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中村佑子「私たちはここにいる――現代の母なる場所[第9回]」を読んで

村上 潔MURAKAMI Kiyoshi) 20190708−

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last update: 20190710


◆中村佑子 20190706 「私たちはここにいる――現代の母なる場所[第9回]」『すばる』41-8(2019-08): 290-309

 簡潔に一言で言うと、私は今回の結論に強い戸惑いを感じた。それは、中村さんが自身の志向性を、「権力や暴力という「力」を脱臼させること。支配―被支配関係に彩られている父権社会を中性化すること、そのシステムの構造自体を転ばせること。革命への希求があるとすれば、それは権力の奪取、つまり母権化ではなく、中性化であると」(p.309)と集約して述べたことによる。
 [1]まず、「脱臼」とか「転ばせる」とはどういうことなのか。私にはすぐに想像できない(304頁の「秩序を攪乱する」、305頁の「意味を宙づりにする」とほぼ同義で使っているのだろうが、精神分析的な思想の枠外にどう適応できるのか、わからない)。なぜこのような言葉で言い表されているのか。そして、それらの表現が指す内容がどのようなことであったとしても、おそらく、父権的な権力・暴力とその構造に対峙するスタンス・戦略としてはかなり「穏当」なものなのではないか、という危惧が頭をよぎる。ではなぜそれが父権社会に「革命」的な変化を促す(促しえる)と位置づけられているのか。
 [2]「中性化」とは何だろうか。中村さんは、父権(社会)に対抗するうえで、「「母権」社会をつくりたいわけではない」(p.309)、「一つの革命を、社会の「女性化」として成し遂げたいわけでも」(同)ない、「女性が覇権をふるう天下国家をつくりたいわけでもない」(同)、と――私には必要以上と思えるほど――注意深くエクスキューズしたうえで、「母権化ではなく中性化」と述べる。この文脈でふつうに考えれば、「中性」とは父権と母権の「真ん中」ということになる。なぜ真ん中に落ち着いてしまうのか。端的にわからない。今回の話の流れからいって、「クィア化」なら――いささか既視感のある落とし方という印象を与えかねないが――理解できる。なぜ真ん中をとる「中性化」なのか。
 これまで中村さんは、様々な想定されるリスクを引き受けつつ、実直に「母性」・「母子」・「母体(母胎)」・「女性性」の体験・感覚・感情・現象・表現を探求し、それらの共有・共振可能性を模索し続けてきた。それは確固としたリアリズムに基づいていたし、微細な観察、記憶の遡及、見えざる存在との「対話」といった丁寧な作業と、熟慮の末に言葉を選び差し出す格闘的な思考と、なんとかしてこの問題を人々と分かち合いたいという強靭な意志によって支えられていた。もちろん、この第9回も、である。特に、305頁から306頁にかけてと、307頁から308頁にかけての記述には、その蓄積の成果が象徴的に示されていると言っていいだろう。たんなるレトリックではなく、皮膚や粘膜のレベルから人間を取り巻く世界(光・闇・空気・音・水……)を、人間の生(・性)と社会を捉え(直し)ていく視点。中村さんのそうした叙述/表現は、圧倒的な示唆力を担保している。
 それだけに、であるからこそ、結論の言辞を私はそのまま受け入れられないのだ。「脱臼」や「中性化」では、間違いなく、「熱病のような彷徨い」(p.307)や「圧倒的に魔術的な力」(p.308)を内包できない、体現できない。そうした動態や力のコアを切り捨て、「合理化」したうえで、戦略的に使うというのであれば、前出のような言葉に集約されるのだろう、おそらく。でもそれは確実に、中村さんが目指す方向性とは異なるはずだ。そしてなにより、ひりひりするような身体のリアリティや、多様な周縁的存在が抱える葛藤は、言葉の影にかすんでしまう。
 ひょっとしたら、次回を読めば、ここで示されたことの意味がわかるのかもしれない。ただ、いまの私はそれ(2か月後)を待てないので、ここで書いた。この困惑と違和感の「先」は、もちろん、中村さんに期待するだけでなく、私もしっかりと追究し言及していくつもりである。

■言及

◇中村佑子さん(@yukonakamura108)からの応答(2019年7月8日22:20)
 https://twitter.com/yukonakamura108/status/1148220211557892096
◇滋賀県立大学人間文化学部2019年度前期科目《家族論》「産むこと、“母[はは]する”ことをつかみ直す――資本主義と性/愛/家族、その先の地平」(担当:村上潔)
第12回(2019/07/09)

■引用


■本連載に関するページ

◆20181001− 「中村佑子「[連載]私たちはここにいる――現代の母なる場所」を読んで【集約】」


*作成:村上 潔MURAKAMI Kiyoshi
UP: 20190708 REV: 20190710
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