諭のために直訴 −− s971217b (大葉 1997g) 1997年12月18日   (1997年12月17日増補版) 京都府教育委員会教育長 安原道夫 殿 京都市教育委員会教育長 崎野 隆 殿 あらゆる差別を無くし生きる!!   「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉 利夫(都立小金井北高等学校教諭) 当該を見殺しにせず、 京都の教育を守るべし −− 明日なき心臓に障碍を持つ京都市立   松原中学校・辻範子教諭のために直訴 −−  当該が、1994年8月復帰の時点から、「授業の持ち時間を減らす必要」を訴えてきたこの歳月は、あまりにも長すぎるものであります。その訴えの実現を京都教育委員会が果たさない中で、当該が病床に倒れて職場を離れざるを得なくなった事、当該の負担が同僚や生徒への負担転嫁を引き起こした事、当該をひどすぎる学校に転勤させ、退職届を出させるまで追い込んでしまうような過失(退職届は取り下げられた)を犯してしまった事、本年7月以降当該が職場で勤務出来ぬようにしてしまった事、自宅での生活を不可能にしてしまった事、給料を停止し生活権を奪った事、解雇に至らしめようとしている事、それらすべては教育委員会の責任であります。障碍を持つ教師が排斥・排除されていく過去のシナリオを現在も用いているのは京都教育委員会であります。この障碍を持つ教師に対する不当で間違った京都教育委員会の行ないは、社会的に決して許されるものではありません。教育委員会の本来の職務は、人を大切に出来る心を育む心を育てる事が、最も求められているものであります。弱者に対する今回のような「いじめ」を超えた非人間的な行為が教育委員会にあってはなりません。94年以降の長すぎる年月にも拘らず、再び本年3月復帰時および復職時に、当該の持ち時間を減らす必要性が書かれた主治医の診断書が出されても、放置をしてしまうのはなぜなのか。現任校への異動を決定する前に、遠すぎるA校への異動を避けたのは、何のためだったのか。A校への異動に関して薮田氏と私で当該のために合意形成した中身は何だったのか。それはA校の場合、持ち時間数は現任校より減るものの、別枠の講師配当が5月中に実現した場合、通勤に便利である現任校が適当であるという事ではなかったのか。5月中に市教委と私達との相互努力により、持ち時間数を減らす実現が大前提であったはずである。その大前提を無視して、この事態に至らせ、当該にのみ責任をなすりつけるのは、あまりにも汚いやり方ではないか。汚すぎます。あまりにも汚すぎます。更に言えば、現行制度の中で講師時数が不足しているから、障碍を持つ教師にはその分を優先して配当しないという論理は、弱い者を後回しにする典型的な差別行為である事を認識出来ていないのであります。表現はよくないが、弱い者を助けるという事は、限られた食糧を他の者が我慢してでも、分け与える事である。それもしないで、弱い者が餓死する事を京都教育委員会はよしとしている自らの恥ずかしき行為を知るべきである。今からでも遅くない。餓死寸前にまで追いやった当該を救えるのは、私達ではなく、京都教育委員会以外にないのである。少しの食糧を弱い当該に分け与える事をしないばかりか、更に餓死させようとしているのが、京都教育委員会の今行なっている行為である。私達は、そのような極当り前の、無い中から分け与える行為も出来ず、更に当該が持っていた食糧までも取り上げようとしている京都教育委員会のひどい実態と他の都道府県では既にそのようなひどい行ないを改めている今日である事を伝えに、またそれを知って正しい方向に導く事が出来る立場にある教育長に直接お会いしに参ります。過去2回は、当該の不利益や危機が大きくなる事を知りながらも、現行システムの判断の出来ない担当者との話し合いを我慢して行ないました。結果は言うまでもない、当該だけに責任をなすりつけ、自分達は地位と権力を持った安全な立場で、自分達の誤った正当性を主張し続けるひどい有様でした。無駄なものでした。現状はノーマルではありません。このような時こそ、教育長自らが対応されるべきです。  直訴日時予定  1997年12月22日(月)16時30分〜12月24日(水) s971218 1997年12月18日 的野 碩郎 様 「差無生」運動推進協議会   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会 事務局長 栗川治    的野さんの支援を辻さんが一番望んでいます。的野さんの支援を94年9月から望んでいるのは辻範子さんです。その望みを叶えられる事は、私達にも大きな力と勇気をもたらしてくれます。ただ、私達として出来るのは、同封のものを使って頂き、あとは時間を作って頂く事だと考えます。よろしくお願いします。 s971218b 1997年12月18日 京都南病院 古石 隆光 先生 「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭) 招請文 S971221 大葉 1997i 1997年12月21日 京都府教育委員会教育長 安原道夫 殿 京都市教育委員会教育長 崎野 隆 殿 あらゆる差別を無くし生きる!!   「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉 利夫(都立小金井北高等学校教諭) 教育長は自らの職権を 放棄しないで下さい!! −− 心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭に関して −−  私達が、なぜ教育長に会わざるを得ないかという行動について、教育長は未だに理解出来ないのでしょうか。或は、私達の行動を妨害する教育委員会の中の別の思惑が存在するのでしょうか。繰り返し述べますが、既に今回の問題は、本来の担当者に当っている方に古くて新しい私達の立場の問題解決を処理出来る能力もなければ、これまで私達に対して全体論、並びに辻範子教諭個人の問題解決に当面当っていた方の能力の限界を超えてしまい、なおかつ本来の担当者の本年7月までの親切で誠意ある当該や私達に対する個人的なよき人格が奪われてしまったかのように変質・変貌してしまった現実において、これ以上は本来の担当者であり、今までの担当者では、障碍を持つ教師の当該の問題解決を果たせない事を考えた上で、新しい事態に対して、大局的かつ古い現行制度のしがらみに縛られる事なく、公務に当る事が出来る事が職責の教育長への直接の話し入れを、私達は望んでいる者であります。それを十分承知の今日において、既に問題解決処理能力のない既存の本来の担当者・薮田氏が割り込んで来る行為は許せません。万が一、それが教育長の指示であったとすれば、教育長の職責放棄と言え、教育長の資格を問われる動きであると断言出来ます。加えて言うならば、国際世論に16年も遅れ、更に他の都道府県にも遅れ、前にも述べたように授業の持ち時間を減らす事すら、京都の教育委員会が医師の診断書があっても、同僚の負担や生徒への影響を引き起こしても、当該にこれだけの負担と不利益を押し付けた現状があればこそ、本来の担当者にこの問題を委ねたまま、この12月22日〜24日に至ってまで、教育長が私達の申し入れを受ける事なく、直接の問題解決のために、もし本当に乗り出そうと言う考えもないのであれば、教育長の資格はないと私達は言っているのです。教育長自ら直接の情報を、本来の担当者からだけでなく、当該や私達から直接聴き、時代遅れの京都をせめて他の都道府県並みに追い付かせる事が、その職責を果たす事になる事は、誰でも正しいと判断出来る行動であります。  従って、12月19日付の市教委・薮他、稲田両氏作成の文書は京都の教育委員会の立場でこの後に及んでまで、私のもとにFAXで送付されて来た事は、余りにも状況判断を逸脱し、人を愚弄する行為であり、憤慨と遺憾の念に耐えません。更に22日9時に両氏に対して連絡を入れてくれとの申し出まで書かれていましたが、とんでもない申し出であり、教育長本人にこそ連絡する事があったとしても、両氏に対して連絡をする気もなければ、教育長自らの連絡を頂くものでなければ、たとえ両氏からの連絡が私の方に入っても連絡を受ける事は致しかねます。  とにかく事態は障持者排除の典型的過程に突入したままであり、当該の職業、生活が損なわれ、職業的身分さえ失われようとしている、非常に危険で異常な事態となっております。教育長は、給与を止められる等、この弱い立場を自分に置き換えた場合、どういうふうに感じられますか。想像した事がありますか。このまま本来の担当者によって事態を掌握されたままであれば、結果は火を見るより明らかであります。それは、薮田氏のよき人格さえ失われ、私達から見ても、あまりにも気の毒な状況に追いやられているとしか見えません。  小林あきろう議員に対して、角川氏は「制度を作る必要はない」とまで言明している事実は、反社会的姿勢を明らかにしています。文部省が遅ればせながらも、障持者の雇用の確保を前進させる事を指導・通達している事にも反しています。更に角川氏やきょうと教組の野崎委員長は「人工透析者には対応出来ている」と強調された言動も、単にその場しのぎによる同僚への負担転嫁や当該の負担や不公平感を招いているだけで、本質的な解決が出来ていない事実に気が付いていない事も、ひどすぎる話であります。また、私達は8月28日、文部省教育助成局の事例「福井県の病欠の運用」を引っ提げて、給与の支払側にある府教委・中島氏を訪ね、当該の辻範子教諭の今の問題解決のために「見通しのある柔軟な暫定的対応」の実現の可能性を打診、「文部省の事例にもあるならば」と前向きの回答に対して、任命者側の市教委にその朗報を私達はもたらしたものの、なぜか支払者側と任命者側との間で原則的な立場だけのやりとりがあったらしいが、その実現を見る事はなかった。支払側と任命側の対立観のみが、その双方から私達に伝わって来るばかりであり、当該の問題解決をこれまた遅くしてしまった要因である事は間違いない。  大体、教育委員会は生徒のいじめやO−157等に見られるような新しい事態に対しては、その事態が大きくなれば、すぐに現行の制度を修正、或は作り直して、新制度での対応を行なう事が出来るのに対し、なぜか世界や他の都道府県に見られる障碍を持つ教師に対する対応に対して、これほどいい加減で、新システムを作ろうという意欲を見せる事をしないのか、矛盾だらけで理解出来ません。  今回のような明白な障碍を持つ教師に対する新しい対応制度が必要な場合、京都の教育委員会では、誰がどこまで責任を持って、その実現に当るのか、はっきり明言して頂く必要がある。  新システム確立までの暫定期間のあり方についても同様に、いつ、どこで、誰が、どのように、するようになっているのかもお答え頂く必要がある。これらの点が不明瞭なため、結局1994年9月以来3年を経過しても、いつになったら新しい他の都道府県並みのシステムが作られるか、未だに明確にならないままでいるではないか。本来の担当者の薮田氏が相当の動きをして来たにも拘らず、現状はこのひどい有様になっているではないか。苦しまぎれに持ち時間を減らすために行なった、96年の異動において、当該は退職さえ決意せざるを得ない状況にまで追い込まれてしまったではないか。学校体制の不十分さを薮田氏本人が認めていても、どうにもならない事態に至ったではないか。それを当該の自己努力で乗り切らせようとする思いもよらない、再度退職へつながる提案がなされたのも、あまりにも苦しい現実回避の提案以外の何物でもなかったと言える。結局、当該の退職への危機と生徒を含めた学校現場の混乱を回避させるため、消極的な方法ではあるが、当時としてはやむを得ぬ方法として、私は次のような提案をし、思いもよらぬ提案に対して、動揺を感じる管理職側の反応もあったが、その提案は合意形成された。その提案とは、97年春の異動の時期まで、当該を長期休養させ、その代わり、通勤・学校環境・持ち時間数が当該の希望に沿う該当校に勤務させる事。長休に関しては、長休を提案した主たる理由は、薮田氏によれば、賃金的・身分的不利益がない事と、当時の勤務校における3学年生徒の突出した問題行動とその行動による当該へのダメージの回避が可能になると判断したからである。無論、当時の勤務校において生徒をはじめとする学校環境が現任校段階であれば、長休という方法を用いて当該の持ち時間数を減らし、勤務を継続させる事が妥当であり、ましてや文部省もそれに近い事例を奨励している今日の事実であれば。  いずれにしても、96年の私の唐突な提案に見られるように、新システムの確立や今ある当該の危険を回避するためには、一定のめどが立つまでの「見通しの持てる柔軟な暫定的対応」が必要である。私の提案に反して、市教委の本年7月からの提案はひたすら、生徒の不利益を回避するために、当該の年次休暇が多い事を理由に「見通しを持てない単なる現実からの回避」であった。私達は「見通しの持てる柔軟な暫定的対応」を当該のため、学校教育現場のため、最大限に考えながら、運動を推進し、新制度確立を志している民主的な団体である事は、十分にこの3年間の間におわかり頂いていたと信じておりました。  しかし、なぜか、97年度、現任校に当該が異動してからは、必ずしも、そうは思われていない事実を、永田学校長から感じざるを得ないものがありました。4月1日のいわゆる四者会談の当日、心臓の発作の予兆を感じる当該が「寒い」と訴えたのに対し、学校長は「暖を取るストーブはない」と簡単に言ってのけた言動は、当該をいかに現任校で勤務可能にさせるかを話し合っていた場には、あまりにも異質であった。いわゆる辞書事件において、転任したばかりであり、なおかつ心因性の発作回避のためには極力避けられる負担は避ける必要がある当該に対して、保護者の家庭にまで行かせようという事を考えたり、またそれを拒否すれば「松原中は松原中のやり方をするのだ」と当該に言い切ったり、私達にFAX文書まで送り付けて来て、「外部からの干渉」を明らかに拒絶する温かみを感じない文面。医師も勧める精神的リハビリのため、東京に来ている当該への必要文書がいきなり送信状もなく私の自宅に送られて来る事等は、私は経験した事はなかった。当該を校長室に連れ込んでの言動行動、等々。  とにもかくにも、私達は「見通しの持てる柔軟な暫定的対応」を求めて活動している民主的団体でありますが、それらを理解せず、また他の都道府県レベルに到達しようともしない、実権を握っている京都の教育委員会の現在の担当者を通した今の拒絶的で破廉恥なやり方はあまりにも常識を超えており、その実権を握る者との話をする事は、何の意味もありません。だからこそ教育長しかいないのです。教育長の職責を忘れず、私達をお待ち下さい。 s980105 [署名ビラ 的野案]  私達は、京都市立松原中学校で心臓に障碍を持ちながら勤務の継続を訴え s980105b 1998年1月ビラ 心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭を支援します!! s980109 1998年1月9日 奥野正博 様 大葉利夫 同じ立場の事は同じ立場から  1998年1月9日、東京は2年ぶりの大雪となりました。1989年10月8日以来奥野さんの事を思い浮かべ、様々に考え及ぶ毎日と言っても決して言い過ぎとは思いません。それだけ私の人生の中に奥野さんの存在は大きく存在しています。ただ視覚に障碍を持つ教師と言うだけでもなく、不慣れな私に対する先駆者と言うだけでもなく、数学の教師と言うだけでもなく、奥野さんの人情豊かな人柄が私に奥野さんへの強い思いを抱かせていると考えるのがどうやら妥当なようです。現実には、この8年余りの間にあまりにも多くの事柄があり、しがらみがあり、互いの人生もあり、なかなか正直言って今は良い関係に二人がなれない立場となっているのも否めない事実です。どうしてそうなったのか、それを問うて真偽を明らかにする試みをする必要があります。しかし、今その事を行なう事にどれだけの意味があるのでしょうか。私達の置かれている現状は、あまりにも不安定で、危険かつ困難ですし、それは8年前と比較しても比較にならないほど、危険かつ困難で不安定な今日と未来であると私は考えます。様々な互いの考え・行動の違いは当然ありますが、それ以上に弱い立場同士である事、なおかつ協力し合う事の重要性の方が計り知れないほど大きいと考え、とうとうこの手紙を書こう書こうと思いながら延ばしていましたが、本日書きました。  94年2月国分寺で、三宅先生と栗川と奥野さんと私の四人で今後の運動を含めた様々な方向の基盤作りのため、同宿しました。あの翌日の大雪で交通が大混乱した事の思い出が同じ大雪の今日、私に手紙を書かせる一因となったと思います。思い出せば、なぜかあの日栗川のみが交通の混乱に巻き込まれず、すんなり新潟に帰宅出来た事は印象的です。それとは対称的に奥野さんの職場にとって立命館附属化の突然の発表の混乱を彷彿させる三人の行動は厳しいものになっていました。その厳しさはそのまま奥野さんの「宇治高校の伝統的な教育の良さが無くなる」の心配が現実化してしまう事となって、その後具体化につながってしまいました。厳しい現実は奥野さんを教壇から引きずり降ろしてしまうばかりでなく、受験テクニックではなく、わかりやすく生徒主体の人間性を育てる教育を宇治高校から奪ってしまいました。その後の取り組みの方向については今日は敢えて論じる気持ちはありません。ただ手紙を書こうと思い立った事だけにしか気持ちは今日はありません。すなわち、私の場合も経営形態は違うものの宇治高校と類似した東村山高校から小金井北高校に異動し、大学進学を主流とする授業内容、理解より得点になるテクニックと広く深い数学の内容を消化する事、更に新カリキュラムと事情は大きく大変化してしまいました。生徒の主体的な理解、生徒の人格を豊かにする自発性を育む教育は、今私の職場には存在していません。視覚に障碍を持つ教師の場合は特に生徒との言葉を含めた積極的なコミュニケーションが最も重要なものである事は、私が申すまでもありませんが、それが誠に希薄な現状です。私は総意工夫を続けていますが、このまま受験テクニックが優先される学校で勤務を続ける自信はありません。また今行なっている事を誰かに相談しながら、発展的に継承しようとする仲間や後継者を心から強く望んでいます。本当に一緒に喜びも苦しみも共に出来る同志を求めています。そうでなければ、とても数学の教師を続けていく気にはなれません。しかも進学校に勤務し、多くの生徒を同時に受け持ち、視覚を用いないで教鞭を取る同志がいない事は明らかに行き詰まりです。これが今の私の心情です。今日はこの事をとにかくお伝えしたいと思い書きました。雪はあまりにも今の私には重たい。希望の白ではありません。  追伸  この手紙は奥野さん宛の手紙ですが、二宮さんにも送るつもりです。 s980118 大葉 1998a 1998年1月18日 衆議院議員 石毛金英子 先生 「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫   京都市立松原中学校・ 辻範子教諭支援に関する 要望書  この非常事態の中で、私が思うように動く事が出来ません。当該の危険を思えば、残念でなりません。ただこのような状況の中で、現行制度に縛られる官僚とは違い、その時代の中でその時代にふさわしい新制度の立法権と現行制度と新制度の歪みの把握とその是正を行なう事を職務とする権利を持っておられる国会議員の石毛先生に昨年12月にお会い出来、当該の辻教諭や私達の立場をご理解頂き、事態打開へのご協力をご多忙中でありながらして頂ける事をお約束して頂けた事は誠に力強く幸いであります。  京都市教委や国会議員の山元先生をはじめとする議員の方々への働きかけを早急に行なって頂けた事は、私達の期待を上回る先生の熱意の現れであり、感謝の念に絶えません。方向性としては、山元先生が滋賀県の事務所から市教委へこれまた早急にご連絡頂いた時の山元先生の市教委への働きかけの内容にすべてが尽くされております。  すなわち「市教委は当該の服務違反と言うが、当該が怠慢でパチンコ屋でパチンコをしている訳ではない。当該にとっては当該は障碍を持つのであるから障碍と服務を区別する事は出来ない。当該の持ち時間を減らす条件作りをして、当該を職場に戻す事。それまでは拙速な免職等の処分をする事は無いように」(山元先生の話の骨子を要約)に尽くされております。現実にその方向で石毛先生、山元先生の動きを信じ、私達は期待と望みを大きく抱く毎日となりました。ところが、その最中、市教委側のあまりにも先生方の誠意ある行動を踏みにじる動きや姿勢、簡単に可能性が見えて来ない中で既に長期化している中での心身の疲労・負担がピークに達していた当該の辻範子教諭が倒れてしまいました。状況としてはここ暫く起こる間隔が長く軽かった不整脈の発作が頻発し、かなりの危険度に身体的になっている事。また精神的にも不安定な状況があり、本人の言動の「私は犠牲者。私は間違った事はしていない。市教委が94年復帰の時から他の都道府県のように、会の人達からのノーマライゼーションの理念を聞いてそれを無視せず、私の持ち時間を減らす講師配当をしていれば生徒・保護者・同僚・会の人達みんなに迷惑をかけないで済んでいた。私が倒れた後、それではまずいと考え、やっと会の話を聞き入れ、後手後手の対応しかして来なかった。それらこれら起きた問題を市教委の責任ではなく、私や会の人達の責任にする事はひど過ぎる」までは、私や先生方の妥当だと理解して頂ける正常な内容でありますが、「もし私をこのまま市教委が免職に追い込むならば、私や他の同じような立場の当該のために、障碍を持つ者に対するひどい市教委のやり方を世の中に明らかにすると共に、二度とこのような事をさせないために焼身自殺をする」が当該の友人に対して発している言動は、思いはわかるものの、冷静に市教委の対応の遅れとまずさを正し、私達や先生方が求めている働ける条件を確保して職場に戻す事とは違い、相当危険な状況にあると判断するしかありません。少なくとも当該の際立った言動は、私も動けない状況下の中では、友人に見守ってもらうと共に、その状況報告を聞いた中での判断は、今すぐそれを実行に移したり、それだけを考え続けているとは思われませんが。当面条件を確保しての職場復帰を今は諦め、取り敢えず京都の主治医の所に行けない状況の中では、信頼出来る医師に様々な状況を含め相談し、休養に専念する事が、今は必要だと判断するより道は無いようです。当該の心身の安定の回復を待つ中で、当該の職業的身分の確保と当該の働ける条件作りを当該に代わり、先生方にお願いする事が最善であり、またそれ以外の方法は考えても思い当たるものが見い出せません。私も当該として厳しい立場に置かれておりますが、少しでも先生方の当該支援への動きに多少でも力が出せればと願っています。  思いとしては様々あります。私の時もそうでしたが、元々組合がしっかり取り組んでいれば(94年8月段階)、障碍を持つ私達が弱い立場でなく対等に主張出来る立場であれば、しかるべき所で弱い立場である私達の事を取り組んでくれる所があれば、こんな苦しみも無いし、会もいらないのに。文部省が都道府県委せにしていなければ、市教委が学校委せにしていなければ、現場の管理職がしっかりしていれば。最近では多忙中の小林あきろう先生が、8月から当該の給料が止まっている中で、9月12日以降この問題について一か月も市教委との仲立ちを放置せずにいてくれれば、文部省も市教委も都合によって個人の情報について話す相手を巧妙に使い分ける事が無ければ、文部省がある時は上から全国に命令を下す事を、今回も行なってくれていれば。しかし今は危機迫る状況の中で当該をダウンさせてしまった支援側としては、乗り切りに最善を尽くすしかありません。とにかく信頼出来る医者に当該の休養の診断書を書いてもらい、それを確実に市教委に届ける事。先生方のお力を信じる事のみです。どうか当該のため、よろしくお願い致します。 skn9801a 障教連緊急通信 1998年1月18日 京都市立松原中学校 辻範子教諭に度重なる危険!! 市教委の免職の強行! 心身の疲労に当該倒れる! s980119 未提出 1998年1月19日 衆議院議員 石毛金英子 先生 「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫   京都市立松原中学校・ 辻範子教諭に対する こんな結末は絶対許せません!! s980121 大葉 1998b 1998年1月21日 衆議院議員 石毛金英子 先生 「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫   京都市立松原中学校・ 辻範子教諭支援に関する 要望書 II  私は、当該に関わる芳しくない情報を聞きました。動けぬ私にとって、その入って来る情報は、石毛先生、私がどのように感じ、どのように思っているか、おわかり頂けますか。先生の議員バッチを外して一人の人間として、障碍を持つ子供達の差別の解放運動を続けて来た多くの仲間の一人として、差別からの解放運動の中から議員になった一人として、先生の心をよく見つめて下さい。私や当該の感情と思いが先生の心と一致していると私はそう信じたい。今回のように見事に強い立場の者により、地位と権力を持った者により、弱い立場の者を入らせない現行制度に則って、まさに正当な立場で正当な行為を行なっているかのようにして、見事に弱い立場の者を差別し、排斥してしまう恐ろしくて、しかもあまりにも汚い行ないの歴史は、先生ならば一番おわかり頂けると私は願っておりました。その悪しき歴史を変えるために先生が議員バッチを付けられたと私は思っていました。その悪しき歴史を変えるために先生が一体どのように行動されて行こうとしているのか、私には理解出来ません。今回の私達の切実な先生への依頼は、私達の立場を理解して頂けると信じ、行なわれました。12月の段階では、本当に当該も含めて私達は先生に今回の問題の依頼が出来た事を心より喜び合いました。更に、山元勉先生と滋賀の事務所でお会いした時も、やはり石毛先生を通じて、今回の問題の解決を依頼した事と、その問題の解決がすぐそこまで来たと私達と当該や当該の両親も期待と希望に歓喜したものでありました。それが今動けぬ私に入って来る情報では、全く正反対で最悪の情報ではありませんか。この先、私の感情は今書かない方が当該のためと止めます。最終決着した段階で、思い出話として先生方に語る事が出来る事と今は望む道を選びます。  先に述べた先生がどのように障碍を持つ者の差別からの解放のため、バッチを付けられ、バッチを付けられた立場でやっていかれるか、これは是非お聞きしたいと現時点でも考えております。近日中に、お会いして頂く事をお願い致します。  さて、今回先生に、私達が依頼したポイントは次の通りであったはずです。  1.現行システムの上で仕事をしている京都教育委員会には、障碍を持つ  教師に対して制度上の財源が無い事を理由に、他の都道府県のように講  師配当をして、当該の持ち時間を減らす事を、文部省の事例集を示して  も、3年余の私達の執拗な働きかけがあっても実現しようとしない。  2.そのため、当該が倒れてから、お金のかからない方法でしか対応せ  ず、当該や生徒や現場をあまりにも多く混乱させ、犠牲にしている。  3.薮田課長レベルではらちがあかない。薮田課長は既に実感を失ってい  る。従って、薮田課長以上の実権を持っている者でなければ解決つかな  い。  4.97年12月段階でも京都市教委との話し合いのテーブルは私達は  持っていた。その後の話し合いの継続も可能であった。  5.ただ時間がかかり過ぎる事と既に当該の給与が97年8月より停止、  免職の危険もある。  6.既に文部省の事例を含め財源を含めたやれる方法は確保している。府  教委も異論はない。  7.市教委と府教委との関係は、対立的な面が多い。  8.従って、私達や薮田氏を超えた超法規的な見地で、当該の不利益と持  ち時間を減らしての職場復帰を実現して頂きたい。 でありました。  ところが、あれだけ薮田氏では無理だという情報説明をさせて頂いたはずなのに、なぜか石毛先生も山元先生も、薮田氏を超えたレベルの実権を持つ者と折衝はして頂けなかった。逆に石毛先生が1月14日に私達に言われたように、京都の中の反発を大きくしてしまった。更に、山元先生が教育委員会の中で審議もしないで給与停止等が出来るのかに反応した市教委は正式な会議を開催して、今回のとんでもない結論を正式に出してしまった。更に先生方の懸命な働きかけの妨害を引き起こさないために、私達は私達や薮田氏を超える者との決着のために、先生方が動いて頂ける中では、12月まであった市教委との話し合いの出来るテーブルと他への働きかけの運動を一か月間凍結した。それなのに、この結末と共に入って来たのは、現行システムに私達や当該は従えという事と、この段階に至ってはバッチを付けた者は口を出せないという、全く考えられないような提言でありました。超法規的な決着を望んでいた私達は、この一か月間を無駄にしたばかりか、当該のために市教委とのねばり強い話し合いの継続の機会を失ってしまった。一体誰が当該に対して謝罪をするのでしょうか。誰かが謝罪をする必要が絶対にあります。今一度私達より地位と権力を持ち、私達のためにバッチを付けておられる石毛先生をはじめとする一人一人の民の主権を守る立場の先生方に京都教育委員会の許されない結論の博士撤回と8月からの給与の保障と働ける条件を付けての当該の職場復帰のためのご努力を、ここに強く心よりのお願いを致すばかりであります。  尚、本件に関しましては、民主党の菅直人代表にもお願いを致す所存であります。幸い菅代表はバッチを付けた厚生大臣の立場で官僚やバッチを付けた前任者の不始末を民の主権のために過去の責任を自らの責任と考え、そこまでされなくてもと思う土下座までして謝罪され、官を正し、民のために行動された勇気と決断力のある方であります。形式に捕らわれず、正しい事は正しいと言い切れる方でありますので、結論が出ているのでやれないとは今回の件に関しては言われないと私達はその人望に更なる期待を抱いております。諦めず、最後の最後まで正しくないのは京都教育委員会であり、弱い当該を守り抜く事への更なるご協力を石毛先生にも山元先生にも小林あきろう先生にも改めて文面ではありますがお願いするのみであります。 s980122 大葉 1998c 1998年1月22日 京都市教育委員会 教育長 崎野 隆 殿 「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭) 教育長に再び直接の 直訴の行動を取ります −− 京都市立松原中学校・辻範子教諭の事態解決に向けて −−  昨年7月2日より、当該は市教委の一方的な指示の下で永田学校長による弾圧的かつ強制的な圧力により、当該本人に休職を了解させようとする事による精神的、肉体的危険の回避と自宅や路上での市教委の指示による過去の学校長の強引な拉致行為や自宅への粗暴で威圧的な永田学校長や土佐教頭からの電話攻撃による私生活を奪われたため、大津の自宅での生活、松原中学校での勤務が出来なくなってしまった事は、今更申し上げるまでもない悪しき事実であります。  当該は自宅や学校に居られない自らの立場や心情を所属長であり、当該の事を最も大切に考えなければならない永田学校長に、何度もその事態解決の依頼の手紙を送り続けてまいりました。しかも、自らの所在地は市教委からの地位と権力を濫用した攻撃から自らを守るため、所在先は明確には出来ないまでも、必要な連絡先については、従前と同様に大葉宅をその連絡先にしてほしい旨も明確に永田学校長にこれもまた、何度となく手紙で知らしめて来ておりました。にも拘らず、自らの配属下である当該の安否について何を考えているのか、ただの一度も当該が無届けではなく所属長に届けを出していながら、本年1月段階に至っても、ただの一度も当該の転地先に連絡を取ろうともせず、7か月間当該の安否を放置したままである事は、管理職としてあるまじき許されぬ人としての心を感じない行為と断定して、誰が異論を唱えるものでありましょうか。永田学校長は、あまりにも不誠実であります。このような学校長は、教育長自らの任命権によって更迭をお願い致します。代わりに人の心を持った自らの配属下にある教職員の安否を本当に考え、その教職員のために出来得る限りの行動を取る事が出来る学校長を今すぐ京都市立松原中学校の学校長に就任させ、当該の永田学校長に何度となく宛てた「私は教師を続けたい!!」の手紙の中に書かれている障碍を持つ教師の切々たる願いを実現させて頂きたい。  更にまた、永田学校長のために当該は何ら理由も正式に聞かされる事もなく、昨年8月から突然の給与停止が続けられたままであります。法治国家であり、情報社会である今日において、取れる連絡方法を取ろうともせず、本人の当該に対してその理由すら明確に正式に伝える事なく、給与の停止が7か月間も続行されるのは、独裁者のやるべき行為であり、民主国家の日本において絶対許されない行為であります。取れる連絡方法もとらず、正式に本人にその理由も伝えられないとは一体いかなる言い訳があるのでありましょうか。これらの事は、当該の直接の管理責任者の永田学校長の一責任には留まらず、その事態を許してしまっている教育長自らの責任であります。これらのあまりにも無責任な行為は学校長のみならず、教育長の更迭さえ回避出来ない事態であります。  このような不当な攻撃をされている当該の立場を自らの立場に置き換えてよく考えてみるならば、人の心を持っている者であれば、何をどうしなければと自ずと判断出来、行動出来るはずであります。人の心を持たない者が教育行政に関われば、今回のような当該の不利益のみならず、人権侵害が生じるのみならず、学校教育そのものが歪められ、日本の将来を担う子供達の真の教育は京都において実現するはずがありません。人の心を永田学校長も教育長もこれまでの経過を見る限り、持っているとは誰も思わないでしょう。このような不当でいい加減な事が現実にはあちらこちらで起きているのも事実であります。だから京都も許されるという、甘い発送は許されません。  さて、私達は94年9月より、当該の授業持ち時間数を減らすため、講師配当を財源も制度もないが、東京や新潟等の他の都道府県と同様に実現する事を求めて参りました。様々な事情はどこでもあります。しかし、1981年国際障持者年以後の社会通念は現行法を超えており、私達の要求実現は京都以外では成されております。16年の遅れの中で府教委が金を出さないとか、市に財源がないとか言う言い訳はもはや通用しない、時代は近代であります。古都京都だけが近代化を免れる事は日本の中では許されません。京都独立国家の意識が世界の社会通念までを拒絶しているという事であります。少しは自らの出来ていない惨めさを知って頂く必要があります。  昨年7月2日以降、本年1月までの間に、障碍を持つ教師の持ち時間を減らすためのいかなる努力がこの間あったのですか、7か月もありました。7か月も無断で当該の給料が払われていません。いや7か月も当該を職場復帰させる努力が具体的に見える形で示されておりません。それどころか、小林あきろう市議に対し貴教委の角川部長は昨年9月「障碍を持つ教師のための新制度はいらない」とまで言い切っております。嘘か真かは小林、角川両氏に教育長自らお確かめ頂きたい。一方では、薮田課長が私達と共に当該のために持ち時間を減らしたい、減らす事を実現したい。しかし制度がないから当該が過労で倒れてしまった罪の償い意識からかお金のかからない方法で、苦し紛れに時間数を減らす三段をすればするほど、結果は当該をジプシーのようにさせ、同僚や生徒の不利益さえ引き起こしてしまったという事実は既に述べてまいりましたが、この中で、もしこの間教育長の代わりに教育長と同じ権限を持つ筆頭担当者が教育長のおっしゃるように薮田氏であるならば、薮田氏が私達と共に制度がほしいと責任ある立場で言われて来た事と先の角川部長の話はあまりにも矛盾し、教育長の意見を反映する薮田氏と、反する考えであるならば角川氏は教育長の考えを否定している乱心的な存在と言い切る事が出来ます。  貴教委は自らの責任ある職務の遂行を威厳を持っておられるともお聞きしております。私達は、昨年当該の給与停止等の不利益解消と勤務出来る条件を付けての復帰について教育長が言われる直接の代理人としての薮田氏、稲田氏と真剣に話し合いのテーブルを持ち続けてまいりました。しかし、現行法に私達の勤務継続の条件がない中で、現行法を超えた超法規的な立場で事態解決の行動に入れない両氏に代わり、教育長自らに超法規的解決を求め、直接の直訴を同時に並行して求める努力をして参りました。残念ながら、昨年12月においては教育長多忙中と知り、私達が日を改めて教育長に直接の直訴をしたいというfax文書をお送りせざるを得ませんでした。従って、本年1月に再び教育長にお会いするため学期始めの私達の多忙な時期を避け、1月19日の週に京都に向かう予定を立てておりました。しかも当該を含めて当該の直訴も教育長にと考えておりました。ところが、18日の段階において7か月におよぶ長期的な打開されない困難から来る心労により、当該が倒れてしまいました。あれほど落ち着いていた不整脈の発作が再び頻発し始めました。おそらく心因的な要因が主な原因と考えられますが、今は当該の症状が安定する時期を待つか、私達だけでこの不当な当該への攻撃打開のために京都に向かうか戸惑っているのが今日の現実であります。今暫くお待ちして頂く事をお願い致します。勿論、永田学校長や崎野教育長が進んで更迭を希望されるならば、正しく次の方へ引き継ぎをお願い致します。私達との継続的な話し合いは薮田氏との間で認識されておりますが、いわゆる上司にあたる方が代わられた事によって正しく引き継がれない事は、よくある事なので、敢えてお願いしておきます。  とても気になる事が、昨年12月26日私達と親交の深い市民団体に対し、稲田氏が答えられた内容であります。まさかそのような教育委員会に直結しない者による言動に京都市教委が左右されてしまったとは考えたくありませんが。私達の立場を正当だと貴教委に提言されている小林あきろう氏の意見さえ、取り入れて新制度を作らないで来ている貴教委であるならば。稲田氏は市民団体に対し、言葉は正確ではありませんが、内容としては「辻教諭の始末を早くしてしまえという市議会議員の圧力が強いため、早く結論を出さざるを得なくなっている」と答えられていた事実は、貴教委の毅然とした立場ではなく、小林あきろう市議の意見は無視し、しかし、別の市議の意見には従わざるを得ないという相反する行動と言動を対外的にされておられるのは誠に理不尽なものである事はすぐおわかりでありましょう。辻範子教諭に関する個人的データをある議員に対しては教え、そうでない者には守秘義務だから言えないと平気で使い分けているのはあまりにも妙ではありませんか。これは本当に重大な問題であります。小林あきろう市議を無視するならば、一体どの市議の意見には従おうとしているのですか。でたらめですよ、これは。欺瞞ですよ。その辻教諭を早く辞めさせろと言う議員の名前を公表して頂きたい。障碍を持つ立場の本当の混乱も知らずに、職業的身分のかかる事に関して、切り捨てを平気で要求するような議員は私達は絶対に議員として認める事はできません。京都市民にこの事実は正確に知らしめる事が必要です。弱い立場をなぶり殺すような事を平然と言うような教育委員会やバッチを付けた議員は存在してはなりません。  まずは、人の心を持った方が本当に適切な職務に就く事が最も大事であります。それらこれらを含めて教育長とじっくりとお話をする必要があります。今のままでは京都は日本の中の京都として存在出来なくなっています。日本の将来、京都の将来、そこには生きる人々がいます。今、ねじ曲った状態を正さなければ、この先正常な京都の存在は不可能となりましょう大事な話し合いです。今度こそは、時間を確保して頂く必要があります。日程の調整は相互でいたしましょう。 s980215 (辻 1998) 1998年2月15日 京都市教育委員会 教育長 崎野 隆 殿 京都市立松原中学校 教諭 辻 範子 要望書  私は、昨年7月2日より学校での勤務が不可能な状況に追い込まれました。また自宅での生活も安心して送る事が出来ない状況に追い込まれました。その事については直接の上司に当る永田紀彦学校長に宛てた手紙、「私は教師を続けたい!!」に述べた通りであります。私はこの間何度となく永田学校長に転地先を知らせると共に、私が学校での勤務が可能になる環境と自宅での生活権の回復を求めて来続けました。勿論、大事な事ゆえ、普通郵便のみだけではなく配達証明郵便で、確実に転地先での連絡方法と改善要求を学校長に対して行なって来ました。しかしながら、一度も私の手元には学校長から心ある連絡を頂く事がありませんでした。それどころか、無断で私の給与の停止が昨年8月から6か月に渡り一方的に停止され続けたままであります。そればかりではなく、貴教委の稲田氏は、私の友人であり市民団体を担っている納さんに対して、昨年12月26日「市議会議員から早く免職にしてしまえと言われて、その決断をせざるを得なくなっている」と電話で回答している事実を知り、不安を抱くばかりであります。学校長が直接の上司として私との連絡等で誠意ある最善の努力をして頂けないばかりか、市教委そのものが市議会議員の圧力に負けてしまう主体性を失ってしまう状況は、心臓に障碍を持つ私の立場が有る無しに拘らず、あまりにもひどい事だと私は考えます。教育長も同感して頂けると私は信じたい。  思えば、昨年4月1日松原中の校長室において、薮田課長、稲田係長、永田校長、土佐教頭、会の大葉会長・代表、栗川事務局長と私との四者会議の時に、私が「部屋が寒くて心臓の発作につながる」と訴えた際、学校長が冷たく「ストーブは無い」と言ってのけるだけで、暖を採る最善の努力を全くしようとしない態度。障碍を持つ者の理解と啓蒙を求める教育上大切な私の行為に対して、昨年6月30日授業準備中の私を荒々しく校長室に一人呼び出し、「授業準備なんてしなくていい。二度と同じ行為をしないと約束しなければ、毎時間授業について行く。」と高圧的に声高に言い放ち、私の精神的・肉体的ダメージを考えない冷酷な学校長の恐怖を感じる行動。その日は薮田課長が私の持ち時間を減らすために会の人に促されて初めて府教委に別枠予算の要求に行く日であり、私への不用意な弾圧的な行動は会と市教委との間で凍結する約束になっており、安心していた私の受けたショックはあまりにも大きいものでありました。会からのアドバイスを無視して行なった結果、市教委は府教委から別枠予算を引き出す事に失敗し、私を休ませるしか方法がなくなり、学校長にその役割を命じたため、私は予想される荒々しい学校長の行動を再び受ける事を避けるため、年次休暇を取らざるを得なくなりました。その自宅の留守番電話に学校長は高飛車で高圧的な口調で「職場放棄だ」と日に何度も繰り返し、掛けて来る行動は、女性一人で自宅にいる私には恐ろしい以外何ものでもありませんでした。自宅に居たら次は柳池中学校の岡田校長と同様に押しかけて来て、岡田校長以上の行動を取る事を考えただけでも恐ろしく、自宅を離れる以外に方法など見い出しようもありませんでした。  結局この間、自宅に居られない私に対して、「私は教師を続けたい!!」を読んだ学校長からの連絡も無く、給与停止の理由も知らされず、市議会議員の圧力に屈しそうな市教委の言動が入って来るだけであります。直接の上司である学校長を立場上尊重して参りましたが、今日のこの時期まで至ってしまった現在、私は学校での勤務再開と給与の回復を崎野隆教育長に現行のシステムを超えて直接お願いするしかありません。どうか下記へご連絡下さい。  東京都府中市朝日町1−15−26 大葉利夫方 辻範子 s980217 1998年2月17日 京都問題は日本の悪しき体質 あらゆる差別を無くし生きる!!「差無生」運動推進協議会会長 「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表   大葉利夫(都立小金井北高等学校数学科教諭、障碍:視覚) s980217b 送信状 1.送信日時   1998年2月17日 2.送信先   各位 3.送信元   あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会     事務局長 栗川治(新潟県立西川竹園高等学校教諭、障碍:視覚)     〒950−2112 新潟市内野町621番地 4.送信内容   本状、「京都問題は日本の悪しき体質」、永田学校長への手紙2通、  「私は教師を続けたい!!」、崎野教育長への要望書。   音声確認ワープロ使用、未校正。 s980218 TO:KFD00416 SUB:月刊ビギン原稿です。よろしく!! 京都の心臓に障碍を持つ教師に対する不当な処分を撤回させ、 働く条件を整備して当該の職務継続を保障させる活動への ご理解とご協力をお願いします!!  京都市の中学校国語科教諭の辻範子さんは、心臓手術を受け約5年間の 休職後、94年8月に復職しました。その時から、過労や心因性ストレス による心臓発作を起こさないで安心して働けるための労働条件整備、具体 的には授業の持ち時間軽減のための講師の配置を求め続けてきました。  しかし京都市教委は、「制度がないので出来ない」と条件整備を拒否。 95年2月に辻さんが現実に過労のため倒れ緊急入院をして初めて最小限 度の対応をしてきました。それは学級減等でたまたま持ち時間が少なくな る学校へ辻さんを異動させるというやり方でした。95年、96年、97 年と毎年転勤させられ、講師配当による時間軽減は実現しないまま職場の 同僚への負担転嫁による場当たり的対応しかなされず、辻さんはこの間 二度、心身の過労のため長期休養に追い込まれました。95年7月に主治 医の勤務軽減が必要という診断書を提出して職場に復帰しようとした際 には、市教委は「障碍を持たない教員と同量のいわゆる通常勤務が不可能 なら復職は認めない」と、診断書の改竄まで迫り、辻さんの自宅に管理職 が押しかけて来た事さえありました。  そして97年4月、現在の京都市立松原中学校に転勤しての復職に際し ても、主治医の持ち時間軽減が必要との診断書を提出。この度は市教委は それを受理して復職しましたが、持ち時間の適正化(軽減)は実現しない ままでした。他の都道府県では、制度がない中での暫定的な対応として現 行制度の流用・運用により必要な講師配当は実現しており、その事は文部 省も事例集を出して推奨さえしているのです。それでも京都の教育委員会 は制度がない、財源がないと条件整備を行なおうとはしませんでした。  97年6月に入り、辻さんの心身の過労も限界に近付き、有給休暇等を 駆使して何とか学期末の乗り切りを図ろうとしていましたが、市教委は自 らの責務である条件整備をやってきていない事は全く棚に上げて、辻さん の自習時間が多いという事ですべての責任を当該に押し付け、現場から強 制的に排除しようとの動きに出ました。校長が辻さんを校長室に呼びつけ て高圧的な言動を取るなど、心因性の発作を起こす危険と恐怖を辻さんは 感じ、7月2日以降、安心して職場で勤務する事が出来なくなり、またか つてのように自宅にまで押しかけられる恐怖からすると自宅にも居られな い状況に追い込まれました。  辻さんは、永田紀彦校長に対し、安心して職場での勤務と自宅での生活 が出来るようにしてほしいと手紙を出し続け、必要な連絡先も明示したに も拘らず、永田校長及び市教委はそれを無視し、辻さんの職場放棄である と一方的に決めつけ、何ら説明もないまま8月からの給与を停止し、更に 免職にしようという動きにまで入っています。  弱肉強食の競争主義の強化、財政難を理由とする福祉・教育の切り捨 てと、障碍を持つ者の働く状況は厳しさを増すばかりです。京都の教育委 員会によるこのような人権蹂躙は決して許してはなりません。  現在、京都の教育委員会に対し、不当な処分の撤回と必要な条件を整備 して辻さんが職務継続出来るようにする事を求めて署名活動を行なってい ます。ご協力頂ける方は下記の栗川までご連絡下さい。また京都市教委に 直接怒りのハガキやfaxを送って下さい。皆さんのご支援をお願い致し ます。  「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会事務局長 栗川治 〒950-2112 新潟市内野町621番地 TEL&FAX025−262−3678  京都市教育委員会fax 075−222−3759 s980224 1998年2月24日 京都市立松原中学校 学校長 永田紀彦 殿 あらゆる差別を無くし生きる!「差無生」運動推進協議会   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会   社会運動を考える会   心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭を支援する会 以上総代 古賀皓生(熊本学園大学教授、障碍:視覚)   永田紀彦学校長への要求 s980303 1998年3月3日 総務庁長官 小里 貞利 殿 あらゆる差別を無くし生きる!!   「差無生」運動推進協議会   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会  総代 古賀皓生(熊本学園大学教授) 障碍を持つ教師の雇用率が 上がらない理由 −− 心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭の悲惨な現状、 中途障持者が排除されてしまう!! −−  私達は、1991年10月、「障碍」を持つ者が学校教育現場で働ける事を実現するために会を発足させ、その目標に基づき全国的な活動を展開して参りました。  本来、すべての人間は生きるための権利を対等に持ち、地位や身分、障碍を持つ持たないに関係なく、その基本的人権が当然守られてしかるべきはずであります。  残念ながら現実は、過去から続く長い歴史と、現在に至っても当然守られるべき人権が守られず、障持者であるというだけで、社会的・職業的身分が剥奪され続けたままであります。そのため私達は、当該であり、既に様々な差別・排除の攻撃を受け、非常に苦しく危険な立場であり、心身共に疲れ果てている立場ではありますが、自らで人権を確保するため行動するしかないと悟り、活動を開始致しました。自らが頼りになる既存の組織もなく、また自らの問題を取り上げようとする地位と権力を所持している者が不在となれば、自ら行動を取るしか方法はありません。  幸い会の理念は広まり、個々の当該を新規であれ、中途であれ、それらに捕らわれる事なく、多くの国民の一人一人の理解、地位や権力を委ねられている官僚や議員の理解を得る事が出来ました。その結果、東京都教育委員会においては直接の話し合いのテーブルを1992年12月から双方の合同会議という形態で持つ事が出来、更に「障持者の働く権利を保障する制度確立」の請願署名が1997年3月、都議会において主旨採択されるに至り、今ある個々の障持者のケースの乗り切りという現実論と、制度化に向けた理念論という二本柱が、東京都においては現実化する事が、全国に先駆けて出来ています。尚、文部省に1994年9月、12万余の請願署名を当時の与謝野文部大臣に提出しており、一定の文部省のその後の変化を生み出す事も活動の一つとしてある事をここに付け加えます。  ところが、総務庁が一昨年6月に「障碍を持つ教職員の雇用率が低すぎる。文部省が雇用率を上げるように」と韓国を出さざるを得ないほど全国的には理念論はもとより、現実論も大きな進展を見ておりません。私達の私設団体の力では、その活動の広がりが東京都と同様には行かないのも事実であります。つまり、新規に障碍を持つ教職員の採用を増やす事の難しさどころか、中途で障碍を持つ事になった教職員の雇用を継続するための「具体的なアシスト体制等の対応の仕方やその財源確保」すら文部省は確保しておらず、総務庁に言われれば、ただ各都道府県の教育委員会等に雇用率を上げるための通達と指導を行なうだけであります。結果的に「具体的な対応と財源」を裏付けする事もしないで、上から言われるままに文部省は下に(あまり使いたくない表現ですが)対して、努力だけを要求しているだけで成果が上がろうはずがありません。  東京都以外にも私達の活動は及び、その限りにおいては私達の「正当な主張」がかなり多くの理解を得、個々の当該を学校現場に残す「具体的な対応と財源」を引き出す事の実現を見ています。しかし、今回私達は1994年9月より京都市教育委員会において他の都道府県と同様に心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭に対して「具体的な対応と財源」を求めてまいりましたが、京都市教委の具体的な対応は、当該が心臓の発作で倒れるとその後で行なう、いわゆる後手後手であり、当該を3年間の間に「授業の持ち時間を減らす」の要望に対し、隙間がある学校を探すだけで、4校も引きずり回してしまい、とうとう当該が有給休暇で授業の自習時間が多くなった所で、別枠の財源を用いる事なく、また文部省教育助成局の「教員採用等の改善に係わる取り組み事例集」さえ用いようとはせず、生徒の立場だけ考えるだけで、強制的に当該を休ませる事を強行するばかりで、当該がその強硬な圧力のため、自宅での生活さえ出来なくなるまでに追い込むだけでありました。そればかりか、一方的に当該を職場放棄と決めつけ、市教委自らが「具体的な対応と財源」を出来ない責任転嫁を当該に押し付け、給料の停止や職業的身分の剥奪さえ行なおうとする有様であります。  細かい事は別紙の参考文書をお読み下さい。下記のように話をまとめる事に致します。是非とも、私達の「正当な主張」と公的に保障されていない当該の勤務継続が出来ない立場と、私達としては少な過ぎると考える法定雇用率の目標達成に至らない理由と原因を総務庁に知って頂くと共に、今起きている京都市の危険回避にご尽力頂く事をここに取り急ぎお願いするばかりであります。私達も厳しい当該者でありますが、問題解決のためには直接お伺い致す心構えでおりますので、遠慮なくお呼び立て下さい。 記  1.障持者の雇用率を上げるためには、新規採用・中途障碍の教職員が働き続けられるための「具体的な対応と財源」が明確に保障される事の現実化。  2.他の都道府県と一律にはなぜか行かない心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭の賃金的、身分的不利益の回復と危険回避の実現。  連絡先 「差無生」運動推進協議会会長  「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表        大葉利夫(都立小金井北高等学校数学科教諭、障碍:視覚)          〒183 東京都府中市朝日町1-15-26  会電話FAX0423−36−7012          職場電話  0423−85−2611 s980304 1998年3月4日 薮田 昇 様 大葉 利夫  1994年9月から約3年半の月日が経過致しました。昨年秋、私は「源思」(これは一部公開されてしまいました)と称した文書を薮田さんにお送り致しました。また、その前後に薮田さんと直接お会いする事も出来ました。この3年半の年月の間に本当に障碍を持つ教師の教育現場での勤務が可能になるようにと様々な努力を互いにしてきたと私は考えます。恐らく薮田さんも同様に考えていると推察致します。遅れた現行制度の中で、私が提唱する話は、市教委の中で受け入れてもらう事が不可能でした。結局当該が倒れた後でしか、二の鉄は踏まないという薮田さんが言葉にしているように事態が悪化してから後、やっと当該のための対応を行なう事の連続でした。しかし、いくら遅れての対応とは言え、少しづつよい方向に向かおうというプラス性が薮田さんの中に存在していた事に、私は何ら疑いを持つものではありません。それどころか「具体的な対応と財源」がない中で、多少的外れの所がないとは言えませんが、精力的な行動を薮田さんが取られる事には感銘を覚えてきました。昨年の秋、お会いした薮田さんは、今述べて来た私の印象とは別人となっておられました。昨年7月1日、私の職場に電話をかけて来られた時から、思えば別人でありました。心に自らの行きづく感情を持つ温かい人間、薮田さんとは別人でありました。  どうして、これだけ同じ人間が違った人間に変わる事が出来るのでしょうか。私も表面的に変わる事は、他の人から見るとあるようですが、人間というのは本質から変わってしまう事は真実の心を持った人の場合、有り得ないと私は考えます。つまり、薮田さんの人間としての本質は、昨年7月1日以降も私は変わっていないと肌で感じています。  何に捕らわれてしまうのか。教育委員会という役職なのか。人は生きるために仕事をしなければなりません。しかし、仕事はあくまでも仕事であり、人がよりよく生きるために必要なだけです。私は何も恐れを持たずに生きられる人間のようです。苦しいとか、恐いとか、危険とか、それはあります。私は、子供の時から視覚に障碍を持ちながらも生き抜いてきました。振り返れば、自らの中に生きる事への恐れがなかったからと考えます。勿論、その障碍ゆえ、何度も危険な事に遭遇し、何度も職業的身分を奪われる危機を経験してきました。従って、現在も今後もその危険が存在したままであります。その危険を私は出来れば避けたいとは願いますが、それを敢えて避けられる立場でもなければ、避けようとも思いません。だから私は恐れに縛られず自由であります。自由ほど自らの責任が重い事も確かであります。  薮田さんの心は生きる人間としての温かさを持っておられます。薮田さんが、もしその事を私に対して否定されたとしても、私の実感に変化はありません。薮田さんと私は、これほどまでに遅れた人権意識の低い日本の中で、正当な主張の実現のために共に協力し合ってきました。まだまだその努力は不十分で中途半端な段階であります。薮田さんが昨今の市教委の立場として行なわれている行為、行動を今後の人生の中で、本当に後悔をしないで済むのでしょうか。本当の薮田さんの心は、それを後悔しないではいられないと私は思えてなりません。一生つきまとう後悔をするより、一人の人間としてやり遂げたい事をやり遂げる事が非常に大事であると思われませんか。後悔をしても後に残らない後悔にしたいとは思いませんか。人の人生に対してあれこれ言う事は、私は好みません。でも薮田さんのこれからの人生を考えると、またこの間長時間にわたりよい意味での人生を共有出来た事を思い起こせば起こすほど、本日の手紙を書かないではいられなくなりました。この手紙は大葉利夫個人が薮田昇さんに宛てた個人通信です。 S980402 1998年4月2日 京都市教育委員会教育長  崎野 隆 殿 「差無生」運動推進協議会会長   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表 大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭) 私は単なる郵便ポストではない!! −− 辻範子教諭への市教委の手紙を 責任ある立場として返送いたします −− s980520 1998年5月20日 大津市長 山田豊三郎 殿 あらゆる差別を無くし生きる!   「差無生」運動推進協議会   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会 心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・ 辻範子教諭を支援する会   総代 古賀皓生(熊本学園大学教授) 無所得者に対する市民税の 課税に対する要望書 −− 大津市民で京都の公立学校教諭の辻範子さんに関して −− s980523 1998年5月23日 各位 あらゆる差別を無くし生きる!   「差無生」運動推進協議会   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会 心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・ 辻範子教諭を支援する会   総代 古賀皓生(熊本学園大学教授) 引き続き署名活動にご協力下さい!! S980610 1998年6月10日(複製版、原本点字) 視労協代表 的野隻郎 様 大葉利夫 栗川 治  5月5日に、私達の希望を述べた文書を的野さん宛に点字で郵送致しまし S980617 真実高ビラ1号(1998年6月ビラ�@) 「真社会」を自らの人生経験を生かし実現する高齢者の会(略称・真実高)発足のお知らせ 「真社会」を自らの人生経験を生かし実現する高齢者の会 女性代表 鈴木多賀子(77歳)   男性代表 鈴木 久夫(83歳)   s980711 1998年7月11日(土)fax送信 衆議院議員 民主党代表 菅 直人 殿 あらゆる差別を無くし生きる!!   「差無生」運動推進協議会   「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会 両会総合代表 古賀皓生   (熊本学園大学教授、障碍:視覚) いざ東京!! 真の議員の確認と 真のパートナー政党を求めて!! −− 国民の権利と我々の運動理念実現のために議員は存在する −− s980714 1998年7月14日 阿田川真理 様 今村 孔久 様 藤井 釣而 様 差無生・障教連 栗川治  民主党・菅代表へ送ったfax文書と当日手渡した古賀総代からのメッ 1998年7月14日 鈴木多賀子 様 差無生・障教連 栗川治  12日(日)午前11時半から午後2時にかけて、東京永田町の民主党本 文部省,1996a,「教員採用等の改善について(通知)」,文部科学省ホームページ,(2019年8月20日取得,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/senkou/1243165.htm). 文部科学省 . 現在位置トップ > 教育 > 教員の免許、採用、人事、研修等 > 公立学校教員採用選考 > 教員採用に関する参考資料 > 教員採用等の改善について(通知) 教員採用等の改善について(通知) 文教地第170号 平成8年4月25日 各都道府県・指定都市教育委員会教育長 殿 文部省教育助成局長 小林 敬治  教員採用等については、かねてから各教育委員会において、その改善に努めておられるところですが、近年の教員採用の状況や学校教育上の課題の変化に適切に対応するため、教員採用等の改善をさらに進めることが求められております。  このことにかんがみ、文部省においては、関係者の協力を得て、教員採用等に関する調査研究を行ってきましたが、このたび、別添のとおり、「審議のまとめ」がなされたところであります。  同まとめにおいては、人物評価を重視する方向に採用選考の在り方をより一層移行させ、選考方法の多様化、選考尺度の多元化を図ることを求めており、その観点に立った具体的改善方策を提言しているところであります。  ついては、貴職におかれては、同まとめの趣旨を参考に、下記の事項に留意の上、教員採用等の改善を一層積極的に進められるようお願いします。 記 1.教員採用等の改善の基本方向について ア 学校教育における指導の在り方の質的変化や生徒指導上の諸問題に適切に対応するため、学校には様々な資質能力や体験を持つ人材が求められており、必ずしも知識の量のみにとらわれず、個性豊かで多様な人材を幅広く教員として確保していくことが必要であること。 イ このため、筆記試験の成績を重視するよりも人物評価重視の方向に採用選考の在り方を一層移行させ、選考方法の多様化、選考尺度の多元化の観点から、教員採用等について積極的な改善を図っていくことが必要であること。 2.採用選考方法の改善について (1)選考における評価の在り方  選考における評価については、知識の量の多い者や記憶力の良い者のみが合格しやすいものとならないよう配慮し、教育者としての使命感、豊かな体験に裏打ちされた指導力など受験者の資質能力を多面的に評価するよう人物評価重視の観点に立ち、その在り方を一層改善すること。  その際、スポーツ活動、文化活動、ボランティア活動や大学等における諸活動の実績などを評価する選考方法の改善を一層進めるとともに、その有効な評価の在り方について検討すること。  また、民間企業経験者や教職経験者について、その社会経験を適切に評価する選考方法を検討すること。  なお、選考における評価の在り方の改善を行う場合、次の事項にも配慮すること。  ア 筆記試験の比重の置き方  筆記試験とその他の選考方法の比重の置き方の見直しについては、学校種別ごとの特性を十分に踏まえ、例えば、二次試験の選考において一次試験の筆記試験の結果を評価に入れないこと、筆記試験で一定程度の成績を修めた者の中から、面接・論文試験の成績上位者、スポーツ活動等の諸活動の実績や社会経験を評価して採用することなどの方法が考えられること。  イ 教育実習の評価  人柄や意欲、教員としての実践的指導力を見極めるため、教育実習校における評価を含めた教育実習の評価を採用選考に活用することが有効であると考えられること。  このため、大学等教員養成機関や教育実習校との連携を密にして、教育実習の実施時期をできるだけ早くすることやその評価をできるだけ客観的なものとするよう工夫するなど、条件を整備するとともに、その条件整備の状況を勘案しつつ、教育実習の評価を選考における判断の資料として活用するよう努めること。  ウ 大学等からの推薦  人物評価を多面的に行うため、受験者の出身大学から人物等に関し推薦状を受けたり、あるいは、社会活動の実績がある者について当該関係機関から活動の期間、内容等に関し推薦状を受けるなど、受験者の人柄や能力をよく知る者からの推薦を選考の一つの判断資料とする方法も考えられること。  エ 受験年齢制限の緩和  教員に豊かな体験を有する多様な人材を確保するため、教員の年齢構成の現状などの実情を踏まえつつ、受験年齢制限の緩和を図るよう努めること。 (2)定員を区分した選考の実施  選考における尺度の多元化を図り、受験者の資質能力を様々な側面から評価していくための方法として、(1)で示した事項に加え、採用選考合格者の枠を区分して複数の尺度に基づく異なる選考方法を実施することを検討すること。  このため、例えば、合格定員の一部ごとに筆記試験や面接試験等の比重の置き方を変えたり、論文試験・実技試験等各種選考方法のうち特に重視する部分を設けたりすることや諸活動の実績や社会経験等を評価した選考について定員を区分した選考を実施することが考えられること。  また、スポーツ、文化の分野において特に秀でた技能・実績を有する者など特定の者に対する特別選考の導入も検討すること。 (3)試験問題、面接方法の改善等  試験問題、面接方法等については、次の事項に留意して、更にその改善に努めること。  ア 試験問題  筆記試験の試験問題については、知識の量、記憶力を問うものや、過度に高度な専門的知識を問うものに偏らず、広く教員として求められる資質能力を見極めることが可能な良問を継続的に作成するよう努めること。  イ 面接試験  面接試験については、面接機会の複数化や面接時間の十分な確保を図るほか、特定の課題に対する意見発表、集団討論の実施等一層の工夫改善に努めること。  また、面接に当たっては、多様な構成により、幅広い観点から面接を行える者を確保するとともに、面接者に対しては、面接の手法や技術についての研修を実施するなど、人物評価に関する能力を高めるよう努めること。  ウ 実技試験等  実技試験については、例えば、英語に関するコミュニケーション能力や理科の実験指導、職業に関する教科の実習指導など指導力を適切に評価するための試験の導入も進めること。  また、教員としての実践的指導力を適切に評価するため、模擬授業や指導案の作成などを、多様な選考方法の一つとして導入するよう配慮すること。 3.教員採用を実施する上での体制等の整備 (1)採用スケジュールの早期化  募集・選考・内定の時期等、採用スケジュール全体の早期化に一層努めること。  特に、採用内定時期については、就職協定等企業と大学等との間の取り決めの趣旨に留意しつつ、できる限り早い時期とするよう努めるとともに、段階的に内定通知を行うなど、早期に内定を行う者の比率を高めるための内定方法の工夫について配慮すること。 (2)採用者数平準化のための計画的教員採用・人事  教員に優秀な人材を確保し、年齢構成に配慮していくためには、できるだけ採用者数の平準化を図ることが必要であり、このため、中長期的視野から退職者数や児童生徒数の推移等を的確に分析・把握した計画的な教員採用・人事を行うよう努めること。  その際、学校種別ごとの採用区分の弾力化、学校種間や他の都道府県等との人事交流の促進などにも配慮すること。 (3)広報活動の充実、選考方法等についての情報提供 ア 教員の具体的職務内容や教員に採用された者の体験談などを知る機会を提供するなど、教員へ優秀な人材を確保するための広報活動をより一層充実していくこと。  イ 選考方法、日程等採用選考試験に関する情報については、募集パンフレットや大学での説明会等において、詳細かつ早期に教職志願者に提供するよう配慮すること。 (4)教員採用等の改善についての調査検討体制の整備 ア 試験問題作成の継続的な取組、面接担当者の確保と資質の向上等を含め、採用選考方法の改善方策については、継続的に調査、検討を行っていくことが必要であること。  改善に当たっては、それぞれの選考方法に関し、その判定と採用後の勤務実績等の関係などの実証的な分析を行い、その結果をもとに更に選考方法の改善を行っていくことが望ましいこと。  特に適性検査については、そのより効果的な活用に資するため、判定結果の有効性について研究していくことが必要であること。 イ 教員採用等の改善に関する情報収集、分析や調査検討を組織的・継続的に行うための体制整備に一層努めること。 4.その他留意すべき事項 (1)教員養成機関と教育委員会の連携 ア 教員養成機関で培われた資質能力を教育委員会が採用選考で適切に評価し、一方、教員養成機関が学校運営の実状を一層理解していくためには、教員養成機関と教育委員会の定期的な協議の場を充実させ、両者が十分連携することが必要であること。  このため、既に実施されている教員の資質向上連絡協議会の場を積極的に活用するなどの方法が考えられること。  その際、採用選考試験の方法、教育実習の在り方、教員採用に係る中長期的な需要動向等について、意見交換・協議を継続的に行うよう配慮すること。 イ 教員養成機関と教育委員会が連携協力を深めるための方策として、教育研修センターの講師としての大学教員の活用、大学の講師としての公立学校教員の派遣協力、教員養成に関係する大学院の講座等を教育委員会の主催する各種研修の計画に組み入れることなども考えられること。  また、教員養成機関と教育委員会との連携協力により、学生と児童生徒が直接触れ合う機会や、学校運営の実情を学生に体験させる機会を設けることにも配慮すること。 (2)身体に障害のある者への配慮  身体に障害のある者について、単に障害があることのみをもって教員採用選考において不合理な取扱いがなされることのないよう、選考方法上の工夫など適切な配慮を行うとともに、その工夫の内容等について広く教職を目指す者が了知しうるよう広報周知に努めること。 お問合せ先 総合教育政策局教育人材政策課 . (総合教育政策局教育人材政策課) 教員採用等の改善に係る取組事例 文部省教育助成局地方課 平成8年12月 本冊子は、平成9年度公立学校教員採用選考試験を中心として、各都道府県・指定都市教育委員会における最近の教員採用等の改善に係る主な取組事例を、都道府県・指定都市教育委員会の協力を得て、文部省においてとりまとめたものである。 なお、目次の[ ]は、平成8年4月5日に教員採用等に関する調査研究協力者会議から報告された「教員採用等の改善について(審議のまとめ)」にある教員採用等の改善方策の項目である。 [身体に障害のある者への配慮] ○身体に障害のある者への配慮 31ページ 1 教員採用選考試験時の配慮の周知方法 ○教員採用選考試験における身体に障害のある者への一般的な配慮について、募集要項又は受験志願書に記載している県市 58県市 北海道、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、富山県、石川県、山梨県、長野県、岐阜県、静岡県、愛知県、三重県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県、鳥取県、島根県、岡山県、広島県、山口県、徳島県、香川県、愛媛県、高知県、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県、札幌市、仙台市、千葉市、川崎市、横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市、広島市、北九州市、福岡市 ○教員採用募集パンフレットに教員採用選考試験における身体に障害のある者への一般的配慮について記載している県市 3県 三重県、熊本県、宮崎県 32ページ 2 教員採用選考試験時の配慮の具体例 (1)筆記試験時における配慮について �@視覚障害者に対する配慮   〇点字受験を認めた例がある県市 34県市 北海道、青森県、宮城県、秋田県、山形県、栃木県、埼玉県、東京都、神奈川県、新潟県、石川県、山梨県、静岡県、愛知県、三重県、滋賀県、京都府、大阪府、奈良県、和歌山県、山口県、香川県、愛媛県、高知県、福岡県、長崎県、熊本県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県、札幌市、仙台市、大阪市、神戸市 ○拡大文字による受験又は問題用紙の拡大による受験を認めた例がある県市 18県市 宮城県、山形県、福島県、栃木県、東京都、神奈川県、新潟県、静岡県、愛知県、大阪府、奈良県、鳥取県、山口県、徳島県、香川県、宮崎県、仙台市、大阪市 ○ライトスタンド、拡大鏡等の使用を認めた例がある県市17県市 福島県、宮城県、東京都、神奈川県、新潟県、愛知県、三重県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、広島県、香川県、熊本県、仙台市、大阪市、広島市 ○試験時間の延長(1.5倍程度)を認めた例がある県市 18県市 北海道、青森県、栃木県、東京都、神奈川県、石川県、愛知県、三重県、滋賀県、京都府、大阪府、山口県、福岡県、長崎県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県、大阪市 33ページ �A肢体不自由者に対する配慮 ○試験時間の延長(1.3〜1.5倍程度)を認めた例がある県市 3県市 大阪府、奈良県、大阪市 ○択一式試験については、解答番号を○で囲ませる方法、論述式試験については、ワープロの使用を認めるなどの配慮を行った例がある県市 2県市 大阪府、大阪市 (2)実技試験時における配慮について ○障害の程度に応じて、体育実技試験・水泳実技試験・体力診断試験を免除(一部免除を含む。)した例がある県市 10県市 秋田県、埼玉県、静岡県、愛知県、和歌山県、鳥取県、香川県、佐賀県、宮崎県、京都市 (3)その他の配慮について �@適性検査時の配慮 ○視覚障害者に適性検査を免除した例がある県市 2県 東京都、山口県 34ページ �A試験会場の配慮 ○別室受験を認めた例がある県市 28県市 北海道、青森県、宮城県、山形県、栃木県、群馬県、埼玉県、東京都、神奈川県、新潟県、石川県、愛知県、三重県、滋賀県、京都府、大阪府、奈良県、岡山県、山口県、徳島県、香川県、福岡県、長崎県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県、仙台市、大阪市 �B介添者又は手話通訳者等の配慮 ○介添者を配置した例がある県市 4県 群馬県、石川県、愛知県、和歌山県 ○手話通訳者を配置した例がある県市 20県市 北海道、宮城県、福島県、栃木県、群馬県、東京都、神奈川県、愛知県、三重県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、山口県、熊本県、仙台市、川崎市、横浜市、京都市、福岡市 ○試験会場に点字の読める補助員を配置した例がある県市 6県市 北海道、埼玉県、神奈川県、福岡県、鹿児島県、大阪市 35ページ 3 身体に障害のある教員への人事上の配慮について (1)人事管理上の配慮について ○自宅又は医療機関の近くに配属している例がある県市 28県市 北海道、青森県、秋田県、山形県、新潟県、石川県、福井県、長野県、静岡県、愛知県、三重県、滋賀県、京都府、兵庫県、奈良県、岡山県、広島県、徳島県、香川県、福岡県、長崎県、熊本県、鹿児島県、名古屋市、大阪市、神戸市、北九州市、福岡市 ○大規模校に配属している例がある県市 9県市 青森県、栃木県、福井県、三重県、京都府、兵庫県、広島県、大阪市、福岡市 ○負担軽減のために人員を措置している例がある県市 8県市 青森県、茨城県、神奈川県、福井県、長野県、島根県、徳島県、神戸市 (2)施設・設備面の配慮について ○身体に障害のある者(児童生徒、教職員及び来校者)に配慮した施設(スロープ、手すり、自動ドア、身体障害者用エレベータ及び身体障害者用トイレ等)の整備を進めている県市 20県市 北海道、青森県、埼玉県、東京都、神奈川県、山梨県、愛知県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県、広島県、香川県、徳島県、長崎県、熊本県、名古屋市、広島市、福岡市 ○拡大機能又は音声機能付きパソコン等対応機器を導入している例がある県市 2県 東京都、山口県 36ページ (3)校務分掌上の配慮について ○障害の程度に応じて授業時間を軽減している例がある県市 14県市 青森県、秋田県、茨城県、東京都、神奈川県、福井県、長野県、静岡県、広島県、熊本県、鹿児島県、名古屋市、北九州市、福岡市 ○障害の程度に応じて担任を免除している例がある県市 12県市 青森県、石川県、福井県、長野県、京都府、山口県、徳島県、鹿児島県、神戸市、広島市、福岡市、北九州市 ○障害の程度に応じて修学旅行又は遠足等への参加を免除している例がある県市 11県市 秋田県、神奈川県、石川県、長野県、京都府、奈良県、山口県.、徳島県、名古屋市、北九州市、福岡市 (4)その他の配慮について ○出張動静表の点字による提出を認めている例がある県市 1県 山口県 ○職員会議等において、会議資料の点字作成又は手話通訳を行っている例がある県市 4県 福島県、東京都、静岡県、愛知県 37ページ 各県市の取組の例 1 教員採用選考時の配慮の周知方法 囲み 教員採用選考時の身体に障害のある者に対する配慮の周知方法は、ほぼ全県市で募集要項又は受験志願書に、例えば「身体に障害があり、検査会場において、特に配慮を必要とする人は、出願時に連絡してください。」(北海道)と、身体に障害のある者に対して一般的に配慮する旨を記載しているが、中には、教員採用募集パンフレット等で、具体的にどのような配慮をするか記載している例もある。 囲み、終わり。 ○教員採用募集パンフレット(約3000部)に「三重県は障害者の方々の受験にも積極的に取り組みます。「子どもが好きで、教師になりたい」と強く希望しながら、「障害を持っているから」ということでためらっていませんか。平成8年度、障害を有するA君が採用試験に合格しました。教員としての能力を有する人は、一歩踏み出してみてください。」と記述。(三重県) ○教員採用募集パンフレット(約5000部)に、Q&A形式で「Q2 身体に障害がある場合受考に配慮していただけますか? A2 視覚障害のある場合などは点字や拡大文字での受考が可能です。また聴覚障害のある場合は手話通訳対応も行っています。そのほかにも障害に応じて配慮していますので、出願時にご相談ください。」と記述。(熊本県) ○教員採用募集パンフレット(約2500部)に、Q&A形式で「Q.身体に障害がある場合、受験に際して配慮があるのですか? A.たとえば、目が不自由な状態にある人については、点字や拡大文字などでの受験も可能です。その他障害の状態に応じて配慮しておりますので、ご相談ください。」と記述。(宮崎県) 38ページ 2 教員採用試験時の配慮の具体例 囲み 教員採用選考試験時において配慮する際には、本人の障害の程度に応じた適切な配慮をするために、事前に本人と配慮事項を確認したうえで、配慮を行っている例がある。 囲み、終わり。 ○視覚障害者に対しては、事前に本人と配慮事項を確認した上で、点字による受験(試験時間を1.5倍に延長)の実施、点字タイプライタ及び点字板の使用許可、特別室を準備、監督補助員を一人配置するとともに、介添者を別室控え室に待機。 聴覚障害者に対しては、事前に本人と配慮事項を確認した上で、放送による指示事項を伝えるための手話通訳者を配置。(三重県) ○視覚障害者に対しては、障害の程度に応じて、点字受験(試験時間を1.5倍に延長)の実施、問題用紙の文字の拡大、拡大鏡を使用許可。 聴覚障害者に対しては、障害の程度に応じて、筆記試験の際には、教室の最前席への着席を指定、書面による説明、開始・終了の合図等は、監督員が机をたたく、面接試験の際には、手話通訳者を配置。 肢体不自由者に対しては、障害の程度に応じて、試験時間を1.3倍に延長し、択一試験の解答は、マークシート用紙を使用せずA2判の原稿用紙を使用し、番号を〇で囲む方式を採用。論述式問題は、ワープロによる解答を認め、ワープロの使用に適当な机、椅子を用意。(大阪府) 39ページ 3 身体に障害のある教員への人事管理上の配慮について 囲み 身体に障害のある教員への人事上の配慮については、障害の程度と本人の希望に応じて、医療機関の近くや校務分掌上の負担の軽減が比較的可能な大規模校に配置するなどの措置を取っている例や、各学校において当該教員の障害の程度に応じて適切に校務分掌を割り当て、そのために他の教員に過度の負担がかかる場合には、当該地方公共団体の実情に応じて、加配措置を講じている例がある。 囲み、終わり。 ○肢体不自由者が勤務する学校に、当該教員の校務分掌上の負担の軽減のために常勤講師を1名加配。(青森県) ○肢体不自由者が勤務する学校に、当該教員の授業時間軽減のために、常勤講師を1名加配。(茨城県) 〇聴覚障害者(美術)が勤務する学校に、教諭(美術)を1名加配し、必要に応じて、2名で授業を担当。(神奈川県) ○病気休暇を取得している教員のための代替教員を県単費の非常勤講師として複数名採用し、需要がない場合は、身体に障害のある教員が勤務する学校に配置。(福井県) ○視覚障害者が勤務する学校に、当該教員のティームティーチングのパートナーとして、非常勤講師を採用。(長野県) ○肢体不自由者、視覚障害者等が勤務する学校3校に、当該教員の校務分掌上の負担の軽減のために教員を合計4名加配。(島根県) ○病気による障害のある者又は肢体不自由者が勤務する学校に、障害の程度により常勤又は非常勤の講師を加配。(徳島県) ○全盲者が勤務する学校2校に、ティームティーチングのパートナーとして教諭を1名ずつ加配。(神戸市) 40ページ 囲み 施設・設備面の配慮については、当該地方公共団体の実情に応じて、条例等に基づいて身体に障害のある児童生徒、教職員、来校者に配慮した施設・設備の整備を計画的に図っている例がある。 囲み、終わり。 ○校舎の改築又は大規模改修時に、「東京都における福祉の町づくり整備指 針」に基づき、スロープ、手すり、自動ドア、エレベータ及びトイレなどを整備(例 都立学校59校にエレベータを設置)。 教員と児童生徒が兼用する視覚障害者用拡大読書器(都立学校5校に40台)、音声機能付きパソコン(都立学校5校に26台)を設置。(東京都) ○県の「やさしいまちづくり整備事業」の一環として、身体に障害のある者に配慮して、5か年計画で、県立学校で階段の手すり及び玄関のスロープの設置、トイレの改修などを行う予定(平成8年度は、県立学校13校を予定)。(石川県) ○「大阪府福祉のまちづくり条例」の整備指針に基づき、年次計画的にスロープ、身体障害者用トイレ、身体障害者用駐車場、手すり、視覚障害者用誘導ブロック等を設置(例 府立学校61校にスロープ、身体障害者用トイレ等、府立学校49校にエレベータを設置)。(大阪府) ○14名の視覚障害者が勤務する県立盲学校のコンピュータに点字プリンタ2台、点字ディスプレイ1台及び音声装置3台等の機器を整備し、視覚障害のある教員の勤務用及び児童生徒のパソコン教育用に使用。(山口県) ○校舎新築時に「徳島県障害者等社会環境改善整備指針」により、スロープ、手すり、車椅子用トイレ、エレベータ等を県立学校2校に整備(平成8年12月に「徳島県人にやさしいまちづくり条例」に基づいて新たに「設計マニュアル」を作成)。(徳島県) 4 その他の配慮について   囲み 障害のある教員が校務に支障なく参画できるよう、職員会議等において障害の程度に応じた配慮がなされている例がある。 囲み、終わり。 ○職員会議等の配布資料の点字作成。(福島県)(静岡県)(愛知県) 教員採用等の改善に係る取組事例 (辻関連抜粋) 文部省教育助成局地方課 平成8年12月 [身体に障害のある者への配慮] 1 教員採用選考試験時の配慮の周知方法 ○教員採用選考試験における身体に障害のある者への一般的な配慮について、募集要項又は受験志願書に記載している県市 58県市 京都府、京都市 2 教員採用選考試験時の配慮の具体例 (1)筆記試験時における配慮について �@視覚障害者に対する配慮   ○点字受験を認めた例がある県市 34県市 京都府 ○ライトスタンド、拡大鏡等の使用を認めた例がある県市 17県市 京都府 ○試験時間の延長(1.5倍程度)を認めた例がある県市 18県市 京都府 �A肢体不自由者に対する配慮  (2)実技試験時における配慮について ○障害の程度に応じて、体育実技試験・水泳実技試験・体力診断試験を免除(一部免除を含む。)した例がある県市 10県市 京都市 (3)その他の配慮について �@適性検査時の配慮 �A試験会場の配慮 ○別室受験を認めた例がある県市 28県市 京都府 �B介添者又は手話通訳者等の配慮 ○手話通訳者を配置した例がある県市 20県市 京都府、京都市 3 身体に障害のある教員への人事上の配慮について (1)人事管理上の配慮について ○自宅又は医療機関の近くに配属している例がある県市 28県市 京都府 ○大規模校に配属している例がある県市 9県市 京都府 ○負担軽減のために人員を措置している例がある県市 8県市 青森県、茨城県、神奈川県、福井県、長野県、島根県、徳島県、神戸市 (2)施設・設備面の配慮について ○身体に障害のある者(児童生徒、教職員及び来校者)に配慮した施設(スロープ、手すり、自動ドア、身体障害者用エレベータ及び身体障害者用トイレ等)の整備を進めている県市 20県市 京都府 (3)校務分掌上の配慮について ○障害の程度に応じて授業時間を軽減している例がある県市 14県市 青森県、秋田県、茨城県、東京都、神奈川県、福井県、長野県、静岡県、広島県、熊本県、鹿児島県、名古屋市、北九州市、福岡市 ○障害の程度に応じて担任を免除している例がある県市 12県市 京都府 ○障害の程度に応じて修学旅行又は遠足等への参加を免除している例がある県市 11県市 京都府 (4)その他の配慮について 24項目中 京都府11 京都市3 各県市の取組の例 3 身体に障害のある教員への人事管理上の配慮について 身体に障害のある教員への人事上の配慮については、障害の程度と本人の希望に応じて、医療機関の近くや校務分掌上の負担の軽減が比較的可能な大規模校に配置するなどの措置を取っている例や、各学校において当該教員の障害の程度に応じて適切に校務分掌を割り当て、そのために他の教員に過度の負担がかかる場合には、当該地方公共団体の実情に応じて、加配措置を講じている例がある。 ○肢体不自由者が勤務する学校に、当該教員の校務分掌上の負担の軽減のために常勤講師を1名加配。(青森県) ○肢体不自由者が勤務する学校に、当該教員の授業時間軽減のために、常勤講師を1名加配。(茨城県) ○病気休暇を取得している教員のための代替教員を県単費の非常勤講師として複数名採用し、需要がない場合は、身体に障害のある教員が勤務する学校に配置。(福井県) ○病気による障害のある者又は肢体不自由者が勤務する学校に、障害の程度により常勤又は非常勤の講師を加配。(徳島県) 京都府公報 平成10年1月30日、金曜日 市 町 村 関 係 当委員会は,下記のとおり発令を行ったが,同人が居 所不明につき,人事異動通知書を直接交付すること及び 送達することができないため,府費負担教職員の休職の 事由,分限の手続及び効果並びに懲戒の手続及び効果に 関する条例(昭和31年京都府条例第36号)及び職員の分 限に関する手続及び効果に関する規則(昭和27年京都府 人事委員会規則7-1)第4条第2項の規定に基づき公 告する。 平成10年1月30日 京都市教育委員会 記 京都市立松原中学校 教諭  辻 範子 地方公務員法第28条第1項第1号及び第3号により免 職する。 平成10年1月9日 京都市教育委員会 京 1 施 月額購読料2,790円 地方公務員法 (降任、免職、休職等) 第28条 職員が、次の各号に掲げる場合のいずれかに該当するときは、その意に反して、これを降任し、又は免職することができる。 一 人事評価又は勤務の状況を示す事実に照らして、勤務実績がよくない場合 二 心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合 三 前二号に規定する場合のほか、その職に必要な適格性を欠く場合