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母体保護法下の不妊手術・中絶被害について当事者と一緒に考える院内集会

20200130  於:参議院議員会館B104会議室

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◇2020/01/30 於:参議院議員会館B104会議室  ◇優生 2020(日本)
◇文字起こし:ココペリ121 ※聞き取れなかったところは、***(hh:mm:ss)、 聞き取りが怪しいところは、【  】(hh:mm:ss) としています。
 20200130 院内集会_119分

司会者:そろそろ時間になりましたので、始めていきたいと思います。ご着席いただくとありがたいですけれども。今会場に入ってきてくださっている方もおられると思いますけれども、時間が決まっておりますのでそろそろ始めさせていただきます。皆さま今日はお忙しい中、お集まりいただいてありがとうございます。今からですね、「母体保護法下の不妊手術、中絶被害について当事者の人たちと一緒に考える院内集会」というのを始めていこうと思います。
 ご存知ですように、日本では不良な子孫の出生防止ということを目的に掲げた旧優生保護法のもとで、障害を理由にした強制的な不妊手術、あるいは人工妊娠中絶というのが行われてきたわけですね。1996年にこういうその優生条項っていうのは、障害者差別にあたるということでそれを削除しまして、母体保護法に変わったわけですけれども。その際ですね、旧法のもとでの人権侵害についての反省であったりとか、検証とかっていうのはなかなか行われなかったというふうに思います。あるいは広く市民に対して、あるいは教育とか医療関係者、福祉関係者に対して、障害を理由としたこの不妊手術というのは、それはやってはいけないものなんだっていうことをきちんと知らしめる、あるいは教育の中でそういうことをはっきりとさせるっていうことも非常に不十分なであったかなというふうに思います。そういう中で、母体保護法のもとでのですね、障害を理由とした強制的な不妊手術、ご本人の意思に沿わない、あるいは拒否できないような状況の中での不妊手術や中絶というのが、今もですね、行われているというのが現実かと思います。
 今日はその被害者の中のお二人である、片方司さんと米田恵子さんが勇気を出して声を上げてくださって、日弁連のほうに、先ほど人権救済の申立書というのを提出してきました。今日は、この母体保護法下での強制的な不妊手術や中絶についてみんなと一緒に考える、そういう集会にしていけたらというふうに思っています。最初にですね、その人権救済の内容であるとか、被害者の方のお話しっていうのをお聞きしたいと思うんですが、その前に早速ですけれども、参議院議員の木村英子さんがお越しになっておられます。ぜひ、木村さんのほうからお話をお伺いできたらなというふうに思います。よろしくお願いします。(拍手)

木村:皆さんこんにちは、木村英子です。突然お邪魔してしまいまして。今日は少し参加させていただきたいなと思っておりますが。私は重度の障害を持ちながら、当事者の立場から国会のほうに提言をさせていただこうと思いまして、今活動中です。この母体保護法の問題については、今は私の記憶にある古い思い出っていうか、それはとても辛い思い出ですけれども、やはり生理があるたびに、重度の障害があって子どもを産むことなんてないのだから子宮はいらないんじゃないのとか、あるいはこんな大変なことをいつまで職員にやらせるのとか、そういうことをちょうど生理が始まった12、3歳の頃から言われていまして。女性であるっていうことを、そうですね、女性であるっていうことをとても悲しく思った中学生を過ごしたっていうのが記憶にあります。なので、やはりその子どもを産むという権利を、障害があるからといって奪われてしまうっていう私たちの仲間も何人もいますので、とても自分のこととして考えていきたいというふうにずっと思っていますので、今日は少し参加させていただきます。よろしくお願いします。(拍手)

司会者:ありがとうございます。そしたら早速ですね、今日の人権救済の申し立てについて、最初に小笠原弁護士、佐々木弁護士、佐藤弁護士のほうからお話しいただいて、そのあと片方さん、米田さんのほうからお話をお伺いできたらなと思います。よろしくお願いいたします。

小笠原:それではですね、弁護士の小笠原のほうから、今日の申し立ての中身について少し解説という形でさせていただければと思います。お手元の資料の中に「人権救済の申立書」というのが書いておりますけれども、この中でですね、両方、片方さんも米田さんも国に対するものというのがまずあると。それとそれぞれの病院に対するもの、それと個に対するもの、米田さんについては都に対するものが出さされております。不妊手術という名前に変わって、優生手術から不妊手術に名前が変わって、ご本人の同意がなければこういった手術はなされないんだよというふうに法律が変わったあとであるにもかかわらず、実際は家族であったり、あるいは病院が勝手にということ、あるいは行政がと、様々な場面があるでしょうけれども、お二人の事情について申立書の中では語っております。結論的に言うと、お二人とも真意の同意に基づくものではなくて、片方さんについては、「退院をするためにはこういう手術をしないとだめだよ」と言われましたし、米田さんについては、もう他の関係ないというか、別の手術をしている時にその本人の同意なく家族の同意のみで行われたという、そういう事例であります。
 それらについて、なぜそういうことが行われていたのか、行われたのかということをですね、人権救済の中でまず事実を明らかにすることっていうのが一つあります。そしてもう一つは国に対して二度とこういうことは起きないように様々な施策をとるとともに、すでにそういったことで被害を受けた人たちの救済措置、そういったものを一方的にやる必要性があるんではないかということをですね、日弁連のほうからも声を上げていただきたい、というのが人権救済の申し立ていうことです。もちろん人権救済の申し立て、なんらかの、これが出たからといって国に立法的な義務があるわけではないんですが、人権についてのスペシャリストである弁護士団体がそういったことを出すということ、さらにそれが世間の注目を集め国際的にもいろんな批判も含めてですね、「日本、何やってんだ」っていうようなそういう応援の声を得て、国民みんなの声をね、上げていって、先ほど言った救済と再発防止ということ、そしてあるいは謝罪ですよね、そういったことを勝ち取っていくことができればなというふうに思っております。その第一歩になればということで、裁判とかですね、いろいろと手段がある中でまずは声を上げるということで、この人権救済の申し立てから始まるということです。ここから先いろんな様々な苦難があるのか、ほんとはないほうがいいですけれども、調査が行われてですね、人権侵害が認められて、というふうな形で我々の悲願というか、先ほど言った求めるものが実現していくまで闘っていければなというふうに思いますので、よろしくお願いいたします。(拍手)[00:09:10]

佐々木:皆さん、こんにちは。私、神奈川県の弁護士の佐々木信夫と申します。タイムキーパーさんはどなたですか? 何分ぐらいですか? 話すのは。5分ぐらい、わかりました。議員の先生が来られたら遠慮なく止めてください、当たり前ですけど。私はですね、横浜の弁護士で、主に精神障害を持ってる方の救援というかね、一緒に頑張ろうということをやっています、主に。私自身も昔ね、強制入院をさせられたこともあって、私はまあ病院…精神医療っていうのはほんとに反対しています。それに関してですね、例えば米田さんとかね、八王子の方なんですけど、山本眞理さんのご紹介で繋がることができました、やっとね。米田さんも一生懸命、4年間です、4年間入院させられていてですね、ずっと家族にも会えないという状況で一生懸命発信してね、山本眞理さんに繋いで、そこから私のほうに情報が来て、会いに行ってやっとね4年ぶりで退院できました。米田さんの場合にはね、最後のお子さんを妊娠した時になんか帝王切開だったんですけど、帝王切開で取り出したんです…、取り出したっていう表現はよくないのかな、帝王切開で出産したんですけども、その際にまあまあ勝手にね、卵管結束か何かその不妊手術をされてしまったということです。実際その手術の形自体がね、すごく違法、ものすごく***(00:11:11)されていて、それがほんと家族の…おそらく家族の同意という、妹さんが同意ということでやっていて、大の大人になんで他人がね、他人っていうか家族が同意してそういうことができるんだっていう、まずそういう問題があります。
 片方さんはずっとね、だいぶ注目されてきていますけどね、岩手県の方でですね、もうほんとに精神病院に入院してる時に、「もうおまえ外に出たいんだったらパイプカットしなさいよ」と。全然それ理由がないんですけどね、そういうことを言われてやられたということですもんね。そういう問題、私自身が旧優生保護法の弁護団に所属していまして、今も所属してるんですけど、ちょっと最近参加できてないんですけど。それで、そういうことでいろいろ事例を集めていたところ、片方さんにも知り合い、米田さんにも知り合ったという体(てい)です。ことの根底には、ひどいこれ、ものすごい差別だと思います。ほんとに私は許せないと思っているので。ちょっと手術のこともそうなんですけど、入院のことね。私だってオーバードーズしたことありますよ、それで入院になりましたから、入院ね。私はね、幸いにして1日で出てこれたの。オーバードーズして4年、何も治療なくて4年間、ありえない。そういうことが現実に日本に起こっているということを、皆さんぜひともね、今回認識・実証していただきたいし、精神障害の方だけでなく、他障害の方もいらっしゃってると思うんですけども、ぜひとも共闘願います。共闘という言い方ちょっとあれ、なんですか、ものものしいですが、一緒に共に抵抗していきたいと思ってます。どうかよろしくお願いします。(拍手)

佐藤:皆さん、こんにちは。東京の弁護士の佐藤暁子といいます。今日はありがとうございます。私は米田さんの入院されていた時に、退院を求める退院請求という手続きに関して佐々木弁護士と関わってきました。今、小笠原、佐々木両弁護士から話がありましたように、今回のケース、お二人ともその入院という経験もあり、かつそして自分の人として非常に大切な子を作り生み育てるという、そういう権利に関して全く尊厳なく奪われてしまったという非常に著しい人権侵害のケースです。片方さんの場合は強制入院というのと、その退院への地域に戻る、もともとそれ地域で生活するという片方さんの権利自身が入院という状態によって奪われていたのに加えて、さらにそこに戻るためには手術をしなくてはいけないという非常に理不尽な条件を付けられたというケースです。
 米田さんの場合は、その強制不妊の時期と入院というのは時期としてはそれは違う時期ではあるんですけれども、問題の根底というのは、まさに米田さん、ご本人の思いを全く無視した、ご本人の権利を全く無視した行為という点では片方さんと共通しています。米田さんの入院中の経験、体験については配布されている資料の16ページから東洋経済さんで一昨日でしょうか、取り上げていただいたものがあります。こちら米田さんは、非常にこの病院の中でも声を上げようと頑張って、私たち弁護士に?がってからも非常にご自身がとっても頑張ってくださいました。医者がですね、「なぜ退院できないんですか」ということを私たちが聞くと、まだ社会で迷惑行為、迷惑な状態になるかもしれないですとか、不安定になるかもしれないとか、いろいろ言ってたんですけれども、そりゃ閉鎖病棟にですね、何も治療もされないまま数年間も、数年間閉じ込められていたらそりゃ誰だって不安定になりますよね。私はなので、米田さんがここまで頑張ったくださっていることに、すごくすごく尊敬してますし、その気持ちというのはきっと皆さんに届いているというふうに思ってます。
 なので、これからこういうお二人のように声を勇気を出して、勇気を出して上げてくださった方々への皆さんの支えというのがお二人にとっての一番の勇気ですし、それは一緒に活動している私たちの当然勇気になると思ってます。なので、こういうケース、まだまだ氷山の一角でしかないと思ってますし、実際にこういった精神科の退院にこういった不妊手術の条件付けるということを私は初めて見聞きしたことではありませんし、これからもそういうことがまだ起きるのではないかということを非常に心配、心配というかですね、恐怖だなというふうに思ってます。ぜひこれをきっかけに皆さんと一緒に声を上げて、こういった状況を変えるために共に歩んでいければと思っています。よろしくお願いします。(拍手)[00:16:53]

司会者:はい、ありがとうございます。そしたらご本人の片方さんのほうからでしょうか、片方さんのほうから。今日の資料のほう15ページにも片方さんの思いを簡潔にまとめた文章を載せていただいております。それも見ながらお聞きいただければと思います。お願いします。すいません、今、衆議院議員の尾辻かな子さんがお見えくださいました。ありがとうございます。ここで一言、言葉をいただきたいと思います。お願いします。

尾辻:皆さん、お疲れさまでございます。遅くなってすいません。立憲民主党、衆議院議員の尾辻かなこです。今日はこのような貴重な集会を開いていただいて本当にありがとうございます。私は今ですね、厚生労働委員会に所属をさせていただいております。こういうですね、ほんとに障害のある方とかがですね、いったいどういうふうな形で、優生保護法の中でですね、手術をしたのかとかいうのは、一定法律は今できましたけれども、今日は母体保護下ということで、また新たな視点かというふうに思っております。ここもしっかりと皆さんの現状を聞いてですね、私たち国会でまた動いていきたいと思います。今日はしっかり勉強させていただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)

司会者:はい、ありがとうございます。片方さん、お願いします。

片方:皆さん、こんにちは。片方司です。私は、私のように1996年以降も望まない不妊手術を強制的に受けさせられることのないようにお願いします。憲法13条にある幸福追求権など無視しないように、今でもやられてる人がいる人もいるかもしれないですね。絶対やめてください。よろしくお願いします。(拍手)私のようなことのないようによろしくお願いします。

小笠原:片方さんは誰に一番腹立つんですか? 例えば、お医者さんとかね、国とか家族、誰が一番嫌なの?

片方:【兄嫁】(00:19:47)。

小笠原:家族ですね。

片方:【恨まなくなりました】(00:19:56)。

小笠原:もうそれは恨んでないようですね、家族はね。こういうことが今後ないようにということですよね。

片方:ないように。でも***(00:20:15)ですから、亡霊のように生きてるんですよね、まだ。それやめてほしいです。

小笠原:亡霊のようにというのは、片方さんがってこと?

片方:優生保護法。

小笠原:優生保護法が亡霊のように今も生きているということですよね。

片方:以上です。(拍手)[00:20:53]

佐藤:米田さんもついこないだ退院をされたばっかりで、ちょっとまだやっぱり気持ち的にも少し、なんでしょう、ちょっとまだドキドキしてるところがあるので、少し私から今みたいに質問してお気持ちを話をしてもらうみたいな感じにしたいと思ってます。ついこないだようやく退院して、今、毎朝どういう気分で起きます? 起きた時何をまず考えます? 

米田:普通の些細なこと***(00:21:39)。

佐藤:例えばどんなことです? 

米田:私、自由だ。

佐藤:入院してる時は毎日どんな気持ちでした? 入院してる時、病院にいる時。

米田:やっぱり管理されてるから、なんかね、自分でこう明るくしなきゃみたいな、常に笑ってるけど夜中に一人だと泣いてたりとかして。「あ、不安定だな」って自分でもわかってたけど。

佐藤:米田さんと初めて私がお会いしてから、米田さんは全然変わってないですね。変わってないというのは、いつもこういうふうに私たちはお話を、お喋りというかをしてて、米田さんは全くそこで何か、すごくそうなってもおかしくないのに、パニックになったりとか、私たちとお話している時に、何かこう、混乱したりってこと全くなかったんです。こうやって普通にお話してなんで退院できないのか、どうやったら退院できるのかというのをずっと話してたんですね。そういう時にちょっと思い出すのも腹が立ちますが、病院に「退院したい、なんで退院できないんだ」っていうことを聞いた時、なんて病院には、病院から言われたことで記憶に残ってること、

米田:あとは、やっぱり主治医にいきなり、「私はあなたのこと信用してません」、これたぶん入院4ヶ月ぐらいの時に言われたんだけど、それがけっこうショックで。「あ、もう信用できない」、思って、主治医にだけじゃなく、スタッフみんな一時期喋ってなくて。それが一番ショックなのと、あとはやっぱり主治医も含め病院全体がなんだろう、患者イコールおかしい人みたいな、だからこっちの話も全然聞いてくれないし、その理不尽さというかすごく腹が立つこといっぱいあったかな。

佐藤:その前の不妊手術の時のことについてちょっとお話していただきたいんですけど、そのお子さんを出産の時に帝王切開になるという、さっきちょっとお話してくれたように、そこで妹さんとみたいなとこちょっとお話してもらっていいです? どうして帝王切開に、手術室入るところぐらいから、さっきお話してくれたように自分が手術を受けたということを知らされるまでのことをちょっと話してもらえますか?[00:24:40]

米田:一番下の子、お腹の張りが激しくて、一応点滴でウテメリンのあれで緊急入院になって、24時間ウテメリンを3日間打ったんだけど、あまりにも陣痛がもう来るなっていう状態で、緊急帝王切開になったんですよね。で、手術室に自分が入って、その入り口、自分が入ったあとに入り口で、妹にその卵管を結ぶ手術をするんでってサインを【強要】(00:25:28)したらしいんですけど。その帝王切開って全身麻酔は産んだあとなので、まだ自分意識があったのにもかかわらず、なんで自分に言ってくれなかったんだろうなと。自分が初めてそれを知ったのが、産んでまだ麻酔がかかってる状態で妹から聞いたのが初めてです。

佐藤:そのあと医者のほうから、どうしてそういう手術をしたのかっていう説明はありましたか?

米田:一切ないです。

佐藤:というように、米田さんのその不妊手術のケースも全くご本人の尊厳を無視する形で行われたというのがあります。ちょっと最後かな、ちょっと今思ってること、あるいは今日こういう申し立てをして、今、皆さんに伝えたいことがあったらお話してください。

米田:自分みたいな被害者がこれ以上出ないようにと、あとは理不尽な精神科に閉じ込めるとか、そういうのもやめてほしい。けっこうトラウマになるんで。それを訴えていきたいなと思ってます。

佐藤:ありがとうございました。

司会者:はい、ありがとうございます。片方さんはなんかもうちょっと言いたいことある? ないですか?もしあれだったら。また思いついたら、おっしゃっていただいたら。はい、今会場のほうに議員さんの秘書の方も何人かお見えいただいております。ご紹介させていただきます。参議院議員の福島みずほ議員の秘書のやまぐちさん、ありがとうございます。それから参議院議員の倉林明子議員の秘書のさとうさんですね。それと衆議院議員の阿部知子議員のくりはらさん、お世話になります。それから衆議院議員の岡本あき子議員のむらたさん。それと衆議院議員の大島敦議員のたのうえさんですか。ありがとうございます。撮影してくださっている皆さんにお願いなんですけれども、ここに並んでる壇上のものはみんなお名前も顔もオッケーなんですけれども、ただ手話通訳の方については撮影は画面に入れないようにお願いいたします。そしたら、そうですね、今日はこの人権救済の申し立てということで今お話していただいたわけですけれども、これ以外にも様々な動きというのをしております。一つとしては国連への働きかけ、あるいは日本精神保健福祉士協会というPSW協会というのがあるんですけれども、そこへの異議申し立てというふうなことも同時にしております。それについて全国「精神病」者集団の桐原さんのほうから少し報告していただこうかなというふうに思います。資料の24ページからよかったですか? 

桐原:はい。本日はありがとうございます。全国「精神病」者集団の桐原です。国連のことについては、この当日資料の28ページ以降に資料があります。それから日本精神保健福祉士協会苦情申し出制度を使った苦情申し立てについては24ページ以降に、資料の24ページ以降に書いてあります。この概要について簡単にご説明します。まず順番でいいますと、精神保健福祉士協会のほうについてご説明します。精神保健福祉士というのは、精神障害者の、病院の中と地域との調整とかそういったことを主にやっている人たちなんですけども、そういった職能団体の中に苦情申し出制度というものと、倫理綱領があるんですけども。その倫理綱領、専門職としてこういうふうにあらねばならぬみたいな、そういうの定めたものに抵触している場合には、個別に会員に対して調査して勧告とかそうことを入れれると、そういう制度があるんです。今回、片方さんの花巻病院ですね、の中に精神保健福祉士PSWがいて、その方が片方さんに対して、「退院したかったら、パイプカットしろというふうに家族が言ってるよ」というふうなことを言って、実質パイプカットを勧めたわけですね。こういうことを病院に勤務している人がやっていいのかどうかということを、資料にまとめて職能団体のほうに申し立てを行いました。この申し立ての結果については、また詳細経過報告する機会があればまたご報告したいなと思ってます。本日はとにかく提出したというところまでです。[00:31:22]
 次に国連のほうなんですけども、国連では今、障害者権利条約というものがあります。条約というのは国と国との約束なんですけども、この障害者権利条約というのは、障害者に対して特別な権利を与えるという条約ではなくて、障害者が今まで与えられてこなかった、普通の人が与えられてきているものが与えられてこなかった、そういうものをちゃんと人権と認めていこうと、そういう条約です。この条約は日本政府も2014年、批准しているわけなんですけども、ちゃんとその条約に基づいて、国内の制度やってるかどうかというのを国連がチェックするというそういう制度があります。

司会者:はい、報告の途中ですけれども、参議院議員の打越さく良議員が今おいでいただきました。

打越:すみません、お話の途中で中断させてしまって申し訳ございません。参議院議員の打越さく良ですけれども、参議院議員と申し上げましても、去年の7月から新潟県選挙区選出で参議院議員になったばかりで、それまでは弁護士として女性や子どもの人権を守りたいということで活動してきましたし、これからは国政の場で皆さまのお気持ちを伺いながらしっかりと取り組んで参りたいと思いますが、この母体保護法のもとでのこうした不妊手術、中絶被害というのは、私が取り組んできた女性の身体についての政治的な企みというかですね、それがほんとに凝縮した形で表れているということもあると思うので、しっかり勉強させていただきたいと思います。よろしくお願いします。ありがとうございました。

司会者:はい、ありがとうございました。お願いします。

桐原:続きをお伝えします。障害者権利条約の中では、ちゃんと日本政府が障害者権利条約に基づいて、国内の制度を実施してるかどうかというのをチェックするためのそういう制度があります。国連に日本政府が実施状況を報告して、そして国連の委員がその実施状況の報告書や市民団体からのレポートを見ながらチェックするという、そういう内容です。僕たちは、その障害者団体として国連に対してパラレルレポートというものを出しました。そこに片方さんの件等を、優生保護法も含めて片方さんの件を報告しました。その結果、事前質問といって国連から日本政府にちゃんとやってるのかどうかを確認するための質問というものが出されるんですけど、その質問項目の中に母体保護法のことですよね、つまり慣行として障害者に対して妊娠させないだとかそういったことをずっと続けているのではないかと、ちゃんとやめさせる処置をとったのかと、そういう質問が出ました。これに対して日本政府は今年の6月を期限に回答を出すことになっています。その6月の回答の中身を見てからにはなるんですけども、もう一度ジュネーブで審査が行われて、最終的に勧告というものが出ます。この件に関しても、ずっと優生保護法がなくなったにもかかわらず、そうやって優生保護法を作ってしまったがために人々に差別意識というものを与えて、その差別意識によって母体保護法以降も延々とこういう不妊手術が行われてきたということに対しておそらく勧告が出ると思います。それを起爆剤にしていろんな取り組みができればいいなというふうに思ってます。以上報告です。ありがとうございました。(拍手)[00:35:32]

司会者:はい、ありがとうございました。今日は、ほんとにお忙しい中たくさんの方がお見えいただいてありがたいですけれども、各団体、参加なさってる方からもお話を伺いたいなというふうに思います。まず、最初にですね、DPI女性障害者ネットワーク、あるいはDPI日本会議の委員もしておられますけれども、藤原久美子さんのほうからお話をお伺いします。お願いいたします。

藤原:こんにちは。DPI女性障害者ネットワークで代表をしております、藤原久美子といいます。このDPI女性障害者ネットワークは、1986年に優生保護法の撤廃と障害女性の自立促進そしてエンパワメントを目指して緩やかなネットワークとしてスタートしました。今もですね、政策提言なんかを主に国内外に向けて働きかけをしています。さっき桐原さんからも報告があった権利条約に関しても、私、ジュネーブに昨年9月に行ってきまして、この問題について訴えました。委員の方は、別に優生保護法だからとか母体保護法だからとかいうのではなくて、とにかく強制不妊ということに関してやはり強い関心を持たれていて、そのことが障害者の尊厳そのものを奪っているんだという強い認識を持っておられて、すごく熱心に聞いてこられました。私もいくつか質問を受けました。
 私自身もそうなんですけれども、やはりその障害者がそもそも子どもを持ち育てるというようなことが想定されていないということですね。不良な子孫の出生防止という言葉は法律の言からはなくなってますけれども、母体保護という言葉、そのこと自体すごくいいことじゃないかって思われるかもしれませんが、障害者はそもそも子どもを産まないと思われている存在ですので、母体保護のところからも疎外されてしまうということですね。どうせ子ども産まないんだから、さっき木村英子議員が言われたそういう言葉、ほとんどの重度の女性障害者は経験しています。そのために、例えば「子どもを産まないんだったら治療しなくていいよ」って言われて、一般の治療からも疎外されてしまうっていうこともあったり、そもそもその障害のある女性が例えば内診台に上がることとか、そういったことすら想定されていない。性教育もまともに受けられていない方も多いです。そういうことは知らなくていいというか、関係ないっていうようなことですね。だから、たくさんね、そういった嫌な思いをして、親戚の集まりの中でも恋愛や結婚の話があっても、自分だけ飛ばされるんだっていうようなことを今は笑いながら話してても、ほんとにそういった経験を幼い頃からしているということがあります。[00:39:34]
 私自身は中途障害者で、30代半ばで障害を持って、それから妊娠という経験をしたんですけれども、もうその時は2000年代に入ってましたから、すでに優生保護法はなかったんですけれども、やはり障害があって、子どもを育てるのは大変だろうとか、障害児を生むリスクが高いということで、中絶を親族と医者から勧められました。なんとかサポートがあって産んだんですけれども、それでも障害者がそういったことをするっていうこと自体考えられていないなあって育児の中でもつくづく感じるんですね。私のガイド、私は視覚障害で、普段ガイドを使いますが、例えば子ども保育園の送迎にそのガイドは使えない。そういうことがあるんですね。法律の中にもやはり書き込まれていません。障害者の第4次基本計画が策定される時にも、委員の中からは、障害者が子どもを持ち育てる権利を書き込むようにという意見が出たんですけれども、そういう言葉は一切書かれませんでした。
 ですので、こういった権利、当たり前の権利ですね、子どものいる人生を選ぶのか、子どものいない人生を選ぶのか、そういったことが認められるように、そして私は子どもを生みましたってこと、わりと顔もこう出してネットなんかにも出ちゃってるんですけれども、やはりそこへのバッシングってすごいですね。税金の無駄使いとか、自分のエゴのために持ちたいからってことでそういう批判を受けるんですけれども、障害者が子どもに関わることの豊かさ、素晴らしいなと思うんです。子どもってすごいいろんな発想力があるので、なんとかこの目の見えづらい母親に伝えようといろんな工夫をして子どもも育ってきました。たぶん障害のある方たちが関わるということは、すごい子どもの発想力をすごいなと思えるところが出てくると思うし、ほんとにいるだけでいい、障害の人権モデルですよね、ほんとにこの人が側にいる、それでいいんだっていうこととか、やっぱりそういうこと伝えられる、すごくいい存在だと思いますので、私たちもまた今年国連のほうのね、行きますので、桐原さんたちと一緒にこの母体保護法下のことについてもぜひ訴えていきたいと思っております。ありがとうございました。(拍手)

司会者:はい、ありがとうございます。ここでお願いがあるんですけれども、この母体保護法下での強制不妊とかについての被害者の人権回復、名誉回復ということ、あるいはこれをこう広く広めていくということについて、これから皆さんで動いていけたらと思うわけですけれども、今までもみな全て手弁当でやっております。なかなか先立つものがないので非常に困っております。カンパ袋を今日は回させていただきますので、できるだけ気持ちを入れていただくと、たくさん入れていただくとありがたいです。
 はい、そしたら次にですね、今の優生保護法下での強制不妊手術ということについて、8地裁24人の原告の方が闘っておられるわけですけれども、そこで「優生手術被害者・家族の会」の共同代表をなさっておられて、今、東京地裁のほうで原告として闘ってられる北三郎さんが今日もお見えいただいております。北さん、よろしくお願いいたします。(拍手)

北:皆さん、こんにちは。北三郎です。このような場を設けていただきありがとうございます。優生被害者の一員です。私は宮城県仙台市に生まれました。昭和18年現在76歳です。生まれた当時、戦争中でした。東北6県で一番酷く焼け野原だったと聞いております。私の母は8ヶ月で亡くなり、母親の顔さえ知りません。姉さんからもらった、たった1枚の写真をもらいました。これが母さんだと姉さんが伝えてくれました。「大事にするのよ」と1枚の写真を寄越してくれました。私が3歳の時、父親が戦争から帰ってきました。私は知らないおじさんなので、おじさん、おじさんと甘えるように近づき、おまえの親父だと殴られ、初めて私の親だったことがわかりました。私の親は魚屋を営んでおります。住んでいる所とは別でした。私と姉さんは祖父、祖母に育てられました。私が小学2年の時祖父が亡くなり、その後父親が再婚して弟が生まれました。その頃から、私は店を継ぐのは弟だと思い、小学6年生の秋頃から猛勉強しておりました。高校に行かせる金はないと、中学終わったら店で働けと言われ、父親に高校だけは出たいと何度もせがみました。でもだめでした。[00:45:38]
 その頃から反抗期になり、居場所もなくなり荒れていたため、修養学園という施設に行くことになりました。修養学園との隣、【きてい院】(00:45:51)という施設がありました。その施設は障害の子どもたちの施設です。その施設からパイプカット優生手術が行われていたのです。男子が7、8人、女子が7、8人と施設の障害者が教えてくれました。「俺も手術した」と言っておりました。なんの説明もなく、なんのために手術したのか、子どもが作れない手術だとはわからないまま受けていたのです。修養学園の施設は5つの寮があります。ひかり寮、いずみ寮、むつみ寮、さかい寮、女子寮。一つの寮に10人か12人ぐらいおりました。約50人ぐらいおりました。特に目立ったのはさかい寮でした。さかい寮には2つの監禁室がありました。言うことを聞かなかったり、暴れたり悪いことをしたりすると監禁室に入れられたりします。修養学園の施設は障害者ではありません。親がいない子、親が育てられない子、非行少年がいる施設です。
 私が14歳、昭和32年春、親が2人で来ました。今まで来たこともなかったのでよく覚えております。なんのために来たのかもわかりません。私を連れ戻しの来たのかと思っておりました。1ヶ月後、なんの説明もなく施設の担任の先生と、【はたも産婦人科病院】(00:47:31)に連れて行かれ、待合室に知らない人と先生は話をしておりました。看護師さんに呼ばれ、手術をされました。下の睾丸のところが脱脂綿で覆われて、歩くことができませんでした。先生と一緒にタクシーで施設に帰りました。私の他に3人手術され、女子1人手術されました。手術して10日ほど痛かったと思います。ひかり寮からいずみ寮に移り、先輩から手術のことを教えてもらいました。それまでパイプカットなどと知りませんでした。ひかり寮にいた2人に話をしました。「先生に裏切られた」、3人で居場所なく泣き崩れました。先輩から口止めされているので抗議することはできませんでした。手術をされてからまもなく祖母が亡くなり、同じ傷を持った2人が私を慰めてくれました。学園を卒業するまで話し合える友達でした。
 その後18歳で東京に上京して、日本水道の下請け、水道の仕事をしておりました。働いてる奥さんに結婚を勧められ何度も断っておりました。妻の奥さん、働いてる奥さん同士で決めてしまい、昭和47年1月に結婚しました。私は子どもを持つことができない体になっているので、妻となる人に苦しみを与えてしまうから結婚だけはしないつもりでおりました。修養学園の施設に入ったこと、優生手術されたこと、誰にも言えませんでした。結婚式には親を呼べなかったのです。苦しみを抱えて平成25年5月に妻が重い病気にかかり亡くなる2、3日前に、施設に入ったこと、施設でパイプカットをしたことを話しました。妻は俯いて手術したことには触れず、「私がいなくなっても食事だけはちゃんと食べるのよ」と言ってまもなく亡くなりました。
 今年1月16日、私の尋問でした。いつもと違って体が震え、思うようにいきませんでした。私の姉さんまで巻き込んで、申し訳ないと思い目頭が熱くなりました。何もかも私のせいで苦しみを与えてしまって、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。姉さんは当時、祖母から昭和32年、聞いていて、かわいそうにと言って尋問に答えてくれました。[00:50:37]
 優生手術されてわかってる人が1万6475件、相談件数が2558件、請求した人が661人、認定件数が193人、男性が150件、女性が43件の請求件数がありました。なぜ私が選ばれたのだろうか、悔しい気持ちでいっぱいです。私が悪いわけではない、国が悪いのだからと思います。62年間、国は何もしてこなかったことに怒りが立ちます。私以上に苦しみ悲しんでいる人たちがおります。国は一人一人にどんな生き方をしてきたか、被害者の人たちに向き合ってほしいと裁判長に訴えました。私の失われた人生、弁護士先生と闘っていきます。残りの人生、被害者と共に勝利することを願います。応援してくださる皆さま、よろしくお願いします。私も頑張っていきます。よろしくお願いします。(拍手)

司会者:ありがとうございます。今、参議院議員の福島みずほ議員がお見えになりました。よろしくお願いいします。

福島:どうも皆さんこんにちは。社民党参議院議員福島みずほです。今、実は参議院、予算委員会で、そのあと厚生労働委員会で終わってきましたが、また1時から予算委員会の席にいなければならないので、来て発言ということでどうも本当に申し訳ありません。優生保護法が母体保護法に変わっても、差別や偏見やあるいは中絶の強要やそして不妊手術の事実上の強要など続いている、これはとりも直さずハンセン病ではありませんが、教育やあるいは啓発や考え方を変えることや、そのことが極めて不十分でかつ社会に、なかなかその制度変更、社会の仕組み、障害があるなしに関係なく、子どもを産み育てることができる環境が、この社会でまだまだできていない、できていないということが本当に大きな理由だと思います。それを変えるために一緒に頑張っていきたいというふうに思っています。
 また第3次男女共同参画基本計画で、当時私は大臣だったのですが、複合差別という概念を入れました。障害があるアイヌや在日やいろんな人たちと、女性であるという差別に注目をしてなくそうというので、まだまだもちろん、今日男性ももちろん、当事者の男性もいらっしゃるんですが、やっぱりその複合差別の問題はまだまだまだまだ、もっともっと議論されていいというふうに思っています。全ての人がリプロダクティブ・ライツアンドヘルス、子どもを産み育てるということが、望めばもちろんですが、可能な社会になるように一緒に頑張っていきたいと思います。頑張ります。ありがとうございます。(拍手)

司会者:はい、ありがとうございます。またもう一つお願いなんですけれども、優生保護法下での強制不妊ということについて、今、全国で裁判が行われています。それについて署名活動というのも若い学生さんたちを中心にしてですね、始まってるんですね。今日は後ろのほうで、まず国に対する署名、あるいは今、仙台の高裁のほうに控訴しておりますので、仙台高裁に対する署名、それと札幌地裁に対する署名というのもやっております。せっかくですので、ざっとその署名用紙を回させていただきますので、それに署名をお願いしたいのと、あるいは持って帰って署名集めてやろうとおっしゃる方、ぜひそれをお持ち帰りいただきたいというふうに思います。じゃあ続けます。次にですね、優生保護法被害弁護団のほうからお話をお伺いしたいと思います。佐藤弁護士も、ですので、お願いします[00:54:56]。

佐藤:再び失礼します。弁護士の佐藤です。先ほどお話をいただいた北さんの件で弁護団の一員を務めておりますので、こちらの弁護団からも今回の件について、皆さんと共に闘っていきたいということで少しお話をさせていただきます。先日、北さんが証人尋問でお話をいただいて、その時にもうひとかた、学者の方が日本のこの優生保護法による差別意識、優生主義というものがいかに酷いもので、それに対する国の責任がいかに重いものなのかということについてお話をいただきました。ちょうどですね、今年はアウシュヴィッツの解放から75年ということで、改めてあのような歴史的な大虐殺というのがなんで起きたのか、それを辿っていくとそこには優生思想というものがあったということで、今一度このアウシュヴィッツはじめはヨーロッパとかですね、こういった優生思想というものがいかに人権を侵害するものであって、それをどうやって私たちが乗り越えていかなくてはいけないのか、そういったことがちょうど話されている時期です。まさにその差別という意識は広まるのは簡単だと思います。一瞬で広がって、それは今でもいろんな形で、障害のある方だったり、あるいは国籍の違う方だったりに対してヘイトというものが蔓延していると思うんですね。それを変えていくというのは非常に時間もかかるし、一人一人が意識しないと変わらないなということを北さんと一緒に、北さんの裁判を闘いながら改めて感じています。
 今回のケースもそのような意識的、あるいは無意識的な、自分とは違うように見える人たち、違うというのが、何が違うのかというのは、たぶん差別をする…差別的な言動をする人たちもあまりわかってないんじゃないかなというふうに私は感じてるんですけれども。結局みんな同じ人であるという、そこだけをシンプルに見て、なぜそういう人たち、違うことが許されるのか、そういうとってもシンプルだけれども、なかなか社会の中で広がっていない、みんながそうだよねっていうふうに思っていないということが今回のお二人のケースにも、そしてもちろん北さんたちのケースにも繋がってるんだなというふうに思ってます。
 北さんの件も、北さんの…そして仙台のケースからですね、勇気を持って声を上げてくれたというので、少しずつ支援の輪私が広がってるというふうに感じています。やっぱりみんなおかしいよねと思ってるし、米田さんたちのケースも米田さんの記事が出てから、私も何人かの友人から「こんなことがあるんだね」、「こんな状況今の日本にあるの?」という問い合わせとかですね、驚きの声をもらいました。やっぱりまだ知らない人が多い、それを明らかにしていくというのが今回のケースでも北さんのケースでもすごく重要だと思ってます。知って、ちゃんとそこの問題を当事者の人たち、ご本人たちに話してもらって、それをじゃあどうしてそんなことが起きたのか、どうやったらもう二度と繰り返さないでいけるのかということを、私たち一人一人が、まさに共生という名ばかりじゃなくてですね、みんなで共に生きるということを今一度私自身ももちろん含めて皆さんと一緒に考えていきたい、そして実現するためにちょっとずつでも一歩ずつでも進んでいきたいなと思ってます。なので、北さんのケースもまさに東京の裁判については初日も終わりましたので、もうすぐ判決に向けていうことで、来年ですね、4月以降また大きく動くと思いますので、みんなで、この問題のほんとに根底は同じ問題だと思いますので、一人一人の声をより束ねてさらに大きな動きを作っていけたらと思っています。よろしくお願いします。(拍手)

司会者:はい、ありがとうございます。参議院議員の牧山ひろえ議員の秘書のひらさわさんもお越しいただいております。ありがとうございます。次にですね、「優生手術に対する謝罪を求める会」のほうから米津さんお願いいたします。[00:59:23]

米津:「優生手術に対する謝罪を求める会」の米津と申します。座ったままで失礼します。今日の集会の名称、そして主催してくださった会のお名前の中に「中絶被害」という言葉が入っています。これはとても重要だと思いました。昨年できました、優生手術の被害者に対して一時金を支給する法律、これはそれまでの長い間被害者が全く放置されてしまった、ということから考えると本当に一歩の前進だと私は思っています。しかし不備なところもたくさんあります。一つは1996年に母体保護法に改正されるまでの被害しか対象にならないこと、もう一つは中絶を強要された被害に対しても対象とされていないということです。ですから、今回の新しい取り組みが中絶被害も扱うということはとても大事だと思いました。
 しかし中絶という問題は語ること自体がとても難しいものがあります。ご承知のように堕胎罪というものが明治から今も存在していて、自分から望んだ場合であっても、人工妊娠中絶を受ける女性、手術をする医療者は罪に問われます。つまり中絶は罪だということをこの堕胎罪が言っていることによって、行う人たちはとても罪悪感を持たされてしまう。これも一つ、公の場で、あるいはどういう場であっても語るということの難しさの元になっていると思います。でも、これは実はとても政治的な問題だと思います。堕胎罪も日本政府が人口を増やすという政策のために作って、人口を増やしたい時期にはとても厳しく適応されていました。一変して今度は人口を減らしたい時期になると、堕胎罪はそのままおいといて、でも適応しないために優生保護法、またのちに母体保護法という法律を使ってきました。優生保護法は人口を減らしたい、でも障害のない子どもだけを産ませたいという目的のために作られた法律でした。
 このように、個人が子どもを持つか持たないか、という問題であるはずなのに、とても政治的なことでした。ですから不妊手術や中絶の強要もこの政策の下に行われたといっていいと思います。そしてそれは母体保護法になってからも同じだと思います。でも一方では中絶ということは女性が子どもを持つか持たないかを自ら決める時、産まないという選択する時の最終的な手段でもあります。ですから、これはいつでも安全で合法的に本人の希望に基づいて行うことができるということがとても必要です。
 中絶ということには、このようにたくさんの側面があって、このことを語ることはとても難しい、でもとても大事なことだと思います。国の都合ではなくて、障害があってもなくても、誰もがほんとに個人の選択として、産むこと、産まないことを決めることができる、これを性と生殖の権利として保証されるということがとても必要だと感じています。片方さんと米田さんが今回訴えてくださったことは、このことを国と社会に対して改めて問い、そして求めるという行動としてとても大切なことだと思います。声を上げてくださったこと、ほんとにありがたいと思います。ご一緒に頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします。(拍手)

司会者:はい、ありがとうございました。衆議院議員の矢上雅義議員の秘書のかながわさんですかね、おいでいただいております。ありがとうございます。じゃあ最後になるかと思いますけれども、「精神障害者権利主張センター・絆」の早坂さんですか? 山本さんですか? 山本さん、お願いします。[01:04:31]

山本:米田さん、片方さん、いつもお疲れさまです。片方さん、ここのところお疲れのようですが、大丈夫ですか? ちょっと違った角度から言うと、私DPI、いらっしゃるか、DPIの浜島さんに教えていただいたんですけれども、実はこの優生保護法のように国の法律で、「おまえは中絶しろ」とか「おまえは不妊手術しろ」っていうような命令する硬い制度っていうのは今やたぶん、どこの国にもないでしょうが、やはりそのでっちあげの同意というか、圧力というか、そういう不妊手術というのはけっこうあって。例えば障害者権利条約の勧告をまとめたものがあるんですけど、それ検索できるという素晴らしい、便利なものがあるんですけど、そこで検索すると、「不妊手術」とやると100件以上は出てきて、しかもこれ以上いっぱいあって全部出せませんってワードが答えるんです。で、これは一つ私は中絶を非常に厳しく禁止したカトリックの国かと思ったらそうではなくて、例えば私たちから見ると、障害者福祉進んでるな、ニュージーランドとか、そういう決してカトリックの影響だけじゃなくて普遍的にあるんですね。そういうわけで、浜島さんによると、障害者の権利の特別報告者と、それからヨーロッパ障害フォーラムですか、共同で一昨年かなんかにヨーロッパでこの問題を取り上げたというのを教えていただきましたけれども。それぐらい普遍的な問題、国際的な問題なので、これはもっと、皆さん、世界の仲間とも手を繋いで訴えていただきたいと思います。
 それからもう一つは、その優生思想って言えば優生思想ですが、「障害者に子どもが育てられるはずがない」、「障害者の子ども、虐待されているに決まっている」。あの無罪推定じゃなくて有罪推定というか、虐待推定ということで、親が障害者だとそれはもう虐待してるに決まってると。ネグレクトというんですか、に決まってると。それがどういうわけか普通の体の病気だとあんまり言われないのに、精神疾患だと言われたり、特に精神病だと子どもを殺すに違いないとかね。私自身も初めて子どもを産んだ時は育児ノイローゼで母子心中という新聞記事の見出しがばばばっと頭の中に閃いて、どうしよう、どうしようと悩んだこともあります。それぐらい、やっぱり障害者が子どもっていうのはありえないことなんだっていうのは、まだまだまだまだ非常に根強くて、なんと去年も私は遠方の話で、人づてですけれども、20歳代の男性が精神病院退院にあたって、親御さんが不妊手術をしろということで、どっちを選ぶんだって言われて、退院したその日のその足で不妊手術をしたという話を聞きました。こういうことがありますので、私たち、精神障害者だけじゃありませんけどね、藤原さんがおっしゃったように、障害者が子どもなんてありえないというのはほんとに根強いと思いますので、これからもっともっと私たちも頑張らなきゃいけないなと思います。どうもありがとうございました。(拍手)[01:08:44]

司会者:はい、ありがとうございます。衆議院議員の宮本徹議員の秘書のまつおさんがいらしてくださいました。ありがとうございます。そしたらたくさんの方お集まりいただいて、会場のほうから今日はこういうことを言いたい、思って来たんだっていうふうなことがきっとあると思うんですが、皆さん、手を挙げてご発言いただければと思います。はい、お願いします。お名前とご所属があればそれもお願いいたします。[01:09:19]

参加者:皆さん、こんにちは。群馬県前橋市から参りました、なりたと申します。実は群馬県高崎市には、日本精神協会(→日本精神科病院協会)の理事長の山崎会長が住んで病院を経営している所です。私は身体と精神のほうの両方の障害を抱えてまして、私の場合、ちょっと話がオーバーだよって言って、妹の袖を引っ張っただけで「殴りましたね」って言われて、隔離身体拘束受けたんです。1週間ぐらい隔離、保護室に隔離されて約4日間、5日間ぐらいですかね、ベッドに拘束されました。そんな経験持ってます。それから自分から「状態が悪いんで、任意で入院させてください」って言ったにもかかわらず、毎回、毎回、1999年ぐらいにうつ病発症してから3年前まで全部医療保護入院です。そういう状況だったんですけれども。ちょっと優生保護の手術のほうとはまた違うんですけれども、実は米田さんのインターネットのほうで記事を拝見させていただきまして、あまりに酷すぎるなっていうのを改めて当事者として思った次第なんです。日本の精神科の医療の笠に着せてそういう優生保護の手術までさせるっていうのは、これは1996年に廃止されてるのが、つい5年前にまた行われてるというのがあまりにもおかしくないですか。この国どうかしてますよ、はっきり言ったら。平気で人の体に傷つける、人の心も傷つける、それが病院ですか、医者ですかね。実はその優生保護とかのほうで私は受けてないんですけれども、精神科の医療の領域ってほんとに入院すると逆に精神の状態が悪くなります。
 実は5日前に、私のスマートフォンに、私が入院していた時の同じ病棟の患者さんだった女性からメールがどんどん入ってきたんです。今、病院を3年以上入院されて、去年…一昨年退院された人なんですけれども、群馬県内のグループホームに入所されたんですね。ところが、この人は手がかかる、なんだかんだって言われて、職員さんからいろいろ言われたそうなんです。で、5日前に「私、死にたい」って言ってきたんです。私必死で止めました。「落ち着いて」って何度も言ったんです。そういう医療や福祉の現場で、そういうことが平然と起きてて、しかもその方は生活保護受けてたんで、グループホームに払えるお金もあんまりなくって、そこでグループホーム何をやったかというと、5日間も食事を与えなかったそうです。そういう所、施設があるんですよ、現実に。精神科の医療や施設ってそういう所なんです。あまりにも酷すぎると思いませんか。そのあと、落ち着いて、お互い落ち着いて会って話しようって言ったんですけれども、その方グループホーム飛び出てて、高崎市内のビジネスホテルやインターネットカフェを転々として歩いてたようです。会いたいけど、会えないって言ってきたんです。説得したんですけど結局会えませんでした。先週土曜日のお昼頃にぷつんと連絡が途絶えたままの状態です。私も本人がかかりつけだったクリニックのほう、入院してた病院ではなくてクリニックのほうに、これはまずいと思って「こういう状態なってますけど、情報入ってますか」っていうんで聞いたり、いろいろあの手この手尽くして情報を得てみたんですけど、全く情報掴めない状態です。こういう現実って、日本の場合いろんな所で、いろんなこと起きてるんですよね、精神科の所でというのが。もっと精神科の医療とするんだったら、もっとその辺のところを国がもっと考えてもらわないと、こういう人たちがどんどん増えていきます。なんも病気と言えないのに病気だといって入院させられたり、長期間も何年も入院させられたり、辛い思いして死を選ぶって考え出す人もいます、逆に悪くなっちゃって。それでいいんですかね。すいません、終わります。(拍手)[01:15:46]

司会者:はい、ありがとうございます。強制不妊が起こってくる背景としての今の精神医療の状況というのを本当に生々しく語っていただけたというふうに思います。他の方、はい、どうぞ。

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司会者:はい、ありがとうございました。もうそろそろお時間なんですが、じゃあ最後です、お願いします。

参加者:すいません、家族会、精神障害者の家族会やってます、いしがみです。家族会代表として来てるわけじゃなくて、僕が勝手に来てるんですが。片方さんには前、大阪に来ていただいて、自分のことを証言していただきました。利光さんには優生制度についていろいろ話いただきました。そのあと家族会でね、***(01:24:25)の家族会で話したんですが、酷い意見、家族会では出ます。うちは許されるなら優生手術してほしいという家族もおるんです。裏にね、うちの子ども、妊娠したら困るって言うてね、やってるのおるんです。これがたぶん実態で、僕はもう理事やめたんですけどね。[01:24:49]
 でも、あえてそれは国がね、やってきたことと同じこと言うてるんじゃなくて、家族はね、非常に大変な思いをしてるんです。本当にね、日々の生活がしんどいと。その上妊娠されたら困るっていうのは現実的な問題なんですよ。8050問題とかね、この前の農水省の事務次官の問題やったら7040問題かもしれないんですけど、そういう問題がね、切にあって、もうそれどころじゃないと。どう生かしていくんか、殺さずにすむにはどうするんかということがね、すごい切実な問題としてあって、その中から出てくる問題やろうというふうに思ってます。この前、去年ですかね、仙台地裁で障害者の子どもを産み育てる権利があるんやと。家族会だったらね、そんなんまだまだ上の話なんですよね。自分死んだらこの子どもどうなるんやろうって思って殺してしまうのもおるし、この子がおったためにもう一人の兄弟がどんだけの目に合うんやろうっていうふうに思うわけですね。そんなとこからなかなか踏み切れない。だから優生手術なくすには本当に障害者も子どもを産み育てるっていうその権利、権利って言うだけじゃなくて、現実的な社会保障としてちゃんと確立されてなければ、そういう優生手術はなくならないと僕は思います。
 この前の熊沢さんですかね、事務次官が息子を殺してしまったと。そういう現状なんですよね。あんな地位の高い人が子どもを殺してしまう。あるいは、娘さんが縁談が破断して自死に追い込まれる。自死に追い込まれるんですよ。だから妊娠する以前の問題じゃないですか。そんな問題がこの日本には山とあるんです。家族会で話し合ったらね、そんな問題いっぱいあるんです。だからある意味、妊娠したらどうしようという問題は、軽い問題に見えてしまうほど酷いんですよね。さっき福島さんが国会で厚労委員会ありますよって言いましたけど、その時に熊沢さんの娘が自死してしまったと。これ、問題になるんですかね。僕はそんな世の中ちゃうんかなというふうに思ってます。国会議員ってそれぐらいの意識しかないんちゃうんかなと思ってます。そんな中でね、子どもも産み育てるっていうね、そういうことをほんとに実際にやってくれるんかなと思うんですよね。今、精神障害者にも対応した地域包括ケアシステムの構築とかっていう、僕から見たらおとぎ話ですよ。だって24時間体制でサポートしてくださいって、これが全然通用しないような世の中ですよ。それをね、厚労省の役人は図書くと、おとぎ話ですよ、そんなんね。ほんまに考えるんやったら、ほんまにね、障害者も子どもを産み育てるような社会、福祉政策をやってください。でないと優生手術はなくなりません。以上です。(拍手)

司会者:はい、ありがとうございました。ほんとにそうですよね、この優生社会の中で、本人もだけども、家族も非常に辛い立場に置かれて、それをどういうふうに支えていくかっていうことなんだろうなっていうふうに思います。そろそろ時間ですので今日の資料の34ページをご覧ください。「母体保護法下の不妊手術、中絶被害者と歩む会」というのをこの今日の課題について、解決に向けてですね、あるいは被害者の方の人権回復、名誉回復に向けて、活動していくための会というのをこれを機会に立ち上げることができればいいかなというふうに考えております。その設立趣意書なんですけれども、少し読みあげましょう。[01:29:25]
 日本では不良な子孫の出生防止を目的に掲げた旧優生保護法のもとで、遺伝性とされた疾患や障害のある人々に対して、その障害を理由にして強制的な不妊手術や人工妊娠中絶が行われました。これらは障害者をこの世にあってはならない存在として位置付け、人としての尊厳を否定する行為でした。1996年に障害を理由とした強制不妊手術、あるいは強制中絶、これを以下優生手術等と言いますけれども、それを認める条項が削除され母体保護法に改定されましたが、その際、旧法を貫く優生思想やそれを実践した優生政策への反省も検証も全く行われませんでした。また、優生手術等が誤りであったこと、医療福祉教育関係者や市民に広く周知することもなく、優生思想を払拭するための啓発、教育活動も行われませんでした。そのため、優生手術等の条項が廃止されたにもかかわらず、その後も精神障害者や知的障害者らに対して、本人の意思に反して、あるいは拒否することが困難な状況のもとでの強制的な不妊手術や人工妊娠中絶が行われ続けたのです。特に精神障害者に対しては、精神病院への長期入院などの隔離拘束所業が日常的に行われる医療福祉体制とも相まって、結婚や退院の条件として不妊手術がインセットして実施され続けてきたわけです。2018年1月以降、旧法のもとでの優生手術等を強いられた被害者らが、全国各地で次々と国賠訴訟を提起したのを契機に、人権侵害の詳細な事実が明らかになり始めています。2019年4月24日には旧優生保護法に基づく一時金支給に関する法律というのが成立し、その運用が始まっています。5月28日の仙台地裁判決では、不良な子孫の出生防止を目的に不妊手術を強制した旧優生保護法は違憲であるというふうに明言しています。しかしながら、母体保護法のもとでの強制的な不妊手術や中絶の被害者は、旧優生保護法での被害と同様であるにもかかわらず、一時金の支給の対象とはされていません。この瞬間にも障害を理由とした強制的な不妊手術、あるいは中絶が実施されている可能性さえ否定できません。さらには障害者の生は遺伝として厄介なものとみなされ、障害者が当たり前に人を愛し、地域の中で共に生活し、子どもを産み育てることを支援する体制は全く不十分と言わざるを得ません。私たちは現代に至るまでの日本における優生政策の全貌とその実態、これを推し進めてきた国、自治体、医療福祉、教育機関等の責任を明らかにすることを求めます。そして、優生政策による被害として、母体保護法のもとでの被害者にも等しく補償を求めます。今なお差別が漫然と行われている現実に目を向け、旧優生保護法によって社会の隅々に優生思想を根付かせたことを反省して謝罪すると共に、優生思想の根絶に向けて被害者と共に考え取り組むことを切望します。そこで、この共生社会の実現に向けて、優生思想に支えられた障害者への差別偏見の行動なくすために、「母体保護法下の不妊手術、中絶被害者と歩む会」というのを今日ここに立ち上げたいというふうに思います。
 これに賛同してくださいますようでしたら、拍手で賛同の意を表していただくとありがたいです。(拍手)ありがとうございました。今日は長い時間にわたって、ご本人あるいは弁護士の先生方、あるいは会場の皆さんからもたくさんのご意見をいただきました。最後にあれですね、弁護士の先生、あるいはご本人のほうから何かあれば。

佐々木:皆さん、特に私、申し上げたいのはですね、このことをやることで、いろんなバッシングとかね、それから報道機関の方もスラップ訴訟とかね、そういう危険が非常に芽生えます。とにかく正義は我々にあります。みんなで闘いましょう、みんなで一緒に頑張りましょう。お願いします。(拍手)

司会者:ありがとうございます。最後にもう一つお願いなんですけれども、今日のここでの発言について、非常にいい発言、あるいは現実に根ざした発言っていうのをお聞きしました。これをできれば記録に残して、公開できればいいかなといいふうに考えております。もし今日ここで発言したのは、これはオフレコ、オフレコというか公開してもらったら困るんだということがありましたら、あとで私のほうにおっしゃっていただけたらというふうに思います。今日は本当に皆さん、ありがとうございました。それからこの終わったあとで、この会をですね、今後どういうふうにやっていこうかということを、できれば有志の方々と一緒にお話しできればいいかなと思います。時間がある方、あるいは今後どういうふうにするかということを一緒に考えようと思ってくださる方、あと残っていただくとありがたいです。以上です。今日はどうもありがとうございました。(拍手)[01:35:04] 

(スタッフの会話、昼食・録音機についてのアナウンスなど)[01:35:05]- 音声終了


UP:20201228 REV:20201229
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