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NHK「彼女は安楽死を選んだ」に対する指摘への応答を求める

障害学会理事会,2019/12/15

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 障害学・障害学会は、各国・各地域において、おおく実践的な志向を有する学であり組織である。しかし同時に、というよりむしろ、はっきりとした主張をしたいからこそ、意見・見解の多様性は尊重しようとするし、また、ことを記述し議論することにおける手続きや論理の適正さ・正確さが大切だと考えている。そしてそのことは、もちろん、本学会に限ることでなく、また狭義の学術組織・学術的営為だけでなく、広く、報道や言論の全般について求められるものである。
 このとき、それ以前にごくごく普通に考えても、NHKで2019年6月2日に放映された番組「彼女は安楽死を選んだ」、その報道についての◇01日本自立生活センター(JCIL)の指摘・質問についての◇02NHKの応答、◇03再度の質問に対する◇04回答とは言えない回答とその後の沈黙、そして◇05放送倫理・番組向上機構に対する質問に対していまだ回答がなされていないことは看過できないものである。
 ◇01◇03◇05の質問・提起は、障害のために人が(自ら)死ぬこと、そしてそれを人々に伝えること、伝え方を問題にしている。自殺全般が否定されるべきであるのに否定されていないことを指摘し批判することが主眼であるのではない。しかし、その提起に対して、NHKは、「自殺とは単純にいえない」ため、「各種の放送基準が必ずしもそのまま妥当するものとは考えて」いないとして、実質的には問いに答えないということになっている。そこで、ここではこの点だけを取り上げる。
 NHKはスイスの自殺幇助団体(安楽死団体)の説明を援用し、「自殺とは単純にいえない」とする。しかしもちろん、誰かが自殺という言葉を使うか使わないかと、それが自殺であるか否かは別の問題である。そして後者について、もちろん言葉はときに多義的であるが、自殺についてはその言葉の受け取り方にそう大きな幅はない。自殺は、自らが自らの死を決め行うことである。それは単独でなされることもあるが、いかほどかの程度、他人が介在する場合もある。その他人の介在の度合い、最後の薬を飲む/飲ませるといった最後の行いを誰が行うかといったことで、言葉が分かれ、「安楽死」といった言葉も使われる。誰がどの程度関与するかでその意味合いもいくから異なっていくことはあり、それの差異はときに重要である。しかしそれは、それらの全体が自殺であることをまったく否定するものではない。介在し幇助する場合も自殺は自殺である。でければ自殺幇助も存在しない。
 別言すれば、死は意図された死と意図されない死に分かれる。今回の死が前者であることはまったく明らかである。次に、前者は他殺か自殺に分かれる。他殺であれば、それはそれで――多くの場合には自殺より――問題であるだろう。明確に非難され批判されるものである殺人でないのであれば、残るのは自殺である。
 であるのに、「自殺とは単純にいえない」などと言うのは、かつてナチス政権下で行われた所業が「殺人」ではなく「安楽死」であると言うのと変わらない。そこでなされたことが、当時、「安楽死(良い死=eu-thanasia)」と呼ばれたことが事実だとしても、それは誤解のしようがなく殺人である。それと同じ程度に、ここでなされたことは自殺である。
 とすると、一つ、NHKは、WHOの「自殺予防メディア関係者への手引き」、放送倫理・番組向上機構(BPO)の「放送基準」が守られるべきルールであるとしているのであるなら、当然、その規則にてらしてこの番組がどうであったのかについて答えるべきである。もう一つ、「手引き」や「基準」が間違っていると主張することもできる。であればそのことを言い、根拠を示すべきである。
 この出来事のように、ひとたび「極端」な事例・事件が報じられ、いっとき注目され、他方で、それに対する疑問や批判に応じられることがなく、無視され、曖昧にされ、消し去られてしまう。他方で、責任を取らないでよいとされまた取らせようのない無記名の発言が誰でも読めてしまう場に拡散される。そうしたなかで事態が進行し、認められたことのようにされていく。そうしたことがこれまで多くあってきたし、そして増えている。こうした事態に、いったい学問・学会がどのように対していけるののか。難しくはある。しかし、できることをやっていく他ない。一つに、私たちは当然の提起・主張・批判があったとき、それが消し去られないようにしていく。一つに、まずは論理と事実の水準における誤謬や沈黙を指摘し回答・訂正を求める。前者について、今回の声明や質問状は誰もが読めるようにしている。この文書は、後者の営みの小さな一つということになる。

 一つ、◇03の質問状に対してNHKが間違いを述べることによって答えることを回避するのでなく、答えることを求める。一つ、◇05に対する放送倫理・番組向上機構(BPO)の回答そして審議を求める。それらが年内になされない場合、再度、より強く応答を要求し、対話に応じることを求めるものとする。

2019年12月15日
障害学会理事会

 以下の文書の全文他をウェブサイト上で読めるようにしている。

◆01 日本自立生活センター 2019/06/24 「NHKスペシャル『彼女は安楽死を選んだ』(2019年6月2日放送)における幇助自殺報道の問題点についての声明」
 http://www.arsvi.com/2010/20190624jcil.htm
◆03 日本自立生活センター 2019/07/23 「NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」(2019年6月2日放送)に対する質問状(2019年6月27日付の貴局よりのご回答について)」
 http://www.arsvi.com/2010/20190723jcil.htm
◆05 日本自立生活センター 2019/09/30 「NHKスペシャル『彼女は安楽死を選んだ』(2019年6月2日放送)における放送倫理上の問題点についての調査・審議のお願い」
 http://www.arsvi.com/2010/20190930jcil.htm


UP:20191214 REV:
安楽死尊厳死:2019  ◇障害学会 
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