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渡辺一史さん岡本晃明さんと、書くことについて話す・3

遠離遭遇――人と時代を書く,主催:立命館大学生存学研究所,於:立命館大学衣笠キャンパス創思館1階

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last update:20211204

渡辺 一史
岡本 晃明
立岩 真也

◆渡辺一史・岡本晃明・立岩真也 20190602 「渡辺一史さん岡本晃明さんと、書くことについて話す」,遠離遭遇――人と時代を書く,主催:立命館大学生存学研究所,於:立命館大学衣笠キャンパス創思館1階
◆―――― 20190602 「渡辺一史さん岡本晃明さんと、書くことについて話す・2」,遠離遭遇――人と時代を書く,主催:立命館大学生存学研究所,於:立命館大学衣笠キャンパス創思館1階
◆―――― 20190602 「渡辺一史さん岡本晃明さんと、書くことについて話す・3」,遠離遭遇――人と時代を書く,主催:立命館大学生存学研究所,於:立命館大学衣笠キャンパス創思館1階

岡本 それでいくと、書く、本当にフリーの、フリーってあの、自由に書くのと、生活のために書く、暮らしのために書く仕事は、渡辺さんは明確に、

渡辺 明確に違います。ただ、だいたい、自由のためにと言って、仕事としての仕事だけで、時間を奪われてしまうんですよね。はい。

岡本 そうですね。

渡辺 だから今年はけっこう、自由に動ける年なんで、それで今まあ、やまゆり園の事件を少し取材して。植松聖っていう、まあ、あの犯人とね、今、横浜拘置支所にいるんですけど、面会を重ねているんですけど。まあそれは本当に、北海道にいて、横浜にこう、先月なんかは横浜に【20日】(00:34:34)ぐらいいたんですね。はい(笑)。その、札幌にほとんどいなかったぐらい。でそれだって、やっぱ宿代とか交通費とか自腹ですから、まあそれがかかるんですけど。それはしょうがないかな。はい。まあだからそういう感じで、えーとまあ、仕事のための仕事っていうか、生活のための仕事をすることによって本当にしたい仕事をする。時間とお金を稼ぐ。はい。その18年ですね。はい。

岡本 それと併せてもう一つ、あ、二つ。関係してますけど二つ、聞きたいのは、北海道ですとね、ある意味ローカルなんですよ。であの、ちょっとあの、京都における『京都新聞』の存在はですね、北海道よりも…、あの、みなさんご存知だと思うんですけど、北海道における『北海道新聞』の存在感ていうのはね、桁違いですよ。

渡辺 へー。

岡本 そうそう、ね。ほんっと違うんですよ。読まれる…、ほぼどの家も『北海道新聞』なんですし、競合する他の全国紙自体がないから、

渡辺 そうそう。まああるんだけど、朝毎読(ちょうまいよみ)、合わせても、道新の半分にも届かないですよね。常にそうです。

岡本 はい。ね。で、ちょっとそういうところで、フリーライ…、あの、フリーの価値観から見て、今のその、地方紙だとか、メディアの状況っていうのを昔と比べてですね、どう捉えるかなっていうのをお伺いしたいなと。

渡辺 いやもうほとんど新聞は、50代以下は読まないでしょう。それでネットでしか、ネットで読んでるじゃないですか、そういう、配信するニュース【だと別ですけど】(00:36:25)。それも知らずに読んでいるので。だから最近は朝毎読は完全にあの、これ以上、こっから先は有料ですよ、っていう記事がすごく増えてるんだけど。でも若い人は「じゃ、いいです。」ってなって読まないでしょ、【そういう人】(00:36:44)は。だからその、新聞の影響力っていうのは本当に【弱くなっているんじゃ】(00:36:49)ないですかね。でもだから、***(00:36:52)、やっぱりでも残るのは残るだろうし。そこでやっぱり新聞がなければいけないっていう…、あ、***(00:37:03)

岡本 ジャーナリズムです、新聞…、

渡辺 ジャーナリズムとかって。それはあの不可欠であるっていうのは、ネット時代も一緒だと思うんで。まあ何かしらは残っていくし、その、何かしらは公開されていくだろうし。まあそれは私自身がまあ、特に深く考えてないていうのは(笑)。まあ好きにしてほしいという、はい。

岡本 ああ、なるほど。だからあんまり、あれですね、我々はネットを中心に、もう活字よりもネットで、ってことはあまり考えておられない、

渡辺 考えてないですね。はい。だからそういうスピードとか速度とかそういう、まあSNSもまあ***【やらない】(00:37:45)し。もうだから、そういうものについていけない、まあそういうところから私は降りましたっていうところで。もう今51歳ですけど、40代半ばぐらいからそういう***(00:38:00)ていうか。で昨日も立岩さんに聞かれて。やっぱもう東京とか大阪に僕は住めない体になってしまったっていう(笑)。よくみんな東京、大阪に来る…。まあ、実家はまだ兵庫県の川西市っていうところにあるんですが。いやあ、よくこんな阪急電車の、このスシ詰めの阪急電車に【みんな乗って、よく】(00:38:22)我慢してるよなあって思うぐらい。東京行っても羽田に着いた瞬間、やっぱり北海道に帰りたいっていう***(00:38:30)は感じたし(笑)。やっぱりその、そういうところからもう僕は降りた【っていう】***(00:38:37)。そこだけで、自分にできることを書いてくし、やっていこうっていう感じですね。はい。

岡本 で…、何で僕が司会のように、

渡辺 (笑)

岡本 (笑) あの、立岩先生はまあ研究者なんで、ネットを使い出すのめちゃくちゃ早かったし、まずデータベースの出し方も含めて、めちゃくちゃ【対応】***(00:39:02)すごい***(00:39:03)と思いますけど。まあそうですね。どういうその、まあ何て言うかな、そういうジャーナリズム的な状況とネット技術とかも含めて、***(00:39:13)、立岩先生、

立岩 はい。じゃ何か、喋りますね。はい。だいたい始まってから2時間近くになって、3時間はやんなくていいかな、と思ってます。…のですけれども、その間ぐらいで適当な時に終えますので、まあ飽きてない人はいてください。どっちでもいいです。
 それで、何の話だった…、今、岡本さんの話、継いで言うと…、何の話しようかなっていうか、どういうポジションで…、みんなそれなりに、どういうポジションを取ることによってものを書いてくかっていうことに、やっぱりそれなりに長年こういう仕事してるので、まあ自覚的にはなってくるわけですよね。…た時に僕、意外と渡辺さん、貧しいけれども正しい選択をしてんのかなっていうふうに思って。カツカツ稼いで…、まあ簡単に言うとそういう話だよね。カツカツ稼いで好きなこと書くっていう。「そういう人生を俺はやってんだぜ。北海道だ。文句あっか。」みたいな(笑)、そんな感じで。これかなり実は正しい人生なのかなと思いながらも、聞いてたんですけど。
 でまあ、それはそれとしてね。まあ違うかもしんないけれど。僕はこの世の中で最も読者のことを考えていない書き手であるというふうに、きっとみんな思ってるわけですよ。ね。「最低なやつだ。」ってみんな思ってるんですけど。実はそうでもなくて、と自分では思っていて。どういうふうにものを書くかっていう、あるいは書くかっていうか伝えるかっていうことは、まあ時々は少なくとも考える。
 で、さっき岡本さんが色々話してくださっているときに、いくつかページを映しましたよね。で例えば…、でもさ、その時その時で、新聞書いてる人のストレスは分かるわけですよ、本当に何百字とかしか記事書けないから。そりゃすごく分かるんだけれども。でも人間そんな長いものしょっちゅう読みたかないわけだし、そんな暇もないわけだから。見出しがギョッとあって、記事がパッとあって、それを見て分かるってことっていっぱいあるわけじゃないですか。だからまあそれが紙なのかオンラインなのか分かりませんけれども、そういった需要っていうのはなくならないし、なくなってほしくないし、で実際なくならないって思ってるんですよね。
 ただそういうことをずっとやってった時に、当たり前ですけども、昨日起こったことは明日はだんだん、ちょっとずつ忘れられていくだろうし、ひと月、1年経ってしまえばすっかりってことになる。そういう時にその、学者、研究者っていうのは何するかっていうことがあって。しかも単に研究者だって自称してるだけじゃなくて、こういう立派な建物を所有されている大学から給料もらってですね、それで普通に生きていけると。暮らせていける人間っていうのが、どういうふうにって言った時に、一つ、ずっとこの頃何十年も言ってきてるのは、後追いをすることだと。きちんとね。つまり、前を走っていく、それは運動家であったり場合によってはジャーナリストであったり、そういう人たちが先頭切って動く、あるいは伝えるっていった時に、で、なおかつそれで暮らしていくっていう厳しい世界を生きてる時に、とりあえず給料は保障されてる。しかもその自分の書いたもので飯は食わなくていいって、ある種特権的なことでもあるわけですよね。とすれば、売れなくてもあったほうがいいものを自分たちは作っていくって、そういう役割があるんだろうと思ってるわけですよ。
 例えばその、さっきサン・グループ事件のことを岡本さん記事に、何年も経ってからもう1回記事にしてあったけれども、サン・グループ事件って誰…、どのくらいの人が知ってます? まあ僕はかろうじて、いくつか知らないことはないぐらいですけれども。ここ20年、30年とっても知的障害、精神障…、まあ障害持ってる人たちが、まあもっと古いと大久保製壜とかですね、何個かそのシンボリックな、シンボリックなものだけでも何個かの事件があるわけです。だけれどもそういうものっていうのは、まあその時にちょっと話題になったとしても消えてくわけですよね。それはよいかっていうと、よくないわけですよ。そういった時に、新聞記事の類も含め、色んな資料も含め、それを集めて保存して、なおかつ公開できるものは公開する。それははっきり言って、読んで楽しいかっていうと楽しくもないし、分量的にはすごい量になるし。紙の本にしたら高いし、売れないし、つまんないしっていうか、少なくとも積極的に読みたいっていう気持ちにはならない。でもそういったものをストックしていくって仕事は、研究機関、まあ言ってみれば税金を使わせていただいてですね、研究費をいただき、でまあ、収入を得ているっていう、個人であったり、あるいはここは、今日やってるのは研究所の主催ですけれども、研究所が回ってるって時にせめてやんなきゃ、やっといた方がいい仕事だなっていうふうに思って。で、そういう時には、ウェブっていうのはそれなりに役に立つわけですよ。だってまあ情報更新に多少の手間とお金はかかるにしても、紙でいちいち刷ってるわけでもないしね。でアクセスはタダでできるわけだし、アクセスしたい人はできるっていう。そういうことをやんなきゃいけないって思っていて、やってます。
 でそういう目で見ると、本当に日本の…、日本に限んないんだと思うんだけど、学者、バカで。バカっていうか、バカじゃないんですけど(笑)、仕事しないね。バカじゃないんだろうけど、仕事しない。ってのは本当に思っていて。例えばそのサン・グループ事件のことにしてもですね、1個の事件っていうのをきちんと追っかけて、資料そのものはサイトに載っけるとしても、要するにこの事件は何だったのかっていうことについて、一つの事件について本来であれば一つの、あるいは二つの三つの論文が書かれるべきなんですよ。だけどそうしたものっていうのは本当に少なくて。ダメですね。研究者はね。研究機関もダメですね。だから、そういうことはやんなきゃいけないっていうふうに思っています。
 それからあともう一つ言うと、読者のことを何も考えてない私はですね、そう言われりゃそうなんだろうけどね、まあまあ、居直ってもしょうがないんで、学者っていうのは同じことを2回書く必要はないっていう、基本的にはそういう職業なんです。新しいことを発見したら、それを1回書いたら2度目は単なる繰り返しなので、それは論文ではない。まあそれはその通りなんですよ。だけれども僕は別に、どっかでものを書くっていうことを楽しみにしてるって側面はなきにしもあらずですけど、でもやっぱり、僕は60年生まれで、68、69って人たちだったってのがわかったんですけど、どっちかっていうとっていうか、出自的にはやっぱり社会運動上がりなんですよ。そのために文字を書いてるっていう部分もある。そうすると、1回だけ正しいこと言やあいいっていう世の中じゃないわけです。だから同じことを繰り返して言う。例えば『聖教新聞』、創価学会の新聞読む人は『赤旗』読まないだろうし、まあその逆も真なりということになると。そしたら僕は同じことを、求められれば『赤旗』にも書きますし『聖教新聞』にも書く。そういうような、まあ手間。それを例えば50枚、あるいは500枚、1,000枚って本にも書けば、口語体でウェブの媒体にも載せるっていう、そんなようなことをやってるわけです。ちなみにですね、僕は書くのは、何かややこしいことを書いてるけれども、例えばオンラインの新聞で。
 ちなみにそのオンラインの新聞の話とかもすると、マニアックな話がいっぱいできるんですけれども。『BuzzFeed』っていう、昨日もそこの『BuzzFeed』っていう新聞、オンラインの新聞社の岩永さんっていう記者が取材に来てましたけれども。昨日…、今日朝見たら、ツイッターで僕の写真とか出てて、「え? いつの間に写真撮ったん?」とか思ったんですが。それはいいんですけれども。例えばあそこはですね、アクセス数が多くなるとボーナスが付くんですよ。アクセス数に応じて、だって。っていう話を聞いたり、「ああ、そういう商売してんだなあ。」って思ったりする。それからやっぱりね、直される。「あなたの文章はよく分からない。」とか言われて(笑)、岩永さんに直される。僕は何か、悲しいですよ。(笑) 悲しいですけど、最近は結構言うことを聞くことにしてんな。もう、もう、見ない。「仰せの通りです。直してください。そのまま載せてください。」っていうのに近い。けど、でもそうやってびびってるわけです、本当はね。だけど最後の瞬間にもう1回見ると、やっぱり「違うわ。」って思って(笑)。ニュアンスが違うとか、中身が違うって思って、「もう1回直させてください。」ってやってるわけです。で、それで結果として分かりやすいように見えたりするんだが、あれね、結構、普通に文章書くより手間なんだよね。それなりの手間暇かけて、『ハフィントンポスト』とか『BuzzFeed』とかそういうものには書いてるっていう。まあこれは、以上は愚痴ですけれども。まあそんなふうにしてメディアと付き合うっていうかな。色んなその手練手管。一方で後ろの方に控えて、ちゃんとこう集めて、とっとくみたいな地味なことを、一方では一番後ろに引いてやるっていうことと。でもそれだけじゃダメだから色んな媒体使って同じことでも繰り返して、短い話やら長い話やら、口語体で書くときやら、何かややこしい話をややこしく書く時とか。とかそんなふうに。それがせいぜい僕がやろうとしてることっていうか、やれてることかなっていうようなことをまあ、思いながら聞いておったのです。
 あとですね、僕ら的に楽しい話としては「本ってのは一体いくら売れるんだ?」とかですね(笑)。「印税、印税って、何かみんな言ってるけど、印税って何だ?」とかですね、そういう話をすると僕はとっても楽しいのですが、それはそういうリクエストがあったりしたらしようかなと思って。一旦ちょっと、ちょうど1時間ぐらい、2時間ぐらいが経ったところで一旦切りたいと思いますけど、どうしましょうかね? お二方? いっぺんフロアーに回すか、何かでも、「もっと喋るぞ。」っていう人は、喋ったらいいと思うし。



渡辺 何か聞きたいことがあれば、そういう感じで、

立岩 そうですね。それはいいですね。というところで、本当に何にも計画性のない今日の企画なんですが、もう最初からそれでいいと思ってるんで。今日は本当にね、ある種の書き手たちとしてどういう?っていうふうな話を、主(おも)にはしましたけれども。それこそ渡辺さんであったり、岡本さんの取材の中身、言ってることの話の中身も全然含めていいので、聞きたいこととかあったら会場からお受けいたしますが、いかがでしょうか? 
 はい。彼女はなかたさんっていう、僕の勤め先の大学院の大学院生でもある方です。

なかた ここの大学院生のなかたといいます。せっかくなので渡辺さんに聞きしたいんですけど。「地方とは何か?」ってこともこれから追っていきたいし、福祉の方もいきたいんだっていうことをおっしゃってたと思うんですけれど、これから先何年間かかけて新たなことを書かれていくと思うんですけど、今後どういったことを書こうと思ってらっしゃるかってことと。あと個人のジャーナリストととして、組織ジャーナリストっていうのの対比みたいな話が出てきたかと思うんですけど。今度、障害の分野とかって研究者なんかもいっぱいいる***(00:52:34)、でそれは個人のジャーナリストから見ると、学問的なっていうかそういう論文とかの書き方ってどういうふうに見えるのかなっていうのをちょっとお聞きかせください。

渡辺 あ、すごく面白い***(00:52:50)。

なかた はい。お願いします。

渡辺 これからやりたいテーマは、まあ先ほど言ってた、今当面やりたいこと本当たくさんあるんですけど、たくさんあるが【ゆえに】(00:53:03)どれもはかどらず。どれもはかどらずっていうか(笑)。いや、本当にやりたいことはたくさん。
 例えば「地方」で言うと、私札幌にもう今年33年目なんで、「札幌って何だろう?」ってことはすごく前から気になっていて。『北の無人駅から』を書いた時は「北海道って何だろう?」ってことを色々な側面で、まあ農業漁業、それから地方自治とか環境問題、それから観光っていう問題ですね。北海道、観光っていう産業が非常に重要ですから、観光。それからあの、まあ市町村合併を通した地方自治の問題。それから限界集落って問題とか。そういう色んな問題を切り口に北海道っていうものは描いたんだけど。札幌っていうまあ北海道の中で、いわゆる日本における東京なんですけどね、「札幌って何だろう?」っていう。まあ私札幌に今住んでいて、東京、大阪とか、関西とか来るたびに、札幌にやっぱり住みたいって思いがすごくするのはなぜだろうっていうことを、ちゃんと自分なりに突き詰めたいなっていうのもあるし。それは話すとキリがないんですけど。
 今、北海道の人口550万人くらいだから、もう3分の1が札幌市になるんですね。だから3人に1人は。190万人都市、190万都市で非常に、日本の中でも5番目の都市なんですけどね。で例えば札幌の特徴をあげると、少子…、あの、出生率が東京並みに低いとかね。ちょっと意外でしょう? 何か沖縄は非常に高いんだけど、札幌は非常に低いんですね。それから離婚率が非常に高いとかね。私もあの、バツイチなんで、その一隅を(笑)、えー、あれなんですけど。まあそういう、いわゆる札幌って町がどういう町なのか。札幌、都市って、まあ日本にあるこう、地方都市って何だろうっていうような、東京…、東京、名古屋、大阪以外の都市って何だろうっていうことをちょっと突き詰めたいなっていうのが、地方ってことに関する***(00:55:20)ですね。
[00:55:21] それから何だろう、あとまあ福祉とか医療関係は色々興味あるんですけど。例えばソーシャルワーカーっていう仕事もすごく、何か掘れば深そうだなっていう気がするし。だから「やるやる」って言っていつまで経ってもやらないっていう(笑)。あの、編集者が決まっていて、あの「どうですか、進んでますか?」って言うから、「いや、進んでません。」っていう***(00:55:47)なんですけど(笑)。
 まあだから今、今***(00:55:51)でいるのは、まあさっきも言ったように、やまゆり園の事件を起こした植松聖とのやりとりにやっぱりこう…、何て言うかなあ、うーん。その、3冊目に書いた『なぜ人と人は支え合うのか』っていう、ちくまプリまー新書。これ…、あ、すみません、ありがとうございます。これは、実際に植松被告に会わずに書いたんですね。会わずに、会った人の証言などをもとに、それから事件で報道されている報道をもとにした、私なりに作り上げた植松像に対して「本当に、障害者って生きてる意味がないのか」とか、「何で税金を【して】(00:56:37)まで、老人とか障害者を支えないといけないのか」とか、あるいは、よく言われますけどね、あの「自然界は弱肉強食なのにどうして人間社会っていうのは、弱者をわざわざ助けるんだろう? やっぱり強いもの、弱肉強食で強いものは、要するに弱いものの遺伝子を残していくっていうのは自然の摂理に反するんじゃないか?」って、そういう素朴な疑問みたいなのがありますよね。やっぱり相模原のやまゆり園の事件を通して、やっぱりそういう問い自体が、ネットの、まあ、中心にこう渦巻いている、その問いに対してちゃんと真正面から答えなきゃいけないということを自分なりにこう、答えを出した本なんですけど。ま、それも【所詮は】(00:57:34)植松聖っていう、その事件を起こした犯人に会わずに書いたんですね。ただそれ以降、あの本を植松聖に送ってどんな反応が返ってくるか、まあまず手紙のやり取りをした上で面会をするようになったんですけど。やっぱ会ってみるとね、そう単純ではないというか。ちょっとまだ言葉になかなかならないんだけど、やっぱりその、実際に会った植松像っていうのはね、やっぱりね、こう何て言うのかな、単純に…、えー、単純に、何て言うのかな、【愚か者だな】(00:58:11)という。単純には、僕は、色んな側面があるし、非常に見かけは礼儀正しくて、20代なんだけど若者言葉一つ使わない、すごくね、律儀でね、礼儀正しい人でね。それで、差し入れなんかするとちゃんとお礼状を書いてきてね。そういうのって今の若い人、20代で、あの、…の人なんかは今あんまりいないですね。言葉遣いも非常にこう丁寧だし。だから色んな側面が見えてきて。でまだ、まだまだその***【伝えていきたい】(00:58:46)。本当に彼の人間像っての、なかなか【分かって】(00:58:50)いくごとにだんだんこう興味を抱いてきたので、まあそれをちょっと時間をかけてやっていきたいな、と思っている理由がですね。はい。
 あと何でしたっけ? あ、アカデミズムね。ごめんなさい。アカデミズムは、私はよく潜入ルポという形を取るんですね。例えば鹿野さんのグループにも潜入していって、それがよくあるノンフィクションの手法なんですけど。それから『北の無人駅から』を書いた時も、ある農家の取材ね、農業の取材、米農家の取材、こう潜入していくわけですね。で、自分もこう農作業を手伝いながらとか、そういう形でやっていく手法を私は取るんですけど。それは社会学でいうと、参与観察っていう手法が…、これはでも、新しいです***(00:59:38)、

立岩 そう、ですね。うん。でも割と、ここ2、30年、流行りっちゃ流行りなんだけど。うまくやれてるかどうかは別としてね。

渡辺 じゃ、ノンフィクションの中で潜入ルポっていうのが結構出てきたのと、どっちが早いんですかね?

立岩 それはノンフィクションの方が早いと思うけど。ただその、参与観察っていうのは基本的には潜入じゃない。だから身分を明かして入るっていうのが、まあそれは基本なん…、基本は基本。

渡辺 私もそう、潜入って言いながら身分は明かしてます、ちゃんと。

立岩 うん、うん。そうだよね。

[01:00:10]
渡辺 で、そこで、入り込んだ私っていう視点を通して、うーん、その対象を描いていくっていう手法なんだけど、それはまあ社会学的には参与観察なんで。例えば私、親しいその、『なぜ人と人は支え合うのか』に出てきた深田耕一郎さんっていう福祉社会学をやっている研究者の人はまさにその手法で『福祉と贈与』という本を書いていますけど。それは新田勲さんっていう非常に、障害者運動にとっては大切なっていうか重鎮中の重鎮というか、有名な方なんですけど。その参与観察、深田さんの参与観察を通して、新田さん、勲さんの自立生活を、本当に詳細に描いた名著だと思うんですけど。なのでやってることはあまり変わらないんですね。うん。ただ私はどちらかって言えば一般読者向け、参与観察っていうかアカデミズムはやっぱり専門家向けっていうそういう区分けがあるだけなんじゃないかな、と思うんですけどね。

立岩 うん。僕、渡辺さんの本を紹介した時に、てかその時じゃないけど、そのあととかって、「これ何か、嘘みたいな先行研究の紹介とかちょちょっとつけてね、出しちゃったら、博士号なんかすぐあげちゃうよ。」みたいな(笑)。

渡辺 (笑)ああ、そうかそうか。そうだった。そういうふうに書いてくださった、

立岩 だから何だろな、「ま、別にいいじゃん」みたいな。文章って、

渡辺 ちょっと複雑な思いとして、僕はむしろ、例えば深田さんの本※なんかは読んだ時に、参与観察のね、すごく優れたアカデミズムの本に「これちょっと工夫すれば、ノンフィクションになるのに。」って逆に思うんですけど。
※深田 耕一郎 2013/10/13 『福祉と贈与――全身性障害者・新田勲と介護者たち』,生活書院,674p. ISBN-10: 486500016X ISBN-13: 978-4865000160

立岩 いや、そういうことなの。

渡辺 (笑) そうそうそう。どっちでもいい。

立岩 どっちでもいいってか、あの、うん。言い方、いいのかどうか分かんないけど、僕は本当、面白けりゃ「いいな。」と思うんですね。ま基本、究極的にはそう思っていて。そうした時に伝えるって、て言うか、何か妙なこと言う人はいるわけですよ。「これはノンフィクションだけれども、論文じゃない。」とか。ま、言いたいこと分かる時もありますよ。もちろん論文を通すっていうことを考えた時に、まあお作法っていうの一応あってね。一応守んないといけないことになってるんで、それはまあ一応守るけど、それはまあ本当にどうでもいいっていうか、…なことであって。って思うんだよね。

岡本 もう一つ、あの辛口***(01:02:35)言いますと。僕も***(01:02:38)取材もして論文になってる、まあ支援をしたようなケースが書かれるっていうと、一つのものがあの、あれですね、論文にする時に匿名にするし、データに対する、

渡辺 それは絶対なの?

岡本 いや絶対ではないです。でもする人が多かったり、それが流儀やと思ってる方がおられるから、もったいないなと、すごく書き手としてはそう思うし。えー、…と思いますね。本当はいい論文で、古いやつを含めて、***(01:03:09)も実名で書いて、人の生き様が分かるようないい論文たくさんあるのに。A、B、Cだとか、***【いちいちこんな】***【集計が】***(01:03:19)ないと思うんですけど。集計してこう、傾向***(01:03:26)こんなんやな、とか、

立岩 立場上、「集計くだらない。」って言えない立場ですが。

岡本 (笑)

立岩  ま、あの、それは置いといてね、だけど、いくつか言いたいことあるんだけど。その匿名、匿名じゃないっていうのは、学術論文の条件でも何でもないんですよ。

岡本 ああー。

立岩 僕は可能な限り実名でいくべきだっていう、ずっとそういう立場で、僕自身そういうふうにしてると思います。それからさっき渡辺さんが褒めてくれた深田さんの『福祉と贈与』だって、新田勲って書いたら、

渡辺 これ実名ですよね。

立岩 新田勲の話なんですよ。誰が見たって新田勲で。ね、やばい話も含めて***(01:04:07)くるっていう。で、それがそれで何とかなるんだったら、それに越したことはない。それは学術的にもそうでね。つまり誰かが第2作をっていうのがありうるでしょう。そういう時にやっぱり「新田勲のことを深田はこう書いたけど、俺はこう書く」とか、そういうこう連続性みたいなものが匿名にしちゃうと失われてしまうじゃないですか。それはね、アカデミックにもダメなんですよ。むしろ「この人のことを書いてるんだ」と。Aさんが毛沢東のこと書いてて、Bさんは同じその毛沢東について書いてるの分かんなきゃさ、意味ないじゃん。本来であればね。っていうようなことも含めて、実名主義っていうのは、可能な限りそれの方がいいことの方が多いと僕は思ってるし、実際そういうふうにしてる。
 それからね、調査倫理的なこともさ今日はあんまり言わないようにするけれども、みんなびびりすぎてるんだよね。例えばこれも時々、その潜入っていうか、渡辺さんなんかまあ聞きたけりゃ聞きたいとこ行って聞いてくるわけじゃない? それで基本いいわけですよ。あとの理屈はあとで考えればいいとかって。だけど何か一番遠慮するやつって、今、何だろう。例えば昨日の話で、国立療養所って施設に行って話を聞くって時に、その施設の人に了解取んなきゃいけないみたいなことを、そんな最初からそういうふうに思っちゃってる人いるよね。それは大間違い、

渡辺 結構厚かましくいけば、それはそれで通るっていうか、

立岩 もちろんそれはね、その中の人間関係に配慮すべきだとか、その入居者が、渡辺さんなんかが行っちゃうことによってあとあといじめられたりとかね。そういうようなことは最大限もちろん考慮すべきだけれども、だけど、っていうことですよ。それが二つめ言いたいことで。
 あと、自分を出さないみたいなのが学術論文だと思ってる人もどっかでいるでしょう。それも違うわけですよ。もちろんそういう論文をいっぱいありますけれども。例えばさ、これも時々授業で言うんだけど、人類学の本の中で何が有名かっていうと、『悲しき熱帯』ですよ。レヴィ・ストロースですよ。レヴィ・ストロース、自分のこと書いてますよ。アマゾン、河行って、河で泳いだ話とかしてるわけでしょう。ていうので、例えば古典として学術的なものとして残ってるものの素晴らしいもののいくつかは、本当に自分が書いてるって、レヴィ・ストロースが書いてるって分かるように書いてるっていうものであったりもするわけだよね。
 それから一応その、思いみたいなものが出しちゃいけないのかっつったら、例えば立命館がいっぺん呼んだことあるけどアラン・ヤングって医療人類学者いるんだけれども、PTSDについての医療人類学ってこんな、みすず書房から高い本出してますけど。それは、それこそ参与観察してて。何かPTSDって、分かるんだけど、ちょっとヤラセっぽいとこあるわけね。どういうことかっていうとその、ベトナムの戦争がらみでさ、戦争でやられて帰ってきて、それに、まあ言ったら、政府のお金出させなきゃいけないって。その時にまあ「これPTSDだ」って。そういう話をアラン・ヤングしてるんだけれども。そのセッション、PTSDの人たちと支援者がセッションやってるんだけど、まあ直感的に彼、嘘っぽいと思ったわけ。そのシチュエーションが。で「何かむかつく」とか書いてある…※、いや、英語で何て書いてあるか分かんないんだけど、日本語の翻訳でちゃんと、ちゃんと著者が、「この場面は見ててもイラついた。」とか「むかついた。」とか書いてるわけ。それはでもちゃんとね、医療人類学のアメリカのその年のアワード、賞をとってるんだよ。そういうものだって、探しゃいっぱいあるんだよね。
 だからあのね、学術論文のルールってので、ルール守ること大切だけど、間違ったルールをルールだと思い込んでる輩がいるっていうのは、ちょっと僕は、ちょっとじゃなくてよくないことだというふうに思います。そういうふうに無駄なルールを取っていくと、いい論文はいいノンフィクションに近くなってくし、というふうに僕は思ってるんです。
はい、ちょっと熱く語りました(笑)。はい。何か、何かありますか? はい。JCIL小泉さんです。はい。マイクお願いします。じゃ、まず、小泉さん。

小泉 昨日今日とありがとうございます。介助…、私はいつもは障害者運動の中にどっぷりと浸かっている立場と思うんですけども。それでね、「京都はいいですね。」とよく言われるんです。そんであの、京都は、障害者運動の中で私が思ったのは、障害者だけが頑張ったらあかんようになる、というところがあって。それでね、障害者のイメージっていうのが***(01:09:37)、イメージから入ってくる人たちが結構いますが、でもあの、それが、イメージとは違うものがあって。で変えようとして、***(01:10:07)て、この本を***(01:10:11)読んで、***(01:10:16)障害者のイメージを変えてくださってることがありがたい。

渡辺 あ、私が書いた本によって、障害者のイメージが変わったと。

小泉 それで、文章を書くっていう中で、書いている人はどれだけ人というものを大事にしてはるかっていうの、文章に出てくるかと思う。どれだけ触れ合えているかっていうのが、文章に出てくると思うんです。でそれで、岡本さんに質問があるんです。

渡辺 (笑) ああ、そうなんですね。今までは私を褒めてくれたわけですね。

小泉 ありがとう。

渡辺 (笑) こっからは岡本さんで。

小泉 ***(01:11:27)、ようけの文章の中***(01:11:33)記事てなると、短い文章で***(01:11:39)分かるんやけど、でもあの、人を大事に***(01:11:45)岡本さんの記事にも毎回感じるものがあるんやけども、でも、

岡本 あ、ちょっと、今あの、僕、大事なとこなんで、僕がもう1回繰り返して言うと、岡本さんの記事も感じるもんがあるんやけどって褒めていただきました(笑)。

渡辺 長い文章と違って短い文章で、短くまとめる時にってことでしょ?

小泉 質問は、あのね、ほんで私その時に、でも新聞記者の立場だと、偏ったものの見方をしたらあかんとか言われる時があるかと思うんやけど、そこの難しさがありますよね。私らは障害者の方を見てほしいって思いがあるけれど、***【こっちが先に来ても】(01:13:00)あかんやろと、その難しさをどういうふうに切り抜けてきたのかを。

岡本 分かりました。えっと、おっしゃってるのは、その、ジャーナリズムに求められる、中立性とか客観性っていうのを、どこにどう考えていくのかっていうお話やったんですけど。もう本当にあの、それでいくと、僕はだいぶ偏ってると言われることも多ければ(笑)、だいたいもうネットに出れば、「この偏った記者が。このやろう!」とかでも、罵倒の経験とかも何度も食らいましたので。あの、どう思いますかっていうと、自分の中ではちっとも偏ってるとは思わないし、むしろですね、中立を…、であるかのようにして取材するジャーナリズム、日本のジャーナリズムの習わしというか癖というか、それがどれほど当事者***(01:14:00)かなっていうふうに僕に考えます。
 例えば尊厳死、「呼吸器をつけずに尊厳死をするのに賛成ですか? 反対ですか?」って聞いて、賛成…、「反対派の意見を聞いたら、賛成派の意見も語らな。」とか、「両方見なきゃ。」とか日本の新聞はやってきました。それは僕は違うと思ってるし、世の中には両論じゃなくて、おかしいことはおかしいって言ってしかるべきってのがあって。別にあの、賛成の意見とか、いちいち尊厳死協会の意見を【あおがなきゃいけない】(01:14:36)とかってことは全くないって僕は、新聞でやってきてます。
 その辺はあの、何て言うんですかね、***(01:14:44)よりもむしろ二つある論点と言われるものを、***(01:14:52)間違えた賛否を作ることによって作っちゃってると思うので、まあ本当、それをむしろ崩すようなことっていうのをしなくちゃいけないと思ってるし。まあ逆に***(01:15:06)、僕はマイナーな『京都新聞』の中のいち…、マイナーな記者だから。世の中に【おこって】(01:15:13)、これで「この論点の賛否」なんて***(01:15:16)と思って書くっていうのもありますけども。
 まああの、中立性なんていうのは、本当にあの、誰かが…、「何が中立か」って思うこと自体がある種主観だから。それは本当にあの、何て言うのかな、えー、***【になってます】(01:15:34)。ただあの、これもちょっと大事な***(01:15:38)。「賛否両論」っていうのは取材する側からすると、楽なんです。本当あの、何て言うかな、えっと、むしろ楽なんです。どちらも両方の意見を書くっていうのは仕事した気にもなるし、深く取材しないでも、もともと今言われてる賛成派の人と反対派の人の話聞いてだから、そういうあの、なりますから。楽ちん、楽ちんです。
 でそういう時にですね、立岩先生【どういう意見か】(01:16:07)分からないけど。メディアだと何々の事件が、障害とか福祉とかの事件があったりすると、賛成派の方の学者、反対派の学者ってのは「テイストが賛成派・反対派」ってそういうリストが作ってあるんですね。両方から一言だいたい50字とか60字ぐらい、まあ***(01:16:28)、他の人と並べてバランス【取って】(01:16:30)報道しました***(01:16:31)けど。はい。まあ、それがバランスの…、バランスじゃないと思うし、とは思っています。はい。何か、参考になるかどうか分かりませんが。

立岩 はい。さっき、手をあげられた方いらした、そちら、北村さん、そちら。あ、あの、最初に一言、今録音…、録画はしてませんけど、録音はしています。で、最終的にあとで連絡がつき難い場合があるんで、その記録を残していいかどうかについて、今じゃなくてもいいんですけど、あとでも構いませんけれども、当方にお知らせいただければ、いたします。

質問者A これは、あの、一応、外部に出るということは?

立岩 ありうるということです。その場合に、今からの発言を再録するか否かに関しては発言者の権利っていうか、権限ってあると。

質問者A じゃ、匿名で。

立岩 はい、はい。分かりました。了解です。

質問者A 一応これは言わなけりゃいけないんですが、一応私は精神障害者でして。あの、30年経過して、やっとこの間、ドクターに診断してもらったら、「この次な、この次、通院来るか?」いうことで、「もうええやろう。」ということでね。薬も飲んでないんで。まあ自分ではほぼ健常者に近いんじゃないかと思うんですけど。えっと、ここの学校出てから、約50年、45年近くなってきますけど、ここのサークルの、あの、あの、えー。同窓会っていうか、旅行が今度来月の4日と6日にありまして、それが1年にいっぺんなんで。このタイトルに、これ、【えん、え、おんり、そ、そうふ、人と出会いを書くということで】(01:18:531)、あの、もう全部散らばっていて。ほれで、今度、あの、その時に15、6年になるんですけど、今度高山に行きますので。それで今、ちょっと年金と、ついこないだから、シルバー人材センターの仕事がちょっと入ってきてますので、それで、ちょっと臨時収入としてね、ちょっとえっと、あの、たて…、立いし、しんや先生とは、あのちょっと、あの『現代思想』という雑誌の稿料が、400字詰めで原稿用紙1枚千円って、いうこと書いてあったんで、

立岩 はい、はい。

質問者A これが、毎月40枚続くことなんで、それで***(01:20:03)、40枚はちょっと無理…、無理と思うんです。20枚ぐらいやったらいけると思うんやけど、まだこんなん、カツカツの原稿用紙に書くのはね、もうあの、小学校か中学校の作文以来したことないんですね。サークルの時に直にちょっと書かせてもらったぐらいで。あの、ちょっと今やったら、ちょっと、だいぶ、あの、書けるんじゃないかと思うんで、試してみたいと思うんですけど。あの『現代思想』という雑誌は、ちょっと分からないんだけど、何か他に2、3冊、こういう稿料が入ってくる雑誌、教えていただけないでしょうか。

立岩 「こっちが教えてほしい。」みたいな(笑)話なんですけど。そうなんですよ。原稿料って、みんな意外に知らないと思うんですけど。『現代思想』っていう、それは依頼が来ないと書かせてもらえない雑誌ではあるので、ただ「書きたいから」って書けないってものではあるんですけど。そうです。400字千円です。400字の字をただ入力するだけでもどれだけの手間がかかるんだって考えると、まあ安いですけど。
 同じ文章に僕、書いたと思うんですけど、どういうものが今ジャーナリズムを成り立たせるかって言ったときに、こないだも宮下洋一さんっていう、安楽死のことでノンフィクション、ま、つい先日日本のことを書かれた本を出版されたそうで。その企画をした美馬さんが、今日メーリングリストにも知らせがあったと思いますけど、彼とも話(はなし)したんですけど。やっぱりその、さっきもおっしゃったけど、オンラインの媒体って基本取材費出さないみたいなの、

渡辺 まあ基本は、

立岩 まあ基本、そうですよね。だから、

渡辺 オンラインどころか、えー、

立岩 そうじゃなくても出さないですよね。だから、それこそ一時期の沢木耕太郎であるとか、立花隆であるとか、そうした、その、

渡辺 まあ、雑誌が売れた時代ですよね。

立岩 あれはやっぱり『文藝春秋』って雑誌があったのかな。

渡辺 そうですね、***(01:22:15)各週刊誌、

立岩 たぶん、取材費も出すし、原稿料も、先ほど言ったその、

渡辺 原稿料はそんなに高くないです。『文藝春秋』も1枚5千円ぐらいですね。

立岩 まあそのぐらいですか。

渡辺 でも取材費は出るし、で、えーと、それはそれでまとまった量を書けば、えー、まあ100万円弱になったりするわけですよね。それが、また単行本になって印税がっていう、そういうシステムだったんです。

立岩 それがうまいこと回ってる時は、そんなに数、僕らだって、やっぱりノンフィクションのライターって名前が言えるぐらいの数しか、まあもともとそんなにたくさんいるわけじゃないんだけど、それでもそこそこいた時代ってものがあったけれども。例えばそういう『文藝春秋』とか『中央公論』とかまあそういった類。でもあそこはまあ何だかんだ言って筆一本の人たちを育てたっていう側面があるんですよね。逆にその岩波系の世界であるとか、そうなるともう本当に原稿料千円みたいな世界になってって、学者さんがおまけで書くみたいな。もう最初からそういう想定の稿料になってる。で、『文藝春秋』はそうじゃなくて、

渡辺 【『週刊現代』って、講談社が。それはもう廃刊になってしまいますよね。】(01:23:24) だから本当に今はまあ、そういう文章を書く媒体自体がないんですね。

立岩 ということは、あの宮下さんもおっしゃってって。まあこれからどういうふうにやってくかっていうんで、こないだもそれで酒を飲んでたんですけれども。彼一つ言ってたのは、今は書き手によってある種の「悪平等」っていうか、やっぱベテランのいい、まあ簡単に言えばいいものを書ける人とそうじゃないもので、例えばオンラインの媒体で「これ同じだと、それはないんじゃないの?」みたいなことを宮下さんはおっしゃってましたね。まあ、それもさもありなんってちょっと思いましたけれども。という生々しいというか(笑)、生々しいってほどの話じゃないですけどね。単なるお金の話でございますけれども。そんな話もあります。
 えっと、大体17時過ぎて2時間半ぐらい経ったので、ボツボツ終わりにしたいかなと思いますけれども。先ほども申し上げましたが、どうなるか分かりませんけれども、録音はしているので、文字化して、それをどういう形か、公開するとか、もちろん様々な了承を得た上ですけど、その可能性はあるということはお伝えしておきます。その時にはまた、僕はツイッターもフェイスブックもホームページもみなやってるので、そうしたものでお知らせしたりするということをしたいと思ってます。
 会場から、もうよろしいですか? はい。あ、実は3人もいたんだ。「何で。早く手をあげろよ。」みたいな。まあ、どういう順番でいきましょうかね。じゃあ、あえて真ん中からいきます。こちらのメガネをかけてる方。

坂本 貴重なお話をありがとうございました。この大学院生の坂本と申します。私は文章を書くことが結構好きで、よく携帯のメモとかに言葉を紡いだりしてるんですけど。日常を、何でもないありふれた中から、こう面白いところを見つけ出すとか。日常の些細なところに意味を見出すみたいな、そういう文章を書きたいなと思って。そういう文章を書くための切り口を、切り口を養い方、そういうの、

立岩 これ、渡辺さんですね。

渡辺 え? そういうのあの、障害学会の学会誌、何でしたっけ。

立岩 『障害学研究』

渡辺 の、エッセイの選者に(笑)、

立岩 なったんですか?

渡辺 (笑) ならされたんですけど。

立岩 すみません、ありがとうございます。

渡辺 あの、ぜひご応募ください(笑)。あの、いや、エッセイをそれを書いてみて、エッセイを書き溜めてもいいんじゃないですかね。それは、あ、書きたいのは何ですか? 小説ですか? エッセイですか?

坂本 書きたいのはエッセイです。

渡辺 あ、じゃそれは、もうやっぱり、一つ一つ作品を完結させていくっていうのはすごく大切なことなんで。それは自分で文字数を決めて。うーんと、そうだな、そんなに長く…、まあだからテーマにもよりますよね。それも大体分かってくると、「このテーマだとこれぐらいの文章量でまとまるな。」とかっていうのがあったり。あと新聞で大体あの、私の新聞のコラムなんかは絵を描いたり、あと読書エッセイとかまあ新しいんで最近持ってるんですけど、それも大体千字ぐらいですね。長くて千字です。千字っていうことは、原稿料が…、今の若い人は原稿用紙っていうのは逆にあの、イメージないから、千字って分かるのかな? はい。だから、大体千字ぐらいで一つのお話、読んで第三者が面白いなって思ってくれるような文章を書き溜めていくとか。それをなるべく他人に見せて感想を聞くっていう。まあそれはあの、ネットで公開するとかもそれはいいと思うし、そういう経験を経ていって、まあ、で自信作ができれば、今いくらでも公募の賞がありますから、それに出してみてください。それが一番あの、客観的な評価というか、それを得られるものだと思うし。やっぱり賞をいただく…、賞をもらうと、やっぱりまあ励まされますからね。まあ色々たかだか、たかが賞というか、賞をとってこう喜んでるのは、結構何か見苦しいあれではありますけれども(笑)。まあそれ、自分、やっぱり賞をもらえば励みになりますので。だからそういうのに応募していくっていうのがいいんじゃないですかね。

坂本 ありがとうございます。

立岩 断片的なものの社会学者、岸さんにおんなじ質問したことある? まだしてない? じゃ、今度してあげてください。彼は今日は入試説明会で茨木なんだけど、はい。はい。
 えっとお二方残りますが、どっちが先がいいですか、とかありますか? じゃ、ご質問。

質問者B 時間が押してきてるのに、ごめんなさい。いいお話をありがとうございます。私は重度の知的障害の娘の母親で、今は一人暮らしを始めて9年目。今日ここに小泉さんがJCILから来てくださってますが、お世話になってます。京都では先駆といいますか、まだその重度の知的障害の人がね、一人暮らしをするケースがなかったんですが、頑張って取り組んで9年目になって、来年は10周年パーティをやろうかとか言ってるんですが(笑)。
 何が言いたいかと言いますと、昨日のユーチューブを見まして、3本。夜、夜中の3時まで頑張って、全部見ました。で、やっぱり気になるのは立岩さんの最後の言葉で。ちょっと時間足らずで、途中で終わっていたような気がしたんで、今日ぜひその続きを聞きたいなと思って来たわけですが。続きじゃなくて、他の方のお話も聞けてよかったなと思いました。
 それと、ずっとお会いしたかったのは岡本記者なんです。私が京都で生まれてずっと、もう72歳なんですが、『京都新聞』をずっと愛読してまして。色んな記事を岡本さんが取り組んで書いてくださっているので、最近印象に残ってるのは、去年のクリスマスの時のシンポジウム。で、その時も現場にはいてなかったんですが、ユーチューブを見ながら、もう感動して涙、涙の、自分の部屋で過ごしたんですが。そのことをちらっとツイッターに流したら、もうその日の晩からもうピンピンピンピンピンピンと、もう寝られないぐらい拍手率が増えましてね、「よかった」とか「励まされた」とか、日本中のその、関係ある方が、私のそのツイッターを見て色々コメントをくださいました。だから新聞記事だけじゃなくてツイッターとか媒体を介してね、やっぱり広がっていくんだな、大事なことだな、ということを思いました。岡本さん、『京都新聞』で異端児だと先ほど言われましたが、そんなことありません。ぜひぜひこれからも頑張ってください。ありがとうございました。じゃ松波さんに。

会場 (拍手)

松波 すいません。松波と言います。まあ、お三方の話はどれも面白くて、なるほどと思って。ちょっと、私は一応は大学院生とかやってたし、一応今は研究員なんですけど、研究って何かよく分からなくなったまま、もうほぼ、あの、研究者としての就職は諦めて。まあでも、何でしょうね、まあ考える場を作るってことで、こう色んなところで授業をしたり、***(01:32:14)やする中で、自分がこの20数年、自立生活運動とか社会***(01:32:21)から学んできたことを返していけばいいのかな。ていうか自分の実践の場としてのスタンスっていうのを、昨日と今日、すごく考えさせてもらったなあ、と思います。
 それでちょっとまあ感想一つ、質問一つなんですけど。岡本さんが「中に入り込みすぎると、もう書けなくなる。」とおっしゃったんですけど。私考えてみたら、20年以上自立生活運動に関わってて、1本も論文書いてないなって思うんですよね。まあ、まあそういうことも、それでもまあ、それはそれでいいと思ってて。
 で、1点質問は、立岩さんが「学問の場合は、そこは結構嘘だ。」みたいな話をされて、で、匿名、匿名のことをおっしゃってましたよね。で私は、ちょっと宣伝になりますけど、去年『障害のある先生たち』という本※を出して、結構面白いと思うんで買ってくださいっていうのがあるんですけど。そこで16人の先生にインタビューしたのを実名にするか匿名にするかで著者、編者3人でだいぶ揉めたんですね。でも揉めた過程をまた一生懸命書いてて、「そこが面白かった」って言う人もいるんですけど。私はまあ「実名にすべき」。で、その引き受けた先生たちもそのつもりで「いいよ。」って言ってくれてるってことなんだけど。まああと二人の研究者が、やっぱり総合的にこう、まあどこでどういうふうに本人が辿られて、***(01:33:51)迷惑かかると責任が取れないから、まあそれだけじゃないけれども、まあ匿名にってことで、3人で喧嘩をして結局匿名になったっていう、そんな経緯が書いてあるんですね。
※羽田野 真帆・照山 絢子・松波 めぐみ 20180228 『障害のある先生たち――「障害」と「教員」が交錯する場所で』,生活書院,256p. ISBN-10:4865000755 ISBN-13:978-4865000757   立岩さんが、深田さんが新田さんのことを実名で出したことで、また別の人が新田さんの***(01:34:14)を辿れるってことをおっしゃったんですけど、その辿る、辿れるっていうことが、その、こう研究者、書いた人の、私が知らないとこでまあ勝手に、まあ本人がね、ほんなん気にも***(01:34:29)わけじゃないですけど、何かその、辿ったらいけないのか。うーん。何かその、何でしょうね。まあ何かそのへんもう少し、ちょっと聞きたいと思って質問しました。すみません。その、もちろん具体的な迷惑とかは、そういう影響を考えることはもちろんやってるし、【そのてで】(01:34:52)進めていいじゃないかっていうのが。でもそれやったらもう個々に、研究者じゃなくって本人たちが直接、本書いたりしてる人もいるんだから、もう研究者ばっかで進めてっていう考えについて、もうちょっとどう思われるか、聞いてみたいんです。

立岩 まあ、色んな答え方がある質問だと思うんですけれども。もちろん加害というか、迷惑をかける可能性はいつもあるわけですよね。それは可能な限りというか考えるべきではあるけれども。でも松波さんおっしゃったように、網羅なんかできないじゃないですか。100パーセントその恐れを断ち切るっていうか、あるいはそれを考慮すること自体無理じゃないですか。どっかで、まあある意味諦めるっていうか、割り切るしかない部分ってのはあると思うんですよね。だからありとあらゆる可能性を想定したら何もできなくなるっていうことも、僕はあると思っていて。それはある種のリスクを自分で背負う、つもりも含めて、あえて出すっていうのは、僕はあっていいことだと、十分あっていいことだと思ってます。それが1点。
 もう一つはね、辿れるってことをさっき言いました。それも大切なことだと思うんですけれども。あるいはその批評みたいなことも含めてね、同じ。それだけではなくて、やっぱり僕は調査の対象者っていうのは、多くの場合尊敬の対象でもあるわけですよ、私にとってはね。それは、その名前を持った顔をもった人間として、いて、その人を例えば僕は尊敬してるわけですよ。だとしたらむしろ出すことの方が当たり前っていうか、その敬意を表すという意味でもね。ということはあるんだろうと。いうことは一般論として言えるだろうと思います。
 もちろんその調査の経緯とかね、どういう約束でとかね、色んなことがあるんで、その、松波さんが関わられたご本も、それに関しても僕はどういう判断なのかってそれはしませんけれども。基本的な立場というかそういうことはそういうふうに思ってます。他にも匿名・実名問題、実は今日の企画っていうのは、もう3人勝手にっていうことは基本なんだけれども、これから僕らが10年20年かけてどうやって人の記憶とか声とかそういったものを、その研究機関ってものの中に残して、保存して、場合によったら公開していくかっていうね、そういう割と大きな構想の一部でもあって。そういう時に、どこまでどういうふうに残すかっていうのは非常に大きな問題で。ちょっと時間をかけながら、何年もかけて、いいところまで辿り着きたいと思ってます。ただその時に昨今のようにですね、「あらゆる可能性を想定する。」とか言ってびびっちゃって、何て言うかな、保存すべきものを保存しない、公開すべきものをしないっていうのは最悪だと思ってます。できるだけそういうことがないような形で、でも配慮するっていう、そういう基本的な方向ね。それこそさっきの中立性の話じゃないけれども。基本やっぱり、明らかにする、とっとく、知らせるっていう立場を堅持した上で、どういうふうに配慮するかっていう、そういう順番の問いだと僕は思ってます。まあこのことは岡本さんともね、まあこの間(かん)の優生保護法下のさ、あの優生手術の、どういう形で残すか、とかいうことで、色々苦労話とかを聞いてきたことでもあるけれども。その、出版、あるいは報道の機関と、それから研究機関ってものが、どういう形で仕事を仕分けて一緒にやっていくかって、そういうテーマでもあるということです。
で、先ほどおっしゃった、昨日最後に僕は何を話したか、っていうことで、どこで切れてたのか僕は確認してないんですけど。ちなみに今こっちでやってるのは昨年の12月24日の方のシンポジウムの記録で、まだ見れるんだね。これ撮ったの岡本さんでしょう? 

岡本 はい、そうです。

立岩 はい。で、今でもご覧になれるので、見てください。たぶんその時も同じこと言ったんですけれども、やっぱり色んな伝え方であるとか、ものの言い方ってものがあると。今やっぱり色んな、まああえて言いますけれども、状況っていうものに立ち向かうには、それなりに厳しい状況ではあると。まあずっとそうなのかもしれませんけどね、これからもね。そうした時に一つの手段でやる、勝つってことは、まあ無理だと。だけど、人それぞれやっぱり手持ちの技っていうものがあって、それをうまい具合に組みわせたぐらいの時に、ようやく勝てるか負けないかぐらいのそういうことだろうと。…いった時に、例えば僕であれば、後ろの方にいて、記録してとっておくっていうことをやる、あるいはそういったことを組織としてですね、対応する、その組織の責任者として、そういう体制を作っていくっていう形で【反映する】(01:40:07)。
 で、岡本さんは岡本さんのスタイルとか、あるいはその持ち場っていうものを、短い、消えてくかも知んないけど、でも今朝の新聞は今朝この人が読んだかもしれない、読むかもしれないっていうような、そういうところでお書きになられていると思うし。で、渡辺さんは渡辺さんの書き口っていうかスタイル、スタンスと、そういうものである。で、何だろう。そうやって字を使う、まあ僕らはどっちかって言えば字を使うってことを生業にしてますけれども、字書くとか喋るとかってのは不得意だとか、めんどくさいっていう人もいる。
 でもまあ、こないだも朱雀でやった時に、優生保護法のテーマで踊った人がいましたけれども。まあ踊れる人は。優生保護法の踊りって意味分かんないかもしれない。いや、ちゃんと、ちゃんと踊りになってたですよ。観た人しか分かんないけどね。よかったですよ。踊れる人は踊る、歌える人は歌う、叫ぶ人は叫ぶって、ね。泣く人は泣く、みたいなことを色々なこう、やり方でやってくってことの中に、そういうことがあるし、そういう組み合わせみたいなものが、さっき小泉さん、「京都結構おもしろいよ。」って言ってくださったことの一部っていうのはそういうことだと思っていて。まあ学者も、ちょっとはやれることはやる。大したことやれてないけど、まあこれからちょっと研究者には頑張ってもらうと。ね。それだけは、もうちょっとやってもらうと。プラス、報道、人、それから著述家、様々な人がやってくしかないよねっていうような話を最後に、昨日させていただいたんだろうと思います。
 私からは以上です。せっかく、まあ岡本さんはしょっちゅう京都にいてるから。基本京都に定住しているので。ですが、でも、でも、岡本さんと渡辺さん、最後に一言ずついただきたいと思います。

渡辺 特にあの、まあ。はい。ありがとうございました、今日は。あのー、そうだなあ。文章を書いて生きていく、まあ先ほどの方もそうですけど、うーん。本当にあの、売れっ子でね、本出せば売れてそれで食べていけるっていうような作家っていうのは、本当にごくごく一握りで。才能があっても食べていけない。それが、普通。ごく普通なんですね。だから、別に食べていけなくても書きたいってものがあるかどうかっていうのが一番大切で。あるいは人から「やめた方がいいぞ。」って、お父さん、お母さんから言われるかもしれないですね。「ちゃんと就職しなさい。」とかね(笑)。そういうことは僕もさんざん、まあ言われてたか。まあうちの親はあんまり言わなかったかな。でもそれでもまあ、親としてはやっぱりこう「普通に生きていくっていうのが一番。」っていうのがある中で、「それでもやっぱり自分はどうしてもこういうことしないと、生きていけないんだ。」という思い、強い思いがあるかどうかで。まあそれは全てにおいて、さっき***【取材費が】(01:43:19)出ないとかね、原稿料がいくらとか、そういう話とは別にね。自分の内部に「これを書いて人に伝えたい。」という思いがあるのならば、それは別に何とでもなるから。そこがまあ一番大切な部分だと思って。まあそれ、他のことだとまあ、あとからついてくると(笑)。そういう感じで。まあ、あと、私のようにこういうスタンスでやってる書き手がいる、ということで、多少なりともちょっと楽に、ていうか(笑)、まあこんな感じでやっていけんだってことをですね、あの、思っていただければまあ、それはまあ。本当に書き手、色々なんで、こういう書き手もいると思っていただいてよかったなと思っています。ありがとうございます、今日は。

会場 (拍手)

[01:44:21]
岡本 私も本当に、今日はありがとうございました。あ、先ほどの***(01:44:27)、ありがとうございます。本当にあの、シンポジウムのこともネットで、ツイッターで広げていただいてありがとうございます。あのシンポジウムでは、先ほど、これもそうですけど、私はあの、シンポジウムのネットの配信というか、中継のちょっとお手伝いというか、【やろう】***(01:44:48)。あの、昨日のシンポもそうなんですけど、あのちょっとお手伝いとかさせてもらったりもしてます。
 で私は、記事で文章書くだけじゃなくて、映像でもいいし、こうやって、あのネット配信【の仕方を、たくさんの人が】***(01:45:06)して***(01:45:08)し、そういうお手伝いができたらなあと思ってますし。私は記事だけでも預かった言葉をちゃんと【お伝えできるよう】(01:45:21)やりたいなと僕は思ってます。
 それとあの、先ほどの松波さんがおっしゃったすることに少し関係するんですけども、僕はあの、70年代、80年代ぐらいに、まあフリーの、世界的にジャーナリズムが華やかなりし頃の立花隆とかのスーパースターがいた頃の時代をですね、よかったともちっとも思わないんです。それより今本当おっしゃってたようにですね、直接声を届けられて、【実名】***【自ら】***(01:45:50)ですね、***(01:45:53)すっごい…、立花隆がどれだけ仕事【したとしても】(01:45:55)ですね、今みたいに直接読者の声とか全然伝えられてないし、限られたとこが、限られた***(01:46:03)が、我々も含めてですね、新聞記者、***て***(01:46:08)する側がですね、スタッフ***(01:46:11)全然いいと***(01:46:14)。ただ、お話みたいに、何ですかね、もう***(01:46:19)されて、***【本来】***(01:46:20)と思われるような仕組み等のお仕事をされた方は、本当に大事だと思った。もう、媒体に拾われた***(01:46:29)かえって大事だなと思ってます。で、【岡本独自の】***(01:46:32)も、あの、何て言うかな、『京都新聞』、京都の新聞は、***【こういうふうに】(01:46:40)使えるなとか、そういう何なと***(01:46:43)ほしい。そういう仕事がしたいなとは思ってますし。もし、まあ立岩さんがおっしゃっていたこととも、渡辺さんがおっしゃったこととも、***(01:46:51)、書き手の、書き手やけど、ちょっと***(01:46:54)しないけど、あの、【やけに】***(01:46:58)。あの、私ら物書きって、***(01:47:03)から、学者***【笑われる】(01:47:07)と思うんですけど、【たくさんおると】(01:47:10)思うけど、研究者は***(01:47:11)、直接運動をやったり、***(01:47:15)を担って、そん時は運動でもいいし、生活者としてちゃんとやってもいいし、***(01:47:22)もいいし、色んなあの、場面場面等、【ある程度隠したりせずに】(01:47:26)やっていけば、***(01:47:29)じゃないかなというふうに思っております。すいません、ありがとうございます。

会場 (拍手)

立岩 結局、ちょうど3時間になりました。でも、よかったんじゃないかなっていうふうに思います。うん。これからもどうやってもの調べて、もの書いてくかってことを、ここに座ってる3人も考え考えやってくと思いますし、やっていくと思いますけれども。でも今ここにいらっしゃる方もその、文字って表現に向かうかどうか、それはまたもう、まあはっきり言えば勝手ですよ。なのでそりゃまあ、各自【各々】(01:48:12)だと思いますが。でもまあどういうふうにやってくかみたいな、生きてくかみたいなことで、色々考えるヒントみたいなものも今日はあったのかなって思います。
 3時間長かったですけれども、僕にとってはかなり楽しい短い時間だったと私は思っております。今日はどうもありがとうございました。これにて終わりにいたします。

会場 (拍手)


UP:20211204 REV:
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