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【訳】ジン・ライブラリーはいかにして周縁化された声を強調しているのか

ロージー・ナイト[Knight, Rosie] 2018/12/30
(訳:村上 潔Murakami, Kiyoshi] 2019/08/29)

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last update: 20220420


■書誌情報

◆Knight, Rosie, 2018, "How Zine Libraries Are Highlighting Marginalized Voices", BuzzFeed News, December 30, 2018, (https://www.buzzfeednews.com/article/rosieoknight/zines-libraries-marginalized-voices).
 =2019 村上潔訳,「ジン・ライブラリーはいかにして周縁化された声を強調しているのか」,arsvi.com:立命館大学生存学研究所,2019年8月29日,(http://www.arsvi.com/2010/20190829mk.htm)

■本文

――“【キャプション】ジンには、周縁化されたコミュニティがその物語を記録し体系化してきた長い道のりがある。ジン・ライブラリーはそれらの歴史が忘れられていないことを確認している。”――

汗ばむライヴ会場、コピー機、ライオット・ガール――これらはジンについて考えたときにすぐ思い浮かぶイメージだ。女性が前面に出た90年代初頭のパンクロック・ムーヴメントは、ジン・カルチャーが繁栄した時期にあたると考えられることが多い。だが現実として、ジンには周縁化されたコミュニティがその物語を記録し、情報を拡散し、体系化してきた長い道のりがある。1830年代アメリカの反奴隷協会による奴隷廃止運動の木版刷りパンフレットから、1900年代にホセ・グアダルーペ・ポサダ[José Guadalupe Posada]が描いて流通させた貴婦人の骸骨の漫画、そして60年代にブラックパンサー党が撒いたビラに至るまで、こんにち私たちが知るところのジン・カルチャーは、有色人種のコミュニティの政治的・社会的ニーズによって創造され、それにあわせて構成されてきた。

これらのジンが大抵手作りの、比較的少部数の自主制作出版であることは、ジンが誰でも自分たちの思いどおりに作品を創作できる、優れたアクセシブルなスペースとして機能していることを意味する。それはまた、ジンが希少なものになりがちで、容易に歴史の中で失われてしまうリスクがあることも意味している。だが、世界中の図書館・大学・美術館では、この極めて重要な作品〔群〕をアーカイヴ[archive]〔=保存/保管〕して記録する動きがある。それは私たちがジン全体を理解し、それと関わり合う方法を変えるかもしれない。

ジェナ・フリードマン[Jenna Freedman]〔@zinelib〕は、南フロリダ大学の図書館学の修士課程で学んでいた際には、1990年代に試しにジンを少し作ってみたくらいで、その芸術形態の幅広い範囲をほとんど経験していなかった。それが、主にパンク・シーンを探求する著名なラテン系ジンスタ、セリア・C・ペレス[Celia C. Pérez]〔@CeliaCPerez〕との偶然の出会いによって一変した。「セリアが私に彼女のジンを一部くれるまで、実のところ、私はジンに対する愛を見出せずにいました」、とフリードマンは言う。「それは、個人的なことと政治的なこととの、本当にすばらしい融合でした。少しばかり芸術的でありながら、芸術品を気どったものではありませんでした。」

その導入は、たんにジンへの愛に火をつけただけでなく、彼女の仕事へとつながった。2003年、フリードマンはマンハッタンのバーナード・カレッジ[Barnard College]にジン・ライブラリーを設立した〔cf. → Barnard Zine Library〕。彼女は現在もそこでジン・ライブラリアン〔=図書館員〕をしている。こんにち、そのコレクションは一万を超えるジンから成り、周縁化されたコミュニティによって作られた資料に強く焦点を当てている。そこには、母と娘が一緒に休日を記録したものから、パンクロック内の人種差別に関する焼け付くように熱い政治的コレクションまで、多様なテーマが含まれている。フリードマンのジンへの導入はペレスの作品を通してであったため、図書館が有色人種女性の豊富な成果を示すことは、彼女にとってつねに必要不可欠だった。「ジンやパンク・カルチャーの語りが完全に白人のものである状況を私たちが認識し、さらにそれを〔適切な状態に〕押し戻すことが重要だと、私は考えます」。コロンビア大学とバーナードの学生は、ジンにアクセスして、一度に最長一学期にわたって借りることができる。両大学に在籍していない場合でも、予約して図書館を訪問し、コレクションを閲覧することができる。

この極めて重要な研究とアーカイヴィング[archiving]は、国内のあちらこちらで行なわれている。過去20年以上にわたり、歴史家や図書館員たちは、メディアに対する私たちの理解を拡張することを目的として、ジンをアーカイヴィングしてきた。その拠点となったのは、ピッツバーグのカーネギー図書館[Carnegie Library of Pittsburgh]のメイン・ジン・コレクション、サンフランシスコ公共図書館[San Francisco Public Library]のリトルマガジン/ジン・コレクション、ウィスコンシン大学マディソン校インフォメーション・スクール図書館[iSchool Library]のライブラリー・ワーカーズ・ジン・コレクション、他にも多数ある。この取り組みは絶えず進化し増殖を続けており、アクセス可能なオルタナティヴな歴史叙述の記録――コミュニティ全体が周縁化され、〔公的な〕歴史から閉め出されている社会では特に重要な意味をもつ――を世に送り出している。放っておいたらそうした周縁の物語は無視され消去されてしまうであろうが、上記のコレクションはそれらを共有し保護することを可能にする。

2015年に、ジンスタで図書館員のジバ・ゼーダー[Ziba Zehdar]〔@DJZibaZ〕は、カリフォルニアのロングビーチ公共図書館[Long Beach Public Library]の体系内に最初のジン・コレクションを設立した。現在は、活気あふれるダウンタウンにあるロングビーチ中央図書館内に、約1000冊のジンが所蔵されている。昨年、それが新たな利用者の来訪を促進する完璧な方法だと判断してジバが現場を離れたあとは、上級図書館員のアラーナ・ラビーフ[Alana LaBeaf]〔@AlanaLaBeaf〕がコレクションを運営している。図書館ではしばしばジン制作ワークショップを開催し、図書館員たちはアウトリーチの〔地域〕訪問活動の際にジンを持っていく。「私たちは特定のコミュニティ・グループへの貢献に取り組んでいるので、コミュニティ・サービス部門にはぴったりです」、とラビーフは言う。「ジンは忠実にコミュニティを反映しています。ジン・コレクションは、それがなければ来ることはないであろう新たな人々を図書館に引き寄せると思います。」

ロングビーチ公共図書館のコレクションにあるジンの多くは、図書館の従来の目録では通常扱われないようなかたちで、アイデンティティ/セルフケア/メンタルヘルスに焦点を当てている。「『でもあなたは病気に見えない――職場における不可視の疾患と障害に関するジン[But You Don’t Look Sick: A Zine About Invisible Illnesses and Disabilities in the Workplace]』(〈Queer Anxiety Babiez Distro〉刊行のコンピレーション・ジン)のようなジンは、その主題に関する本が提供してくれるであろう医学的観点は有していないかもしれませんが、確実に、それを読むすべての人たちに対していくらかの精神的支援と帰属感を与えます」、とラビーフは言う。

そうした連帯と表象は、ロングビーチ公共図書館の来訪者が、輝かしく多方面にわたる作品の膨大なコレクションとともに、そこにあるジンのなかに見出すことを期待できるものだ。例を挙げれば、中華系アメリカ人博物館[Chinese American Museum]での同名の展示をもとにしたコンピレーション・ジン『ルーツ――1968年〜1980年代のロサンゼルスにおけるアジア系アメリカ人の運動[Roots: Asian American Movements in Los Angeles 1968-1980s]』や、オーストラリアのヴィラウッド移民収容センター[Villawood〔Immigration〕Detention Centre]におけるワークショップで制作された『難民アート・プロジェクト[Refugee Art Project]』がある。地球の裏側にいる人々の経験を、その人たち自身の手で作り出したアートを通して探求できる機会というのはめったにないが、ロングビーチ図書館はそのアクセスを提供する。ジンは、往々にして語られない物語が存在する余地を与える。なぜならその作り手たちは、財政的制約によって尻込みしたり、いまだにきわめて白人中心的な出版業界によって妨害されたりはしないからだ。

しばしば無視され、取り上げられることの少ない叙述/物語の記録であるジンの力は、マリッサ・デル・トロ[Marissa Del Toro]を、ジンの芸術性ならびにジン・カルチャーの研究を始めるよう誘い込んだ。テキサス大学サンアントニオ校で美術史の修士号を取得したチカーナの美術史家であるデル・トロは、ゲティ研究所[Getty Research Institute]の院生インターンをしていたときにジンに興味をもつようになった。「私は2013年か2014年頃にジンの実物のコピーを集め始めましたが、それ以前に、ソーシャルメディア、特にタンブラー上で、ジンスタやジン・コレクティヴをフォローしていました。たくさんのジンスタ――とりわけラテンアメリカ系[Latinx〔ラティーノ/ラティーナの代わりに使われるジェンダー・ニュートラルな新語〕]のジンスタたち――が、制約なしに自分たちのアートと言葉で自由に自己表現するスペースとして、ジンを創作していることに気づいたんです。」

先達の人々の仕事と〔置かれた〕場所を再検討するなかで、デル・トロは、ジン・カルチャーの拡大のために闘おうという気になった――とりわけラテンアメリカ史に貢献したラテン系アーティスト/作家の作品をジン・カルチャーのなかに盛り込むために。彼女は、1910年から1913年にかけて「カトリーナ[La Catrina]」を制作したホセ・グアダルーペ・ポサダ[José Guadalupe Posada]に言及する。その亜鉛凸版のリトグラフのコレクションは、ヨーロッパの貴族的伝統を取り入れヨーロッパ風の生活様式に憧れるメキシコ人を批判したもので、私たちがこんにち目にしているジンのカウンターカルチャー的役割の下地を作った。

デル・トロの仕事を導いたもう一つの重要なグループは、1970年代にロサンゼルスで雑誌『ララサ[La Raza]』を制作していたラディカルなオーガナイザーたちだ。『ララサ』は、警察の蛮行、〔人種〕隔離、極めて人種差別的な教育システム、といった問題に頻繁に取り組んだ出版物であり、それを制作したアクティヴィストのコレクティヴの闘争と生活を示す、ページを埋め尽くしたすばらしい写真によって記憶されている。

「ジンに関係するこの種の資料は、文化的、社会的、そして政治的に変革的な効力をもつ対抗文化の歴史の基盤を築きました」、とデル・トロは説く。ラテン系クリエイターによる初期のジンを評価するデル・トロの仕事、また――再びバーナードに戻って――〔ニューヨーク・〕フェミニスト・ジンフェストでの活動とあわせて有色人種の作家/アーティストによるジンの存在価値を高めるフリードマンの仕事は、その範囲を広げている。

これらのコレクションにアクセスすることは、ジンの制作者たちにも大きな影響を与える。ザーラ・スワンジー[Zahra Swanzy]は、ラディカルなアーティスト/アクティヴィストだ。様々な立場の女性たちの生活と思考に焦点を当て、問題の交差性を重視した新聞形式のジン、『ロードファム[Roadfemme]』には、彼女の創造力が表れている。「すべてに対して反対するおてんば娘だったし、いまもそう」というスワンジーは、ロンドンのフェミニスト・ライブラリー[Feminist Library]〔@feministlibrary〕を見つけたことで、ジンというメディアのとりこになってしまった。その独立運営のアーカイヴ的性格の図書館は、1975年から南ロンドンで運営されてきた。女性解放運動の文献ならびに英国最大のジンのコレクションを有し、約5000冊のパンフレット/本、そして1990年まで遡るジンを所蔵している。

この資源を活用できることは、スワンジーをエンパワーした。ただ、多くのパンフレットは1960〜70年代以降のものであったのだが、フェミニズムをめぐる言説と対話はあまり進歩していないように見えた。スワンジーは、それらのテクストの多くが、時代遅れで、初期段階のフェミニズムの問題点にあふれた、「排他的なレンズを通して書かれたもの」だと気づいた。彼女は落胆し、そしてよりよく活動していこうという気にさせられた。「私はそこで学んだことを足場として積み上げていくことに決めたのです」、彼女はそう語る。

『ロードファム』の各号は、アイデンティティ/セクシュアリティ/抑圧の問題を、イラスト/写真/個人的エッセイのかたちで探求することによって、生々しい誠実な物語を様々な創造的様式で紹介している。「創刊以来、『ロードファム』は、フェミニズム内での交差するポイントに焦点を当ててきました。そして周縁化された声により多くのスペースを与えてきました」、とスワンジーは言う。

そのような声の一つが、ミネソタ州セントポールにあるメトロポリタン州立大学[Metropolitan State University]のレファレンスならびに教育担当図書館員、ドーン・ウィング[Dawn Wing]によるものだ。彼女はまた、偶然にもジンを作る人でもある。図書館員として、彼女は表象におけるギャップを直接目にする。そしてクリエイターとして、彼女はそれらのギャップの一部を埋めるために最善を尽くす。彼女の作品はコラージュとイラストをベースにしたもので、個人的な物語と教育的な伝記の間を切れ目なく移動して進む。彼女は現在、二人の中国系アメリカ人の翻訳家兼アクティヴィスト、ティエン・フー・ウー[Tien Fu Wu]とタイ・レオン・シュルツ[Tye Leung Schulze]の物語に取り組んでいる。ウィングはその二人の女性を「超凶暴」と称している。

「彼女たちの物語をより広範な観衆に共有してもらえるよう、彼女たちの共同の伝記を発表することが私の望みです」、とウィングは言う。「この時代に、私たちは、できるだけ多くの大胆不敵な勇気ある有色人種女性たちの物語に出会い、触発されることを必要としています。」

そのルーツにおいて、ジンは、主流の伝達回路が跳ねのけてきた情報と物語を普及させる手段だ。そしてコミュニティが一つになり、家族・政治・文化もしくはそれらの間にある何かに関する自分たちの物語を記録し共有するためのスペースだ。図書館・ジンフェスト・大学・美術館といった私的・公的な機関が、ジンとそれを創造し楽しむ人々のための場所を作ることで、そのスペースはジンそれ自体を超えて拡張していく。これらの成長する物理的空間は、しばしば無視されるコミュニティのなかで、アートと創造性を育む。そして、より多くの図書館がコレクションにジンを組み込み、全体としてジン・カルチャー全体に対する認識を広めるにつれて、物語の蓄積はより増大し、多様化するだろう。

デル・トロのような歴史家やフリードマンのような図書館員がいなければ、スワンジーやウィングといった人々の仕事は容易に失われてしまうだろう。彼女たちのジンへの愛は、オルタナティヴな歴史的物語を保存し中心に据えたいという立場から生じている。「私がジン・ライブラリーで好きなのは、それがマジョリティ女性/ノンバイナリー/トランスのスペースである点です。それは初期設定からしてクィアで、意識的に有色人種を中心化しています」、とフリードマンは言う。「自分がデフォルトの存在であるスペースに足を踏み入れることができるというのは、とても重要ですばらしいことだと思います。」

「ジンを創り出すことは、ラディカルな行為です」、とスワンジーは説く。「自らの内なる声を生々しく吐き出すために、人々はジンを作る。それは大切にされるべきです。」▲

著者情報

■『BuzzFeed News』掲載情報
◆ロージー・ナイト[Rosie Knight](バズフィード寄稿者)
https://www.buzzfeednews.com/author/rosieoknight
“ロージー・ナイトは漫画やジンを制作するエンターテインメント系ジャーナリスト。”

■訳者による補足
◆本人のサイト
 https://www.rosieoliviaknight.com
◆Instagram
 https://www.instagram.com/rosiemarx/

■翻訳掲載にあたっての注記

◆Web掲載:2022/04/20〜(それ以前は印刷したものを個人的に配布)
◆〔 〕:訳注ならびに訳者による補足
◆出典記事にある写真ならびにそのキャプションは省略しています。
◆掲載に際しては、著者の了承を得ています。
◆この翻訳掲載は教育/研究上の利用を目的としたものであり、純然たる非営利活動です。
◆印刷は個人利用の範囲内にとどめてください。無断での大部数印刷→配布はお控えください。

■関連情報

◆村上潔 20191216− 「ジン[Zine(s)]――その世界の多様性と可能性」(事項ページ)*随時更新
◆村上潔 20191107 「ジン[Zine]についての簡潔な解説【第7稿】」

◆村上潔 20210715 「地域のウーマンリブ運動資料のアーカイヴィング実践がもつ可能性――二〇〇〇年代京都市における活動経験とその先にある地平」,大野光明・小杉亮子・松井隆志編『[社会運動史研究 3]メディアがひらく運動史』,新曜社,72-94
◆2020年7月22日 [Panel]“Zine Libraries and Zine Librarianship”
 パネリスト:Rhonda Kauffman(Chair)・Kiyoshi Murakami・Marya Errin Jones・Ziba Perez Zehdar
 UTC 02:00〜03:00(日本時間=22日11:00〜12:00) オンライン開催(Zoom)
 *〈Zine Librarians unConference〉の活動の一環として開催されたワンデーイベント《International Zine Library Day 2020》(7月21日UTC 20:00〜22日UTC 04:00)内の企画

◆村上潔 20220228 「ジン・カルチャーの現在的展開とその意義――フェミニスト・コミュニティ・アクティヴィズムの視点からの展望」,『立命館言語文化研究』33(3): 39-51
◆村上潔 20210620 「ジンというメディア=運動とフェミニズムの実践――作るだけではないその多様な可能性」,田中東子編『ガールズ・メディア・スタディーズ』,北樹出版,130-148【第9章】
◆村上潔 20200227 「アナーカ・フェミニズムにおけるジン――ジンが教育/スペースであること」,『現代思想』48(4): 160-168
 *2020年3月臨時増刊号《総特集=フェミニズムの現在》

◆Casio, Holly, 2017, "The Economy of Zines", Cool Schmool, March 9, 2017, (https://coolschmool.com/news/economy-of-zines).=2018,村上潔訳,「ジンの経済」,arsvi.com:立命館大学生存学研究所,2018年6月20日,(http://www.arsvi.com/2010/20180620mk.htm
◆村上潔:《翻訳》[Translation]


*作成:村上 潔MURAKAMI Kiyoshi
UP: 20220420 REV:
生を辿り途を探す――身体×社会アーカイブの構築  ◇全文掲載
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