「NHKスペシャル『彼女は安楽死を選んだ』(2019年6月2日放送)に対する質問状(2019年6月27日付の貴局よりのご回答について)」
日本自立生活センター(代表 矢吹 文敏) 2019/07/23
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last update: 20191011
■NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」(2019年6月2日放送)に対する質問状(2019年6月27日付の貴局よりのご回答について)
2019年7月23日
NHK会長上田様
NHK報道局 社会番組部 馬場様
NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」(2019年6月2日放送)に対する質問状(2019年6月27日付の貴局よりのご回答について)
日本自立生活センター 代表 矢 吹 文 敏
京都市南区東九条松田町28メゾングラース京都十条101
電話075-671-8484 FAX075-671-8418
NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」への当方の声明に対して、丁寧にお返事いただき、ありがとうございます。国外での「安楽死」を選んだ「1人の日本人の選択をありのまま見つめたもの」として番組を制作されたとのこと、そのお気持ちはお返事からよく伝わります。
しかし、「1人の日本人の選択をありのままに見つめた」からといって、それをそのまま放送するかどうかは、放送倫理の観点などからして、まったく別問題と思います。(それを認めるならば、「生きるに値しない命」を「安楽死」させる選択をとった人の行動をありのまま放送しても問題ないことになります。)
以下、先日のお返事の中でお答えいただけなかった点について、質問いたします。
私たち障害者及び難病者は、今回の報道によって、私たち自身の中の「死んでしまいたい」という気持ち、及び世間や周囲の人たちからの私たちに対する「死んでもいいのではないか」という気持ちが強まった、つまり私たちの命が脅かされたものとして、大変危惧しています。
各項目ごとに真摯な回答をお願いしたいです。
質問内容は、私たちの生命に対する権利や尊厳に関わるものであるため、NHKからのご回答について他メディアにも知らせる場合もあること、ご了承ください。
質問1.夜の9時台の番組で、難病を苦として人が自ら命を絶つシーンが実写で放映されたことは多くの視聴者にとって衝撃的でした。私たちは、人は苦しまず、安楽に死ぬことができる、というメッセージを受け止りました。しばしば、自らもう死にたいと思い、あるいはまわりの人から早く死んでほしいという思われやすい私たちにとっては、自分を早く殺せるラクな方法があると分かりました。死の淵に立たされやすい私たちに、そうしたラクな死に方の方法を伝えたことの意味や影響について、どのようにお考えでしょうか?
質問2.今回報道された死が正確には「幇助自殺」であることはご存知だったと思います(スイス国内でも正式には「安楽死」という言葉ではなく「幇助自殺」と言われます)。自殺に関する報道である以上、「自殺予防 メディア関係者のために手引き」(以下「自殺予防手引き」)やBPOの放送基準も参照されるべきですが、今回の番組報道にあたって、それらはどの程度考慮されたのでしょうか?
質問3.医師幇助自殺が、障害や難病や介護苦を逃れる「問題解決法の一つ」となる事実が今回の番組の中で紹介されました。「自殺」を「問題解決法の一つであるかのように扱わない」とする「自殺予防手引き」の指針について、どう考えたのでしょうか?
質問4.「ライフサークル」等の国外の自殺幇助団体が紹介され、さらにその団体とのやりとりの様子や死に方までが紹介されていました。自殺の手段やその生じた場所について詳しく伝えないとする「自殺予防手引き」の指針に抵触すると思われますが、どのように判断しましたか?
質問5.「自殺予防手引き」には「見出しのつけかたには慎重を期する」とありますが、ドキュメントのタイトルに、「幇助自殺」という正確な言葉ではなく、「安楽死」という多義的な言葉を選んだ理由はなんでしょうか?(なお、ご存知の通り、安楽死という言葉はナチスによる障害者大量虐殺や津久井やまゆり園被告の障害者殺傷事件において用いられた言葉であり、安易に公共放送が用いるべき言葉ではないはずです。)?
質問6.「自殺予防手引き」に「どこに支援を求めることができるのかということについて、情報を提供する」とあるように、自殺に関わる報道にあたっては、生きるための選択肢、支援の提供先などについての情報提供が同時に十分に報道されないといけませんが、それが今回の報道では一切ありませんでした。なぜでしょうか?
質問7.BPOの放送基準(46)には「社会・公共の問題で意見が対立しているものについては、できるだけ多くの角度から論じなければならない。」とあります。いわゆる安楽死をめぐる議論は、「社会・公共の問題で意見が対立しているもの」と思われますが、NHKは今回のドキュメントが「できるだけ多くの角度から」論じられたものと判断されていますか?
質問8.今回のドキュメントの冒頭近くの「多系統萎縮症」の説明において、病院ベッドに横わるいかにもむごたらしい様子の患者の画像が使われていました。ベッド上で寝たきりにならずに在宅で過ごす患者も多数おられるのに、こうした画像を用いた意図はなんでしょう?
質問9.難病を患って生きる過程においては、当事者や家族の努力だけではなく、医療や福祉の関係者の見解、支援の程度も当事者のQOLに関して大きな影響を及ぼすことは現代の常識と思います。今回の番組で、当事者や家族の思いばかりが伝えられ、医療者や福祉関係者の見解、その支援の内容や量が紹介されなかったのはなぜでしょうか?
質問10.社会的支援を得て地域で自立生活している障害者や難病患者は多数おられます。国政に立候補し国会議員になった最重度の障害者(難病患者)もおられる時代です。今回の番組の中で、このように生き生きと社会的に活動している難病患者を紹介できなかったのはなぜでしょうか?
以上
添付資料
自殺予防 メディア関係者のための手引き
ーメディア関係者のためのクイック・リファレンスー
- ・努めて、社会に向けて自殺に関する啓発・教育を行う。
- ・自殺を、センセーショナルに扱わない。当然の行為のように扱わない。あるいは問題解決法の一つであるかのように扱わない。
- ・自殺の報道を目立つところに掲載したり、過剰に、そして繰り返し報道しない。
- ・自殺既遂や未遂に用いられた手段を詳しく伝えない。
- ・自殺既遂や未遂の生じた場所について、詳しい情報を伝えない。
- ・見出しのつけかたには慎重を期する。
- ・著名な人の自殺を伝えるときには特に注意をする
- ・自殺で遺された人に対して、十分な配慮をする。
- ・どこに支援を求めることができるのかということについて、情報を提供する。
- ・メディア関係者自身も、自殺に関する話題から影響を受けることを知る。
(WHO「自殺予防 メディア関係者のための手引き」(2008年改訂版日本語版)訳 河西千秋)
放送倫理番組向上機構(BPO)「放送基準」抜粋
- (46) 「人心に動揺や不安を与えるおそれのある内容のものは慎重に取り扱う。」
- (47) 「社会・公共の問題で意見が対立しているものについては、できるだけ多くの角度から論じなければならない。」
- (49) 「心中・自殺は、古典または芸術作品であっても取り扱いを慎重にする。」
- (55) 「病的、残虐、悲惨、虐待などの情景を表現する時は、視聴者に嫌悪感を与えないようにする。」
- (56) 「精神的・肉体的障害に触れる時は、同じ障害に悩む人々の感情に配慮しなければならない。」
NHK放送基準
第9項 風俗
1 人命を軽視したり、自殺を賛美したりしない
*作成:小川 浩史